●短編 #0138の修正
★タイトルと名前
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前置き 夢を生理学的に説明すると、「睡眠中に脳の一部分が活動することによって現れる架 空的個人体験」ということになるだろうか。夢の中では、大脳の限られた部分しか働い ていないため、統合機能や総合作用が不完全で、目覚めた後から思い返すと、不可解で 支離滅裂な筋書きの場合が多い。 けれども、夢を見ている最中はそれが夢であることに気づいていないのだから、夢も 現実も等価値であり、ときには夢の方が現実以上の深刻さでせまってくる。人の一生の うち三分の一を睡眠時間だとすると、夢の世界は人生にとってすこぶる重要であり、夢 の善し悪しがその人の幸不幸を左右すると言っても過言でない。良い夢を多く見ること の出来る人は幸せであり、悪い夢でうなされてばかりいる人は、いくら現実世界で恵ま れていても決して幸せとはいえない。 さらに問題なのは、老人ボケやアルツハイマー病が夢とそっくりであり、これを回避 する有効な手だてが見つからないことである。 「脳の総合機能が不十分な点で、夢とボケとはほぼ同じ現象と考えてよい」 と言うのが私の持論だが、既に定説となっているのかどうかは知らない。 ところで、日本人の平均寿命は世界一だそうで、百歳を越えても元気な人は大勢居 る。 半世紀前の年寄りと近年の年寄りを比べると、10〜15歳くらいは若返っている感 じで、例えば、今日70歳の人が、昔の60歳の人よりも若く見えるのは、私が同年齢 になったことによるひいき目ばかりでもなさそうだ。 だが、その分高齢者の数も増えてきて、私自身もそろそろ先行きが心配になる。 「死ぬときはなるべく苦しまずに、痛みの少ない病気で死にたい。」 「寝たきりの状態で、家族の手を煩わせるようにはなりたくない」 「ボケが進行して、自分の言動に責任が持てなくなったらどうしようか」 などと言うのは、今現在苦しんでいる人々に対して甚だ失礼な言い回しだが、目下の ところ健康な人間にとっては、やはりこの辺りのことが一番の不安なのである。 人生最後まで安楽に暮らせるという保証は誰にもなく、結局じたばたしても仕方がな いのであれば、せめて元気な間は趣味に打ち込んで、余生を楽しく過ごすしかない。 12月19日(金) 今年の夏頃から毎月2回、私は『子供将棋教室』に出かけている。将棋教室を立ち上 げ、会長兼世話役で奮闘しているK氏とは、昨年ふとしたことで知り合ったばかりだ が、彼曰く、 「竹木さんのような(視覚障害で将棋を指す)人が参加してくれると、子供達の良い励 みになるから…」 といつも誘ってくれるし、無論私自身の棋力向上にもつながる。 詳しくは省略するが、例会の日には、指導員と子供達合わせて十数人くらい集まるか ら、私は3、4局の将棋を指すことが出来、ときには高段者に指導対局をしてもらった りして、大層良い雰囲気である。 退職後のもう一つの趣味はパソコンだが、私は旧来のMS−DOSを使って、キー ボードからコマンドを入力する方式に慣れてしまい、近年のWINDOWSによるメニュー選択 方式が苦手である。 同様に、最近グレードアップしたラクラクフォン(音声対応の携帯電話機)について も、メニューから項目を選択する方式になっているので、頑迷な私にはなかなか操作法 が覚わらず、メールの送受信やインターネットアクセスを、何回教えてもらっても容易 にマスター出来ない。 なお、今わが家の東隣では、賃貸マンションの建築工事が盛んに行われていて、やが てどんなビルが建ち、どういう人が住むようになるのかという不安も若干ある。 そういう日常生活を過ごす中で、私は今朝ほど夢でうなされた。 − − − − − − − − − − − − − − − − 子供将棋教室の合宿なのだろうか? 会場の『コミュニティーセンター」の和室で、 私は何人かと布団を並べて眠っていた。 早朝、突然枕元で電話のベルが鳴ったので、急いで受話器を取ると、受話器からコン ピューターの音声ガイドが聴こえてきた。 「本日、お宅様は電気工事を行う予定地域になっています。工事を実施してもさしつか えありませんか? もしご都合が悪ければ、シャープボタンを1回だけ押してくださ い。工事を行ってもよろしければ、シャープボタンを2回押してください。」 勿論今日は将棋大会の日なので、私は迷わずシャープボタンを1回押した。 ところが、それより一瞬早く部屋の中へ駆け込んできた責任者のKさんが、もう一つ の電話機(親子電話になっているらしい)の受話器を取って、すばやくシャープボタン を押した。それで、Kさんがボタンを押したのと間髪を入れずに私がボタンを押したこ とになり、ビープ音が「ピッピッ」と2度聴こえた。(実際には、内線電話の別々の電 話機からシャープボタンを1回ずつ入力することが出来る物かどうか私は知らないが、 夢の中ではそうなったのである) 「しまった!! このままだと9時には工事の車がやってきて、停電になるから将棋が 出来なくなる。どうしよう? 自分がよけいなことをしたばっかりに、みんなに迷惑が かかってしまった。なんとしてでも、工事担当の役所に折り返し電話を掛けて、今日の 工事を中止にしてもらわねばならない。」 私は自分の携帯電話『ラクラクフォン』を使おうとしたが、メニュー項目がずれてい て発信モードに切り替わらない。おそらく、鞄の中に入れて持ち歩く間に、余分なボタ ンが何回も押されたために、メニューが変更されてしまったに違いない。かれこれ20 分くらい操作しても、どうしても電話を掛けることが出来ない。 そこへ幸い私の妻が来たので、一緒に外に出て、近くの店を捜して公衆電話を借りる ことにした。 ところが、この付近には商店が全然見あたらず、雪解け道を30分も捜してやっとの ことでお菓子屋さんを見つけた。ピンク電話(赤電話だったかも知れない)で、番号案 内の104番に掛けるには鍵が必要だが、店のおじさんは、「さあて、暫く使ってない からなあ…」と言いつつ、いくら捜しても鍵が見つからない。 がっかりした私たちは、店を出てまた30分ほどさまよい歩き、ようやく薬屋さんに 入ったが、ここでも電話の鍵が壊れていて、役所の電話番号を調べることが出来ない。 もうそろそろ9時になれば、工事が始まって将棋が出来なくなるし……。 私は万策尽きて、がっくりと道ばたに腰を下ろした。 − − − − − − − − − − − − − − − − 夢はここまでで、目を覚ました私は、何事もない平和な朝の小鳥の声にほっとしなが らも、次のように考えた。 「なるほど、さもあろう。何年かして、自分がアルツハイマー病になったら、きっと今 の夢と同じような妄想にとらわれて、あちらこちらとさまよい歩くに相違ない。周囲の 者がいくら話して聞かせても、思いこみの激しい私は、自分の考えに制約されて、誰の 説得にも耳を貸すことはあるまい。」 私は哀れな自分の姿を想像した。 上述の夢には下記のような矛盾がある。 1 確かに私はよけいなことをしたけれど、決して悪気があってした訳ではないか ら、そこまで責任を感じる必要はなかろう。 2 会長のKさんは責任感も能力もある人だから、私一人に処置を任せておく筈がな い。 3 私以外はみんな晴眼者(目の見える人たち)ばかりであり、全盲者の私に全ての 対応をゆだねていることはあり得ない。 4 私の携帯電話だけが唯一の連絡手段ではあるまい。 5 街中で、商店が2軒しか無いのもおかしいし、テレフォンサービスの番号案内が 駄目なら、電話帳を調べる方法もある。 6 何よりもまず第一に、電気工事によって将棋が全く出来ないということはないだ ろうし、いざとなれば、工事を取りやめにしてもらう方法もある。 等等、何故私一人が気をもまねばならないのか、奇妙でさえあるが、そこが夢の夢た るところであり、現実以上の苦しみとなるのである。 12月21日(日) 自分で言うのもおかしいが、私は結構辛い人生を送ってきたと思う。おそらく適応性 の悪い性格に起因するのだろうが、いわゆる「世渡り下手」なのである。 乳幼児期の5年間、寄宿舎生活の9年間、苦学生時代の6年間、教職に就いてから、 札幌での11年間・母校の名古屋に戻って25年間、楽しい思い出も無くはないが、概 ね苦しい日々の連続であった。毎朝が鉛のように重く、毎夜の夢も不安と悲哀がつきま とっていた。 そして6年前、私は喜び勇んで退職し、責任のある仕事から一切解放されて、今は趣 味三昧の平穏な毎日を過ごしている。 パソコンのキーボードで文章を打ち込んだり、盲人用将棋盤で定跡手順を並べたり、 尺八で虚無僧の本曲を吹いたり、ナツメロをMDに録音編集したり、情報処理試験(シ スアド)の問題集を勉強したり……、私は毎日目の回るような忙しさだが、これらはい ずれも趣味道楽の類であって、それによって給料をもらっている訳でもないし、社会的 責任も義務も一切無い。 同級会で久々に集まった折り、ある友人が次のように言っていたが、正に名言であ る。 「退職した現在、やりたいことはいくらもあるが、やらなければならないことは一つも ない。こんな幸せがまたとあろうか!」 このように老後の幸せをかみしめながらも、私はふと考えてしまう。 「今頃は、会社とか学校とか自営業やサービス業など、世間ではみんな懸命に働いたり 勉強したりしているのに、自分だけがこんなに気楽にしていていいのだろうか? 皆さ んの労働による税金のおかげで、私はほそぼそながらも年金暮らしをしていられるの だ。」 「この不況の折りに、のんびり遊んでいるとはけしからぬ」 と言われれば確かにもっともな面もあるが、36年間、身の縮む思いで勤めてきたの だから、死ぬ前のわずかな年月、せめて安穏に過ごすことを許してほしい。 そんな心境の日常の中で、今朝ほどもまた夢でうなされた。 その夢の様子を書く前に、私が長年勤めていた盲学校について、若干説明して置かね ばならない。 わが国における学校職員の組織は、いつの頃からか『五段階方式』になっていて、校 長→教頭→主事→主任→平教員という具合に、意識的あるいは無意識的に差をつけて管 理する仕組みである。 主任には、学科主任・教科主任・学級主任・公務文章の各係り主任などがあり、盲学 校においては、理療科主任が最も重要なポストである。 すなわち、盲学校の高等部は典型的な職業専門高校であって、理療師(マッサージ 師・鍼師・きゅう師)の養成課程が中心だからである。他の科目、例えば、国語・数 学・社会・体育などの教科では、担当者がせいぜい数人で、教科主任はほぼ年功で決ま る。ところが理療科の担当教員は20人も居て、主任は年功というよりも、理療科会議 で推薦した人を校長が認証する形式になっていた。 学校における主任は、会社でいう課長クラスだろうか? 手当(基本給にプラスする 給料)こそ付かないものの、理療科主任の役割は重く、仕事が多忙で発言力も強い。見 方によっては、主事や教頭と同じくらいの実力者でなければならないのだ。 私がまだ40歳にもならない頃、その理療科主任に推薦されて、5年ほど勤めたこと がある。当時私はまだ中堅職員で、理療科教員の中でも後輩より先輩の方が数が多かっ たから、とても大任を果たせる年齢ではなかったが、諸般の事情と、ちょっとした対立 関係の中で、私におはちが回ってきたのである。 − − − − − − − − − − − − − − − − 自分は現在理療科主任である。 このたび、ごく重要な問題について、規則改正の案を練り上げ、理療科会議で審議・ 承認を経たので、いよいよ校長を説得することになった。 私は日頃教職員組合の立場に立って、学校長と徹底的に対決し、職員会議等ではほと んど喧嘩腰で議論している(実際にそうであった)。 けれども、今回の改正案は組合活動と一切無関係であり、いわば理療教育や生徒の将 来にとって死活問題ともいうべき重要な案件である。 過去の行きがかりや個人的感情を抜きにして、とにかく学校長の理解を得、職員会議 の議決をとって、教育委員会に提出し了承してもらわねばならない。 私は準備万端怠りなく、校長を説得出来る自身と意気込みを持って、校長室のテーブ ルの前に腰掛けた。 テーブルの向かい側には、校長と二人の教頭及び高等部主事が座っている。 さて、私はおもむろにファイルを取り出して、点字の資料を開こうとした。ところ が、何故か大切な資料がファイルの中に無いのである。 「おかしいなあ。間違いなくこのファイルに綴じ込んで置いた筈なのに……。」 私は他のファイルをテーブルの上に並べて、あちらこちらと調べたが、どうしても見 つからない。 かれこれ10分くらいも捜しただろうか? 私はいったん職員室へ帰って、自分の机 の引き出しをひっくり返して捜したが、全然無い。再び校長室に戻り、念のためファイ ルを捜す。 再度職員室へ行って、ロッカーの中を捜し、理療科の戸棚を捜し、二階の更衣室のロ ッカーも調べたが、確かに先ほどまで在った筈の資料が何処にも無いのだ。 真っ青になって校長室に戻り、ファイルを1枚1枚入念にめくっていると、校長が小 声で教頭にささやくのが聴こえた。 「竹木さんも、あんなに神経質になってしまっては駄目だなあ。」 私は長年の自信も信念も誇りも、一挙に崩れさるのを感じた。 「どんなに立派なことを言い、いかに大きな志を抱いていても、自分の身辺整理や資料 の管理が出来ないようでは、到底話にならないし相手にもされない。」 …………。 − − − − − − − − − − − − − − − − 夢から覚めると、今日も平穏でのどかな朝であった。 「ヤレヤレ、夢で良かった!!」 と
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