●短編 #0001の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
今年のクリスマスはつまんないな。 クリスマスどころかクリスマスイブも迎えない内から、小菅裕恵はそんな感 想を持っていた。 プレゼントにほしい物を買ってもらえないとか、自分を除く家族全員が敬け んなる仏教徒であるとか、一緒に楽しくわいわいがやがやする人がいないとか、 そういうことでは無論ない。 去年が楽しすぎたのだ。 何たって、「フラッシュ・レディ」のレイやセシアが来てくれたのだから、 これまでの人生で――と言っても裕恵は五歳なのだが――最高のクリスマス、 ううん、最高のひとときだったと表しても言い過ぎじゃない。 お姉ちゃんのけち。 次に考えるのは、姉のことだった。 どうしてか知らないけれども、お姉ちゃんはレイやセシアと仲良しの知り合 いみたいだ。だから、お姉ちゃんにお願いすれば、今年もレイ達が来てくれる と思っていた。 なのに、姉からの返事は、フラッシュ・レディは去年一度きりよ、だった。 裕恵がほっぺを膨らませ、だだをこね、わめいても、姉の返事は変わらなか った。むしろ怒った声、怒った顔になった。それが裕恵を一時的におびえさせ、 次いでますます不機嫌にさせた。 もう一生、口もきかないもん。レイ達に頼んでくれるまで、お姉ちゃんとは 話さない! 裕恵の一大決心はものの三時間ほどであっさり崩れ、表面上は姉とも仲のよ いまま、クリスマスを迎えられそうである。 でも、裕恵は内心、全然納得できていなかった。子供だから、その感情が簡 単に表面に出る。姉の方も気にしていたのだろう、クリスマスまであと数日と 迫ったある夕方、裕恵にこう言った。 ジュース買いに行こうか。 裕恵は今年の夏頃から虫歯がひどくなって、ジュースやお菓子といった甘い 物をしばらく遠ざけられていた。秋から冬の変わり目に掛けて、やっと食べさ せてもらえるようになったけれども、昔に比べると量を随分と減らされている。 お茶ならいらない。 子供なりに警戒して、裕恵は姉に背を向けたまま言った。 裕恵が飲みたい物でいいのよ。 姉の声はいつもより優しい感じがした。 ほんと? 振り返って立ち上がり、姉の顔を下から覗き込む。姉は大きくうなずいた。 あったかーいミルクセーキでも、あまーいココアでも、何だったらお腹のふ くれるお汁粉でもいいわ。 裕恵は両手を上げ、飛び跳ねた。このときばかりは、姉に対する不満もほと んどゼロになっていた。 風邪を引くと行けないからと、大げさに着込んで、外に出た。太陽が八割が た沈み、夕方と言うよりも夜と呼ぶ方が似合いそうな空の色だった。 裕恵は空を見上げつつ、自動販売機のあるところまで、姉と並んで歩いた。 一番星見つけた! 甘い飲み物を買ってもらえるだけで、うきうきする。歩きながら飛んだり跳 ねたりする裕恵を、姉が微笑みを漂わせた目で見守る。 流れ星、ないかなあ。 首が痛くなるのも忘れて、裕恵は真っ直ぐ上を見てみた。空は淡い薄紫色に なっていた。さっきよりもさらに暗くなったけれど、まだ小さな星を見つける には明るすぎる。 流れ星を見つけたら、裕恵はどんなお願い事をするのかしら? 姉が聞いてきたが、裕恵は口をぽかんと開けたまま、しばらく天を見上げて いた。いつの間にか足が止まっている。 裕恵。 名前を呼ばれて気が付いた。少し先に進んでいた姉に、走って追い付く。 すがちゃんのお願い事はねえ。 裕恵は自分のことをよく「すがちゃん」と称する。そろそろ直しなさいと言 われることが多くなったが、どうして直さなくちゃいけないのか分からないの で、ずっと使うつもり。 レイとセシアにまたお家まで来てほしいってこと! 一気に答えてから、姉の顔色を窺った。姉は困った風に眉を下げて、白いた め息を何度もついた。 やっぱりそれなのね。困った子。 言葉に出して困っている。裕恵もさすがに、言わなかった方がよかったかな と思った。ジュースを買ってもらえなくなるかもしれない。 お姉ちゃんに頼んでるんじゃないよ。流れ星に頼むんだから。 急いで付け足す。姉は苦笑いを浮かべていた。 そうね。お姉ちゃんには無理だから、流れ星に叶えてもらえたらいいわね。 私も流れ星に同じことをお願いしようかな。 裕恵はまた飛び跳ねた。姉がそう言ってくれたことが、裕恵には嬉しい。姉 は自身より裕恵のことを大事にしてくれている。 今、流れ星が出て来たら一番いいのに。裕恵はそう思い、願ったけれども、 見える範囲に流れ星の姿はない。 だいぶがっかりした。こんなことじゃあ、流れ星が見られるよう、お願いし たくなる。でもお願いをするためには、流れ星が出て来なきゃいけない。だか ら、その流れ星を見たいっていうお願いなんだってば! 頭の中で糸がこんがらがった。裕恵は首を振って、念のため、もう一度だけ 空を見上げた。 やっぱり、流れ星の気配はない。流れ星に気配があるのかどうか知らないが。 冷たい風が頬を叩いた。 裕恵は姉のすぐそばに引っ付いた。姉の右手が下りてきて、頬を包む。 どちらかというとお姉ちゃんの手の平は冷たい。けれど、今の裕恵にとって、 そんなことはまるでかまわない。 自動販売機のある一角が見えた。白い光を道路側に放ち、夜空に慣れた目に はまぶしいくらい。真ん前まで来て、他に誰もいないことが確かめられた。 自動販売機は全部で六台。煙草のが二つで、飲み物のは四つある。飲み物が 四つといっても、その内の一つはビールでもう一つは日本酒。裕恵達が用のあ るのは、残る二つだ。 裕恵はどれが飲みたい? えーとね。 姉に抱え上げてもらって、透明なガラスの向こうの色とりどりのデザインの 缶を見つめる。値段は全て同じ、百二十円。前に見たときといくつか種類が入 れ替わったような気がする。そういえば、「つめた〜い」ばっかりだったのが、 半分くらいは「あったか〜い」に変わってる。 コーヒーが一種類だけ売り切れていたが、あとは幸いにも大丈夫。 うーんと。 地面に降ろされた裕恵は迷っていた。飲みたい物が三つもある。 向かって右の自動販売機にあるココアは、その湯気の昇り立つ絵柄からして とてもあったかで甘そうに見えた。元々ココアが好き。ただ、缶の大きさが気 に入らない。ちょっぴりしか飲めない。 向かって左の機械には、欲しいのが二種類。一つは同じくココアだが、絵柄 が素気ない。と言うよりも、「ココア」という字しか書いてないのだ。どうい う雰囲気なのかよく分からない。けれども量は隣の機械のココアよりもずっと 多い。ここまで歩いた分、身体も冷えていたからたっぷり飲めるのは魅力的。 もう一つ、裕恵が気になっているのは紅茶。ロイヤルミルクティというのが あった。高級そうな感じがする。どんな味なのか、想像つかなかった。それだ けに、きっと凄くおいしいんだろうと思えてならない。 悩んで唸る裕恵の背後で、姉は両手に息を当てながら待っていた。それに気 が付いたから、裕恵は早く決めなくちゃと焦る。焦れば焦るだけ、迷いが大き くなる。 あっ。裕恵は思い出した。向かって左の自動販売機は当たり付きなんだ! 正確を期すと、くじ機能付き、である。全国には様々なタイプのくじ機能付 き自販機があるが、裕恵達の目の前にある機械のそれは、極当たり前のものと 言っていいだろう。一本買う毎にルーレットに模した表示板の枠内を光が回り (順次点滅し)、「あたり」の位置に光が止まったら、もう一本をおまけで選 べるという仕組みである。 ようし、左にしようっと。裕恵はまず第一の決断をした。残る問題は、ココ アと紅茶のどちらを取るかだけ。 迷ってるんだったら、いっぺんにボタンを押しちゃえば? 裕恵の考えを覗いたみたいに、姉が笑いながら言った。名案、さすがお姉ち ゃん。裕恵は手を打って姉からの提案に賛同した。 裕恵はどれとどれで迷っちゃってるの? あのね、ココアとロイヤルミルクティっていうやつ。 下から指差す。よく見えないけれど。姉がにっこり笑った。 お金、入れるね。ランプが点いたら同時に押そう。 財布を手に持つと、姉は音もなくお金を取り出し、自動販売機に入れた。 と、ボタンの中央部に赤い光が四角く、一斉に灯る。 裕恵の身長では届かない。姉に再び抱えてもらう。 両手を伸ばして、二つのボタンに触れる。当たればいいな、そうしたら二本 とも飲めると思いながら押そうとしたら、道路に自動車が二台続けて通りかか った。エンジン音とヘッドライトにびっくりする。 ――あっ! 道路の方を振り返った拍子に、流れ星が姉の肩越しに見えた。 長く筋を引いて、でもあっという間に消えて見えなくなる。 どうかしたの? 姉が片手で耳を押さえながら、怪訝そうに尋ねた。裕恵はつぼみが開花する かのように、じんわりと笑みを広げていった。 流れ星! 裕恵の答に姉は身体ごと後ろへ向き直ったが、もう遅いとすぐさま悟って、 流れ星が見られてよかったわねとつぶやいた。 うん。でもお願い事ができなくてもったいないことした。 裕恵はそう答えてから、ふと思い当たった。唇を固く結んでから、早くボタ ンを押させてと姉を急かす。 ココアと紅茶のボタンを二ついっぺんに、急いで押した。 重たい金属製の物が落ちる音が、下方の取り出し口からした。それよりもほ んの少し早く、電子音が響く。ぴぴぴぴぴ……と赤くて小さな丸の光が、ルー レットの中を回り出す。 裕恵は抱えられたまま、じっと見つめた。動きの早い赤い光を追い掛けるの ではなく、「あたり」の一点を。 やがて光の移動が徐々に遅くなり、「あたり」の手前か「あたり」そのもの に止まったかのように見えた次の瞬間、ルーレットの光は全部消えてしまった。 当たり? 外れ? 外れじゃないよね? 叫ぶように裕恵。流れ星を見る直 前、当たればいいなと念じていたのだから叶えてもらえると信じているのだ。 ……ボタンのランプは全部点いたままだわ。 姉が言った。ランプは全て点いている。さっきと変わっていない。 当たり! 歓喜の声を上げ、早速手を伸ばそうとする。姉が、疲れたから持 ち直させてと、裕恵を一旦地面に降ろす。その間に裕恵は何が出て来たのかを 確かめようと、取り出し口に手を入れた。感触だけでは、暖かみが伝わってく るのみで、種類は当然分からない。取り出すとロイヤルミルクティだった。 お姉ちゃん、ココアを押して! 早くしなきゃ、切れちゃうかも! 裕恵の命に、姉は間を置かずに反応した。ココアのボタンを押す。ごかん、 という音がして、ココア(に違いあるまい)が出て来た。 と、ここで再度の電子音が鳴り響く。ルーレットがまた周り始めたのだった。 え? どうなってるの? 姉が不思議がってる。でも裕恵は、一本当たったのだから、その分のくじが 始まったのだと思った。それが当たり前の理屈だ。 当たれ、当たれ。 にこにこ顔の裕恵が唱える。もうすでにほしい物は手に入れたけれど、また 当たればいいなと思う。そうなれば凄く幸運で幸せな感じがするに違いない。 その内、ルーレットの光がゆっくりになって、消える。裕恵はルーレットか らボタンに目を移した。ボタンのランプは点いていた。低い位置から見上げて も、はっきり分かった。 やったぁ、また当たった! お姉ちゃん、次はね、うーん、もう一本ミルク ティを押してね! 裕恵が叫ぶ上では、姉が不思議そうに首を傾げている。それでもボタンを押 すと、間違いなく新たに一本、出て来た。取り出し口が詰まりかねない。裕恵 は頑張って二本の缶飲料を取り出した。 これで終わりじゃなかった。ルーレットが三度目の抽選を始めた。光が止ま って消えても、ボタンの方のランプは点いたまま。ボタンを押す(今度はココ ア)と、ちゃんと出て来た。 凄い凄い! 裕恵は興奮して幾度も飛び跳ね、手を叩いた。姉は相変わらず で、むしろ怪訝さを強めているようだ。 結果的に八本の缶飲料が出て来たあと、ボタンのランプもとうとう消えた。 終わっちゃった。だけど、こんなに当たった! えっと、一本だけ買ったん だから、七本も当たった! 七回も当たるなんて凄い幸運だよね! 両腕を使って三本を抱えた裕恵は、残り五本を姉に託し、先に歩き始めた。 おつりがあるから待って、一緒に行きましょという声が背中に届いたが、嬉し くて嬉しくて早く帰って飲みたい気持ちが強い。 と、そのとき、ああー……という何とも表しにくい、ため息のような声を姉 が上げた。裕恵はちょっと驚いて、振り返りながら立ち止まる。 お姉ちゃん、どうしたの? は、早く帰ろうよ! うん、何でもないわ。何でも。ふふふ、そっかあ、そういうことだったのね。 疲れた様子で笑う姉が裕恵には不思議だった。よく分からないけれど、ため 息を繰り返している。裕恵は、元気づけなければいけないと考えた。 お姉ちゃん、七回も当たりが出るなんて、奇跡だよね! ええ。とっても素敵な奇跡。 姉が楽しそうに答えた。裕恵もほっとし、改めて笑った。そして思った。 これもクリスマスの奇跡かなあ、ちょっと早いけれど、と。 ――おわり
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