●短編 #0132の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
今更ネットデビュー作を持って参りました。 Web文芸総合誌「文華」11月号に掲載されたものです。 何故掲載して頂けたのか未だに疑念が残りますが……(--;) 『夏』 焼けた砂浜を素足で歩くように 僕が二十二歳、彼女が二十歳の夏、僕等は出逢った。 そこは僕が十八歳の頃、年齢を偽り、一年程アルバイトをしていたショットバーだっ た。 アルバイトを辞めてからも常連客となり、週に二、三度は友人と顔をだしていた。 その日は、友人の会社での愚痴に一時間ほど付き合ってからトイレに行くと言って席 を立った。 丁度その時、トイレに程近いカウンターの席でギムレットを口へ運んでいる彼女に目 を留めた。殆ど化粧っ気の無い彼女は、その場には場違いな程のあどけなさを発してい た。 彼女が一人で飲んでいるとは思えず、僕はそのままトイレに向かい、用を済ませる と、友人の待つ席に戻り、再び次から次へと飛び出して来る友人の愚痴の洗礼を受けて いた。 暫くして、友人の洗礼がパタリと中断され、数分間の静寂が訪れた。 話半分で聞いていたことがバレたかと、僕が口を開きかけた時だった。 「あんな娘でも一人酒を飲むこともあるのか…。」 僕は初め、友人が何を言い出したのか解らなかったが、友人の視線を辿れば、カウン ターの隅に居る彼女のことを言っていることが瞬時に理解できた。 「一人じゃ無いだろう。誰か連れを待っているのかもしれない。」 しかし、僕の洞察眼は誤った認識をしていたらしい。 「でもあの娘、俺達が来た時からあの席に居るぜ。待ち合わせだとしても、相手はもう 来ないんじゃないか?」 その後友人は、再び僕の方に向き直り、洗礼の儀式を再開した。 友人の話に耳を傾けつつも、カウンターの彼女が気に掛かっていた僕は、メニューを 選ぶ振りをしながらも視線は彼女を追っていた。 彼女はギムレットを飲み終えると、バーテンにカシスビアを注文し、席を立った。 そして僕は、再びカウンター席に戻って来た彼女と目が合ってしまった。僕は慌てて 視線を逸らし、彼女に注目していたことを覚られまいとした。 そんな僕の心が読めているかのように、彼女はカシスビアのグラスを受け取ると、僕 等の席までゆっくりと近付いて来て 「ご一緒させて頂いても宜しいですか?」 と、僕等に問い掛けた。 僕と友人は、一瞬お互いの顔を見合わせた後、その申し出を受け入れることにした。 一九九九年、ノストラダムスの予言の年。 僕、秋山 馨 二十二歳。彼女、吉本 美羽 二十歳の夏だった。 『公園』 僕等のテーブル席に着いた後、美羽は僕等の彼女に対する疑問の答えを自ら語り始め た。 どうしてもギムレットが飲みたかったのだ、と。 しかし、一人で飲みに来たものの、やはり一人では詰まらないので知っている顔を捜 してみたが見当たらなかったらしい。諦めて最後にと、カシスビアを注文したことまで を一気に語り終えると、グラスを手にし、 「でも、貴方と目が合って、気が変わったの。やっぱり楽しいお酒を飲んでから帰りた いもの。」 と、あどけない顔で微笑んだ。 美羽は、美術系の専門学校に通う傍ら、看板等のデザインのアルバイトをし、時々知 人の店のアーケード等に絵を描いて暮らしていた。 常にペンキや油彩の臭いを漂わせ、父親が買い与えたというマンションの部屋の天井 には、一面に空が描かれていた。 美羽と二度目に会ったのは、真夏にしては珍しく過ごし易い、穏やかな昼下がりだっ た。 昼食をとった後、会社の近くの公園で一服することが日課となっていた僕は、いつも のように缶コーヒーを片手にベンチに座るとタバコに火を点けた。目の前を行き来す る、子供達や鳩の群れに目をやりながら、暫し時を忘れる。 ふと、気付くと目の前に在る噴水の向こう側から手を振り、こちらへ向かって来る美羽 の姿があった。 「こんにちは。私のこと覚えていらっしゃいますか?」 と、僕に問い掛けながら、美羽は僕の隣に座った。 「ええ。」 という僕の返事を受け取ると、美羽は軽く微笑み、手にしていた包みを開いた。 その公園の裏に美羽のアルバイト先が在り、美羽は仕事のある日は、この公園で昼食 をとっていた。 作業着に様々なペンキの色が付き、弁当を口に運ぶ手にも、少しペンキの色が残って いた。 「なかなか落ちなくて……。女の子の手じゃないみたいですよね。」 と言いつつも、美羽は、少し誇らしげに自分の手を見つめて小さく笑った。 少し過ごし易くなった日の光が、秋の気配を忍ばせていた。 『空』 その後、僕等はどちらからとも無く頻繁に会うようになり、恋人として付き合うよう になるまで、大して時間は掛からなかった。 僕らは、プライベートな時間の殆どを一緒に過ごした。 秋が来る頃には、美羽の部屋で二人暮らしを始めた。2DKの油彩の臭いがする部屋。 寝室の天井には真夜中の濃紺の空が描かれ、リビングの天井には晴れ渡った、清々し い青空が描かれていた。 バルコニーには、美羽の好きな花々が、本物の空の下で咲き誇っていた。夏には、美羽 の一番のお気に入りである太陽のような向日葵も咲いていたという。 毎朝、僕が目を覚ますと、美羽はバルコニーの花達に水をやりながら、涼しげな声で 「おはよう。」 と、微笑んだ。 大好きな空をバックに、大好きな花達と共に。 僕は、美羽のその笑顔に、そこに咲いている筈の無い向日葵を想っていた。 『冬』 冬になると、僕等は旅行の計画を立て始めた。美羽が 「いつも切り取ったような空ばかり見ているから、たまにはもっと大きな空が見たい 。」 と言い出したのだ。 しかし、旅行と言っても纏まった休みが取れないので、僕の仕事が休みの土、日を利 用しての一泊二日の小旅行となった。 余程嬉しいのか、美羽は旅行の何日も前から、遠足を心待ちにする子供のようにはし ゃぎ回った。 更に、季節は冬だというのに、海が見たいと言って僕の目を丸くさせた。 「雪が降りそうな寒さなのに、こんな時期に海へ?」 と、問い掛けた僕に 「あら、今だから良いのよ。夏に行ったって海水浴客で埋め尽くされてるじゃない。皆 と同じじゃ詰まらないわ。」 と、何とも美羽らしい言葉が返ってきた。 寒さに弱い僕は、はしゃぎ回る美羽の姿に多少感化され、真冬の海行きを決心した。 美羽と話し合った結果、目的地は湘南となった。 その日は、前日の雨が嘘だったかのように雲一つ無い青空が広がっていた。 美羽は、何処かに出掛ける時はいつも持ち歩いていたスケッチブックを、その日ばか りはカメラに持ち替え、汚れが目立つからと言って滅多に着ることの無かった白いセー ターを着込んでいた。慣れない装いの為か、外に出るまで何処かにペンキが付いてはい ないかと何度も僕に尋ね、何処か落ち着かない様子だった。 その後、外に出て、初めてその日の空の青さに気付いたかのように空を仰ぎ見て、僕 の方を振り返り、嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。 例の屈託の無い穏やかな笑顔に、僕はまた向日葵を想い浮かべる 『海』 途中、S.Aでの休憩を取りつつ、車でゆっくりと海を目指す。 由比ヶ浜辺りに着いた頃には、既に正午を過ぎていた。 ファミリーレストランを探し、適当に昼食を済ませ、再び海へ向けて車を走らせた。 水面に陽射しが反射して、キラキラと輝いているのが車の中からでも見て取れた。七 里ヶ浜のパーキングに車を停め、海岸へ降りてみる。 美羽は一度大きく空気を吸い込んだ後、海を見、空を仰ぎ、波打ち際までゆっくりと 歩いて行った。僕もまた、美羽の後をゆっくりと追う。 波打ち際まで行くと、美羽はバッグからカメラを取り出し、水平線の辺りにレンズを 向け、ピントを合わせ、二、三度シャッターを押した。 そして僕の方を振り返り、今度は僕にレンズを向けた。慌てて逃げようとする僕を追 いかけながら、シャッターを押し 「ベストショット!」 と、おどけて、はしゃいだ。 周りを見渡すと、やはり時期も時期なだけに、近所に住んでいるらしい、犬を散歩さ せている人や高校生のカップルがポツリ、ポツリと僕等と同じ砂の上をゆっくりと歩い ていた。 僕等はそのまま、夕方頃まで写真を撮ったり、散歩中の犬と戯れたりして、水平線に 陽が沈むのを見届けた後、予約しておいた近くのホテルへ向かった。 その頃には、目的を果たして落ち着いたのか、疲れたことも有ってか、美羽は余り口 を開かなくなっていた。 今思えば、その頃を境に、美羽は一人考え込むようになり、急に黙り込むことが多く なったのだった。 無邪気な笑顔も曇りがちになり、何か物言いたげな素振りを見せてはいたものの、結 局僕には美羽の心の内まで計り知ることは出来なかった。 美羽の真意が解らなかった僕は、勝手な想像で美羽を疑っては当り散らしていた。 そんな僕を、美羽はただ悲しげに見つめるばかりだった。 『Birthday』 春が近付き、美羽の誕生日がやって来た。 その日ばかりは、美羽は出逢った頃のように明るい笑顔で帰宅した僕を迎えた。 僕がプレゼントした指輪を愛しげに見つめ、微笑んだ。 それが、僕が美羽と過ごした最後の夜だった。 『鼓動』 美羽の誕生日の翌日、僕が帰宅すると美羽の姿は無かった。 何か事情があるのかと、一晩待ってみたが、美羽の帰宅を知らせるドアの音は愚か、 電話のベルすら鳴らなかった。 数日後、休日だったことも有り、部屋で美羽が戻ることを祈りつつ、待っていた僕に ベルの音は電話が掛かってきたことを告げた。慌てて受話器に飛び付いた僕に、聞き覚 えの無い男の声が響いた。掛かってきた電話は、この辺りでは三本の指には入るであろ う、大きな総合病院からの呼び出しだった。 病院に着いた僕は、電話の主である美羽の主治医と名乗る医師と初めて顔を合わせ た。 彼の話では、美羽は僕と出逢う以前から心臓が弱く、負担を掛けることは死を意味す ることに繋がる程だったという。 最初で最後となってしまった旅行の翌日、美羽は定期的に受けていた検査を受け、二 つの事実を知ることとなったのだ。 一つは、自分の命が残り僅かであるという死の宣告。 もう一つは、妊娠三ヶ月であるという生の宣告だった。 医師は静かに語り終えると、美羽の眠る病室に僕を案内し、中に入るよう促した。中 には、まるでシクラメンの花のように、白い顔をした美羽が横たわっていた。もう、今 はただ、自分で呼吸をすることすら出来ず、人工呼吸器のシューッ、シューッ、という 音と、心臓の鼓動を示すモニターのピッ、ピッという規則的な音だけが、美羽の生を告 げていた。 余りに唐突で過酷過ぎる事態を飲み込めず、途方に暮れている僕に、医師はそっと、 美羽の所持品を差し出した。実家に程近い駅前で倒れていた彼女が発見された時、手に は常に持ち歩いていたバッグと、一本のフィルムが握られていたのだった。 一時間後、美羽は二十一歳という短すぎる人生に幕を下ろした。僅か三ヶ月だとい う、未だ見ぬ僕等の子供と共に……。 ほんの数日前に、彼女が愛しげに見つめていた指輪が左手の薬指に光っていた。 『向日葵』 その後、僕は暫く何も手に付かない日々を、ただ与えられたことを消化するように過ご した。 ある日、美羽に握られていたフィルムを思い出し、現像に出した。出来上がった写真 には、七里ヶ浜の空と海と水平線や、逃げ惑ってピントがぶれた僕の姿、そして、最後 の一枚は何故か、造花であろう向日葵が、自宅のバルコニーで切り取ったような空をバ ックに写されていた。 美羽が何故、最後に向日葵と空を撮ったのかは、僕が少し落ち着きを取り戻し、彼女 の荷物を整理した時に見つけた僕宛の手紙でようやく明かされることとなった。 手紙には自分の病気のこと、産まれて来る事の無い子供のことが書かれていた。そし て、最後は 「もし、私が宣告された時間よりも長く生きられたなら、その時は未だ見ぬ、この私達 の子供に、女の子なら『葵』、男の子なら『空』と名付けて下さい。」 と、括られていた。 美羽が望んでいたように、もし、もう少し長く生きられたとしても、美羽の心臓が出 産に耐えられた筈も無いだろう。その事実は、誰よりも、一番美羽自身が知っていた筈 だ。彼女は、全て承知の上で、自らの命を引き換えにしてまでも、僕等の子供の誕生を 願っていたのだ。 僕は、美羽の父親の好意により格安の値で譲り受け、再び夏が来た今も尚、美羽と過 ごした部屋で暮らしている。 バルコニーには、太陽のような向日葵が切り取った空をバックに咲き誇っている。
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