●短編 #0534の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
べたーんと、地図にあるアメリカ大陸みたいな形に延びた餅は、電子レンジで温めた 物だろうか。その上には台形にカットした筍《たけのこ》――これは醤油か何かで煮付 けた物らしい――が多数埋め込まれ、さらには骨付き肉が無造作に一個、どんと左隅に 置いてある。傍らの透明なグラスには水らしき透明な物が注がれていて、ぶくぶくと白 い煙を立てている。細長くカットしたドライアイスが、氷の代わりに入れてあるらしか った。 「いかがですか、皆さん」 初老男性が、席に着いている歴々を見渡して言う。ホスト役の彼は、髪はすっかり白 くなり、顎髭にも白い物が混じるようになっていたが、目付きは鋭く、にこにこしてい るようで実のところ目は笑っていないというタイプだ。 招かれた客達のほとんどは、目の前に出された皿の上の料理に困惑していた、かもし れない。その証拠にまだ誰も箸を伸ばそうとしないし、宴のホストに対して表立って説 明を求める声も上がらない。 「おや、お気に召さない? 私なんぞはこの料理をそうですね、今日昨日と目にして、 飽きることがないのだが」 ホスト役の初老男性の発言からしばらくして、一人の男が発言した。 「そうかあ。これはこれは、個人的には面白い趣向ですね」 作家を生業とし、趣味で探偵をやっているという亜嵐歩《あらんあゆむ》氏だ。めが ねを掛け直し、皿の料理をしげしげと見つめる。かと思うと、グラスの方にも目をや り、これまたしばし観察した。 「気付かれるとしたら、一番早いのは亜嵐さんだと予想はしておりました」 ホストの初老男性が、やや悔しげに言う。 「光栄です。では確認の意味を込めて、この料理の名前をお聞きしたいのですが。」 ホストに尋ねる亜嵐。 「いやあ、創作料理なので料理名なんて考えていなかったな」 「でしたら、今付けてみてくださいよ。テーマに沿った名前をね」 「そうですな……そのまんま、あからさまなタイトルを付けるのでは芸がない。こうい うのはいかがかな。『テリー嬢のお気に入り』」 「テリー嬢……なるほど、ちょっと洒落ていていいですね」 は、は、はと乾いた笑い声を交わす二人。置いてけぼりを食っていた他の面々の中か ら、とうとう辛抱たまらなくなった者が出た。 「お二方で分かり合って楽しまれるのも結構ですけれども、そろそろ我々にも種を教え てくれませんか。いい加減、居心地が」 「ああ、それもそうでしょう」 亜嵐は返事をしてから、ホスト役を振り返る。 「どうでしょう、教えて差し上げては?」 「うむ。ぼちぼち種を明かすのには異存はないのだが、その役目はあなたに譲るよ、亜 嵐さん」 「よろしいんですか」 ホスト役は黙って首を縦にする。このときばかりは、目も笑んでいたようだ。 「ではご指名を受けましたし、僭越ながら僕の気付いたことをお話しします。料理の素 材に注目を。何が使われています?」 亜嵐による場への問い掛けに、先ほど口を開いた客の一人が応じた。 「羊か何かの肉に筍、その下に大量の餅が。これでいい?」 「はい、結構です。次に皆さんはこの会に呼ばれるほどですから、そこそこミステリを 読まれていますよね?」 「ええ。推理物を読んだり観たりするのは好きですよ」 招待客は各々が頷いた。 「でしたら、料理の素材に着目せよと促されれば、もう分かった方もいらっしゃるので はないですか」 「ちょっと待って。よろしいかしら」 やや砕けた言い方で、別の女性が割って入った。どうぞと応じる亜嵐。 「そもそもの話になるけれども、どうしてこのお料理をミステリと結び付けようという 発想が生まれる訳です?」 「ああ、その点は僕は先に直感が働き、あとから補強材料を得たんです。けれども、今 し方付けられたばかりの料理名があれば、最初からミステリと関係があると分かります よ」 「料理名……って、『テリー嬢のお気に入り』? どこをどう読み解けばいいのかし ら」 「割と有名なクイズ、パズルのネタなんです、これ。テリー嬢の“嬢”を英語にする と、ミス。詰まり、テリー嬢とはミス・テリーとなりますから、これすなわちミステリ に通じますよね。そのミステリのお気に入りとなると、料理そのものもミステリに密接 な関係を持っているんじゃないかと想像するのは、さほど難しくはないでしょう」 「そういうことでしたの。分かりましたわ。私どもはもうとうに周回遅れですし、お料 理が冷めてしまう。早く正解を披露してくださいな」 「そうですね……。皆さんが絶対確実に読んでいると保証があれば、作品名を挙げて示 唆するのがスマートかなと思ったのですが、保証は無理でしょうから、ずばり言うほか にないかな。えっと、完結に説明を済ませるなら、羊肉、餅、筍はそれぞれ別個の推理 小説で、凶器に用いられているのです」 「凶器?」 一斉に声が上がる。そこには、納得した響きもあれば、信じられないという驚きの口 調もあった。 「軟らかい餅が凶器って、喉に詰めるのかい?」 「いえ、柔らかくする前のカチンコチンに固い餅を使うんですよ」 「ということは、羊の肉も冷凍肉か」 「ご名答です」 「筍が一番分からないな。シナチクの材料になると聞いた覚えがあるが、まさかシナチ クで絞め殺すとかじゃあないよね?」 「ええ。筍はそれ自体が凶器ではなく、竹を使う――ですよね?」 ホスト役に確認を取る亜嵐。 「そうだよ、削って鋭く尖らせて、喉を」 「おっと、そこまでにしましょう。あまり言うと、これから読まれる方々の興を削いで しまいます」 「だな。ついでにグラスの方にも言及してくれるか」 「ああ、そうでした。このコップに浮かべられたドライアイスが、皆さんにとって一番 分かり易いんじゃないですかね。以前の読書会で課題図書に選んだ……」 「ああ!」 ホスト役と亜嵐を除く、テーブルに着いていた誰もが、合点が行ったという態度を露 わにした。 その後、食事が始まる。 「正直言って、味はともかく、見栄えと分量のバランスがあまりよくないですね」 亜嵐が感想を述べると、ホスト役は笑って小刻みに頷いた。 「そりゃそうだろう。まともな料理に仕立てる気はほぼゼロだったのだ。そうだな、ち ゃんとした料理にするには、餅の半分ほどは小さく丸めて油で揚げ、あられにするとい いアクセントになりそうだ。筍は飾り包丁を入れて、綺麗に飾る。羊の肉もほぐしてテ リーヌ状にするのがよいかもしれない」 「病膏肓に入るくらいのミステリマニアが相手なら、そのくらいアレンジした料理で出 題して大丈夫でしょう」 「うむ。機会があればそうしてみるかな」 「昨日も今日も食べたというのは、じゃあ嘘でしたのね?」 女性が口を挟むと、ホスト役の初老男性は何を今さらと言わんばかりに目を見開き、 おどけてみせた。さらに言葉をつなげる。 「私は昨日も今日もこれを食べたとは言っておらんよ。今日昨日とこれを見たという風 な表現をしたはずだ」 「……確かにそうだった気がしますけれど、それが? 何かこだわりがおありなのは分 かるものの、皆目見当が付かない」 「なに、これもまたちょっとした洒落だ。この『テリー嬢のお気に入り』は凶器の料理 と言えるだろう? それを示唆するために、“凶器のう”と言ったのさ」 説明にぽかんとする聞き手達。彼らをよそに、ホスト役はぽんぽんと手を打ち、控え ていたウェイターに伝えた。 「ぼちぼち、本物の料理をお出ししてくれ」 終わり
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