●短編 #0145の修正
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明治二年永倉新八は松前藩医杉村松珀の養子になり名を杉村義衛と改めた。伊藤甲子太 郎の実の弟、鈴木の恩讐を恐れたためだ。そして新八は明治を生きる決心をする。 維新後、彼が成し遂げたことと言えば新撰組の慰霊碑を建てたことである。その石碑 はJR板橋駅前にある。喧嘩別れしたとはいえ、京都を守った仲間だった。 明治二十七年日清戦争が起こると抜刀隊に志願したという。しかし明治政府はこれを 拒否した。新八は 「元新撰組に手を貸してもらっちゃ、薩長の奴らの面目まるつぶれってわけかい」 と言って笑ったそうだ。没したのは大正五年一月五日。沖田、斎藤と並ぶ最後の剣客は この世を去った。新八、七十七歳の時である。
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