●長編 #0363の修正
★タイトルと名前
親文書
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
再読したあと、便箋が学校指定の物と気付いた。わざわざ、校内の購買部で 買って来たとみえる。 (『死ぬ』という一点が穏やかじゃない。あいつらしくない表現だ。気に掛か る……。ああ、まずい。ぐずぐずしているとマジックの時間が来てしまう。し ょうがない) 針生は靴を脱ぎ、便箋をそこへ隠した。履き直し、違和感のないことを感触 でしかと確認してから、隣の奇術倶楽部に向かう。 「――揃ってるか? 布川との打ち合わせはばっちりだぜ」 殊更に明るい調子で云うと、四人の後輩達――所属違いではあるが――から は、負けないほどの明るい返事があった。 「腕が鳴りますよ!」 四人とも、プロのマジシャンから手解きを受けており、人前で手並みを披露 したことも何度となくあるという。物怖じも緊張もしないのは、当然か。 「結構。では、もうそろそろしたら、体育館に移動するぞ。そのとき、第三者 に種を見られないようにな」 「忘れてましたけど、携帯電話で連絡を取ればいいんじゃないですか」 和風喫茶を出るなり、僕は思い付きを口にした。十文字先輩は手帳を大事そ うに仕舞うと、「ケータイ?」と聞き返してきた。話を聞いていなかったのだ ろうか。 「ええ。針生さんに携帯電話で、今、どこにいるのか聞いたらどうでしょう?」 「あいつの番号を知らない」 「あ、そうなんですか……」 「針生が携帯電話を持っているかどうかすら、関知するところではないのでね。 針生も僕の番号を知るまい」 そういう仲なんですね。妙に納得。 「どうせ、じきに奇術倶楽部の舞台が始まる。終わってから訪ねるのが確実だ ろう」 「じゃあ、それまでどこで時間を潰しましょう……」 「しょうがないから、奴のマジックを見物してやるさ」 「あれ? 好きじゃないと云っていたのでは」 「体育館にいないと、マジックの終了をすぐに把握できないじゃないか」 とか云いながら、その実、針生という人のマジックにも関心があるんだった りして。機嫌を損ねないために、声に出して聞きはしないけれど、そんな気が する。何故って、針生さんと会うためだけなら、ミステリ研の教室で待ってい ればいいのだから。 「観るなら観るで、早く行って、いい席を取らないと」 「いや。前の方には座りたくないね」 種を見破る気はないってことか。僕が勝手に解釈していると、先輩はぼそり と付け足した。 「目が合ったら嫌じゃないか」 そうして、さっさと――多分、体育館のある方角へ――歩き出す。僕は爆笑 したいのを我慢し、あとに続いた。 やがて体育館らしき建物が視界に入る。周囲には人が結構いた。勿論、全員 がこれから始まるマジックを観るとは限らない。一つ前の出し物の人気が高い だけかもしれない。 「先輩。先輩は去年も来られたんですよね」 「来たね」 それが何か?とばかりに、名探偵は肩越しに振り返った。 「そのときも、マジック、あったんですか? 針生さんがやって、好評だった とか」 「さあ、どうだったかな。忘れた。――開場時間になっている。入るとしよう」 はぐらかされた。 とにかく僕らは体育館の玄関をくぐった。入口で、係?の男子生徒が数字の 印刷された紙――縦横五センチほどの正方形――を配っている。先輩が160、 僕が161だった。入場者数を把握するための整理券代わりだろうか。 紙を財布に仕舞い、開け放たれた内扉を通って中に入る。広い。ざっと見て、 パイプ椅子が五百脚以上は並べてある。その約四分の一が既に埋まっていた。 この学校の生徒職員だけでなく、外部からの客も大勢いるようだ。 「やっぱり、そこそこ人気あるみたいですね」 いちいち応じるのが面倒になったのか、無言の十文字先輩。僕も黙った。先 輩は客席の中程の列、一番右端に座った。僕は前を失礼して、空いている隣に 収まった。 腕組みをした先輩は、周囲を見渡し、今気付いたという風に、僕に聞いてき た。 「カップルらしき二人連れが割といるな。百田君には休日、デートするような 相手はいないのかい?」 今日、ほとんど強制的に僕を連れて来ておいて、そんなことを聞きますか。 返事は自棄気味になった。 「いたら、十文字先輩に紹介しています」 「何だ。一ノ瀬君と仲がよいようだが」 「あー、あれは変に懐かれているだけというか。いいなと思ってる人は、他に いますよ」 よっぽど、音無のことを話題にしようかと考えたが、やめておいた。当然、 夏休みの予定についても、まだ尋ねていない。十文字先輩の機嫌が最高のとき を見計らって質問し、音無にとって(そして僕にとっても)最高の返事を引き 出したいのだ。 だから、「そういう先輩は、五代(ごだい)先輩とどうなんですか」なんて 質問は、決してしない。してはいけない気がする。 会場は、開演時間の五分前ともなると、三分の一以上が埋まった。たいした ものだ。黒い厚手のカーテンが全て引かれ、必要最小限と思われる照明が点る。 舞台の向かって左手には大型モニターまで用意され、否応なしに期待してしま う。やがて時間が迫り、携帯電話の電源を切るなどの注意がアナウンスされ、 正面玄関と上がってすぐのドアがともに閉じられた。 「前に観たときより、凝った演出にしているようだ」 先輩の呟きに被せるように、始まりを告げるアナウンスがあった。BGMが 小さく流される。学校の体育館にしては、なかなかよい音響設備だ。 <本日は、ご来場ありがとうございます。只今より、美馬篠高校奇術倶楽部の 文化発表会公演を開始いたします。最後までごゆっくり、お楽しみください> 型通りの口上が済めば、あとは説明も紹介もなしに、いきなり始まった。照 明が恐らく最弱にまで落とされ、暗くなる場内。ステージを注目していると、 中央にスポットライトが当たり、人影を浮かび上がらせる。 正装をし、シルクハットを被った女性が一人。当然、ここの生徒なんだろう けど、随分と大人びて見える。彼女は帽子を取ると、深々とお辞儀した。面を 起こすと、整った顔立ちが目に留まる。毛先のカールした長い髪が、よく似合 っていた。 彼女は丸い一本足テーブルに帽子を逆向きに置くと、その中から大きめの蝋 燭とマッチ箱を取り出した。これだけでもそれなりに不思議だが、シルクハッ トの二重底を想像できるせいか、拍手はまばらだ。 蝋燭をテーブルのよく見える位置に置き、女性マジシャンは視線を斜め上に やった。合わせたかのように、再び照明が弱まり、暗くなったところで、蝋燭 に火が灯る。観客の目を炎に充分に惹き付けたあと、女性マジシャンは右手を 火に近付け、人差し指と親指を二度、付けたり離したりした。そしてやおら、 火をつまみ上げる。「あっ」という声を漏らしたのは、僕一人ではなかった。 暗がりの中、火は消えることなく、彼女の人差し指の先に移り、ゆらめく。 どんな表情をしているのかは分からない。炎の周辺だけが、ぼーっと浮かび上 がった。 それから彼女は、人差し指と親指とで輪を作り、すぐに離した。すると、火 が親指の先に移った。人差し指の方は、光らなくなっている。その後も、光る 指先で他の指に触れると、明かりが移るという現象が繰り返された。右手のみ ではなく、左手にもそれは波及した。光と闇による幻想的な演技に、拍手が徐 徐に大きくなる。 やがて、火の明かりは増え始めた。十指に広がると、彼女は両手を握り締め、 左右を密着させた。次の瞬間、ぱっと開いた両手には白いボールのような物体 が載っていた。 場内が明るくなり、拍手や歓声は一層大きくなった。それらが収まるのを待 ち、女性マジシャンは球体をテーブルに置いた。蝋燭やマッチ箱を片付けたあ と、軽く目を瞑って、球体の上に両手をかざす。何やら念じるような仕種に、 一転して静まる僕ら観客。照明はみたび、落とされていった。 薄ぼんやりと見える舞台上で、不意に白い球体が浮いた。彼女の両手のひら の間、やや下方の位置を保ったまま、徐々に高く上がっていく。その間にも照 明は弱くなり、またも闇になる……と思いきや、球体が光を発した。距離があ ってしかとは分からなかったが、球体は白色電球らしい。 光るボールはふわふわと不安定な浮遊を続け、演者が身体をぐるりと一周さ せても、落ちることはない。改めて拍手が起こった。 と、女性マジシャンが天井を見上げた。次に、両手を振り、光る球体を投げ 上げる仕種をしたかと思うと、球体が見えなくなった。つられて上を見た僕ら 観客が、急いで視線を戻すと、女性マジシャンがスポットライトの中、両手に 何もないことを示している。それから、始まりと同様、深く頭を下げた。 観客は、あちこちで「凄い」「どうやったの?」なんて呟きを挟みつつ、拍 手喝采を惜しまない。僕も正直なところ、いくら用意が大がかりでも、所詮は 高校生の奇術と甘く見、宴会芸レベルの手品を想像していたから、驚いてしま った。度肝を抜かれたと表現しても差し支えない。 こうして最高のスタートを切ったショーは、その後もレベルを落とさない。 二番手は、見た目はスポーツに精を出していそうな男。意外と器用な手つきで、 複数の輪っかを通過させて組み合わせたり外したりするマジックを披露した。 輪の一つを白いロープに変えたところで、三番手にバトンタッチ。そのロープ を受け取った三番手は眼鏡を掛けた女性で、魔女のような衣装がやけにマッチ している。ロープを鋏で切り、復元するマジックはありきたりであるが、口上 がいかにも魔法使いのおばあさん然としていたのに加えて、最後にロープが蛇 (もちろん作り物だが)になったのは、雰囲気によく合っている。シャボン玉 がピンポン球に変わるマジックを披露したあと、彼女は下がり、代わって登場 したのは遠目でもさらさら髪と分かる二枚目の男。固定ファンでもいるのか、 黄色い歓声が一部から上がった。男はそれを気にする様子もなく、前の“魔女” が残していったピンポン球を手に取ると、指に挟んで徐々に増やしていく。両 手の指の間が、八つのピンポン球でいっぱいになったかと思うと、一瞬にして ピンポン球が金色に輝くコインになった。八枚のコインを手の甲で踊らせるよ うに扱い、手の中でひとまとめにし、次に手を開いたときには四枚に減ってい た。テーブル上の透明なグラスに、それらのコインを入れていくと、金属とガ ラスのぶつかる乾いた音がした。が、何故か四回を数えても、音は続く。実際、 彼の手からは次から次へとコインが出ては、グラスの中へと落とし込まれてい った。 この男が引っ込み、新たな男が出て来ると、隣の十文字先輩が小声で教えて くれた。あいつが針生徹平だ、と。 僕は目を凝らした。そして、いささか拍子抜けした。パズル等において十文 字先輩と互角に渡り合う程だから、相当な切れ者をイメージしていたが、どう も違う。今は舞台に立つ演者として着飾っているが、もしも学生服を着ていた ら、平凡な一生徒にしか見えまい。お姉さんの早恵子さんの方が存在感があり そうだ。針生徹平という人はお姉さんよりも背が高いようだが、逆に存在感を 消すことでその他大勢に溶け込める空気を纏っているような。 そんな針生徹平の最初のマジックは、トランプ。まず一組のカードを開き、 カラフルな扇形を作る。この手捌きを幾通りかやってみせたあと、トランプを テーブル上のシルクハットに投げ入れ、両手を空にした。が、すぐさま新たな トランプの束が現れ、扇になる。これを繰り返し、さらには指の間から無数と も思える大量のカードを出しては散らし、散らしては出しし、シルクハットを 満たしていった。クライマックスは、シルクハットをひっくり返し、中を空に したことを観客に示した後、再びテーブルに置き、魔法でも掛けるような手つ きをすると、そのシルクハットから大量のトランプが盛大に噴き出した。 「派手で見事ですけど、どうして前の人のコインが増えるマジックと似た演目 をしたんでしょう? 得意なネタが似てるのなら、登場順を変えればいいのに」 「このあとの仕込みに関係してるんだろうね。リーフレットによると針生以外 は一年生とあるから、仮令、正規メンバーでなくても、針生を五番目に据える べきと考えたのかもしれないし」 「へえ、あの四人、僕と同い年か。たいした腕前だなあ」 二人でそんなやり取りをする内に、舞台中央を埋め尽くしていたトランプは 片付けられ、新たな演目に入った。 最前、一番目から三番目に演じた男女三人が、制服姿で出て来た。何をする のかと見守っていると、スプーン曲げや念動力、透視といった超能力ショーを 面白おかしく演じ始めた。要はコントだ。スプーンが曲がらずにネクタイが曲 がったり、角度によって糸が丸見えになる念動力をやったり、透視がちっとも うまく行かないと思ったら女の子の眼鏡が黒サングラスに変わっていたりと、 笑いどころを鏤めつつ、マジックを挟んだ構成となっていた。 笑いと皮肉たっぷりのコントが終わると、モニターに注目するようにアナウ ンスがあった。テーブルマジック(クロースアップマジック)の始まりだ。舞 台には大きな丸テーブルと、六脚のパイプ椅子が運び込まれた。説明によると、 会場から観客を五人選び、間近で体験していただくとのこと。選ぶ方法は、入 場時に渡された紙の番号で、ランダムに決定する仕組みだった。段ボール製の 抽選箱に、演者が順に手を入れ、引いた紙にある数字と一致した者が壇上に招 かれる。 最後に針生さんが引き、書かれた番号を口にした。 「160番の方。いらっしゃいますか」 十文字先輩の番号だ。何という偶然。宿命のライバルたる証か?なんて考え が、頭をちょぴりかすめた。 「やれやれ。百田君が望むなら、代わってもいいが、どうだね」 「い、いえ、結構です。僕はここで」 「そうかい。舞台上だと、種に気付いても、流石に口にできないので困るんだ が」 渋々と、しかし笑みを浮かべて、先輩は席を立った。 さあ、どうなるのかと不安込みの興味津々状態で、成り行きを見守る。だが、 僕の期待は肩透かしを食らった。最初に、最前の超能力コントに出ていなかっ た一年男子がコインを使ったマジックをやり、では次が針生さんかと思いきや、 もう一人の一年男子が出て来て、カップとボール三つずつを用いたマジックを 披露した。三番手には、オープニングを飾った女子がトランプを使ったカード マジックをいくつか見せ、それで終わり。針生さんはクロースアップマジック を演じなかったのだ。 「十文字先輩が選ばれたので、控えたんですかね?」 戻って来た先輩に尋ねてみると、首を横に振られた。 「残念ながら違うだろう。あいつは多分、クロースアップマジックの類は得意 じゃない。僕も見たことがないからね。元々、見せる気がなかったんじゃない か。客選びの籤引きの際、あいつも引いたから、もしかしたら……と思わない でもなかったが」 「そうなんですか」 不安になる必要はなかった訳か。 変にがっかりしていると、これが最後のマジック云々というアナウンスが聞 こえた。大掛かりな演目らしく、電話ボックス大の箱が運び込まれ、舞台中央 に設置された。程なくして、有名なスパイ映画のテーマミュージックが流れる。 舞台上手から黒尽くめの格好をした人物が駆け出し、それを追う形でトレンチ コートに帽子を被った男――針生徹平その人が「待てー!」と叫びながら登場、 ともに下手へ消える。どうやら、私立探偵が犯人を追い掛けている構図のよう だ。 下手から上手へと同じことをやり、三度目に上手から登場したとき、探偵が 追い付き、捕らえた。と、安堵する間もなく、犯人の仲間が現れ、探偵を背後 から襲い、昏倒させた。そして二人掛かりで引きずり起こすと、くだんの箱に 押し込め、手足を鎖で拘束した。箱の蓋が閉じられるが、顔の高さには丸く穴 が空いており、探偵の表情はよく見える。一種の覗き窓だ。犯人達は探偵の頬 をぺたぺたと叩いて、目覚めさせたあと、金属製らしき銀色の板を一枚ずつ持 った。それらを箱のサイドから、箱を三等分する位置に差し込む。人体切断マ ジックだ。犯人の一人は、真ん中に当たる部分を、横に引っ張り、完全にずら した。舞台の向こう側の衝立が見通せる。 探偵の顔が苦悶に歪む。が、それはほんの短い時間で、平気な様子になった。 犯人達は頭を抱え、驚くポーズ。真ん中の箱を押し戻すと、蓋(というか扉) を開き、探偵の全身がどうなっているのかを確認する。押し込められたときの ままの状態で、何ともないのは、観客席からでも分かった。 高笑いする仕種の探偵に、犯人達は悔しがり、ダイナマイトと目覚まし時計 をくっつけたような代物を探偵に示した。この時限爆弾で吹っ飛ばしてやるぞ という意味だろう。慌てる探偵に対し、犯人二人は覗き窓を閉め切り、足下付 近に爆弾をセットした。 がたがたと揺れる箱。爆弾からは煙が出始めた(変わった時限爆弾だと笑い そうになった)。そこへ、サイレンの音が鳴り響き、舞台には赤い光が当てら れる。同時に、舞台の両袖からは、銀色の耐火服に身を包んだ消防士姿の何人 かが飛び出した。手にはめいめい、消火ホース(の先だけ)を持っている。内 一人の合図で、一斉に消火開始! 勿論、本当に火が出ている訳ではないし、 水や消化液が出る訳もない。が、ともかく消火は成功し、煙は消えた。それか ら囚われの探偵を救出すべく、消防士達は箱を開けに(もしくは壊しに?)掛 かる。押したり引いたりする内に、勢い余ったか、全員が箱ごと前のめりに倒 れた。すると箱がばらばらに壊れ、中が露わに。しかし、そこに探偵の姿はな かった。首を捻りつつも、消防士達は退場。 当然、僕は(きっと他の観客達も)よくあるマジックを思い浮かべていた。 どこか全く別の場所から、針生徹平扮する探偵が生還するに違いない。普通の 学校の体育館に奈落があるとは思えないので、方法は分からないが、とにかく 針生さんは舞台を秘密裏に抜け出しており、僕らをあっと云わせるようなとこ ろから姿を現すはず。 そう信じて待っていたのだが……現れない。それどころか、変化が起きない。 三分経つか経たないかの頃、舞台裏が騒がしくなったような気がした。僕達観 客側もざわつく。 「ハプニングですかね、これ?」 「うむ……。焦らす演出にしては、長すぎる。スマートでない」 十文字先輩は鼻の頭を指の腹で撫で、思慮深げに眉間に皺を寄せた。 「何か起きたと見るべきだね。舞台裏だか楽屋だか控室だか知らないが、行っ てみよう」 決断するや否や、先輩は席をすっと離れた。僕も急いであとを追った。 (このマジックなら、囚われ役を演じた人は、外を回って来る可能性が高い) 最前列で観ていた七尾弥生は、考えを素早くまとめると、身を低くして椅子 を立った。そのまま目立たぬよう、舞台とは反対方向、体育館の玄関へ向かう。 扉は閉まっていたが、押すと簡単に開いた。 外に出る。左右を見渡す。行き交う人は疎らながらいた。が、舞台から消え た探偵の姿は見当たらない。 (人に見られたくない気持ちが強くて、舞台裏手からここまで回り込めないで いる? そんな莫迦なことはないよね。普通の格好をして、普通に歩いて来れ ば、誰にも気付かれない) 玄関とは反対側まで見に行ってみようかと考えた七尾だが、取りやめた。舞 台裏やその近辺で何か起きているのなら、他に人がいるのだから、じきに状況 把握できるはず。今更、部外者の自分が行っても仕方がない。 (あっちに探偵役の人がいないのなら、こっちまで探しに来るだろうから、こ こでしばらく待っていよう。そしてもし、本当に探偵役の人が舞台裏手にいな いのであれば、僕にできることは……) 七尾は改めて、マジックの演出プランについて想像してみた。どこから現れ るのが最も効果的か。体育館の二階部分に当たる回廊? 観客に紛れて座って いる? いずれも難しそう。可能な選択肢の中では、玄関側から入り、あの内 扉をばん!と開けて登場するのが常道だけれども……。 (もしかして、少し捻った? 玄関からじゃなくて――) 体育館へ向き直り、目を走らせる七尾。出入り口の両サイドには結構なスペ ースがあり、ともに窓があることに気付く。自らの経験に照らし、そこが用具 置き場であると見当を付けた。 (そういえば、中から見たときも、スライド式の大きな金属扉があった。用具 置き場で間違いなし。あの窓を前もって開けておいて、中に潜り込み、用具置 き場から現れるというプランだったのかも。向かって右の窓なら、道から外れ ていて、人目に付きにくいし) 壁際まで近寄り、試しに手を伸ばしてみた。だが、七尾の身長では窓まで届 かない。ただ、その窓が僅かに開いていることを発見したのは収穫かもしれな い。 急いで体育館内に引き返し、右手の用具置き場に向かおうとした。しかし、 すでに二、三人が集まっている。 (あ、天野君だ) 知っている顔を見付けて安心した七尾は、足を止めずに用具置き場前の輪に 加わった。 「お、七尾さん」 天野が気付き、先に声を掛けてくれた。 「ケシン先生から道具を貸してもらったというのに、最後の最後で失態を見せ ちまったようだな。格好悪い」 「それより、どうなってるの? そこから探偵役の人が現れる予定だったんじ ゃ……」 「何だ、分かってたのか。俺達が集まってるから、やって来たのかと思った。 一応、他の客には秘密な。まだ、完全に中止とは決まってないから」 「それで? いたの?」 「いなかった。代わりに、あんな物が」 顎を振る天野。七尾がそちらを見やると、別の男子生徒が白っぽい紙を持っ ていた。文字が書かれているようだが、館内の照明は弱いままで、ために、読 み取れない。 七尾は目を凝らし、そして記憶に引っ掛かった。問題の紙に、確かに見覚え があった。 「すみません。その紙、よく見せてくれないでしょうか」 請われた男子生徒はその細い目で、見知らぬ相手を誰何する。天野がすかさ ず紹介した。 「布川部長、彼女が七尾弥生さんです」 「あ、この子がそうなの?」 これだけで通じた。布川の目尻が下がる。 「君のことなら、よく聞いているよ。こういう状況でなければ、お手並み拝見 したいところなんだけど」 「いずれお願いします。それで、その紙ですが、僕、見たことあるかもしれま せん」 切羽詰まった口調で云うと、布川も「え、まさかぁ」と半信半疑ながらも、 差し出しくれた。折り目通りに畳まれたそれを、七尾は指先で挟むようにして 受け取った。真上から眺めたり、掲げて透かし見たりと、あれこれ試す。ほん の僅かに透けて見える罫線や模様が、記憶にあるそれと合致した。 「これ、針生徹平さんに渡してほしいと頼まれた物と、凄くよく似ています」 「え? 何だって?」 訝る天野や布川らに、七尾はできる限り手短に、奇術倶楽部の部室を出たあ とのことを伝えた。 「――話は分かった。だけど、君は中身を読んでいないんだよね」 布川が聞いてくる。七尾は頷いた。 「だったら、そのときの紙がこれと同一とは断定できない。この便箋は学校指 定の物で、裏から透かし見ただけでは、違いが分からないと思う」 「でも、同じという可能性も……」 「いや。だとしたら、話がおかしくなるぜ」 今度は天野が否定する。 「頼まれた紙、針生先輩に渡したんだよな」 「ええ。それはもう、すぐに」 「じゃあ、何で針生先輩は渡された紙を残して、姿を消さなくちゃならない?」 「え?」 混乱した。姿を消した探偵役の人って……? 「あの、最後のマジックで探偵の役をしていた人が、針生さんなの?」 「ああ。気付かなかったのか? そんなに凝ったメイクなんて、してなかった のに」 当てにならない記憶力だなと云わんばかりの天野。七尾は大きくかぶりを振 った。 「じゃあ、僕が手紙を渡した針生徹平は、誰?」 自分の発した疑問に応える声はなし……と思えた矢先。 「興味深い証言だ」 布川部長の後方から、鋭い声が飛んで来た。 僕と十文字先輩はやや離れた位置で、奇術倶楽部の人と知り合いらしき女の 子との会話を聞いていた。 異変を察知して舞台裏に駆け付けた僕らは、当初、部外者扱いされて、追い 出されかけた。が、居合わせた奇術倶楽部部長の布川さんが十文字先輩と顔見 知りで、取りなしてくれた。その上で状況を教えてもらった。 針生徹平扮する探偵は舞台を離れ、予定通り、裏口から外に出たという。そ の後、体育館の周囲を半周し、体育用具置き場から現れる段取りになっていた のだが、実際にはそうなっていない。どうしようかと話し合っていると、十文 字先輩と僕が押し掛けた訳である。 その後、とりあえず体育用具置き場を見に行こうと決まり、奇術倶楽部の三 人を舞台裏に残して、こちらに移動して来た。そこへ、この“僕っ子”少女が 現れたという次第だが。 「あの子を知っているかい、百田君?」 小声で尋ねてきた先輩に、僕は首を左右に振った。 「そうか。確認したかったのだが。僕の記憶に間違いがなければ、彼女は僕ら と同じ、七日市学園の生徒だよ」 「え?」 我が校には学内有名人が大勢いるが、一年生である僕は、まだあまり詳しく ない。一方、十文字先輩は名探偵を志すだけあって、情報収集を欠かさない。 「学園長の孫娘が、今年入学したと聞いている。フルネームは七尾弥生といっ たはず。マジックが趣味とも」 「じゃあ、まず確定じゃないですか」 僕は改めて、学園長兼オーナーの孫娘なる人を盗み見た。ガリ勉のイメージ は欠片もなく、ストレートヘアが似合う、平凡な女の子といった感じだ。高校 一年生にしては、小柄な方かもしれない。くりくりっとした目が、好奇心の強 さを窺わせた。 「自己紹介と行こう」 十文字先輩が云うので、僕は服の前面を手で払い、前髪を整え、見栄えを気 にした。心の準備だ。 それなのに、先輩と来たら……いきなり「興味深い証言だ」なんて発言をし て、話に割って入ってしまった。そりゃあ、あなたにとってはそれが名刺代わ りになるかもしれませんけどね。 「初めまして。僕は十文字龍太郎。七日市学園の二年生です。彼は同じく一年 生の百田充君」 勝手に紹介された。急いで頭を下げる。同学年ではあるけれど、学園長の身 内と聞いただけで、目上の感がある。 対する七尾さんは、まず驚き、次いで困惑し、それから笑顔を作って、「こ ちらこそ、初めまして」と挨拶を返してきた。 「十文字さんの名前は、祖父から聞いてます。入学して間もない頃、学園内で 事件が起きましたが、そのときにご迷惑をお掛けしたとか」 「いやいや、あの程度は迷惑の内に入りやしません。ところで、目下、僕の関 心事は先程のあなたの証言でしてね。掻い摘んで云うと――七尾さんは仮面を した人物から手紙を託され、自称・針生徹平に渡した。しかし、その文面まで は知らない――こうなる?」 「その通りです。僕自身は、同一の手紙だったと信じていますけど」 「仮に、針生の偽者に再び会ったら、すぐに指摘できるかい?」 初対面かつ学園長の孫娘相手という事実が影響したのか、丁寧語だった十文 字先輩の言葉遣いが、ここに来て普段のそれに戻っていく。事件?に集中し始 めた証拠かもしれない。僕は「さん」付けをしばらく続けるとしよう。 「多分、できると……。短い間だったけれど、感じのよさそうな人だと思いま したから」 「結構。現時点では、針生徹平の身に何らかのトラブルが起き、その原因を作 った者、要は犯人が手紙を置いて逃げた、と仮定して、話を進めるとしよう。 手紙は犯人からのメッセージと考えるのが妥当。ということで、布川。もう一 度、その手紙を見せてくれ」 布川さんは問題の紙を渡しながら、「それよりも何よりも、公演をどうする かを早く決めないと」と困り果てた声と顔で云った。 「第三者からのアドバイスでしかないが、切り上げるべきだと思うね。ただし、 ここでぷつんと終わらせるのではなく、針生がマジックを続けられなくなった 旨を説明するんだ。その上で、一年生メンバーで穴埋めのマジックを見せるこ とができるなら、そうするのがいい」 「――できるか?」 布川さんが天野に聞いた。この一年生マジシャンは数秒考え、「フィナーレ にふさわしいかどうかは別として、見せていないネタならまだあります。他の 三人も同じだと思う」と返事した。 「よし。じゃあ、急いで戻って、四人で相談して決めてくれ。準備ができたら、 合図を。それまでにお客さんには説明しておく」 「了解っ」 意思決定がなされると、あとは早かった。天野は舞台裏へと猛ダッシュで走 って行く。布川さんも足を動かし掛けたが、念のためという風に十文字先輩に 聞いてきた。 「針生は急病ってことでいいよな?」 「だと思う。決めるのは君だ、布川」 「分かった。針生を見付けてくれ」 こうして布川さんも走り去る。用具置き場前には、七日市学園の生徒三名が 残った。 「穴埋めのマジックが始まるのなら、一旦、出るとしよう。暗くなるかもしれ ないからね」 先輩の言葉に従い、内扉の向こうに移動する。ここなら、外からの明かりが 射し込んできて、手紙を読むのに差し支えない。その文面は、以下の通りだっ た。 <針生徹平に告ぐ 我が名はジョン=ドラゴン・クロス 謎を編み、謎を切り裂きし者 貴君を一級のソルバーと見込み、ここに謹んで謎を編む 美馬篠高校文化発表会の期間中、当校に関わるものが死ぬ その真相を暴い てみせよ 手掛かりは次の暗号にあり ノギ一ョノウ一ノイ一エ ノタノ丁一イノ一イ丁半 イョ丁クイ一丁イノ丁一 ノノイ一丁ノ半一コソ二 ョゴウインクコギイョ丁 タイギ丁ョイウ丁イエス ※行間を読め 明日が終わる迄に解けぬときは、我の勝利を宣言する 貴君の健闘を祈る ジョン=ドラゴン・クロス> ――続く
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