●長編 #0290の修正
★タイトルと名前
親文書
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
■Everyday magic #2 それは毛並みのフサフサした白いネコ耳が付いたカチューシャだった。 たしか数年前に千二百円程度で買ったことをありすは思い出す。 「えー? なんで、よりにもよってコレなのよ」 ありすの不満はそれを装着しろとの指示を受けたからだ。いくら彼女に子供っぽ い部分があるからといって、そんなものを日常的に装着できるわけがない。一般的 な羞恥心は持ち合わせている。 「しょうがないじゃろ。それが一番魔力を込めやすいのだから」 彼女は鏡を見ながら頬を赤くしていた。頭の上にはネコのような耳が生えている。 まるで罰ゲームのようだ。 「これって絶対装着しなくちゃいけないの?」 「魔力が安定するまでじゃ。汝の魔法が暴走したらとんでもないことになる。それ に、これは敵の姿を識別するのに役立つのじゃ」 「だって、これで街を歩いたら頭のおかしい人だよ。とってもマニアックな人だよ。 その手の店にスカウトされちゃうよ。その手のお兄さんにストーカーされちゃうよ」 彼女は少し涙目になっていた。 鏡を見ていて空しくなってきたありすは、目を閉じて元凶であるカチューシャを 外す。 このカチューシャは大昔、仲良しの友達とテーマパークへ遊びに行った時に買っ たものだった。しかしながら、当時ならまだしも、日常でこれを付ける勇気は彼女 には ない。 それをホワイトラビットが「これは魔力の制御に丁度良い」とマジックアイテム へ変えてしまったのだ。さらに「魔法を使いたいのならこれを着けるべし」と鬼畜 なことを言い放つ。 「ごめんなさい。あたし、やっぱり魔法使いになれなくていいです」 まるで告白してきた男の子を振るように、ありすはホワイトラビットに対して深 々と頭を下げる。そして普通の男の子なら、苦笑いをしながら深く溜息を吐くのだ ろう。 「今更何を云う。汝に選択肢などないのだ。事態は緊急を要するのだから」 だがホワイトラビットは容赦なかった。一度は望んだ魔法使いだが、ありすが考 えていた魔法とはまったく違っていたのだ。できるならクーリングオフを適用した いくらいだと、密かに思う。 「ええーん。動けないぬいぐるみの癖に、言うことだけは偉そうだ」 彼女は涙目になりながら地団駄を踏む。 その時、ありすの頭の上を風が通り過ぎる。それはとても奇妙な事であった。 部屋の窓は閉め切ってある。扇風機もエアコンも稼働してはいない。 「いかん。我の居場所を気付かれたか」 「え? 何?」 「邪(よこしま)なるモノだ」 部屋を見回すと、形ははっきりしないが灰色の靄のような物が飛び回っている。 「もう一度、ネコ耳を装着しろ。魔法で攻撃せねば」 部屋の中ということもあって、ありすは躊躇することなくカチューシャを着ける。 するとぼやけていた物体が、はっきりと形をなして見えてきた。 それは空を飛ぶ蛸のようなものだった。八本近くある触手にやや楕円形の頭。目 はぎょろりとこちらを睨んでいる。空中に浮かぶ姿はクラゲに見えなくもないが、 質感は蛸そのものだった。 「装着したよ。どうすればいいの」 空飛ぶ蛸を目で追いながら、彼女はホワイトラビットに指示を求める。 「まずは魔力の増幅、そして法術の具現化じゃ。奴らはまだ完全に我に気付いてい るわけではなさそうだ。丁度良い練習になるぞ」 「増幅? 具現化? もうちょっと具体的に言ってよ」 「そうだな初めて魔法を使う場合は、古典的な呪文を用いるのがよい。例えば有名 どころで云うならば 『Abracadabra』だ。これは退魔呪文としても有効だ。人間世 界では有名だと思うが」 昔読んでもらった御伽噺に出てきた呪文。スリルのある冒険譚にありすはわくわ くした覚えがある。でもあれは攻撃呪文だったのだろうか。 「アブラカダブラ? 知ってるよ。アラビアンナイトだっけ」 「少し違うがな。まあ呪文を知っているのなら、なんとかなるだろう。それから見 習いの汝は魔力が不安定じゃ。魔法の放出をコントロールする為に指で照準をとれ」 ありすは左手の人差し指と中指を真っ直ぐに伸ばし拳銃のような形を真似ると、 それを浮遊している化け物に向ける。 「よーし。えーと、アブラカダブラ!」 静寂。 フランス式で言えば上空を天使が通り過ぎる。お笑い芸人がここ一番のギャグを 外してしまった時の空気そのものだ。 「ってあれれれれ?」 呪文を唱えても何も変化が起きない。本当に自分は魔法使いの素質があるのだろ うかと、自信がなくなる。 「ただ言葉を復唱すればいいのではない。呪文とはあくまで魔法を導き出す為のも のだ。意味もわからず呟いてもなんの効果も持たぬぞ」 「じゃあ、どうすればいいのよ」 「呪文に意味を持たせろ。魔法を導くのじゃ。まずは自分の理解できる言語で意味 を持たせろ。具現化の為の呪文はその後でよい」 「導く? 理解? わかんないよ」 「仕方ない。我が手本を示す」 そうしてしばらくホワイトラビットが沈黙する。それは、何かのタイミングを計 っているかのようだった。 蛸のような物体はゆっくりと部屋を回りながら索敵でもしていたのだろうか。突 然、気配を察知したかのようにホワイトラビットに突進していく。 「汝の雷を死に浴びせよ! 『Abracadabra』」 呪文の完成を示すのか、ぬいぐるみの小さい身体全体が青白い光を帯び、そこか ら光の矢のようなものが邪なるモノに向かって投射される。 音こそしなかったものの、光の矢は敵を貫き、そしてその動きを止めた。 「すごい!」 ありすは目の前で起きているとても幻想的な状況に心を囚われていた。 ──魔法だ。 ──魔法が存在している。 「惚けている場合ではない。我の魔力では、邪なるモノを消し去ることはできない」 だからこそありすが選ばれたのだ。そう言いたいのだろう。 「え? あたしが」 「汝にしかできぬ。それが汝の使命」 「使命?」 今のありすには考えられなかった。それがどれだけ重要な意味を持つかを。 「考えるな。目の前の邪悪を消し去れ」 ありすは頷くと、もう一度指先で蛸のいる方角を捉える。 ホワイトラビットが詠唱したように、まずは自分の理解できる言葉で意味を確か め、それを呪文に込めた。 「汝の雷を死に浴びせよ! 『Abracadabra』」 ありすの身体から光の矢が飛び出てきた。その大きさ太さは、矢ではなく槍に近 い。 蛸の化け物に突き刺さったそれは炸裂して、爆発したかのように部屋全体が閃光 に包まれる。 静寂。 日常が再び動き出す。 「よくやったありす」 賞賛の言葉が彼女に向け発せられる。これほど他人の期待を受け、それに応えら れたことなど今までなかっただろう。 「え? できたの? やっつけたの?」 ありすには実感が湧かなかった。もしかしたら、今の出来事は夢ではないかと考 えてしまう。 「そうだ。初めてにしては上出来だ」 でも、それはありす一人が見ていた夢ではない。ホワイトラビットと一緒に戦っ たのだ。二人で成し遂げたのだ。幻であるはずがない。 「すごい。すごいすごい!」 彼女はその場でぴょんぴょんと飛び跳ねながら、身体全体で喜びを表す。 「うむ。だが、これは始まりに過ぎぬ。しっかりと気を引き締めるのじゃ」 はしゃぐ彼女が調子に乗らないようにと、ホワイトラビットは釘を刺す。 「うん。そうだ。ねぇ、他の魔法も教えてよ。変身するやつとか、空飛んだりする のとか、雨を降らせたり、お菓子を作っちゃうのとか。そうそう、消えたりするの とかできないかな」 ありすは目を輝かせながら、両手を胸の前で組んでホワイトラビットに向き直る。 「おいおい、誰がそんな魔法が使えると云った」 「だって、あたしは正義の魔法少女なんでしょ。魔女っ子と言ったら、変身できる のがデフォじゃないかなぁ」 「頭の上の耳」 ホワイトラビットはただそれだけを言い切る。 「えー? まさか、これだけ?」 頭上のネコ耳に右手で触れながら、ありすは不満そうに頬を膨らます。 「ていうか、これってコスプレとしても中途半端なんじゃない? しかも、あたし だってみんなにバレちゃうじゃん」 魔女っ子アニメの『お約束』である、変身しても本人と気付かれない、という点 がまったく無視されていた。 「贅沢を云うな。魔法とは本来、敵を攻撃し殲滅する為に編み出されたものだ。さ あ、レベルを上げて魔法力を高めるぞ」 それはつまり、敵を倒して経験値を稼いでレベルアップするあのタイプのゲーム と同じなのだろうか、との問いは空しくなるので飲み込むありすであった。 ■Everyday #2 それは微睡みの夢の中だった。 周りの風景は夢の中でも夢の王国だ。某所に存在するリゾートテーマパークであ る。安っぽい遊園地とは夢の具現化のスケールが大違いだった。 彼女が立っているお土産用の商品を販売するそのお店もまた、洒落た感じの造り で幻想的な雰囲気の一部となっていた。 一面に飾られたぬいぐるみやキャラクターグッズをありすはぼんやりと眺めてい る。エプロンドレスを着た女の子、懐中時計を持ったウサギ、ニヤニヤ笑ったネコ、 双子の兄弟、大きな卵のような身体をした得体の知れない物体等々。 ずっと昔、彼女は誰かとこのテーマパークへ来た事があった。 ふいに聞き覚えのある声がする。 「ねぇねぇ、タネちゃん。あれ買わない?」 ありすと同じ黒髪で三つ編みの女の子。名前は思い出せないが、とても懐かしい 匂いがする。 相手の女の子が示す方向には、ネズミやネコやウサギやロバの耳が付いたカチュ ーシャがあった。それぞれがこのテーマパークに存在するキャラクターたちのもの だ。 「なんか恥ずかしいよ」 そう言いながらも、どんなものかと手にとってみる。フワフワした感触が心地良 くて毛並みを撫でていると「隙あり!」とばかりにその子がありすの頭にネコ耳を 装着する。 「かわいいよ」 おせじにもそんな事を言われたものだから、彼女はますます恥ずかしくなって耳 まで紅潮してしまう。 「お返し!」 彼女は手に持ったネコ耳をその子に被せ「お揃いだね」と笑う。相手の子もにっ こりと笑い返してくれる。 これは昔の記憶だった。 あの子の名前なんだっけ? ありすは記憶の引き出しを探る。 自分はいつもあの子になんと声をかけていただろう。彼女は考え、ふと思い出す。 『キョウちゃん』 「例えばさ、成美ちゃんがピアノを弾くことができなくなっちゃったらどうする?」 公園のベンチでキャンディーコートされたチョコレートをつまみながら、ありす は祁納成美(けのうなるみ)にそう問いかける。今日は成美とまだ来ていない美沙 の三人で遊びに行く約束をしていた。 この公園で待ち合わせをしたのだが、一時間ほど遅れるとの美沙からの連絡があ りすの携帯電話に入った。いったん家に帰るのも面倒ということで、二人はここで 気長に美沙を待つことにしたのだ。 「それは創作に関連したことですの?」 隣に座る成美は肩口まであるセミロングのストレートで、前髪はカチューシャで 上げて額を出している。もちろん、ピンク色の女の子らしいシンプルな物だ。ネコ 耳など付いてはいない。 「うん、そうだよ。なんでわかったの?」 「小学校の時からの濃ゆいお付き合いですから、それくらいわかりますわ」 成美はとても優雅な口調で語った。資産家の父を持つ彼女は根っからのお嬢様な のである。だが、大らかな両親の下で育てられたせいか、基本的な礼節は弁えなが ら、庶民的な部分を併せ持つという特質があった。そのおかげで、普通なら私立の お嬢様学校に通うはずが、本人の希望で公立の平凡な中学校に入学することとなっ たのだ。 「実はね。今構想中のお話に出てくる登場人物の一人なの。主人公じゃないけど、 成美ちゃんみたいに綺麗で純粋だから、ちょっとご意見を伺おうかなって」 成美は美沙と共にありすの大親友である。どんな些細な悩み事も隠さずに話す間 柄であり、同時に二人はありすの作品の読者でもあった。 「そうですね。それは、身体的なものでしょうか? それとも心理的なものでしょ うか?」 成美に意見を求めることは何度かあった。その度に彼女は真剣に考え、適切な言 葉をありすに伝えるのだ。 「うーん、どっちかって言うと心理的かな。腕に怪我をして一時期ピアノが弾けな くなっちゃったんだけど、それはもう完治してるみたい。でも、強力なライバルが 出てきて、自分の実力を思い知ってしまったの。自分にはそれだけの才能がない。 どうやってもその人に追いつくことすらできないって。それが原因でその人はピア ノを弾くことができなくなっちゃったの」 ありすは創作ノートに書き記した人物設定を思い起こす。 「うふふ。そうですね。それはとても単純な事だとわたくしは考えておりますわ」 柔らかな笑みを浮かべながら口調だけは相変わらず優雅に、そして答えは簡潔で あると成美は言う。 「というと?」 「たぶん、ありすさんと同じだと思います」 「え?」 自分の名前が出てきたものだから彼女は驚いた。 「あなたは物語が大好きで、それを創ることが大好き。でも、ありすさんが創るよ り優れた物語なんていくらでもあるでしょう?」 さすがに付き合いが長いだけあって、その言葉は的確であり容赦はない。 「うん、あたりまえだよ」 彼女は物語が大好きなのであって、自分自身が大好きなわけではないのだから。 「でも、ありすさんが物語を大好きなことには変わりはない。だったら、急いで追 い抜かなければならない理由はあるのかしら?」 「へ?」 またもや驚かされる。彼女が最初に考えていた事とはベクトルがまるで逆だった。 「わたくしはピアノが大好きで、音楽が大好き。奏でることも触れることも、そう することに意味がありますの。自分自身の矮小なプライドに振り回されて本質を失 うことの方が悲劇ではないかしら? もし、わたくしが心の傷に囚われたのなら、 好きでいることを否定するのは止めますわ。指が一切動かなくてもピアノの前から 逃げるようなことはしませんわ」 緩やかな口調。迷いのない意志。それは成美自身の強さを示しているのだろうか。 「うん、そうだね。それは成美ちゃんらしいかも」 「でも、これはわたくしの場合に限らせていただきますわ。通常プロになられてい る方々は、より高みを目指さねばなりません。だから、それは試練と思うでしょう ね。その場合、解決法は人それぞれでしょう。だからこれは、わたくし祁納成美に 関してのみの解答ということになりますわね」 成美は最後に、それが絶対的な答えでないことを付け加える。人間は一人一人違 うのだからと。 「ありがと、参考になったよ。でも、成美ちゃんってなんかテツガクシャみたいだ ね」 ありす自身、素人とはいえ創作者の立場でもあるので多少理屈っぽくなる時もあ る。が、成美もそれに負けず理屈っぽさを際だたせる場合があるのだ。 「わたくしの愛読書はサルトルでもハイデガーでもありませんわ。わたくしがこよ なく愛するのはショパンの楽譜ですもの」 ただし彼女は根っからのピアニストであった。 隣駅に新しいショッピングモールが完成し、本日グランドオープンとなる。成美 と美沙が行ってみたいと言い出したので、ありすはそれに付き合うことにした。 「でっかーい!」 現地に到着してありすの第一声はそんな単純な言葉だった。高さこそ五階建て程 度ではあるが、その長さは三百メートルをゆうに超えそうだ。 「東京ドームより一回り大きいみたいだぞ」 「参入店舗は百以上あるという話ですわ」 さすがにここに来ようと言い出した二人は、事前に情報を仕入れてきているらし い。美沙は予め買ってあった雑誌の特集記事を、成美と一緒に見ながらああだこう だと打ち合わせをしている。 「あ、甘い物」 出入り口付近に屋台のクレープ屋が見えた。屋台とはいってもお祭りの出店とは 違う。パステルカラーでお洒落にデザインのされた小型のワゴンカー。それ自体が お店である。 思わずふらふらとそちらへ歩き出すありすを、成美と美沙がその両腕をがっちり とそれぞれ抱えて止める。 「中にもっとおいしい甘味処がありますのよ」 「そうそう、そんなお手軽なデザートはこんなトコでなくても食べられるだろうが」 犯罪者のように両脇を抱えられて、ありすはショッピングモール内に連れ去られ ていく。まるで警官に護送される犯人なのか、はたまたトレンチコートの政府組織 に連行される宇宙人の心境か。 中に入ると、吹き抜けの天井が心地良く感じられた。ありすの学校の体育館より 断然天井は高い。おまけに天版のガラスからは青空が見える。 まずはありすの腹を満たそうと、一階にある洒落た感じのカフェで軽い昼食をと った。エネルギー補充ののち、ウィンドーショッピングの任務の為に出撃する。 成美と美沙の付き添いで来たものの、一番はしゃいでいたのはありすだったのか もしれない。わくわくと胸が躍るような空間が自宅から近い場所にあるという事に、 彼女はある種の感動を覚えていた。ここには彼女の好奇心を満たす様々な物が至る 所に存在するのだ。 欧風建築を思わせる内装と近未来的なゆとりと癒しのある空間。インパクトはあ るがどのような意味かわからない通路に立つ幾何学的なオブジェ。舌の上でとろけ るようなデザートの甘さに、まるで美術デザイン見本のような店内にある商品のデ ィスプレイ、そしてその衣服の煌びやかさ。 ついには子供のようにくるくると回りながら踊り出す有り様。 「ほら、そこ! 通行人の迷惑!」 美沙がぴしゃりと怒声を発する。 「まあまあ、美沙さん。あれだけ喜ばれると連れてきた甲斐があるというものです わ」 「そりゃそうだけど……アレの仲間と思われるのはちょっと恥ずかしいぞ」 成美の意見に不満のある美沙が、まるで赤の他人であるかのようにありすの事を 指さす。 「美沙。むやみに人を指ささないの!」 注意されたのが気に入らなかったのか、単に気分を害されたのか、逆に怒りを露 わにするありすであった。世間ではそれを『逆ギレ』と言うが。 「ちょっとだけいいかしら」 ショッピングモール内を半分ほど見歩いた頃、成美が右手にある店を指し「寄っ ていきたいのだけど」と控えめに呟いた。 そこはその筋では有名なブランドショップだった。飾られているのはエレガント でコケティッシュなアイテム。姫袖のブラウスやドレスのようなワンピースも当た り前のように売られている。 中世のヨーロッパを思わせる、まさにヴィクトリアンスタイルの世界がそこにあ った。 一般的なロリィタ・ファッションとはひと味違い、フリルも少なくシックな味わ い。 ありすの好奇心が再び動き出す。うっとりと眺めながら夢心地で呟く。 「お姫様みたいだよね」 「そういえば成美ってこの手の服持ってたもんな。ゴスロリっていうんだっけ?」 その手のファッションには興味のなさそうな美沙が成美に問いかける。 「美沙ちゃん!」 成美ではなくありすの口が開く。その口調は少し厳しくもあった。 「え?」 思わぬ相手から反論があったことで美沙から驚きの声が漏れる。 「ゴスロリってのは、もともとゴシック&ロリィタファッションの略称なのよ。純 然たる姫ロリを退廃的で悪魔的なゴスロリと一緒くたにするのはどうかと思う」 「まあまあ、このお店では確かにゴシック的なアイテムも扱っております。それに 流行によって『ゴスロリ』という言葉に、本来のロリィタファッションも含まれる ようになってきましたから」 ありすを宥めるように成美の緩やかな口調がそれを包み込む。 「でも、成美ちゃんの持ってるのは、薔薇をモチーフとしたエレガントなものがほ とんどでしょ?」 成美は右手の人差し指を唇にあてて少し考え込むと、何か閃いたかのように美沙 の方に向き直る。 「そうですね。あまり自分のスタイルを押しつけるのは好みではありませんが、い い機会です。美沙さんにも、この世界の素晴らしさを味わってもらいましょうか」 「え?」 顔色を変えて美沙は一歩後退をする。何か嫌な予兆を感じたのだろう。 「うん、たしか試着とかできるよね。うんうん。中性的なイメージを一新するのに いい機会かもしれないね」 ありすにも成美の考えが伝わったようだ。顔をニヤニヤとさせながら美沙に近づ いていく。 「え? え?」 ありすと成美を不安そうに交互に見る美沙は、何かただならぬ空気に怖じ気づい てきたようだ。 今日の彼女のファッションは、ブルージーンズに水色のストライプのカッターシ ャツ、カーキ色のフライトジャケット。 ボーイッシュな顔立ちは同性には人気がある。女の子じみたものをあまり身に付 けないこともあって、中性的な外見はさらにベクトルをかわいらしさから遠ざけて いた。 だが、根本的には整った顔立ちなのだから、女の子らしい服が似合わないはずは ない。 「楽しみですわ」 「楽しみだね」 ありすと成美の声が店内に輪唱する。 「ねぇねぇ、コレかわいいと思わない」 建物の中央部にある、噴水がある憩いの広場。日によってはここでイベントが開 催されるらしい。今日は、大きなイベントはないが、噴水を囲むように小さなワゴ ンスペースのショップが軒を連ねている。その中のアクセサリショップでありすは 思わず足を止める。 「あれ、かわいいいと思わない?」 その店は不思議の国のアリスをモチーフにしたアクセサリが売られていた。 「いい感じですわね」 ありすが指さしたものを成美が手に取る。それはホワイトラビットを象られたも のだった。アルミ製のキーホルダーで、安っぽい感じではあるが彼女たちが購入す るには手頃な価格設定だった。 「これって、裏に文字を刻んでくれるみたいだよ」 美沙が、店頭に掲示されている広告を見つける。それによると、文字は二十二字 ×三行まで入れられるそうだ。『今なら文字入れサービス中』とのPOPも出てい る。 「買っちゃおうかな」 ありすがそう言うと、成美が美沙に対して頷き、再び彼女の方に笑顔を向ける。 「どうせですから、記念に三人で同じものを買いませんか?」 「記念コインだとちょっとセンスがないけど、ホワイトラビットのキーホルダーな ら許容範囲だね」 「いいの?」 他の二人が気に入らなくても自分一人は買うつもりでいただけに、ありすは嬉し かった。 「ちょうど三人いますし、一行ずつ考えませんか?」 「それいい。そうだ、みんな自分の名前の頭文字から始めるってのはどう?」 不思議の国のアリスとくれば言葉遊びだろうと、ありすはそう提案した。さすが に極端に凝ったものは難しそうなので、単純に名前の頭文字ということにしたのだ。 「うんうん。面白そう」 「一生ものですからね。後で後悔のないものを考えた方がいいですわ」 「じゃあ、成美ちゃんの「な」から」
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「●長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE