●短編 #0537の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
※よその小説投稿サイトからの移植です。時事ネタ的にちょっと厳しくなってきたの で、賞味期限切れの前に、こちらでも公開しておこうという次第。 〜 〜 〜 参ったね、こりゃ。 刑事の石渡《いしわたり》は誰にも聞かれぬよう、口の中でもごもごと呟いた。 二〇二〇年八月八日。感染症の勢いがなかなか収まらない中、誘拐事件が発生した。 被害者は藤木俊也《ふじきしゅんや》という小学三年生になる男の子。正午から三十 分で食事を終えた俊也君は友達と遊びに行くと言って、自転車に乗って出かけた。とこ ろが同日午後二時過ぎに息子をさらったという電話が、藤木家に掛かってきた。子供に 与えていた携帯端末には位置情報を知らせるアプリを入れてあったが、調べてみると反 応が消えていた。追跡を嫌った犯人が誘拐直後に破壊した可能性が高い。 一回目の電話で警察には知らせない方がいいという警告はあったが、もし知らせたら どうなるかについての言及はなかった。そもそも警察に通報せずに、独自に子供を奪回 する自信が藤木家の主である藤木|寛吾《かんご》にはなかった。 通報を受け、石渡は捜査指揮官として被害者宅に配管工事業者を装ってやって来た。 午後三時前のことである。彼は見張っているかもしれない犯人の視線やじりじりとひり つくような暑さをもたらす太陽を避けるために、早く中に入りたかった。が、のっけか ら事件とは関係ないことで頭を悩まされる。 「どうしましょう。ソーシャルディスタンスを保とうとしたら、とてもじゃないですが 全員は入れませんよ」 車から降りようとしたところへ、部下の貫田《ぬきた》が眉を八の字にして報告に来 た。そんないかにも困ってますという表情をするんじゃない、と怒鳴りつけたかった が、ここで大声を出しては近所に何ごとかと思われるだろうし、犯人がどこで見ている かも分からないのだ。 「分かった。何人なら行けそうだ?」 石渡の問いに、貫田は上目遣いになって、宙に広げた仮想の見取り図の上を指でちょ んちょんと触れていく仕種をした。 「三名ですかね。被害者家族が両親だけだとしての話ですが」 「そんなに少ないのか。誘拐犯が目を付けるだけあって、このお宅はかなり広いようだ が」 「食堂や大広間が広いんですが、それらの部屋には電話がないんです」 「ん? まさか固定電話しかないのか、この家には」 「いえ。誘拐犯からの連絡が固定電話に掛かってくるので、やむを得ない状況なんで す」 「何てこった。コードを延ばせないのか」 「古いタイプなので、それなりに大げさな工事になるそうです。工事している間に電話 が掛かってきたら目も当てられません」 「くそっ。次に誘拐犯から電話があったら、とりあえずスマホの番号を教えてやれ!」 結局、捜査員は揃って被害者家族宅に上がり込んだものの、固定電話があるのは夫婦 の寝室。録音装置などを設置するも、どことなく緊張感を欠いた、妙な空間ができあが った。 石渡は部下とともに、電話に出た藤木夫妻に矢継ぎ早に質問を浴びせた。「電話の声 に聞き覚えはありませんでしたか」「固定電話の番号を知っている者はどのくらいいま すか」「俊也君の行動を知っている者はいたのか」「次は何時頃にかけてくるかを言っ ていなかったか」等々。 対する答は、「聞き覚えはない」「電話帳に載せているので調べれば誰でも」「お友 達しか知らないはずですが」「言っていなかった、ただ待機だけしておけと」と、手掛 かりになりそうな話は見当たらない。 午後五時を過ぎたところで工事業者の車両を帰らせ、現場に残る人員も最小限に絞り 込んだ。 午後六時ちょうどに、大きなサイレン音が鳴り響いた。庭の方からだった。警察はま だ介入していない体なので、主たる藤木寛吾が急いで庭に降り、音の源を探すと植え込 みと高い塀の間から一機のスマートヘリが見付かった。いわゆるドローンで、ミニサイ ズであるため法律の規制は緩い。その機体におもちゃと思しき小さな小さなスピーカー が貼り付けてあり、午後六時ジャストに音が出るようにセットされていたと判明した。 無論、第三者によるたちの悪いいたずらなどではなく、誘拐犯からのメッセージも付 いていた。薄いビニールで封じられたそれは、きつく折り畳まれたA4サイズの白い紙 だった。広げるとプリントアウトした黒い文字が躍っている。 <身代金として電子マネー百万円分と現金九百万円を用意せよ。八月九日の午後三時に 電子マネーは指定する五つの口座(末尾に記載)へ等分に、寄付名目で送金せよ。ま た、藤木寛吾は現金九百万円を持って自家用車を自らの運転で国道*号線を使って道の 駅@@に、午後三時から同五分までの間に到着せよ。その後の指示は追ってする。 なお、警察等の追跡者が確認できた場合、直ちに本取引を停止し、預かっているお子 さんについての安全を解除する。我々は藤木家の人間の顔を全員把握しており、また一 千万円程度なら右から左に楽に用意できることも把握済みである、そのような端金のた めに大事な俊也君を命の危険にさらすことのないよう、賢明な判断をされることを期待 する。 追記.我々の手元には誘拐する子供の膨大なリストがある。今回の取引が停止になれ ば速やかに子供を殺害し、次の誘拐に移るだけである。> 記載されていた口座五つについてすぐに調べられたが、どこも慈善団体の所有するも のと簡単に判明した。電子マネーは明らかに陽動のための捨て金で、陽動の用をなして いないとすら言えた。 「本命が九百万なのは間違いないが、今の時期にこの脅し文句はまずいな」 藤木家の者がいないところで石渡と貫田は検討を重ねていた。 「ええ。道はどこもがらっがらですからね。そんな中、追跡のための車を出したら目立 って仕方がありませんよ。加えて、道の駅@@は現在休業中です。駐車場に入った時点 で、まず間違いなく犯人に気付かれる」 「道の駅@@では恐らくメモか携帯による次の指示だけなんだろうな。それもすでに仕 込んである可能性が高い」 石渡の判断には理由がある。藤木家の庭から見付かったミニドローンは誘拐発生後で はなく、事前に密かに入れられた物と推測されたからだ。藤木家の防犯カメラ映像や刑 事の目をかいくぐって、問題の場所にドローンを着陸させるのは絶対に不可能と言え た。残念ながらカメラ映像の録画には、二十四時間で上書きされる(これまた)旧い形 式を採用していた。 「今の内に@@の敷地内に人を張り込ませておくか、目立つからやめておくべきか」 「僕は反対です。というのも@@は宣伝をかねて、駐車場を含む敷地全景を捉えた防犯 カメラ映像をリアルタイムで発信しているんです。そのカメラに写らずに施設に入るの は多分無理じゃないかと」 「厄介だな。一時的に故障ってことにしてもらって――」 「いや、それこそ犯人に怪しまれますって。あの文面から感じたんですけど、犯人は本 気で被害者の命を何とも思ってないんじゃないですか。最悪、@@の映像が途絶えてネ ットで見られなくなっただけで、子供に手を掛けるかも」 「文字通り、最低最悪だ」 八月七日以前に、藤木家周辺の道路を通った不審者や不審車両がないかについても、 急ピッチで調べが進んでいた。出歩く人が極端に少ないため、目撃者捜しよりも防犯カ メラ映像の提供を求めることがメインになっている。これはそれなりの効果が発揮さ れ、怪しげな車が三つ四つ通っていたのだが、どれも途中より追跡できなくなった。何 故なら藤木家のある住宅街へは、とある商店街そばの大通りを必ず通らねばならないの だが、道沿いの店全てが休業要請を受けて閉店したばかりか、苦しい経営に陥る中、わ ずかでも節約しようと全店、防犯カメラの電源を完全に落としていたのだ。商店街自体 が付けた防犯カメラもあるにはあったが、それらは商店街内を撮影するのが目的であ り、周辺の道路を行き交う車を特定するのには全く向いていなかった。 「残るは藤木寛吾の運転する車に捜査員を一人潜り込ませる。これはどうだろうな」 「車に一人しか乗っていないことを示させようとするかもしれません。@@の防犯カメ ラに移る位置に車を来させて、ドアを全開にさせれば」 「そうか。弱った。あらゆる手が封じられていく心地だ」 石渡は思わず天井を仰いだ。 結果から記すと、警察は後手後手に回るどころか有効な手をほとんど打てず、身代金 の九百万円は犯人に奪われた。二十万円ずつ五つの口座に送られた電子マネーに関して は、犯人によって手を付けられる気配は全くなく、それぞれの団体に事情を話して戻し てもらう予定である。 俊也君はどうなったか? 八月十日の午前中、無事に帰ってきた。隣町の病院の近く でぽつねんとしているところを発見されたのだ。体調が思わしくない兆候が見られたた め検査がその病院で行われ、今は回復に向かいつつあるという。 およそ三週間後の八月末。 とあるアパートの一室で、借主の江藤《えとう》という中年男が現金の詰まったバッ グを抱えたまま横たわり、死んでいるのが大家によって発見された。金額は九百万円 で、その札束の帯封及び紙幣番号は捜査員が記録しておいたものときれいに一致した。 江藤が藤木俊也誘拐事件の犯人であることは明白だった。 そして彼の死因を調べたところ、今年になって大流行しているあの感染症が元になっ ていたと判明した。 藤木俊也に症状は全く出ていなかったが、感染した証拠とされる抗体が検査により見 付かった。また彼に移したと考えられるバス運転手も特定できた。つまり、俊也君はさ らわれた時点で既に感染しており、そのウイルスがさらに江藤に移ることで最終的に犯 人の命を奪ったに違いない。 終わり
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