●短編 #0064の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
美人なんだから仕方がない――私はいつもそう思っている。多分、今日もそう感じ るはずだ。先ほど爆発音が轟いたが、それもいつもの事だ。博士の発明には破壊がつ きものと相場が決まっているのだから。それよりも大事なのは、いまこの瞬間に自分 ができることに全力をつくすことだ。だから、私は業務に勤しむことに決めた。それ に博士は忙しいときに借りたい猫の手を持ってるのだから、駆けつける必要はあるま い、そう結論をつける。 「できたわよ〜」 私が全自動洗濯機で博士の下着を洗っていると、ドアが開いて明るい声が飛び込ん できた。 「な、なんですか〜博士〜」 手に持った下着をしげしげと眺めていたものだから、返事も少しばかりどもってし まう。私の肩書きは助手ということだが、実際は小間使いのほうが適当だろう。 「発明に決まってるじゃない!」 博士は、馬鹿ねえ、と言わんばかりに目を細めて首を振る。栗色の長い髪が揺れ、 柑橘系の香りが舞う。 「じゃ〜ん!」 博士の細い指先が握っているのは試験管だった。中に青い液体が入っている。どち らかといえば青い液体より、雪を貼り付けたような博士の白い肌のほうに目が向いて しまう。牛乳瓶の底と揶揄されるメガネを人差し指で持ち上げながら、試験管を見つ めている振りをする。博士は空いた左手で、下着を掴むと槽の中に放り投げ、蓋を閉 めスタートボタンを押した。私の手にはまだカップチュ−ルレースを使用したブラジ ャーの柔らかい感触が残っている。 「なんだと思う? これ」 博士が大きな瞳をくりっとさせながら、私の眼前に顔を差し出してきた。思わず口 を尖らすと、「そういうギャグは嫌いなの!」といって軽く私の頬を叩く。 「えーと、えーと、液体……」 博士は私の言葉を無視して身を翻し、「ゼロ・タイム・ローションなのよ」 「はあ、化粧水ですか」 「気のない返事ね……良く聞いてね。この液体に触れたモノは、この特殊中和試験管 以外という条件が付くけど、とにかく触れたモノの表面に膜をはり、その中の時間を 停止させてしまうの。面積が2.0uまでは試験管一本分のゼロ・タイム・ローションで 事足りるのよ。どう、すごいでしょう」 「す、すごいですね。世紀の大発明ですね」 お世辞でも、そういっておくと博士は上機嫌だ。 「でもね、ちょっとだけ欠点があるのよ」 「はあ……もしかして、さきほどの爆発音と関係があるのでは?」 「鋭いわねえ。いつも鈍いのに……。そうそう、下着を洗うときは酵素入り洗剤を使 わないこと、洗濯ネットに入れること、それを忘れないでね。あと実験に協力してね。 ――それよりも、全然気がついてくれないのね。アナタの趣味に合わせて白衣もミニ にしたのだけれど、似合わないかなあ? ハイかイイエで答えてくれる」 私が視線を下げると、博士の細い脚がミニの白衣からスラリと伸びていた。博士の 顔を見ると、はにかんだときに浮かぶ紅が頬に見受けられた。 「ハイ。似合います。感激だなあ……私のために服を選んでくれるなんて」 目頭に浮かんだモノをぬぐうと、博士は私の手を引き「同意してくれてアリガトウ」 といって研究室に連れていった。 研究室のドアを閉めるとき、博士が後ろ手で鍵をかけるものだから、私はある種の 期待を抱かずにはいられなかった。フロアの中央にベッドがしつらえているとなれば 尚更のこと。 博士は私をベッドまで導き、「先に横になってくれる」という。私はすぐに靴を脱 ぎ、ベッドに身体を横たえた。 「いつでもokです〜」 これから始まるのは夢のような時間だろう。胸の高鳴りを止めることができない。 博士はベッドサイドに置いてあったリモコンを手に取り、スイッチを押す。ベッド から拘束具が飛び出し、私の手足を固定した。金属の冷たい感触を手首に感じてゾク リとする。 「そんな趣味があったんですか〜。どうせなら逆のほうがいいなあ」 博士は極上の笑みを浮かべて、「実験への協力に感謝します」といった。 「えっ、実験って……」 もしかすると、これから始まるのは悪夢なのだろうか? 「人間に使うとどうなるか」 博士は平然と答える。 「あのう、さきほどは何を試したんですか?」 拘束具を見つめながら、尋ねてみる。 「ビール瓶」 博士の頬にエクボが浮かんでいた。 「それ、どうなったんですか」 「それがねえ、ローションが膜をはり、時間を停止させるまでに5秒ほどかかったの」 「で?」 「それでねえ、時間が止まると空間的にも停止するのよね。初めて知ったわ」 「……で?」 「地球の公転における平均軌道速度は29.8km/s。自転の速さは466m/sなのよ」 「はあ、自転でも音速より速いですね」 「音速の場合は0℃で1atmなら331.5m/sなのよね」 「え〜と、つまり何が言いたいのでしょうか?」 「地表からの第2宇宙速度っていうのは秒速11.18km/sなのよ。軽々と越えちゃうのよ ねえ」 「つまり。左手の壁にあいている穴は、その時のものということですかあ」 「正解」 「……」 「健闘を祈る」 博士が軍隊式の敬礼をした。頬を膨らませると、試験管のキャップを外し、私の足 下に投げ捨てる。それからはコマ送りのように試験管が傾いていくのを見ていた。青 い液体は想像してたより粘りけがあるようで、糸を引いて落ちてくる。粘液体なのだ ろう。 私の胸が青に浸食されていく。 「ビール瓶で五秒かかるなら、人間ならもっとかかりますね〜。もしかしたら試験管 一本では間に合わないのでは?」 私は博士のことを無条件で愛している。私が本当に彼女のことを愛していると、認 識できただけでも幸福なのかもしれない。 「大丈夫、心配しないで。人間の皮膚の面積は1.6uだし。それに生成出来てるゼロ・ タイム・ローションはこれだけなの」 視界が青に染まった時、死を覚悟した。私にこんな事をする相手が博士以外なら許 すことはできないだろう。やがて口の中にもどろっとした触感が広がり、呼吸するこ とが苦しくなってきた。 「博士。サヨウナラ。アナタのことを愛していました」 そう告げたつもりだったが、声にならない声にしかならなかった。 私はこれから地球に捨てられるのだと感じたが寂しくはなかった。一瞬あとには大 気圏外に脱出できる速度で地球から置いて行かれるのだ。たぶん、燃え尽きることだ ろう。 だがいつまで待っても、それは起こらなかった。閉じたまぶたを開くと、視界はク リアになっていた。 「ああ、ダメかあ。そうよねえ。皮膚だけではなくて、胃や腸にも膜ははらさるもの ね。膜が閉じない限り時間は止まらない……よりサイズの大きい特殊中和試験管を作 れない限り実用にはならないわね〜」 博士の表情に暗い影が浮かぶ。試験管を複数用意すればすむと思ったが、口にはし なかった。どちらにせよ実用にはならないが。 「大丈夫ですよ。博士ならもっと凄い発明ができますって。不肖私めがお手伝いさせ ていただきますから!」 染まったはずの胸の青色も消えている。ただ服は水に濡れたように湿ってる。膜を はり損ねたためゼロ・タイム・ローションが変質したのだと推測する。 「そうね。今度はもっとすごいのを発明するんだから」 博士の声に明るさが戻った。 博士は右手で試験管を握り、左手でリモコンのボタンを押して拘束具を解除してく れた。前手で私の頬を撫で上げる時、「力になってね」と鼻の上にある二つ目の口で 囁いてくれた。後ろ手で髪を掻き上げる仕草は、いつ見ても色っぽい。 「ええ、喜んで」 地球生まれの私は、異世界の博士に向かって頭を垂れる。好きなものは好きだし、 愛してるものは愛している。生まれた世界が異なっていても、それは変わらない。 たとえ博士の反応や行動が人間と違っていても、それは仕方のないことなんだ。 それに博士は美人だ。 彼女が私に何をしようとも、美人なんだから仕方がない――私はいつもそう思って いる。たぶん、明日もそう思っていることだろう。 「洗濯物、ちゃんと干しておいてね。下着は陰干ししてね。忘れずに」 博士が私の背を押しながら、念を押す。 「は〜い」 こんな他愛ない毎日が、私にとっては心地よかった。 --- 了 ---
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