●長編 #0311の修正
★タイトルと名前
親文書
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「しくじったなあ」 そう言ったのはギニア。入り口から、ほんの五メートルくらい進んだ辺りでし ょうか。 「お前に教えなくちゃ、ってそればっかり考えてたから、明りのことなんてすっ かり忘れていたよ」 「うん………ぼくも洞くつに入るなんて思っていなかったから」 洞くつの奥からは、ぴちゃぴちゃと、水滴のような音がします。けれど本当に 水の音なのかは、よく分かりません。洞くつの奥に、外の光は届きません。真っ 暗なのです。 「どうしよう? このまま進んで別れ道とかあったら、戻れなくなっちゃうかも」 面倒ですが、一度村に戻ってカンテラかろうそくを持って来たほうがよさそう だと、トキオは思いました。 たぶんギニアも同じ意見でしょう。 「一度村に戻って………」 「明かりを取りに………」 二人の言葉が重なります。でもその先は続きませんでした。お互い、洞くつの 奥から射してくるほのかな明かりに気がついたからです。 白い、いえ、わずかに黄色み掛かっている、不思議な感じの明かりです。決し て外から射してくるものではありません。 「なんの明かりだろう?」 トキオとギニアは顔を見合わせ、それから明かりのほうへと進みました。 「岩だ、岩が光ってるんだ」 眩しいということはありませんが、周囲を見るにはじゅうぶんな明かりです。 光は、ごつごつとした岩肌から発せられていました。 「岩っていうより、これ、コケかなんかじゃないか?」 ギニアは手を伸ばし、指でその光るものを摘みました。手のひらの中でほのか に光るそれは、たしかにコケのようです。 「ホントだ………そういえば聞いたことがあるよ。地球のコケの中には光るもの があるって」 二人はコケの明かりを頼りに、洞くつの探検を続けることにしました。 「あっ」 それから少し進んだときです。 ふいに声を上げてギニアが立ち止まりました。それにつられてトキオも足を止 めます。 「どうしたの?」 問いかけるトキオに、ギニアは洞くつの奥を指さします。 「誰かいる………子どもみたいだ」 「えっ」 ギニアが指さす先に、トキオも目を凝らしてみます。でもほのかに光る洞くつ が続くだけで、他には何も見えません。 だいたいこの洞くつは、昨日の地震で出来たばかりのもの。それを村のほかの 子どもが、ギニアより先に見つけているとは、ちょっと考えにくいことです。 「あれっ? リリィ………お前、リリィか」 ギニアが妹の名前を呼びます。 まさか―――そんなはずはないよ。と、トキオが言いかけたとき。 「あっ、ええっ!」 リリィがいたのです。ギニアが言うとおりに。 たしかにいまさっき、トキオが見たときには誰もいなかった洞くつの先。そこ に黒い肌の、小さな女の子が立っていて、こちらを見ています。 「どうしてリリィがここに………」 「おい、リリィ。こんなところに一人で、危ないだろう」 二人はリリィのもとへと近づこうとしました。 この辺りは洞くつが少し狭くなっています。そこを二人が並んで進もうとした ため、おたがいの肩がぶつかりました。思わず、トキオは片手を洞くつの壁へと つけます。 ぽわん。 音にすると、そんな感じでしょうか。 トキオの触れた壁のコケが、周囲より少し強く光りました。 そしてその光は、導火線にともされた炎のように、リリィの立つ洞くつの先へ と進んでいったのです。 「えっ?」 「あっ!」 トキオとギニア、同時に声を上げました。 光の導火線が達したとたん、そこにいたリリィの姿が弾けるにして消えたので す。 慌てて二人はその場に駆け寄ります。けれどカケラ一つ、見つけることは出来 ませんでした。 「リリィ………だったよな?」 「リリィ………だった………」 しばらくあたりを探してみましたが、やはり誰もいません。何もありません。 二人は顔を見合わせました。 「と、とにかく、一度村にもどろう」 「うん」 自分たちの見たものが本物なのか。リリィは無事なのか。早く確認したくてな りません。二人は急いで、いま来た道を戻りました。 「どうしたんだい? 二人とも、そんなに慌てて」 学校のすぐ近くでトキオとギニアに声をかけて来たのは、ルベールさんでした。 その手には花や草が握られています。絵の具の材料を集めていたようです。 「あっ、ルベールさん。リリィ………リリィを見なかった?」 「リリィ? ああ、さっきまで図書室にいたよ。たったいま、帰ったところさ」 「………」 トキオとギニア、二人は顔を見合わせます。 ルベールさんがうそを言うはずはありません。その必要もありません。 でもそうだとしたなら、二人が洞くつで見たリリィは、いったいなんだったの でしょうか。 「何かあったのかい?」 二人の様子に、只ならぬものを感じたのでしょうか。ルベールさんが尋ねて来 ました。 「実は………」 トキオたちは洞くつであったことを、ルベールさんへと話しました。 「リリィはさっきまで、図書室にいた。それは間違いないよ………そのあとどん なに急いでも、村はずれの洞くつに移動して、君たちに目撃されるのは難しい… ……」 額に手をあてて、ルベールさんは難しい顔をしました。 「その洞くつに、ぼくを案内してくれないか」 「えっ、でも………」 ルベールさんの言葉に、トキオとギニアは驚いた顔をします。身体の弱いルベ ールさんが村から離れることは、とてもめずらしいのです。 「だいじょうぶ、今日はとても調子がいいんだ。それに………画家として、その 光るコケというのを見ておきたいんだ」 「うん、ルベールさんがそういうのなら。いいよな、トキオ?」 「うん」 二人はルベールさんを洞くつへ案内することにしました。 「驚いた………本当にコケが光っている」 ルベールさんが感嘆の声を上げます。黄色い明かりの中で、その色は分かりま せんが、きっとルベールさんの頬は赤くなっているのでしょう。 「だけど地球にも、光るコケってあるんでしょう?」 「ああ………だけどぼくは実物を見たことがないんだ。それに、地球の光るコケ と、こことは色も違うみたいだ」 もちろんトキオたちにとっても、この洞くつの光景は驚くものでした。まして 普段、村から出ることの少ないルベールさんは、まさに興味しんしんといったふ うに、洞くつの光景に見入っていました。 「とにかく、奥に進んでみよう」 三人は、ゆっくりと洞くつを進んでいきます。そして、トキオたちがリリィの 姿を見たあたりにきたときのことです。 ゆらっ、といった感じに、三人の前で何かがゆれました。 「あっ」 「誰かいる」 人かげのようです。でも今度はリリィではありません。もっと背の高い、おと なの人のようです。 「ルベールさん?」 トキオとギニアは、その人かげのほうに進もうとして、途中で足を止めました。 ルベールさんがひとり、その場に立ちつくしているのに気がついたからです。 「…………グ」 まるで高熱にうなされるかのように、何かをつぶやきました。それからふいに、 ルベールさんは走り出したのです。 「うわっ」 「ルベールさん」 トキオとギニアの姿も、ルベールさんの目には入っていないようでした。二人 を突きとばし、ルベールさんはその人かげのもとへとかけ寄っていきます。 「メグ!」 今度ははっきり聞き取ることが出来ました。どこかで聞き覚えのある名前です。 そう、この星に着陸するときに亡くなったという、ルベールさんの奥さんの名前 です。 トキオたちは、もう一度人かげのほうに目をやります。 うすいカーテンをすかして見るように、その人かげの顔がぼんやりと見えまし た。よく分かりませんが、女の人だと分かります。 ルベールさんの奥さんは、とてもやさしい人で、宇宙船にいたころ、トキオや ギニア、子どもたちはみんなとてもかわいがってもらいました。 でもその時、トキオたちはとても小さかったのです。だからメグさんの顔は、 そんなによく、おぼえていません。 そんなぼんやりとした記憶と同じように、女の人の顔はぼんやりとしていたの です。 だいいち、とっくに死んでしまった人が、ここにいるはずはありません。いる としたら、それはゆうれいです。 トキオはぞっとして、ギニアのほうを見ました。ギニアも同じことを考えてい たのでしょうか。トキオのほうを見ています。 「どうしたルベール、まあた、めそめそしてたでしょ」 トキオではありません。 ギニアでもルベールさんでもありません。 それはゆうれいなんて、こわいものの声ではありません。 かすかに覚えている優しい女の人の声。 「だって、メグ………君がいないから。メグがいないと………ぼく一人じゃダメ なんだ」 小さな子どもがお母さんに甘えるような、いつものルベールさんからは想像出 来ないような声でした。 女の人、メグさんのそばまでかけよったルベールさんはその手をとります。 「ホント、ルベールたら、子どもみたいね」 くすくすと、メグさんは笑いました。それから、少し寂しそうな顔をします。 「でもね、ルベール。だめなの………だって私はもう、あなたとは違う世界の人 間なんだよ」 「だったら………だったら、ぼくがメグの世界にいくよ」 ルベールさんはにぎったメグさんの手を、自分の胸に抱きました。もう絶対に はなさない、そんな意思が感じられます。 「困ったひと………」 強くにぎっていたはずの手が、簡単にほどかれてしまいます。 そしてこちらのほうを向いたまま、洞くつの奥へと下がっていきました。 「待って、メグ!」 ルベールさんはそのあとを追います。 「ルベールさん!」 ぼーっと、ルベールさんたちのことを見ていたトキオが、我にかえります。こ のまま洞くつの奥に進んだら、何があるか分からない。危ないと思ったのです。 トキオとギニアも、ルベールさんたちのあとを追おうとしました。 ところが――― 「えっ?」 「うわっ!」 突然、洞くつの奥からたくさんの水が流れてきたのです。 「!」 逃げるよゆうなんてありません。 あっという間に、二人は水に飲み込まれてしまいました。 もうだめだ、おぼれてしまう。かたく目をとじて、トキオはそう思いました。 でも水に飲まれたはずなのに、ちっとも苦しくないことに気がつきます。 「?」 恐る恐る目を開けてみます。ギニアと目が合いました。 水に飲み込まれたと思ったのは錯覚だったのでしょうか。いえ、錯覚ではなか ったようです。トキオは水の中にいたのです。 ギニアの姿が、ゆらめいて見えました。 水の中にいるのに苦しくない。 それはとても驚くことでした。でも驚くことは、もっと他にもありました。 トキオたちは洞くつの奥から流れてきた水に飲まれたのです。それなのにいま トキオたちがいるのは、もっと広い場所だったのです。 ギニアが指で上のほうをさして、頷きました。泳いで上にいこうという合図で す。 トキオも頷いて、分かったという合図をします。 「ぷはあっ」 水の上に顔をだして、トキオもギニアも大きく息を吸いました。 水の中でも苦しくはなかったのですが、思わずそうしてしまったのです。 「あっ、あれっ?」 水から顔を出したトキオは辺りを見回して、驚いた声をあげます。 ここは洞くつのはず。 洞くつの中で、とつぜん流れてきた水に飲まれたはず。 でも水面に顔を出したトキオが見た光景は、洞くつのものではありませんでし た。そこにあるはずのもの、光るコケの生えた洞くつの壁が見あたらないのです。 あるのはどこまでも続く青い空でした。 雲一つない青い空でしたが、雲に代わって浮かぶものがあります。たくさんの 星々です。 そしてトキオたちのいる水は、海のように真っ青でした。 「あれ? ………これって………」 トキオとギニアは顔を見合わせます。二人とも、この光景には、どこか見覚え がありました。 「ルベールさんの絵!」 二人とも、ほとんど同時でした。 そうです。 昨日、見せてもらったばかりの絵。 宇宙に海がある絵の風景が、そのまま目の前にあったのです。 「わあっ!」 もう、何から何までふしぎなことばかりですが、ふしぎはまだ続きます。 トキオはルベールさんの描いた絵を、くわしく思い出しました。いま、トキオ の目の前にあるものは、ルベールさんの絵とは少しちがいます。 ところがです。 トキオが絵の中にあったものを思い出すと、それがどこからともなく、姿をあ らわしました。 突然、イルカの群れがトキオたちの横を泳いでゆきます。 その向こうに見えるのは、サメのヒレでしょうか。 たくさんの魚たちがあらわれ、トキオたちの身体をくすぐってゆきます。 空にはたくさんの鳥たちが舞っていました。 「これ、どういうことなの?」 トキオはギニアに尋ねます。 「分かんないよっ!」 ギニアに答えられるわけがありません。 「わっ、ルベールさん?」 一際大きな波をたて、一隻の船が現れました。あれは箱舟というものでしょう か。 その船には、たくさんの動物たちが乗っていました。そして動物たちに混じっ て、ルベールさんと、メグさんの姿があったのです。 「すまない、トキオ、ギニア。ぼくはやっぱり、メグといくよ」 甲板の上から、ルベールさんが叫びます。それから、船はすごいスピードでト キオたちの前から走り去ってゆきました。 そして。 船が走り去ると同時に、海も姿を消します。 イルカもサメも、魚も鳥も、みんな消えてしまいました。 トキオとギニアは元通り、うっすらと光るコケの生えた、洞くつの中に立って いました。 「夢………だったのかな」 トキオがいいます。 「まさか………」 答えるギニアは、自信がなさそうでした。間違いなく目の前で起きたことなの に、あまりに現実ばなれした出来事が本当だったのか不安になってしまったので しょう。 「そうだ、ルベールさん!」 しばらくの間、ぼーっとしたあとで、ルベールさんがいなくなってしまったこ とに気がつきます。二人は慌ててルベールさんを探しはじめました。 「ルベールさん!」 「どこ、どこにいるの!?」 洞くつを少し、奥のほうに進んでみます。でもルベールさんはいません。なん だか目がかすむような気がして、恐くなってきます。 もう二人だけではどうにもなりそうにありません。 村に戻って、おとなの人を呼んだほうがよさそうです。 「おーい、ルベール。どこにいる」 「ルベール君、返事をしなさい」 「ルベールさん、どこですか」 ルベールさんを呼ぶ、いくつもの声が洞くつの中から聞こえてきます。カンテ ラを持ったおとなの人たちが、ルベールさんを探しているのです。 トキオとギニアは、不安な気持ちでみんなが戻ってくるのを、洞くつの外で待 っていました。けれども、どれだけ待ってもルベールさんが見つかる様子はあり ません。 やがて洞くつの中から聞こえてくる、おとなの人たちの声が変わってきます。 「うおっ、なんだこれは?」 「どうしてお前がここに!?」 驚いたような、慌てたような声。 トキオたちは、もしかすると、と思います。 少しして、おとなの人たちが洞くつの中から戻ってきました。みんな、なんだ か青い顔をしています。 「話には聞いていたが………まさか、まだ信じられない………」 そう言ったのは、トキオのお父さんでした。お父さんは洞くつの奥で、お父さ んのお父さんや、お母さんを見たのだそうです。 ギニアのお父さんは、大草原を見たと言いました。 そしてトキオたちの先生は、なんだかとても悲しそうな顔をして、何も話しま せん。 結局、ルベールさんはみつかりませんでした。夜になっても、村に戻ってきま せんでした。 次の日も、その次の日もおとなの人たちは洞くつを探しましたが、ルベールさ んはみつかりません。洞くつに入るたび、おとなの人たちはふしぎなものを見て 戻って来るだけでした。 「あくまでもこれは推測だが………」 だいぶ後になってから、ドクターはこう言ったのです。 「あのふしぎな現象は、洞くつに生えたコケの仕業じゃないだろうか。あのコケ は人の頭の信号を感知して、それを投影する能力を持っている。なぜだかは分か らないが………そうだな、自分の身を守るためかも知れんな。そうだ、例えば菌 糸類が己の身を守るため、抗生物質を出すようにだ。自分たちを食べる虫やトガ ゲのような物が恐怖する物を見せるわけだ」 ドクターの推理が正しいのかどうか、もう分かりません。あの洞くつはなくな ってしまったのですから。 ルベールさんが居なくなって一ヶ月たったとき。あの洞くつは危険だという理 由で、その入り口をダイナマイトで爆破してしまったのです。 「ルベールさん、死んじゃったのかな」 もう二ヶ月になるでしょうか。学校の帰り道、草っ原に座って、ギニアが言い ました。 「分かんないよ」 ごろん、と横になってトキオは答えます。 青い空に、白い雲がとても高く浮かんでいました。 「ううん、きっと生きてるよ」 トンボが一匹、トキオのおでこに止まります。トキオは、おでこをひくひくと 動かして、トンボを追い払いました。トンボが止まっていたところがとても痒く て、それを手で掻きます。 「………だな」 ギニアもトキオの真似をして、寝転びます。 トキオは思います。ギニアもたぶん同じでしょう。 きっとルベールさんは旅に出たのです。 宇宙に広がる青い海を、箱舟に乗って、メグさんと一緒に。 【おわり】 ドキオとギニアはとてもご機嫌。 手にはきらきらと光る、真新しいナイフ。お父さんたちからの贈り物です。 新しいナイフを持って、二人は海に行くことになりました。食料や塩を調達す るための、村にとっては、とても大事な行事なのです。 そして今年は先生も一緒に、海へ行くことになりました。 次回は「始まりと終わりの海」というお話し。
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