●短編 #0179の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
森村桂さんが死んだ。自殺だったとか。私はそれをある痛ましさ をもって聞いた。思いこみの強い女性だったから、その死もまた思 いこみによってなされたのかなと思った。 森村桂といっても、最近のひとは知らないと思う。かっての流行 作家である。大流行作家だったといっていい。何しろその全盛期に は中規模の書店で平台に彼女の作品が十数種類以上も積んであった。 文庫本の個人全集もでた。出す本出す本皆ベストセラーという状態 だった。あまりに簡単に読めるので、これは文学ではなく高級作文 だという批判があったりしたが、しかし、明るく楽しい彼女の本は みんなに好まれた。私も彼女の本を好んでよく読んだ。そしていつ も元気をもらったものだった。 「天国にいちばん近い島」「違っているかしら」「ふたりは二人」 「おいで初恋」思い出すね、彼女の本。どれもとても面白かった。 そして大恋愛をして結婚をした。その報告のような本もいっぱいだ した。楽しい結婚生活が書かれてあった。しかし、実情はその本の ようにうまくはいってなかったらしい。いわば彼女は本のなかでフ ァンタジーをつくっていたらしい。やがて結婚に破れ離婚して、そ してまた再婚した。そしてまったく文章を書かなくなった。筆を絶 ったのである。「人生は楽しい。結婚はすてきだ」そう書いてきた のに、嘘だった。嘘を書いた私はもう本を書くことができない。そ う言って一切文章を書かなくなった。何しろ思いこみの激しい女性 である。そうなると意地でも書かない。そうしてだんだん世の中に 忘れられていった。今から30年近く前の話である。 冒頭に私は彼女に痛ましさを感じると書いた。それは彼女の思い こみの激しさに対してである。たいていのひとは妥協に妥協を重ね て生きている。そうしなければ生きていけないだろう。でも彼女は 妥協できない性格なのだ。いったん思いこんだら命がけでそれを守 ってしまう。思いこみの激しさ。でもそれゆえ彼女は本が書けたの である。その思いこみの激しさが本を書かせたのだ。思いこみのな いひとは文章が書けない。どうしてもこれは書きたい。そういう思 いこみが本を書かせる。そして彼女の場合、その思いこみがまた本 を書かせないことになったわけである。彼女の痛ましさはそこにあ る。 しかし、考えてみれば、作家なんて、書くだけの理由があるうち は書くべきだろうが、理由がなくなったらあっさり筆を絶ったほう がいいのかもしれない。商売として書き続ける。それもまたひとつ の道かもしれない。でもあっさり書かないいさぎよさのほうが、作 家本来の道であるのかもしれない。 森村桂さん、あなたは書くべきことは十分書きました。この世で やるべきことは十分やったと思います。だから作家としては満足し て死んだと思います。安らかにお眠りください。ご冥福を祈ります。
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