●短編 #0399の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「頭が固いってんだ、まったく」 携帯電話での会話を終えるなり、推理作家・双頭龍二(ふたがしらりゅうじ) の片割れ、板口統吾(いたぐちとうご)は吐き捨てた。路肩に寄せていた車を、 安全確認もそこそこに荒っぽく発進させる。 電話の相手は、双頭龍二を“構成”するもう一人、稲津明正(いなづあきま さ)。 二人の内、執筆を担当するのが稲津で、板口は資料集めに交渉、インタビュ ーなど対外的な諸々を受け持つ。アイディアを出したり膨らませたりするのは、 二人でやっている。このスタイルで活動するようになって、もう十年近くにな る。ただし、表向きには二人が交互に書いていることにしていた。 最前の電話でもめたのは、アイディアに関することだった。 (これで何度目だ。以前から、最新技術を追っかけるのをよしとしない奴だっ たが) 馴染みのある出身大学のキャンパスをあとにし、目的地である街の中央図書 館に向かっている。図書館では、とある小道具の、作中の時代での名称及び方 言を確認する。大学に寄ったのは、鉄道研究会に顔を出して、旧い時刻表をコ ピーさせてもらうためだった。アリバイトリックに必要なのだ。 (毎度毎度、登場人物が誰一人として携帯電話を持っていない設定は、いくら 何でも苦しいだろうが、今日び) 昔、このことについて苦言を呈すると、稲津はそれならと電波が届かないで あろう孤島や山奥を舞台にした話を臆面もなく連発し出したので、板口が折れ た。 だが、現在執筆中の一作は、インターネットで知り合った者同士の間で起こ る殺人を描いているのだ。携帯電話を無視するのは、アンバランスなこと甚だ しい。打開策として、電波を妨害する機械を設置することを提案したが、「機 械ねえ。何か抜け穴がありそうで嫌なんだよな、そういうの」と一蹴された。 稲津の主張は、大昔から変わらない。形状記憶合金を利した殺人、ロボット の共犯者、特殊メイクによる変装エトセトラエトセトラ。そういった時代時代 の最先端を行くようなテクノロジーを利してミステリを書くことを極端に嫌っ ている。そのため、作品の年代を過去に設定することも多くなり、おかげで板 口の調査に掛かる手間暇も膨らむ一方である。 (この密室トリックなら、携帯電話がおまえの好きな密室を完成させるための 重要な小道具になるんだから、かまわんだろうに。ああ、面倒臭いねえ。没に されたアイディアが随分と溜まった。この分なら俺一人でやっていけるんじゃ ないか) コンビ解消。二年前に浮かんだ思いが、再び脳裏をよぎった。 (解消を持ち掛けて、あれほどまでに拒絶されるとは予想外だった。執筆を受 け持ってるのだから、あいつの方こそ一人になってもこれまでとさして変化な く、仕事ができるだろうに) 稲津は「おまえが一緒じゃないとだめなんだ」とか「推理小説の新人賞に挑 戦しようと誘ったのは板口なんだから、最後まで責任を取れ」とか、どうでも いい理屈をこねて、コンビ解消を拒絶した。酒が少々入っていたとはいえ、泣 かれる始末で、そのときの板口は折れざるを得なかった。 だが、現在は事情が違ってきた。はっきり言って、二人で一人だと、稼ぎが 少ないのだ。双頭龍二は安定した人気を保っている反面、爆発的なものはない。 映像化作品も数えるほどで、視聴率は平凡な数字に終わっていた。 (俺一人なら、もっと時代に合った作品を生み出せるし、執筆だって今は書い ていないだけで、全く問題ない。稼ぎを独占できるのは魅力だ。梓に堂々とプ ロポーズするためにも) 板口には、外村梓(そとむらあずさ)という長年の付き合いになる女性がい る。そろそろ本気で結婚を考えなければいけない頃合いだった。 (稲津の奴は特定の彼女なんていないようだから、この手の悩みには無縁かも しれんが、こっちにとっちゃ結構大きな問題なんだ。もう一回、コンビ解消を 持ち掛けよう。説得して承知させる。それができなかったときは……) 腹の中にある意志を言葉にする前に、車は図書館の駐車場に滑り込んだ。 * * (……こんなつもりではなかったのに) 足下に横たわる相棒は、うめき声を上げるのを五分前にやめた。それ以降、 ぴくりとも動かない。灰色がかったカーペットには、赤色の液体がじわりと広 がり、丸い染みができている。 打ち所が悪くて死ぬなんて、物語の中ではしょっちゅう起きても、現実世界 では滅多にないと思っていた。ちょっと強めに振り払っただけで、こうもあっ さり転倒し、命を落とすことになるとは。 (こいつのせいか) 視線が、“凶器”を捉える。 双頭龍二のデビューにつながる新人賞、そのトロフィーはピラミッド型をし た硬質なクリスタル製だった。四角錐の一番尖った頂点は、人の頭に穴を穿つ ぐらい、容易かったようだ。 (新人賞のトロフィーで頭を打って死ぬとは、あまりにも皮肉) 苦笑が浮かび掛けたが、それを消し去り、表情も気持ちも引き締める。 (なってしまったものは仕方がない。完全にアクシデントだが、俺に責任があ るのも事実。長年の相棒を失った悲劇の推理作家ならプラスになろうが、その 死に関与していたとなると、何もかも失いかねない。ここは隠蔽するしかない) 計算高く、かつ素早く決心すると、彼は偽装工作に取り掛かった。計画を組 み立てながら、行動する。あるいは行動しながら、計画を組み立てる。 不幸中の幸いと言っていいものか、“現場”は中古アパート三階にある一室。 双頭龍二の執筆作業場として借りている部屋だ。最寄り駅からバスで十五分、 周囲は緑が多く、静かな環境で集中するのにもってこい。だから誰にも、編集 者にさえもこの場所を教えていない。また、旧いが故に防犯カメラの類はなく、 各戸も埋まっているのは全体の半分にも満たない。真っ昼間とはいえ、突然の 訪問者に見舞われたり何者かに目撃されたりする恐れは、ほぼ皆無である。 さらに、何よりもラッキーなのは、今日このアパートに来た交通手段が、い つもの駅からバスに乗るルートではなく、隣接する都市からタクシーを利用し たことだ。普段からサングラスなどで軽く変装しているとは言え、駅の防犯カ メラに己の姿が映っていては、偽装工作をしてもまるで意味がなくなるところ だ。 (どんな風に細工するか? 自殺に偽装するのはまず無理。事故死にしても、 単独で転んで頭をぶつけたように見せ掛けるのは難しいか? バナナの皮でも 踏んづけない限り、このカーペットで足を滑らせそうにない。事故なら、ベラ ンダから落とせば、転落事故に……いや、やはり無理だ。トロフィーで付いた 傷跡は特徴的に違いない。それにベランダから落とすには、暗くなるのを待つ 必要があるが、そんな余裕はない。ここは空き巣狙いと鉢合わせし、運悪く殺 されたことにするのが最も現実的だろう) 計画をまとめる間に、真新しい指紋などを消し去り、使用したグラスを洗っ て片付けた。毛髪類が落ちているだろうが、それは気にしなくてよかろう。普 段から出入りしていたのだから。 (空き巣狙いは当然、手袋をしている。となると、トロフィーに、手袋をした 手で握った痕跡を着けねば。犯人が咄嗟に手にするには、若干、棚の高さが低 いが……まあ、空き巣の体格が小柄だったということで落ち着くだろう。それ から……侵入及び脱出経路を作っておかないとな。三階だから、賊は一旦屋上 に出てロープ伝いにベランダに降り、窓ガラスを割った。そして人を殺したあ と、金目の物を適当に奪って、入って来たときと逆の手順で脱出。これで行く か。――あっ、大事なことを忘れていた。原稿を直しておかねばならない。今 日入手したばかりの資料を、原稿に反映させていては、二人で今日会ったこと が露見する恐れがある。念のためだが、消しておくとしよう) こうして、思い付いた計画の段取りを、着実にこなしていった。「遺漏は何 もない、できることはすべてやった」――そう確信が持てるレベルまでチェッ クを重ねるが、どこかに不安が残る。 (二人で考えることになれてしまったせいかな。一人では見落としがあるよう な気がしてならない) 自嘲気味に笑みをなした。だが、いつまでもとどまってはいられない。早く アパートを離れ、人目や防犯カメラにとらわれることなく、自宅マンションに 戻らねばならない。そのためにはかなり歩く必要があるが、やむを得なかった。 (久々のいい運動になるさ) 自由になった双頭龍二の片割れは、仕事場をあとにした。 * * 推理作家の双頭龍二は、インターホンの応対を終えるや、首を少し傾げた。 一人になってからも双頭龍二を名乗り続けたのは、その方が営業戦略的に吉 であるし、交互に執筆していたと公言していたので問題あるまいとの算段もあ った。そのおかげかどうかは分からないが、作家としての人気は上昇し、売れ っ子の部類に入るようになった。ただ、三年前の“不幸”によって、世間の注 目を浴びたのが一つのきっかけになったのは間違いあるまい。 「三年前の件で、新しい発見がありました。その報告を兼ねて、あなたから話 をお伺いしたい」 来客は刑事で、率直に用件を告げてきた。 とうに「不運な強盗殺人の被害に遭った」という形で決着したはずの一件を 蒸し返されるのは、悪い予感しかしない。約三年で、新たな物証を検出可能な テクノロジーが登場したのだろうか? 双頭龍二の不安は膨らむ一方だった。 呼び鈴に応じて玄関に出向く。ドアを開けると、二人の男が立っていた。イ ンターホンの画像では一人しか見えなかったが、やはり刑事は二人一組で行動 するのが基本らしい。ともに三年前の時点で顔見知りになった相手だった。 「お久しぶりです」 挨拶の声が重なった。刑事二人の内、年かさの方が早速本題に入る。 「とりあえず、これを見ていただきたい」 呼応して、比較的若い方が小脇に抱えた大型の封筒から、一枚の大判写真を 引っ張り出した。紙芝居でもするかのように、見やすいように持ち直す。 写真を見た瞬間、双頭龍二は絶句した。 「――これは」 ようやく声を絞り出したが、あとは写真を指差すだけで続かない。 写真には、自分自身がはっきり写っていた。見覚えのあるアパートへ続く道 を歩いている。 「作家先生なら当然、グルーバルをご存知でしょう。検索で知られる世界的な IT企業です。そこがやっているグルーバルビューについても、知っているは ずだ。少し前に人物が写り込んでいるのはプライバシーの侵害だ何だと問題に なり、なるべく映さない方針になったみたいだが、遡ると人物の写っている写 真はいくらでもある。そこでね、だめもとで調べてみたんですよ。あなたの相 棒が亡くなった当日、あのアパート周辺を撮影していなかったかどうか。そう したら、まさか、信じられない幸運に巡り会ったという訳です」 作家が何も答えられずにいると、若い方の刑事が「説明願えますか」と追い 込みを掛けてきた。 〜 〜 〜 *板口が稲津を殺していた場合 (何てこった) 板口は奥歯を噛み締めた。歯ぎしりの音がこぼれる。 (最新技術には注目してきたつもりだったが、こんな偶然で足下をすくわれる とは!) 〜 〜 〜 *稲津が板口を殺していた場合 (グルーバルビュー? 何だそれは) 稲津は自分が写真に収められていることに、さっぱり合点が行かなかった。 ――おしまい
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