●短編 #0093の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
俺は自称うどん通だ。ほとんど毎日食っている。多い時には三食とも だ。俺はよく旅をする。もちろん、より素晴らしい歯ざわり、喉越しを 求めてのことだ。 三重の伊勢うどんは良かった。海老の天ぷらと鰹、海苔、ねぎ、めひ びがつややかな麺にのっている。一般的には汁の中に入っているが、こ いつはたまり醤油のようなたれにつけて食べるのだ。天ぷらのさくさく した食感がそのまま味わえ、めひびの独特の風味も楽しい。 千葉で食った焼きうどんもうまかった。海水浴場の近くにある露店で、 注文してから作り始めるのだ。出来たての奴を一気にほおばるのは格別 だ。 友人や親戚に聞くと、きつねやたぬき、カレーうどんくらいしか思い 浮かべないが、釜揚げ、鍋焼き、ざる、月見等、バリエーションは豊富 なのだ。 素人はどこの店で食っても同じとしか考えないが、実際には太さも腰 も表面のぬめりも全然違う。分かっちゃいねえ、まったく。 だから俺は、この街でもすべてのうどん屋は行きつくしている。引っ 越して来てから一年になる。 大学に電車で通える範囲に、こんな宝石のような街があったとは。俺 はここを「うどんの里」と呼んでいる。それくらい上等な店がそろって いる。日本一と言っても過言ではない。 そして最終的に落ち着いたのがここ、井丸屋だ。友人はさんざん歩き 回ってやっと見つけたのが、どうしてそんな駅前の小さい店なんだと言 うが、うまいだけじゃだめなのだ。安くなきゃ。だって毎日食うんだか ら。質と値段のバランスが最高にとれているのが井丸屋なのだ。 今日はきつねとたぬきの合わせだ。いつもより少し贅沢だ。俺は七味 をとり、小さじ一杯分ほどをふりかけた。おや? 油揚げの下からのぞ いている一本が、少し動いたような気がした。まさかな。徹夜マージャ ンしたから目が疲れているのかもしれない。帰ったら少し昼寝しよう。 箸を割って突っ込む。麺が避けるようにして身をうねらせた。まあ、 そう見えただけだろう。箸が当たったからだ。そう思ってかき混ぜた時、 俺は背中に冷水をぶっかけられたような気分を味わった。白い、表面に ほどよいぬめりを持ったもの達が、いっせいに波打ち始めたのだ。 その様子は桶に入れられた大量のどじょうのようであった。いや、む しろミミズか。俺は驚きのあまり声を出すこともできなかった。 なんとかしなければ。だが体が凍りついたように動かない。彼らの動 きは徐々に激しさを増し、音をたて、汁をどんぶりの外に飛ばし始めた。 そこはカウンター式の店で、横一列に客が並び、すぐ前が調理場にな っており、親父が湯を切っている。まだこの異変に気づいていない。 助けを求めるように横を向くと、隣の客と目が合った。 「おい、あんたどうしたんだよ、それ」 そう言われても困る。 「いや、僕も分からないんですけど」 「ちょっと、これどうなってんの」と彼は、俺のかわりに親父に言って くれた。 料理人は俺達をにらんだ。次の瞬間、湯切りをする彼の手が止まった。 「お客さん、何やってんだ」 どうやら俺のせいにしたいらしい。 「僕は何もしてないですよ」カチンときた。「とにかくこんなもん食えま せんから、金返してくださいよ」 突然ポップコーンが弾けるような音がした。熱い! 麺も汁も器の外に飛び出し、俺の服にかかっていた。うどんがズボン に巻きつき、這うのを見て、俺は絶叫した。中身が全部出たのかと思っ たが、そうではなかった。どんぶりはまるで底が抜けているかのように、 白くて細い蛇のような物体がうねりながら次々に這い出してくるではな いか。俺は椅子から転げ落ちた。 両隣のおっさんが立ち上がった。恐慌は俺の近くからカウンターの端 へと伝播していった。あっと言う間に店内は阿鼻叫喚の地獄絵図に変わ った。 つい先ほどまで愛してやまなかったそいつらは、おぞましい謎の生物 と化した。のたうちまわりながら床の上に広がっていく。手で払っても、 どんどんまとわりついてくる。俺に声をかけてくれた人もその犠牲にな っていた。彼は足にからみつく連中をちぎっては投げた。 俺は一刻も早く逃げたかったが、出口に殺到する客達に踏みつけられ、 立ち上がることさえできなかった。 辺り一面、白い巨大ミミズが蠢く川となった。恐るべき増殖スピード だ。その一部が山のように盛り上がってこちらに向かってくるのを見て、 俺は力を振り絞った。 麺をちぎりつつ外に転げ出た俺は、後ろを振り返った。全身の血の気 が引いた。店の入り口は怪物を吐き出す魔物であった。うどんの間から 突き出している腕を見つけた。白い袖から料理人だと分かった。調理場 にいたので、逃げ遅れたのだ。 助けなければ。だが、恐ろしい音を立てて壁にひびが入り、そこから サナダ虫達が顔を出すのを見て、間に合わないと悟った。もはや内部は 謎の生物でいっぱいなのだ。店が崩壊し始めた。俺は立ち上がり、走っ た。 人々の絶叫、車のぶつかる音。いったいどこへ行けばいいのか。そう だ、電話だ。警察か、消防署か、分らないが、とにかく連絡するのだ。 俺はバッグを持っていない事に気がついた。ああ、畜生! どうやら店 に忘れてしまったらしい。 後ろを見る。ビルの谷間を白い川が埋めつつあった。俺が走っている 道だけでなく、枝道にも入り込んでいた。人間を、自動車を、ガードレ ールを飲み込みながらうどんが増殖していく。 いや、あれをうどんだと思うのはよそう。別次元からの侵略者だ。た またま俺のどんぶりに、異世界と通じる扉が開いたのだ。 なぜ俺なんだ、と思う。俺の跳び抜けた彼らに対する愛情が、引き寄 せてしまったのだろうか。だとすると俺は彼らの良き理解者になるべき だ。 冗談じゃない。あんな気味悪いの、分かりたくなんかないや。 急がないと追いつかれる。だがこれ以上速く走れない。そうだ。もう 少し先のコンビニを左に曲がって、歩道橋を渡って、喫茶店を右に曲が って、まっすぐ行った所に交番があったはずだ。 俺は夢中で駆けた。心臓と肺が爆発しそうだ。 ようやくたどり着いた俺の前に、仰天するような光景が広がっていた。 交番は奴らに占領されていた。麺が完全に覆いつくし、蠢動している。 別の道を通って来たのだ。 前後からのサンドイッチだ。俺は横道に飛び込んだ。もうどうしてい いか分からない。とにかく足を動かすしかない。料理人の最後の様子を 思い出し、のどに酸っぱいものが込み上げてきた。 俺は目についたビルに駆け込んだ。自動ドアが閉まった瞬間、サナダ 虫の群れがガラスに激突した。そこにいた男も女も驚愕し、叫び声を上 げた。 ざまあ見ろ。これでもう追ってこられないだろう。しかし、俺の考え は甘かった。彼らの重みでドアは開いた。 慌てて周りを見る。受付け、ソファー、吸殻入れ。何かの会社のよう だ。左の奥にエレベーターがある。タイミング良く、扉が開いた。俺は ダッシュした。 出てきた人々はこちらを見ると慌てて中に戻った。俺は彼らに混じっ て入った。 各階で止まるたびに、下から逃げてきた人間がなだれ込んでくる。つ いに重量オーバーを知らせる音が鳴り、中の奴と外の奴の間で争いが起 こった。俺はその間を縫って廊下に出た。階段を見つけた。もう、上に 逃げるしかないのだ。たくさんの人が右往左往している。俺は走った。 階段にも大量の人間がいた。俺は嫌がる足を無理やり動かした。 ついに屋上に出た。疲れ切った体を引きずり、フェンスに近寄った俺 は愕然とした。 下は、白い川で埋め尽くされていた。車も人も街路樹も飲み込まれ、 低い建物は蜘蛛の糸で包まれたようになっていた。奴らはビルの外壁に もまとわりついていた。 後ろで悲鳴が聞こえた。振り返ると、階下へ通じる口からミミズども が吐き出されてきた。 「ちょっと、そんな話されたらうどん食べられないじゃないの」と香奈 は言った。 「本当さ。それで俺ここに引っ越して来たんだもん」 俺は新しい街に来て、速攻で全てのうどん屋を回った。彼女も作った。 本場の讃岐うどんを食わせてくれる店を見つけ、香奈を誘ったのである。 「うっそー。だってそんな事本当にあったら、大ニュースになってるで しょ?」 「さあね。きっと隠蔽したんじゃないかな」 誰が? どうやって? と聞かれたら困る。幸い、彼女はそんな事に は関心がないようだ。今行っても、奴らはもういない。 大学は遠くなった。電車で二時間かかる。だが、これでいいのだ。こ こは平和だ。 「いっただっきまーす」 香奈は頭を下げ、麺をすすった。 うどんが来るまでの待ち時間、彼女には秘密を打ち明けてもいいんじ ゃないかと思い、しゃべってしまった。良かったのだろうか? まあ、 まるっきり信じていないようだから、構わないが。 連中はどうして俺をターゲットにしたのか。ま、上等な味が分かる舌 の持ち主だからな。もっとも、あの街に住む全員が標的だったとも言え る。なにしろ「うどんの里」だ。みんな上品な味覚を持っているだろう。 まったく平気になってしまった俺としては、自分の脳がどういう状態 になっているかなど想像したくもない。きっとコードを差し込んでいる かのように連中がつながってて……。 でも、と俺は箸を割りながら思う。これって、共食いじゃないの? 涙腺の辺りから細長いものがにょろりと出てきたので、俺は慌てて引 っ込めた。 <了>
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