●短編 #0529の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
うーん、もうネタ切れだなあ。君に合う面白い話なんて、そうそう持っていないよ。 年齢差を考えてもらいたいね。 かといって、ここで白旗を掲げて、次の一杯をおごるのは癪だな。 え? 作り話でもいいって? それはありがたい譲歩だが、私は嘘をつくのが苦手で ねえ。嘘を考えるのは得意なつもりなんだが、しゃべりが下手で。話している内に顔に 出てしまう。場をしらけさせるのは避けたい。 ……そうだな。事実に基づいた話に、嘘をたっぷりと塗りたくる、これなら行けるか もしれない。根っこに事実があるんだという自信があれば顔に出ないことを願おう。 ちょっと考えてみるが、その前に確認しておきたい。君は中国ドラマ、特に『項羽《 こうう》と劉邦《りゅうほう》』や『三国志』が好きなんだよな? うん、それはよか った。 さて、準備はできた。思い出しながら話すところもあるので、つっかえつっかえにな るかもしれないが、ご静聴してくれたらありがたい。 今から話す出来事を私が体験したのは、かれこれ三、四十年ほど前になるかな。はっ きり覚えてはないが、調べればじきに分かる。何しろ、親友が結婚する前夜のことだっ たんでね。 ああ、もちろん男友達だ。彼の独身最後の夜、ぱーっと盛り上がろうぜという集まり だった。 大昔のことだから、今風の言い方、バチェラーパーティとかを意識したんじゃなく、 大勢で集まって、馬鹿騒ぎして楽しもうぜというのりだった。男だけじゃなく、女友達 もいたし。そいつ――親友の結婚相手はさすがに呼ばなかったけど。 そいつの家で飲み食いして、ビデオで映画観て、音楽掛けて、ゲームもしたかな。テ レビゲームじゃなくて、ビリヤード。ああ、結婚するそいつは裕福でね。家に当たり前 みたいにビリヤード台を置いていた。他にもバスケットのゴールがあったり、卓球台も あったり、水上バイクも所有していたな。 散々遊んだ挙げ句、みんな寝ちまったのが午後十一時頃だったと思う。そりゃあ翌日 が結婚式と披露宴で私らも呼ばれてんだから、これでも割と早めに寝たつもりだよ。 で、午前三時過ぎに目が覚めた。正確には、起こされたんだ。えっと、名前を出すの は念のため、やめとこう。どうせ時効だけど、一応な。 仮の名前として、結婚する奴が佐藤《さとう》、前夜のパーティに呼ばれていたのは 男が田中《たなか》、高橋《たかはし》、私。女友達が栄子《えいこ》と愛子《あいこ 》としておこう。私を起こしたのは、高橋の奴で顔が緊張で強ばっていた。訳を聞いて も、とにかく来てくれの一点張り。ビリヤードなんかのある地下の部屋に行くと、愛子 が死んでいた。変な角度に首が曲がっていた。 どこか高いところから落ちて、首を折ったみたいに見えた。でも、その部屋にそんな 高さを稼げる場所はない。ビリヤード台の上に立って、天井からぶら下がる傘付きの照 明器具にしがみついてよじ登ったって、三メートルもない。そこから落ちて、首の骨を 折って死ぬなんて考えにくい。だいたい、愛子がそんな奇妙な行動を取る理由がない。 もちろん、自殺だとしてもおかしい。自殺の動機もないし、死を選ぶには方法が不確実 に過ぎる。 そんな状況だったから、みんな口には出さないでいたけれども、思っていたに違いな いね。これは殺人? 誰が殺した?って。 そして田中が本当に言い出した。誰がこんなことをしたんだと。田中は愛子と仲がよ くて、恋人に近い関係だったからね。少なくとも仲間はみんなそう認識していたはず。 だから田中が疑問を呈して喚くのは納得だ。 矛先が向けられたのは、佐藤と高橋だ。愛子は結構移り気で、田中と親密になる前 は、高橋と、そのまた前は佐藤と付き合っていたんだ。喧嘩別れって訳じゃなく、自然 消滅でもなく、発展的解消って感じで別れるから、別れたあとも友達付き合いは問題な く続けられたらしい。 きれいに別れてるんだから、殺害動機なんて存在しないと思うわな、普通。けど、田 中が納得できないのも道理ってものだ。田中は二人に詰め寄った。もちろん、物証なん てないから、感情的な攻撃一辺倒だ。田中が特に責めたのが佐藤で、明日――日付は変 わってたがな――結婚するおまえは、何かまずいことを愛子に掴まれていて脅された か、愛子から新婦にそのまずいことを吹き込まれるのを恐れた、だから口封じに殺した んだろうとか何とか。 当然、佐藤も高橋も否定。ただし、疑われた方もアリバイなんかがある訳じゃなく、 感情論で訴えるしかなかった。不毛なやり取りが続いた。 やがて、高橋が強烈な反撃をした。動機だったら田中、おまえにもあるんじゃないの かと。恋人付き合いしている田中には思い当たる節があったらしく、一瞬詰まった。そ こを高橋が一気に攻め返す。大学時代に田中は、ある絶対に必要な単位を体調不良で落 としそうになって、救済テストでもやばそうだったから、カンニングをしたという。愛 子がその手伝いをしたんだと。 田中はそのパーティの時点で一流企業のエリートコースに乗っていたから、大学時代 のカンニングでもばれるとまずいことになりかねない。大人しくなったよ。何よりも、 愛子がカンニングの件を高橋に話していたのがショックだったみたいだ。 そこから潮目が変わった。佐藤が主導権を取った。 といっても偉そうに上から物申したんじゃない。切々と訴えたんだ。 “自分は結婚するんだよ。こんなタイミングで、殺しなんてするものか。たとえ犯人と して捕まらなくたって、警察に事情を聞かれるのは確実。式も披露宴も、新婚旅行も何 もかもパーになってしまう。二人の家族や親戚、いや、招待した全員に顔向けできない じゃないか。縁起が悪いとかどうとか言われて、結婚そのものが壊れるかもしれない。 だから、どうかお願いだ。提案を飲んでもらいたい”ってね。 その提案が、愛子の死をずらすというものだった。 具体的にはまず、死んだ場所を地下室ではなく、近くの湖に面した断崖にする。当 然、他殺じゃなく自殺か事故死だ。 警察への通報も遅らせる。二日、いや三日、遅らせよう。彼女が披露宴に来なかった ことを妙に思わなかったのかと聞かれるかもしれないが、なんとでも理由付けできるだ ろう。 高橋と田中は割と早くに提案を受け入れた。私も面倒ごとはごめんだと思っていた し、他殺かどうかはっきりしないんだから、いいんじゃないかと考えた。すぐに賛成し なかったのは、この件を後々活かせるんじゃないかという計算を働かせていたからに過 ぎない。 ただ一人、栄子だけは最初、反対を唱えた。真実は明らかにすべきだと。 ところで言ってなかったけれども、栄子は私の身内でね。詳しい関係は隠すけど、私 の言うことなら聞くんだ。だから私は説得役を買って出た。それでまあ、うまく行っ た。 お金が動いたかどうかは、想像に任せる。 ただ、その後……何年後だったか忘れたけれども、佐藤は病気でこの世を去ってしま い、協力した私らはさほど美味しい目は見られずじまい。田中はそれよりも早く、海外 赴任から一時帰国した矢先に交通事故で命を落としていた。まあ、田中からカンニング をネタにしてお金を引き出すつもりはなかったがね。高橋とは早々に音信不通になっ て、今もどこで何をしているのか知らない。やはり早死にしたとも噂に聞く。 こんな訳で、私は全くの善人という訳ではないが、それでもこの年齢になると、時々 波が襲ってくるんだ。あのときの真相は何だったのか、無性に知りたくなる波がね。 思うんだが、愛子の死はやっぱり殺人で、殺したのは佐藤なんじゃないかなあ。 最終的に場をコントロールしたのは佐藤だし、田中のカンニングの件を高橋が知って いたということは、佐藤も以前から知っていた可能性が高い。愛子をあの場で殺して も、田中の暴走を食い止められると踏んでいた。 佐藤からすれば私は計算高い奴で、いざとなればお金で解決可能と見なされていたろ うし、その身内の栄子の対応は私にやらせればいい。問題があるとしたら、高橋が田中 と組んで佐藤を責めるパターンだが、これも恐らくはないと予想できる。田中の矛先が 最初に向くのは、愛子の前の彼氏である高橋になるのはほぼ確実。高橋はプライドが高 く、一度疑ってきた相手と簡単に手を結ぶタイプではない。 こうして、佐藤は結婚前夜という条件も含めて、前もって制御可能な状況を作り出し た上で、愛子を始末したのではないか。そう思えてならないんだ。 思い返してみれば、結婚前夜のパーティをやろうと言い出したのも、当の佐藤からだ ったな。普通、悪友の誰かが言い出すものじゃないのかねえ。 え? なかなか悪くない話だったけれども、最初に聞いてきた『三国志』云々てのとどうつ ながるんだって? そうか、やっぱり言わないと分からんよな。 当時、提案に従って偽装工作をやっている最中、確か佐藤が呟いたんだ。 「死せる孔明、生ける仲達を走らす、か」 確かに、愛子が佐藤を困らせるために自殺したんだとしたら、なかなか言い得て妙 だ。佐藤だけでなく、私ら友人まで走り回された。 だがね。 もしも愛子の死が佐藤の仕業だとしたら、「死せる孔明、生ける仲達を走らす」では ないわな。 「生ける仲達、死せる孔明を利して曹叡《そうえい》を走らす」ぐらいか。あんまり詳 しくないので人名は適当だが。 それよりもその後に起きた田中や高橋の早死には、別の諺を思い起こさせるじゃない か。 劉邦に仕えた韓信《かんしん》が遺したとされる言葉だったか、 「狡兎死して走狗煮らる」 これの方がぴったりだ。 私が今こうして君らと酒を酌み交わせるのは、佐藤が病死してくれたおかげかもしれ ないね。 終
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