●長編 #0428の修正
★タイトルと名前
親文書
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
館内を調べて回ったが、侵入者は見つからなかった。が、これで安心できる とはとても言い切れない。すぐ近くで様子を窺っているかもしれない。さらに 疑うのなら、救いを求めて来た五人――私達二人は除かせてもらったが、屋敷 の人間からすれば七人――の中に、善良なふりをして紛れ込んでいるかもしれ ないのだ。 そんな仮説を、迷った末に、全員の前で口にした。疑心暗鬼を生じる恐れが あるが、注意を喚起するには、周知徹底しておく必要がある。 「殺人逃亡犯がこの中にいるとして、ですよ」 新橋礼次郎が口を開く。ゆっくりとした口調で、考えながら話をしているの がよく分かる。 「免許証のような、身分を証明する物を持っている人は? いない」 「携帯電話は照会すれば証明になるでしょうが、現状では照会自体が無理でし ょうね」 「そうなると、理屈で容疑を絞り込むしかない。ですよね?」 同意を求められ、仕方なしに頷いた。疑心を煽るような行為は、なるべく避 けたいのだが。 新橋は、こちらの心配を知らぬまま、続けた。 「誰か一人が犯人だとしたら、私と佐由美は除外できるんじゃないですか? 私は彼女の身元を保証できるし、逆もしかり。犯人が脅して言うことを聞かせ ているのではないことくらい、見れば分かるでしょうし」 「その理屈が通るならありがたいな。僕らにも当てはまる」 中田寿樹が言い、小林英孝の肩を叩いた。小林の方は分かりにくい笑みを浮 かべているようだ。 すると今度は、唯一人、単独行動でここに辿り着いた安居恵美が声を上げた。 「私が怪しいってことになるの? 犯人は男って言ってなかった?」 「いや、男と判明しているのは脱獄した方だけで、もう一人は性別不明だ」 「そんな。私がその逃亡者だとして、こんなランナーの格好をしてると思う?」 「普通はしないだろう。でも、衣服を着替える必要に迫られ、盗んだ物が偶々 そういった服装だったということもないとは……」 中田が推測を述べると、安居は反論に窮したようだった。が、思わぬ方向か ら援軍が現れる。左巻だ。 「ちょっと待ってよー。こういうのはどうかな? 逃亡犯は二人。彼らが偶々、 逃亡中に出くわし、意気投合した。二人はコンビで行動している」 「ばかな。あり得ない」 我が助手のとんでもない仮説には、当然ながら否定の声が上がった。新橋、 中田、小林の三人が順に偶然性を非難する。 しかし、左巻は口が達者だ。男三人を向こうに回し、とうとうと言い立てる。 「こんな偶然、確率が低くて起きるはずがないというのでしたら、逃亡犯が一 人でもここに現れるのだって偶然だし、このタイミングで土砂災害が派生し、 私達が孤立させられたのも偶然。逃亡犯がこの近くに逃げ込んでいたのなら、 災害で命を落とすか、少なくとも動けなくなっている可能性の方がよほど高い と思いません?」 「しかし――」 「最初に、逃亡犯がこのお屋敷に紛れ込んだという仮定を認めた段階で、たい ていの偶然は許容すべきなんです。人を疑うからには、それくらい当然ではあ りませんか」 「……よし。じゃあ、我々二人組の者にも、なりすましは可能だと認めよう」 新橋がやや興奮気味に応じた。 「だが、それで何になる? 絞り込めないのなら、意味がない。少しでも安全 を確保し、安心したいからこその検討ではないのかね」 「今の絞り込みを否定だけであって、絞り込みそのものを否定はしてないです よ。できる限りのことをしましょう。公平にね」 左巻が調子に乗っていることが、よく分かった。今は止めても無駄だろうか ら、成り行きに任せるとする。 と、そのとき、館の主から思わぬ申し出があった。 「皆さんが望むのであれば、監禁場所を提供できるが、いかがかな」 「監禁?」 その穏やかでない表現に、誰もが本間を振り返った。本間は満足げな笑みを 浮かべると、うろうろと歩きながら話を続けた。 「怪しいとにらんだ人物を、閉じ込めておける部屋がある。外からは施錠でき るが、内側には窓もなければ鍵穴すらないという部屋がね。それも、お誂え向 きに、二部屋」 逃亡犯が二人紛れ込んでいても対応可能、という意味か。 「明日、外部との行き来が可能になるまでの間、怪しい人物二人を決めて、閉 じ込めておく。皆さん、やりますか?」 「……」 「殺人が本当に起きている、この事実を忘れずに。野放しにしておくと、寝首 をかかれる恐れ、ないと言い切れるかどうか」 「仮に、監禁を実行するとして」 誰も口を開こうとしなくなったので、聞いてみる。 「まず、その部屋は元々、何のための部屋なんです? まさか最初から監禁目 的で作られたのではありますまい」 「平たく言えば、物置ですな。ちょっとでもいる物や、骨董品の類を運び込ん でいたら、結構な量になったので」 「通気や採光はどうなんです? 人が入っても、大丈夫なんでしょうね?」 私が質問を発したことで空気の緊張が解けたのか、新橋が聞いた。 「通気は全く問題がないはず。光の方は、窓がないから暗いが、電灯が設置し てある」 「監禁されても、食事はもらえるんでしょうね?」 口数が極端に減っていた湯島が、現実的なことを尋ねた。それにしても、監 禁の実行を前提に話しているのが気になる。本当にこれでいいのか。 「無論です。まあ、私一人が決めることではないが」 「犯人が捕まって、監禁されていた人は全くの無実だったとなった場合、その 責任はどうなるんだろう?」 別の意味で現実的な疑問を投げかけたのは、小林だった。これには誰も答え られない。私は意見を述べた。 「もし仮に監禁を実行するのであれば、全員合意の上でやらねばなりません。 加えて、検討の結果、監禁されることになった者も、後に訴えることはしない と確約する必要があるでしょう」 「思いますに」 部屋の隅に立っていた渡辺が、静かな調子で言った。 「監禁という表現がよろしくないかと。せめて軟禁、隔離、一時的措置などと 表現すれば、皆さんも気が楽になるのではないでしょうか」 まただ。どうして監禁実行が、さも決定事項のように語る? 皆でひとかた まりになって過ごすとか、逆に各人個室にこもって一歩も出ないとか、身を守 る方法なら他にもあるだろうに。 だが、渡辺のこの発言は、他の者の背中を押したようだ。これより夕食を挟 み、話し合いを行い、最大で二名の者を翌日正午まで“軟禁”状態に置くこと が決まった。 話し合いを始める前に、容疑者二人の選び方について、いくつかの取り決め がなされた。 ・多数決で決める ・屋敷側の人間である本間と渡辺は投票には加わらない。討議には参加する ・安居恵美は不利なので二票分の権利を持つ。ただし、一人に二票分を投じて はならない ・時間は午後九時半までの二時間 「真っ先に考えるべきは、容疑者に関する明白な条件よ」 優先的に発言権を与えられた安居が、先制攻撃とばかり始めた。 「それは何か。男沢さんがもたらした情報。逃亡犯の一人は、三十五歳の男性 ということです。言い換えれば、外見が三十代から四十代ぐらいの男性が候補 という理屈になるわ」 「当てはまるのは、ひぃ、ふぅ……四人」 ひろみが指さし数え上げる。無論、私も含めてだ。だが、助手の発言とあっ て、反論は私に向けられた。 「お言葉だが、男沢さん。あなたが聞いたというラジオのニュースだが、正確 なのかい? 雑音でよく聞き取れなかったのを、勝手に補ったんじゃあないで しょうね?」 新橋の問い掛けに、即座に首を振って否定を返す。 「誇張や妄想のない事実です。こいつも聞いていました」 と、左巻ひろみにあごを振る。当人はにこにこ顔で首肯した。誰の味方をす るでもなく、公正にやっているのだから、後ろめたくはないのも当然だ。それ でも、助手なんだからもう少し配慮してくれてよいものを。 「知り合い同士の証言では、信憑性が薄いとは言えませんか」 渡辺が余計な口を挟んでくれた。ため息をついてから反論する。 「もしそうだとしたら、私自身には容疑が掛からぬよう、偽情報を流すと思い ませんか? 逃亡犯が三十五歳であることを伝えるメリットがない」 「確かにその通り。だが、館に集まった男性陣を見て、似たような年齢の者ば かりだったので、やむを得ず三十五歳ということにした……とも考えられます」 そこまで深読み、裏読みされるとは。 「いいですか。その場合なら、年齢の情報を伝える必要がない。ラジオを聞き 取れなかった、と言えばいいんです」 「……なるほど、そうですね」 「そもそも、こうして検討会を行うかどうか、予測できるものじゃないでしょ うに」 「さすが、探偵を仕事としてるだけのことはありますね」 新橋が言った。最前から彼は湯島と何やらささやき合っており、気にはなっ ていたのだが、どうやら話がまとまったらしい。 「男沢さんの証言に比して、中田さん達のラジオに関する証言が、怪しく思え てきたんですが、どうでしょうか」 「どういう意味だ、そりゃ」 気色ばむ中田。小林の方は、表面上は冷静さを保っている様子だ。唯一、テ ーブルに置いた手の人差し指が時折、震えて、こつこつと音を立てている。 「色々な意味がありますよ。我々に、逃亡犯が一人だと思い込ませようとした のではないかとか、詳しい情報を一切聞いていないことにしたのは誰かに罪を なすりつけるのに好都合だからじゃないのかとかね」 「く、空想にもほどがある」 中田は新橋を強く指出した。が、すぐに引っ込める。怒りを飲み込みつつも、 我慢しきれない部分が態度に出た感じだ。 「そういう見方もあるのは認める。だが、僕は違う。もちろん、小林もだ」 「証拠はないがね」 小林が渡辺の方を向いて、釘を刺した。同じことを言われないように、先手 を打った形である。そのまま、小林は自説を展開した。 「正直な気持ちを言うなら、怪しさでは、自分はやはり、安居さんが最右翼な んだな」 「今までに挙がった他に、怪しむ根拠でもおありでしょうか」 尖った口調で聞き返す安居。案の定、雰囲気がどんどん悪くなっていく。 「昼間、あれほど出たがっていたじゃないか。あれ、逃げ出そうと思ってたん じゃないのか」 「何を言うかと思ったら。私は男沢さんと一緒に出るつもりだったんですよ」 「一人ぐらいなら、振り切るなり殺せるなりできると踏んだのかもしれない」 「冗談を。だいたい、裏手で身元不明の遺体を見付けたのは、私と男沢さんで す。もしも逃亡犯なら、わざわざ遺体のそばを通りますか?」 「それは……裏を掻いたのかもしれん」 「待てよ」 中田が割って入ったかと思うと、こっちを見た。 「安居さんが助けを呼びに行こうとするのを、一番止めていましたよね、男沢 さん」 「ええ。危険と思ったので」 「本心から言ってます、それ?」 「どういう意味でしょう?」 挑発して来ているのだと感じる。しかし、ここで腹を立てても仕方がない。 平常心を心がけ、耳を傾ける。 「助けを呼びに行かれたらまずいから、止めたんじゃないでしょうね? どう しても止められないと分かると、今度は着いていくことにした。隙を見て、安 居さんを襲うつもりで」 中田の新たな説に、安居も私に驚きの眼差しを向けた。若干、距離をおこう とする仕種が見られなくもない。 「思い出してください。私が着いていくことを希望したのではなく、安居さん、 あなたから私を指名したんでしょう」 「あ――そうだったわ」 安居は緊張を解いて肩を落とし、ほっと息をついた。 「探偵さんは、どなたか怪しいとにらんでいる人がいるのですかな」 本間に問われ、困ってしまった。答えたくない質問だ。しかし、答えなかっ たり、分かりませんと言ったりしたら、無能の烙印を押されかねない。不当な 評価は辛抱できない、我ながら困った性格をしているのだ。 少し考え、場の均衡を保つためになら、推測が間違っていても、あとで言い 訳が立つ、と思った。これまでにあまりやり玉に挙がっていない人達に言及し てみることにする。 「私には天邪鬼なところがありまして。今のところ、新橋さんと湯島さんには、 たいした疑いは掛かってないようですが、本当にそれでいいのでしょうか」 「何か不審な点がありますか」 語気をやや強めつつ、新橋は湯島の肩を右手で引き寄せた。結束のアピール は、この場では長短どちらもありそうだ。 「たとえば……私達が広間に入るなり、あなたは喋り出した。あれって、主導 権を握りたい意識の表れと分析しました。主でもないあなたがそうしたがるの は、他でもない、殺人逃亡犯のニュースについて、各人がどれだけ把握してい るかを探るためではないかと」 「想像力のたくましい探偵さんだな。陳腐な台詞を言わせてもらえるなら、探 偵よりも作家に転向した方がいいんじゃないですか」 「引退後の職業として、考えてもいいですよ。ただ、今の疑問は真剣な意見で すから。皆さんも考えてみください。逃亡犯がまだ警察に捕まらず、逃げてい られるのは、災害というアクシデントも影響しているでしょうが、そこに加え て逃亡犯達が賢いからですよ、きっと。こんな場でも、疑われることのないよ う、ずるがしこく振る舞える術を身に付けているに違いない」 「くだらない。根拠のない推測だ」 「ほら、今もさも賢明なように振る舞い、意見を切り捨てる」 ちょっと言い過ぎたか。できれば投票不成立を狙っての発言を続けてきたが。 徒に混乱させるのは本意でない。ここらが潮時だろう。 「ま、それを言い出すと、私だって、探偵ぶって実は逃亡犯なのかもしれませ んがね」 このあともしばらく、愚にも付かない議論が続いたが、じきに材料が出尽く した。制限時間まで十五分ほど残していたが、決を採ることとなった。 方法は無記名投票で、渡辺が全ての準備をしてくれた。開票作業も彼の役目 となる。 「集計が終わりましたので、発表させていただきます」 渡辺はメモ用紙を片手に、こほんと咳払いした。しーんとした室内に、やけ に響く。 「ともに三票ずつで、新橋さんと男沢さんが最多得票でした」 「……」 何ということだろう。探偵が犯人扱いされ、軟禁の憂き目に遭うとは。 * * 左巻ひろみは、軟禁状態におかれる直前の男沢黎から、ある指示を受けてい た。 (誰が誰に投票したか調べてくれ、と言われてもなあ) 宛がわれた部屋にこもり、内側からしっかりと施錠した左巻は、行動に移せ ないでいた。 勝手に出歩いて、うろちょろできる雰囲気ではなかった。殺人逃亡犯と思わ れる恐れが強い。その上、もしも各人に会えたとしても、素直に答えてくれる か怪しいものだった。それだけ、あの検討会が雰囲気をぎすぎすしたものに変 えてしまったのだ。 (まあ、人狼ゲームみたいになっちゃったから、険悪になるのも無理ないとは 思うけど。それよりも、先生は何を疑問に感じて、こんな指示を出したのか) 仕方なく、ベッドに寝転がり、仰向けで考える左巻。髪の毛が蜘蛛の巣のよ うに広がる。 (当然、投票結果に疑問を覚えたからなんだろうけれど……どうして、という かどこに疑問を? 総投票数は、安居さんが二票分持ってたから、八票。で、 先生と新橋に三票ずつ入ったから、六票。差し引き二票。自分は湯島に投票し た。彼女が怪しいって訳じゃなく、犯人が万が一、暴れ出した場合、一番足手 まといになりそうなのが彼女だと思ったから。先生も同じ理由で、安居に入れ たと言っていた。これで合計八票。 ……うん、おかしい気がする。私達以外の五人が、先生と新橋に三票ずつを 入れたことになるけれど、内訳が納得できない。まず、二票分を持つ安居は同 じ人に二票を投じられないのだから、先生と新橋に一票ずつ入れたことになる。 あの討論会の流れで彼女が先生に票を入れるのは違和感あるけれど、とりあえ ずそこは棚上げ。新橋はまさか自分自身に入れるはずないから、先生に入れた。 新橋の恋人らしい湯島も、同じはず。これで先生に三票だから、残る中田と小 林は新橋に入れた。あれほど安居を疑っていた中田と小林のコンビが、どちら も安居に入れないなんてあるだろうか? 何かおかしい。この理由を話せば、誰に投票したかを打ち明けてくれるんじ ゃないかしらん? でも、あー、だめ。理由を話すチャンスが……。 少しでも話を聞いてくれそうな人って――いるじゃないの) 左巻は上体を起こした。ベッドのスプリングが微かに軋む。 (執事さんに聞けばいいんだ。あの人なら、開票もしたんだから、内訳を知っ ているし。なーんだ、最初からあの人に聞けば簡単に済む話だったんだ) そうとなれば、行動は早い方がよい。左巻はベッドから飛び降りると、手櫛 で髪を整え、服のしわを伸ばした。それからドアのロックを解除した。 扉を開け、できた隙間から廊下に首を出す。左右を窺い、誰もいないことを 確かめる。そして、渡辺がいるであろう部屋を目指し、歩き始めた。 (……そういえば) 息を潜めて歩く道すがら、無意識の内に引っかかっていたことが、心に浮か んだ。 (開票のとき、執事さんは何で、投票結果を全部は言わなかったんだろ?) * * <――逃亡中だった殺人容疑者と殺人罪で服役していた脱獄囚が、相次いで身 柄拘束されました> <――真壁(まかべ)容疑者と三村服役囚とは面識がありませんでしたが、逃 亡の最中に出会い、意気投合した模様です> <――二人は、Nにある作家の竜藤輝平(りゅうどうきへい)さん、本名・本 間国彦さん所有の家屋に侵入し、竜藤さんと手伝いの男性を殺害した後、竜藤 さん宅の家人になりすましていました> <――竜藤さん宅では、竜藤さんらの他にも男女七名の変死体が確認されてお り、身元の確認を急ぐとともに、両容疑者の関与を追及しているとのことです> <次はCMを挟み、Nで発生した土砂崩れの復旧に関して、続報をお伝えしま す――> ――終
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「●長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE