●長編 #0331の修正
★タイトルと名前
親文書
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
初日から二日目にかけての夜は、静かに更けた……と私には感じられた。 私自身の計画では、元々、この夜の内に沼島の命を奪うつもりであったのだ が、鷲巣殺しの様相がよく掴めないままでは、行動に移すことは自重するしか なかった。強行しても、沼島が部屋の鍵を開けるとは考えにくい。もし今回の 滞在中に決行するなら、夜は難しくなった。 浅く短い眠りを繰り返す内に、朝を迎えた。七時三十分。確かめてから、腕 時計を填める。カーテンを開けると、自然の緑は素晴らしいが、今にも降り出 しそうな曇天であった。空気がぶつかり合い、渦巻く様を想像させる音が、耳 に届く。着替えその他を済ませ、広間に出向いてみた。 すると三、四名が集まって、何やら相談をしていた。警察へ通報するため、 徒歩で下山する役目を誰が担うかで、話し合いを始めたところらしい。 「誰にしろ、一人で行かせるのは反対だ。そいつが殺人犯だった場合、そのま ま逃走を許すことになりかねない」 「その理屈だと、二人でも無理ね。殺人犯と二人旅なんて、ぞっとしないわ」 「じゃあ、少なくとも三名を選抜することになるか。体力的に問題のない者と なると、自ずと絞られてくるようだが」 徐々にまとまりつつあるところへ、萩原会長が現れ、改めて最初から話を聞 いた。 「なるほど。私としては、合田に行かせるつもりだったが、彼が犯人でないと は言い切れぬからには、確かにあと二人を選ぶ必要がある」 会長の言う合田は当然、男の方だ。 候補からは、まず女性を外さざるを得まい。体力的に難がある、山歩きに適 した靴がないといった問題以前に、もしも選抜した三人の中に犯人がいて、他 の二人ともみ合いになった場合、(女性が犯人でないという前提で)非力な女 性では足手まといになりかねない。 ――殺人計画を胸に秘め、ここへ乗り込んだ私が、こんな心配をするおかし さに気付き、ふと笑いたくなった。 「体力のあるイコール若い、とするなら、沼島君が入ってくるが……」 言いにくそうに語尾を濁す泉田。沼島はこの場にいない。依然、眠りこけて いるようだ。 「ダイイングメッセージの件があるから、選びづらいということですな」 江ノ本医師があとを引き取った。 「あの血文字を鵜呑みにするのもどうかと思うが、彼を自由にするのは一応、 やめておくべきだ。警察に事情を話すとき、変に受け取られるかもしれん」 「あの、誰が適当かを考えるよりも、とりあえず、立候補を募ってみてはどう ですか」 秋塚が提案した。今朝は顔色がだいぶましになっている。 「ただし、今ここにいない人達には、三人選ぶことは伏せて聞いてみるんです。 彼らの中に犯人がいるとしたら、真っ先に手を挙げるかもしれませんよ」 「うーん、それはどうでしょうね」 私が疑問を口にしたのと同時に、家政婦の合田が現れ、朝食の準備ができた ので食堂の方へいらしてください云々と告げた。時計を見ると、八時十五分。 最初に聞かされていたスケジュールより遅れ気味だが、事件があったことを思 えば、よくやっていると言える。 「いないのは……松岡さんと沼島君か。小村君、仕事ではないのにすまんが、 呼んできてくれ」 食事の準備に忙しく動き回る使用人二名を目にしたからだろう、会長は秘書 に頼んだ。 「はい」 素直に応じる小村。 「ですが、私の悲鳴が聞こえたら、すぐに駆け付けてください」 真顔で言うが、冗談のようにも聞こえた。 我々謎求会のメンバーは顔を見合わせ、私と泉田が席を立った。最前の話し 合いからの連想で、三人一組で行動するのがよいと思えたのだ。 「私達も一緒に行きますよ」 犯人は秘密の呪文でも使えるのか? そう疑いたくなった。 入念に身支度していた松岡を呼び出したあと、彼女を加えた四人で、沼島の 部屋に向かった。強心臓の持ち主故、熟睡しているに違いない。そう睨んでい た私は、ドアを乱暴にノックした。 だが、無反応が延々と続き、これは変だとなった。ドアノブに手を掛けると、 簡単に回る。いよいよおかしい。 この瞬間、私は思っていた。まさか、沼島が鷲巣を殺したのか?と。犯人で あれば、鍵を掛けずに眠るのも理解できなくはない。あのダイイングメッセー ジは沼島自身の細工で、最も疑わしい人物は犯人ではないという、ミステリマ ニアの抱きやすい思い込みを逆手に取ったのか。起きてこないのは、酒類を浴 びるように飲んだため……。 しかし、私の推理は、ドアを開け切ったときには瓦解していた。 先を越されたのだ。私は悔しさで唇を噛み締めた。 女性の悲鳴を背後で聞いた。 「意味が分からない」 江ノ本医師が首を捻った。もう何度目になるだろうか。 「沼島君を殺したのが、鷲巣さんを殺した犯人と同一人物だとする。ダイイン グメッセージで沼島君に罪を擦り付ける小細工をしたのに、今度はその彼を殺 してしまうとは……全くもって、意味が分からん」 沼島はベッド脇に倒れ込んで、死んでいた。江ノ本が診るまでもなく、首に 残る痕跡から、考察と考えられる。凶器は、カーテン留めの紐らしい。沼島の 部屋の物を二本結び合わせて使い、そのまま放り出してあった。 「自殺……ではないんでしょうね、やはり」 第一発見者の一人となった松岡が、げっそりとした表情で、声を絞り出す。 彼女に応じたのは秋塚だ。 「推理小説の中に限れば、絞め殺されたように見せ掛けて、実は自殺だったと いうシチュエーションに挑んだ作品が、内外にいくつかあるけれど、私の知る 範囲では、どれも不満の残る出来映えでした。ましてや、沼島君の件に当ては めるのは無理です」 「他殺であることは、認めなければいけない」 萩原会長が、苦虫を噛み潰したような顔で言う。昨夜の宣言が脆くも破られ、 内心、忸怩たる思いがあるに違いない。 「皆さんに伺いたい。当初、警察に通報することだけを考えていたが、万が一 にも、犯人が更なる殺人――最悪の場合、皆殺しを画策しているかもしれない 現状では、全員揃ってここを離れ、山を下りるのが賢明ではないかと思うのだ が、どうだろう?」 「全員行動は悪くないが、山を下るとなると、状況が違ってくると思いますね」 私は間髪入れず、発言した。私に先んじた犯人を、自分自身の手で見付けた い気持ちもあったことを認める。 「これだけの人数で山を下りると、徐々に体力差が出て、絶対にばらけます。 その隙を狙って、犯人が次の殺しを行う恐れがあるんじゃないですか」 会長は唸って、考え込むように腕組みをした。 「他の人は?」 何名かが短く発言したが、概ね、私の意見に賛成だった。 「では、当初の通り、通報のために少人数で山を下り、残りはここで待機とす る」 そのまま、三名の選出作業に入る。朝食前の話し合いで、秋塚が提案してい たことは、有耶無耶にされた。 ただ、朝からの惨事に、誰もが食欲に乏しく、歩いて下山するには、気力体 力とも不満足な状態であった。 「皆さんの許しがもらえるんなら、自分が一人で行ってきますが……」 合田が顔色を窺うように、おずおずと場全体に尋ねる。 「かまわないんじゃない? 被害者は会のメンバー二人。管理人とのつながり は、ここでお世話になってるだけで、恨んだり恨まれたりがあるとは考えにく いわ」 楽観的な見方を取ったのは吉倉。諸手を挙げて賛成したくなる。天候が崩れ そうな中、長い道のりをてくてくと歩くのは、ただでさえ辛く、気が重い。 一方で、もしも彼が犯人だったら、という可能性を考えてしまう。ミステリ マニアの性だろうか。 そんなことをぼんやり考えていると、不意に閃いた。物語の名探偵と違い、 何の伏線も暗示もなく、閃くときは閃くのだなと思った。当たりかどうかは分 からぬが、検討する値打ちは間違いなくある。 「皆さん、聞いてほしいんですが」 会の面々だけでなく、使用人や秘書にも集まってもらう。 「ずっと引っ掛かっていた疑問があります。どうして沼島君は、犯人を部屋に 招き入れたんでしょう? 前夜、鷲巣さんが殺されたのに。しかも、会長が注 意するように念押ししたにも拘わらず」 「そりゃあ、相手を信用していたからじゃないか」 江ノ本医師が即応する。私は頷いた。 「考え方の一つですね。他には?」 「死んだ人を悪く言いたくはないけれど、沼島君自身が鷲巣さん殺しの犯人だ った、とか」 吉倉が答える。さほど言いにくそうにはしていない。 「ええ、それもあり得る。他にないですか」 しばしの沈黙。が、じきに破られた。 「もしかして、私どものことを?」 メイドの神徳香が、悲鳴のような声で言った。 「はい。厳密さのために、お許しください。あなた方使用人は、我々の宛がわ れた各部屋の合鍵を、持っているんじゃありませんか?」 「私は持っていません」 ぶるぶると首を左右に振るメイド。 「ベッドメイキングなどのときだけ、お借りする場合はありますが……ああ、 今回の合宿では、ベッドメイキングの機会がまだありません」 「通常、合鍵の管理はどなたが」 使用人達よりも早く質問に応じたのは、萩原会長だった。 「合田、確かおまえだったな」 「その通りで」 言われてから、鍵の束を懐から出してみせる合田。金属の触れ合う音が意外 と響いた。 「信用していた人物だから入れたか、沼島君自身が安心しきっていて鍵を掛け なかったか、あるいは合鍵を使ったか。沼島君の部屋に犯人が入れるパターン は、この三つぐらいだと思います。他の可能性を思い付かれた方は、ぜひとも 教えてほしい」 「鍵のすり替えという方法があり得ます。沼島君の部屋の鍵と、犯人自身の鍵 をすり替えるんです」 秋塚が言った。が、次いで自説の否定を始める。 「でも、今回の事件の成り行きを見る限り、鍵のすり替えを行う隙はなかった でしょう。別荘に到着してから、各自部屋に荷物を置き、食堂に集合。食後に 散会してまた部屋に戻り、午後十時に再び集まる。ここまでで、鍵を何度も使 用することになりますから、すり替えをしてもすぐに発覚します。そして十時 以降は鷲巣さんが遺体で見付かり、議論の後、各部屋に入って就寝しました。 とてもじゃありませんが、鍵をすり替えることは無理だと判断します」 「ありがとう。それでは、先に挙げた三つのパターンのいずれかだとします。 まず、二つ目の沼島君自身が鷲巣さん殺しの犯人であり、安心しきっていたか らという考え。これって、あり得るでしょうか? 自らの名前をダイイングメ ッセージにするなんて」 「単純なトリックだけど、実行不可能ということはないと思うわ」 松岡が言った。久々に声を聞いた気がする。 「本当に? 仮にあなたが殺人を行うとして、あなたの名前を書き残せます?」 「……それは……」 口ごもる松岡。期待通りの反応に、私は自然と微笑していた。 「他の人も、考えてみてください。裏を掻いた偽装工作だと頭では理解してい ても、実行に移すのは困難でしょう。違いますか? 『もしも額面通りに受け 取られたら、どうしよう。現実の事件を捜査するのが名探偵並みの切れ者とは 限らないぞ。短絡思考の平凡な刑事が打担当するかもしれない』――そんな風 に危惧の念を抱き出したら、もうだめです。自分の名前をダイイングメッセー ジするなんて、絶対にできない」 静かになった。多分、納得しているのだろう。普通の人間なら、納得できる 心理のはずだ。 「分かった。月影さんの推理を認める。少なくとも、沼島君が鷲巣さん殺しの 犯人である可能性は、極めて低いと考えるのは妥当だ」 会長の意見が鶴の一声となった。私は続けた。 「そうすると、容疑者を絞り込めます。沼島君から信用されていた人物か、合 鍵を使える人物か。言い換えると、前者は泉田さんで、後者は管理人の合田さ んとなる」 「私がか。まあ、高校時代の恩師で、彼を会に誘ったのも私と来れば、信用さ れていたと見なされても仕方がない」 泉田は端から覚悟していたようで、肩を落としつつも、語気は決して弱くな ってはいなかった。 名指しされたもう一人、合田の方は、先程からさらに動揺が増している。 「わ、私は鍵を持っているだけで、何をしたというのはありませんよ、はい。 だいたい、信用してる人となったら……こんなことは言いたくないですが、私 の連れ合いやメイドだって、使用人と見なされているのだから、言えばドアぐ らい開けてくださるんじゃないでしょうか。それに、その……」 口を噤んでしまった合田だが、その両目は萩原会長へと向けられている。ど うやら、会長なら会員の信頼を得ているはずだと主張したいらしい。 「悪いが、合田さん。昨夜、最初の事件が発覚して以降、沼島君は警戒を強め ていたはずだ。使用人や会長にも疑いの目を向けていたに違いない。何故なら、 沼島君はミステリマニアなのだからね。こういうときでも、疑うんだよ」 “我々と同じ”ミステリマニアなのだと言おうとして、やめた。同じではな い。断じて違う。 「では、どちらかが犯人だと仰るので? だったら、私には明らかに動機がな いんですから――」 饒舌になる管理人。私は彼のお喋りを遮った。 「まだ容疑者の段階だ。二人の内のどちらかが犯人だとも、言っていない。た だ、確かめたいんだよ」 「何をですか」 「皆に、また考えてみてもらいたいことが」 私は広間にいる人全員を見回した。 「犯人は、沼島君を殺すのに、カーテン留めを使った。この点について、我々 はちょっとした錯誤をしていたかもしれません」 「ほう。どんな?」 興味津々といった風情で、江ノ本医師。 「凶器となったカーテン留めが、沼島君の部屋の物であるという思い込みです」 「うん?」 私のこの意見は、江ノ本医師だけでなく、大勢の脳を刺激したようだ。 「思い描いてみてください。犯人が招き入れられたにせよ、合鍵を使ってこっ そり侵入したにせよ、カーテン留め二つをフックから外して結び合わせ、それ から被害者を襲うという構図を」 「なるほど。おかしいな」 会長が真っ先に言った。大きく頷く彼に、私は続きを言ってもらうよう、促 した。 「そんなことをやっていたら、沼島君に気付かれる恐れが大。まともな考えの 持ち主なら、凶器を予め用意しておくものだ」 「そうです、この犯人もそうしたはずです。想像するに、犯人は、自室のカー テン留めを外して凶器をこしらえ、それを隠し持って、沼島君の部屋に入った んじゃないか。殺害後、持ち込んだ凶器は放置し、現場となった部屋のカーテ ン留めを取り外す。そして、自室のカーテン留めにしたんではないか」 「面白い、興味深い推理だ」 会長は一ミステリマニアに戻り、拍手の格好を両手で作った。 「だが、そこから犯人を絞り込めるのかね」 「それは分かりません。ですが、確認する意義はあると思いますよ。泉田さん、 合田さん、それぞれの部屋のカーテン留めを」 「ん? 分からないな」 口を挟んだのは秋塚。私もそれを待っていたのだが。 「仮にあなたの推理通りだとして、入れ替わったカーテン留めを区別できます か? どれも同じデザインだったと思いますが」 「確かにね。でも、沼島君の部屋に元々あったカーテン留めには、彼の痕跡が 残っているはずなんですよ」 私はそれから、昨日の夕食後、沼島に貸していた千円札を返してもらった経 緯を話した。そう、あの怪我のことも。 「――こんなことがあったんです。そして、その直後、彼は部屋に入った。こ の館に到着したとき、あるいは夕食前の時点では、まだ外は明るく、カーテン を引かなかったでしょう。夕食を食べ終えて、部屋に戻り、初めてカーテンを 引いたんじゃないか。とすると、彼の部屋のカーテン留めには、多少の血液が 付着しているに違いありません」 「そんなことが……あるものか」 真っ先に反応したのは、管理人の合田だった。その反応こそが、容疑を深め るとも気付かずに。 もし絞り込んだ二人のどちらかが犯人だとしたら、合田かなと私も考えなく はなかった。何故なら、泉田は食後、沼島と合って話し込んでいる。その際、 沼島の手の怪我に気付いていたはずだから。尤も、怪我に気付いたからと言っ て、カーテン留めの入れ替えを行わないと決め付けることはできないが。 「では、合田さんの部屋から見せてもらうとしましょう。さあ」 うなだれる管理人がぼそぼそと返事する声は、降り出した雨の音にかき消さ れた。 * * これで、私の昔話は終わり。もう二十年ほど前になるかな。 何だ、物足りなそうな顔をしているな。ああ、管理人の合田が、沼島を殺し たんだ。完全に追い詰めた訳ではないが、周りにミステリマニアだらけという 状況で、ぶるってしまったんだろう。あっさり白状した。 動機? はは、それが傑作なんだ。私と同じさ。 そう、沼島が帯谷真優子を事故に見せ掛けて殺害するところを、合田も目撃 していたのさ。合田は妻帯者でありながら、帯谷に好意を抱いていた。前年、 乾が亡くなったせいもあり、その思いは募っていたようだ。それだけ、沼島を 許せなかった。彼にとって、夏合宿でしか沼島と顔を合わせる機会はないから、 何が起きようとも決行したんだ。私と違ってね。 ――おお、気付いたかね。その通り。鷲巣殺しは、合田の仕業ではない。驚 いているようだが、事実だから仕方がない。無論、沼島が殺したのでもない。 実は私も偉そうにできないんだ。真相は、自白によって判明したのだからね。 合田が沼島殺しを認めたあと、泉田が皆に打ち明けたんだ。泉田は、手書きの 原稿用紙を見せて、説明を始めた。 違う違う。泉田が犯人ではないよ。早とちりはよくない。初日の晩、鷲巣の 死が明らかになったあと、部屋に戻った泉田は、気を紛らわすために、持って 来た本を取り出した。その本に、紙が挟んであったという。秘密めいた物を感 じた彼は、誰にも言わずにその紙――原稿用紙を一人で読んだ。 それは、鷲巣の手による遺書と言えた。 うむ、鷲巣は自殺だったのさ。台所から果物ナイフを失敬し、自室に籠もる と、クローゼットの中に入り、胸を自ら刺した。最後の力を振り絞って「ぬし ま」と血文字で書き、絶命した。あるいは先に軽く傷を作り、その血で文字を 書いたあと、改めて胸にナイフを突き立てたのかもしれん。 遺書には、大まかに言って三つのことが記してあった。自分が不治の病で先 が長くないこと。三年前、乾登喜夫が沼島に突き落とされるのを目撃したこと。 ――ああ、お笑い種だ。沼島が二年続けて犯した殺人には、三人の目撃者が いたんだよ。合田は管理人としての仕事で、鷲巣はエアコンの故障による暑さ から、涼みに、それぞれ夜に外出したんだな。しかも、その誰もが警察に言わ ず、何らかの形で沼島を葬ろうと考えるなんて。 話を遺書に戻そう。鷲巣は、三年前の時点では、どうせ他人事だと関わり合 いになるのを避けたが、その一年後に似た状況で帯谷が死に、沼島が再びやっ たのかと疑念を持つ。それと前後して、自身の病を知り、命を賭して沼島を貶 め、告発しようと考えた。他殺を装った自殺を決行し、その罪を沼島に被せる のだ。だが、推理小説研究家の彼は、これだけは弱いという自覚があった。そ こで、沼島と一番親しいメンバーである泉田に、全てを託す、言い換えれば押 し付けるため、遺書を書いた。 さて、それこそが遺書の三つ目の要点になる。鷲巣は推理小説を研究する過 程で、トリックを実際に試すこともしていたらしく、毒を幾種類か入手してい た。その中から、アマゾンだかアフリカだかの原住民が使う生物毒を、瓶に詰 めてこのときの夏合宿に持って来ていた。別荘に着くなり、ビニールで厳重に くるんだ毒の瓶をトイレのタンクに隠した。そしてこのことを、遺書で泉田に 教えたんだ。「沼島の件であなたが責任を感じているのなら、毒を活用して、 決着してもらいたい」云々と書いてあったな。「沼島がわしを含めて三人を殺 したことにし、死刑台に送り込むのもよし、あなたが直接葬るのもよし、あく まで教え子を守り、代わりに責任を取って自害するのもよし」なんてことも。 実際のところ、泉田は以前の二件の死は、沼島の仕業ではないかと疑ってい た。そこへ鷲巣の遺書で新たな事実を知らされ、かなり心が揺らいだらしい。 絶対にばれないというチャンスが巡ってきていたら、自殺に見せ掛けて沼島を 殺していたかもしれない、という意味のことを仄めかしていたよ。もちろん、 全てが終わったあとだが。 補足が長くなったが、これで本当におしまいだ。なかなか、スリリングであ っただろう? あと一つ、聞きたいことがあるって? 遠慮なく。 ――なるほど、私の用意していたトリックね。それは話せないなあ。今に至 るまで小説の中でさえ使わず、胸の内で温めているんだ。 ま、ここぞというときが来れば、使うかもしれない。 ――終わり
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