●長編 #0239の修正
★タイトルと名前
親文書
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
8月12日 金属バットを手に握りしめている。 周りは砂浜だった。 ビーチバレーならぬビーチベースボール? はっきりしない思考で、そんな 言葉を絞り出す。 「わけわからん!」 飛び起きた時には夢の大部分は薄れていた。最近見る妙な夢を分析してもら いたいと爽平はつくづく思う。 朝方見る夢だけに、記憶に残ってしまうのは余計に質が悪い 昨日の夜遅くに、プールに行こうと麻衣夏に電話がかかってきた。今日から 爽平の会社がお盆休みに入るからだろう。 10時に駅の改札口の前で待ち合わせということだったので、爽平はその1 0分前には到着した。 ところが、待ち合わせの時間になっても彼女は現れない。多少時間にルーズ なところもある性格なのでいつもの事だと思い、長期戦になることも考えて改 札口が見える場所にあるベンチへと移動する。 そこで爽平の身体が固まった。 ベンチには人目を惹くように一人の女性が腰掛けている。全身黒ずくめのゴ シックロリータファッションだ。 たしかに、流行の兆しのあるこの服装は、街に一人や二人いてもおかしくは ない。だが、その顔立ちには見覚えがあった。 麻衣夏に似た、麻衣夏ではない女性。 長い髪の毛は、首筋どころか顔の輪郭さえぼやかしているが、露出した部分 だけ見てもやはりそっくりだったのだ。 爽平は我を忘れて目の前の女性へ釘付けとなった。 ふと彼女が爽平に気付いて目を上げる。そして、交差する視線。 見れば見るほど麻衣夏とそっくりだ。 彼の額から一筋の汗が流れ出る。固まった身体はまだ動かない。まるで魔法 をかけられたかのように。 服装に恥じないぐらい、それが自然と思えるくらい優雅に立ち上がり、彼に 向かって歩いてくる。まだ魔法は解けない。 ほぼ1m手前で彼女が立ち止まる。視線はずっと爽平を捉えている。逃げら れない、五感の全てがそう叫んでいるようだ。 艶やかな彼女の唇がゆっくり動く。 「あなたは私を知っていますか?」 綺麗なソプラノヴォイス。どこかのお嬢様かとも思える滑らかな喋り方だっ た。 だが、彼女が麻衣夏でないのなら爽平には見覚えはない。彼はゆっくりと首 を振る。 「じゃあ、あなたは人を殺したことがある?」 一転して小悪魔的な口調に変わる。だから、彼女が何を言っているか理解で きなかった。微笑んでいるような、蔑んでいるような、邪気のない子供のよう な微妙な口元だ。 その姿はまるで完成された人形のようにも感じた。麻衣夏のような人間くさ い仕草はいっさい窺えない。 呆然としている彼を見て、興味を無くしたかのように彼女の表情から色が消 える。 「さようなら」 そう言って彼女は通り過ぎる。 爽平は声をかけようとして振り返り、彼女へと手を伸ばそうとした。 だが、何を言えばいい? 爽平にはなぜ意味深な質問をされたのかすらわか らないのだから。 でも、もしかしたら、知らない男から見つめられていたことに対する防御の 言葉なのかもしれない。よくあるナンパや勧誘をかわすためだ。爽平はそう思 い込もうとした。 それでも彼女の言葉は心の奥底に突き刺さったままだ。なにか気持ちが悪い。 動くこともできず、しばらく彼女の後ろ姿を見送っていく。 その時、気の抜けたような着信メロディーが鳴り響く。ジーンズの後ろポケ ットに入っている携帯電話はそれに連動して震えていた。 彼はあわてて携帯電話を取り出そうとする。だが、目前の女性のこともあり、 取り乱していたことで床に落としてしまった。彼は深呼吸をして心を落ち着か せる。 拾い上げた携帯電話のクイックディスプレイには『麻衣夏』の文字が映し出 されていた。 もう一度深呼吸をして、通話ボタンを押す。 「もしもし」 「ごっめーん! 寝坊しちった」 緊張感のない麻衣夏の声が響く。脱力感が爽平を襲った。 「……」 「ね、怒ってる? ごめん、許して。お願い、今日は爽平のわがまま聞くから」 「麻衣夏……」 口数の少ない爽平に怒っているのだと勘違いしたであろう麻衣夏が、謝罪の 言葉を並べ立てる。 いつの間にか床を見ていた視線をあげ、先ほど去っていった彼女を捜そうと 周りを見回すが、その姿はどこにも確認できなかった。彼女との邂逅がまるで 夢であったかのように、現実からその気配は消え去っている。 「ね、悪いと思うけど、あと30分くらい待てる? 今日、ぜんぶあたしのお ごりでいいからさ」 「待つのは構わないさ。慣れてるし」 それに考えたいこともあった。 「今日は優しいじゃん。じゃ、ソッコーで着替えて行くから」 起きたばかりナノカヨ、との突っ込みを入れる気力はなかった。 麻衣夏との通話を終えて爽平は吐息をつく。全身から力が抜けたようで、よ ろよろとベンチに向かって歩いていく。 再び吐息をつきながらベンチに座ると、なにやら右手に布のような感触が伝 わる。 見ると、白いハンカチーフがベンチに落ちていた。誰かの忘れ物だろうか、 と爽平は思う。 広げてみるとレースの縁取りがされ、中央に不思議の国のアリスに出てくる ホワイトラビットらしきイラストがプリントされたものだった。 駅員にでも届けようと思い、立ち上がろうとして、生地の隅に目立たないよ うに刺繍された文字に気付く。 『Karen.W』 アルファベットでそう書かれていた。そして同時に気付く。この場所が、先 ほど邂逅した女性が座っていた場所だということに。 8月15日 「じゃあな。毎日電話いれろよ」 旅行鞄を抱えた麻衣夏が改札口から手を振る。 彼女は七泊八日の予定で友達と沖縄へ遊びに行くことになっていた。去年は 行かれなかったのだから、彼女は楽しみにしていたはずだ。 そんな彼女の表情が曇る。 「あ、なんか、やっぱりさびしいかも」 「ここんとこ毎日会ってたもんな」 今生の別れでもあるまいとは思うが、その気持ちは理解できないわけではな い。 「ホントは爽平と行きたかったんだけどね」 「前から約束してたんだろ。しょうがないよ。思いっきり楽しんでこいや」 名残惜しそうに彼女は去っていく。 彼女が去っていった後、ひとまずベンチへ座る。確かここは、前にあの女性 と出会った場所だった。 そんな偶然がたびたびあるわけがないと思いながら、一時間ほどぼんやりと 辺りを眺めていた。 手に持っているポーチの中には忘れ物であるあのハンカチーフが入ってる。 8月16日 次の日、会社帰りにまた同じ場所に来ていた。 鞄の中にしまってあったハンカチーフを取り出す。刺繍の部分を指でなぞり ながら考える。 イニシャルの『W』の文字を見てピンとくるものがある。今の段階でその推 測が一番現実に近かった。 (まさかな。そういう可能性はあるのか?) 携帯電話を取り出して麻衣夏に電話をしようとメモリから番号を呼び出す。 だが、その手を止めて再びポケットに仕舞う。 なんて説明すればいいのだ。爽平は考えた。麻衣夏とそっくりの女性がいる。 それはいい。だが、そんな女に心を奪われていると勘違いされたら、彼女は気 を悪くするかもしれない。たとえそれが身内であっても。 たしかに自分でも制御できないこの感覚は普通ではなかった。心を奪われて いると疑われても仕方がない。 どうすればいいだろうと考える。とりあえず確かめたいことを一つ一つクリ アしていこう。爽平は地道に行動することにした。 前に麻衣夏の友達がバイトしていたファミリーレストランへと足を運ぶ。 席に案内してくれた女性は違ったが、店内を見渡すと幸運にも麻衣夏の友達 の姿を探すことができた。確か佳枝といったはず。 その子に向かって手をあげると、向こうもこちらに気付いたらしく、ニヤニ ヤした顔で近づいてくる。 「あー、『エイフー』の彼氏だぁー」 周りの事もあってか、彼女は声を細めてそう言った。 「ども。でも、いちおうお客だからね」 爽平は偶然に来たといわんばかりに、冷静にそう呟いた。 「ご注文はおきまりですか?」 「切り替え早いね」 「仕事ですから」 「じゃあ、ジャンバラヤのドリンクセットで」 「お飲物は何にしますか?」 「ホットコーヒー」 急いで質問することはないと、爽平は先に腹を満たす事に専念することにし た。 食後、コーヒーが空になったところで佳枝の姿を見つけて手をあげる。 「おかわりください」 「少々お待ち下さい」といったん厨房に入った彼女がポットを手に再び戻っ てくる。 「今日はお一人ですか?」 佳枝はカップを引き寄せ、その中にコーヒーを注ぐ。 「うん、旅行に行ってるんだ」 「へぇー、わたしはてっきりふられたのかと思っちゃいましたよ」 彼女は控えめながらもくすくすと笑い出した。 「ま、今のところ別れる予定はないから」 自分でそう言いながらも、爽平は不安になる。実際、恋人のように二人きり で遊びに行ったり、部屋にまで起こしに来てくれたりする。だが、恋人と言え るのだろうか? 付き合って1年近くにもなるのに、未だプラトニックな関係 だった。 「はい、どうぞ」 すっと、注がれたコーヒーが爽平の前へと置かれる。バイトとはいえ、手さ ばきは慣れたものだった。 「ね、ちょっと聞きたいことあるんだけどいい?」 「わたしの電話番号以外でしたら」 佳枝はにっこりと笑う。営業スマイルそのものだった。 「そうじゃなくて、麻衣夏の事で」 「あららら、彼女一筋なんですね。うふふふ」 わざとらしい笑い声ではあるが、爽平は気にしないことにした。からかわれ ていることはわかっている。だから、下手な前置きはやめて、ストレートに聞 くことにした。 「麻衣夏ってさ、もしかして双子の姉妹とかいるの?」 「え? 知らないんですか?」 佳枝は知っていて当然だと言わんばかりの視線を爽平に浴びせる。 「いや、彼女、自分からそういう事を言わないんだ。だから、もしかしたら話 せないような事情があるんじゃないかって」 自分からあまり家族の事を話さないというのは本当の事だ。だが、これまで は爽平はその事についてはあまり感心を示していなかった。だから、そこまで 深読みはしていなかったのだ。 「うん、いるよ。『カレー』でしょ。先に生まれたから、いちおう『エイフー』 の姉って事らしいよ。両方ともクラスメイトだったからわりと親しかったけど、 家族の事で何か秘密にしなければならないようなことはなかったと思うけどな ぁ」 『カレー』と聞いて、また妙なネーミングをつけたものだと爽平は苦笑する。 この子のセンスには少々ついていけないものもあるが、まあ納得のできない範 囲ではない。が、納得はできたものの何かがひっかかる。それがなんであるか は、彼自身にも理解できていなかった。 「すいません!」 奥の席の方で客の手があがる。どうやら、あちらもおかわりが欲しいようだ。 「はい、少々お待ち下さい」 元気にそう応えると、爽平に向かって小声で囁く。 「双子で二股かけようなんて気じゃないでしょうね。でも、残念、『カレー』 にもちゃんと彼氏はいるんだから、そんな夢のようなシチュエーションなんか 考えちゃだめよ」 彼女は爽平の反論も待たずに去っていく。 店内はそれから団体客が訪れて忙しくなり、佳枝ともう一度話すことはでき なかった。だが、無理に反論したところで意味はない。それよりも、確かめら れたことでだいぶ心が落ち着いてきた。 他人のそら似は確かに存在する。それでも、そっくりということは希である。 爽平が出会った女性は、麻衣夏に似すぎていた。まるでクローン人間のよう に。 でもそれは、双子というのであれば納得がいくのだ。 (今度会ったら、確かめてみるか) そう呟きながら、ハンカチを取り出す。刺繍には『Karen.W 』の文字。一般 にはあまりない略し方を由来としたあだ名だが、よほど『カレー』が好きなの だろうか。そう考え、思わず吹き出しそうになる。それともよほど嫌いなのだ ろうか。 どちらにせよ、ミステリアスな女性は一転してコメディタッチへと成り下が った。 8月21日 爽平はあれから毎日、会社帰りにあの女性のいたベンチに三時間ほど座り続 けた。自分がなぜここまで夢中になるのかわからなかった。だが、せっかく見 つけた解答の答え合わせをしたいという純粋な欲求が原動力となっていること は確かであった。 ただ、ここまで盛り上がった気持ちも、見つけた解答が間違っていればそれ までだ。 ハンカチーフは彼女のものではなく、彼女に双子の姉妹などいない、そう言 われれば振り出しに戻ってしまう。 もしかしたら解答の見つけ方が間違っているのではないか、とも思えてくる。 なぜなら、麻衣夏に似ている女性という認識がいつの間にか思考の表面上を支 配していて、まともに頭が回らないのからだ。 爽平は昔感じたことがあるはずだ。 麻衣夏を初めて見たときに、誰かに似ていると。 もしかして、それが彼女の事だったのだろうか? 学生時代まで振り返っても、麻衣夏に似た女性に会った記憶などどこにも残 っていなかった。 そして今日は週末である。爽平は朝からあのベンチに居座った。まるで待ち 人が来ない、振られ続ける男のように。 昼を過ぎて、少し空腹気味になってうなだれていると、なにやら頭の上を影 が差す。人の気配を感じて見上げると、そこには全身黒ずくめの女性がいた。 そして、それが麻衣夏に似た女性だと確認する。 「やっと見つけた」 「……?」 爽平の言葉に女性は首を傾げる。 「これはきみのかい?」 鞄からハンカチーフを取り出して、彼女の目の前へと差し出す。 「ええ。探していたの」 その言葉を聞いて彼は興奮する。これで彼女の名前がカレンであると確定で きたはずだ。 「君の苗字はもしかして『ワタヌキ』かい?」 「ええ、そうよ。もしかしてあなたは『探偵』かなにか?」 彼女は不思議そうに目を見開く。 「違うよ。種明かしをすれば君の妹さん、『麻衣夏』と友達なんだ。君は麻衣 夏の双子のお姉さんだろ」 「なんか言い方が探偵さんみたいね」 「多少探偵みたいなマネはしたけどね」 「どうして私を待っていたの? ハンカチだったら、交番か駅員さんに届けて くだされば良かったのに」 「うん、まあね。でも、ちょっと聞きたいことがあったから」 「なに?」 無邪気な子供のようにカレンは首を傾げる。 「この前、君が言った言葉。あれってどういう事?」 「何か思い出したの?」 口調が一転する。言葉に何か重みのある感情が加わった。 「いや、思い出せはしないけど」 「そう」 また、彼女の表情から色が消える。思い出せないのなら用はない、というこ とだろうか。 「もしかして、前に会ったことがある?」 「思い出せないのならいいわ」 彼女は後ろを向いてその場を去ろうとする。 「待って。ヒントくらいくれてもいいだろ」 彼女の足が止まる。 「思い出す気があるのなら」 「あたりまえだろ」 「わかったわ。この駅の地下街に『Water Summer』っていう喫茶店があるんだ けど、そこでいい? 立ち話はあまり好きじゃないの」 彼女について行き、階段を下る。その途中で携帯電話の着信メロディーが鳴 った。連動してジーンズの後ろポケットから振動が伝わってくる。 取り出して通話ボタンを押すと、スピーカーからはツーというノイズ音しか 聞こえない。携帯のディスプレイを確認するとアンテナが『圏外』となってい た。着信履歴は麻衣夏からだ。 「ここは携帯の電波が届かないそうよ。電話するならもう一度上がった方がい いわ。私は先に行ってるから」 そのまま彼女は行ってしまう。 仕方なく爽平は再び階段を上がった。 いちおう、ディスプレイに映るアンテナマークが電波の最大の感度を示す3 本の縦棒が立つ位置まで移動することにした。 今度はこちらから麻衣夏に発信する。 ワンコールで繋がった。 「もしもし、麻衣夏。今電話しただろ」 「うん。急に切れちゃったからどうしたかと思った」 「地下入っちゃったからな」 「ふーん、まだお昼だってのにめずらしく一人でお出かけしてるんだ。いつも なら、あたしが起こしにいかなきゃ、布団の中なのにねぇ」 麻衣夏は嫌味ったらしい口調になる。 「めずらしく早起きしたもんだから外に食べに出ただけだよ。家には何もない しね」 不機嫌になりそうな気配だったので、本当の事は言わないでおいた。 「ふーん。まさか、他の女の子とデートしてるわけじゃないよね」 いきなり核心をついてくる麻衣夏に、爽平は思わずたじろいでしまう。 「バ、バカ、そんな事するわきゃないだろ」 「あやしいなぁ。そんな一所懸命に否定するところが、ますますあやしいけど」 爽平が『Water Summer』という名の喫茶店を探し、中に入ると奥の方の席か ら手があがる。それはカレンだった。 彼が席につくとちょうどウェイターが水を運んできてテーブルに二つ置く。 「ご注文が決まりましたらお呼びください」 と、去っていこうとするウェイターをカレンが呼び止める。 「待って私はカレーライス」 オーダーを言った彼女の言葉を聞いて、爽平は思わず笑い出しそうになる。 まさか本当にカレー好きだったとは。 そんな彼を見て彼女は呟いた。 「単純ね」 一瞬だけ見え隠れする蔑んだ笑み。 「え?」 「ヒントをもらえることがそんなにうれしい?」 「え? ええまあ」 笑い出しそうになったことは別の意味だったが、誤魔化す意味も含めて曖昧 に答えた。 「あなたは何にする? それとも待ってもらう?」 カレンは爽平とウェイターを交互に見る。 「あ、俺も同じものでいいや」 そう告げると、ウェイターはお辞儀をして去っていく。 「まずは私を知っているか? ってことだけど、これは思い出してもらうしか ないのよ」 「それはわかっているよ。でも、いつ会ったことがあるかぐらいのヒントはく れてもいいんじゃないか?」 「今あなたが留めている記憶の範囲にはないわ」 それは、まさか前世という意味なのか? そんな馬鹿な質問を飲み込む。ど うも相手の言葉の意図するものがわからない。 「じゃあ、二つ目」 「あなたは人を殺したことがある?」 「記憶にないし、もしそのような事実があるのなら、俺は普通には暮らしてい けないだろう」 「そう?」 「もしその記憶が欠落していたとしても、誰かがそれを覚えていた場合、俺は なんらかの警察の取り調べをうけることになるだろう。犯人じゃなかったとし てもだ。だが、そんな事はなかった。まさかそれさえも記憶が欠落していると か言わないだろうな」 「思い出せないのなら仮の話をしましょうか。もしあなたが誰かを殺したとし て、どうしてあなたはその罪を罰せられないのかしら?」 まるで謎かけだ。 「罪を犯していないからだろう」 「仮の話なのだから、もう少し可能性を広げて考えましょう。あなたは罪を犯 している。でもその罪を問われない」 「それは過失だった場合?」 「そう、そんな風に考えればいいのよ」 「でも過失であれ、なんらかの罪になる。罰せられないということはないだろ う。それに死に至らしめた人間の家族になんらかの憎しみを抱かれる」 「そうね。でも憎しみを抱かれない場合もあるわ」 「それは完全な過失だった場合だろ」 「人間はそんなに割り切れるものではないけどね」 しばらく沈黙が続く。そんな中、ウェイターがカレーライスの皿を持ってく る。 「お待たせしました」 そう言って再び去っていく。 「早いな」 ものの5分としないうちにオーダー品がきたものだから、爽平は感心する。 「レトルトでしょ。それに、あんまりこういう喫茶店で食べ物をオーダーする 人も少ないからじゃない」 カレンはさっそくスプーンを口に運ぶ。 「ところでさ、変な事聞いていい?」 カレーを食べている彼女を見て、どうしても爽平は聞いてみたくなったのだ。 「なに?」 「カレー好きなの?」 カレンのスプーンを持つ手が止まる。 「好きな方がいい?」 微妙な口元。感情が読めなかった。 「え?」 「どっちでもないよ。余興だから」 そう言って、彼女は食べることに専念する。爽平にはまったく意味がわから なかった。だから腹が減っていたこともあってか素直に目の前のカレーライス を食べることにする。 「そういえばさ、家どこなの。ここの駅の近所に住んでいると思って、毎日君 が来るのを待っていたのだけどさ」 「神奈川」 「神奈川? こっから1時間以上かかるんじゃないの?」 「実家だから。それに別にここに通っているわけでもないしね」 「友達の家でもあるの?」 「まあ、そんなようなものよ」 8月22日 「たっだいまー」 ドアを開けた途端、麻衣夏が飛びつくように抱きついてきた。 あまりの反動で後ろに転けそうになるところをなんとかこらえる。 「おいおい、危ないだろ」 「ごめんごめん。お土産いっぱいあるから許してちょ」 そう言って彼女は、大きめのボストンバッグをテーブルの上に置く。 「まったく」 「はい、ちんすこう!」 まるで猫型ロボットが自分のポケットからアイテムを取り出すかのような口 調だった。もちろん、実際はボストンバッグの中からだが。 「おまえ、そんなベタな土産で俺が喜ぶと思っているのか」 「じゃ、ミミガージャーキー!」 再び猫型ロボットのマネをする。 「おっ!」 「泡盛古酒ゼリー」 「いいじゃん」 「やんばるスモモドリンク!」 「健康的だねぇ」 「ゴーヤドリンクもあるよ」 「罰ゲームっぽいけど、それもアリだよ」 麻衣夏の鞄はまるで中が四次元であるかのように、次から次へと変わった土 産が出てくる。 「スイカジャム!」 目の前に突き出される小瓶。金属の蓋部分は緑と黒の縞模様のデザインだっ た。 「……麻衣夏、それは本当に沖縄土産なのか?」 目を細めて麻衣夏を睨む。 「えー、お土産屋さんで売っていたよぉ」 「おまえそれは絶対騙されているぞ。それに俺、西瓜嫌いって言わなかったっ け」 「そうだっけ」 「わざとだろ」 「てへへへ、バレたぁ?」 悪びれた素振りもせず麻衣夏は舌を出す。 「そういうネタはしつこいと嫌われるぞ。俺、ホントに嫌いなんだからさ」 爽平は嫌悪感剥き出しでそう答える。 「なんで嫌いか考えたことある?」 爽平の態度に気分を害したのだろうか。彼女のその言い方は冷たかった。 「え?」 「ま、いいんだけどね。食わず嫌いでも、よっぽど不味い西瓜を食べてトラウ マになったでも」 いつものように麻衣夏を家まで送っていく。で、ついでにお茶をごちそうに なってしばらく歓談してから帰るというのが習慣となりつつあった。 玄関の前について、麻衣夏はまず鍵を開けた。そして、新聞受けの部分に挟 まっていた何かを抜き取る。。 それを手にして、麻衣夏は部屋に入る。爽平もそれに続いた。 「あれ? 不在通知票だ」 「ん? 誰から」 「お母さんみたい。食品だったら助かっちゃうんだけどね」 爽平は覗き込んだ不在通知票の送り主の住所に見慣れた文字を見つける。 『多摩区登戸*−*−*』 「あれ? この送り主の住所、俺んちの実家の近くだ。近くっても隣の隣くら いの区画かな」 麻衣夏から通知票の紙を受け取りマジマジと見る。 「そうなんだ。ふーん、じゃあ、もうちょっと住むところがズレてれば幼なじ みさんになれたかもね」 そんな風に会話を交わしたあと、ふいに『ピンポーン』と呼び鈴が鳴る。 「再配達してくれたのかな」 まだ、玄関近くにいたので、麻衣夏はすぐに扉を開けることができた。 「すいません、お届け物です」 そこには段ボール箱を抱えた若い男性が立っていた。緑を基調とするその制 服には見覚えがある。爽平はよくTVCMで見ていた。 「もしかしてお昼も来てくれた」 麻衣夏がそう問いかける。 「ええ」 「サインでいいですか?」 「はい。構いませんよ」 そう言って宅配便の人は、彼女に伝票を渡す。 「ご苦労さまです」 サインした伝票を渡して、段ボールを受け取ると、さっそく玄関前で開封し 始めた。 「なんだった?」 爽平は気になって、その中身を覗く。 「西瓜だよ」
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