●短編 #0370の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
読む人の分かり易さのために記しておくと、このお話は、“西暦2002年” の出来事。心の片隅で覚えておくと、ちょっといいかも。 僕らは図書館で調べ物をしていた。夏休みの宿題の一つ、グループ研究の準 備を進めるためだ。学校の図書室ではよい資料に行き当たらず、四人全員にと って都合のよい日を決め、こうして町の図書館に集まった訳だ。 もしも早く終われば遊びに繰り出すつもりでいたのだけれど、ことはそう簡 単には運ばなかった。元々、僕はこうした調べ物が苦手だ。学校の勉強はでき る方だと思うけれど、ある程度自由にやっていいと言われると、まごついてし まう質なんだなと最近自覚する。 他の三人の内、女二人はあまり当てにできない。アカネは大人しすぎるくら い大人しくて、自己主張皆無と言っていい。カオリは仕切るのが得意で、人を 使う才には長けているものの、具体的な課題を与えられないと動けないのは僕 と同類。 結局、頼りになるのはサトシだ。 「これ、使えるかもしれない」 思った通り、サトシがいい情報を持って来て、僕ら三人に囁いた。彼は机の 上に分厚い本を開くと、指五本を握った手で一箇所を指す。 「この地域には面白い習わしがあるみたいなんだ」 「習わし?」 「衝突入りという習慣でね。詳しいことはそこに書いてあるんだけど、大雑把 に言えば、家に勝手に上がり込んで、その家秘蔵の宝や女性を遠慮なく見てい いということらしい」 「へー」 僕は思わず、大きな声になっていた。カオリにしっ、と注意された。目付き はきついが、五指をぎゅっと握った手を唇に宛がう仕種はかわいらしい。カオ リのくせに。 ともかく、僕は音量を調節し、続ける。 「ちょうどいいじゃん。テーマにぴったり」 グループ研究として出された課題は、知らない地域の生活習慣を調べること。 地域は自由に選んでいい。できれば現地に実際に足を運び、自分で見たり、そ の土地の人、特に年長者から話を聞いたりすれば、高い点につながるという。 もちろん、僕らはまだ子供だから、この現地に行くっていうのは、親に引っ付 いての家族旅行なんかで機会があれば、ってことだけど。 グループ分けは学期始めから決められていた斑そのままだが、運のいいこと に僕ら四人は家族ぐるみで付き合いのあるご近所さん。しかも、毎年揃っての 旅行を恒例としている。僕らは今年の旅行先に合わせ、宿題の下調べをしたの だ。 なかなかいい資料が見付からず、焦っていたのが、こんなぴったりな習慣に 巡り会うなんて。サトシの力もさりながら、幸運をしみじみ感じる。 えっと、衝突入り、だっけ。そんな習慣があれば、遠慮なく知らない人の家 を訪ねられるし、ものも聴ける。 「ちょっと待って」 カオリが低い声で発言した。僕ら三人は黙って注目する。 「そんな変わった習慣を、そこの人達は年がら年中やってるの? 開けっぴろ げ過ぎじゃない?」 「言われてみれば……」 ぼそぼそと反応したのはアカネ。 「いつでも勝手に上がり込んでいいのなら、秘密の品物なんてそもそもないこ とになりそうな……気がする」 「さすがにずっとじゃないよ」 サトシが本をまた指し示した。彼が何も言わない内から、カオリが不安げな 顔つきになり、やはり不安げな声で聞く。 「期間が決まってるんだったら、困るじゃない。私達が行くときに――」 「心配ご無用、ぬかりはないさ。衝突入りの習わしが適用される期間はたった 一日、旧暦の7月――旧暦で言っても仕方がない。今年はええっと」 手帳をめくり、一瞥するサトシ。すでに計算は済ませていたが、その細かい 結果までは覚えていなかったようだ。 「8月24日、いや、8月20日に当たる。見事に重なっているだろ」 「おおー」 カオリだけでなく、僕もアカネも万歳をして喜びそうになった。 サトシのおかげで、思っていたよりも随分早く目処が立った。これでたっぷ りと遊べる。 思っていたよりもと書いたが、早く終わることを期待していなかった訳じゃ ない。準備だけは万端整えていた。つまり、四人とも、プールで泳ぐ用意をし ていた。 今度みんなで行く旅行先でも川で泳げるはずなんだけれども、プールにはプ ールの楽しさがある。僕らの馴染みの公営プールは、昔はただ四角いコースを 真っ直ぐに泳ぐぐらいしかできず、つまんなかったらしい。今は波の起きるプ ールや流れるプールがあって、だいぶにぎやかだ。 今と昔とで大違いと言えば、併設する食堂がある。これは僕らも今よりもっ と小さい頃に、昔のバージョンを体験しているからよく分かる。何しろ、メニ ューに食事と呼べる物がカレーとヌードルの二つしかなかったんだ。飲み物も 三種類ぐらいしかなかったと思う。値段もばかみたいに割高だったから、二品 目以上同時に注文した記憶がない。 現在は改善され、メニューは豊富に、味と値段はまずまずといったレベルに なっている。 泳いだあとは、ここで何かを食べるのが、僕ら子供達の習慣だ。大勢で行け ばみんな同じ物を取ることが多いのに、この日は珍しく、飲み物で割れた。カ オリが「私はクリームソーダ」と言い、アカネがこれに倣う。僕も同じのにし ようと考えていたら、サトシが「僕はアイスコーヒーにしてみる」と言った。 あんな苦くて甘い物、よく飲む気になるなと内心思う。その一方で、サトシ が違うのを頼むのなら、僕も何か別の物にしようかと迷った……んだけれども、 カオリから「早く決めなさいってば」と急かされたせいで、結局クリームソー ダにした。カオリが最初からそれでいいのよとばかりに頷きながら、ウェイト レスのおねえさんに声を掛ける。 「すみませーん。アイスコーヒー一つに、クリームソーダ三つ!」 するとウェイトレスのおねえさん、最後が聞き取れなかったらしく、「クリ ームソーダはいくつですって?」と僕らのテーブルに近付きながら、問い返し てきた。 カオリは指三本を折り込んだ手を振り、「三つ、三つです」と応じる。最初 から、ウェイトレスが来るのを待って注文を伝えればいいようなものだが、カ オリはせっかちなところがあるからしょうがない。 現に、ウェイトレスが「他に何かございますか?」と言い終わらない内に、 「あとは特製ピザを二セット」と答える始末。やれやれ。 ちなみに特製ピザはサイズが大きく、子供にとっては二セットで充分四人前 になる。だからか、カオリは今度は指を四本立てて、急いで付け足した。 「ピザはそれぞれ、半分ずつに切って持って来てください」 そうして食べたり飲んだりしている間のお喋りは、旅行のことが自然に話題 となる。 「風習があると言っても、地域の民家全部に通用するのかしら。私達にだって、 名前だけ知っていて全然やってない風習、いくらでもあるわよ」 「そりゃあそうかもしれないけど、行ってみたら分かるんじゃないか」 カオリの不安込みの疑問に、僕は適当に答える。サトシはもう少し真面目に 答えた。 「二、三軒試してみて、だめそうだったら、旧そうな屋敷に絞ったらいいんじ ゃないかな」 カオリに加え、黙って聞いていたアカネまで納得した表情になる。僕はサト シ程度に物知りで頭もいいつもりだが、こういった点で差を付けられるんだな と痛感した。 せめて、旅行先での宿題のときは、いいところを見せられるようにしたいも んだ。そんなことを思った。 目覚まし時計に目をやると、針は9時を示していた。あと三時間で日付が変 わる。今夜は早く寝なくちゃならない。明日はいよいよ出発だ。 でも、いつもより早く布団に潜り込んだのと、旅行への期待感が重なって、 なかなか寝付けそうにない。単調作業が眠気を誘うはずだと、数を数えてみた けれども、1000を超えたところでばからしくなってやめた。 去年の今頃を思い出してみる。去年は、出発の朝、ばたばたしていた。僕の せいじゃない。原因はお父さんにあった。あの頃お父さんは、健康にいいらし いからとそれまでの普通の靴下をやめ、五股になったやつを履くようにしたば かりだった。慣れていないせいで、慌てているときなんかは、履くのに手間取 ったんだ。去年の旅行に出掛ける朝なんて、左右の区別さえせずに足を通した もんだから、やり直すのに時間を取った。 結局、家を出るときは裸足で、靴下をきちんと履けたのは車中になった。今 になって振り返ると、結構笑える。当時は何をやってるんだまったくと怒って みたけれども。 今年はどんなことがあるだろう。行った先で、宿題ばかりに時間を費やす必 要はない。結果をまとめるのを含めたって、二日もあれば充分だろう。いざと なったら、まとめるのは旅行が終わってからにしたっていい。何たって、普段 触れることのできない、自然の中で遊べるんだ。川で泳いだり、木に登ったり、 昆虫を捕ったり、探険したり。ただの追い掛けっこだって、学校でするのとは ひと味もふた味も違う。 想像しただけで、興奮してきそうだ。これじゃあ、余計に眠れなくなる。僕 は一旦布団から抜け出て、本棚の前に立った。一ページも読んだことのない、 開いたことすら滅多にない偉人伝の一冊を手に、寝床に戻る。これを読んでい れば、否応なしに眠くなるだろう……そう期待してのことだった。 ところが、しばらく経っても、全然眠くならない。僕は偉人伝を夢中になっ て読んでいた。予想に反し、波瀾万丈で面白い。今の僕よりも小さい頃の主人 公が、大火傷を負って指が引っ付いてしまい、拳が開かなくなるが、年月を経 て手術を受け、その拳が開くようになる辺りまで、一心不乱に読み耽った。 これはまずいと気付き、時計を再び見ると、もう少しで10時になるところ だった。せめて日付が変わる前に寝付こうと、僕は本を閉じてタオルケットを 頭まで被った。 本の続きが気になったけれども、旅行に持って行けばいい。読書感想文の宿 題にも使えるし。 目的地に到着し、投宿したあと、早速遊び回った。その疲れに旅の移動疲れ が重なり、初日は早々に眠ってしまった。 明けて二日目はグループ研究をする日だ。衝突入りという習わしが、この日 に当たっているのだから仕方がない。それに宿題を早めに片付ける方が、残り の数日を気兼ねなく遊べるってもの。 僕とサトシ、カオリにアカネはそれぞれの親から注意を受け、子供なりに礼 儀正しい?格好をさせられ、やっと外に解き放たれた。疲れは取れていたけれ ど、眠気は少し残っている感じだ。 僕はあくびをかみ殺しながら言った。 「それでどうする? 団体行動するか、四人ばらばらに聞きに回るか」 「効率がいいのは、四人別々だけど」 ごく当たり前の意見も、サトシが発言すると、いいアイディアに聞こえる。 ひがみだろうか。 「注意されたばかりだしね。危ないことは極力避けろって」 「二人ずつに別れるのはどう?」 カオリが言った。 「一人だと危ないこともあるかもしれないけど、二人なら」 「そうだね。――どう?」 と、サトシが僕とアカネを見る。異存はない。 「じゃあ、決まり。受け持ちも決めておこう。この道路からこっち側を、カオ リとアカネで――」 「待って」 カオリが話を遮る。何事かと思ったら。 「二人ずつ別れるけれど、その組み合わせは女と男になるようにした方がいい でしょ」 「何で」 内心、悪い提案ではないと思っていたけれど、口ではそう応じておく。そも そも、カオリがそんなことを言い出した理由が分からなかった。たとえば危な い目にあったときの、体力面の心配をしたとしよう。今現在の体格で言えば、 カオリが四人の中で一番背が高く、一番低いのはアカネだ。ちょうどいいじゃ ないか。腕力でもアカネを除く三人は、ほとんど差がないと思う。カオリと力 比べしたことなんてないが。 「女同士、男同士だと、聞くことが偏りそうな気がするの。相手の人だって、 男にしか言わない、女にしか言わないって話を持っているかもしれない」 子供相手にそういう差を付けるかどうか、若干、疑わしいが、一応、理屈は 通っている。 僕が悩んでいる素振りを見せていると、隣でサトシが頷いた。 「分かったよ。時間を無駄にしたくないし、それで行こう。で、どういう組み 合わせにする? 二通りしかないけれども」 サトシが問うと、カオリは黙ってくじ引きを取り出した。紙を細長くちぎっ たやつだ。昨日、作ったらしい。赤い印と無印がそれぞれ二本ずつある。引い た結果、サトシとアカネ、僕とカオリになった。 「それじゃあ……とりあえず、正午にはここに集合ってことで」 「うん。何かあったら、電話する」 そうして二手に分かれる。 僕とカオリの行く手には、早速民家が見えてきた。平屋だが広々として、旧 そうだ。 「よし、あそこから行ってみるか」 数歩先行した僕を、カオリの足音が追い掛ける。 「ちょっと。何か忘れてない?」 「うん?」 立ち止まって振り返る。カオリは僕の足下を指差していた。サンダル履きの 自分の足を、じっと見る。 「何か」 「指。手の方は忘れずに変形させてるのに、足を忘れたらだめでしょうが」 「あ、いっけねえ」 僕は急いで足の指を左右5本ずつにした。これ、結構精神力がいるんだよな。 旅行の楽しさにかまけて、つい忘れてしまっていた。僕らの種族は手足の指 が6本ある亜人なのだということを。 ――終
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「●短編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE