●長編 #0430の修正
★タイトルと名前
親文書
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「代替案の一つでも、ないんですか」 保志が肩透かしを食らったとばかり、不満そうに尋ねた。他の何名かは代替 案を示していただけに、ここで終わっては物足りない。 「定義することと、それを実現することとはリンクしている必要はないはずで す。証明に至っていない命題がいくつもあるのと同じですよ」 「確かにそうだが、あなたの場合は腹案があるんでしょ。そのさわり、いや概 略だけでも聞かせてもらえませんかね」 「極々、簡単になら話せなくもないか……。犯人の身代わりになる人物に、犯 罪行為を疑似体験させるんですよ」 「疑似体験とは、バーチャルリアリティの装置を使って?」 可能風が尋ねる。 「そこまで大げさにするかどうかは、分かりません。必要性も含めて」 「機械を使わないなら……お芝居?」 「詮索はその辺で勘弁してください」 苦笑を浮かべ、お手上げのポーズを取った有場。これでおしまいのようだ。 「それじゃ、最後は保志さんに」 会長がマスターの方を向いて言い掛けたとき、後方で声がした。 「もし許されるのであれば、この新入りにも発表の機会を与えてもらえないで しょうか?」 ヒソカムロアヤトだ。耳当たりのよい、しかしどこか不安にさせる響きを持 つ声だと、このとき感じた。 彼の質問を保志が目で受け取り、そのまま会長に視線を移す。 「もちろん、歓迎しますぞ。皆さんも、異存ないでしょう?」 会長が自分らを見渡す。反対意見は出なかった。ただ、紫野が挑発混じりの 言葉を投げかけた。 「急な発表になるが、それを理由にしちゃいけないぜ。だめならだめで、厳し く反論させてもらうから」 「ええ。覚悟できています」 すっくと立ったヒソカムロは、前方の壇に、ゆっくり向かった。迷言解に所 属してすでに何年にもなるかのような、落ち着き払った態度に写った。 「先輩会員各位の諸説を、興味深く拝聴しました。それらに被らないよう、即 興で捻り出した理屈ですが、恐らく満足いただけると信じています」 淡々と述べるヒソカムロ。自信があるのかないのか、掴みづらい。いや、全 く掴めない。 「さて、皆さん」 彼は壇を両手で強く叩いた。乾いた音が、少なからず聴衆を驚かせる。 「このヒソカムロアヤトが、迷言解に入った理由をご存知でしょうか? 知る はずありませんね。詳しい自己紹介をしていないのだから。この場を借りて、 お伝えします。迷言解の皆さんが、およそ十九ヶ月前に旅行をなさったからで す」 ヒソカムロは言葉を切った。発言の効果を確かめる、あるいは楽しむかのよ うに店内を右から左に、じっくりと見渡す。 「分からないという顔をされていますね? 僕には子供がいます。いました。 あなた達のおかげで、死んでしまいましたので」 「ヒソカムロ君、何の冗談を」 保志が問おうとしたが、相手の「冗談ではない!」という怒声に、途中で断 たれてしまった。 「あなた方は、二日目の朝、宿の近くの河原にて、ミステリのトリックに使え そうな実験をあれやこれやとやりましたね。その中の一つに、空にしたペット ボトルにドライアイスと少量の水を入れて、キャップをきつく閉めるというの があったはずだ。トリックスター保志さん、あなたから聞き出したことだから 間違いない」 「……」 そう言われた保志だが、微動だにしない。動こうにもできないのか。 「危険なペットボトル爆弾を何本かこしらえて、破裂までの時間やその威力を 調べたようですが、その内の一本が河原を転がり、下流へと流されてしまった。 それを拾ったのが、僕の子供ですよ。水辺で遊んでいたところへ、おかしな物 が流れてきた。好奇心から近付くのは致し方ないでしょう。そして折悪しく、 子供が顔を近付けたまさにその瞬間、ペットボトルは破裂した。破片が当たっ たのか、音に驚いただけなのか、子供はその場で転びました。しかも、頭を打 って意識を失ったらしくて……そのまま流され始めたんですよ! 僕らが気付 いたときには、まだ間に合いそうだった。しかし急に流れの速くなっている地 点があって、そこに飲み込まれた子供は、じきに見えなくなった。八時間後に 見つかったときには、もう冷たくなっていた」 「……」 想像もしなかった“告発”に、自分は唖然としていた。他の人達はなおのこ とに違いない。当事者なのだから。寂として声なし、だった。 「察しのよい方なら、とうにお気付きだろう。僕は、復讐に来た」 「いったい……どうするつもりだ」 会長が問い掛けを絞り出す。 「言うまでもない。同じ目に遭ってもらう」 「やめておきなさい。うまく行くはずがない」 会長が説得調で始めた。 「お子さんのことは、お気の毒だと心より思う。あなたの心の痛み全てを分か るなどと傲慢なことは言えないが、お子さんがあなたにとって大切な存在だっ たことは分かる。そのお子さんが、あなたが殺人犯になることを望んでいると は思えないんだが」 「大丈夫さ」 にやりと悪魔的な笑みを浮かべたヒソカムロアヤト。 「今回のテーマは、奇しくも完全犯罪のようだが、僕がそれを成し遂げてやる。 よく考えてみるがいい。あなた方を殺害する動機を、僕が持っているというこ とを誰も知らない」 「誰も? まさか」 「子供が死んだとき、僕はペットボトルのことを警察には一切話さなかった。 事故が起きた瞬間から、心の中で決意したのだ。この事故の原因を作った奴に、 必ず罰を与えてやるとね。独力で迷言解を突き止め、こうして接近した。誰一 人として、僕の殺意を知らないのさ」 「し、しかし。……そう、名簿には本名を記したのだろう?」 会長のこの問いに応じたのは、ヒソカムロではなく、保志だった。 「会長、それが……まだなんです」 「まだ、とは?」 「僕も、ヒソカムロ君とは知り合ったばかりなんです。彼と話す内に、どうし た訳か、虜になりまして、すぐにでも入会をと動いたもので……」 「そういうことですよ」 復讐者の正体を現したヒソカムロは勝ち誇った。 「本名すら知らない謎の男が、初めて姿を見せた会合で、その会のメンバー達 を殺し、姿を消しても、誰が追跡できます? これから起きることは、無差別 殺人とほぼ同等なんですよ。違うのは、僕には明確な動機がある。保志さんと も知り合っている。完全殺人を起こす犯人の資格がある訳だ」 ヒソカムロはここで、腕時計を見やる仕種をした。 「そろそろ効果が出始める頃合いだが、どうかな」 「……!」 彼の言葉を合図としたかのように、メンバーの人達が次々と倒れていった。 呻き声すら上げず、ばたばたと音を立て、テーブルに突っ伏したり、背もたれ に身体をだらんと預けたり、あるいは床に頽れたり。 その様子を、自分はただただ、見ているほかなかった。席を立ち、しかし動 くことはできなくて、各人に目を向けていくのみ。 「えっと、窖霧さん?」 ヒソカムロアヤトが不意に自分の名を呼んだ。こくりと頷く。声を発しよう にも、喉がひりついて自由にならない。 「僕の調査では、君は問題の旅行に参加していない。単に迷言解の人間だから というだけで、旅行に加わっていない者まで僕は罰したくはない。そこで、毒 を無害化する薬を密かに吸わせてやった。よって君が、この気化毒で命を落と すことはない。だが、この正義の復讐に関し、他言をするのなら、僕は容赦し ない。誰にも言わないと誓えるか? 誓うなら、僕は君を仲間と見なし、完全 に見逃そう」 「――じ、自分は」 答えようとした。考えながら答える。答える。答えなければ。 答は、決まっている。 ――未完
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