●短編 #0530の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
夢を見ているんだってことにはすぐに気が付いた。 物置からVHSのビデオデッキが出て来て、まだ使えるかどうか試してみようという ことになった。 まず、電源は入った。第一関門クリア。 VHSのビデオテープは別のところから出て来た。再生してみて、再生や早送りを試 して、次に録画を試そう。でも保管しておきたいような録画内容だったら、録画はテス トせずに別のテープにしよう。 その前に、ビデオデッキをテレビとつなぐ配線の仕方を忘れていたから、説明書を見 ようと思った。けど、説明書なんかもうとっくにどこかに行ってしまっていて。 仕方がないので必死になって思い出し、目をこすりこすり、赤色と黄色と白色のコー ド三本を確認しながらつなげた。 ビデオテープは何本かあった。その中から、レーベルは貼ってあるけど無記入で白い ままの物を入れてみる。再生ボタンを押すと、うぃん、きゅるるという感じの音がし て、再生が始まった。 最初は白い画が続いたが三十秒ほどして、壁に掛かる黒板が映し出された。トラッキ ングの調整をする必要なしに、きれいな画像が流れる。 見覚えのある光景だと感じる。まあ、昔通った学校の教室は、どこも似たような作り になっていたけれども。 と、画面に突然、人が現れた。セーラー服を着た女子中学生。知っている人だ。 海川咲那《うみかわさな》さん。 クラスメイトで、僕の好きな人。 ああ、思い出した。中二のときのホワイトデーに、僕は海川さんに告白したんだ。バ レンタインデーにチョコをもらったわけでもないのに。 返事は……どうだったっけ。 思い出そうとしている内に、テレビの中の海川さんが話し始めた。口を開こうとして やめて、緊張の面持ちが一瞬あって、次にはにかんだような笑み。やっと本当に喋り出 した。 「はい。えっと、三田島《みたじま》君。お手紙読みました。あ、プレゼントもありが とう。でも、今は手紙のことだよね。告白、とても嬉しかったです。でも、あの場です ぐに返事するのは恥ずかしいので、こういう風にしました。ビデオレターです。自分一 人だと録れないので、友達のあやちゃん――浪江《なみえ》さんに手伝ってもらってい ます。カメラマンとして撮影しようとした浪江さんだけど、いられると私がどうしても 緊張するので、お願いして席を外してもらいました。だから、この返事は誰も知らない です」 話を聞いている内に、僕の記憶も甦った。ホワイトデーに僕が無謀な告白をして、そ の場では返事できないからと言われて、もう一度会う約束をしたんだった。一週間ある かないかの間隔を空けて、学校の外で会ったはず。 そうそう。電車に乗った。映画を観に行く予定だったっけ。もうこれデートだ!って 心の中で有頂天になった覚えが……。 ビデオで遠寺をもらうというのは、電車に乗る前に言われた気がする。先に言ってお かないと渡すのを忘れるかもしれないからって。返事が気になったんだよなあ。 ……あれ? 返事を聞いた記憶がない。 忘れているんだろうか。あんなにいい雰囲気だったのに、断られたんだろうか。いや いや、そんな記憶すら欠片もない。 僕は画面に集中した。 「テープは120分。5分ぐらいで終わらせるのは勿体ないかもしれないけど、もうが んばっても引っ張れないので、覚悟を決めて思い切ります」 改めて背筋を伸ばす海川さん。一度下を向いて、三秒ぐらいで再び起こす。 「三田島君、私は――」 いよいよ答が聞ける。そう思った瞬間に、爆音が空から轟いた。飛行機だ。びりびり と空気の震える感覚があって、テレビからの音声はまるで聞こえなくなる。耳に手を当 ててみたけど、効果なし。 飛行機が飛び去って静かになったときには、テレビ画面から海川さんはいなくなり、 黒板だけを映していた。 なんだよと僕は鼻息を荒くしたが、怒ってもしょうがない。ため息を一つついてか ら、リモコンを手に取った。巻き戻してもう一度見よう。 ビデオデッキにリモコンを向けてボタンを押す。ちゃんと利いた。画面に白い横線が 幾本か入り、カウンターの数字が減っていく。じきに、海川さんが横歩き戻って来た。 そろそろだと判断し、巻き戻し再生を解除。 うん? 違う……映像が違う。さっき見たのから変わっている! 巻き戻したのに、あの返事の場面がなくなっている。何でだ? 海川さんの返事の中身を知ることは、永遠に不可能? 混乱していた僕だったが、やがてはたと気付いた。 今の僕は夢を見ているんだった。 ビデオを巻き戻しても、同じ場面がどうしても再生されないのは、僕が彼女からの返 事の内容を知らないからだ、きっと。 そういえば、そもそもこのビデオレター、これまでに再生したことあったかな? * * 「先生。反応が続いています」 「そうか。彼女よりも一日遅れぐらいだが、三田島君にも効果が現れてきたな。よしよ し」 「笑ったような表情は、今までにもまれに見られましたが、しかめたり、ちょっと怒っ たみたいな顔つきは初めてです。それが連続して出ています」 「脳波の観測によると、夢を見ているようだ。昨日の海川さんと同じだ。損傷を受けた 箇所が再生され、元通りに機能し始めた証拠と言える」 「このままうまく目覚めてくれるといいんですけど」 「うむ。無理矢理起こすのがよくない結果を生みがちなのは、これまでの臨床データで ――っと、目を開きかけているようだよ」 「ほんと。まぶたがぴくぴくしている」 「よし、過剰な刺激を与えぬよう、静かにするとしよう」 三田島|恒彦《つねひこ》と海川咲那は、ホワイトデーから六日後、一緒に乗った電 車内で事件に巻き込まれた。 人が吸うと神経に悪影響を及ぼし、最悪死に至るという猛毒のガスが撒かれたのだ。 被害者数は四桁を数え、死者も多数出た。ガスを吸った人達の中には、命を取り留め るも、成長が極端に遅くなり、“眠れる森の美女”のような状態に陥った者がいた。脳 に深刻なダメージを受けた恐れもあり、回復はほぼ絶望視されたが、医者や家族ら周り の者の尽力で、彼ら彼女らは生きた。 そして。時が積み重ねられる内に、研究者や医者らのたゆまぬ研鑽により、再生医療 の新しい技術が確立。患者は文字通りの生還を果たすようになった。 「それでは先生。ビデオテープから取ったこの音声も止めた方がよろしいんでしょう か」 「いや、彼女の声はそのままに」 おわり
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