●長編 #0366の修正
★タイトルと名前
親文書
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
具体的に何も起きておらず、また、毒の混入を疑うだけの強い根拠もなかっ たため、鑑識の人を呼び寄せるのは無理だったようだ。八十島刑事が容器と紙 コップを回収し、直接、警察の方へ持って行くことになった。また、この場に 集まった面々の内、確実に容器に触れた針生さんも、用心するに越したことは ないと、手その他に毒が付着していないかの検査を受けるため、刑事に同行し た。他の事件との兼ね合いもあるが、結果は一両日中にも判明するだろうとの 話だ。 これにより、今日の集まりは思わぬ形で散会となった。ただし、形ばかりの 散会でもあった。テンドー・ケシンはマジック教室を念のために自主的に一時 封鎖とし、次の所用に発っていったが、僕ら高校生はそのまま別の場所――近 くのファミレスに移動した。美馬篠での事件について、改めて検討するためだ。 本来、十文字先輩の今日の目的は、針生さんから事情を聴くことだったが、 かような成り行きで、残った者達で再検討をしようと相成った。 全員、ドリンクバーを注文し、居座る基盤をこしらえる……と思ったら。 「十文字さ〜ん」 一ノ瀬がちょんちょんと、先輩の肩をつつく。オーダーを決めずに、何を始 めるつもりだ。 「さっきのコップ選び、負けそうだったから、毒が入ってるかも!なんて云い 出したんじゃないかにゃ? ミーはそう思うのでありますが」 美馬篠高校の面々の目もあるので放っておいたら、とんでもないことを云い 出した。先輩の顔を見やると、最初は無表情だったのが、五秒ほどでふっと頬 を緩め、苦笑した。 「流石だね、一ノ瀬君。半分当たりだ」 「やった。じゃ、ご褒美と口止め料を兼ねて、ここは十文字さんのおごりって ことで、いかがでしょー?」 「全員分? 一ノ瀬君、高いやつを頼む気満々だな。ドリンクバー程度で勘弁 してもらいたい」 「しょうがないにゃー」 メニューの冊子を立てて覗き込んでいた一ノ瀬は、やがてケーキセット(オ レンジ風味のモンブラン+ドリンクバー)を選んだ。無論、ドリンクバーより 高い。 「みんなもケーキセットぐらいなら」という十文字先輩の言葉に対し、男性 陣は遠慮した。つまり、女性陣は遠慮しなかったってこと。 「どういう意味なんです、半分当たりとかどうとかって」 落ち着いたところで、美馬篠の天野が十文字先輩に尋ねた。僕も聞きたい。 「君達が針生をどれだけ知っているのか、僕は把握していない。が、僕の知る 限り、あいつは分の悪い勝負は挑んでこない」 そう切り出した先輩に、美馬篠高校の四人と七尾さんは、それぞれ頷いた。 「あいつがさっき用意した勝負は、四つのコップの内、三つが負けというもの だった。勝率四分の一の賭けを挑んでくるだろうかと、僕は怪しんだ」 「でもそれは、フォーシングの技術で勝つ自信があったからかも」 と、美馬篠の衣笠さん。物怖じや遠慮しないタイプと見受けられる。最前、 七尾さんがケーキセットの注文を女性陣で唯一躊躇した際も、「ここは厚意に 甘えておきなって」と背を押したのが彼女だった。 「では専門家のみんなに聞くが、どんな方法が考えられる? いや、方法は云 わなくていいから、フォーシングでどの程度まで勝率を高められると思う?」 「それは……上手な人がカードを選ばせる場合なら、九割強。仮に失敗しても、 フォローが利くけれど」 衣笠さんの迷うような視線を受け、法月が引き継ぐ。 「針生先輩が用意していたあのやり方だと、コップを置いて、本当に自由に選 ばせるみたいだからなあ。どんなフォーシングのテクニックが使えるか、見当 が付かない」 「何らかのテクニックを使えたとして、それでもせいぜい勝率五割程度に高め るのが関の山じゃないの」 無双さんがさらに付け足す。比較的ボーイッシュな外見をした彼女は、さば さばした物言いをすることが多いようだ。 「高々五割の勝ち目で勝負を挑まれたとしたら、僕も嘗められたものだ」 小さく笑い声を立てる十文字先輩。どことなく、愉快そうである。 「さて、いかに僕が名探偵だとしても、嘘を一〇〇パーセント見破ることはで きない。それでも、何らかのヒントにつながると思い、針生に質問した。コッ プ一つ一つを対象に、レモンを入れたかどうかをね。結果を述べると、あいつ はどの場合も嘘をついていない、という印象を受けた。この直感を信じると、 あいつは全てのコップにレモンエキスを入れたことになる。なるほど、もしそ うであれば、僕がどのコップを選ぼうと、針生の勝ちだ」 「おかしいですよ」 衣笠さんが異を唱えた。彼女がいると、僕は出番がなくなるなあと感じつつ、 続きに耳を傾ける。 「十文字さんがコップを選んだあと、残り三つを針生先輩が飲む取り決めだっ たんですから。レモン嫌いの先輩が、知らん顔で三杯分、飲み干せるはずがな い」 「そうですよ。コップが一つだけなら、間違ってこぼしたふりで逃げおおせる かもしれませんが、三つともこぼす訳にはいかないし」 ずっと黙っていた法月も、疑問の補強を行う。 しかし十文字先輩は涼しい顔で、間を置くことなく答えた。 「今度、学校で針生に会ったら、こう聞いておいてくれないか。『先輩、ミラ クルフルーツは美味しかったですか?』とね」 その一言で全て氷解した。針生さんがどんな企みでもって、勝負に挑んでい たのか。 誰からも質問が飛ばず、全員が納得顔をしていたところをみると、皆、ミラ クルフルーツを知っているようだ。この果物を口に含んだあと、レモンや梅干 しといった酸っぱい物を食べると、酸味よりも甘味を強く感じるようになる、 らしい。帰宅してから調べてみたら、ミラクリンなるタンパク質が舌の味蕾に 結合してうんたらかんたら、効果は二時間ほど持続するどうたこうたら……と あった。 「勿論、毒が本当に混入されている可能性も皆無ではないと思った。少なくと もあの場合、事前確認なしにレモンエキスを口にするのは賢明じゃない。当然 の判断さ」 「毒の有無に拘わらず、犯人が針生先輩の命を狙っているとお考えですか」 法月の質問に、十文字先輩は質問で返した。 「君達はどう思ってるんだい」 「それは、どちらとも云いにくいかなって……」 「命を狙っているのなら、倉庫の密室で殺さなかった理由が分からない」 と、腕組みしたのは天野。続けて云う。 「氷が溶けることで落下した鉄アレイが、たまたま当たらなかっただけという のも何か変だし。葛西先輩を刃物で狙ったんなら、針生先輩も同じく刃物で狙 うのが理にかなっている」 「やっぱり、針生先輩に罪を被せるために、倉庫を密室にして殺人を引き起こ した……と考えるのが妥当な気がしますね」 衣笠が最後に付け加えた。結局、既出の推測に戻った格好である。十文字先 輩は頷くと、今日の出来事を踏まえた上でこう云った。 「もし仮に、レモンエキスに毒が入れられていたとしたら、そしてもし仮に、 それを針生がマジックに使うことを犯人が知っていたのなら、針生に濡れ衣を 着せるためという仮説は、より説得力を持つと思わないかな?」 「その場合の犠牲者は、あなただったということですか」 無双の口調は、冷静さを保とうと努めている様子だった。表情は硬く、十文 字先輩に向けた視線を、すぐに落としてしまった。 「段取り次第では、僕だけじゃなく、針生も死んでいたかもしれない」 そう認めてから、先輩は声のトーンを明るくした。 「まあ、全ては検査結果待ちさ。勘ぐり過ぎってことも充分にある」 「正直云って、犯人が動いてくれなきゃ、こっちも今以上には推理を展開させ ようがないと思いますが、いかがですにゃん?」 一ノ瀬は相変わらず軽い調子だ。遠慮知らず故、しにくい話でも、他人の家 にずかずかと土足で上がり込むかのごとくできるのは強みであろう。そばにい る者としては、ありがたい場合もありがたくない場合もあるけれど。 「一ノ瀬君の発言は不謹慎だが、一理ある。葛西殺害と針生への濡れ衣で、犯 人の目的が達成されたとしたら、捜査は難航するどころか、迷宮入りの恐れさ え高まる。そうなるくらいなら、僕を狙ってほしいもんだ」 以前、校内で何者かに襲撃された際は、ほとんど抵抗できなかったのに……。 先輩の台詞を聞いて、僕はそんなことを心の中でぼそりと云った。 でも、このあと、有力な情報交換がなされなかった現実を思うと、先輩が囮 になろうと云い出すのも宜なるかな。不意打ちでは不覚を取っても、端から囮 になるつもりならば、名探偵らしい対応が可能に違いない。 現在進行形の事件と見なし、優先してくれたのか、八十島刑事が云っていた よりも早く検査結果が出た。それは夜遅くに、五代先輩を通じて十文字先輩に 伝えられ、そこからまた僕に伝わった。 「え、何も検出されなかった?」 拍子抜けする知らせに、僕は思わず、電話口で大きな声を出した。 「早合点はよくない。何もというのは正確でないよ、百田君」 先輩は名探偵っぽい台詞を口にした。でも、たった今、何も検出されなかっ たと表現したのは、十文字先輩なんですが……。 「レモンエキスが、極端に濃度の高い塩水にすり替えられていたそうだ。ミラ クルフルーツを口に含んだとしても、吐き出してしまうほどのね」 「……」 どう反応していいものやら、迷った挙げ句、僕は尋ねてみた。 「それってつまり、犯人は、針生さんがミラクルフルーツとレモンエキスを使 ったマジックをやると知っていた? あ、針生さんのマジックの種がミラクル フルーツだとしての話ですが」 「順序立てて答えよう。まず、針生の奴は八十島刑事に、ミラクルフルーツを 使う予定だったと種明かししていた。全てを打ち明けるべきだと判断したらし い。賢明だ。さて、そのマジックの内容を犯人が知っていたと見なすのは、ど うだろう。針生の持っているレモンエキスを見つけたまではいいとして、それ をドレッシングか何かだと思い、悪戯のつもりで塩水とすり替えたかもしれな い」 「でも、殺人事件に巻き込まれたばかりの針生さんに対して、悪戯を仕掛ける なんて真似、常識のある人はしないんじゃあ……」 「その通り。だから、悪戯の犯人イコール殺人犯と思っていいんじゃないかな」 「ええ? 犯人は何のために、そんな悪戯をするんですか」 「おまえを毒殺することぐらい、いつでもできる。ほら、こんな風にすり替え て――というアピール」 なるほど。それなら筋は通らなくもない。 「この仮説が正しいとすれば、犯人は針生のレモン嫌いを知らなかったことに なる。これは有力な手掛かりだ」 「どの程度、知れ渡っていたんですかね」 「本人に聞く機会がまだない。まあ、これを条件にいきなり容疑者を絞り込も うとするより、浮かんだ容疑者が針生のレモン嫌いを知っているか否か、検討 する方が現実的というものさ」 「ただ、すり替えられたんだから、犯人は身近な人物である可能性が高いです よね。どんな方法を使ったんだろう……」 「八十島刑事が針生にいくつか質問をしている。まず、あの容器にレモンエキ スを入れ、身に着けたのはいつかと。答は、『このマジックを思い付いてから、 常に』だそうだ」 「常に? レモンエキスが腐りそう……」 「無論、中身は適宜交換していたそうだ。マジシャンは人を驚かせるためには、 普段から準備しておくものさ。周りからマジックを見せてくれといつ頼まれて もいいように」 マジシャンの心得はともかく。 かなり以前からあの魚型容器を身に着けていたのなら、それを目にした犯人 がすり替えを画策し、実行するチャンスを狙っていたことになる。 「最後にレモンエキスを新たに詰めたのは、いつだったか分かってるんでしょ うか」 「三日前の夜だと云ったそうだ。その間、学校を始めとして色々出歩いたとい うから、犯人にとって機会はあったろう。尤も、今回のすり替えの件では、警 察は動けないようだ」 何故と聞き返そうとして、やめた。考えるまでもなく、レモンエキスの入っ た容器を塩水の入ったそれとすり替えたぐらいでは、警察が捜査を始めるはず もない。殺人事件との関連が強く疑われる証拠でも出て来れば、また話は違っ てくるだろうけど。 「すり替え事件で警察が動かないなら、僕らで調べるんですか?」 「ああ。そういう訳で、学校を休むつもりだ」 「は?」 「何しろ、現在進行形の重大事件だからね。どこですり替えが行われ得たか、 急いで調べねばならないが、二日ほどかかると踏んでいる。明日の日曜はいい が、月曜を潰す必要が生じるかもしれない。その間、君のところへ五代君がや かましく云ってくるだろうが、うまくごまかすよう頼むよ」 「え、そう云われましても……」 語尾を濁しつつ、一方で考える。僕も学校を休んで付き合えと云われないだ け、ましかな、と。 あ、でも、日曜は出て来いと云われるのかな? 探り探り尋ねると、意外な 返事が。 「明日も僕一人で動く。この事件は、針生と張り合っている場合じゃない。一 時休戦して共同戦線を張ろうと、あいつに提案するつもりだ。そういう場に、 第三者がいると……正直、やりにくいんだよ」 電話の向こうで照れたような苦笑顔をなす先輩を、容易に想像できた。 日曜の夜までに、十文字先輩からの連絡はなかった。こっちから電話で安否 確認するようなことはなかったが、念のため、テレビのニュースに気を付けて はいた。男子高校生二人が夜の街で喧嘩になり、どちらかが病院に担ぎ込まれ たとしたって、臨時ニュースにはならないだろうけど。 結局、割と近場で水道管が破裂したというローカルな臨時ニュースがあった ぐらいで、あとは何ごともなかった。 そして月曜日。登校してみても、十文字先輩が休んでいるのかどうか、すぐ には分からなかった。学年が違うのだから当たり前。 僕の方から二年生のフロアまで出向く義務はあるまい。なので、何もせずに いると、一時間目が終わった休み時間に、七尾さんが教室にやって来た。 「十文字先輩が無断欠席しているらしいので、伝えておこうと思って」 「ああ、それなら」 さすが学園長の孫娘だけあって、生徒の出席動向に関して耳が早いのかな。 妙に感心しながら、僕は事情を説明していく。と、途中で首を横に振られた。 「さっき受け取った無双さんからのメールに、針生さんも同じように無断で休 んでいると」 「へえ……大方、二人で探偵に夢中になってるんじゃあ」 共同戦線を張るなら、二人とも学校を休んでおかしくはない。ただ、揃って 無断欠席という点が引っ掛かる。嘘の理由でも何でも、学校に知らせるもんじ ゃないのか。それとも、今度の事件に首を突っ込むことを学園長が快く思って いない節が見え隠れするので、単なるエスケープと思わせたいとか? 「十文字さんか針生さんの携帯電話に掛けてみたらー?」 横合いから一ノ瀬が口を挟む。珍しく端から真っ当な意見だ。「そうだな」 と頷き、僕が十文字先輩へ掛けてみることに。 呼び出し音の代わりに、電波の届かない云々のメッセージが聞こえてきた。 「だめだ。針生さんの番号、分かる?」 七尾さんに聞いたが、知らないという返事。一ノ瀬なら、ツールがあれば調 べられるんだろうけれど、今はそんな余裕ないし。 「針生さんのお姉さんに聞くのは?」 一ノ瀬が七尾さんに云う。 「でも僕、針生さんのお姉さんへの連絡方法も知らないから……無双さんを通 じて、聞いてもらおうか」 携帯電話を取り出した七尾さん。ピンク色をした華奢な機種は、“僕っ娘” には何だか不似合いにも思えた。 「えっと、確か向こう、今は授業中だから」 呟いて文字を打つ。変換に手間取った以外は、あっという間に送信完了。 「多分、お昼までには具体的なことが分かるはず」 このときはこれで終わったが、無双さんからの返事は予想より早かったよう だ。次の休み時間になるや、七尾さんが飛んできた。僕と一ノ瀬は廊下に出て いたので、そこで話す。 「大変な事態かもしれないので、大声で反応しないように」 息を切らせつつも冷静に前置きした彼女に、僕と一ノ瀬は黙って首を縦に振 った。 「無双さんからの返信によれば、針生さんのお姉さん、早恵子さんも無断欠席 している、と」 「――」 努力して口を噤み、僕は一ノ瀬と顔を見合わせた。先輩達だけなら探偵作業 にのめり込むあまりという解釈もできたが、早恵子さんまで休んでいるとなる と、見方を変えざるを得ない。 「何かおかしい……な。針生さんの自宅に電話を掛けられたら、もっとはっき りするんだろうけど」 「えーっと、何て名前だっけ。針生さんのもう一人の親友みたいな人。あっち の魔術部の部長の」 僕の肩をつっつきながら一ノ瀬。って、いくら美馬篠の学園祭に行ってない からって、魔術部はないだろう、魔術部は。 「奇術倶楽部の会長なら、布川さんだけれど」 「おお、サンキューです、七尾っち。その布川さんにも一応聞いてみたらどう かな?」 悪くない意見だが、学園長の孫娘を「七尾っち」呼ばわりはやめるべきだと 思うぞ。 しかし七尾さんは気にした風もなく、「そうだね」と応じると文字を打ち始 め、手早くメールを送った。これで再び返事待ちだ。 そういえば……僕はふと気になった。 五代先輩が何も云ってこないのは、どうしたことだろう。 結局、布川さんからも有力な話は得られなかった。 割り切りの早い一ノ瀬は、さっさと自分のやるべきことに取り掛かっていた。 僕はというと、普段、十文字先輩の強引さに閉口気味なのに、連絡が付かない となると、足下の定まらない、漠然とした不安感にやきもきさせられている。 その不安がとりあえず解消されたのは、翌火曜の授業全てが終わった、放課 後になってからだった。 試験勉強をレクチャーして進ぜようという一ノ瀬に対し、僕がどうしようか と迷っているところへ、五代先輩が現れた。挨拶もそこそこに十文字先輩のこ とで話があると告げられ、連れてこられたのが、なんと学園長室。訳が分から ないまま入ると、部屋の主たる七尾陽市朗学園長の他に、八十島刑事、そして 十文字先輩その人がいた。大人二人が一般常識の範囲内にある身だしなみを保 っている(当然だ)のに対し、先輩は風呂から上がったばかりのようなぼさぼ さ頭をしていた。実際、風呂上がりなのかもしれない。シャンプーか石鹸かの 香りを嗅いだ気がする。 最初に口を開いたのは、学園長。 「八十島刑事とは顔見知りであるね? では、これから刑事さんと十文字君か ら話があるそうだ。私は口を挟まないが、ことがことだけに、生徒の動向を把 握しておかねばなるまい。同席を願い出ると、刑事さんは快諾してくれた」 八十島刑事の様子を伺うと、わずかに口元をゆがめた。諸手を挙げての賛成 ではないと見たね。そりゃあそうだろう。事件絡みの話をするのなら、警察署 で行いたいはず。 次に話を始めたのは、その八十島刑事。この場でのやり取りは他言無用と強 く念押しし、「じゃあ、十文字君」と名探偵志望の高校生にイニシアチブを渡 した。 十文字先輩は、ソファにぐったりと腰掛けていたが、刑事の声に反応して、 すっくと起き上がった。そしておもむろに僕ら――僕と五代先輩と一ノ瀬―― の方を向く。 「まず、連絡ができず、結果的に心配を掛けて済まなかった。心から謝る」 こうべを垂れる先輩。時間が長い。やがて五代先輩が応じた。 「私はさっき、散々聞いたからもういい。探偵ごっこに巻き込んでおいて、放 ったらかしにしておいた二人に、もう一度、きちんと謝って」 促された十文字先輩は、僕と一ノ瀬の名前を云って、謝罪の言葉を繰り返し た。 反応に困る僕の斜め後ろで、一ノ瀬がほとんど即座に返事をする。 「何があったか知らないけれど、十文字さんの気持ちは充分伝わってきたから 問題なしっ――てことでいいよね、みつるっち?」 「あ? ああ、うん」 「それで、この数日で何が起きてたんです? 色んな意味で興味津々」 一ノ瀬は言葉こそ普通だが、顔付き目つき手つきが猫っぽくなっている。 十文字先輩は僕らに断ってから、ソファに座り直した。 「どこから話そうか迷うが、かいつまんで説明するなら……僕と針生徹平は日 曜の夜七時過ぎ、何者かに拉致され、月曜の夜まで監禁されていた」 「ええ?」 「おかげで身体が臭ってたまらなかったが、そのことは事件と直接には関係な い。もう少し詳しく説明しよう」 先輩が語った顛末を、なるべくまとめて書いてみると、次のようになる。 先の日曜日、共同戦線を張った針生さんと共に、レモンエキスと塩水とをす り替えられた場所を突き止めるべく、行動を開始した。可能性のある建物を巡 るだけの単純作業は、なかなか成果が上がらなかった。しかし、何軒目かに当 たった、雑居ビルの地下にある潰れたディスコホールで、事件に遭遇する。地 下の空間故、店内は闇に満たされ、電気は通じていなかった。予め持っていた ペンライトの細い光で暗がりを照らしながら、探索を行う最中、二人ははぐれ た。そしてどちらが後先かは不明だが、針生さんも先輩も何者かにスタンガン による物らしい電気的なショックで自由を奪われ、監禁される羽目に陥った。 意識を取り戻したとき、十文字先輩は相変わらず暗い部屋にいた。口にはガ ムテープを貼られ、手足を拘束され、床に座らされていた。後ろ手に紐状の物 で縛られていたため、腕時計や携帯電話で日時を確認することは不可能。目を しばらく凝らすと闇に慣れてきて、ぼんやりとではあるが、部屋の状況がつか めるようになった。どうやら、襲われたときと同じ店内らしい。声を出そうと 試みるが、極々小さな隙間から空気が漏れるばかりで、じきに疲れてしまった。 部屋の様子をもっと探ろうと、不自由な足を曲げ伸ばしして身体の向きを換 えようとした刹那、物音がした。聞こえてきた右方向に視線をやるが、すぐに は見えない。やがて浮かび上がったのは、自身と同じような格好で拘束された 針生さんの姿だった。 先輩が呼び掛けのつもりで足を使って音を立てると、針生さんはびくっとし たが、すぐに安堵した様子になり、同じ方法で返事をした。先輩の感覚では、 二人が意識を取り戻すまでにおよそ三十分ほどの差があったとのこと。 それから二人は背中合わせに接近し、手首の拘束を解こうとした。だが、プ ラスチックか何かでできた紐は丈夫で、しかも単に結んであるのではなく、本 から拘束用に作られたらしく、専用の留め具が付いていた。とても素手で外せ る代物ではない。足の拘束も同様であった。 ならばと、二人は口を覆うガムテープを剥がしにかかった。幾重にも張られ たテープに苦労させられ、苦痛も味わったが、五分程度で剥がすことに成功。 これで声を出せる。 だからといって、いきなり声を張り上げ、助けを求めることはしない。自分 達を襲った犯人に気付かれていいものなのか、ひそひそ声で相談する。結論は 割に早く出た。 「僕らを並べて監禁しておけば、いずれ意識を取り戻し、口のテープを剥がす ことぐらい、犯人にも予想できるに違いない。つまり、声を出されてもかまわ ないと、犯人は考えている」 ということは、助けを求めて叫んでも成果は恐らく期待できまい。むしろ、 自分達が目覚めたことを犯人に気付かせ、ここに来させるのがいいのではない か。状況を掴むためにも、敵との対話を成立させる必要がある。 その前にもう一つ、試しておくべきことがあった。携帯電話の活用だ。一人 で縛られていては尻ポケットから取り出そうにも取り出せなかったが、二人に なれば局面打開が成る。 しかし――十数秒後に二人は落胆を味わわされた。いつもの場所に携帯電話 はあったのだが、壊されたのかバッテリーを抜かれたのか、全く作動しなかっ た。 すっかり意気消沈した十文字先輩と針生さんだったが、もののついでとばか り、互いの腕時計の文字盤を読み取り、今が月曜の朝七時四十五分だと知った。 無論、犯人が腕時計の時刻をいじっていないと仮定しての話だが。 約十二時間も意識を失っていた事実に、先輩は衝撃と不審を密かに覚えたと いう。スタンガンの電撃を一度食らっただけで、半日も意識をなくすものなの か。ひょっとしたら、途中で睡眠薬入りの液体でも無理矢理、口中に流し込ま れていたのでは。そういえば、ひどい頭痛がする。 ともかく、日時を一応確認できたところで、いよいよ声を発することにした。 まずは普通の音量で、様子を窺う。こんな目に遭わせたのはのは誰だとか、 誰かいないのかとか、早く解放しろ、目的は何だ等々、監禁された者としてあ りきたりの台詞を吐いてみた。が、自分達の声が響き、じきに消えるだけで、 特段の反応は返ってこない。 午前八時をいくらか過ぎたところで、やり方を変える。今度は、あからさま に救いを求め、叫ぶのだ。地下の店からとはいえ、往来を行き交う人々に声が 届くかもしれない。 十文字先輩と針生さんは、順番に声を張り上げた。けれども、相も変わらず 反応はゼロ。隔絶された世界に閉じ込められた気分に一瞬なったと、先輩は述 懐した。 念のため、二人で声を揃えてもみたが、結果は変わらず。この店、この建物 はぼろぼろな外観と違い、防音設備はしっかりしているようだった。ディスコ なら大音量を流していただろうから、さもありなんと云えた。 しばらく無為に時間が過ぎ、正午前になってやっと事態に変化があった。唐 突に声がしたのである。ボイスチェンジャーを通したと思しき、かんに障るだ み声で、“そいつ”は一方的に喋った。 いかに名探偵志望でも、正確な文言までは記憶していなかったが、おおよそ の内容は覚えていた。尤も、事件解決に役立つとは思えない、ある意味事務的 ですらあるメッセージだった。犯人の声はこう云った。 <今いる部屋の四隅にはパンとジュースが置いてある。毒や薬は入っていない から、食べたければ食べるがいい> 十文字先輩と針生さんは顔を見合わせた。そして先輩は犯人の言葉が事実か どうかを確かめるべく、もぞもぞと移動し始めた。一方、針生さんは犯人にコ ンタクトを試みる。 「あんたは誰だ? 何がしたい?」 相手は逡巡したのか、若干の間ができた。返ってきた答は、<教える訳には いかない>という素っ気ないものだった。それでも針生さんはあきらめず、続 けて聞いた。 「僕ら二人を解放する気はあるのか?」 再び間があり、今度はある程度具体的な答が返ってきた。 <計画がうまく行けば、約六時間後に解放することになるだろう。うまく行か なかった場合は――そうだな、殺し合いでもしてもらうかな。生き残った方だ け解放してやろう> その頃、先輩は一番近い部屋の隅に、パンとジュースが二つずつ置いてある のを確認した。中身に異常がないかどうかまではまだ分からないが、一応、犯 人は事実を語っていると知れた。部屋の他の隅も同様と思えた。 ――続く
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「●長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE