#555/566 ●短編
★タイトル (AZA ) 24/09/06 19:58 (198)
ダイイングメッセージはササくレ 永山
★内容
夕日が射し込む教室の窓際の席に、女子高校生探偵マリと女子高校生ワトソン役ミキ
が前後して座っていた。
「――ふうん、ミキちゃんて、冬場でも冷たい水でお手伝いしているのね。ところでパ
ンダの妖怪って知っているかしら?」
「何その藪から棒の話題転換。パンダの妖怪なんて聞いたことないなあ。どんなの?」
「今、ミキちゃんの指先の辺りにできているものだよ、ワトソン君」
「ミキちゃんかワトソン君かどっちかにしてくれ。で、私の指? 何のこっちゃ」
「パンダ妖怪・笹くれ〜、なんていうのはどう?」
「つ、つまらん」
「奥さんは走って逃げた。妻RUN」
「しょーもないって言ってるとこへ、重ねてくるかい?」
「ショー・モアイは、イースター島で開催するショー……ちょっと苦しいかしら」
「だいぶ苦しい」
「ダイブと言えば――」
てな具合に、放課後の教室に二人残って、取るに足らない話を長々と続けているとこ
ろへ、唐突に依頼人が飛び込んで来た。
「あ、まだいた。よかった」
「田端《たばた》さん、どうかしたの? だいぶ前に帰ったはずでは」
お下げ髪の同級生にミキが話し掛けるも、すぐには返事がない。乱れた呼吸が整うの
を待つ。
「依頼、したいことができて。飛んで、引き返して来た、の」
「そんなに慌てて戻って来るからには、よほどの大事件みたいね。殺人とか」
マリとミキは依頼受け付け専用の携帯端末を持っている。だから、犯罪と呼べないよ
うな案件は、そちらで受け付け、さらにふるいに掛けている。要は選り好みをするの
だ。
「まさか殺人だなんて」
ミキがマリの言葉を打ち消そうとするのへ、田端は首を左右に大きく振った。
「そのまさか。私の叔父さんが殺人の容疑を掛けられて、警察に話を聞かれてるって、
今日家に帰ったらお母さんから教えてもらって。お母さんはお父さんから電話で聞いた
って。ほら、私のお父さん、記者してるから。叔父さん凄く優しくていい人だから、信
じられなくて」
「ちょっとストップ。私の直感が当たってしまったのがよくなかったようね。順序立て
て話しましょうか」
「え、ええ」
そうして田端が語った事件の概要は次の通り。
叔父は二十六歳、名は佐々木呉之介《ささきくれのすけ》と言う。名付け親がある男
優の大ファンであり、まったく同じは畏れ多いからと、こんな微妙な名前にされたらし
い。大学を出たあとは会社勤めだが、現在軽めの鬱症状が出て、休職中だった。
亡くなったのは、土井垣珠恵《どいがきたまえ》という大学院生で、呉之介の元恋
人。市の屋内運動施設の廊下で倒れているのを他の利用者が見付け、救急車で運ばれた
が死亡が確認されたという。
捜査の詳細までは、さすがに田端家に伝わっていなかったが、呉之介が重要参考人扱
いで連れて行かれたのは、現場である廊下にあった血文字、いわゆるダイイングメッ
セージが理由だった。
「実物がどんなのか、写真なんかはないけれども、こういう具合だって」
田端が出したメモ書きを、マリとミキで見入る。そこには、
ササ
くレ
という風な字が記してあった。レの字だけは他に比べるとかすれており、平仮名の
「ん」や漢字の「人」にも見えなくはない。
マリは右手人差し指を立て、「先に確認しておきたい点が一つ」と質問を始めた。
「このメッセージは、間違いなく土井垣さんが遺したと言えるのかしら。犯人やその他
第三者が書いたり改竄したりした恐れがあるのなら、それを考慮に入れなくては」
「だね。普通、被害者が書いたかどうかなんて、誰にも言い切れないもんだし」
ミキが期待しない口ぶりで言い添えた。けれども、田端からの返答は違った。
「土井垣という人が書いたもので決まりみたい。というのも、廊下には防犯カメラがあ
って、ちょうど書くところが映っていたと聞いたわ」
「え、待って待って。防犯カメラがあったのなら、犯行の模様や犯人自体も映っていた
んじゃあ……」
「ううん。廊下のすべてをカメラはカバーしていなくて、一部だけなの。レンズの向い
た範囲に、土井垣という人がふらふらと歩いて入って来て、ぱたりと倒れて、それから
血文字を書いて動かなくなった、という状況」
「ふうん、分かりました。では血文字の検討に移ります。ささくれと読めるけれども、
これが根拠なの? 田端さんの叔父さん、あだ名で“ささくれ”とでも呼ばれていたの
かしら」
「ううん、そんなことはなかったはず。私が知っている限りじゃ、全然」
「でもあまり嬉しいニックネームではなさそうだから、身内には隠していたのかも」
ミキが穿った見方を示すと、田端は「そんな」と反応したものの、完全には否定しき
れない様子を見せた。
「動機はあるのかしら」
マリが切り替えて聞く。
「元恋人の関係にあるからって、何でもかんでも殺意が芽生えるものではないでしょ
う?」
「うん、そうなんだけど」
二人の別れは呉之介の大学卒業を機としたもので、特に後を引くものではなかったと
周囲は見ていた。けれども、ある理由から警察は佐々木呉之介に動機ありと踏んだ。
「土井垣って人、簡単な日記を手書きで付けていたらしいのよ。研究や勉強とは無関係
の、日々の雑記みたいな内容で、そこに何度も出て来るのが『ササくん』って書かれて
いる、多分男性がいて。痴話喧嘩っぽいことを愚痴っていたとかどうとか」
「そのササ氏が田端さんの叔父さんだという確たる根拠はあるのかしら」
「さあ、そこまでは。でも確たる根拠と呼べるレベルじゃないと思う。日記から、土井
垣って人はササ氏と割と頻繁に会っていると読めるのに対し、叔父さんは別れて以来、
ほとんど会ったことないはずよ」
「ならば、そもそも別人である可能性が高そうだけれど、警察はそう取ってはくれなか
った……」
「みたい。被害者の知り合いに、他に“ささ”と関連付けられるような人がいなかった
らしくて、やむを得ないと思われている」
「関係者、他に動機のあるそうな人物って分かります?」
探偵に問われた田端は、ほとんど間を置くことなく強くかぶりを振った。
「無理。だからこそと言ったら変だけど、あなたに依頼しに来たのよ。知り合いに刑事
さんがいるんでしょ?」
「まあ、いるにはいますが、土井垣さんが殺された事件の捜査に関わっているかどうか
分かりませんし、仮に関わっていたらいたで、簡単には教えてもらえません」
「そんなあ」
「いえ、もちろん努力はします。この依頼、受けます」
分かりづらい小さな笑みを浮かべたマリは、手のひらを胸の真ん中に当てて請け合っ
た。
「――で、いた?」
翌々日、学校の裏庭の片隅にて、女子高校生探偵マリと女子子高校生ワトソン役ミキ
は二人でひそひそ話をしていた。
「ええ、幸いにもいました。小川《おがわ》刑事が関わっていて、素直に教えてくださ
いましたよ」
にっこりと笑って、小首を傾けるマリ。ミキは知っている、この笑みが悪魔の微笑
と、一部で言われていることを。何せマリは、複数の刑事の弱味を掴んでおり、それを
ネタにして、捜査の情報を少々漏らしてもらっているのだ。解決できた場合、手柄はそ
の刑事に譲るし、見返りは求めていない。あくまでもマリの探偵活動欲求を満たすため
に行っている。
「土井垣さんが残した日記の一部と、関係者のリストをコピーしてもらったわ。その中
で土井垣さん殺害の動機がありそうな人の情報についてもね。とりあえず全員を対象
に、ササ氏及び“ささくれ”に当てはまりそうな人をピックアップしてみたの」
「あら? ダイイングメッセージは“ササくレ”じゃなく、“ササくん”と読むんだと
考えたんじゃあないの? マリってば、日記にあったササ氏探しに焦点を絞ったみたい
な口ぶりだったから、てっきり……」
「もちろんそうよ。けれども、可能性がある内には、“ささくれ”と読む場合も除外し
ない。もっと言えば、田端さんの伯父さんがそのまま犯人だったとしても、不思議じゃ
ない。呉之介さんて休職していて独り暮らしだから、アリバイがないのよね」
「なんともはや……。ま、いいけど。該当者はどれくらいになりましたかね、名探偵さ
ん?」
「関係者について与えられた情報は、名前の他には職業、性別、年齢、大まかな所在
地。これらの項目を見て、被害者からササと呼ばれるか、“ささくれ”と認識される要
素があれば、該当者として見なすことにして、半日ほど費やした結果、呉之介さんを除
くと三人に。いずれも結局は名前に絡んでの理由付けでね」
「三人とは凄い。って元が何人いたのか知らないけど。んで、何て人がリストに残った
の」
「十川《とがわ》、酒向《さこう》、草薙《くさなぎ》の三名よ」
生徒手帳の一頁に、名前をすらすらと書き付けるマリ。ミキは「えーと、詳しい解説
を求む」と戸惑いの色を見せた。
「十川は被害者が意識朦朧として、十の字を四回も書いてしまったと想定してみたの」
「……ああ、十十十十でササ!」
「川という字も、虫の息で書けば曲がったりつながったりし、“くレ”という形になっ
てしまうかも」
「うーん、なかなかユニークだけれど、可能性は低そう」
「私自身、そう感じていたので、何か打ち消す材料はないかしらと、日記をこまめに読
んでみたわ。するとソガワという人物がよく出て来ることに気付いた。どうやら土井垣
さんは、十川をソガワと記すようにしていたみたいなのよね」
「何でよ。片仮名にするのはいいけど、普通にトガワでいいじゃないの」
「同じ疑問を持ったから、理由を想像しながらまた読んでみたわ。すると、トガクとい
う表記が前の方にいくつかあった。彼女の知り合いに富岳《とがく》先生がいたわ」
「えっと、つまり、トガワと書くとトガクと見誤るかもしれないから、わざとソガワっ
て書いていたってこと?」
「だと思う。確証はないけれども、この土井垣という人は、よくそういう置き換えをし
ているのよ。とにかく、この十川という人物は犯人じゃなさそうだと判断した。日記に
あるササ氏とは明らかに別人だし、ダイイングメッセージに当てはめるのにも無理が大
きい。加えて、これはまだやってもらっていないのだけれども、防犯カメラの映像を仔
細に調べれば、きっと書き順の違いが分かると思うの。十十十十とササではね。警察が
ササで通そうとしているからには、ササの書き順なんでしょう」
「なるほどね。次の酒向は何で?」
「指にできるささくれを、別名何というか知っている?」
「はい? ええっと、さかむけ、だっけ?」
「その通り。もしも土井垣さんが酒向という知り合いを、“さかむけ”と認識していた
としたら、ダイイングメッセージには“ささくれ”と残す可能性がわずかながらある、
でしょ?」
「そ、そうかな。少なくとも知り合いの人名を、どう発音するか知らずにいるなんて、
なかなかなさそうな状況だと思うよ」
「面白いことに、土井垣さんはこの酒向とはメールでのやり取りしかして折らず、実際
に会ったことはもちろん、電話で話したことすらないそうよ」
「へー。でも、だからってねえ」
「そこで調べてもらおうとしたの。酒向という人のネット関連のIDが、名前の読みを
示唆しているかどうか。たとえば@sako みたいな。返事は早かったわ。その人物は海外
在住でアリバイ成立しているから無視してよい、って」
「な、何それ。完璧なアリバイのある人は外したリストをくれればいいのに」
「ほんと。まあ、三人目が最も怪しいと睨んでいたから、問題はなかったわ」
「そうだわ、草薙はどうして該当者になったのよ」
「難しい漢字かつ、二文字ともくさかんむりだから」
「え」
「土井垣さんから見て大学の後輩で、顔見知りになったのは、日記にササ氏が登場する
少し前で辻褄が合う。草薙をいちいち漢字で書くのを面倒に思ったとしたら、どうする
か。くさなぎ・クサナギと仮名にするのもありでしょうけど、それ以上に簡単なのはく
さかんむり二つを並べてササと書いちゃうことじゃない? 他にササと間違えるような
知り合いがいないのであれば、充分に合理的でしょう」
「ふむ。マリがそういうからには、他にササと間違えてしまいそうな人はいなかったん
だろうね。あ、でも、田端さんの叔父さんは? 佐々木呉之介なんだから」
「日記では一貫してゴノと綴っていたみたいよ」
「ゴノ? そっか、呉《くれ》を読み替えたわけだ」
「多分ね。警察ったら、このことを把握しておきながら、ササを佐々木呉之介さんと結
び付けようとしていたのね。大方、一旦別れたのだから呼び方を変えたんだろうとでも
解釈していたんでしょ。
それで、ミキちゃん。いつものようにあなたの意見を聞きたいのだけれど」
「うん、いいんじゃないの。該当者の絞り込みが適切に行われたというのが条件だけれ
ども、マリならその辺りの遺漏はないだろうから」
「よかった。残る心配は、リストそのものに漏れがあった場合ね。施設の職員の名前が
一人もリストにないのが気懸かりで、念のために調べたんだけど」
「そこまでやる?」
「だって、気になるでしょう。実際、佐々勝夫《さっさかつお》という中年の男性職員
がいて、焦ったのよ。幸いと言ってはなんだけれども、事件発生当時は、足首を骨折し
て車椅子生活だったから、犯行は無理と結論づけられたわ」
「はあ。とにもかくにも、マリの徹底ぶりがよく分かるわ」
その後、マリは小川刑事から事件解決に多大なる貢献をしたお礼だとして、二つの品
物を受け取った。
「危うく誤認逮捕するところだったのを忘れず、教訓とするため、レシートは僕が大切
に保管しておく」
小川刑事がそう言って置いて行ったのは、笹かまとクレヨンだった。
おしまい
#556/566 ●短編
★タイトル (AZA ) 24/10/01 19:20 (226)
今なら言える恋 永山
★内容
「誰これ?」
借りようとしていた本の間にその写真を見付けて、私がまず感じたのは、「なんて愛
らしくてきれいな人!」だった。屋外で白い丸テーブルを前に腰掛けていて、後ろから
声を掛けられんだろう。上半身ごと振り向いたところを、見事に捉えている。ちょっぴ
り驚きを残しつつ、楽しそうな笑顔。何でも言うことを聞いてくれそうな優しげな眼差
しも印象的だ。
「ああ、それ、どこにあったの」
私のおばあちゃんが言った。昔の本をいっぱい所蔵していて、中には絶版本や、電子
書籍化されていない物もたくさんあるから、本好きの私は折を見てこうして借りに来
る。今日は友達も誘ったんだけど、都合で少し遅れてくることになっている。だから、
プライベートそうな話を聞くなら、今の内。
「本棚に。というか本と本の間にあったよ。えーっと、二冊とも誘拐物のミステリみた
い」
私の答を聞いて、おばあちゃんは「そう。じゃあ、あのときかしら」とある程度得心
がいった様子。今度は私の質問に答えてもらう番よね。
「それで、写っているのは誰? 古い写真みたいだけど」
「目の前にいますよ」
「うん? え、まさか」
「まさかじゃないの。そこに写っているのは私」
自身を指さしてそう答えたおばあちゃんの顔は、確かに写真の人と重なって見えた。
それでも、えー!と叫ばずにはいられなかった。
「おばあちゃん、こんなに美人だったの?」
「美人かどうかはともかく、こういうなりをしていましたよ、昔は」
私から写真を受け取ったおばあちゃんは、目を細めながら写っている人を指先でとん
とんと叩いた。
「昔って、何年前」
「さあ、五十年か六十年ぐらい前になるのかしら」
幅がありすぎ。十年の差は大きいよ、この写真の若い頃なら特に。
「二十代後半てことはないと思うよ、おばあちゃん。化粧っ気が全然ない訳じゃないけ
どあんまり感じられないし、せいぜい二十歳ぐらいに見えるわ」
「だったらそれくらいなんでしょうね。……あ、思い出してきたわ」
今度は目を見開き気味にしたおばあちゃん。朧気な記憶ではなく、しっかり思い出し
た風に見えた。
「このテーブルや背景の感じは、|真名塚《まなづか》さんの別荘ね」
別荘? 別荘を持っている知り合いがおばあちゃんにいたなんて、聞いたことがな
い。真名塚さんて誰?
「知らない? そうかぁ、時代の移り変わりを嫌でも痛感させられるわね」
ため息交じりにおばあちゃん。やや寂しそうに頬を緩めたけれども、じきに気を取り
直したようだった。
「真名塚|朝美《あさみ》さんといえば、昔は知らない人がいなかったくらい有名な方
よ」
「勿体ぶらずに教えてよ」
「はいはい。女優さんよ」
「女優」
思い掛けない単語がおばあちゃんの口から出て来て、またびっくり。女優さん、しか
も有名な女優の知り合いがいたなんて、初耳もいいところ。
「な、何でおばあちゃんが、そんな大女優さんの別荘に招かれているわけ?」
「それは――あなたがいみじくも言ったように、私の見た目を認めてくれた人がいて
ね。その頃、私は芸能人をしていたのよ」
「――」
もう声にならない、高い悲鳴のような反応をしてしまった。驚きの三連発に、次の質
問がすぐには出て来ない。
「|津優千秋《つゆちあき》という芸名でね。ほんの一瞬、売れっ子だった記憶がある
わ」
いつの間にか紙とペンを用意していたおばあちゃんは、芸名がどんな字なのか実際に
書いて教えてくれた。本名にかすりもしていないけど、由来は何なんだろう? でも雰
囲気があって、いい名前だわって感じた。
「売れっ子ってどのくらいのレベルだったの? テレビ出た?」
「ええ。ドラマやコマーシャルでいくつか出ていたわ。映画にも出させてもらった」
「凄い」
「もちろん、脇役での話よ。主演が真名塚さん。私に目を掛けてくれていたみたいで、
何度か指名されて、脇役に」
「そんな力があるっていうことは、だいぶ年上の人なんだ?」
「そうね。とてもお若く見えたけれども、当時、私の親くらいの年齢だったはず」
「じゃあ、いまはご存命では……」
「お亡くなりになっているわ。この写真のときから十二年後でした。まだまだお若いの
に、癌でね」
おばあちゃんは数える素振りなしに答えた。少し空気が湿っぽくなった。そう感じた
私は、殊更に明るい口調で、雰囲気を変えるべく次の質問をした。
「そもそもおばあちゃんが芸能界に入ったのは、何がきっかけなの? オーディション
を受けたか、スカウトされたか、それともいきなり真名塚さんから声を掛けられたとか
……」
「最後のはさすがにないわね。答はオーディション。当時はオーディション番組が流行
っていて、私の知らない内にクラスの友達が出していて。興味がない訳じゃなかった
し、本選のゲストに大好きなタレントさんが予定されていたので、やってみる気になっ
た。それで運よく勝ち残って、レコード会社に拾われたわ。その会社が、真名塚さんが
歌手活動をされるときレコードを出していたところで、その縁でご挨拶する機会があっ
て。オーディションのときの私の即興演劇を見ていてくれていたそうで、俳優の方が向
いているんじゃないかって引っ張られたの」
「へぇえ。何だか凄い、シンデレラストーリーみたい」
「芸能活動をしているときは自分の知らないところで勝手に進んでいく物事と、自分が
やらなきゃどうしようもないところが両極端で、思い返せば、楽なのと大変なのを一度
に味わった気がする。でもやっぱり、大変なことの方が多かったかしら。だから、こん
な風に休みのときに別荘に招かれていくのは、とてもいい息抜きになったし、とても楽
しかった。この頃の感覚だと、十七、八歳もまだまだ子供で、初めの内は親が着いて来
たのよ。しばらくしてマネージャーさんだけになったけれども、あれは恥ずかしかった
わ」
「ふうん。それで、この写真だけ分けてあったのは何で?」
「それはね、好きな男性が撮ってくれた写真だから、仕事場に向かうときは肌身離さず
持ち歩いていたのよ。お守り代わりね」
懐かしげに話すおばあちゃん。その口ぶりがすーっと流れるようだったので、私もス
ルーし掛けたけれども、ふと気になった。
「男の人? てっきり、その真名塚さんが撮ったものだとばかり」
「違うわ。真名塚さんはカメラに触ったことすらなかったかも。撮ってくれたのは、真
名塚さんのお子さん。この方もタレントで|仲前昭一《なかまえあきかず》さんといっ
て、次男に当たる人よ」
おばあちゃんの恋バナが聞けるかも。っていうか聞きたい。私は好奇心丸出しで、
「それで?」と続きを急かした。
「それでといわれてもね」
「いやいや、好きな人と別荘にいるんでしょ。何かあるでしょ。せめて一緒に散歩する
とか。あ、その前に、年の差はどのくらい? あと、その人も売れっ子?」
「年齢は私の一つ上。歌手活動が主で、真名塚さんのお子さんだということを隠しては
いなかったけれども、大っぴらには言っていなかった。それでも人気はあったわよ。あ
なた世代でも知っている曲が、一つぐらいあるんじゃないかしら」
そう前置きしてから、おばあちゃんはいくつかの曲のサビを口ずさんでくれた。さす
がに知らない曲が多かったけれども、確実に聞き覚えのある曲が一つあった。
「じゃあ、ライバルが多そうだね」
「それがね、そうでもなかったみたいなの」
微妙な言い回しに聞こえた。
「私が彼に惹かれたのは、別荘で過ごす際にとても親切にしてもらい、気遣ってくれた
のがきっかけだけれども、その時点ですでに相手の方も私に対して、好意を抱いてくれ
ていたみたい」
「へえ。ていうことは、親の目を盗んで?」
「私の方は違いますよ。彼と親しい仲になった頃にはもう、親は着いて来ていなかった
のだから。それにね、親しくすると言っても今の基準だと全然大したことじゃないんじ
ゃないかしら。さっき言ったように散歩とか、一緒の席でお茶を飲むとか、夜、星空を
見上げるといった程度。芸能人同士という意識からセーブしていたのかもしれないけれ
ども、そんなの関係なく、それだけで充分楽しかった」
「そっか、芸能人同士……じゃあ、芸能週刊誌の記者に追い回された?」
「そうなる前に、真名塚さんがね」
「ああ」
別荘の主でもあるもう片方の親の目を盗むのは、難しかったに違いない。
「たいした触れ合いでなくても気にされて、それとなく別れるように言われたわ。だけ
どその頃の私達は若いせいもあって、簡単には折れなくってね。彼から見て母親に、私
から見て大恩人に対して、結構反発したものよ」
目の当たりにしているおばあちゃんからは、とても想像できない。
「冷戦状態がずっと続いたわ。同じ時期に、私は真名塚さん主演の映画にまた出演させ
てもらっていて、撮影現場で顔を合わせる機会がいっぱいあったのだけれど、仕事場で
は息子さんとのことを一切出さず、それどころか私に対しても過去の仕事と同じように
接してくれた。もっと言うなら、真名塚さんほどの地位であれば、撮影途中であろうと
私ごとき小娘を降板させるくらい難なくできたはずなのに、そうもしなかった。そんな
ことがあって私、ますます真名塚さんに敬意を抱くようになって、仕事に真摯に打ち込
めたと思うの。だからといって、息子さんとの話がいい方向に転がった訳じゃなく―
―」
おばあちゃんは少しためを作った。思い出すのが辛いのかもしれない。
「――結局、昭一さんの方がしびれを切らし、お家を出たの」
「えっ。同棲生活に突入?」
私が先走るのへ、おばあちゃんは首を横に振る。
「ううん。私には家を出る正当な理由も、無理をする勇気もなかったから。ただ、彼が
意地を張ったことで、真名塚さんも少し折れてくださって、それでも二年は経っていた
かしら。昭一さんが成人した頃合いに、基本的には仲を認めてくださったの」
あれ? おかしいな。このままおばあちゃんと仲前さんとが結ばれたら、現実とは違
うことになるんじゃあ……。
「認めたと言っても、条件があったわ。『芸能人として今は大切な時期だから、十年間
は大人しくしていなさい。交際はかまいませんが絶対に表に出ないようにすること。も
し仮に露見したらその時点で、この話はなかったことにしましょう。十年後、二人が現
在の気持ちと変わらず付き合っていることを、私の前で見せてくれれば、そのとき初め
て、正式に認めることにしたい。これでどう?』という具合だったわね。昭一さんも私
も迷ったけれども、他の家族のことも考えて受け入れたの」
でも何らかの理由で、昭一さんとは結ばれなかったのよね。何だろう? 聞いた限り
では昭一さん、若さ故の向こう見ずな面はあるとしても、誠実な人柄で、周りの状況も
見えている人って印象だけど。昭一さんかおばあちゃんのどちらかに、他に好きな人が
できたとは考えにくいし、考えたくもない。うーん、だけど、現実にはおばあちゃんは
……。
思わず頭を両手で押さえて唸った。そのとき、あることを思い出した。
「待って、おばあちゃん。真名塚さんが亡くなったのって、この写真の頃の十二年後っ
て言った?」
「ええ。気が付いたみたいね」
おばあちゃんは一層寂しげに微笑んだ。
「真名塚さんと約束をしたのは、写真の二年後。それから十年が経つ直前に、真名塚さ
んは逝ってしまわれた」
そうか。つまり、昭一さんとおばあちゃんは、真名塚さんとの約束を果たそうにも果
たせなくなった。誰の責任でもない、どうしようもないことだけど、それでも約束を尊
重したんだわ。守れなかったから、十年後の自分達の仲を真名塚さんに見せられなかっ
たから、結婚をあきらめた……。現代の感覚では、いやきっと当時の感覚でも理不尽
さ、割り切れなさはあったと思う。なのに約束を重視したのは、大女優であり母であり
恩人である真名塚さんへの敬意故なんだろう。
「昭一さんて、いい人だったんでしょう? 惜しいと考えなかったの、おばあちゃん」
「そりゃあね。思いましたよ。だけど口に出して言えるもんですか」
「昭一さんの写真はないのかな。芸能人なら、ネット検索で見付かるかもだけど、現物
の写真があるのなら、手に取って見てみたいわ」
私の希望に、おばあちゃんは何故か目をぱちくりさせ、きょとんとした。明らかに戸
惑っている。そして数秒後、何かを把握したみたいに得心顔になって、笑った。微笑み
レベルではない、大笑いだ。
「お、おばあちゃん? 私、変なこと言ったかな?」
「いいえ。変じゃないわ、仕方がないことよね。まだ全部話していないんだし、勘違い
させるような言い方になっていたかもしれない」
おばあちゃんは笑いが収まるのを待ってそう言うと、壁の一方向を指差した。私から
見て右斜め上の辺りだ。
「仲前昭一さんの顔写真なら、あなた、幾度となく見ているんですよ。あの人がそうな
のだから」
おばあちゃんが指差していたのは、数年前に亡くなった祖父の写真だった。太めの眉
毛が印象に強い、きりっとした男前。若い頃はさぞかしもてたに違いないと想像させる
だけのものがある。
「……え?」
「私が結婚したおじいさんは、仲前昭一さんその人よ」
「嘘でしょ? 芸能人じゃなかったよ、おじいちゃん」
「もちろんあなたが物心着いた頃には、とうに引退していましたからね。私よりは長く
やっていましたけど」
「え、えっと、でも、真名塚さんとの約束は?」
「一周忌で親族の方々が集まった折に、弁護士の先生が真名塚さんから生前託されてい
たお手紙を開封したの。手紙には色々書かれていて、その中に昭一さんと私との仲を認
めるとはっきり明言なさっていたのよ」
「な、なーんだ、びっくりしちゃった」
亡くなってからの手紙に導かれて、自ら課していたしこりが溶けたってことね。それ
にしてもそれならそうと、もっと早く言って欲しかった。芸能人の知り合いがいただろ
うから、その伝で、今の芸能人にもつながるかもしれないじゃないの。
「でもおばあちゃん。おじいちゃんが撮ってくれたのなら、ますます大切な思い出の写
真よね。何でこんな、言っちゃあ何だけど、埃を被り掛けの本の間に……」
「それも思い出しました」
手を合わせて、にこにこするおばあちゃん。
「結婚後も肌身離さず保っていて、時折、この写真を見て昔を懐かしんでいたの。若い
自分のことだけでなく、おじいさんや真名塚さんのこともね。それであるとき、写真を
眺めているところをおじいさんに見られちゃって」
照れたように頬が赤らむ。おばあちゃんは写真を机にお気、その上に手をかざした。
ちょうど、撮影者たるおじいちゃんがいたであろう辺り、かな?
「以来、おじいさんはそのことでしょっちゅう、私を冷やかしたの。本当はおじいさん
自身の照れ隠しもあったんでしょうけれどね。おかげで私は以前よりもさらにこそこそ
と隠れて見なければいけなくなったわ。あの人も本好きで、推理小説好きだからどこに
隠そうか迷ったのだけれども、唯一、子供が誘拐されるお話は苦手で読まないと言って
いたのよ。それであなたが手に取った二冊の間に挟んでおくことに決めたの」
おばあちゃんは写真にかざした両手で、見えない何かを包んだようだった。
「おじいさんが亡くなってからは写真を見ることもなくなり、忘れそうになっていたけ
れども、あなたが見付けてくれて、いっぺんに思い出したわ。実は、もう一度、写真だ
けでもおじいさんに見付けて欲しいなと願っていたことまでね」
見付けて欲しいって、どういう意味? 私が首を傾げると、おばあちゃんは写真に視
線を落とし、「裏返してみて」と言った。そういえば、若いおばあちゃんのきれいさに
見とれて、表しか目をやっていない。
「あ」
私は写真の裏から面を起こすと、おばあちゃんを見た。今までにないくらいほころぶ
顔があった。
わたしを また 見つけてくれて ありがとう
終わり
#557/566 ●短編
★タイトル (AZA ) 24/11/13 14:47 (150)
タマが先かトルが先か 寺嶋公香
★内容 24/11/13 14:48 修正 第2版
※本作は某小説投稿サイトに別名義で公開中の物と同じ内容です。原則的に同じ一つの
作品を異なるサイトで同時期に公開するのはなるべく避けるようにしていますが、本作
は時事ネタということもあり、早めに出しておきたかった次第。登場人物が以前からの
持ちキャラなので大丈夫でしょう。(^^)
涼原純子《すずはらじゅんこ》がいつものように登校して、いつもの教室に入ると、
いつもとはちょっと違う光景が繰り広げられていた。
(相羽《あいば》君と唐沢《からさわ》君が言い合いをしてる……珍しいかも)
二人の方をちらちらと見やりつつ、自分の机に学生鞄を置いた。
相羽と唐沢は中学に入ってからの知り合いで、仲のよい友達関係と言っていい。おち
ゃらけ成分多めな唐沢に対し、相羽は比較的真面目でクールなタイプ。だから、普段よ
く見掛けるのは――。
(唐沢君がくだらないことを言い出して、相羽君が聞き流すか訂正を入れるというパ
ターンが多いのに、今日はどうしたのかしら)
言い合いといっても、唾を飛ばして強く主張し合うという激しいものではない。た
だ、ノートとペンまで持ち出して、何やら書きながら熱心に話し込んでいる。主張が対
立しているのは、彼らの仕種からだいたい想像がつくのだが、朝の教室、いや学校全体
がざわざわとしているせいもあって、内容の方がさっぱり耳に届かない。
「純、おはよ」
斜め後ろからした町田芙美《まちだふみ》の声に振り向き、「あ、おはよ」と返す。
座ったまま見上げると、町田も相羽と唐沢の方へ視線を向けていた。
「あの二人の話、まだ続いているのね。意外と長引いている」
「芙美は知ってるの、何の話をしているのか」
「まあね。私がさっき聞いたときは、『鶏が先か卵が先か』について話していたわ」
「……そんなこと? 有名な言い回しだけど、今さら言い合いをするようなことでは…
…」
鶏が先か卵が先か。
日常的な場面で使うとしたら、意味合いは「堂々巡り」とでもなるだろうか。
生物学的には結論が出ている(と、生物の授業で先生がこの前言っていた)。いわく
――徐々に進化していって鶏という種が誕生する。その鶏が出て来た卵は、産んだのが
鶏とは呼べない種の鳥ではあるが、鶏が生まれたからには鶏の卵と言える――みたいな
話をしていた。
「違う違う。誤解させる言い方をしちゃったけど、あの二人が言い合いしていたのは、
『鶏が先か卵が先か』か『卵が先か鶏が先か』、どっちが正式な言い回しなのかってこ
と」
「ん?」
音声で聞いても、一発では理解できなかった。町田にもう一度言い直してもらって、
飲み込めた。
「つまり……多分どこか外国語の表現が最初なんだろうけど、その言い回しが『鶏が先
か卵が先か』なのか、それとも『卵が先か鶏が先か』なのかっていう話なのね」
「そうそう。改めて問われると、自信を持って言い切れないよね」
「確かにそうかもしれないけど」
そんなことで延々と議論するくらいなら、図書室かどこかで調べた方がいいんじゃあ
……と思った。と、そんな純子の気持ちを表情から読み取ったか、町田が言い足す。
「でね、その鶏か卵かっていうのは話が脱線した産物であって、元々は違う話をして
た。というか、今はまたその話に戻ったみたいだよ」
「え、そうなの」
町田には聞こえてるんだと察し、純子は耳をすませた。それでもしかとは聴き取れな
いため、立ち上がって町田と同じ高さに耳を持っていく。
「……野球の話、してる? 大谷選手とか50−50って聞こえた」
「ええ。落札額でまた話題になってるからねえ」
「お金の話なのね。あれ? でもそれが鶏が先か卵が先かに、どう結び付くんだろ?」
「そこまで気になるんなら、直に聞いたら?」
それもそっか。話し込んでいる様子を目の当たりにしていたから、何となく割って入
りにくかったけれども、話題が野球、それもオークションに掛けられた記念ボールにつ
いてなら、そこまで遠慮する必要はなさそう。
純子はそのまま席を離れ、二人のいる方へと足を運んだ。
すると話し掛けるまでもなく、相羽が気付く。
「おはよう」
「おはよう、相羽君。唐沢君も」
「お? あ、すっずはっらさん、おはよ」
相羽の朝の挨拶に返そうとする純子の台詞と、遅れて純子に気付いた唐沢の声とが重
なった。わずかな間と同じくわずかな笑いを挟んで、本題に入る。
「今、いい?」
「もちろん、涼原さんのためなら、こいつとの話ぐらいいつでも中断するよん」
向き直った唐沢が笑いながら応じる。一方、相羽も話の中断そのものはまったく気に
していないが、唐沢の言い方が引っ掛かったようだ。
「論じるにはなかなか面白いから、あとで続きを」
「オーケー、オーケー。次の休み時間にでもな」
了解し合った二人に、「あの、私が聞きたいのはその話のことなの。ほとんど聞こえ
なくて。気になって」と流れを引き戻すようなことを告げる純子。ちょっと申し訳なく
なる。
「そうなんだ? じゃあ手短に」
相羽と唐沢は間を空け、机に置いたノートを見せる。時系列を示すらしい横線に、
「49」だの「50」だのの数字と、「ト」「ホ」といった片仮名一文字が記されてい
る。
「まず、メジャーリーグ――米国のプロ野球で、日本の大谷翔平選手が大活躍して、記
録を作ったことは知ってる?」
相羽が聞くのへ、純子はすぐに頷き返した。
「うん。50−50でしょ? 達成したことをニュースで見たし、最近も、五十本目の
ホームランになったボールが、オークションに出品されて高額で落札されたって」
「よかった。話が早い」
「ここからが長くなるぞ」
唐沢が混ぜっ返すように言った。そのまま、相羽から話の主導権を受け取る。
「えっと、涼原さんは五十本塁打と五十盗塁、どちらが先に届いたか知ってる?」
「本塁打ってホームランのことね。確か盗塁の方が早かったわ」
「その通り。で、大谷選手が五十本目のホームランを打った。そのときのボールがすげ
え値段を付けられた訳だ。その話をしていたら、相羽の奴が変な仮定を出してきたから
ややこしくなった」
「変ではないと思う。純粋な疑問だよ」
「一体どんな仮定の話をしたの?」
続きを早く聞こうと、純子が改めて質問する。何せ、朝の休み時間もそんなに長くは
残っていない。答えるのは再び相羽。
「もしも先にホームラン五十本を達成し、盗塁が五十個になるのを待つ状態だったとし
たら、どうなるんだろう?っていう疑問、想像だよ」
「実際とは逆に、ホームランが先……」
「記録達成の象徴になるのは、ボールではなく、五十個目の盗塁をしたときのシューズ
になるのか? それともやっぱりボール? ボールだとしたら、五十本目のホームラン
ボールなのか、それとも五十一本目のホームランか」
「えっ。途中までは分かったわ。けれども、最後の五十一本目のホームランて? わざ
わざ持ち出す意味が」
首を傾げる純子。目の前では、唐沢が「な、ほら」とつぶやき、相羽を見やる。
「少し考えてみて。五十本目のホームランボールは、果たして50−50達成の記念と
言えるかどうか」
「50−50ということなら、そうね、五十本目のホームランを打ったとき、盗塁の方
はまだ五十に届いていなかったという話をしているのだから、達成してない。つまり、
五十本目のホームランボールは、50−50の記念にはならない?」
「と、僕は考えた。唐沢は違う意見みたいで」
相羽につられて、純子も唐沢を見る。
「そりゃそうさ。五十一本目のホームランボールは、50−50を達成したその瞬間に
は関係してないんだぜ」
「そこは僕も理解している。だから五十一本目のホームランボールをメモリアルにしろ
とは言ってない。達成した瞬間に拘るのなら、シューズじゃないのかという、まあ提案
だよ」
「いや〜、ホームランボールに比べたら、靴ってのは様にならない。シューズはしばら
くの間使い続けるのが普通だしさ。ボールは、ホームランされたら御役御免だろ」
「結局、論点はそこに行き着く。ホームランボールを記念の品にすべきとの前提に立つ
なら、僕は五十本目よりも五十一本目の方が理にかなっていると言いたい」
「理屈は合っていても、きりが悪い。五十本でいいじゃん。記録の名称が50−50な
んだし」
お互い、それそれの主張を述べて、純子の方を向いた。そして「どっちが正しいと思
う?」と声を揃える。
「……私に判定しろと?」
苦笑交じりに返すと、それもそうかと思い直した顔つきになった男子二人。
「じゃ、純子ちゃんはどう思うか、参考までに聞きたい」
相羽が言い方を変えて尋ねると、横で唐沢が渋い表情になった。
「おまえ、それはなしだぜ。涼原さんに聞いたら相羽が有利に決まってる」
「どうして」
「どうしてもだよっ」
新たなことで言い合いになりそうな二人を、純子は急いで止めた。
「待ってまって。ちゃんと公明正大に考えてみるから。ね、唐沢君?」
「涼原さんが言うのなら」
純子は予鈴の時刻が迫るのを意識しながら、ぎりぎりまで考えた。
「こういうのはどうかしら。仮定の話の場合、五十一本目のホームランが出ないことも
あり得るんでしょう?」
「え? ああ、うん、そうだね」
相羽も現実に引きづられて想定していなかったらしく、一瞬戸惑いを浮かべたもの
の、認めた。純子は微笑を浮かべ、考えを伝える。
「だったらホームランが五十本で終わったなら、五十本目のホームランボールが記念の
品でいい、というよりもそうするしかない。五十一本目が出たときは、そのボールを記
念の品とする。だめ?」
「なんていうか……悪くはない」
相羽と唐沢は顔を見合わせ、各々頷いた。そうして唐沢が「駄洒落、言っていい?」
と場に問う。対して純子が首を縦に振ったあと、相羽がすかさず言った。
「ひょっとして、『これがほんとのタマ虫色の回答』とか?」
「おい、先回りするなよな〜」
――「そばにいるだけで」番外編『タマが先かトルが先か』おわり
#558/566 ●短編
★タイトル (AZA ) 24/12/21 17:36 ( 93)
そのはなしははなさないで 永山
★内容
笑い話と言えるか分かんないけれども、あれは小学校、多分、六年生の頃だ。
秋に町内運動会があってさ。毎年、家族揃って出ていたせいで、そろそろ飽き始めて
いた。子供が出られる種目なんて限られていたからね。小さな町だったから顔ぶれも毎
回、ほぼ変わらないし、種目が同じなら順位もだいたい固定されてくる。
でもそのときは、当日になって急に一人増えたんだ、女の子が。引っ越してきたばか
りで身辺が慌ただしく、、落ち着くまでどれくらい時間が掛かるか分からなかったらし
くて、町の行事にも出られるかどうかぎりぎりまで決められなかったみたいなんだな。
ま、町の運動会なんて緩いから、当日飛び入りでも問題ないんだろうけどさ。
それで、女の子は同学年ではなく、年下だったな。一つか二つ、ううん、覚えていな
い。不通なら覚えてるものなんだろうけれど、あのときは強く印象に凝ることが他にあ
ったからしょうがない。
印象に残ったことが何かって? 簡単だ、彼女は外国人だったんだ。金髪碧眼白い肌
っていうやつ。西洋の白人を生で見たのは、そのときが初めてだったよ。で、当然と言
っていいのか分からないけれども、言葉がほぼ通じない。その頃は小学校で英語なんて
習わなかったし、僕自身も塾や家庭教師で英語を習うようなタマじゃなかった。相手の
女の子にしても、親の都合で越してきただけで、日本が殊更好きって訳ではなく、恐ら
くは言葉も嫌々ながら覚え始めた段階だったと思う。それでも自己紹介くらいはした。
親だったか違う大人だったか覚えてないけど、教えられたとおりに、マイネイムイズ高
明《たかあき》・御郷《みごう》って言ったんだ。でも発音がよくなかったみたいで、
すぐには伝わらなかった。名前のことだと分かっても、うまく発音できない風だった
な。
女の子はエリス・コロンといった。何故かよく覚えている。エビコロッケを連想した
のかもしれない。とにかく僕らは組んで、障害物競走に出場することになった。一人で
もできる障害物競走を二人組でやるからには、意味がある。一部、二人で協力しないと
クリアできない障害が用意されてるんだよ。
二人三脚とかおでこ同士で一つのボールを挟んで運ぶといったものを経て、ゴール手
前、最後にあるのが壁登り。木製の板が二枚……あれは高さ何メートルあったのかな
あ? 二メートルもなかったんだろうけど、小学生の自分には高い壁に見えた。一枚目
を乗り越えて、上に渡された橋を一メートルほど渡って、反対側の二枚目を飛び降りる
なり何なりして、着地。残りちょっと走ったらゴールインてな具合。
で、僕とエリスは言葉が通じない割にそれまで順調に来てたんだけれども、最後の壁
には大苦戦。普通なら僕がエリスを押し上げるか肩車するかして先に行かせてから、僕
が壁にジャンプしてしがみつき、引っ張ってもらう、みたいな段取りが常道だと思うん
だけど、エリスは小さくて腕力なさそうだった。だからって、彼女を土台にして僕が先
に行くなんてのも無理。そもそも、作戦を正確に伝えるのすら難しい。しょうがないん
で、僕が何度か必死にジャンプして壁の上端に飛びつき、どうにか這い上がり、それか
ら今度は橋のウエイに腹ばいになって、エリスに手を伸ばすという方法を採った。そ
う、今説明したところまではうまく行ったんだ。いや、エリスが僕の右腕にしがみつく
のにも一発で成功した。
ところがその次、エリスを引っ張り上げようとして、気付いた。腹ばいの姿勢で腕に
力を込めるのがこんなにしんどいなんて、それまで経験なかったというのもあって、な
かなかうまく行かない。もう片方の腕や足、それに腰を使ってこそ力を込めやすいんだ
なと今なら分かる。当時は焦りもあって、がむしゃらに力を入れるばかりだった。手間
取っていると、エリスが悲鳴を上げだした。下を見てしまったらしい。ヘルプ!とか何
とか言ってた気がする。怪我をするような高さだったかどうかは分からないけど、元か
ら手を離すつもりはなかった。だってレースに勝ちたいから。何度かトライする、けど
うまく行かない。
どうすりゃいいんだ、左腕に持ちかえるか、両腕でやってみるか、でもそのことをエ
リスに伝える方法が……なんて考えが、頭の中をぐるぐるしてた。
そのとき。不意に大きな声が、僕の耳をつんざいた。
『粘れ、御郷!』
確かにそう聞こえた。観客席からの応援の声じゃなかった。
エリスが言ってるんだ。
そのあとも続けざまに『粘れ、御郷!』『粘れ、御郷!』って繰り返し叫ぶ。不思議
なもので、こっちもパワーが漲ってきた、気がした。そして一呼吸してから試してみる
と、本当に力が出たんだ。エリスを一気に引き上げる。勢い余って橋から落ちないよ
う、抱き留めた。腕がちょっとしびれていたけれども、これくらい平気さ。そのまま彼
女を先にやり、僕もすぐさま続いた。
実はこの時点で一位だったらしいんだけれど、少なくとも僕は分かっていなかった。
分かっていたら、前で立ち止まったエリスを急かしていたかもしれない。彼女は高いと
ころが苦手なんだろう、飛び降りるのにも躊躇していた。察した僕は彼女を後ろから脇
に抱えると、「せーの!」のかけ声とともに一気に飛び降りた。
そしてゴール。僅差の二位だった。
「せーの!」の意味がエリスに伝わっていない可能性に思い至ったのは、三分ぐらい
経ってからだった。エリスはいきなり一緒に飛び降りさせられたのがよほど怖かったの
か、しばらく震えていた。
幸い、僕を怖がるようなことはなく、二位という結果にもそれなりに満足しているよ
うだと、その強張り気味の笑顔からも分かった。
レース後少ししてから、エリスのお父さんが現れて、やや固い日本語で僕らのレース
結果を祝福してくれたのには、こっちも嬉しくなったな。それでお別れするところだっ
たんだけど、ふっと気になったことを思い出して、慌ててエリスのお父さんに尋ねてみ
た。
「エリスさんはまだまだ日本語を勉強中だと思いますけど、『粘る』という単語をもう
覚えているのにはびっくりしました」
要するに、数ある日本語の中で、小学生の女の子に教えるなら、『粘る』は優先順位
がもっと低いんじゃないかって、そのときの僕は不思議に感じた訳だ。
するとエリスのお父さんは首を傾げた。『粘る』も『粘れ』も教えておらず、多分、
先生からも教わっていないだろうとのこと。僕が「いや、レース中にこういうことがあ
って」と食い下がると、エリスのお父さんが当人に聞いてくれた。
父娘の英語によるやり取りがいくらか続いたあと、不意に、父親の方が「ハハハ」と
大きな笑い声を立てたから、僕はぎょっとさせられたよ。
「あ、あの……?」
「いや、ソーリー。意図せざるユニークな聞き違いが起きていたと分かり、つい笑って
しまったのです」
エリスのお父さんは笑いをかみ殺していた。
「ボーイ、君の名前は御郷と言ったね? エリスはこう言ったんです。“Never l
et me go!”」
ネバーレットミーゴー。小学生の僕には、訳してもらわないと分からない。
「意味は『私を離さないで!』だよ、御郷クン」
これを聞かされ、僕ももちろん声に出して笑った。しばらくぽかんとして、それから
苦笑いを浮かべたあとだったけれどね。
おしまい
#559/566 ●短編
★タイトル (AZA ) 25/01/29 17:14 ( 76)
『十角館の殺人』を殺す方法 永山
★内容
「『十角館の殺人』を殺す方法」
〜 もしもこうなっていたら、あの“衝撃の一行”はなかった? 〜
※小説『十角館の殺人』(綾辻行人 講談社ノベルス他)の真相を知っている人向けで
す。同作を未読の場合、まず意味が伝わらないと思います。
また、同作の具体的なネタばらしをしている訳ではありませんが、拙作を読んだ上で
『十角館の殺人』を読むと、その構造を見抜きやすくなる恐れは非常に高まります。
ご注意くださいますよう、お願いします。
※カクヨムでも公開済みです。タイトルは変えています。
* *
推理研の面々が角島に向かう漁船の上にて。
「あんたら、あんなところに行って、一週間も何をするんだね? そもそも満足に寝泊
まりするところがあるのやら」
「その点は大丈夫なんですよ。僕らと同じ推理研の一人が先に行って、あれやこれやと
準備万端整えてくれた上で待っていましてね」
「へえ、そうなのかい」
館にて第一の殺人が発覚した直後。
「なあ、みんな。思うんだが、とりあえずこのニックネームで呼び合うの、やめない
か」
「え、どうして?」
「人が一人死んだんだ、それも仲間が。いくら我々がミステリ好きだからといって、こ
の状況下でニックネームを使うのは不謹慎のそしりを免れない。違うか?」
「……そうね、その方がいいわ。これからは本名で」
島田と守須とが初めて会い、互いに自己紹介をしたあと。
「そういえば、君は推理研では何て呼ばれているんだろう?」
「……何だと思います?」
第二の殺人が起きる直前、皆でコーヒーを飲む場面。
「うん? ……ひぃ、ふぅ、みぃ……」
「どうかしたか。コーヒーカップを見つめて、ぶつぶつと」
「いや、何か昨日と手触りっつーか、感触がちげぇって感じて――ああ、やっぱりな。
このカップ、違うぜ」
口紅に仕込まれた毒で被害者が出たあと、三人で会話するシーン。
「――待て。煙草はやめといた方がいい」
「ん? どうしてだ。気持ちを落ち着かせるために――」
「そういうことじゃない。毒だよ、犯人が煙草に仕込んだかもしれないじゃないか」
「これに……?」
「そうさ。ミステリマニアとして恥ずかしいよ、何故、今の今まで疑いもしなかったん
だ?ってね」
〜 〜 〜
犯人が最初の犯行としてオルツィを殺しに行く直前。
(……待てよ。本当に今、部屋にはオルツィ一人だけなのか? 推理研のメンバーで、
恋人がいるのは自分だけだと思っていたけれども、それが正しいなんて根拠どこにもな
いぞ。実際、自分は皆には内緒で彼女と付き合ってきて、ばれなかったんだし。うー
ん、オルツィに恋人がいるとしたら、あいつ辺りか。もしいたら、まずい。ドアをこっ
そり開けて、中を覗いて確かめる……のはリスクありそうだよなあ。参った。今夜の犯
行開始は中止して、明日一日掛けて、みんなに探りを入れてみるか。恋人がいるかどう
かって……いや、たった一日で正確なところを把握できる気がしない……)
犯人は今回の合宿での計画殺人をあきらめた。
(次の機会までに、部内の人間関係を調べ上げるとしよう……)
〜 〜 〜
終わり
#560/566 ●短編
★タイトル (AZA ) 25/02/27 10:27 ( 34)
掌編:色きちがいだが仕方がない 永山
★内容
「色きちがいだが仕方がない、か」
まどろんでいた小島悠子《こじまうゆうこ》が、ふっ、と意識を取り戻すと同時に、
その声が聞こえてきた。
「叔父さん何て?」
座卓に向かっていた叔父の高梨辰彦《たかなしたつひこ》の背に、思わず聞く。
「おっ、起きたか。相手をしてあげる時間が取れるか、怪しくなってきた。時刻はまだ
早いけど、雨が心配だ」
「それより、叔父さん今さっき何て言ってたの?」
「うん? 独り言をたまに口にしたかもしれないが……『色きちがいだが仕方がない』
かな」
「そう、それ。やっぱり聞き違いじゃなかったんだ。小学三年生のテストを採点しなが
ら、“色きちがい”ってどういうこと?」
高梨は小学校教師で、三年生を受け持っている。中二の悠子は暇つぶしに高梨の自宅
アパートに寄ったのだが、テストの採点が終わるまで待っているように言われ、ついう
とうとしてしまった次第。
「答案にすっごくエロいこと書いてたとか?」
「あのな。仮にそうだとしたら、“仕方がない”なんて思わない。注意して直させる」
「そっか。じゃあ何?」
「推理小説の古典の一つに、有名なフレーズがあるのは知ってるかな? 『きちがいじ
ゃが仕方がない』って」
「聞いた覚えはあるけど、意味は知らない。放送禁止用語だから面白がっているのかし
ら」
そう答えた悠子に、高梨は簡単に説明をした。
「――で、それを踏まえて呟いただけだから、たいした意味はないんだよ。個人情報な
んで見せられないが、国語でその子は九十九点だった。たった一つ、漢字の読みの問題
で『色気』に“いろき”と解答してた。惜しいな、この間違いがなければ百点なのに、
でも仕方がない、と」
「そういう意味だったの。――色で思い出した。誕生日に買ってくれるっていうイヤリ
ング、やっぱり青がいいと思い始めてて」
「え? もう注文しちゃったよ。……色違いだが仕方がない、とはならないよね?」
「ううん、大丈夫。届いたあと交換できるはず。余分にかかる送料も払ってね」
「仕方がないな」
おしまい
#561/566 ●短編
★タイトル (sab ) 25/03/25 15:20 (126)
『双影館の殺人』
★内容
プロローグ
荒れ狂う海の向こうに、黒く沈むようにそびえ立つ古びた洋館があった。そ
の名は「双影館」。二十年前に火災で焼け落ち、廃墟となったまま忘れ去られ
ていたはずの場所だ。しかし今、その館には明かりが灯り、七人の男女が佇ん
でいた。彼らは大学のミステリ研究会のメンバーで、合宿としてこの館に集まっ
たのだ。
夜半過ぎ、波打ち際に一つの小瓶が投げ込まれた。青緑色の硝子瓶。その中
には血文字で書かれた一枚の紙が入っていた。
「私は全てを終わらせる。決して許されることはない――J・K」
一日目
七人は館の中に入った。館は左右対称の造りで、廊下も扉も、そして階段ま
でも鏡に映したように対になっている。そのため「双影館」と呼ばれていた。
参加者は以下の通り。
エリオット:研究会のリーダーで冷静沈着な性格。
クリス:皮肉屋だが洞察力が鋭い。
マリア:繊細でおとなしい女性。昔、ある事件に関わっていたという噂がある。
ダグラス:酒好きで粗暴な男。過去に暴力沙汰を起こしたことがある。
ノエル:明るく無邪気なムードメーカー。
ローラ:孤独を愛する文学少女。
ジェイク:無口で存在感が薄い青年。彼だけが初対面のメンバーだった。
七人はそれぞれの部屋に荷物を置き、夕食を終えると、居間に集まって酒を
飲み交わす。その晩、彼らは談笑したが、やがて一人、また一人と部屋へ戻っ
ていく。最後まで残ったのはエリオットとクリスだった。
二日目
朝になり、ダグラスが姿を消していた。彼の部屋に行くと、ベッドはもぬけ
の殻。誰も見ていない間に外に出たのだろうか。やがて、裏庭で彼の遺体が発
見される。喉には細い針金のようなものが巻き付けられていた。絞殺体だった。
部屋には「第一の犠牲者」と書かれたカードが置かれていた。奇妙なことに、
ダグラスの指には小瓶の破片が握られていた。
三日目
二人目の犠牲者はノエルだった。彼女は館の東翼にある浴室で死んでいた。
毒殺。湯船に浮かぶ彼女の唇は黒く変色し、指先は紫色に染まっていた。
事件は混迷を極める。彼女の枕元には、「第二の犠牲者」と書かれたカード
が置かれていた。
四日目
三人目の犠牲者はローラだった。彼女は書斎で冷たくなっていた。頸動脈を
切り裂かれていた。傍には彼女の手書きの詩が残されていた。
「ふたりの影は重なり合い、やがてひとつになる」
そして、机の上には「第三の犠牲者」のカードが置かれていた。
五日目
生き残ったのはエリオット、クリス、マリア、ジェイクの四人。だが、この
日、彼らはある異変に気付く。ジェイクが姿を消したのだ。
彼を捜索するが、どこにもいない。その夜、クリスとマリアは部屋で恐怖に
震えながら夜を過ごした。
六日目
翌朝、マリアが姿を消していた。そして、地下室で彼女の遺体が発見される。
首を吊った状態だったが、後の検死で彼女は他殺であることが判明する。
カードには「第四の犠牲者」と記されていた。
七日目
クリスは、誰もいないはずの地下室で誰かがいたような物音を聞く。恐る恐
る地下室へ降りると、そこには失踪していたはずのジェイクがいた。
しかし、彼はすでに死体となっていた。遺体のポケットからは「第五の犠牲
者」と記されたカードが見つかった。
館にはついにエリオットとクリスの二人だけが残された。
終幕
夜、二人はお互いに相手を疑いながらも、共に脱出することを決意する。し
かし、扉は施錠されていて開かない。二人は決死の覚悟で非常階段を駆け下り、
やがて館から逃げ出す。
そしてその直後、館は炎に包まれた。
エピローグ
事件から数日後、警察は生き残ったクリスから話を聞く。彼はエリオットが
犯人だったと証言する。クリスは涙ながらに「彼が全員を殺して、私も殺そう
とした」と語った。
しかし、事件の真相は異なっていた。
答え合わせ
真犯人はクリスだった。
ジェイクは元々クリスと同一人物だった。ジェイクの存在は完全に架空のも
のであり、館で目撃されたジェイクはクリスの変装だった。彼は入れ替わりな
がら自作自演の被害者を装い続けた。
すべては自分以外の6人を殺害し、エリオットに罪を着せるための計画だった
のだ。
ラストシーン
事件から数週間後、海辺でひとり佇むクリス。彼は事件が無事に終わったこ
とに安堵していた。
しかし、砂浜にはあの日、海に捨てたはずの硝子瓶が打ち上げられていた。
中にはクリスが書いた手紙が入っていた。
「私は全てを終わらせる。決して許されることはない――J・K(クリスのイ
ニシャル)」
彼はそれを拾い上げ、冷たい波に沈めると、誰にも気付かれぬようにその場
を去った――。
以上は、ChatGPTによって生成された文章です。
事前に、ChatGPTに「十角館の殺人」のあらすじを読ませ
(あらすじは以下から抜き出しました
https://rakutonohondana.com/jukkakukannosatuzin-with-spo/)
これに類似したミステリを書きなさいと命じました。
出来はどうでしょうか。
#562/566 ●短編
★タイトル (AZA ) 25/03/31 17:26 (149)
モー探偵のモー推理 永山
★内容
※小説投稿サイトでのお題イベントに沿った作品です。時間が経ち、書いた本人もよく
分からなくなっています。(^^;
夜の帳が降りた。
もー。
空はよく晴れており、星がいつもに比べればきれいに見えている気がする。今だけじ
ゃなく、ここ数日は晴天続きだ。
もー。
「皆さん、ご静粛に願います」
探偵が声を張った。もー。宿泊客が集まれる広間は、外の様子がすぐに分かるよう、
窓の一つが細く開けられている。なので、音がちらほらと入ってくる。もー。
とにかく、皆、息を飲んで探偵の次なる発言を待った。
「先ほど、改めて説明したように、我々は閉じ込められました。このペンションから出
ることは難しい、少なくとも現状では無理だと言えましょう。しかも、外部との連絡手
段も断たれている。これが何を意味するか」
もー。
探偵は相方の私に視線を当ててきた。私はワトソン役らしく振る舞うことに努めると
する。
もー。
「いわるゆクローズドサークルというやつだね? 殺人が起きているのに、警察に通報
できないし、避難もできない」
「その通り」
以心伝心、ツーと言えばカー、打てば響くとはこのこと。
もー。もー。
「何故かは分かりませんが、今夕になって突如、牛、恐らくバファローの大群が東方よ
り現れ、何もかもなぎ倒しながら西、言い換えればこのペンションのある方角へと行進
を始めました。行進と形容するのは違うかもしれません。バッファローを猪にたとえる
のも変ですが、猪突猛進と呼びたくなるほどの勢いがあったので。彼らの鳴き声及び地
響きに気が付いたときには、もはや手遅れ。ペンションごとバッファローの波に飲み込
まれるかと思われたほどです」
「このペンション、見かけは古い割に、防音と免震は気合いが入っているから」
鳴き声や振動がなかなか伝わってこない、という意味である。今だって窓を開けてい
るのは、バッファローの動向をちょっとでも早く知るためだ。
「そうだね。ああ、神戸《かんべ》さん、すみません。決して設備のせいだと言ってい
るのではありませんので、あしからず」
探偵はペンションのオーナーたる男性に、ぺこりと頭を下げた。
「気にしちゃいません。バッファローの大群が出現するだなんて、想定外の事態。実際
に被害が出て、私らに責任があると言われても、認めやしませんて」
「でしょうね。それに、現実には被害は出ていない。これまた理由は不明ですが、彼ら
はペンションを避けてくれた。おかげで建物の倒壊は免れたものの、辺りはバッファ
ローだらけ。牛の泥流に襲われたとでも言いたくなります。そしてその泥流は途切れる
ことなく、今も尚続いている。こうしてこのペンションは、はからずもクローズドサー
クル物の舞台と化してしまいました」
もー。
「オーナー、ついでに伺います。松坂《まつざか》氏は硬質ガラス製の灰皿で殴打さ
れ、亡くなったと見られますが、あの灰皿は? 他の部屋には備わっていないようでし
たが」
「ご宿泊の皆さんの中で、松坂さんが唯一の喫煙者だと聞き、用意しておいたんです」
「今日で宿泊三日目になりますが、灰皿の交換は?」
「朝、お訪ねして吸い殻だけ回収してましたよ。洗わなくていいと言われましたし」
オーナーの神戸の解説に探偵はもー、基、にこっと微笑して続ける。
「ありがとうございます。さて、松坂氏は彼にあてがわれた部屋の中で、頭部を硬質ガ
ラス製の灰皿で殴打され、窓際に据えられたベッドの上で事切れていた。灰皿はこのペ
ンションの物であり、犯人が用意して持ち込んだ物ではない。今のご時世、宿泊先に灰
皿が常備されていることを期待する人は少ないでしょう。このことから、恐らく衝動的
な犯行だと見なせる」
確認を取るかのように、台詞を区切る探偵。みんな黙って頷き、静かなものだ。も
ー、もー。
「結構。――被害者がいつ亡くなったのかを特定できないまま、皆さんには今日一日の
行動を伺っていた訳ですが、証言を比べる内に、ふと閃いたことがあります。
仮の話をしましょう。もしも皆さんが今この状況で、誰かを殺すのであれば、いかな
る手段を執るのが最も有効か、考えてみてくれませんか」
探偵の投げかけた問いに、関係者一同は素直に応じた。侃々諤々、喧々もーもーと意
見を交わす。そしてたいした時間を掛けずに、一つの結論に至った。
「事故死に見せ掛けるのが一番よ」
代表して米沢《よねさわ》さんが言った。
「どこか手頃な窓を選んで、外に突き落とすの。無数のバッファローにあっという間に
もみくちゃにされて、助かりっこない」
期待していた答えだった。もしこの答が出ないようであれば、私がワトソン役として
“補助線”となる言葉を出すつもりだった。
「ありがとうございます。私も同意します。たとえ他殺を疑われたとしても、遺体はぼ
ろぼろに踏み荒らされ、証拠もへったくれもない状態になっている可能性が高い。翻っ
て、現実に起きた松坂氏殺しはどうか。遺体はそのままにしてあった。凶器すら、現場
に残している。この事実から、犯行があったのはバッファロー襲来前だったと言えるの
では?と推理したのですが、如何でしょう」
「悪くはないと思うが」
但馬《たんば》さんが即応してきた。もー。
「折角なので反論してみよう。凶器のことはさておき、犯人は体格的・腕力的に、松坂
君を落とせなかったのかもしれない」
「なるほど。ですが、現場をご覧になれば分かる通り、松坂氏は窓際のベッドに倒れて
いた。羽毛布団のかさを足すと、ベッドの高さと窓枠の高さはほぼ同じ。非力な人でも
両足を使って押せば、押し出せたはず」
「ふむ。認めざるを得ないか。僕自身、部屋に入ってまず感じたのが、ベッドが高い、
寝ぼけて窓から落ちないかなという心配だったからねえ」
但馬さんの台詞に、神戸オーナーが「相済みません」と謝罪した。
「では、犯行時刻はバッファロー襲来前としていいですね? この前提に立つと、非常
に興味深い事実が浮かび上がるのです。すなわち、最後に松坂氏の生きている姿が目撃
されてからバッファロー襲来までの区切った時間帯において、アリバイのない人はたっ
た一人に絞られる。あなただけにね」
探偵が指差した先、そこにはたくましい身体付きをした若者がいた。
「美濃太郎《みのたろう》さん、私の推理に対して、何かご意見は? ああ、物証がま
だない点は勘弁してください」
「ご意見も何も……僕はやっていないとしか」
「あなたが犯人でなければ、誰でしょう?」
もー、もー、もー。
「知るものか。大方、外からやって来た奴がぱぱっと殺して、さっと逃げたんじゃない
のかな」
「おかしいな。あれだけのバッファローに囲まれているというのに、そんな発想が出て
来るなんて、やはり犯行はバッファローが現れるよりも前だったと認めているも同然で
はないでしょうか」
「言葉尻を捉えるなよ。さっきあなたが披露した“めい”推理につられただけさ。い
や、妄想推理かな」
もー。
挑発的な笑みを浮かべる美濃。だが、どこか強がっているようにも映った。
「うーん、どうなんでしょうね。バッファローの群れが来ようが来まいが、このペンシ
ョンの交通の便は決してよくない。途中で車を降りて、おんぼろな吊り橋を含んだ山道
をてくてくと歩かなきゃならない。そんなペンションに、密かに忍び込んで人を殺し、
また逃げ出すのはよほど奇特な方ですよ」
「何とでも言え。バッファローの群れに突き落とさなかった理由自体、確定はしていな
いだろうが。犯人が、たまたま思い付かなかっただけかもしれない。それか、僕に濡れ
衣を着せるために、敢えて遺体を残した可能性だってある。違うか?」
「可能性を追い始めれば、きりがありません。現状ではいかなる名探偵・名刑事であろ
うと、蓋然性を重視するしかないんですよ。そこで提案です。あなたの手を始めとする
身体及び服、それからあなたの部屋の洗面台を調べさせてもらいましょうか」
「……」
美濃は調べる理由を聞き返すことさえせず、黙り込んだ。心当たりがあると見える。
そんな若者に代わり、近江《ちかえ》さんが声を上げた。
「彼の身体に、犯行の痕跡があると言うんですね? 洗面台まで調べるのは、洗い落と
した可能性を考えてのこと」
ああ、用意していた台詞を全部言われてしまった。ワトソン役の出る幕がないじゃな
いか、まったく。
もー。
「はい。駄洒落になってしまいますが、『灰』が決め手になるんじゃないかなと。え
え、煙草の灰です」
「……凶器の灰皿には、吸い殻も灰もなかった。発見時に、その場にいた全員で確認し
た」
美濃が声を絞り出す。
「ええ。ですが、少し前に神戸オーナーが話されたように、松坂氏が逗留を始めてから
喫煙をしていたのは間違いない。また、吸い殻を回収はするが灰皿そのものを洗いはし
なかった、とも。これらが何を意味するのか。灰皿の表面には灰が付着したままだった
可能性が非常に高い。灰皿を凶器として用いた際に、犯人の手に灰が移ったでしょう
し、灰皿を振り上げたからには、少ないながらも灰を頭から被ったかもしれない。そう
いった灰を犯人が認識できていなかったら、手や指先、頭髪などにまだ灰が着いている
と期待できる。仮に認識できていたら、多分、自室にある洗面台で洗い落とそうと試み
るに違いない。共同の風呂は、夜を待たなくてはいけないですからね」
「……灰を調べれば、煙草のものかどうか、判別できるのかい、探偵さん?」
「うん? 灰の状態にも拠るが、目視でもある程度は可能だろうね。警察の科学力を借
りれば、より確実だ」
「そうか」
美濃は窓の方へ目をやった。地響きはまだ強めだが、もーもー声はようやく遠ざかり
始めたようだ。
「分かった。認める。迷宮にはまった僕には、“アリアドネの糸”はなかったようだ」
美濃太郎の自白のあとの発言は、何だか唐突に聞こえた。
が、ことの顛末をまとめているときに、はたと思い当たった。
美濃太郎とミノタウロスを掛けたんだな、と。
おしまい。
#563/566 ●短編
★タイトル (AZA ) 25/04/10 13:51 ( 88)
やたらとボックスの出て来るクイズ番組 永山
★内容
「はい、始まりました、クイズ『その英語、どんなカンジ?』。司会のスリーボック
ス、スリーラインこと品川品三《しながわぴんぞう》でございます。もうお馴染みとな
ったでしょうこの番組。ルールなんかは説明しなくてもお分かりと思います。知らない
という向きにも、追々と分かるようになっているのでご心配なく。では前置きはこれく
らいで切り上げて、第一問。早押し問題です。タクシーに乗ってきた外国人に、“スタ
ックトスリーボックス、アポストロフィエイト”駅に行って欲しいと言われた。さて何
駅?」
ぴぽん。
「川藤《かわふじ》さん、どうぞ」
「目白駅」
「正解! 重ねた三つの箱で“目”、エイトは8でデジタル文字に置き換えると“日
”。これにアポストロフィを付けると“白”ということで、二つ並べて、目白になりま
す。ということで正解は目白駅。川藤さんには三ポイント入ります。
では第二問。早押し問題です。外国人から“クロスブレイクスルーボックス”と“ゼ
ット”は対義語ですかと質問された。何のことを言っているのだろうか。……さあ、ど
うだ。まだかまだか。制限時間が迫るっ」
ぴぽん。
「おっと、ぎりぎりで来た。田野倉《たのくら》さん、どうぞ」
「甲と乙、じゃありませんか?」
「正解! どうやって正解に辿り着きました?」
「最初の“クロスブレイクスルーボックス”ってのが、いまいち形にならなかったの
で、後者の“ゼット”から考えたら、アルファベットのZは“乙”しかないよねと。そ
れで乙の対義語っぽい漢字を連想していったら、“甲”かなって。そう思って考える
と、十字がボックスを上から下へ突き破ったような形だし」
「お見事。それでは続いて第三問。記述問題です。外国人から、『ワンライン パイ、
スタックトツーボック アンダーライン』の習わしについて尋ねられた。どのような習
わしがあるのか、一つでいいので、教えてください。ただし解答は、質問者の流儀に合
わせたものにしてほしい。制限時間は三分、それではスタート!」
・
・
・
「――はい、そこまで。ペンを置いて、フリップをお立てください。おや、やはり時間
的に厳しかったか、何も書かれていないか試行錯誤のあとだけの方が結構いますねえ。
それじゃあ、井本《いもと》さんから見ていきましょう。『フラッグインロングヘアウ
ィッグ』、これは何ですか」
「えっと、凧、です。空に浮かぶ方の」
「うーん、なるほどなるほど。かぜかんむりをかつらに見立てて、その中にある巾を旗
と言い表したと。それじゃあそもそもの『ワンライン パイ、スタックトツーボックス
アンダーライン』をどう解読したのか」
「元旦でしょう。横線一本にπで“元”、二つの箱を重ねた“日”にアンダーラインを
添えると“旦”」
「正解です。あとは凧をどう評価するかに掛かってきます。凧揚げはお正月の風習の一
つで間違いではないが、元旦に限った物ではないですので、その辺りがどう響くか。次
は……竹山《たけやま》さん、行ってみましょう。あなたも“元旦”は分かっていたみ
たいだ」
「はい。それで答が『スタックトツーボックス スタックトマウンテン』で“日出”、
つまり日の出。初日の出にしたかったんだけれど、“初”や“の”は難しすぎて」
「ちょっと苦しいかなあ。漢字の“山”の形をマウンテンと認識してくれるかどうか。
横倒しにしたEを重ねたとかの方が、“出”の形状は伝わるような気もしますねえ。“
の”にしても、数字の6を俯せにしたと表現するとか……。でもなるべくシンプルな英
語表現にするのが難題か。何はともあれ、苦心の跡が忍ばれます。
さあ三人目は……木部《きべ》さんと川藤さんは同じですね。『ゲート アップア
ローインハット マスタシュ エー』。説明を……木部さんに伺いましょう」
「これはもう、今までこの番組で何度か出て来たのを使おうと思いました。認められて
いる訳だから。ゲートはそのまま門。木偏を表すのが帽子を被った上向き矢印、マスタ
シュが八の字髭で、その下にアルファベットのAを置くと、松の字に似た形になる。二
文字で門松になります」
「なるほど。川藤さんも当然、同じですね。はい、分かりました。安全パイなのは悪く
ないけれども、ここは新たな創造性を見せて欲しかった気がしないでもない」
「だったら時間をもっとくれなきゃ」
「おお、そうでした。えっと、他に解答されている方はと」
「――今回、予選を勝ち抜いてファイナルステージに進まれたのは、田野倉|薫《かお
る》さんとなりました。田野倉さんにはこれから最後の問題に挑んでいただき、見事に
正解された場合は豪華賞品を手にする権利が得られます。
当番組をご愛顧なさっている皆様には言うまでもありませんが、ラストの設問と言っ
ても、さほど難しくはありません。どうぞ、気を楽にして挑み、勝ち取ってください。
田野倉さん、心の準備はよろしいですか?」
「はい。よろしくお願いします」
「よろしく。では、最後の問題です。ノリとハサミ、そして『コンマプラスボックス
』、これら三つから連想される生物を、英語と漢字でフリップに書いてください。制限
時間は二分、早ければ早いほど賞品の中身が豪華になります。では始めます」
「――はい、できました」
「早い! 早速拝見しましょう、どうぞ出して。……これは……正解! sparro
wと雀。ミスはないと確認されました。おめでとうございます、田野倉さん。さすが」
「いえ。問題を読まれているときから考えていたら、閃いただけです。コンマとプラス
とボックスを上から下になるよう順番に並べると、舌という字に似た形になる。ノリに
ハサミに舌ときたら、日本人なら昔話の『舌切り雀』を連想するのは難しくないです」
「いや、それにしてもお見事でした。所要時間、たったの五秒。これ、記録ですよ。お
っと、そろそろおしまいの時間が近づいてきました。尻切れトンボにならないよう、豪
華賞品獲得のチャンス、選択の時間です。今回はラストの問題にちなんだ形で用意しま
した。そこからご覧になって、お持ち帰りになる一つをコールしてください!」
品川品三が腕を振った先では、幕がばさりと落とされ、司会者の言葉の通り、三つの
物体が現れた。
手のひらに載る小さな箱と、腰掛けられる程度の中くらいの箱、そして一台の軽トラ
ックに匹敵する大きな箱が。
終わり
#564/566 ●短編
★タイトル (AZA ) 25/05/18 20:42 (140)
証拠は雲間を抜けて 永山
★内容
|岸上東《きしがみあきら》、前から気に入らない奴だった。
見た目も性格もおとなしく、異性にがっつくこともない、いわゆる草食系男子に分類
されるんだろうけど。
何故かあいつには勝てない。勉学やスポーツではよくて引き分け、俺が好きになった
女はたいてい岸上になびく。
岸上には天才肌っぽいところがあるからかもしれない。本の大まかな内容なら一度読
めば覚えるし、詳しい内容でも三度読めば充分。初めて来た町でも地図が頭の中にイン
プットされているのか、近道や抜け道を簡単に割り出す。何かの飲み会の余興で、みん
なが苦戦していたマッチ棒パズルを、あとからやってきた岸上があっさりと解いちまっ
たこともあった。
唯一、勝てそうなのは、電化製品に関して詳しいかどうかぐらいか。それとて岸上は
使えないのではなく、必要性を感じないと使わないタイプというだけらしい。初めて触
れる音楽プレーヤーや録画機器でも、説明書をちらと見ただけで、一通り使いこなす。
変わっているのは、パソコンは小さな子供の頃から使っていたのに、携帯端末となると
未だにガラケーすら持っていない。奴の中ではデメリットの方が大きいと判断されたよ
うだ。
まあ、そんな奴だから頭がよくて、試験やレポートではだいぶ助けてもらった。俺と
しちゃあ、うまく利用しているつもりでいた。
ところがあるときを境に、俺の内には岸上への殺意が芽生えた。それには訳がある。
所属するサークルに入ってきた一年生を、俺はいいなと感じたんだが、いつものように
岸上になびくんだろうなと思っていたら、案の定だった。その一年生は積極的にアプ
ローチし、岸上とのデートを取り付けたようだった。珍しいことなので驚いたし、岸上
を冷やかしもした。手応えはなかったが。
だが、岸上の奴、デートの約束をすっぽかしやがった。何か趣味でやっている研究に
没頭して、完全に忘れていたんだ。ファミレスで一人、お茶をしているときにいいアイ
ディアが閃いたらしく、夢中になってしまったという。ファミレスにいたおかげで、一
年生の方から岸上へは連絡が取れず、岸上は岸上で完全に失念していたから、一年生に
連絡を取ろうなんて思いもしない。
それだけならまだましだ。問題は、すっぽかされた方の一年生が夜、帰宅する途中に
暴漢に襲われて性的被害に遭った末に、亡くなったことだ。犯人逮捕が早かったことが
せめてもの慰めだが、殺人での立証は難しく、傷害致死になるのではないかという噂
だ。
岸上は常識を持ち合わせているから一年生の葬儀には出たし、遺族へ謝罪もした。だ
が、金銭的にも道義的にも責任を取ろうとまではしなかった。
自ら責任を取ろうとしない輩には、何十倍もの責任を負ってもらう。岸上の場合、そ
れは死だ。
俺の判定は厳しすぎるという向きもあるに違いない。一方で、それくらいは当然だと
いう考えの人も必ずいると信じている。
岸上の住居は、川がすぐそばを流れる眺望のよい六階建てマンションの五階にあっ
た。
近くにある大学へ通う者にとって立地条件は最高によいのだが、設備が少々古く、防
犯カメラは一階エントランスホールを映す一台しかないという古くささ。
だが、このおかげで、俺は非常階段を通れば防犯カメラに写ることなく、岸上の部屋
に出入りできるのだ。
俺の立てた計画は、特に凝ったトリックを弄する訳ではない。いたってシンプルに、
見咎められないように岸上の部屋を訪ね、奴を自殺に見せかけて殺害、その後速やかに
立ち去る。決行日は、あの一年生が被害に遭った日からちょうど三ヶ月後とする。
可能であれば、遺書を用意したい。もちろん偽造だが、本人に書かせる。といって
も、長い文章は無理だろう。「ごめん」とか「すまない」の一言でいい。それが書き遺
してあれば、あとは一年生の月命日に死んだという事実と結び付けて、警察は勝手に、
「岸上東は後悔から自殺を選んだ」と解釈してくれるだろう。
繰り返すが、遺書は絶対条件ではない。月命日に死ぬ、これこそが肝心だ。
当日は雨が降り、風もそれなりに強かった。天誅を下すのにふさわしい荒れ模様と言
えなくもない。
サークルに顔を出さなくなった岸上を心配してやって来た、という体で俺は奴の部屋
を訪問した。これまでに何度か訪れているので、別に不自然な行動ではない。
「よう。大丈夫か」
手土産にたこ焼きを買ってきた俺を、岸上はすんなり迎え入れてくれた。上がり込ん
だらこっちのもの。あとは可能な限り手早く、後ろから首にロープを回して地蔵背負い
で奴の身体を担ぎ上げ、一気に絞殺。その後、部屋のドアノブにロープを結わえて自殺
したように装うのが段取りだ。部屋の構造上、梁がないので、こうするしかない。
しかし。
岸上の見た目から、俺はこいつの実力をつい軽く見積もってしまっていた。首にロー
プを掛け、背中合わせになるまでは思惑通りだったが、次に奴を背負おうとした途端、
手応えがなくなった。岸上は自ら跳ぶことで、俺の頭越しに床に着地し、しかもロープ
からの脱出にまで成功した。
「何のつもりだい」
どこか余裕を感じさせるその言い種に、俺はちょっとかっとなった。と同時に、すで
に自殺に見せ掛けるのはあきらめるしかないなとも思った。
幸い、このマンションは防音がほぼ完璧で、ちょっとやそっとドタバタ乱闘しても、
よそに聞こえる心配はない。だから俺は用意し、また練習もしておいた予備の凶器、ナ
イフ二本を取り出し、相手めがけて投げつけた。一本は右の肩口、もう一本は右の太も
もに命中。特に太ももの方は、ナイフが深く突き刺さっている。岸上は膝をつき、動き
が止まった。
「やはり、|烏丸《からすま》さんのためか?」
動けない岸上は、時間稼ぎをするためか、一年生の名を口にした。
「僕には分かっていたよ。烏丸さんがサークルの部屋に入ってきた当初から、君が彼女
に心を奪われたことを」
それがどうした。
「あの日――ちょうど三ヶ月前に、デートをすっぽかしたのは、君の気持ちを台無しに
してしまうことを避けたかったから。こう言ったら信じてくれるだろうか?」
……。俺は首を横に振った。信じられるかよ。
「ではどうしても僕を痛めつけ、命を奪ってあの世に送ると?」
「そうなるな」
俺は返事と同時に動き出した。ナイフを抜いたり、拾ったりして武器に使われると面
倒だ。一気に片を付けるべく、距離を詰め、第三の刃物――出刃包丁で奴の腹を狙っ
た。
手応え、あった。
岸上はどうっ、と床に倒れた。うつ伏せの姿勢で、うう、と呻き声を上げている。
俺はとどめに喉を掻き切ってやろうと、岸上の首根っこを押さえ、こちらに向かせよ
うとした。
そのとき――目の前がまぶしくなった。
何も見えない状態になったが、直前にかしゃっという機械音を聞いた。これはまさ
か。
「岸上、貴様。携帯端末を買ったのか?」
俺の問い掛けに答は返って来ず、岸上のいる方向からは窓を開ける音が聞こえた。
ようやくフラッシュの光によるダメージを脱し、俺は窓の方を見た。
岸上は右足を引きずりつつ、広くはないベランダにまさに出ようというタイミングで
あった。
と、岸上が振り返って、苦しげな声で俺に告げる。
「これでも後悔したんだ。僕がこんな物を使い始めようと決心したのは、烏丸さんのこ
とがあったから。もう二度とあんなことは起こさないと決めた。それがまさかこんな形
で役立とうとは。ダイイングメッセージを」
まずい。電話を掛けられてもまずいし、外に向かって叫ばれるだけでも、どの程度聞
こえるのかまでは調べていない。焦りを覚えた反面、雨足が強まっており、雫が地面や
川面を叩く音も当然大きい。これはまだ運がある。外のこの騒がしさが、岸上の騒ぎ立
てる声をかき消してくれるに違いない。電話に関しても、岸上の奴、まだ使い慣れてい
ないせいか、掛けるのに手間取っているようだ。
俺は今度こそ終わりにしようと、ベランダに奴を追った。
「観念しろ」
低い声で言い放った。だが、岸上もあきらめない。
奴は俺の顔に、購入して間がないらしい携帯端末を向けた。
「君、まさか気付いていないのか。僕は君の姿を写真に撮ったんだぜ。殺人犯がまさに
殺人をやろうという瞬間の形相をな!」
言うが早いか、岸上は携帯端末を持った腕を振りかぶった。
こいつ、外に放る気だ! ますますまずいぞ。
地面に落ちれば何とか見つけ出せるかもしれないが、川まで届いて水没したら、この
水の濁り具合からして発見は無理だ。だが、警察なら見つけるだろう。どの程度水にや
られたデータが壊れるのか知らないが、たとえ壊れても復元させる技術は国内最高水準
のはず。
絶対に投げさせてはいけない。そう判断したときには、岸上の指先から携帯端末が離
れる瞬間だった。
「させるかよっ」
俺は岸上の身体を押しのけ、携帯端末に飛びついた。
それから――落ちた。
五階のベランダから、地面へ、真っ逆さま……。
* *
岸上の携帯端末に飛びついた挙げ句、死んでしまった犯人であったが、そもそも岸上
の携帯端末を手中に収めても無駄なんだと、早々に悟ってしかるべきであった。
何故なら岸上東は写真に収めた犯人の顔を、手早くメールで知り合いに送り、イン
ターネット上にもできる限り貼り付けていたのだから。彼にとって初めての家電でも説
明書を一読さえすれば、楽に使いこなせる。
そんな岸上東が、命を取り留めたかどうかは……話の本筋ではないので、別の機会が
きたとき綴るとしよう。
終わり
#565/566 ●短編
★タイトル (AZA ) 25/06/05 17:31 ( 98)
書き出し指定の対処法 永山
★内容
※カクヨムにてお題「書き出し指定」に対応した作品です。
“〇〇には三分以内にやらなければならないことがあった”
「何それ?」
ユキは思わず、口走った。
休日のお昼過ぎ、ユキこと木川田雪奈《きがわだゆきな》はかねてからの約束通り、
高校の同級生(男子)の堂本《どうもと》宅を訪れた。
このあと出掛けるという堂本の母との挨拶などを経て、彼の部屋に向かう。前まで来
ると、パソコンに向かって何か打ち込む姿が目に入った。また何か書き始めたなと、遠
目に画面を覗き込むとそこに示されていたのが、冒頭に記した“〇〇には三分以内にや
らなければならないことがあった”の一文だった。
声を上げたユキに対し、堂本は振り向きはせず、ディスプレイの反射を通じて、じろ
っと見てくる。
「……木川田さん、ノックをしてくれと何度言えば」
「だってドア、開いていたから、つい」
ユキは、開け放したままのドアを指差しながら抗弁した。
「開いていても、ノックで音を立ててくれって前にも言ったよね?」
キャスター付きの椅子ごと身体の向きを換え、堂本|浩一《こういち》は上目遣いに
見据えてくる。けれども、ユキは意に介さない。
「ごめんごめん、忘れてた。ていうかおばさんに言われて呼びに来たんだけど、何か集
中してるみたいだったから。こっそり入って、驚かすつもりだったんだよっ。けれど
も、ふと目に入った画面に、変な文が書かれていたから気になって」
「変な文? これのどこが変?」
画面の方を指差しつつ、ちょっと怪訝そうに眉根を寄せる堂本。
「〇〇って、普通じゃないでしょ? それとも、いつものように小説書いてるんじゃな
かったの? 穴埋めのクイズを考えていた、とか」
「いや、小説だよ」
合点が行ったせいか、堂本の頬が緩む。
「とある小説投稿サイトで催されている企画だ。こういうお題で書いてっていう」
「オダイって『お代は見てのお帰り』の?」
「違う。『課題』の題と同じで、テーマみたいなものだよ。っていうか、『お代は見て
のお帰り』なんていう言い回し、よく知ってるなぁ」
「時代劇で見たんだよん。で、お題っていうのは落語の三題噺みたいなニュアンスでい
いのね」
「三つじゃないこともあるけどね。実際、今回はこれ一つ」
「これがテーマと言われても……どういう風に解釈すればいいの?」
分かり易く小首を傾げるユキ。一拍遅れて、堂本も首を捻った。
「解釈って。あ、テーマという言い方がよくなかったかな。今回は、書き出し指定とい
うやつ。つまり、この文で小説を始めろってわけさ」
「ふうん。〇〇は〇〇のまんまで?」
「いやいや、それはない。〇〇の箇所には、自由に言葉を入れていいんだ」
顔の前で手を振る堂本に、ユキは重ねて質問。
「なーんだ。じゃ、字数は? 二文字に決められている?」
「それもない。何文字でもかまわないはず。普通に考えれば人名だよな。まあ、ピカソ
のフルネームみたいに長くして、意味なし、字数稼ぎなんていうのはひんしゅくを買う
んだろうけど」
「なるほどー。それで、堂本君はまだアイディアが湧いてないのかな?」
「どうしてそう思ったのさ」
堂本は気を悪くした風でもなく、首を少し前に出し、興味深げに聞き返す。
「だって、思い付いていたら、〇〇の部分を埋めた形で書き出すでしょうが」
「ふふん。普通はそう思うのが当たり前。勘違いしてもやむを得ない」
にやりとする彼に、ユキはちょっと反発を覚えた。
「何よ、本当はアイディアは浮かんでいるって?」
「ああ。面白いかどうかは棚上げにして、一応の案はある」
「おっかしいなあ。アイディアがあるのなら、どうして〇〇が空白のまんまなのかな
?」
率直に疑問を呈すると、「これでいいんだ。むしろ、こうじゃなきゃいけない」と予
想外の返答があった。ユキは頭を抱えるポーズをした。
「うーん、分からん。学年トップの秀才の考えることには追いつけない〜」
「はは、そんな大層なアイディアじゃないって。要するに、今みたいなシチュエーショ
ンを物語にすればいいってだけだよ」
快活に笑う堂本。その説明で、どうにかぴんと来た。
「うん? それってつまり……お題を出されて書こうとしている状況をそのまま小説に
するって意味?」
「正解」
「むー。いい考えだとは思うけど、それってずるくない?」
「ずるい、かな」
どこがずるいとは返さず、ずるいかなと言う辺り、堂本本人も自覚はあるのかもしれ
ない。
「ええ。だってオールマイティじゃないの。どんな文の書き出し指定だとしても、当て
はめられる」
「ばれたか」
舌先をちょっぴり出して、堂本は照れたような気まずそうな笑みをなした。
「他にアイディアが浮かぶまで、とりあえず形にしておきたくてさ。実を言うと、昔か
らこの手は使っている。出オチ感があるのが難だけど、それなりにうまく書けるんだ
よ」
「キャリア、長いんだからそんなことだろうと思ったよ、まったく」
ユキは呆れたとばかり、肩をすくめてみせた。少しやり込められた形の堂本は、やり
返す糸口を探していたようで、ふと思い出したように聞いた。
「そういえば木川田さん。何でここに来たの?」
「何でって、約束してたでしょうが。ネタ作りに協力するって」
これまた分かり易くぷんすかして見せたユキ。もちろん冗談交じりにだ。
ところが堂本は、真顔で首を左右に振った。
「違う、それじゃなくって。母さんに言われて、呼びに来たって言ってなかったか?
でも変なんだよな。母さんはもう出掛けていなくちゃならない時間のはず」
「あ」
思い出したユキは、途端に冷や汗を感じた。
何故なら、呼んできてくれるように頼まれたのは、堂本の遅めの昼食の準備ができた
からだと知っていたから。より詳しく述べると、堂本の母はカップラーメンにお湯を注
いで、三分間を計り始めたところだった。
「木川田さん?」
ユキの反応に、堂本が訝り声で名前を呼んだ。
次の刹那、ユキは両手を拝み合わせ、深々と頭を垂れた。
「――ごめんっ、三分以内にやるべきことがあったのはあたしの方でした……」
おしまい
#566/566 ●短編
★タイトル (AZA ) 25/07/01 19:40 ( 77)
映像収集のお仕事 永山
★内容
家から出て来たのは髪を引っ詰めにした、多分主婦だ。私は営業スマイルで話し始め
る。
「突然お邪魔してすみません。私、“デジタルメモリレコード”の梶原信樹《かじわら
のぶき》と言います。今日はご自宅にあるテレビ放送の映像を買い取らせていただけな
いかと参った次第です」
「デジタルメモ……?」
会社名を途中まで呟き、きょとんとする主婦。
「デジタルメモリレコード。ありとあらゆる映像をデジタル化して、後世に残すとの目
的で活動する、個人の非営利組織です。テレビ局にも残っていない映像、または残って
いても門外不出の映像を発掘すべく、回っています。ご自宅にビデオテープ、ございま
すか」
「それなら結構あるわ」
「一九九〇年までのテレビ番組を録画した映像を、一時間百円を基本に買い取ります。
ここで言う一時間とは可能な限り良質な画像で換算した数値、たとえばVHSなら標準
録画での時間になります。三倍録画で三百六十分なら、標準録画に直すと百二十分にな
りますので二時間、つまり二百円です」
「中身はチェックするのかしら」
「確認した上で値付けし買い取ることは著作権法に触れる可能性が高いですので、あく
まで中古テープを再利用目的という形に」
「そうは言ってもレーベルが貼ってある物は内容がだいたい分かるわ」
「今のは建前でして、ざっとですが中身を確認させていただくこともございます。その
場合、『お客様は内容を消去したつもりだったが実際には消せていなかった』としてお
ります。現実問題、すべての映像を買い取るのは無理です。映画やドラマ、アニメなど
物語の番組はNG。ニュースやワイドショー、スポーツ中継などは無条件で買い取りま
す。年によっては多少割増できるかと」
「悪くない話だけど、実はうちにはもうビデオデッキがないのよね」
「心配無用、車に積んできています」
私は少し離れた路地に止めた大型バンへ視線を振ってみせた。
「VHS、βは無論、オープンリールや8ミリビデオその他希少な規格の機種をすべて
取り揃えており、確認のための再生も車内で行えます」
「じゃあ、お願いしようかしら」
「ありがとうございます」
私は最上級の笑顔でお辞儀した。
* *
「木村《きむら》さん、ただいま戻りました」
雇い主である木村|浩一《こういち》氏の豪邸に入り、彼の書斎の前に立つとドア越
しに声を掛けた。
「ああ。いつものように関連ありそうな物を選り分けておいてくれるか」
「もちろん。今日のお宅は息子さんが思春期だった頃にため込んだテープがどっさり」
「それは期待できるな。あっ」
不意に声の調子が変わった。しばらく待ったが会話は打ち切られたまま、再開の気配
がない。これはもしや。
「ついに見付かりました?」
「分からん。とにかく入って来たまえ」
ノブをそっと回しドアを押し開けた。中は薄明かりが灯され、窓にはカーテン。この
方が映像がより鮮明に見えるらしい。
木村氏は机に覆い被さらんばかりに前のめりになっていた。真横まで来ると、モニ
ターを食い入るように見つめているのが分かる。
「記憶に間違いはなかった」
ぽつりと言った木村氏。満足げな口調だ。画面は、深夜お色気番組の素人参加コー
ナー。
最初にこの件を依頼されたとき、ご老人の思い出のアダルトビデオでも探すのかと思
った。関西ローカルの深夜お色気番組映像をかき集めてくれというのだから。
だが、詳しく聞けばまるで違った。木村氏は一人息子を亡くしている。関西弁を使う
水商売風の女と付き合い、大金をだまし取られたのを親にも言えず、気に病んで自殺を
図った。一時は命を取り留めるも回復に至らず、およそ半年後に帰らぬ人となったそう
だ。放任主義だった木村氏は息子からその女を正式に紹介されたことはなく、二度ほど
見掛けた程度だったが顔は覚えていた。また、息子が遺書めいた走り書きに、「彼女が
あんな深夜のアダルト番組に出るような女と分かっていればもっと警戒したものを」と
遺していた。
息子の死から時が経つに連れてかえって恨み辛みがうずたかく積もっていった木村氏
は、女がどこの誰なのかを突き止めると決意し、深夜お色気番組の映像を徹底的に集め
始めたのだ。
木村氏ぐらいお金と地位があればテレビ局に問い合わせて何らかの有益な返答はもら
えそうだが、そうしないのは恐らく私的な復讐を果たすつもりだからだと思う。私は素
知らぬふりで頼まれた仕事をこなすだけだ。
「おお、名前が出たぞ。昭和は個人情報の管理意識が緩かったのは分かっていたが、こ
こまでとはな。ありがたいことだ」
一時停止ボタンを押した木村氏は、画面の文字を書き取りながら私に言った。
「梶原さん、ビデオテープ集めの仕事はもうおしまいだ。だが、次の仕事を頼まれても
らいたい」
女の現在の居場所を突き止めてくれと言うのだろう。どこまで深入りしていいのや
ら、私は判断を迫られていた。
終