●短編 #0165の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
爽やかに晴れ渡る日曜の午後。自宅の庭の木々に子鳥達が集まり、窓を開けると、春 の訪れを感じさせる風が私の部屋を吹き抜ける。 テーブルの上に置かれた赤ワインを手に取ると、私はそれを一気に飲み干す。ホロ苦 い味が口いっぱいにゆっくりと広がって行く。 私はコンピューター会社の社長を務めている。この不景気の中、業績は常に上向き。 仕事が途切れることはなく、部下達も毎日よく頑張ってくれている。 豪邸、高級車、女―― 自分が欲しいと思う物は全て手に入れた。 だが、なんの不満もない生活のはずなのに、私の心は何故か満たされない。 「まるで心の中が空っぽになってしまったみたいだ」 そう呟いた時、玄関のインターホンが鳴った。 今日は妻も買い物に出ているし、メイドにも休暇を与えている。家には私一人。イン ターホンを取るのは少々面倒な気もしたが、居留守を使うわけにもいかないので、私は シブシブと応答した。 「はい、どなたかな?」 受話器の向こうから、若い男の声が聞こえた。 「お休み中の所を失礼します。私はあるマーケティング会社の者ですが、ただいま心理 分析調査を行っておりまして、宜しければご協力いただきたいと――」 彼は営業マンらしく、ハキハキとした口調で話した。 マーケティング会社の心理分析調査? これはまたなんとも胡散臭い。私は彼の話を 聞き終えないうちに通話を切ろうとした。 「そういう話はよそでしたまえ」 「待って下さい。これは決していい加減な調査ではないのです。私の話を聞いて下され ば、ご理解いただけるかと」 彼も簡単には引き下がろうとしない。私はしばらく考えたが、どうせ暇を持て余して いたし、冷やかし程度に話を聞いてやろうと思った。 「わかった。入りたまえ」 「ありがとうございます」 玄関の扉が開くと、濃紺のスーツを身に纏った精悍な顔つきの男が姿を見せた。 「失礼します」 彼は早速、黒い鞄の中から何枚かの書類を取り出した。 「それがそうなのかね?」 「はい。自分の人生について、あなた自身がご満足されているかどうかを調べているの です」 「自分の人生?」 その言葉を聞いた瞬間、私の脳裏にピンと来るものがあった。私が今抱えてる悩みと 共通するキーワードだった。 手渡された用紙には百以上の設問が書かれており、三択で回答をする方式だった。私 は自分の会社で行っている新入社員の採用試験問題を思い浮かべた。 「つかぬことを伺うが、この調査書は何の為に使うのかね?」 私がそう訊ねると、彼は笑顔で答えた。 「某保険会社からの依頼で行っている調査でして、内容は先程お話したとおりです。新 商品開発の為の資料となるのです」 「なるほど。そう説明されれば納得が行く。しかし、自分の人生についての調査とはな ……」 私が首を傾げると、彼は不思議そうな顔をして言った。 「失礼ですが、何か思う所がおありで?」 「ああ。私は自分の欲しい物を全て手に入れた。だが、心が満たされることはない。何 と言うか、情熱を失ってしまったような気がするのだ。若い頃、私は自分の会社を作る 為に全精力をそそいで働いた。辛い日々ではあったが、少なくとも今よりは充実してい た気がするよ」 彼は私の話を聞きながら、いちいち頷いていた。 「そうですか。お気持ち、わかる気がします。一つの目標に向かって頑張っている時と いうのは、苦労を苦労とも思わない。逆に自分自身が一番輝いている瞬間とも言えます ものね」 「そのとおりだ。あの頃は良かったよ」 私は深く溜息をついた。思い出話をする度に、年老いてしまった自分を改めて実感す る。 「お若い当時に時間が逆戻りすればいいですね」 「……つまらないことを言うのはやめたまえ」 彼は冗談のつもりで言ったのだろうが、私はそうと受け止めなかった。 「これは大変失礼しました」 よく考えてみれば、初対面の人間にこうして自分の悩みを打ち明けてしまう私も、ら しくない。 暫くの沈黙の後、彼は再び私に奇妙な質問をした。 「例えば、ゼロからやり直すというのはいかがでしょうか?」 またつまらんことを言ってるなと思いながら、私は彼を睨みつけた。しかし、彼は怯 まず話し続ける。 「いえ、決して冗談で言っているのではありません。一つの方法論としてお訊ねしてい るのです」 彼の言うことが私には理解出来なかった。今更ゼロからやり直すなんて不可能だ。だ が、さっきの私は少々大人気なかった。今度は彼のジョークに付き合ってやろうと思っ た。 「本当にゼロからやり直せるのかね?」 彼は真剣な表情で頷いた。あまりに真剣なので、私は思わず大笑いしてしまった。 「私の言っていることを信じていらっしゃらないようですね」 彼はそう言うと、私の目の前で三本の指を立てた。いったい何を始めようというの か、私は息を呑んでジッとそれを見つめた。 「私が三つ数え終えると、あなたはゼロからやり直すことになります」 私の中で、ある疑念が思い浮かぶ。 (この男、本当にマーケティング会社の営業マンなのか? やっていることや言ってい ることが、まるで奇術師のようではないか) 一つ 彼が指を折ってゆっくりと数え始めると、私の心臓の鼓動が急に早くなるのを感じ た。 二つ ゼロからやり直せるなら、私はあの頃の情熱を再び取り戻せるかもしれない。しかし ―― 三つ 今の自分を失うのも怖い。 ふと気がつけば、私は何もない荒野に一人でいた。さっきまで自宅の玄関にいたはず なのに、まるで初めから何も存在していなかったかの様に、全てが消えてなくなってい る。 「これは……いったいどうなっているのだ?」 混乱している私の頭上から、彼の声が聞こえた。 「あなたはゼロに戻りました」 私は灰色に濁る空へ向かって大声で叫んだ。 「私に何をした? ここはどこで貴様は何者だ?」 「この光景、あなたには見覚えがあるはずです。思い出してみて下さい」 それっきり、彼の声は聞こえてこなかった。 「見覚えのある光景だと?」 この状況で冷静になるのは困難であったが、それでも私は懸命に考え続け、やっと思 い出すことが出来た。 ここは戦後間もなく私の家族が住んでいた土地なのだ。 空襲で全てが灰となり、一家はここにやむなく小屋を建て、何年も貧しい暮らしをし ていた。幼い頃の私はそれが嫌で、自分が大人になったら絶対金持ちになるのだと決意 していた。そして身を粉にして働き続けた。 だが、年老いてしまった自分がこの世界に突然放り込まれ、今更何が出来るというの か。私が望んでいたのはあの頃の環境ではなく、情熱と若さなのだ。しかし、それが無 意味であることに気づくのが遅すぎた。 「私は絶対に手に入らないものを手に入れようとしていた。大切なのは過去を振り返る ことよりも、現在(いま)をどう生きるかだったのかもしれない」 私は草木も生えてない荒れ果てた地面にガックリと肩を落とした。涙が後から後から あふれ出て止まらない。 「これはきっと夢だ。私は悪い夢を見ているのだ」 灰色に染まる大地に悲しい音色を奏でる風が吹き抜ける。 この世界の存在を夢と信じて疑わない私の想いも、少しずつゼロになろうとしてい た。 了
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