●長編 #0198の修正
★タイトルと名前
親文書
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
左舷に指向した扶桑と山城の副砲が、雨霰と六インチ砲弾を浴びせてくる。だが、照 準が定まっていない。 「よし、効いているぞ!」 連中は動揺している。バーケイ少将は確信した。 旗艦シュロップシャーを最上との相討ちで失った彼は、指揮官のカワード大佐が負傷 したことによって宙に浮いていた第五四駆逐隊旗艦のルメイに将旗を移し、残存艦の中 で戦闘可能なものを率いて全速力で北上していた。 彼に従うのは、旗艦ルメイ以下マクデルマットとバッシェのみ。少将の身でありなが ら、麾下の戦力は駆逐艦三隻に過ぎない。 だが、彼の戦意は却って燃え上がっていた。火災による投棄で雷装を失ったバッシェ を先行させ、襲撃行動をとらせたのだ。日本軍の戦艦は、まんまとこの欺瞞に引っかか って隊列を乱した。 「バッシェを後退させろ。マクデルマットに連絡だ。突撃! 友軍を救え!」 二隻のフレッチャー級駆逐艦は、大きくうねる海上を三五ノット以上の全速で突進し た。艦中央では、右舷を指向した五連装魚雷発射管が発射の瞬間を待っていた。 「一〇〇〇〇ヤードです!」 「つかまえたぞ! 主砲撃ち方始め!」 五インチ両用砲が唸る。扶桑の舷側に、幾つかの命中の閃光が走った。しかしこの軽 い打撃はあくまで牽制。本命は必殺の二一インチ魚雷だ。 「九〇〇〇ヤード!」 「右舷雷撃用意!」 だが、そこで後方から轟音。 「マクデルマット被弾しました!」 艦尾から火を噴いている。 「くそっ、ここまで来ておきながら……何!」 バーケイ少将の目が丸くなった。 「バッシェが……!」 見張りが驚いた声をあげる。 「あの莫迦、退避しろと言ったはずだぞ!」 牽制役のバッシェが、そのまま五インチ砲を放ちながら敵戦艦に向けて接近を続けて いた。 「副砲、左舷砲戦!接近させるな!」 阪少将が叫ぶ。 扶桑と山城の副砲火力は、内懐にまで飛び込んできたバッシェに集中された。六イン チ砲弾が降り注ぎ、小癪な駆逐艦の上構を次々と毟り取っていく。だが、自艦の数倍の 火力に晒されているにもかかわらずバッシェは果敢だった。四基の五インチ単装砲が、 片っ端から火柱を上げて爆砕されながらも、高角砲ならではの速射率で撃ちまくる。扶 桑の舷側に数発が集弾し、ケースメイト一基が砲身を根元から折られて沈黙した。 だが、バッシェにできたのはそこまでだった。後部に三発がまとめて命中し、艦尾砲 を爆雷投下軌条ごと千切り取った。バッシェはなおも四十ミリ機関砲まで振り上げて扶 桑に攻撃を加えたが、山城からの六インチ砲弾までが直撃するに及んで、ついに罐室が 全滅し、バッシェは火柱と水蒸気に包まれてその場に停止した。 「よし、これであいつは黙らせた──」 「左舷雷跡!」 ──くそっ、残りの奴か。 阪少将は舌打ちすると、回避を命じた。 「山城の左舷に水柱っ」 「おのれ、逃がすな!」 扶桑の副砲指揮所に怒声が沸き、六インチ砲が猛然と吼える。 「敵先頭艦に命中!」 退避コースに乗っていたルメイに命中弾。後甲板から火の手が上がった。 「雷跡、艦尾かわった」 どうやら扶桑には被害は出なかったらしい。そう思った矢先。 「──な、何ッ」 強烈な衝撃を感じたと思った次の瞬間、艦橋の床がひっくり返った。 雷撃の騒ぎに紛れて五五〇〇ヤードまで突っ込んだウェストバージニアが至近距離で 放った十六インチ砲弾が、扶桑の前檣楼を直撃。上部三分の一が蹴飛ばされた積み石の ように転がり落ち、残りが轟音を立てて崩壊した。 「ばかな……こんなところで!」 狼狽する間もあらばこそ、阪少将の意識と肉体は、昼戦艦橋になだれ込んで来た爆風 の中に消えた。 脳髄を失った扶桑は、梯子を滑り落ちるように戦闘力を失っていった。転がり落ちた 前檣楼上部は二番砲塔を真上から直撃して叩き潰し、続いて打ち込まれた十六インチ砲 弾が三番砲塔と五番砲塔を相次いで爆砕した。まるでこの戦場で最後まで無傷を保って きた幸運の揺り戻しが一気に襲ってきたかのように、彼女の艦内のあちこちで致命的な 被害が続出した。 そして指揮系統の混乱を見て突っ込んできた駆逐艦三隻が、両舷から包み込むように 魚雷十五本を発射。対する扶桑はこの一番致命的な場面に来て、生まれ持ったその最大 の欠陥である対被害抗甚力の低さをまともに露呈していた。上甲板から中甲板に及ぶ大 規模な火災の延焼によって、放棄せざるを得ないケースメイトが多数あらわれていたの だ。駆逐艦たちはまともな妨害を受けることもなく、腰溜め同然に必中距離まで踏み込 んで魚雷を放った。 回避機動もままならない扶桑に対し、三本がほぼ同時に中央部へ、続いて後部に二 本、前部に一本が命中。爆圧で崩壊した中甲板から、炎上中の可燃物が雪崩を打って防 御区画内に滑り落ちた。 さらに、この一撃で中央部の電源が一斉に落ち、細々と続けられていた被害対処作業 が完全にストップ。応急作業の停止と隔壁崩落による艦内通気の開通という二つの要因 に助けられた火災は、驚くほどの速さで三番砲塔の弾薬庫に及んだ。 被雷から数分後、急速に炎に包まれた扶桑は船体中央部で大爆発を起こして二つに分 断された。後半部は、仕掛花火のように次々と吹き上がる火柱と衝撃波によって自らを 爆砕し、瞬く間に波間へと没した。 だが、前半部はその直後、誰もが驚愕するような挙動を示した。一番砲塔から二発の 十四インチ砲弾を放ったのだ。照準など定めようもない一撃だったが、このうち一発が 奇跡的な確率でウェストバージニアのX砲塔前楯に命中。衝撃で砲耳が破損した右側砲 が俯角位置にまで落下した。 そして一矢報いたことに満足したかのように、前半部船体もまた右舷側へ倒れ込み、 艦首を突き上げて沈んでいった。 扶桑の最期は山城からも目撃されたが、山城ではそれに構っているどころではなかっ た。豪雨のように降り注いでいた十六インチ砲弾に加えて二本の魚雷まで叩き込まれた 彼女の艦内では、僅かな予備浮力を必死で遣り繰りして戦闘能力と航行能力を維持する ための作業が続けられていた。 そんな内務班の挺身の努力に応えるかのように放たれた十四インチ砲弾が、三五〇〇 ヤードまで接近したウェストバージニアに次々と炸裂。X砲塔の二本の砲身が相次いで 折れ飛び、舷側を貫通した一撃は両用砲弾薬庫の隣接区画に大火災を引き起こしてダメ コンチームを慌てさせた。 「だんちゃーく……命中! 一、二、三……!」 「よし!」 修羅場と化した山城の昼戦艦橋に、久方ぶりに明るい声が響いた。 ウェストバージニアの前甲板に直撃が集中し、大きな火柱が吹き上げていた。 「A砲塔、電源が落ちました! 旋回・発砲ともに不能!」 ダメージ・レポートが届けられたウェストバージニアの艦橋に絶望的な空気が流れ た。 「復旧の見込みは!」 「全く不明です! 原因が掴めておりません!」 「畜生、ここまで来て!」 砲術長が悲痛な罵声を上げる。ウェイラー少将は状況表示盤を睨みつけた。山城は、 沈黙したウェストバージニアに目もくれず、レイテ方向に遠ざかりつつあった。奴の進 撃を止めようにも、山城に対抗可能な戦力であった自分の乗艦は、完全に攻撃力を失っ てしまった。 そのとき、ウェイラー少将は不意に気付いた。ジャップの戦艦は脚を引き摺ってい る。 「艦長、本艦の速力はどうなっている?」 「は……全速二〇ノットを発揮可能ですが……まさか」 そこまで言った艦長の顔色が変わった。 「そのまさかだ。牧童の義務を完遂するにはこれしかない。取舵、機関全速!」 「しかし、それでは相討ちに」 「構わん! 奴さえ止めれば俺達の勝ちだ!」 放てる砲弾を失ったウェストバージニアは、自らの船体を最後の徹甲弾と化し、山城 の艦尾に向けて突進を開始した。 ウェストバージニアの猛追に山城が気付いたのは、二隻の距離が二五〇〇ヤードを切 った地点だった。慌てたように急旋回した後部砲塔が、十四インチ砲弾を水平射撃で送 り出す。 両舷至近に水柱。それを意に介さず、ウェストバージニアは相対速度十ノットで突進 を続ける。 距離一五〇〇ヤード。左舷を向いたまま機能停止していたA砲塔の右側面に直撃弾。 ターレット天蓋が吹き飛び、砲身が砲架から転げ落ちる。 「総員、対衝撃防御!艦首区画は退避急げ!」 通常の戦闘配備とは異なる指示が次々と飛ばされる。前檣楼頂部に命中。最早無用の 長物と化した射撃管制レーダーが主砲射撃指揮所とメインマストごと微塵に爆砕され、 中央部甲板に向けて落下した。 一〇〇〇ヤード。山城が取舵に変針を開始した。だが、遅い。浸水と速力低下のため に彼女の回頭性は極端に悪化していた。ウェストバージニアからの衝突回避コースには 乗れていない。 「捉まえたぞ、ジャップ!」 ウェイラー少将が叫ぶ。行かせてたまるか。このうえレイテに戦艦の突入を許した日 には、合衆国海軍は世界海戦史上に永遠に消えない汚点を刻み込まれてしまう。自分が そんな愚行の記憶に名を刻むわけにはいかない。距離八〇〇ヤード。もはや、戦艦では なく戦車の交戦距離だ。 その直後、文字通りのゼロ距離で放たれた十四インチ砲弾が真正面からウェストバー ジニアの艦橋を直撃。CICの直上で二発続けて炸裂した。ウェイラー少将を含めた要 員の肉体は、この一撃で周囲の内装機器ごと砕け散り、続いて落下したCICの天井に よって圧搾された。 だが、ウェストバージニアはもう止まらなかった。 速力を落とすことなく最後の五〇〇ヤードを走破したクリッパー型の舳先は、山城の 後方右舷八度方向から、悲鳴のような破砕音と共に彼女の船体に深々と突き刺さった。 山城の艦尾に突っ込んだウェストバージニアは、不気味な沈黙を守っていた。甲板上 は瓦礫と炎に覆われて生者の気配はなく、前方を指向している火器も残っていない。 いっぽうで山城の状況は、どう控え目な表現を用いても「絶望的」と言うべきものだ った。艦尾付近からのし掛かるように突入したウェストバージニアの艦首は、右舷二軸 の推進軸と左舷内側の一軸を完全に踏み折り、残る一軸にも大きな損傷を与え、とどめ に舵を舵機室ごと踏み抜いていた。 「被害報告!」 床に投げ出された篠田艦長が起き上がりざまに怒鳴ったが、全艦にわたって船体の構 造材が歪むほどの衝撃が走り、電源まで落ちた状態では、伝令の移動も思うに任せなか った。 散発的に届いた報告を聞いて、篠田少将は山城の命運が尽きたことを悟った。 先ほどからの砲戦によって各所で発生していた火災は、未だに鎮火の目処がたってい なかった。おまけに衝突の衝撃によって消火用の送水配管が各所で寸断され、注排水系 統も壊滅状態。これでは応急の余地すらない。 「これまでか……」 篠田少将はしばし瞑目すると総員退艦命令を出し、自分は艦に残ると宣言した。副長 が説得を諦めて退出した後に、まだ残っている人影。 「私も残ろう。せめてもの責任を果たさねばならんからな」 西村中将だった。さすがに篠田艦長も、これには否とは言えない。 だが、彼等が末期の杯を交わしている時間はなかった。 甲板上で「わぁっ」という声が挙がったように聞こえた直後、山城は先ほどの衝突に 劣らぬ激しい衝撃と轟音に見舞われた。突き刺さったままのウェストバージニアの前部 弾薬庫が誘爆したのだ。 「うぉっ!」 大きく傾いた昼戦艦橋の外壁が衝撃で丸ごと剥がれ落ち、その向こうから海面が眼前 に迫ってきた。羅針儀に身体を縛り付ける間もなかった。二人は、そのまま海中へと投 げ出された。
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「●長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE