●長編 #0148の修正
★タイトルと名前
親文書
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
私は読み終えた原稿用紙を机におく。 「やはりこれは、私の物語でしたね」 「思い出されましたか?」 仮面の男の問いかけに、私は答える。 「はい。これは基本的には私が書いたもの。私のノートパソコンにあった文章を改稿 したのね。それと」 私は、仮面の男を見つめる。 「私の中の姉が、もう隠れ続けることはできないと知ったようです」 「ではあなたはやはり、『月子』だったのですね」 「ええ」 私はもう私ではなかった。私は何者かに支配されている。 「それが問題でした。暗黒図書館からあなたが脱出した後、私たちはずっとあなたを 監視していた。あなたの中に月子の影は認められなかった。ただあなたが月子ではな いという、決定的な証拠もない。私たちは確認するためにあなたにコンタクトをとる ことにした。もしあなたが陽子であれば、この物語を読んでも無反応だったと思いま す。けれど、あなたが月子であればあなたは見せかけの仮面をはずさざるおえないで しょう。あなたの反応が現れるのは予想以上に早かった。結果的に三日で終わった」 私を支配する者は、仮面の男に言った。 「あなたも、もう仮面をおとりになってはどうです」 男は仮面をはずす。その下から現れた顔には火傷の跡などない。そして、その顔は 私のよく知っているもの顔だ。その顔は、父の顔だった。 「父さん」 「いや、私は喰われてしまいましたからね。あなたの父親とはいえない存在になって います」 父は立ちあがると、窓際へと移動する。窓の向こうに見える空は、真紅に燃え上が っていた。父は窓を背にして立っている。その足元には、影が伸びていた。 その影が立ちあがる。いや、影の中からあのインバネスを纏った男が立ちあがった というべきだろうか。 インバネスを纏った影のような男は、帽子に手をかけそれを脱ぎ捨てる。顕わにな った顔を見て私は息を呑む。父と同じ顔だった。 父の顔を持った、影のような男は私に語り出す。 「私は君たちの父親の兄だ。それも双子のね」 父は婿養子だったが、自分の両親や姉妹について話すことは全くなかった。父に兄 がいたなんて初耳である。 影のような男の後ろにいる父は、微かに笑みを浮かべてじっと黙って立ったままだ。 喰われてしまったから、もう自分の兄に逆らうことはできないのだろう。 「そもそも、全てが始まったのは二年前になるだろうか。私が暗黒図書館を見つけ、 そこで人喰いの本に喰われてしまったところが、始まりだったのだよ」 影のような男は、父と同じ顔でにこやかに微笑んだ。 「君たちの父親は人喰の本について色々研究した結果、私を助け出すことに成功した。 私は本の中から戻ってきたのだが、それは私に二つのことをもたらした。一つは肉体 から切り離され自由になったこと。もう一つは、暗黒図書館の力をコントロールでき るようになった。つまり、人を喰らい、喰らった人間を意のままにあやつれるように なったということ」 影のような男はどこか楽しげだ。 「ジェミニ・エンタープライズは元々私の会社だったが、私が本の中に閉じ込められ ている間に、他人のものになっていた。まず私は新しい能力を使って会社を取り戻し た。そして私は気づいた。私の新しい力を使えば、会社どころか世界を自由に操るこ とができるとね」 影のような男はちらりと父を振り向く。 「当然君たちの父親は、私の手助けをしてくれるものとばかり思っていた。しかし、 妻を失ったと同時に彼は私の元から逃げ出してしまった。まあ、そのときはそれでも 仕方ないと思っていたんだが。しかしまさか、自分の娘を使って私に戦いを挑もうと するなんて、思いもよらなかった」 私の身体は、私の意思に関わりなく立ちあがった。そして、影のような男の前に立 つ。私の影の中からやはりインバネスを纏った一人の女が立ちあがる。 それは姉だった。 姉の身体はやはりリアリティが無く、影のようだった。姉は影のような男に向かっ て言い放つ。 「違うわ。父はあなたを救おうとしていたのよ」 「ほう」 影のような男は興味深そうに姉を見る。 「どういうことかね」 「あなたは自分の意思で、世界を支配することを望んでいるかのように思っている。 でも、あなたはあなたが他人を操っているように操られているにすぎない。あなたは あの暗黒図書館に篭った怨念に操られているだけなのよ」 影のような男は鼻で笑った。 「くだらないね。確かに私は操られているのかもしれないが、そういうなら地球上に 住む全ての人間は何かに操られているよ。国家に、権力に、あるいは実体の無いシス テムに。それがどうだというのだ。私たちはそもそも欲望に駆動される機械なのだか ら、要は何に接続されていようとも欲望を肯定することだけが問題ではないかね」 影のような男の顔から笑みが消えた。 「おしゃべりは、これくらいにしたい。君は私から暗黒図書館の支配権を奪えると思 っているのかもしれないが、力を使うことについては私のほうが上だ。何しろもう随 分前から私は力を使ってきている。私は君よりも力についてよく知っている」 「残念だけど、それも違うわ」 姉は冷たい声で言った。 「あなたはヴェーダのテクノロジーを理解していない」 影のような男の瞳が鋭く輝いた。 「ならばやってみたまえ。いずれにせよ、私は君を喰らう」 そしてあの暗黒図書館で父が喰われた時のように、記憶が溢れだす。 しかしそれは、姉の記憶ではなかった。私たちの周りに現れはじめた幻影は、地下 深くに眠っている暗黒図書館に蓄えられたてきた、異形の記憶である。 私たちの足元で床が消失した。そこに現れたのは、暗黒の大海である。渦巻く闇の ように荒れ狂う大海原の遥か底に、巨大な海獣が蠢いていた。 そして、天井が消失し、炎につつまれた大空が出現する。太陽が炸裂していた。炎 の塊が地上へ向かっていくつも降り注いでいる。 かつて太陽のあったところには、巨大な炎の輪があった。紅蓮の円環は天空で回転 し、その中央には巨人が世界樹に吊るされているのが見える。あまりに眩すぎて、巨 人の姿は太陽の中の黒点に見えてしまう。 地上には漆黒の鎧を纏った兵士たちが、硫黄の煙を吐く獣に跨って進軍している。 獣の吐く炎の吐息が、地上を焼き尽くしてゆく。 これはまるで黙示録の風景だ。 気がつくと、私たちの両側に身の丈が十メートル以上はある巨大な鷲が来ていた。 二羽の鷲は、私たちを見下ろしている。鋭く金色に輝く瞳がじっと私たちを見つめて いた。 突然、片方の鷲が羽ばたき、巨大な木の枝にとまる。その木は金色に輝いていた。 その枝には、黄金に輝く林檎の実が実っている。 黄金に輝く林檎の実は、透明であり中が透けて見えた。その中では胎児がまどろん でいる。その胎児は皆双子だった。双子の胎児は黄金に輝く実の中で、融合したり分 離したりを繰り返している。 枝にとまった鷲はときおり黄金に輝く実をついばむ。もう一羽の鷲は、その様をじ っと見つめていた 風景は物凄い勢いで変化してゆく。 一瞬大空が天使の群れで覆い尽くされたかと思うと消え去ってゆき、傍らを竜の群 れが走り去ったかと思うと、巨大な城塞が現れその地下で死者が目覚める。 風景はどんどん細かく分解されてゆき、やがてそれは粉々に砕かれた教会のステン ドグラスのように、あたりを覆っていった。光は様々な色彩を放ちながらそこに付加 された意味を失ってゆく。私たちは色彩の洪水に飲み込まれながら、意味を喪失して いった。 そして姉が叫んだ。 それは歌のような、呪文のような。 暗黒図書館で父が朗読したあの、『ヴェーダの音』だった。 私は津波のように、私たちの両側から何かが持ちあがってくるのを見た。白い壁の ようなものが、私たちの両側に立ちあがり私たちをはさみこむ。 私はその白い巨大なものが何か、突然理解した。 それは、本のページだ。 白いページの表面で、粉々に分解され光の破片となった記憶が、跳ねまわっている。 やがてその記憶の破片もページの中に呑み込まれていった。 姉はシャーマンのように高らかに叫び、歌う。 白いページは私たちの両側に聳えたち、私たちは巨大な崖にはさまれた渓谷の底に いるような気になる。やがて私たちを飲み込み、本は閉ざされた。 高層マンションの最上階にある部屋。 そこには誰もいなかった。 そして、そこに置かれた一冊の本が、ひとりでに閉ざされる。 誰もいない部屋に、ただ一冊の本だけがあった。 ただ一冊の本が。
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