●短編 #0120の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
早く出してくれ! ステファンは、そう叫びたいのを懸命に堪えていた。センテウム・オルラル(聖 なる祈り)が終わったとはいえ、ここはまだテンペルムス(聖域)の中である。私 語など許されるはずがなかった。 最上級生を先頭とする学生たちの列が、ゆっくりと出口に向かって動き始める。ス テファンもひざまずいた姿勢から立ち上がり、前の学生に続いて進む。 テンペルムスでは、歩くときでも極力足音を立ててはならない。この馬鹿げた規則 を守るためには、嫌でも亀のような歩みにならざるを得ないのだ。 こんな調子では夜が明けてしまう。 苛立ちを抑えようとして、拳を固く握りしめる。 アランは良くなっただろうか。 本来なら隣に並んでいたはずの少年を思う。聖水を飲む前は何でもなかったのに、 何故あんなにひどい腹痛を起こしたのか。 二年前に一度、アランは瀕死の重傷を負っている。死んでもおかしくなかった状 況にありながら、強い生命力で回復したのだ。 きっと、大丈夫だ。救護所に行けば、元気になったアランに会える。 だが何度言い聞かせても、不安はどんどん広がっていく。誰かに肩を軽く叩かれ たのは、ちょうどそのときだった。 はっとして後ろを振り返ると、そこには粗末なローブを身につけた白髪交じりの 修道士がいた。アランを助けてくれた男だ。 彼は唇に人差し指を当てたかと思うと、すぐに手招きをした。一緒に来いとでも 言うつもりなのか。しかし、列を勝手に離れることは禁じられている。ステファン はためらい、周囲を見回した。幾人かの学生が気づいて、こちらに不審そうな目を 向ける。 かまうものか! ステファンは列から外れ、修道士の後に続いた。修道士の歩きは慣れているせい か意外に速く、しかも足音がほとんどしない。 ところがステファンのほうは、急ぐと余計にバタバタとした音を響かせてしまう。 上級生たちの鋭い視線が、背中に突き刺さるのを感じた。 テンプルムスからようやく脱出すると、修道士はステファンを告悔室に導いた。 余人に聞かれないようにとの配慮だろうが、かえって不安感が増す。思わず、胸に 手を当てた。 「先ほどは、どうもありがとうございました。彼を迎えに、これから救護所に行こ うと思って……」 「そのことなんだがね」 修道士は言葉を切り、咳払いをした。 「彼は今、アカデミアの病棟にいるんだよ」 「病棟って……そんなに、そんなに悪いんですか!?」 頭の中が一瞬真っ白になり、身体が震えた。二年前に受けた死の恐怖が、凄まじ い勢いで背筋を駆け上がっていく。退けたはずの死神が、復讐に現れたのか。 「吐いた物に少々血が混じっていたから、念のために病棟へ運んだだけだよ。今は 吐くのも治まって、だいぶ落ち着いているという話だから、あまり心配しすぎない ように。回復が順調ならば、数日で退棟できるでしょう。君も顔色が良くないから、 部屋に戻って休みなさい」 「私は平気です。あの……よろしかったら、あなたのお名前を教えていただけませ んか? 後日改めて、お礼に伺いたいのです」 気持ちの動揺を押し殺し、平静を装って尋ねた。恩人に対して、礼は尽くさねば ならない。 「名乗るほどの者ではありませんよ。さあ、早く行きなさい」 修道士はそう言って優しく微笑んだ。 「ですが、それでは……」 「私は当然の行いをしたまでのこと。あなたがたふたりに、神の祝福があるように」 ステファンは修道士に一礼して告悔室を出た。しかし言われたとおりにするつもり は、毛頭ない。儀式用ローブの裾を持ち上げて走り出す。 急がなければ。アランを死神から守るんだ! 暗い廊下を駆け抜ける音が、派手に響き渡る。病棟はもうすぐだ。本当は静かに しなければならないのだが、気にしてはいられない。 物音に驚いたのだろう、看護人の詰所からひとりの修道女が飛び出してきた。正 体を見極めようとするように、ろうそくをこちらに向ける。 「止まりなさい!」 修道女はステファンの姿を認めると、足早に近寄ってきた。さすがに立ち止まら ざるを得ない。 「ここをどこだと思っているの!」 眉をひそめ、声を落として叱りつける。彼女に用件を話したいのだが、大教会か ら走ってきたせいで息が上がってしまい、なかなか声が出ない。 「あなたはプリム(一年生)ね?」 ステファンの胸元にある徽章を見て、呆れたように言った。 「教練場と病棟の区別もつかない学生なんて初めてだわ、しかもこんな夜更けに走 り回るなんて! すぐ教授に連絡しなければ」 「ま、待って……」 ステファンは声を絞り出し、修道女の腕をつかんだ。 「走ったことは……謝ります、……本当に……ごめんなさい」 「いったいどういうことなの?」 「アランが……アラン・コルベットが、ここにいると……」 「もしかしてあなた、ステファン王子?」 何故この修道女は自分の名前を知っているのだろう。訝りながらも、ステファン は彼女の腕から手を離し、黙ってうなずいた。 君たちふたりはね、すごく目立つ存在なんだよ。 ふと、そんな台詞が脳裏に浮かぶ。あれはいつだったか、ギルトのフィリス公子 に言われたのだ。 「知らなかったこととはいえ、大変失礼致しました。どうか、お許し下さいませ」 修道女は態度を一変させ、慌ててひざまずいた。 「そういうのはやめてくれませんか。今の私は、ただの学生です」 「でも……いえ、わかりました。仰せに従います」 修道女は諦めたように言い、立ち上がった。 「コルベットの具合はどうなのですか?」 「ご心配には及びませんわ。お薬を飲んで静かに寝ていれば、すぐに良くなるでし ょう。ステファン様もお部屋に戻られて、ゆっくりお休み下さい」 安心させようとしているのか、修道女は笑みを浮かべた。しかし、簡単に引き下 がるステファンではなかった。 「彼に会ってはいけませんか? 病人の安静を乱すようなことは、絶対にしないと 誓いますから」 「そうおっしゃられても、他の患者さんもいますし」 「ほんの少し、顔を見るだけでいいんです。お願いします!」 目の奥が急に熱くなる。ステファンは修道女に、勢いよく頭を下げた。 「私ごときにそんな……。どうか、お顔を上げて下さいませ」 「たとえひと目だけでもいい、会いたいんです。でなければ、私はここから一歩も 動きません」 頭を下げたまま、目をぎゅっと瞑り唇を噛む。修道女のため息が聞こえた。 「……負けましたわ、面会を許可致します。でも、ちょっとだけですよ」 アランのベッドは病棟の奥にあった。幸いにも、近くに他の患者はいない。 案内をしてくれた修道女が去ってしまうと、ステファンは手に持ったろうそくを ベッド脇の小机に置き、少年の顔を覗き込んだ。 アランは口をわずかに開けて眠っていた。汗ばんだ額に濡れた前髪が張りつき、 呼吸は浅くて早い。安らかとは言い難い状態に、ステファンの胸は痛んだ。 ベッドの端に腰掛け、手巾を取り出して額をそっと拭う。少年の閉じていたまぶ たが微かに動いた。 「アラン?」 そのささやき声に応えるように、少年はまばたきを繰り返して目を開けた。本来 なら青いはずの瞳の色が、やけに黒っぽい。灯りが少ないからそう見えるのだと、 今は思いたかった。 「……ステファン……さ……ま……」 アランはこちらを見てかすれた声で呟くと、肘をついて上体を起こそうとした。 「寝てなきゃ駄目だよ」 ステファンは慌てて、アランの肩に手を掛けて押し止めた。まだ身体が辛いのだ ろう、アランは言われるがまま横になった。薄い胸が上下に大きく動く。 「起こしてごめん。お前がここに……」 言い終わっていないのに、声が詰まってしまう。うつむいて手巾を口許に当てた 瞬間、時が二年前に逆戻りしたような感じがした。 「ご迷惑をおかけして……、すみません」 ステファンは黙って首を横に振った。 「我ながら、情けなくて……。本当に……本当に、すみません」 「気にするな」 「でも……」 「好んで病気になる者はいない」 ステファンはそう言い切って、顔を上げた。アランの暗い目がこちらを見つめて いる。病人に不安を抱かせるような、女々しい態度は取れなかった。 「まだ、痛むか?」 「……いえ」 アランは言葉少なく答えると、薄く笑った。嘘だ、と直感的に思う。あのときだ って、痛いとか苦しいとか、決して言わなかったのだから。 「我慢するな」 「……はい」 再び、薄く笑う。闇の中に消え入ってしまいそうな笑みが、ステファンの心を激 しく揺さぶった。咄嗟にアランの手を握り、己の胸に押し当てる。 死神には渡さない、渡してなるものか! 目の奥がどうしようもなく熱い。荒れ狂う感情は、不甲斐ない姿を見せたくない というちっぽけな見栄を簡単に打ち砕いた。瞼を閉じても、涙が止めどなく零れ落 ちていく。 「私は、どこにも行きません」 静かだが、毅然とした響きのある声が聞こえた。冷たい指が頬に触れ、目元を優 しく拭う。ステファンは嗚咽を漏らしながら、少年の肩に頭をもたせかけた。 「信じて下さい、あなたを……」 アランの手が、病人とは思えないほどの力をこめて握りかえしてくる。 「あなたを、決してひとりにはしませんから」 「ステファン様、そろそろお時間が……」 迎えにきた修道女は、そう言いかけて口をつぐんだ。予想もしなかった光景に、 言葉もなく見入る。 ふたりの少年は互いの手を握り締めたまま、同じベッドで眠っていた。両方とも 安らかな寝息を立てて、幸せそうな顔をしている。 「困ったわねえ……」 修道女はため息を吐いて首を軽く振ったが、ステファンを起こそうとはしなかっ た。隣の空きベッドに置かれた毛布を取って、少年たちの上にそっと掛ける。 「おやすみなさい」 小さく囁いて、ろうそくの火を吹き消した。 終了
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