●短編 #0139の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
前置き 夢を生理学的に説明すると、「睡眠中に脳の一部分が活動することによって 現れる架空的個人体験」ということになるだろうか。夢の中では、大脳の限ら れた部分しか働いていないため、統合機能や総合作用が不完全で、目覚めた後 から思い返すと、不可解で支離滅裂な筋書きの場合が多い。 けれども、夢を見ている最中はそれが夢であることに気づいていないのだか ら、夢も現実も等価値であり、ときには夢の方が現実以上の深刻さでせまって くる。人の一生のうち三分の一を睡眠時間だとすると、夢の世界は人生にとっ てすこぶる重要であり、夢の善し悪しがその人の幸不幸を左右すると言っても 過言でない。良い夢を多く見ることの出来る人は幸せであり、悪い夢でうなさ れてばかりいる人は、いくら現実世界で恵まれていても決して幸せとはいえな い。 さらに問題なのは、老人ボケやアルツハイマー病が夢とそっくりであり、こ れを回避する有効な手だてが見つからないことである。 「脳の総合機能が不十分な点で、夢とボケとはほぼ同じ現象と考えてよい」 と言うのが私の持論だが、既に定説となっているのかどうかは知らない。 ところで、日本人の平均寿命は世界一だそうで、百歳を越えても元気な人は 大勢居る。 半世紀前の年寄りと近年の年寄りを比べると、10〜15歳くらいは若返っ ている感じで、例えば、今日70歳の人が、昔の60歳の人よりも若く見える のは、私が同年齢になったことによるひいき目ばかりでもなさそうだ。 だが、その分高齢者の数も増えてきて、私自身もそろそろ先行きが心配にな る。 「死ぬときはなるべく苦しまずに、痛みの少ない病気で死にたい」 「寝たきりの状態で、家族の手を煩わせるようにはなりたくない」 「ボケが進行して、自分の言動に責任が持てなくなったらどうしようか」 などと言うのは、今現在苦しんでいる人々に対し甚だ失礼な言い回しだが、 目下のところ健康な人間にとっては、やはりこの辺りのことが一番の不安なの である。 人生最後まで安楽に暮らせるという保証は誰にもなく、結局じたばたしても 仕方がないのであれば、せめて元気な間は趣味に打ち込んで、余生を楽しく過 ごすしかない。 12月19日(金) 今年の夏頃から毎月2回、私は『子供将棋教室』に出かけている。将棋教室 を立ち上げて、会長兼世話役で奮闘しているK氏とは、昨年ふとしたことで 知り合ったばかりだが、彼曰く、 「竹木さんのような(視覚障害で将棋を指す)人が参加してくれると、子供達 の良い励みになるから…」 といつも誘ってくれるし、無論私自身の棋力向上にもつながる。 詳しくは省略するが、例会の日には、指導員と子供達合わせて十数人くらい 集まるから、私は3、4局の将棋を指すことが出来、ときには高段者に指導対 局をしてもらったりして、すこぶる良い雰囲気である。 退職後のもう一つの趣味はパソコンだが、私は旧来のMS−DOSを使ってキーボー ドからコマンドを入力する方式に慣れてしまい、近年のWINDOWSによ るメニュー選択方式が苦手である。 同様に、最近グレードアップしたラクラクフォン(音声対応の携帯電話機) についても、メニューから項目を選択する方式になっているので、頑迷な私に はなかなか操作法が覚わらず、メールの送受信やインターネットアクセスを、 何回教えてもらっても容易にマスター出来ない。 なお、今わが家の東隣では、賃貸マンションの建築工事が盛んに行われてい て、やがてどんなビルが建ち、どういう人が住むようになるのかという不安も 若干ある。 そういう日常生活を過ごす中で、私は今朝ほど夢でうなされた。 − − − − − − − − − − − − − − − − 子供将棋教室の合宿なのだろうか? 会場の『コミュニティーセンター』の 和室で、私は何人かと布団を並べて眠っていた。 早朝、突然枕元で電話のベルが鳴ったので、急いで受話器を取ると、受話器 からコンピューターの音声ガイドが聴こえてきた。 「本日、お宅様は電気工事を行う予定地域になっています。工事を実施しても さしつかえありませんか? もしご都合が悪ければ、シャープボタンを1回だ け押してください。工事を行ってもよろしければ、シャープボタンを2回押し てください」 勿論今日は将棋大会の日なので、私は迷わずシャープボタンを1回押した。 ところが、それより一瞬早く部屋の中へ駆け込んできた責任者のKさんが、 もう一つの電話機(親子電話になっているらしい)の受話器を取ってすばやく シャープボタンを押した。それで、Kさんがボタンを押したのと間髪を入れず に私がボタンを押したことになり、ビープ音が「ピッピッ」と2度聴こえた。 (実際には、内線電話の別々の電話機からシャープボタンを1回ずつ入力する ことが出来る物かどうか私は知らないが、夢の中ではそうなったのである) 「しまった!! このままだと9時には工事の車がやってきて、停電になるか ら将棋が出来なくなる。どうしよう? 自分がよけいなことをしたばっかりに、 みんなに迷惑がかかってしまった。なんとしてでも、工事担当の役所に折り返 し電話を掛けて、今日の工事を中止にしてもらわねばならない」 私は自分の携帯電話『ラクラクフォン』を使おうとしたが、メニュー項目が ずれていて発信モードに切り替わらない。おそらく、鞄の中に入れて持ち歩く 間に、余分なボタンが何回も押されたために、メニューが変更されてしまった に違いない。かれこれ20分くらい操作しても、どうしても電話を掛けること が出来ない。 そこへ幸い私の妻が来たので、一緒に外に出て、近くの店を捜して公衆電話 を借りることにした。 ところが、この付近には商店が全然見あたらず、雪解け道を30分も捜して やっとのことでお菓子屋さんを見つけた。ピンク電話(赤電話だったかも知れ ない)で、番号案内の104番に掛けるには鍵が必要だが、店のおじさんは、 「さあて、暫く使ってないからなあ…」と言いつつ、いくら捜しても鍵が見つ からない。 がっかりした私たちは、店を出てまた30分ほどさまよい歩き、ようやく薬 屋さんに入ったが、ここでも電話の鍵が壊れていて、役所の電話番号を調べる ことが出来ない。 もうそろそろ9時になれば、工事が始まって将棋が出来なくなるし……。 私は万策尽きて、がっくりと道ばたに腰を下ろした。 − − − − − − − − − − − − − − − − 夢はここまでで、目を覚ました私は、何事もない平和な朝の小鳥の声にほっ としながらも、次のように考えた。 「なるほど、さもあろう。何年かして、自分がアルツハイマー病になったら、 きっと今の夢と同じような妄想にとらわれて、あちらこちらとさまよい歩くに 相違ない。周囲の者がいくら話して聞かせても、思いこみの激しい私は、自分 の考えに制約されて、誰の説得にも耳を貸すことはあるまい。」 私は哀れな自分の姿を想像した。 上述の夢には下記のような矛盾がある。 1 確かに私はよけいなことをしたけれど、決して悪気があってした訳では ないから、そこまで責任を感じる必要はなかろう。 2 会長のKさんは責任感も能力もある人だから、私一人に処置を任せてお く筈がない。 3 私以外はみんな晴眼者(目の見える人たち)ばかりであり、全盲者の私 に全ての対応をゆだねていることはあり得ない。 4 私の携帯電話だけが唯一の連絡手段ではあるまい。 5 街中で、商店が2軒しか無いのもおかしいし、テレフォンサービスの番 号案内が駄目なら、電話帳を調べる方法もある。 6 何よりもまず第一に、電気工事によって将棋が全く出来ないということ はないだろうし、いざとなれば、工事を取りやめにしてもらう方法もある。 等等、何故私一人が気をもまねばならないのか、奇妙でさえあるが、そこが 夢の夢たるところであり、現実以上の苦しみとなるのである。
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