●長編 #0349の修正
★タイトルと名前
親文書
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「――私とトメさんだけ、深夜のアリバイが成立するとは、かなり無理のある 設定ではないかと」 滝田は苦笑を交え、感想を述べた。 謎求会メンバー全員が了解の下、ゲームは始められた。さすがに芝居全てを 行うのはもやは白けるだけと言うことで、筋書きのほとんどが朗読の形で滝田 に伝えられた。問題に挑戦する滝田は、動機は勘案しなくてよい(一応、用意 されている現実の人間関係とは異なっており、想像のしようがないので)、医 師の見立てに嘘はないという条件を頭に入れ、全てを聞き終わった。 「まあ、そこはそれ」 沖島が陽気な口ぶりで言う。 「夜中に眠れず、自室を抜け出てぶらぶらしていたら、廊下でたまたま出くわ し、話し込んだということにでもしておいて」 「了解しました。それにしても……今どき、ダイイングメッセージですか」 滝田はサンドストローム、留美の二人に向けて呆れ声を発した。 この発言に対し、サンドストロームは砂辺の通訳に耳を傾ける。一方、留美 は間髪入れず、反駁を。 「私が考えたトリックじゃないからね」 「それでも、ダイイングメッセージを残す死体役を演じる者として、少しは抗 議したんでしょうね? 極論すれば、ダイイングメッセージは答合わせができ ないトリックだから、決め手になりませんよ。作家にとっちゃ、作りやすくて 便利かもしれませんが、乱用はいただけない」 「死にかけていたら、必死になって助けを呼ぶのが普通であり、ダイイングメ ッセージを残すはずがない、という考え方もありますしね」 トメが取りなすように言う。メンバー各人のグラスが、空になっていないこ とに目を配った後、言葉を重ねる。 「でも、ここにいる私達は、全員、普通の人ではありません。ミステリマニア です。つまり、死にかけたら、ダイイングメッセージを残すような人種でなく て? 推理小説に慣れ親しんだが故の習性です」 「……分かりました。ダイイングメッセージへの一般論的批判は、引っ込めま す。それで、えっと、何でしたっけ。サンドストロームさんが、カットしたト マトを掴んでいた、と。これはサンドストロームさんから寝酒のつまみを頼ま れたトメさんが、簡単なサラダをこしらえて前日の午後十一時五十分頃に、部 屋に運んだ物でしたね」 「ええ。トマトとキュウリと赤ピーマン、オニオンスライスににんじん、そし てチーズを使ったサラダです」 「どうも。一方、赤井さんが手にしていたのは、地図帳。ヨーロッパのページ が開いており、あなたの指先はスイスの辺りを示していた」 「地図帳は図書室に元々あった物、よ」 「そうでしたね」 留美自らのフォローに、滝田は少し苦笑を浮かべた。『死んだ被害者』が証 言できるのなら、いっそ、犯人に関して語ってほしいものだ、と思わないでも ない。 「トマトにスイス……いかにも、ですねえ」 「いかにも、とは?」 沖島が心持ちあごを上げ、両手を重ねると指関節をぽきぽき鳴らした。別に 答が気に入らなければ殴ろうという前兆ではなく、彼の癖である。 「トマトとスイスの共通点の一つは、逆に読んでも元と変わらない点です。文 と呼ぶには心苦しいが、いわゆる回文だ。被害者達がその特徴を伝えたくて、 ダイイングメッセージに選んだのだとしたら……犯人にも同じ特徴があると見 なすのが、一般的でしょうね」 「常道ですな」 世羅がうなずき、先を促す。 「それで、滝田さんはどんな推理を組み立てましたか」 「まず、私自身の名字が当てはまる。残念ながら、たきだ、ではなく、たきた、 ですから。次に、沖島さん、あなたの名前もですね」 「さよう。皆さんご存知の通り、名字だけではだめだが、フルネームだと回文 になっている」 沖島には、指摘を受けても慌てた様子は微塵もない。滝田はうなずき、続い て中立中に顔を向けた。 「あなたも当てはまる。ペンネームの読みではなく、字面が回文になっていま すね」 「確かに」 中立中は微笑で応じた。 「こんなことなら、他のペンネームにしておくべきだったかな」 「いえいえ、今のままでいいと思いますよ。さて、回文は三人だけ。次に、ト マトのみに着目すると、真っ先に浮かぶのは赤、じゃないでしょうか」 「赤を連想するのはいいとして、だから私が犯人だと?」 赤井留美が素早く反応する。滝田がこう言い出すのを、手ぐすね引いて待ち 構えていた感すらあった。 「私は殺されていることをお忘れなく」 「無論、忘れちゃいません。あなたがサンドストロームさんを殺害後、別の誰 かに殺害された可能性を言ったまで。ただ、この考え方はなさそうなんだなあ。 赤を言い表したいのなら、サンドストロームさんがわざわざトマトを選び取っ て握るのは、かなり不自然だ」 用意された“現場写真”に視線を落とす滝田。そこに写ったサンドストロー ムの手は、サラダからトマトの切れ端だけをつかみ取っていた。 「にんじんや赤ピーマンだって皿に載っているのに、トマトだけを選んだ事実 にそぐわない。刺殺されたんだから、血もあった訳だし」 「じゃ、私は無罪放免ね。死んじゃったけど」 さもおかしそうに笑う彼女だったが、その原因は、自虐的発言にはなく、滝 田を思惑通りに誘導できている優越感にあるのかもしれない。 「他にトマトから思い付くこともないので、今度はスイスを検討することにし ますと……私なんかが真っ先に連想するのは、永世中立国なんですが、だから といってこれが中立さんを示すかとなると、苦しい気がします。ましてや、世 羅さんとは」 「おいおい、私がどうして永世中立国と結びつくんだ?」 そう言った世羅は、メモを手から落としてしまった。簡単ながら“検死”の 所見を記したメモ書きだ。滝田の指摘に、本当に驚いたようである。 対照的に、滝田は落ち着き払った口調で答えた。 「名字と名前、それぞれ一文字目を組み合わせれば、永世になるじゃありませ んか」 そしてにやりと笑ってみせた。外れであるのは承知の上。ささやかな逆襲と して、できる限り多くのメンバーを容疑者候補に入れてやろう。 「そもそも、いくらミステリマニアだとしても、死にかけている人物がたくさ んある本の中から地図帳を選び取り、スイスの掲載されているページを探すな んて、不自然すぎる設定ですからね。襲われた際、たまたま地図帳を手にして おり、たまたまヨーロッパのページを開いていたなら、あるかもしれませんが。 それよりも」 滝田は別の“現場写真”を取り上げた。 「ここ、図書室に入ってすぐのところにある棚、その五段目かな? 目の高さ に、細長い物がありますね。これ、砂時計ですか? 私の記憶だと砂時計だっ たと思うのですが」 「はい。部屋の飾り付けのつもりで置いています。砂の落ちる音が聞こえるく らいに、静かにしましょうという意味を込めて。実際には、耳をどんなにすま せても、砂の落ちる音は聞こえませんけれど」 トメが答える。どことなく嬉しそうだ。 「どうも。この砂時計のある棚のほぼ真ん前で、赤井さんは倒れていた。当然、 視界に入っていたはず。ミステリマニアたる者、回文を示唆したいのなら、地 図帳を繰ってスイスを探すよりも、砂時計を握った方が早いと気付くべきだと 思うのですが、いかが?」 「それは……人それぞれよ。確かに砂時計は、上下どちらにしても使えるけれ ども、気付かない人だっているかもしれない」 「じゃあ、あなたは気付かない人間だと?」 問い詰められて、留美はしばし口をつぐみ、やがて無言のまま首を横に振っ た。 「赤井さん自身の証言が得られたので、自信を持って言えます。スイスのダイ イングメッセージは偽装であると。殺人犯によるものかどうかは、まだ断定し かねますがね。ダイイングメッセージが偽装なら、たとえ殺人犯がこしらえた ものじゃないとしても、スイスから回文というようなシンプルな連想を起こさ せるためであり、かつ、それは誤誘導のための手掛かりであると見なすべきで しょう」 「かいつまんで言うと、名前が回文になってる滝田さんや沖島さん、そして私 は殺人犯じゃないと主張されるんですね」 中立中が口を開いた。ゲームの上とはいえ、疑いが晴れて嬉しそうに振る舞う。 「ええ、そうなんですが、でも」 滝田は首を捻った。 「まだ早計かと。トマトの方の検討が終わっていませんから」 「しかし、トマトだって新しい解釈は何も……」 「いや、ダイイングメッセージを残した人物について、検討がまだです」 「一つ目の事件も、ダイイングメッセージは偽装されたと?」 尋ねたのは世羅。メモは既に折り畳み、仕舞われていた。 「あれはサンドストロームさんによるものと思います。図書室と違って、代わ りになる物はなかったし、筆記用具も見当たらなかった。強いて言えば、血液 がありますが、サンドストロームさんは日本語ができない。英語で書き残すに も不安があったのかもしれない。ニュアンスを伝えきれない等のね」 「トマトを握ったのが私自身の意志だとして、そこからどう推理を展開するの ですかな?――と、サンドストロームが聞いてるが」 砂辺が代弁した。よくぞ聞いてくれたとばかり、手もみする滝田。 「ちょっと考えてみたんです。日本語ができないとしたら、回文を暗示するた めにトマトを手に取るだろうか。アルファベットで綴ると回文になっていない し、発音も違う」 「まさか、赤色説を復活させる気じゃないでしょうね」 目尻を上げ、きつい調子で問うた留美。滝田は両手のひらを彼女に向け、ピ ンボールの羽のように左右に降った。 「そんな期限切れの証文みたいなものは、役立ちませんから捨てましょう。代 わりに、おまじないを唱えてみるのがいいかもしれない。サンドストロームさ んの立場になって、トマト、トマト、トマト……と繰り返すんだ」 「曲がりなりにも論理的に来ていたのに、急におまじないだなんて」 留美が呆れ口調に転じ、中立中やトメらと顔を見合わせた。男性陣もサンドス トロームを除き、似たような反応を示す。 「お分かりにならない? いや、分からないふりをしているのだと信じてるん ですが。折角ですから、サンドストロームさん、繰り返しトマトと言ってくれ ますか。イギリス風ではなく、アメリカ風に、やや品のない感じで」 砂辺を経て、意図を受け取ったサンドストロームは、大げさに深呼吸をした。 それから周囲を見渡すと、おもむろに言った。 「トォメイトウトォメイトウトォメイトウトォメイトウトォメイトウ――」 「はい、結構です」 滝田が手を打つ。訳さなくても通じたらしく、サンドストロームが静かにす る。 「サンドストロームさんはトマトを握ることで、人名をそのまま伝えようとし たんですよね? トォメイトウ、つまりトメ伊藤と」 「私の姓は斉藤ですよ」 トメが否定的反応を示した。この推理が出るのを予想していたらしく、若干、 被せ気味だった。 「でも、今のご主人、一栄さんと結ばれる前は、伊藤でしたよね。そして、サ ンドストロームさんは、トメさんの結婚を知らなかったから、トメさんの名を トメ伊藤で覚えたままだったはず」 答えたあと、留美に目を向ける滝田。 「赤井さんて、結構ツンデレなんでしょうか?」 「な、何がよ。いきなり、気味が悪い」 これも芝居の内なのか否か、オーバーアクションで上半身をのけぞらす留美。 滝田は横を向き、思い出す風に上目遣いをした。 「今回、最初に顔を合わせたとき、すぐに言っていたじゃないですか。『文字 通り、“差”を付けられた』とかどうとか。あれもヒントだったんですねえ。 あの時点では、てっきり、既婚と未婚の差だと思い込みましたが、『いとうト メ』に“さ”が付き、『さいとうトメ』になったってことを表していたんだ」 「解釈は人それぞれ、ご自由に」 そっぽを向いた留美だったが、口元や目尻には、かすかな笑みが乗っている。 手掛かりに気付いてくれて嬉しいのかもしれない。 「とまあ、こういう推理ですが、トメさんがサンドストロームさんを殺した犯 人てことで、いいんですかね? 物証がないのは、あるのに見つけられない私 が間抜けだからかな」 「そこまでは用意していません。あれやこれやと推理する前に、物証が見つか っては興醒めですもの」 そう答えたトメは、しかし白旗を揚げなかった。 「滝田さん。サンドストロームさんを殺した犯人が私なのは分かりました。で は、留美さんを殺した犯人は、どなただとお考えですの?」 「その問題が残っていました」 慌てる素振りを見せず、大きく首肯した滝田。さっきの台詞で、単に犯人と はせず、サンドストロームを殺した犯人と言ったのは、このためだ。 「同じくトメさんを犯人とできたら簡単なんですが、赤井さんが殺されたとさ れる時刻に、私と一緒にいたというアリバイがあるなら、除外せざるを得ませ ん。別の犯人がいると考えるしかない。 さて、推理小説のお約束として、通常、連続殺人が起きれば、犯人は一人な いしは共犯関係にある複数犯なんですが、皆さんが用意されたこのゲームでは、 違うようだ。だが、二件の殺人は時間的に重なるようにして起きている。何ら かの関係があると見なすべきでしょう。たとえば、一件目が起きたがために、 二件目が誘発された、とかね」 言葉を切り、メンバー達の様子を窺う滝田。顕著な反応は見つけられなかっ た。 「私が想像したのは、便乗殺人です。サンドストロームさんの遺体とダイイン グメッセージを発見した何者かが、犯人は名前が回文になっている誰かである、 と判断した。そいつは、『今すぐ赤井留美を殺し、似たようなダイイングメッ セージを偽装すれば、サンドストロームを殺した犯人に罪を被せられる』と計 算し、すぐさま実行した。夜中に図書室へ呼び出した方法は不明ですが、どう にかやり遂げた第二の犯人は、いざ、ダイイングメッセージを残す段になり、 手が止まったんじゃないかな。つまり――最初は、目の前にあった砂時計を持 たせようとしたが、『砂時計はまずい、自分が犯人と思われる恐れがある』と 気付き、地図のスイスに変更した……」 滝田はいささか得意がる自分を意識しつつ述べ、メンバーの一人の顔を見つ めた。そして、 「そんな気遣いをしなければならないのは、砂辺さん、あなただけだ」 ゲームを締めくくるべく、ずばりと指摘する。 相手の砂辺は大きく開いた目で滝田を見上げ、喉仏を動かした。それだけで 何も言わない。隣でサンドストロームがきょとんとした表情をなしている。 やがて、代わりのようにトメがぱちぱちと拍手した。 「お見事。ほんと、素晴らしいわ、滝田さん。最後の最後で私達の思惑通り、 罠にはまってくれて」 「――え。ということは」 「ええ、外れです」 トメの宣告に、額を押さえるポーズをし、手のひらで顔を隠す滝田。これは 恥ずかしい。名探偵が実在するなら、絶対に間違えることはできないなと感じ た。 「あなたは基本的なことを忘れたようですよ。この推理ゲーム、お芝居は、私 達があなたを見返すためにやったのです。だったら、私達の誰一人として、あ なたより推理力で劣るような筋書きは作らないと思いません?」 言われてみれば確かにそうだ。各人が、少なくとも滝田と同等の推理力を有 する設定ならば、サンドストロームのダイイングメッセージを正しく読み解け ることになる。ならば、赤井留美を手に掛けたのが誰であろうと、スイスや砂 時計を用いた偽のダイイングメッセージを実行するはずがない。 「では、いったい誰が……。いや、それよりも手掛かりがどこにあるのやら」 途方に暮れた滝田を、皆が愉快そうに囲む。トメが再び口を開いた。 「敢えて考えなくていいとしていた動機ですが、改めて考えてみてください」 「そういうのはちょっと卑怯な……」 「いいから。狭量なことを言わずに、さあ。罠はあらゆるところに仕掛けてあ るかもしれませんよ」 「……第二の殺人を起こした犯人は、第一の事件のダイイングメッセージが、 トメさんを示すと分かっていた。だから、第二の事件のダイイングメッセージ は、故意に間違えたことになる。換言すれば、第二の事件を起こすことで、連 続殺人に見せかけ、回文の示唆する人物が犯人であると思わせようとした。こ こまではいい。このあとが詰まってしまうんです。回文の示唆する人物が私一 人なら、今トメさんの言った動機を考慮してほしいという意味も、まま、理解 できる。推理ゲームの意図に適っていますからね。だけど、実際は私だけじゃ ない。砂時計を選ばず、スイスとしたことで、私のみに絞れる訳でもなさそう だし……」 「逆よ」 ぼそりと留美が言った。素っ気ないアドバイスだが、滝田は懸命に考えた。 「逆というのは、もしかすると……第二の事件とそのダイイングメッセージは、 誰かに濡れ衣を着せるためではなく、事件の混乱を計り、第一の事件の犯人、 トメさんをかばうためだった?」 「一気に失地回復してきましたな」 犯人と名指しされた砂辺が、にやりとした。滝田は、方向性は合っていると 確信を得た。だが、そこからがまた進まない。 「トメさんをかばう動機の強さ……ここにいる皆さんはどなたも同等ぐらいだ と思いますが」 「微妙な言い回しですが、滝田さんのその見方は正しい。でも、答としては間 違っている」 沖島が手の指関節を鳴らした。各自の反応を比べると、この推理ゲームの筋 書きを主体的にこしらえたのは、彼のようだ。 「謎求会にはトメさんをかばう動機が、他より圧倒的に強い人がいるじゃあり ませんか」 滝田が黙り込んでいると、中立中が言った。これに反応して、他の面々から 「それはヒント出し過ぎ」というブーイングが上がる。 滝田は一拍遅れて、やっと思い当たった。 「……ああ。『ここにいる皆さん』と『謎求会には』の違いですね。でも、そ の人は不在だと聞いたんですが。あっ、もしや、不在だというのも嘘?」 滝田が叫ぶのとほぼ同時に、彼の背後から声がした。 「その通りだよ、滝田君」 振り返ると、斉藤一栄の姿があった。 ――終わり
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