●短編 #0040の修正
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馬琴筆塚 東京西日暮里・青雲寺境内 【表面碑文/白文】 ●聿冢名 曲亭翁者稗官者流也善飾亡根之事以醒里耳綴繋空之語以振桓 心雖戯謔似弄世頗寓勧懲焉其所著伝奇小説大小凡二百余種皆 随時尚而標其異追世態而悉其変今年新於去年明年新於今年是 以詞中構無数之幻縁紙上現無辺之化境一創一奇百創百奇漏天 機者為不尠矣其無辺無数之寓言雖尽出於翁一人之意匠仮毛穎 氏之資者二十年於此毛噫毛穎氏亦甚労矣夫稗官●(ニクヅキに坐)記者鄙事也毛 穎氏労於鄙事而費其精精費則禿頭禿則人棄之既仮其資而棄 之則其精蘊而鬱矣豈得無祟耶於是欲●其枯管而祀之中山途遙 言帰未●(シンニョウに台)因留殯于東都之郊挙之以布嚢斂之以瓦缶庶幾永安于 茲冢在於谷中新掘山之上乃建之石而勒其銘不亡労也銘曰 若魂気則無不之也無不化也汝化矣則将奚●(アメカンムリに勿に似たモノ)奚帰乎問之 無声叩 之無音汝倣毘耶氏之黙耶抑患貫中氏之●(ヤマイダレに音)耶●(ヤマイダレに音)乎 黙乎吁戯乎噫 得無箴後之戯謔乎於是乎銘于石 文化六年乙巳春二月 鵬斎亀田 興撰弁書 ● (キヘンに夜)斎刈谷 望之篆額 【表面碑文/書き下し】 聿(ふで)を●(うず)む冢(つか)に名す 曲亭翁は稗官者流なり。善(よ)く亡根の事を飾るを以て、里耳(りじ)を醒ます。空 の語を綴り繋ぐを以て、桓心を振るわす。戯謔、世を弄ぶに似ると雖も、頗る勧懲を寓 す。其の著す所、伝奇小説大小凡そ二百余種。皆、時の尚(この)みに随いて、其の異 なるに標(しるべ)す。世態を追いて、其の変を悉(つく)す。今年は去年より新(あ ら)ため、明年は今年より新たにす。是(これ)、て詞中を以て、無数の幻縁を構え、 紙上に無辺の化境を現す。一たび創れば一奇あり、百たび創すれば百奇あり。天機を漏 らす者、尠なからざらんとす。無辺無数の寓言、翁一人の意匠に尽出すると雖も、毛穎 氏の資を仮(か)りること、此(ここ)に於いて二十年。噫(ああ)、毛穎氏、また甚 だ労するか。夫(それ)、稗官●(ニクヅキに坐/さ)記は、鄙事なり。毛穎氏は鄙事 に労して、其の精を費やす。精費やせば則ち、頭禿げる。頭禿げれば則ち、人之を棄 つ。而して、既に其の資けを仮りて之を棄つれば則ち、其の精、蘊して鬱たり。豈に祟 り無きを得んや。是に於いて、其の枯れ管を●め、之(こ)の中に祀らんとす。山の途 (みち)遙かにして、言、帰するには未だ●(シンニョウに台/およ)ばず。因(よ) りて殯(もがり)を東都の郊に留め、之を挙げるに布嚢を以てし、之を斂むるに瓦缶を 以てし、茲(ここ)に永く安らかたらんを庶幾(こいねが)う。冢(つか)は谷中新掘 山の上に在り。乃(すなわ)ち之(こ)の石を建て、其れを勒(おさ)め、銘して労を 亡(わす)れざるなり。銘に曰く、魂気の若(ごと)きは、則ち之(ゆ)かざる無き、 化さざる無きなり。汝、化するか。則ち将(ま)た奚(いずく)にか●(アメカンムリ に匆/そう)す、奚にか帰さん。之(これ)を問うに声なし。之を叩くに音なし。汝、 毘耶氏の黙を倣うか。抑も貫中氏の●(ヤマイダレに音/いん)を患うか。●(ヤマイ ダレに音/いん)か、黙か。吁(ああ)、戯れか。噫、箴後の戯謔、無きを得るか。是 (これ)に於いてか、石に銘す。 文化六年乙巳春二月 鵬斎亀田 興撰弁書 ● (キヘンに夜)斎刈谷 望之篆額 【表面碑文/現代訳】 筆を埋める塚に銘す 曲亭翁は歴史小説家だ。実証主義的には根拠のない事どもを飾り立てて、無教養な者 たちの社会意識を覚醒させる。フィクションを紡ぐことで、鈍い心さえ振るわせる。小 説というものは、世の中のことを巫山戯て論っているようでいて、善を勧め悪を懲らす 目的を秘めている。彼の著作は、長編短編合わせて二百余りに上る。それらは皆、流行 に合致しており、行き遅れ若しくは外れている者にとっての道案内となっている。世の 中の雰囲気を正しく追っており、変わっているところは悉く取り込んでいる。今年は去 年より新しく、来年は今年から変わっていることだろう。言葉のうちに無数のフィクシ ョンを構築し、紙上に限りないイルージョンを現出させる。一たび創れば一つの驚くべ きことがあり、百の創作をすれば百の目新しいことがある。世界を動かす法則の秘密を 暴き立てる所が少なくない。 数え切れないほどの、真理を穿った言葉たちは、ただ彼一人の工夫によるものではあ るが、筆の助けを借りたことは確かであり、そのような彼と筆との関係は二十年に及ん でいる。ああ、筆も、また苦労してきたのだ。だいたい、歴史小説家の書く小説などと いうものは、詰まらぬものだ。だから、筆の苦労とは、下らぬものに費やされたことに なる。精を費やせば、頭が禿げる。頭が禿げれば、筆の場合、ちび筆となるによって、 人に棄てられることになる。そして、筆の助けを借りておいて、無碍に棄てれば、筆の 精は鬱として溜まり、必ず筆の祟りがある。だから此処に、使い古した筆を埋め、祀ろ うとしているのだ。まるで山路が遙かであるように、裡にある言論は収めるに及んでい ない。まだ書きたいことがあっただろうし、思い残すことがあるだろう。だからこそ、 この江戸のはずれに墓を造り、布で巻き缶に納め、永く安らかに眠ることを願う。その 塚は、谷中の新堀山の上にある。この石を建て碑文を彫りつけ、納めた筆の労を忘れな いようにしたい。碑文として以下の言葉を筆に捧げる。 肉体には制約があり、いずれ滅び留まるとしても、魂は留まることなく動き、変化し 続ける。筆よ、変わってしまったか。また何処に迸り行こうとするのか、至ろうという のか。問うて答える声なく、叩いて応じる音もない。筆よ、毘耶の黙を真似するのか。 いや、余りに多くを語りすぎたためか羅漢中の子孫は三代に亘って口を利けなくなった が、そもそも言葉を発することが出来なくなったのか。唖となったのか、無言の行でも しているのか。ああ、それとも戯れているのか。ああ、後生を戒める戯謔を失ってしま ったのか。 このように、石に銘を刻む。 【裏面碑文/白文】 翁名解字瑣吉一称馬琴曲亭其別号也姓滝沢氏江戸人世仕草藩 為武弁之家父諱興義性長技撃而射御之術無不悉究其奥矣有子 数人翁其季也翁以多病故去而隠市其所著詭詞冊子巧写憂楽愁 啼嬉笑怒罵之光景使閨人穉子估客村農不能不為解頤酸鼻千般 万般之状是以名噪一時坊賈捷利者獲翁之新著以為居奇而得其 ●(亡の下に口、貝目瓦の丶無しに似たモノ/えい)余者有年矣今茲坊賈等与翁嗣子興 継相謀而建之蓋飲水思源 之誼云 鵬斎翁識 立石幹縁 木蘭堂 柏栄堂 平林堂 蛍雪堂 方策堂 柏●(松の下にアシ)堂 隻鶴堂 文化庚午首夏朔 琴嶺瀧澤興継立 石工松木松五 【裏面碑文/書き下し】 翁の名は解(とく)、字(あざな)は瑣吉、一に馬琴・曲亭と称するは其(そ)の別号 なり。姓は瀧澤氏、江戸の人なり。草藩に仕う武弁の家たり。父の諱(いみな)は興 義、性として技撃に長じ、射御の術は悉く其の奥を究めざるは無し。子は数人有り。翁 は其の季(すえ)なり。多病の故を以て、去りて市に隠る。其の著わす所の詭詞冊子 は、憂楽愁啼嬉笑怒罵の光景を写し、閨人穉子估客村農不能不為をして、解頤酸鼻千般 万般の状たらしむ。是を以て名、一時を噪(さわ)がす。坊賈、利に捷れば、翁の新著 を獲る者は以為(おもえらく)、奇しきしか居らず。其の●(亡の下に口、貝目瓦の丶 無しに似たモノ/えい)余を得る者は、年に有り。今、茲に、坊賈ら翁の嗣子・興継と 相謀りて之(これ)を建つ。水を飲みて源を思うの誼と云う。 鵬斎翁識 立石幹緑(縁?) 木蘭堂 柏栄堂 平林堂 蛍雪堂 方策堂 柏●(松の下にアシ)堂 隻鶴堂 文化庚午首夏朔 琴嶺瀧澤興継立 石工松木松五 【裏面碑文/現代訳】 翁の名は解、呼び名は瑣吉。馬琴・曲亭は別号の一つである。苗字は瀧澤で、江戸出 身。大名というのではなく、それよりは小規模な将軍の藩塀すなわち旗本に仕えて世過 ぎしていた父の本名は、興義であった。父は、撃剣の技に長じ弓道も馬術も奥義を究め ていた人だった。父には数人の子があり、翁は末っ子に当たる。翁は病がちであったか ら武家奉公を辞めて市井に隠れることとなった。 翁の著作は、憂い、楽しみ、愁嘆場 や泣き喚きたくなるような場面、嬉しく、笑い、怒り、罵りたくなるような光景を活写 している。その著作を読めば、女性や子供、商人や農夫、不能な者も能力はあっても志 なく為すこと無き者も、顎がはずれるほど大笑いしたくなり、あるいは涙ぐみ、あらゆ る感興へと導かれる。このため翁の名は、一世を風靡している。 本屋の利ざとい者といっても翁の新著を得るものは恐らく極めて少数で、そのほかの 者は新著ではないものを漸くに得ているに過ぎない。いま此処に本屋たちで翁の嫡男・ 興継と相談して、碑を建てる。筆なくしては翁も著作できなかったであろう。筆を祀る ことは、まさに、水を飲んで源を思う、の道理である、と言う。
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