●長編 #0314の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
風尾仁詩(かざおひとし)は旧友達四人に頭を下げた。 「無駄足をさせてしまって、悪い。まさか、警備があんなに厳しくなってると は思いもしなかった」 「しょうがない。こんな時間に、急に来た俺達にも、責任がない訳じゃなし」 第一教育棟の手前に立つ時計は、午後九時過ぎを示していた。外灯の白い明 かりで、はっきりと読み取れる。 近くまで来たからと、学生時代の知り合い四人が、院に進んだ風尾を大学に 訪ねたのは、ほんの三十分ほど前のこと。共同の研究室で話し込む訳に行かず、 かといって学内の食堂やカフェの類はとうに閉まっていた。徒歩十分強のとこ ろに、ショッピングモールがあるが、風尾も旧友達も別の場所を考えていた。 それは彼ら五人がかつて所属していたミス研――ミステリー研究会の部室だ。 特に風尾は院に進んだあとも、たまに顔を出しており、現役部員全員と知り合 いである。ちょうど後期試験が終了したばかりで、誰も居残っていまいと踏み、 部室棟に向かった。 窓ガラスはどこも暗く、ノックにも反応なし。ボタン式の電子ロックを解錠 し、ドアを開けると、思惑通り、ミス研の部室は無人だった。というよりも、 部室棟のどこにも、風尾達五人以外はいないようだ。 「しかし、近場の居酒屋で、持ち込みOKの店、あったっけな?」 四人は洋酒のボトルと飲料水、それにつまみを買って来ていた。端から、部 室で開けるつもりでいたらしい。 ストーブを入れ、パイプ椅子を並べ、部室備え付けの紙コップの束から、適 当にコップを出したところで、周囲の静けさを破る乱暴なノックの音が。見回 りの警備員がやって来たのだ。 言葉でしばらく抵抗した風尾達だったが、結局は認められず、追い出されて しまった。 「やっぱあれか。工大の青酸ソーダ盗難事件以来、パトロールが強化されたと いうか、きつくなったのかね」 ショッピングモール一階にある居酒屋へ急ぎつつ、一人が話題にする。 この一帯は学園都市で、五つの大学が集まっている。約三週間前、その中の 一つ、工大に泥棒が入った。盗まれたと思しき品目の中に、劇物の精算ソーダ が含まれていたため、新聞種にもなった。発生当初は大きく扱われたが、二日 も経てば下火になり、今や忘れ去られた感がある。解決したとも聞かない。 「かもしれない。しかし、ここの学生や卒業生まで追い出すとはね」 肩をすくめた風尾は、二月の寒さを感じ、すぐに革のコートを羽織り直した。 * * 部室に入ると、みんなとりあえず、いつもの席に座った。とっくの昔に指定 席と化した感がある。 「明日はバレンタインデーだが」 部長らしく一番奥の位置を指定席とする殿村威彦(とのむらたけひこ)は、 眼鏡のレンズを拭きながら、左斜め前の白島レミ(しらしまれみ)に顔を向け た。二月十三日の午後二時前、ミス研の部室には僕を含めて部員六名がいた。 一、二年生の部員はこれで全員だ。このまま三時半までお喋りで時間を潰し、 後期試験終了の打ち上げに揃ってくり出す段取りになっている。 「今年は誰かに渡す予定はあるの? もちろん、本命って意味で」 「あるわよ。チョコレートじゃないけれど」 あっさり答え、肩の辺りで髪をいじる白島。薄茶色の髪が、窓からの陽光を 浴びて、ますます茶色っぽく見えた。 そんな彼女に、男子部員全員の視線が集まった。僕、和山田良助(わやまだ りょうすけ)も、スナック菓子をビニール袋から取り出しつつ、白島に目をや った。皆で飲み食いするための菓子類や1.5リットル入りジュースは、もち ろん部費(の余り)で購入した。 「まじ? 去年はいなかったのに」 そう聞いたのは、殿村から見て角を挟んで右隣の江口孝治(えぐちこうじ)。 副部長の江口はがたがたと音を立て、椅子を前に引き寄せた。今日の打ち上げ の幹事でもある彼は、確認のためか、さっきまで手帳を覗き込んでいたのに、 もう放り出している。 「一年も経てば、本命の一人ぐらい、できるわ」 「へえ、誰よ。名前、教えて」 江口の隣で、藤京一郎(ふじきょういちろう)が、にやにやと笑みを浮かべ た。ビニールに入った紙コップの束を手にしている。色白で細面な藤は神経質 そうに見えるが、実際その気があって、自分で使う器の類は自分で選ばないと 気が済まない。たとえば、部室の紙コップは上から二番目を取る。そんな調子 だから、藤はコップの配り役に収まっていた。今はタイミングを計って、そろ そろ配ろうかという姿勢でいる。 「いきなり教えても面白くないから……部の中の誰か、とだけ言っておくわ」 「おい、誰だよ。白状しろよ」 眼鏡を掛け直した殿村。その台詞は白島にではなく、他の男達に向けてのも のだった。 藤の左横で腰を上げ、菓子の袋を順次開けていった僕は、素知らぬ顔をする のに少々苦労した。幸い、僕に意識を向ける人はいないようだ。まさか、唯一 の一年生男子である僕が、白島レミの彼氏だとは、想像すらできないに違いな い。 「とか言いつつ、部長なんじゃありませんか」 茶化した調子で尋ねるのは、横田亜紀(よこたあき)。白島の左隣に座る彼 女は、唯一の一年生女子部員だ。美人ではないが、明るさと物怖じしない性格 とで、嫌われることの少ないタイプと言える。 僕は、藤がコップをいつもの順番で配り終えたのを確認し、横田に頼んだ。 「横田さん。お喋りしながらでいいから、そろそろジュース、注いでほしいん だけど」 「はいはい」 言い方は軽いが素直に応じる横田。ペットボトルを抱え、役職順とばかり、 奥の部長から注ぎ始めた。 「言っておくが、俺じゃないよ」 横田に向かって、部長が否定する。白島は知らんぷり。僕は笑いをこらえる のにまた一苦労だ。 「むきになって否定するところが怪しい」 「真実でもないのに否定しなかったら、おかしいだろう。事実なら嬉しいんだ がね」 「まあまあ。そういう美味しそうな話は、酒の肴に取っておけばいい」 殿村と横田のやり取りに、江口が割って入り、この話題はひとまず収束。無 論、打ち上げの席でも僕らは白状する気なんてない。 「んじゃまあ、前祝い――って言うのも変だが、乾杯ってことで」 殿村の音頭で、全員、コップを軽く掲げた。そうして、めいめいが口を着け る。 一分足らずが過ぎたときだった。一人がもがき苦しみ出したのは。 異様な顰め面をなした殿村が、喉に手をやり、掻きむしる仕種を見せた。文 字に表しがたい叫び声を上げ、椅子から立ち、否、転がり落ちると、今飲み込 んだ物を吐き出そうとする様子が、僕らにもよく分かった。 他の部員は全員立ち上がり、まだ、殿村を見下ろすことしかできない。 やがて、江口が「どうしたんだ? しっかりしろ!」と声を掛ける。白島か 横田の甲高い悲鳴がして、藤は携帯電話を取り出した。一一九番通報するのだ ろう。それを見て、僕は遅ればせながら、大学の保健医を呼ぶことを思い付い た。 が、殿村が突然口走った言葉に、足が止まる。止めざるを得なかった。 「和山田! おまえのせいでっ」 僕を睨みつけながら言った。殿村の言葉は意味不明なものに戻り、それも長 くは続かなかった。 動かなくなった殿村威彦の死が確認されたのは、搬送先の病院でだった。 殿村の死は、青酸系の毒物を嚥下したためと分かった。また、殿村の飲み残 したジュースが分析され、近くの工大から盗まれた青酸ソーダが恐らく使われ たとの判定が出た。 今際の際の殿村に名指しされた僕は、警察から取り調べを受けた。全く身に 覚えがなかったが、刑事の強面ぶりと激しくも厳しい追及は、ここは一旦認め て、裁判で争おうかという考えが、頭をよぎったほどだった。 だが、やがて僕は、いくつかの理由により、一旦解放された。 ・白島を始めとするあの場にいた部員達が、殿村のコップに毒を入れるチャン スが僕にはなかったと証言してくれた ・工大に泥棒が入った夜、僕には仲間と試験勉強をしていたアリバイがある ・殿村を殺害する動機が見当たらない 等の点が認められたおかげだが、だからといって、疑いが完全に晴れた訳で はなかった。参考人名目での事情聴取は続いた。 「少なくとも、君が工大から青酸ソーダを盗めなかったことは分かったが、共 犯がいたのかもしれない」 顔馴染みになった刑事が、若干穏やかな口ぶりで切り出す。以前は、この手 の仮定の話にもいちいち反論したが、無駄と分かってからは、とりあえず一通 り聞くことにした。 刑事は僕の無反応がつまらないとばかり、息をついた。 「――その見込みで、他の部員や君の知り合いのアリバイも調べてみた。結果 は、君にとって望ましいものだと言えるだろうな。大学の試験前だったせいか、 みんな、何だかんだとアリバイ成立。不成立は、死んだ殿村威彦のみと来たか ら、皮肉なもんだ。妹が大学の推薦入試に受かったお祝いで、家族三人は旅行 中。殿村は自宅で一人、勉強をしていたらしいんだが、今となっては他に証人 がいたかどうかも聞きようがない」 「それが僕と、どういう関係が」 「警察も手掛かりが少ないと、色々と想像を巡らせるもんでね。たとえば、君 と殿村君が悪巧みをしており、その目的のためにまず、毒を盗んだ。だが、目 的遂行の前に仲間割れをし、君が殿村君を殺害した、とか」 「冗談じゃありませんよ」 まともに受け止めていては、精神的に保たない。受け流すよう、努める。 「ああ、この線はなさそうだ。というのも、君が殿村君を殺害する動機はなく ても、殿村君は君を快く思っていなかった節があると分かったからな。共犯を 組むことはないだろう」 「部長が僕を快く思っていなかった?」 意外な感じを受けた。そりゃあ、気に入られているとまでは断言できないが、 嫌われてはいなかったと思うのだが。 「知らなかったのか? 君の彼女、白島レミだよな。殿村君はその前彼って奴 に当たるんだよ」 「えっ……知りませんでした」 「――その顔は、本当に知らなかったみたいだな」 にやりと笑う刑事。そう言いつつも、目は、僕の観察を続けている。一旦、 安心させた上で、さらに反応を見てやるという意図があるのかもしれない。 「彼の家族に聞いてみると、妹だけが把握していた。去年の春頃から付き合い 始め、九月半ばには別れていたと思う、だそうだ。和山田君はいつから白島さ んと?」 「僕は十一月、学園祭が終わったあとぐらいかな――って、関係あるんですか、 これ?」 「白島さんとの仲は、うまく行っているのかね」 無視をした刑事に、僕も同じ態度で切り返したかったが、現実問題、そうも 行かない。 「ええ。彼女の答は逆だったとでも?」 「いやいや。だがまあ、そうなると、殿村君に殺意を持つ者がいなくなるわ、 君が名指しされた経緯も藪の中のままだわで、捜査の進展が望めん。和山田君 から見て、動機のありそうな人物はいるか? 心当たりがあるなら、遠慮なく 教えてくれ。ここだけの話にしておくのは、言うまでもない」 仲間を裏切れと言われているようで、いい気はしない。それに、心当たり自 体がないのだ。 「僕には何とも……」 「たとえば、こういうのはどうだろう。白島さんと殿村君が付き合っているこ とを知っていたが、別れたことは知らなかった者がいたとしたら」 「そ、それならあり得るかもしれない。でも、僕自身、彼女が部長と付き合っ ていたなんて、全く知らなかったのだから、具体的に誰それというのはありま せんよ」 「そこまで厳密さを求めていやしない。要するに、部内で白島レミに好意を抱 いていたのは誰かって聞いているんだ」 笑いながらも、口調は厳しくなる刑事。僕はほとんど即答した。 「そりゃあ、横田が入るまでは、アクティブな女子部員は彼女だけだったみた いだから、先輩達は大なり小なり、気にしてたんじゃないですか」 「中でも特に、というのがあるだろう。一年近く、同じ部で活動したら」 「……副部長かな」 言ってしまった。嘘ではないが、やはり後ろめたさがある。間髪を入れず、 フォローをしておく。 「ただ、江口先輩は、そういう性格みたいですから。そういう性格っていうの は、女性ならほぼ全員に対して関心を抱くというか、ストライクゾーンが広い というか」 「気にしなくていい。他の部員も同じことを言っていた。当人も認めているこ とだしな」 こちらの返事を引き出してから教えてくれるとは、たいした親切だ。僕は大 きく息をついた。肩の荷が下りた感覚と、がっくりと疲れた感覚とで、差し引 きゼロといったところ。 「今日はこれぐらいにしておこう。何たって、君は未成年だしな」 らしくない言葉が刑事の口から出た。最有力容疑者扱いされていたときとは、 雲泥の差である。 ともあれ、ほっとして席を立とうとした刹那、刑事が気になることを付け加 えた。 「これは君達関係者全員に言っているんだが……盗まれた毒は、全部が使われ た訳ではない。念のため、注意してくださいってこった」 容疑者扱いされていたおかげで、殿村威彦の通夜や葬式に参列できなかった。 警察にずっと拘束されていた訳ではないのだが、死に際に発した言葉の内容が 遺族にも伝わっており、足を運べなかったのが実際である。 それが今日になって行く気になったのは、あの場にいた部員に促され、付き 合ってやると言われたから。 挨拶、焼香と済ませ、話をしてみると、殿村の母親も、妹の由香(ゆか)も 僕を疑いの目で見ていないらしいと分かった(父親は仕事で不在だった)。適 当な頃合いで事件の話題を切り上げたのは、母親からであった。 「この子に大学について、色々教えてやってくださいな」 そう言って、母親は退いた。応接間らしき和室に、僕らミス研のメンバー五 人と、由香だけが残された。殿村由香が推薦で合格したのは、僕らの大学だと は聞いていたが、兄の死で迷いが生じていたようだ。だが結局、この春から通 うと決めたという。 「教えると言っても、学園祭に来たとき、ある程度話してしまったからなあ」 幾分重い空気を、江口が破る。部活ではなくても、副部長として場を明るく しようと心掛けている風に見えた。 「そういえば、ミス研の活動って、今はどんなことが中心なんでしょう?」 呼応して、質問を発する由香。 我がミス研は、推理小説だけでなく、超常現象や手品、クイズパズル等々、 要するに謎と結び付く物はよろず扱う倶楽部である。何でも、創部した大先輩 は推理小説限定のつもりだったが、入部希望者がなかなか集まらず、拡張路線 を取らざるを得なかったらしい。 「一年生部員の少なさを見ても分かる通り、いまいちぱっとしない。枠を占い や呪術にまで広げること、本気で考えないとだめかもなあ」 「そうですか」 江口の発言に、淡々とた調子で返す由香。確か、占い好きだと聞いていたの だが、どうしたんだろう。江口副部長も、だからこそ占いの話題を振ったんだ と思うのだが。 僕らの疑問を察したのか、由香が作ったような笑顔を見せた。 「実は、お正月に兄のことを占ってみたら、とてもよい結果が出ていたもので すから。全然、当たらなかった」 「……」 沈黙する。気遣いのつもりが、いらぬ話題を持ち出したことになる。そこを 逆に、殿村由香に気を遣わせてしまったようだ。 「厄払いに、占い用のトランプで、皆さんで遊んでいきませんか?」 「えっと、前に由香ちゃん、こんなこと言ってなかったっけ。『占いに使う道 具だから、遊びに使うなんてとんでもない』とか」 「だから、占いはもうやめたんです」 寂しげな笑みを継続させる由香は、僕らの返事を待たずに、「取ってきます ね」と腰を上げた。 「トランプ遊びという雰囲気では……」 藤の困惑いっぱいのコメントに、横田が首を横に振る。 「そんなことありません。由香ちゃんの言うことを聞いてあげる、それが一番 です」 「そうね。今はそうしましょうか」 気怠そうに髪をかき上げつつ、白島も賛成する。女性陣がそう言うのならと、 僕ら男三名も倣うことになった。 殿村の母親がお茶と菓子を運んでくれたあと、僕ら六人は、輪になってばば 抜きを始めた。 「あ、忘れるとこだった。少しだけ、待っていてくださいね」 見送りに出た由香がそう言って家の中に引き返し、また戻って来たのは約一 分後だった。左右の手には、それぞれ封筒が握られている。白と黄色の封筒だ。 「これ、“パルティア”のクーポン券です。白島さんと横田さんに」 パルティアとは、駅前の商店街にある有名な洋菓子店だ。ご多分に漏れず、 女性から圧倒的な支持を受けている。今の季節は、店頭で焼き上げるアップル パイとクレープが売れ筋だとか。 「あら、ありがと」 にこやかに笑んで、受け取った白島。由香は彼女を好ましく思っているよう で、トランプに興じているときも、ずっと隣に座っていた。白島の方も、悪い 気はしないのだろう。新年度からかわいい後輩ができると、喜んでいる節があ る。 「バイトをしていたとき、おまけでもらったんですけど、一人で使い切るのは 身体によくないと思って躊躇していたら、期限切れが迫って来て」 「本当。二月中じゃない」 白島が言った。見つめる先は、封筒から滑り出たカラフルな縦長の紙。券面 の記載を確認したらしい。 と、彼女の目が僕を捉える。 「甘い物、苦手だったわね」 「うん」 僕は曖昧に頷いた。事件をきっかけに、僕らの付き合いはみんなに知られる ところとなっていたが、何もこんなときに口にしなくても。見目やセンスはよ く、料理なども一通りこなすのだが、無神経な一面があるのだ。 「残念、デートのときには使えないか。しょうがない、亜紀ちゃんと一緒に行 って来ようかしら」 「いつでも言ってください。お供します。このあとすぐでも」 「じゃあ、そうしようか」 再び、僕を見つめてくる。今度は、駅まで送ってくれというサイン。僕とし ても、二人きりで遊ぶ気分にはならないし、送るだけで今日は別れるつもりだ ったから、問題ない。 「藤先輩はどうします?」 車のない藤に尋ねる。 「駅だと遠回りになる。副部長に乗せてもらうってことで、話が付いた」 「そっちはしっかり、送り届けろ」 キーホルダーを振りながら、江口が微笑混じりに言った。 程なくして相次いで出発し、道が分かれた頃合いに、白島が口を開いた。 「刑事からどこまで話を聞いたの?」 僕はルームミラーで、後部座席の女性二人を一瞥した(事故の際に死亡率が 高いからと、白島は助手席に座りたがらないのだ)。 「何でそんなことを? 僕とみんなとで、差があるとでも?」 「あるんじゃないかしら。藤君の使ったコップからも毒が検出されたって、聞 いてる?」 「え? いや、初耳。まじ?」 「やっぱり」 真剣な調子で、白島。本当の話なのか。だとしたら、僕には教えなかった刑 事の意図は何だろう。いや、それよりも何よりも、二人に毒が盛られたとした ら、事件の様相が変わってくるのでは? もしかすると、無差別殺人かもしれ ない。 「横田さんも、刑事から知らされていたのか」 「はい。しばらく経って、二度目に刑事さんに事情聴取されたとき」 「ふうん。藤先輩が無事だったのは、毒の量が少なかったとか?」 「そうじゃないのよ。コップの外側に着いていたんだって。手のひらを嘗めて いたら、症状が出た可能性が高かったみたい」 「外側……意味が分からない」 毒殺を狙う犯人が、コップの外側に毒を塗っても仕方がないではないか。 「私も亜紀ちゃんも、それに江口君や藤君も、同じことを知らされて、どうし てだと思うか聞かれている。けれど、誰も満足の行く答は返せなかったみたい。 それで刑事が明かしてくれたのが、毒が移ったんじゃないかという考え」 「毒って、殿村部長のコップの?」 「当然よ。紙コップに毒を塗って、あの束に戻した結果、上に重ねたコップの 外側にまで、毒が付着したって訳」 「ちょっと。それって、犯人は毒を部室の紙コップに、前もって塗っておいた ってこと?」 「そうみたい」 「だったら、誰が犯人であっても、不思議じゃなくなるんじゃないか。うちの 部室だと、OBが来られる等の突発事がない限り、座る位置は固定化されてい たし、コップを配る順番だって、決まっていた。言い換えると、殿村部長に渡 る紙コップに毒を仕込んでおけば、誰だって可能になる」 「誰だっては言い過ぎね。最低限、座る位置と配る順番とを知っている人物で ないと」 一部、白島に否定されたが、それにしたって、僕にとっては大きな前進だ。 警察が僕への容疑を薄めたのも、案外、この理由が大きいのではないか。なの に、当人に教えないとは、卑怯なやり口だ。 「私も含めて、あのとき部室にいた人の全員に可能だったとしたら、どうして 殿村先輩は、和山田君を犯人と判断したのかなあ……」 同輩の疑問に、僕はただ、「怪しい動き一つしてないぞ」としか言えない。 白島が分かったような口ぶりで、忠告してきた。 「まあ、気を付けることね。犯人じゃないのなら、次に君が狙われるかもしれ ない」 「な、何で」 「あら、刑事が言ってなかった? 盗まれた毒は、まだ全部使い切られてない って」 「だから、誰かが次に狙われるとして、何で僕になるの?」 「真犯人が、君を犯人に仕立てて、自殺に見せかけて殺す、とかさ。ありそう じゃない?」 いかにも推理小説的な展開、という意味ではありそうだが、真剣に検討する 価値は……僕が悩み出したのを表情から察したか、白島の注意が飛んで来た。 「ほらほら、安全運転を頼むわよ! 駅まであと少しっ」 その日の夜、白島レミの緊急入院を電話で知らされた。 ――続く
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