●長編 #0329の修正
★タイトルと名前
親文書
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「捻りも何もないが、サインゲームとでも名付けるとしよう」 土井垣から発表された、本ステージの“正式な”関門は、以下のようなゲー ムだった。 1.当ホテルの一室に、参加者全員の名前を一度ずつ記したノートを置く 2.参加者は順次その部屋に入り、十分以内に出る。その際、許される行為は 以下の二点のみ A.一人分までの名前を消す B.二人分までの名前を書き足す。内一人分は、自身の名前も可。また、同 じ名前を二つ書くのは不可 3.一巡後、ノートの内容が参加者に知らされる。 4.全員が一斉に、2の条件下で再度、名前の削除と付加を行う(実際に同時 に書き込むことはできないので、用紙による申請となる) 5.ノートを確認し、名前がない者を失格とする。全員名前があれば、書かれ た数の最も多い者を失格とする。それぞれ複数名以上の該当者がいる場合、 前もって決めた運のよい者を失格とする このルールは放映時にはテロップで示され、細かな点はナレーションによる フォローが入る。たとえば、2のAについては、「一人分までの名前を消す、 つまり、誰か一人の名前を消すか、もしくは誰の名前も消さない」というよう に。 より重要な点に関しては、司会者が直接、参加者達に補足説明を行う。 「なお、4における名前の削除と付加は、2における順番に従う。ある時点で 名前のない者を削除する申請があっても、それは無視される。また、漢字の表 記は正確を期すこと。存在しない漢字は認めないものとするので、要注意」 土井垣は説明を終えると、質問はないかとばかりに、十二名の名探偵候補を 見渡した。井筒に比べて、芝居がかったところがなく、実務的だ。 「順番は、どうやって決めるのかしら?」 軽く挙手した八重谷さくらが、指名を待たずに問うた。同業者相手だからか、 いつも以上に遠慮がなく、声には馴れ馴れしい響きが含まれていた。 「おお、忘れていた。運のよい者から、好きな順番を選べる」 「ていうことは、私から」 郷野が呟き、途端に計算を始める風に眉根を寄せた。 その間に別の質問が出る。沢津からだ。 「不正を行わぬことの担保がないと思うのだが」 「つまり?」 「部屋に入るときは、一人なのであろう? ノートの名前を二人以上消したり、 三人以上書き足したりした場合、誰がチェックするのだろうか」 「抜かりありませんよ、沢津さん。私が立ち会います。テレビカメラも据えら れる」 胸に片手を当てた土井垣。無言でうなずく元刑事の横で、マジシャンの天海 が声に出して反応した。 「なるほど。番組として、そういった映像も欲しいでしょうしね。ああ、別の 質問があるのですが、よろしいですか」 「何なりとどうぞ」 「当初の問題では、運の見直しがあるとのことでしたが、あれはまだ有効です か。要するに、このサインゲームにおいても、運の見直しはあるのか?という ことです」 「ありません。部屋に入る順序を決め、同点の場合の判定材料とする運のよさ は、昨日の昼の結果が全てとなる」 「了解しました」 「他に質問はありませんかね? なければ、順序を決める作業に……」 「あ、はいはーい。もう一つだけ」 若島リオが、時間帯に似合わない甲高い声とともに手を挙げる。土井垣は眼 で指名した。 「犯人当ての答なんですけど、私のもらった問題では、龍ちゃん探偵が犯人で 合ってますか?」 部屋に入る順を決定したあと、十二名の参加者達は改めて睡眠を取った。 ゲーム再開は明けて午前十一時から。朝食から再開までの時間を利して、ど んな意図を持って、自らの順番を決めたかを答えるインタビューが収録された 無論、各自の話した内容は、他の参加者に対しては伏せられた。 郷野美千留 「真っ先に選べるというのは、有利であるようでいて、そうでない部分もある と思うの。他人の様子見ができないっていう。もちろん、有利さが上回ってい ると思うけれどね。ただねえ、真夜中に叩き起こされて、頭がはっきりしない 内に説明が始まって、その上、途中で設問が変わるなんて波乱続きでしょ。い つもより頭が冴えてなくて、じっくり考える余裕がなかったわ。結局、ラスト を選んだのは、それまでにみんながどんな風に振る舞ったのかが分かる、ただ それだけの理由よ」 天海誠 「郷野さんに続いて、自分もラストから二番目、つまり十一番目を選ぼうかと 思ったのですが……一巡したあと、ノートを見ることができるのですから、さ ほどメリットはないと判断しました。ならば、前半の流れを把握し、後半の流 れを方向付けられる位置がよい。そう思い、七番目を選んだ訳です」 更衣京四郎 「犯人当てがなくなると知らされて、がっくり来た。『もう、手掛かりの方か ら勝手に飛び込んでくる感じ。笑いが止まらないね』って感じで、ご機嫌だっ たのに……。関門設定に関わった者全員に、厳重に抗議したいな。順番? 考 えるまでもなかろう。大局的に見て、後ろになるほど有利なんだから」 村園輝 「七番を選んだ理由に、複雑な意味はありません。天海さんの意図を、すぐそ のあとで感じ取ってみたいと思っただけです。目下のところ、彼が強敵の一人 になることは確かでしょうから」 堀田礼治 「いくら年寄りが早起きだといっても、夜中に起こされるのはたまらんわい。 早いとこ眠りたかった。だから、残りの中で一番後ろを選んだまで。ま、あと になるほど、考える時間にも余裕があるしねえ」 若島リオ 「トップバッターを選んだ理由? うーん、別に。一番が好きだから。ってい うのは半分冗談で、考えても仕方がないじゃない? 時間、全然足りないし。 たっぷり検討できるのなら、違う番目を選んだかもしれないけれどぉ。それに さ、たとえばの話、一番の私が滅茶苦茶な行動に出たら、二番目以降の人は困 惑すると思うんだ。あ、これも冗談だからねっ」 美月安佐奈 「いくつか作戦が浮かんで、その一つを実行するとしたら、何番目が最も可能 性が高くなるか。それを突き詰めれば、残っていた内で、一番遅い九番目を自 然と選ぶことに。作戦? それはノーコメントです。当然でしょう」 小野塚慶子 「えっと、理由を問われましても、困りましたね。こうして聞かれると分かっ ていたら、ちゃんと考えていましたのに……。強いて言うと、末広がりかしら。 あら、冗談では。少なくとも、四番よりは、気持ちよくゲームに臨めます」 律木春香 「順番、ね。考えてる余裕、なかったから。挽回しようと気合いを入れていた のに、犯人当てが帳消しになって、もう、頭の中、ぐちゃぐちゃ。一からやり 直さないと……って思ったら、そのことでいっぱいになってて、何番が有利か なんて、考えてる余裕、ほんとなかったわ。でも、残っていた四つから、一番 あとを選んだのは、悪くない判断だと思う」 八重谷さくら 「何でこんな仕打ちを、私が受けなくちゃならないのよ。優秀な頭脳を無駄に 使わせて……。ああ、文句をぶちまけるんじゃなくて、どうして四番を選択し たかの理由を答えるんだったわね。そんなもの、簡単よ。残っているのが二、 三、四番だったら、最後を選ぶのが有利に決まっているわ。当たり前のことを 聞かないで欲しいわね、まったく」 野呂勝平 「理由も何も、あと二つっきゃないんだから、さして考えることもなかったな。 それに、三番目ってのは、悪かないと思うぜ。手間に二人しかいないんだから、 そいつらがどんな風に手を打ったのかだけは、ほぼ分かると思うんだ。まあ、 そいつをそのまま二回目に当てはめていいのかってのは、別問題だけどよ」 沢津英彦 「他の連中には、理由を聞いたんだろうな。こちとら、選ぶ余地なしだ。てっ きり、一番目だと覚悟していたのが二番になったのは、意外だった。あのタレ ントのお嬢ちゃん、頭がいいのか悪いのか分からん。それだけに恐くもある」 決定した順番を整理すると、次の通りになる。 1.若島リオ 2.沢津英彦 3.野呂勝平 4.八重谷さくら 5.律木春 香 6.天海誠 7.村園輝 8.小野塚慶子 9.美月安佐奈 10.堀田 礼治 11.更衣京四郎 12.郷野美千留 こうして、一回目の記入及び削除が、およそ二時間を掛けて行われた。その 結果が、昼食前に公開される。 ホテル内のレストランに集められた名探偵候補十二名の前に、土井垣が姿を 現したのは、午後一時前だった。 「どうも井筒さんは、合わせる顔がないとのことで、引き続き、僕が取り仕切 らせてもらうことになった」 土井垣の真顔によるコメントは、恐らくジョークだった。深夜の問題変更の 経緯を番組に組み込むか否かで、構成が変わってくる。どちらのパターンにで も対処可能にするには、土井垣が司会役を受け持つ方が編集し易い。 「さて、時間もあまりないことから、迅速に結果の公表に移ろう。僕の好みは、 試験の合格発表みたいに大きく張り出す方式なんだが、問題の性質上、そうも 行かない。コピーした物を十二部用意したので、各自、手に取って確かめて欲 しい」 アシスタントを兼ねる新滝愛が、笑顔をふりまきながら、配布を始める。ノ ートの体裁はなしておらず、見開き二ページ分を一枚にコピーした形だ。それ が何枚かに渡っていた。 雑多な記述になった物を、なるべく原型を活かしながらまとめると、以下の ようになろう。 若島リオ 郷野美千留 沢津英彦 沢津英彦 野呂勝平 更衣京四郎 郷野美 千留 村園輝 郷野美千留 村園輝 律本春香 小野塚慶子 沢津英彦 美月 安佐奈 沢津英彦 堀田礼治 小野塚慶子 更衣京四郎 美月安佐奈 郷野美 千留 堀田礼治 沢津英彦 村園輝 数の多い者をカウントしておくと、沢津英彦の名が五つで最も多く、次いで 郷野美千留の名が四つとなっている。 「さて、これから二巡目のための用紙を配る。回収は午後二時半に行い、結果 発表は午後三時だ。食事を摂りながらでも、じっくり考えて欲しい」 土井垣が言い、例によって新滝が紙を配った。 「念押ししておくと、この第二関門での協力体制は認められない。飽くまで自 主的に考え、書くように願いますよ」 忠告だけでは足りないと考えたか、食事中にも番組スタッフの監視が付く始 末。当然、食事は静かで味気ないものに終始した。 一巡後の結果を受け、各自が用紙に思惑を込めた申請を書き込み、予定通り に回収された。その直後、いかなる計算を働かせたのか、十二人のコメントが 収録された。 番組放送時にはこれらVTRに、それぞれの“投票行動”を経て、名前の数 がどう変化したかを一覧にしたものを付す形になる。 若島リオ 「自分が消えちゃわないように、一票入れて、もう一人分は郷野さんに。一巡 目と一緒ね。あと、誰かをゼロにしておきたかったから、野呂さんをゼロに」 沢津英彦 「一致協力しない限り、誰か一人は確実に名前なしになると踏んだ。一番手の お嬢ちゃんは、恐らく野呂の名を消すだろう。権利を無駄にしないために、お 嬢ちゃんの名を消した。増やすのは、一巡目で数の多かった郷野と村園にした」 野呂勝平 「名前が一つだけ残ってるのは、狙われ易いと思った。マイナスされたら、確 実にゼロになるんだからな。俺も当てはまる。だから自己防衛で俺自身の名前 を書いた。もう一人は、迷ったが、沢津の旦那に。マイナスの方は、美月さん が集中攻撃される可能性ありと睨んだ」 八重谷さくら 「答えるまでもないと思うけれど、自分の名前がなくちゃ話にならない。もう 一人分は、男性陣から与し易そうな野呂さんを選んだわ。減らしたのは、更衣。 あの自信たっぷりな態度が、鼻について嫌なのよ」 律木春香 「私は前回よくなかったし、全員からノーマークだと思う。幸運の度合いを決 めるゲームの最終種目でも、私は目立たず、最後の二人まで残った。つまり、 いつでも落とせるって、甘く見てるのよ。ということは今回、私は一巡目終了 時点で名前があったことで、すでにほぼ安全圏にいる。だから、脱落して欲し い人、脱落しそうな人の落ちる確率を高めることに集中できた。美月さんを減 らし、沢津さんと郷野さんを増やしたわ」 天海誠 「私の名前を書くのは当然として……私より前の人は、先に計算されるんです よね。沢津さんを除き、皆さん、ご自身の名前を一つ増やすはず。そうなると、 確実に削除できるのは、八重谷さんになります。プラマイゼロという訳です。 あと一人分、増やす権利は、矛盾を角を立てずに伝えてもらった若島さんに使 いましたが、大勢に影響ないでしょう」 村園輝 「一巡目の際のインタビューで答えたように、実力者に残って欲しいというの が基準ですので……特に脱落して欲しくない美月さん、天海さんの名前を書き ました。その上で、私自身が落ちてはお話になりませんので、慎重を期して、 私の名前を一つ消すことにしました」 小野塚慶子 「果たして、私の仕掛けた作戦に、あの人が気付いたかどうか。それは分かり ません。ここは、自らの生き残りに最善を尽くすとします。無駄になるかもし れませんが、天海さんの名前を消すとしましょう。増やすのは、当然、沢津さ んと郷野さんです」 美月安佐奈 「下手にトップを取るものじゃない。つくづくそう思う。私の名前を消そうっ て人が多そう。だから私の名前を一つ増やしておく。今一人は、沢津さんに。 削除権は、一巡目の解きに見送った更衣さんに行使します」 堀田礼治 「わし自身はゼロになることはないと思うが、念には念を入れて、堀田礼治と 書いた。もう一人分は、一巡目で最も数の多かった沢津元刑事にした。それか ら、減らしたのは天海君。彼は手強そうだ。できれば、ここで落ちてもらいた い。この関門で落ちても、運がなかったまで。名誉に傷は付かないしの」 更衣京四郎 「まずは私の名前を書いた。足場を固めるという当たり前の理屈だ。もう一人 分の名前を書く権利は、天海誠、彼に使うとしよう。何故かって? 好敵手た り得る彼を落とすチャンスなのだが、それ以上に、あの女流推理作家を蹴落と したい。二人がともに名前なしでは、運で上回る天海が落ち、女が残ってしま う。最早言うまでもないが、減らす権利は、八重谷さくらに使う」 郷野美千留 「一巡目の結果を眺めていて、ふっと、気になることを見付けたのよね。それ が思った通りなら……ううん、危ない橋を渡るのは愚か者のすること。今の私 の立場では、名前なしの人が一人でも増えるように持って行く、これを第一に 考えなくちゃいけない。つまり……若島リオちゃん、彼女の名前を消したわ。 増やすのは、もちろん、沢津さんと村園さんね」 午後三時。いよいよ発表の瞬間を迎えたスタジオは、その空気に緊張と不安、 そして少しばかりの興奮をはらんでいた。 進行慣れしてきた土井垣龍彦の司会により、名探偵候補十二人は、大いに焦 らされることになる。 「最初に、最も名前の数が多かった者を発表する」 その声に、若島が大げさに反応した。といっても声を上げたのではなく、郷 野と沢津の両名を振り返ったのだ。その考えは他の者も同じと見え、何名かは 横目で盗み見るような仕種をした。 「その者の名は――沢津英彦」 今度は若島以外の参加者も、身体で反応を示した。名を呼ばれた沢津は身を 固くし、そんな彼を皆が見つめるという構図ができあがる。 「計十一の名前があったよ。ちなみに、二番目に多かったのは郷野美千留さん で、八つあった」 今度は郷野に視線が集まる。 当人は、「ふ〜、ちょっと危なかったかも」と、手で顔を扇ぐ仕種をした。 尤も、内心ではほっとしているに違いない。これにより、郷野の第二関門突破 は確定したのだから。 「ノートから名前のなくなった者はいたのか否か? これが大事になってくる。 沢津さん、現在のお気持ちは?」 「特にない。一巡目の結果から、全員の名前がノートにあるとは考えにくい」 「……いい読みをしますな。さすが元刑事といったところか」 土井垣が表情を緩める。つられたように沢津も破顔した。すぐさま口元を引 き締め、「つまり、私がここで落ちることはないんだな」と聞き返す。司会進 行の二人から確約をもらい、再度、笑みを覗かせた。単純な喜びというよりも、 むしろ面目を保てたことから来る安堵かもしれない。 「では、ノートから名前の消えた人を発表する。今度は口頭ではなく、あちら を見ていただこう」 土井垣の示した先には、無地の可動式ボードがあった。新滝愛が横手に着き、 ボードを押して百八十度回転させる。そこには、様々な筆跡で参加者達の名前 が記してあった。ノートの中身を拡大コピーしたものらしい。 若島リオ 郷野美千留 郷野美千留 郷野美千留 郷野美千留 郷野美千留 沢津英彦 沢津英彦 沢津英彦 沢津英彦 野呂勝平 野呂勝平 律本春香 郷野美千留 村園輝 郷野美千留 村園輝 小野塚慶子 沢津英彦 沢津英彦 堀田礼治 堀田礼治 更衣京四郎 小野塚慶子 郷野美千留 沢津英彦 堀田 礼治 沢津英彦 沢津英彦 村園輝 沢津英彦 美月安佐奈 美月安佐奈 沢 津英彦 村園輝 天海誠 「ご自分の名があるかどうか、確かめるように」 司会に言われなくとも、運命の定まっていない十名の参加者らは、身体を捻 ってボードの方へ向き、身を乗り出す風にした。程なくして、「あった」「よ かった」といった声が上がり、うんうんとうなずく姿が見られる。総じて、大 人しい反応だ。この程度のことで騒いでは、名探偵らしくないと考えているの かもしれない。 「ない、ないわっ」 八重谷さくらが裏返った声で言った。顔色がよくない。表情は笑う形を取り つつも、強張っている。髪の下のこめかみには、青筋が立っていそう。 「そのようですね、八重谷さん。他の全員の名前があれば、あなたがこの関門 での脱落者となります」 どこか楽しそうに土井垣が告げた。彼を睨みつけた八重谷は、すぐさまボー ドに視線を戻す。その呟きから、他の名前をチェックしているのだと分かる。 「いかがです?」 「……」 返事なし。八重谷は唇を噛み締めていた。が、やがて皆の目に気付いたか、 「こ、こんな、実力と関係ないテーマで落とされても、全く痛くも痒くも」 などと口走る。 土井垣は場を静かにさせてから、新滝に目配せした。 「それでは、正式な確認のため、きちんと印を付けていきます」 新滝はペンを持つと、まず若島リオの名を楕円で囲った。続いて郷野、沢津、 野呂と順調に印を付けていったが、その次の名前で止まった。 「五番目は律木さん……と思ったら、何だか変ですよ、これ」 二文字目を指差す。全員の意識が向く。特に八重谷と律木は、何事かとボー ドの近くまで寄って来た。 「『木』じゃなくて、『本』だわ!」 真っ先に声に出したのは八重谷。律木が「え?」と目をぱちくりさせる。 元々ノートにあった“律木春香”の文字、その二番目に小さく横棒が付け加 えられていた。 「偶然、誰かのペン先が触れたんでしょうかね」 「まさか。ドラマでそんな筋書きを書いたら怒られちまう。現実でも、ここま でのアンラッキーはあり得ない!」 第三者然とした囁きが聞かれる中、律木と八重谷は司会者二人に対し向き直 った。 「これはどうなるの?」 「僕から説明を」 土井垣が応じたが、やけにおかしそうにしている。笑いを堪えているようだ。 「まず、この『本』の横棒だが、これは決して偶然ではない。誰がやったかを 明かすのは、この場ではできないが、立ち会い人として断言する」 「で、でも」 不安が現実となるのを感じ取ったらしい律木が、一歩詰め寄り、早口で抗議 する。 「こんなの、名前を消したことには……」 「いや。誤字を含む名前に書き換えたのだから、無効に、つまり消したことに なる」 「ルールはどうなります? 消していいのは一回につき一人ですわよね」 「その通り。そして僕は、誰もルールを破らなかったことを知っています」 「どういう意味ですか」 「あなたの名前を単純に消す代わりに、このように横棒をきゅっと引いた、そ れだけの話です」 「――『そんなのありかよ! 聞いてないっ』」 どちらかといえば大人しい外見の律木が、急に声を張り上げ、しかも乱暴な 台詞を吐いた。スタジオ内に緊張が走る。 周りの人間の反応に満足したのか、律木はふーっと息をつき、声のトーンを 元に戻した。 「……とわめき散らしたい気分ですけど、やめておきますわ。仮にも名探偵候 補に選ばれたのだから、引き際も潔くありたいと思います」 肩を落とす律木の横で、八重谷が小首を傾げた。状況を把握しきれないでい るようだ。 「えっと。要するに、名前がなかったのは、私と彼女だけで、こういったケー スでは、運のよい方が脱落するんだったわね。私は十番目で、律木さん、あな たは……?」 「九番目よ。おめでとう」 敗者は立場をよく理解していた。 参考までに、一巡目終了時に収録された、各人のインタビュー内容を掲げて おくとしよう。それぞれの行動によって、名前のリストがノート上でどのよう に変化したかも、併記しておく(名前のあとの数字は、その時点で記入された 名前の数。数字がないものは、その名前が一つだけ書かれていることを示す)。 最初の状態は、次のように表される。 若島リオ 沢津英彦 野呂勝平 八重谷さくら 律木春香 天海誠 村園輝 小野塚慶子 美月安佐奈 堀田礼治 更衣京四郎 郷野美千留 以下、十二名の行動とその結果を列挙していく。 若島リオ2 沢津英彦 野呂勝平 八重谷さくら0 律木春香 天海誠 村園 輝 小野塚慶子 美月安佐奈 堀田礼治 更衣京四郎 郷野美千留2 若島「仮に名前のなくなった人がいなくて、自分と郷野さんが同数でも、運の いい人が負けになる。八重谷さんを消したのは、面と向かってだと文句言いに くいから」 若島リオ2 沢津英彦2 野呂勝平 八重谷さくら0 律木春香 天海誠 村 園輝 小野塚慶子 美月安佐奈 堀田礼治 更衣京四郎0 郷野美千留3 沢津「お嬢ちゃんの意図を汲んだつもりだ。郷野さんを増やし、自分自身も念 のために増やしておいた。更衣の名を消したのは……そりが合いそうにないか らだ」 若島リオ2 沢津英彦2 野呂勝平 八重谷さくら 律木春香 天海誠 村園 輝 小野塚慶子 美月安佐奈0 堀田礼治 更衣京四郎 郷野美千留3 野呂「運のよさナンバーワンの郷野さんを落とす可能性を高めたいなら、名前 なしの人を復活させねばならん。だから八重谷さんと更衣さんを書いた。美月 さんを消したのは、彼女が第一関門をトップ通過したからであり、他意はない」 若島リオ 沢津英彦2 野呂勝平 八重谷さくら 律木春香 天海誠 村園輝 小野塚慶子 美月安佐奈0 堀田礼治 更衣京四郎 郷野美千留4 八重谷「私の名を消した人が前の三人にいる訳だから、報復で一番目の名を一 つ消したわ。それとみんな、郷野さんを落としたがってるみたいだから、彼に 一票。もう一名分、書き足せる権利は放棄。違反じゃないでしょ?」 若島リオ 沢津英彦2 野呂勝平 八重谷さくら 律木春香2 天海誠0 村 園輝 小野塚慶子 美月安佐奈0 堀田礼治 更衣京四郎 郷野美千留5 律木「これまでの流れを受けて、郷野さんの数を増やしつつ、名前のない人も 作りたいと思った。美月さんが既に消されていたので、一番の強敵である天海 さんを。あとは、自分がゼロにならないように」 若島リオ 沢津英彦2 野呂勝平 八重谷さくら 律木春香2 天海誠 村園 輝 小野塚慶子 美月安佐奈 堀田礼治 更衣京四郎 郷野美千留4 天海「思惑通り、前半の流れは掴めて嬉しかったですね。しかし、名前なしの 人を出さないようにして、郷野さんを落とす作戦はかなり厳しいと思いました ので、引っ掻き回すことに決めた次第」 若島リオ 沢津英彦2 野呂勝平 八重谷さくら 律木春香 天海誠 村園輝 2 小野塚慶子 美月安佐奈 堀田礼治 更衣京四郎 郷野美千留4 村園「筆跡から、直前の天海さんの考え方は、朧気に分かった気がしました。 私自身は、実力のある人に残ってもらって、実力で競い合いたいと考えていま す。十二名の中では律木さんが劣ると感じますので、彼女の名前を一つ消しま した。書き足す権利を自分にしか行使しなかったのは、なるべく大勢が名前な しになる可能性を作っておきたかったので」 若島リオ 沢津英彦2 野呂勝平 八重谷さくら 律木春香0 天海誠 村園 輝2 小野塚慶子2 美月安佐奈 堀田礼治 更衣京四郎 郷野美千留5 小野塚「空気を読んで、郷野さんの落ちる可能性も少し高めつつ、作戦を決行 したわ。成功する見込みは……三分七分かしらね」 ※ここで小野塚は「律木春香」を「律本春香」とした 若島リオ 沢津英彦3 野呂勝平 八重谷さくら 律木春香0 天海誠0 村 園輝2 小野塚慶子2 美月安佐奈2 堀田礼治 更衣京四郎 郷野美千留5 美月「やはり自身の名前がなくなるのは恐いですから、増やそうと思っていた んです。すると、郷野さんの名前が五つもあったので、安心して増やせた。も う一人分は、プロの手腕が恐いので、沢津さんに上乗せを。削除権の方は、更 衣さんを減らしておきたかったんですけれど、彼にはこのあと回るので、無意 味だと思い、前回実質トップの天海さん、悪いんですが、名前を消しました」 若島リオ 沢津英彦4 野呂勝平 八重谷さくら 律木春香0 天海誠0 村 園輝2 小野塚慶子2 美月安佐奈2 堀田礼治2 更衣京四郎 郷野美千留4 堀田「己が枠の外に置かれているのは、気持ちがいいというか悪いというか、 複雑なもんですな。先行した人に倣い、まずはわし自身の名を増やしてと。そ こから考えて、なるたけ接戦を演出すれば、その二名に集中が起きるのではな いかと。で、郷野さんを減らし、元刑事さんを増やした」 若島リオ 沢津英彦4 野呂勝平 八重谷さくら0 律木春香0 天海誠0 村園輝2 小野塚慶子2 美月安佐奈2 堀田礼治2 更衣京四郎2 郷野美 千留5 更衣「私に注目した者がほぼ皆無とは、何たる屈辱! ……というのはジョー クだ。名前のない者を増やす意図で、女流作家に一歩下がってもらうとしよう。 それから私の名を書き、保険の意味で郷野さんも増やしてみた」 若島リオ 沢津英彦5 野呂勝平 八重谷さくら0 律木春香0 天海誠0 村園輝3 小野塚慶子2 美月安佐奈2 堀田礼治2 更衣京四郎2 郷野美 千留4 郷野「名前ゼロの人を増やしたかったんだけれど、ノートを見てびっくり。私 の名前がやけに多いじゃないの。だから減らすことに決めたわ。二回、チャン スがあるんだから、私の名前をここで一回、次にもう一回減らす行為に、意味 は充分あると思うの。次に、競ってる沢津さんを増やして、それから手強そう な人の中から、村園さんを増やしてみたわ。彼女を選んだ意味は特になくって、 ほんとは更衣さんを増やしたかったんだけれど、そうしたら彼には誰が名前を 書いたか、丸分かりになっちゃう。今の時点でそれは避けたかったの」 * * 予告:次回の『プロジェクトQ.E.D./TOKIOディテクティブバト ル』は……。 井筒「前回は途中で姿をくらましてしまって、大変失礼をした。お詫びに、君 達を接待させてもらいたい」 井筒「第三関門のテーマを発表する。それは、基本的技術だ。食事が終わった ばかりで申し訳ないが、早速その一つ、尾行に取り掛かってもらおう」 「優勝すれば顧客を引き継げるんだから、依頼者の扱い云々はあんまり関係な い気がする」 「警察との付き合い方、情報の引き出し方なら、俺や沢津さんが有利になるの にな」 「ワ、ワトソンが十人……」 お楽しみに。 ――2ndステージ.終了
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