AWC ●短編



#565/566 ●短編
★タイトル (AZA     )  25/06/05  17:31  ( 98)
書き出し指定の対処法   永山
★内容
※カクヨムにてお題「書き出し指定」に対応した作品です。


“〇〇には三分以内にやらなければならないことがあった”
「何それ?」
 ユキは思わず、口走った。

 休日のお昼過ぎ、ユキこと木川田雪奈《きがわだゆきな》はかねてからの約束通り、
高校の同級生(男子)の堂本《どうもと》宅を訪れた。
 このあと出掛けるという堂本の母との挨拶などを経て、彼の部屋に向かう。前まで来
ると、パソコンに向かって何か打ち込む姿が目に入った。また何か書き始めたなと、遠
目に画面を覗き込むとそこに示されていたのが、冒頭に記した“〇〇には三分以内にや
らなければならないことがあった”の一文だった。
 声を上げたユキに対し、堂本は振り向きはせず、ディスプレイの反射を通じて、じろ
っと見てくる。
「……木川田さん、ノックをしてくれと何度言えば」
「だってドア、開いていたから、つい」
 ユキは、開け放したままのドアを指差しながら抗弁した。
「開いていても、ノックで音を立ててくれって前にも言ったよね?」
 キャスター付きの椅子ごと身体の向きを換え、堂本|浩一《こういち》は上目遣いに
見据えてくる。けれども、ユキは意に介さない。
「ごめんごめん、忘れてた。ていうかおばさんに言われて呼びに来たんだけど、何か集
中してるみたいだったから。こっそり入って、驚かすつもりだったんだよっ。けれど
も、ふと目に入った画面に、変な文が書かれていたから気になって」
「変な文? これのどこが変?」
 画面の方を指差しつつ、ちょっと怪訝そうに眉根を寄せる堂本。
「〇〇って、普通じゃないでしょ? それとも、いつものように小説書いてるんじゃな
かったの? 穴埋めのクイズを考えていた、とか」
「いや、小説だよ」
 合点が行ったせいか、堂本の頬が緩む。
「とある小説投稿サイトで催されている企画だ。こういうお題で書いてっていう」
「オダイって『お代は見てのお帰り』の?」
「違う。『課題』の題と同じで、テーマみたいなものだよ。っていうか、『お代は見て
のお帰り』なんていう言い回し、よく知ってるなぁ」
「時代劇で見たんだよん。で、お題っていうのは落語の三題噺みたいなニュアンスでい
いのね」
「三つじゃないこともあるけどね。実際、今回はこれ一つ」
「これがテーマと言われても……どういう風に解釈すればいいの?」
 分かり易く小首を傾げるユキ。一拍遅れて、堂本も首を捻った。
「解釈って。あ、テーマという言い方がよくなかったかな。今回は、書き出し指定とい
うやつ。つまり、この文で小説を始めろってわけさ」
「ふうん。〇〇は〇〇のまんまで?」
「いやいや、それはない。〇〇の箇所には、自由に言葉を入れていいんだ」
 顔の前で手を振る堂本に、ユキは重ねて質問。
「なーんだ。じゃ、字数は? 二文字に決められている?」
「それもない。何文字でもかまわないはず。普通に考えれば人名だよな。まあ、ピカソ
のフルネームみたいに長くして、意味なし、字数稼ぎなんていうのはひんしゅくを買う
んだろうけど」
「なるほどー。それで、堂本君はまだアイディアが湧いてないのかな?」
「どうしてそう思ったのさ」
 堂本は気を悪くした風でもなく、首を少し前に出し、興味深げに聞き返す。
「だって、思い付いていたら、〇〇の部分を埋めた形で書き出すでしょうが」
「ふふん。普通はそう思うのが当たり前。勘違いしてもやむを得ない」
 にやりとする彼に、ユキはちょっと反発を覚えた。
「何よ、本当はアイディアは浮かんでいるって?」
「ああ。面白いかどうかは棚上げにして、一応の案はある」
「おっかしいなあ。アイディアがあるのなら、どうして〇〇が空白のまんまなのかな
?」
 率直に疑問を呈すると、「これでいいんだ。むしろ、こうじゃなきゃいけない」と予
想外の返答があった。ユキは頭を抱えるポーズをした。
「うーん、分からん。学年トップの秀才の考えることには追いつけない〜」
「はは、そんな大層なアイディアじゃないって。要するに、今みたいなシチュエーショ
ンを物語にすればいいってだけだよ」
 快活に笑う堂本。その説明で、どうにかぴんと来た。
「うん? それってつまり……お題を出されて書こうとしている状況をそのまま小説に
するって意味?」
「正解」
「むー。いい考えだとは思うけど、それってずるくない?」
「ずるい、かな」
 どこがずるいとは返さず、ずるいかなと言う辺り、堂本本人も自覚はあるのかもしれ
ない。
「ええ。だってオールマイティじゃないの。どんな文の書き出し指定だとしても、当て
はめられる」
「ばれたか」
 舌先をちょっぴり出して、堂本は照れたような気まずそうな笑みをなした。
「他にアイディアが浮かぶまで、とりあえず形にしておきたくてさ。実を言うと、昔か
らこの手は使っている。出オチ感があるのが難だけど、それなりにうまく書けるんだ
よ」
「キャリア、長いんだからそんなことだろうと思ったよ、まったく」
 ユキは呆れたとばかり、肩をすくめてみせた。少しやり込められた形の堂本は、やり
返す糸口を探していたようで、ふと思い出したように聞いた。
「そういえば木川田さん。何でここに来たの?」
「何でって、約束してたでしょうが。ネタ作りに協力するって」
 これまた分かり易くぷんすかして見せたユキ。もちろん冗談交じりにだ。
 ところが堂本は、真顔で首を左右に振った。
「違う、それじゃなくって。母さんに言われて、呼びに来たって言ってなかったか? 
でも変なんだよな。母さんはもう出掛けていなくちゃならない時間のはず」
「あ」
 思い出したユキは、途端に冷や汗を感じた。
 何故なら、呼んできてくれるように頼まれたのは、堂本の遅めの昼食の準備ができた
からだと知っていたから。より詳しく述べると、堂本の母はカップラーメンにお湯を注
いで、三分間を計り始めたところだった。
「木川田さん?」
 ユキの反応に、堂本が訝り声で名前を呼んだ。
 次の刹那、ユキは両手を拝み合わせ、深々と頭を垂れた。
「――ごめんっ、三分以内にやるべきことがあったのはあたしの方でした……」

 おしまい




#566/566 ●短編
★タイトル (AZA     )  25/07/01  19:40  ( 77)
映像収集のお仕事   永山
★内容
 家から出て来たのは髪を引っ詰めにした、多分主婦だ。私は営業スマイルで話し始め
る。
「突然お邪魔してすみません。私、“デジタルメモリレコード”の梶原信樹《かじわら
のぶき》と言います。今日はご自宅にあるテレビ放送の映像を買い取らせていただけな
いかと参った次第です」
「デジタルメモ……?」
 会社名を途中まで呟き、きょとんとする主婦。
「デジタルメモリレコード。ありとあらゆる映像をデジタル化して、後世に残すとの目
的で活動する、個人の非営利組織です。テレビ局にも残っていない映像、または残って
いても門外不出の映像を発掘すべく、回っています。ご自宅にビデオテープ、ございま
すか」
「それなら結構あるわ」
「一九九〇年までのテレビ番組を録画した映像を、一時間百円を基本に買い取ります。
ここで言う一時間とは可能な限り良質な画像で換算した数値、たとえばVHSなら標準
録画での時間になります。三倍録画で三百六十分なら、標準録画に直すと百二十分にな
りますので二時間、つまり二百円です」
「中身はチェックするのかしら」
「確認した上で値付けし買い取ることは著作権法に触れる可能性が高いですので、あく
まで中古テープを再利用目的という形に」
「そうは言ってもレーベルが貼ってある物は内容がだいたい分かるわ」
「今のは建前でして、ざっとですが中身を確認させていただくこともございます。その
場合、『お客様は内容を消去したつもりだったが実際には消せていなかった』としてお
ります。現実問題、すべての映像を買い取るのは無理です。映画やドラマ、アニメなど
物語の番組はNG。ニュースやワイドショー、スポーツ中継などは無条件で買い取りま
す。年によっては多少割増できるかと」
「悪くない話だけど、実はうちにはもうビデオデッキがないのよね」
「心配無用、車に積んできています」
 私は少し離れた路地に止めた大型バンへ視線を振ってみせた。
「VHS、βは無論、オープンリールや8ミリビデオその他希少な規格の機種をすべて
取り揃えており、確認のための再生も車内で行えます」
「じゃあ、お願いしようかしら」
「ありがとうございます」
 私は最上級の笑顔でお辞儀した。

             *           *

「木村《きむら》さん、ただいま戻りました」
 雇い主である木村|浩一《こういち》氏の豪邸に入り、彼の書斎の前に立つとドア越
しに声を掛けた。
「ああ。いつものように関連ありそうな物を選り分けておいてくれるか」
「もちろん。今日のお宅は息子さんが思春期だった頃にため込んだテープがどっさり」
「それは期待できるな。あっ」
 不意に声の調子が変わった。しばらく待ったが会話は打ち切られたまま、再開の気配
がない。これはもしや。
「ついに見付かりました?」
「分からん。とにかく入って来たまえ」
 ノブをそっと回しドアを押し開けた。中は薄明かりが灯され、窓にはカーテン。この
方が映像がより鮮明に見えるらしい。
 木村氏は机に覆い被さらんばかりに前のめりになっていた。真横まで来ると、モニ
ターを食い入るように見つめているのが分かる。
「記憶に間違いはなかった」
 ぽつりと言った木村氏。満足げな口調だ。画面は、深夜お色気番組の素人参加コー
ナー。
 最初にこの件を依頼されたとき、ご老人の思い出のアダルトビデオでも探すのかと思
った。関西ローカルの深夜お色気番組映像をかき集めてくれというのだから。
 だが、詳しく聞けばまるで違った。木村氏は一人息子を亡くしている。関西弁を使う
水商売風の女と付き合い、大金をだまし取られたのを親にも言えず、気に病んで自殺を
図った。一時は命を取り留めるも回復に至らず、およそ半年後に帰らぬ人となったそう
だ。放任主義だった木村氏は息子からその女を正式に紹介されたことはなく、二度ほど
見掛けた程度だったが顔は覚えていた。また、息子が遺書めいた走り書きに、「彼女が
あんな深夜のアダルト番組に出るような女と分かっていればもっと警戒したものを」と
遺していた。
 息子の死から時が経つに連れてかえって恨み辛みがうずたかく積もっていった木村氏
は、女がどこの誰なのかを突き止めると決意し、深夜お色気番組の映像を徹底的に集め
始めたのだ。
 木村氏ぐらいお金と地位があればテレビ局に問い合わせて何らかの有益な返答はもら
えそうだが、そうしないのは恐らく私的な復讐を果たすつもりだからだと思う。私は素
知らぬふりで頼まれた仕事をこなすだけだ。
「おお、名前が出たぞ。昭和は個人情報の管理意識が緩かったのは分かっていたが、こ
こまでとはな。ありがたいことだ」
 一時停止ボタンを押した木村氏は、画面の文字を書き取りながら私に言った。
「梶原さん、ビデオテープ集めの仕事はもうおしまいだ。だが、次の仕事を頼まれても
らいたい」
 女の現在の居場所を突き止めてくれと言うのだろう。どこまで深入りしていいのや
ら、私は判断を迫られていた。

 終




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