●短編 #0306の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
十二月二十四日の夜九時過ぎ。子供部屋にやって来た父を見上げ、碧は思わ ず呟いた。 「あれ? 今年はサンタクロースの格好をしないの?」 父はおもちゃ屋のロゴが入った紙袋を二つ提げている。クリスマスプレゼン トを渡しに来たのは間違いない。ただ、サイズが大きすぎる気がしないでもな いが。 「時間も随分と早いけど……あ、ひょっとして、これからお母さんと二人きり で出かけるつもりね?」 「残念ながらそんな予定はないなあ」 苦笑混じりに否定した父の物腰は、次にため息混じりに変化した。 「去年のあれを思い出すと、サンタクロースに扮する気になかなかなれやしな いさ」 「去年のあれ……」 父娘の顔にはともに苦笑が広がった。 去年のクリスマス、碧は弟――といっても双子だから同い年だが――の暦と 相談して、自分達の方からも両親に何かプレゼントしようと決めた。中学生に なったからというのもあるし、母の影響を受けてモデルのアルバイトをした成 果で、懐が温かかったという現実的な面もあった。 やるとなったら凝り性の碧は、モデルのアルバイトをしたときにできた知り 合いに頼み、サンタクロースの衣装を二着借りた。姉弟揃ってサンタの格好を し、両親に手渡そうと考えたのだ。 ところがサンタの衣装を前にした碧は、もう一段階、凝ることを思い付いた。 手渡すのはやめて、枕元に置こう、と。 「枕元に置こうと考えるのは自然だと思う。でも、サンタクロースの格好をす る意味が分からない。相手は眠っているんだから」 「それはお父さんも同じでしょ。万が一、目を覚ましちゃったとき、見られて もいいように」 「確かにそうだが、自宅で家族全員がサンタクロースに扮して鉢合わせという のは……」 去年のクリスマスイブ、相羽家は四人ともサンタになった。 偶然にも全く同じ時間に、両親は子供達の部屋に、子供達は両親の部屋にプ レゼントを置きに行こうとした結果、常夜灯の薄明かりの下、赤い服のペア同 士が鉢合わせする事態に陥ったのである。 「まあ、忘れられないかつ楽しいクリスマスになったから、いいじゃない」 「うん。ただ、お腹が痛くなるほど笑ってしまうのは、去年だけで勘弁という ことで……」 父は手にした二つの紙袋を身体の前に持って来た。 「来年以降どうするかは別にして、今年は早い内に渡そうと思ってね」 「二つもくれるの?」 「一つは暦の分だよ。そのまま渡すのも面白くないから、ちょっとしたゲーム をしよう」 「トランプでもして、勝ったら好きなのがもらえる、とか?」 「いや。今年のプレゼントは、おまえ達のほしがっていた物にした」 父の返事に、碧は思い出した。ひと月ほど前、プレゼントにほしい物は何か と尋ねられたことを。時期的にクリスマスプレゼントだわと察したけれど、直 接リクエストを聞いてくるなんてこれまでなかったから、少々変に感じたもの だ。 「じゃ、ゲームをやらなくても……」 「苦労をして手に入れてこそ、ありがたみが分かるというもの」 急に教訓めいたフレーズを口にしたかと思うと、父は顎を振った。 「碧と暦、二人一緒にやるゲームだから、居間に来なさい」 「……それならプレゼントをここまで持ってこなくてもいいのに」 椅子から離れながらそう言った碧。 父は先に廊下に出てから、「でも、今年のクリスマスプレゼントはひと味違 うと一発で理解できただろう?」と答えた。 リビングでは暦の他に、母がリンゴを剥いて待っていた。 「デザートなら、もうケーキを食べたのに」 「じゃあ、食べないの? おいしいのに」 「食べる」 そんなやり取りをする母娘は、知らない人が見れば姉妹だと思うだろう。母 親は年齢よりずっと若く見えたし、娘は年齢よりも大人びて見えた。 (ここでこのリンゴの分を我慢して、お母さんよりきれいになれるのなら、絶 対に食べないんだけどな) 碧は密かにライバル心を燃やしつつ、椅子に収まった。 「さっき言った通り、碧と暦はこれからゲームをして、どちらのプレゼントを もらえるかを決める」 「どうも分からないんだけど」 暦が首を捻る。中学二年生の今は碧の方が背が高いこともあり、弟のしぐさ がかわいく映る。 「僕ら二人で勝負をして、勝った方が好きな物をもらえるんだったら、勝負す る意味がない気がする。僕はマジックグッズがほしいし、姉さんは……何だ っけ?」 「クリスタルハウスよ」 碧は早口で答えた。端的に表現するとガラスでできた人形の家である。その 精緻な細工が評判を呼び、大人の女性に人気の商品だ。 「――姉さんはクリスタルハウスをほしい。勝ったら当然、自分のほしい物を 選ぶから、残りは負けた方にとってほしい物。結局、ゲームの勝ち負けとは無 関係のに、僕らは欲しい物を手に入れられるよ」 「これからする説明を聞いてもそう言っていられるかどうか」 意味ありげに言い、最前の紙袋二つをテーブルに置く父。母は両頬杖をつい て、その様を楽しげに見守っている。 「最初に言っておくと、何のゲームをするかは二人で決めなさい。トランプで もオセロでも、何でもいい」 「……はあ」 わけが分からず、碧と暦は顔を見合わせた。そのあと、すぐに視線を父へと 戻す。父は子供達の反応にかまわず続けた。 「見ての通り、プレゼントは同じ紙袋に入っている。外から見ただけでは中身 は全く分からない、だろ?」 「それはまあ……」 「そうね」 暦、碧の順にうなずいた。頼んでいた物に比べると紙袋がいささか大きすぎ る気がしたが、外見では区別できないようにするためらしい。 「ゲームをして勝った方がプレゼントを選ぶんだが、選ぶとき、紙袋の中を見 てはいけない。紙袋に手を入れるのも、袋にさわるのも禁止。見た目だけで決 めるんだ」 「え」 一瞬、弱った。しかし、それは本当に一瞬だけで、三秒と考えることなしに、 父の狙いには穴があると気付く。 碧と暦は再度顔を見合わせ、今度は碧が口を開くことに。 「それならほしい物を選べるとは限らないけれど、もし私が勝ってマジックグ ッズを選んじゃったとしたら、暦がもらうことになるクリスタルハウスと交換 するだけだわ」 「慌てない。説明はまだ終わってないのだから。実は一つ、条件があるんだ。 “自分で選んで受け取った物は自分で使わなければならない”という条件が」 「ええっ?」 今度は姉弟とも、心の底から声を上げた。 選んだ物は自分で使わねばならないとは、厄介で理不尽な条件である。 「そんな意地悪言わないで、ストレートにちょうだいよ〜」 「姉さんはまだいいよ。マジックに興味がないわけじゃないだろ。こっちは人 形の家をもらってもさあ。使いようがない」 「好きな女の子にプレゼントでもすればいいでしょ」 言い合いを始めた子供達に、母があきれたような調子で言葉を掛ける。 「あらあら。ほしい物を早くもあきらめたのかしらね」 「でも。五十パーセントの確率に賭けるなんて……ほしい物がそこにあると分 かっているだけに、なおさら納得できない」 「そうだそうだ」 姉の反駁に、弟が加勢する。 「だいたいお父さんもお母さんも本心じゃあ、普通に渡したいはずなんだ。そ れなのに、こんなゲームをさせようだなんて、ツンデレなんだから」 「よく分かったわね」 にこにこしてあっさりと認める母。これでは碧や暦の反論も用をなさない。 「だからさ。考えれば分かるはずだよ」 父が言った。 「こんな意地悪な条件が付けてあっても、確実にほしい物を手に入れられるや り方に」 そして、どちらがどちらの紙袋を選ぶのかを明日二十五日の正午までに決め るようにと期限を区切られた。 碧と暦は聖なる夜に、額を寄せ合って頭を悩ませることになった。 * * さて、碧と暦の姉弟はどのようにして紙袋を選べばいいのでしょうか? * * 二十五日の午前中、父は仕事のため出掛けてしまっていた。 だから代わりに、母の前に碧と暦は立った。プレゼントの袋二つを横目で見 やりながら、碧が口火を切る。 「一晩考えたんだけれど」 「うんうん」 母は弾んだ口調で相槌を打つ。目を細め、楽しんでいることがありありと窺 えた。碧達が物心ついたときから、ずっとこんな感じのような気がする。 「……お父さんがいないのなら、お母さんを懐柔して、好きな方をもらっても いいかなと思ったりして。お父さんには黙っていれば、ばれない」 「それはだめっ」 さっと腕でばつを作る母。続いて耳を塞ぐポーズをして、 「頼まれると弱いから、それ以上言わないで!」 と叫び気味に言った。 「分かってるって。ちゃんと考えて、結論を出してる」 「そう、よかった。早く聞かせて」 「それじゃあ、まず、ゲームを一応して勝ち負けを」 碧は暦に目配せをし、じゃんけんをした。碧がチョキで勝ち。 「これでゲームに勝ったのは私だから、私が選ぶね」 「うん。どっちを選ぶのかな」 「その前にお母さん、紙袋を区別できるよう、右手と左手に持ってよ」 「はいはい、分かりました」 椅子から腰を上げると、母は紙袋を左右の手に持った。普通ならバーゲン帰 りの主婦みたいになりかねないのに、さすがモデル経験者というべきか、きれ いな立ち姿だ。 「言っておくけれど、持ち方で重さの違いを見抜こうとか、扱い方の違いで材 質の違いを推し量ろうとしてもむだよ。重さはほぼ同じだし、頑丈に梱包され ているんだから」 「そんな姑息な真似はしないって。ちゃあんと、論理的にね」 碧は迷う素振りを挟んでから、向かって左、つまり母の右手にある袋を指差 した。 「碧はこっちでいいのね」 そう言う母の声や表情は、心なしかがっかりしたよう。 碧は微笑しそうになったがどうにかこうにかこらえ、それから首をはっきり と横に振った。 「そうじゃないんだなあ。――暦、こっちを受け取りなさい」 「しょうがないな、はーい」 打ち合わせた通りに暦が返事する。彼は母の右手から紙袋を恭しく受け取る と、「じゃあ、次は僕が選ぶ番だね」と言った。その態度や口ぶりは芝居がか っている。 「そうね」 母の表情が元の明るいものに戻っている。どうやら正解だったらしい。 ここでやめてもいいのだけれど、折角なので、最後まで続けよう。 「姉さん。姉さんはお母さんが左手に持っている紙袋を受け取って」 「はいはい。――プレゼント、ありがとう」 母に頭を下げながら紙袋を受け取る。中身をまだ確かめることなく、碧は母 に聞いた。 「これでよかった?」 「凄いじゃない、二人とも。お父さんから聞いていたのと全く一緒。驚いちゃ った」 父の課した条件には、なるほど父の言った通り、優しい抜け穴があった。 “自分で選んで受け取った物は自分で使わなければならない”とは言い換え れば、他人が選んで手渡された物なら自分で使ってもいいし、他人に譲っても いいことになる。だから碧は暦のプレゼントを選び、暦は碧のプレゼントを選 んだ。これなら仮に自分のほしい物を受け取れなくても、交換できる。 そもそも、二者択一なら自分の分を選ぼうが相手の分を選ぼうが同じ――こ れに気付いたのをきっかけに、碧と暦は解決策を発見したのだった。 「お父さんは“勝った方がプレゼントを選ぶ”と言っただけで、“勝った方が 自分のプレゼントを選ぶ”とは言わなかったもんね」 「ちゃんと気付くのねえ。私だったら気付けたかどうか」 感心しきりである。 碧と暦は紙袋をひとまとめにして置くと、改めて母に言った。 「プレゼント、ありがとう。それでね、今度は私達からのクリスマスプレゼン トなんだけれど」 「え、今年ももらえるの? うれしいっ」 手のひらを合わせて喜びを露わにする母。 「もっちろん。ただーし!」 碧と暦は声を揃えた。 「あるゲームをしてもらうわね、お母さん」 「ゲーム……?」 目を丸くした母に、碧は少々意地の悪い笑顔になってうなずいた。 「うん。ジュースを入れた三つのグラスから一つを選んで、それが当たりだっ たら、プレゼントを渡すことにしたの。暦、早速準備よ」 「OK」 そして姉弟はキッチンへ急ぐ。 一日遅れのサンタクロースになる。 ――おわり
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