●長編 #0141の修正
★タイトルと名前
親文書
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
そこは荒野だった。 血で染め上げられたような真紅の太陽が、瓦礫に埋もれた廃墟の向こうへゆっくり 沈んでいく。まるで巨獣の屍のような塔の廃墟が、紅い天空めざし聳え立っている。 それは神の墓標のようでもあった。 広い。 アリス・クォータームーンは、そこが新宿と呼ばれていた場所であることを知って いる。しかし、そこは驚くほど見晴らしがよかった。廃墟の向こうには血の色に輝く 海が見える。 全ては瓦礫となった。 何もかもが破壊されつくしている。そして、地上も天空も全てが紅く染め上げられ ていた。 アリスは、手にしたアサルトライフルを杖にして立ち尽くす。ここがデルファイと 呼ばれる場所なのか、時間を超えて過去にきたのかアリスには判らない。ただ、自分 がフレヤと分離したことは確かなようだ。酷くあっけない気がする。 自分の足元には湖があった。 すり鉢状に窪んだ地の最も深いところにある湖。 それがグランドゼロと呼ばれていた場所であることを、アリスは知っている。そし て、その湖はこの真紅に染め上げられた世界の中でたった一つ青かった。 青い湖。 その奥深くに、巨人たちが眠っている。 この世界で自分は、巨人と融合しなかった。ゆえに、黄金の林檎も降臨しなかった ようだ。そして、魔道が支配する世界も実現しなかったということになる。 アリスはウロボロスの輪を感じた。 おそらくここは、ウロボロスの輪によって閉ざされた世界。 ふと、気配を感じアリスは振り向く。 巨大な黒い影が自分を見下ろしている。 真紅の世界の中に立ち尽くす、漆黒の影。その身体は機械で造られているようだ。 黒い装甲を持ったロボット。その身の丈は5メートルほどだろうか。 ロボットは、アリスに語りかける。 「私は君たちがグーヌと呼ぶ存在だ。神と呼ばれるものでもある」 アリスはグーヌと名乗ったロボットに問い掛ける。 「しかし、あなたは機械なのだろう」 「そうだ」 グーヌは答えた。 「いや、機械だったというべきなのだろうと思っている。私は私がかつてそうであっ たものとは、違うものであることを知っている。しかし、そもそも君たちがクラッグ スと呼ぶ宇宙船にしたところでそれを機械と呼ぶことに私はためらいがある」 「なぜ」 「クラッグスには宇宙がビッグバンを経て、現在の形に形成されるまでの記録がある。 そして、クラッグスの記録には、その宇宙の形成そのものをクラッグス自身がコント ロールしていた形跡がある。クラッグスは宇宙を造りあげたといっても過言ではない」 アリスは首をかしげる。 「おかしいな。いずれにせよ、機械なのだから、誰かが造ったものなのだろう?」 「誰か造ったものがいるとすれば、宇宙が造られるより前に存在する誰かということ になる。しかし、そんなものはいない。いるはずはない。クラッグスには宇宙でおき たことの全てのデータがある。そして、今後起こることの全てのデータがある。それ らは決定されたことだ。いや、決定されていたこと、というべきなのだろうな」 アリスは苦笑する。 「何が言いたい」 「クラッグスは全てをコントロールしていた。ただひとつ。フライアと呼ばれる存在 の侵入を除いては」 「フライアとはなんだ」 「判らない。その中心となる部分が黄金の林檎だ。私たちはフライアと接触したこと によって異質なものへと変貌してしまった。既に私たちは、自分が何ものであるかを 理解していない」 グーヌは言葉を切った。 しばらく沈黙が降りる。 「しかし」 グーヌはその沈黙を破る。 「おまえは、自分が何者であるかを知っているのか、アリス」 「人間だよ」 「だが、お前の手にしているのはなんだ?」 アリスは驚愕する。 手にしていたはずのアサルトライフルは消え、剣がある。身に纏っているのは戦闘 服ではなく純白の鎧。 「問題は、何者であるかということではなく、何を成したいと思うかではないか?」 グーヌの言葉にアリスは頷く。 「確かにな」 「ではお前は、この死せる世界の中で朽ち果てることを望むのか?」 「しかし、これが世界の本来あるべき姿ではないのか?」 グーヌは首を振る。 「真にあるべき姿などない」 「だが、あなたが言ったようにフライアの侵入がなければ」 「いや」 漆黒の巨人は厳かに言った。 「世界に外部などないのだよ。クラッグスは世界を閉ざそうとした。しかし、閉ざし きれぬものが残った。それがフライアなのだ」 グーヌは少し苛立ったように問いかける。 「二つに一つだ。全てが死滅してゆく世界で朽ち果てるか。あらゆるものが変化し生 成してゆく世界の中で、全てを閉ざそうとする力に逆らって生き続けるか」 その時、アリスは自分の周りを、暗黒の輪がとりまいているのに気がついた。ウロ ボロスの輪。それがアリスの全身に纏わりついている。 「選べ、死せる女神の娘よ」 グーヌの言葉に促されるように、フレヤは剣を振り上げた。 ガルンを取り巻いている漆黒の嵐が止まっている。水中に黒い液体を流したように、 漆黒の渦が空間に留まっていた。 エリウスはガルンだけが、自分と同じ速度の時間流に存在しているのを感じる。ノ ウトゥングはその手にあったが、ガルンの拳銃は間違いなく剣より速い。 しかし、銃弾は放たれなかったし、金剛石の刃もまた剣に納まったままだ。 エリウスとガルンは見つめていた。 自分たちの間に突如として出現した、その巨人を。 漆黒の巨人。身の丈は10メートルほどだろうか。 その立ちあがった夜の闇を思わせる巨人は、間違いなく柱へ磔にされていたはずの 存在だ。すなわちグーヌと呼ばれる神。 ガルンは呟く。 「なぜだ。おまえのいる空間は封じたはず」 「愚かだな、おまえは」 グーヌは静かに言った。 「私を破壊できると思ったのか」 「おまえはたかが機械ではないか」 「おまえもまた機械だろう」 ガルンは黄金の林檎をかざす。しかし、それは光を放つことはなく沈黙したままだ った。 「馬鹿な」 ガルンの呟きにグーヌが答える。 「それは私が造ったものだ。そもそもお前はそれが何か判っているのか?」 ガルンは無言でグーヌを見る。グーヌは静かに言葉を続けた。 「それはウロボロスの輪と対を成すもの。すなわち世界の亀裂、世界の死滅した部分 と対を成している世界を生成する力そのものだ。つまり聖なるカオスから生成変化を 生じさせる力そのものがそこに表象されている」 「馬鹿をいえ」 ガルンの美しい天使の顔は、酷く焦燥しているように見えた。 「これは単なる反応炉に過ぎない。本来クラッグスの推進機関へエネルギーを供給す るためのものだ」 「そして私はただのクラッグスをメンテナンスするための作業ロボットか?おまえは おまえの背丈に見合った世界を見ることができる。残念ながら見えるものの限界はお まえの限界であって、見られているものの限界ではない。そんな単純なことも忘れて しまったのか」 「おれは」 ガルンは呆然として言った。 「狂っているからだ」 「それも重畳」 グーヌはむしろやさしく語りかける。 「おまえはおまえの望むことを成せ。愛するものととともに死ぬことが望みであれば、 それをなせ」 闇色の神は唐突に消えた。エリウスは金剛石の刃を放つ。同時にガルンはトリッガ ーを引く。 フレヤはウロボロスの輪を断ち切った。 周りの風景が一変する。真紅に染まった荒野は姿を消した。変わりに青い空が頭上 を覆う。 そこはアイオーン界である。 フレヤは自分が斬ったものを見て、驚愕した。自分の剣はラフレールの身体に突き 立てられていたためだ。冬の日差しのように怜悧な輝きを放つ剣は、ラフレールの身 体を串刺しにしている。 ラフレールは哀しげな顔でその剣を見た。 そして、ゆっくりフレヤを見上げる。 「なぜだ。フレヤ。おまえとて人間としての記憶があるのであれば、世界のあるべき 姿が何かは判るだろう」 「そうだな」 フレヤは笑った。 「無限に変化しながら漂流していくのが、私の世界だ」 「愚かな」 ラフレールの姿は次第に薄くなってゆく。その存在は光に晒されて失われる影のよ うに、消えつつあった。 「しかし、フレヤ。おまえを分離することによって黄金の林檎を封じることは失敗し たが、おまえはここから出ることはできない。おまえは永遠にここに残ることになる」 ラフレールは消滅した。 空はサファイアのように青く、湖は鏡面のように澄み渡り空を映している。 静かだった。 その静寂は、永遠に破られることのないもののように思える。 バクヤはホロン言語によって高速化した思考で、その銃弾を見た。拳銃弾としては 大きな12.7ミリ弾が三発、漆黒の嵐を突き抜けて飛来してくる。音速を超えてい るだろうその速度も、今のバクヤの意識の中ではゆっくりに思えた。 しかし、その銃弾は実際には避けようの無い速度でエリウスへ向かっている。エリ ウスはまさにノウトゥングを振るい終わったところだ。 ガルンの身体が闇の向こうで四散するのが見える。金剛石の刃はガルンの身体を縦 と横に切断した。 意識が高速化しても、身体が高速で動くわけではない。自ずから限界はある。ガル ンは分解され火花に包まれたが、エリウスもこのままでは間違い無く死ぬだろう。 バクヤは左手を解き放つ。 メタルギミックスライムは人間には不可能な速度で動くことができる。亜音速で漆 黒の左は伸びてゆく。バクヤはその流体金属の左手で銃弾を掴み取るつもりだ。 空気が重い。 まるでゼリー状の物質となって、全身を覆っているようだ。 そのゼリーのように重い空気を切り裂いて、闇色の左手は伸びる。 バクヤは一群となって飛来する12.7ミリ弾を掴んだ。 凄まじい衝撃が走った。バクヤは巨大なハンマーで殴られたような衝撃を感じる。 何千もの刃を左手で掴んだような気がした。そのショックはバクヤの予想を遥かに上 回っている。メタルギミックスライムの左手が巨大なエネルギーによって膨らんでゆ く。限界だった。 左手は炸裂する。その左手は液状化し円形の穴がゆっくり広がってゆく。全てはバ クヤの感覚の中ではゆっくりだったが、致命的な速度は保たれていた。銃弾は左手に 空いた穴からゆっくり飛び出ていく。 その速度はかなり落ちたはずだ。しかし、剣を振るった直後のエリウスは避ける動 作にはいることができない。 ゆっくりと弾丸はエリウスの身体へ吸い込まれていった。 「エリウス!」 バクヤはホロン言語による高速思考を解除し、エリウスへ駆け寄る。エリウスは大 の字になって倒れていた。 漆黒の嵐は、竜巻のような渦を巻き頭上へと消えてゆく。後に残ったのは青白い火 花につつまれたガルンの身体だ。 全ては一瞬の出来事だった。何が起こったのかを理解できたのは、おそらくブラッ クソウルだけだろう。魔族ですらその速度は感知することができないはずだ。 バクヤは倒れているエリウスを見る。 その瞳は閉じられていた。バクヤはエリウスの前に膝をつく。 「くそっ、こんなところで死ぬなんて」 「いや、生きてるけど」 バクヤは顔をあげ目を剥いた。 顔だけ起こし、にこにこと笑うエリウスは、ノウトゥングの柄を見せる。その柄に 三発の銃弾が食込んでいた。 「生きてるんやったらさっさとおきんかい、こら」 「いや、弾丸は食い止めたけど着弾のショックが凄くて吹き飛ばされちゃって。痛い から寝とこうかなって」 「あほか」 エリウスはあたまをはたかれて、べそをかく。 「痛いよう」 「さっさと起きろ」 その二人を横目で見ながらヴェリンダが、ゆっくりと破壊されたガルンの身体へ歩 みよる。その手の中にある黄金の林檎を拾いあげた。 黄金の林檎には、再び力が戻っている。 猛々しい、凶悪な輝きはヴェリンダの手の中で、次第に強くなっていった。 黒衣のロキが歩み出る。 「それをどうなさるおつもりか」 「知れたこと」 ヴェリンダの言葉をブラックソウルが遮った。 「いやいやいや」 ブラックソウルは笑みを浮かべ、ヴェリンダの隣へ立つ。 「ご心配されることはない、ロキ殿。黄金の林檎は私たちが水晶宮へ運びますから」 ブラックソウルは、晴れやかな笑みをバクヤへ向ける。 「嬢ちゃん。おれを殺したければオーラの水晶宮へこい」 「ちょっとまて、こら」 バクヤが叫ぶと同時に、ヴァルラもまたヴェリンダに眼差しを向ける。 「姉上、お待ちください」 「さらばだ、ヴァルラ」 ヴェリンダの足元に黒い影が広がる。夜の闇のような黒い影。それは闇色の湖のよ うにも見える。そして、その漆黒の湖に黒い漣がたつ。 黒い影の中央に浮かび上がったのは、白く巨大な女の顔だった。妖艶な、神々の愛 妾のごとき美しい女の顔。その女の顔は大蛇のように長大な首に支えられ、宙に浮か び上がる。 その首に続いて巨大な翼と竜の体が現れた。全ての妖魔の母と呼ばれる、邪竜エキ ドナである。 「姉上!」 叫ぶヴァルラへ嘲るような笑みを見せたエキドナは、ヴェリンダの前へ蹲る。塗れ たように光る紅い唇で、エキドナはヴェリンダへ語りかけた。 「あんたには借りがあるが、これ一度だけだよ。魔族の女王」 「一度で十分だ」 ヴェリンダはエキドナへ答えると、ブラックソウルとともにその背へ跨る。 二人を背に乗せたエキドナは、宙へ舞い上がった。 そして、身を翻すと自らが出てきた闇の中へと再び戻ってゆく。エキドナは闇の中 へと吸い込まれる。邪竜を呑み込んだ闇は、地面の中に水が吸い込まれてゆくように 消えていった。 「ヴァルラ殿」 ロキが魔族の王に声をかける。ヴァルラは頷いた。 「判っている、ロキ殿。少し待て」 ヴァルラは破壊されたガルンの身体のところへ歩みよる。そして、その瓦礫と化し た体から、何か黒いものを取り出した。 それは、ヴァルラの手の中で黒い球体となる。ヴァルラはバクヤのほうを向いた。 「うけとれ、娘」 バクヤはその黒い球体をメタルギミックスライムの左手でうけとめる。その黒い球 体はバクヤの左手の中で溶け出した。そして、溶けて液状になったものはバクヤの左 手へ同化してゆく。 「なんやこれ」 「メタルギミックスライムとおまえたちが呼ぶものだ。ガルンはそれを自分自身の身 体として使っていた。その中にはガルンの魔道が記憶されている」 ヴァルラは金色に輝く瞳で、バクヤを真っ直ぐみつめる。 「必ず役にたつはずだ。お前がブラックソウルと戦うのであれば、我が姉ヴェリンダ が立ちふさがることになる。その時に、魔道を封じる力が必要だろう」 「あんたは、自分の姉の敵に手を貸すのかよ」 ヴァルラは静かに微笑む。 「私は、魔族の王だ。自分の為すべきことは判っている」 「ヴァルラ様」 ヌバークが思わず、一歩踏み出す。ヴァルラはそのヌバークを眼差しで押しとどめ、 エリウスのほうを見た。 「王子よ。私はお前に助けられた。お前の望みを言え。借りは返そう」 「うーん」 起きあがったエリウスは、いつものように少し眠たげな口調で言った。 「とりあえず、黄金の林檎はブラックソウルにまかせられない感じだからなあ。一緒 にオーラの水晶宮まで行ってくれる?」 「いいだろう」 「ヴァルラ様!」 叫ぶヌバークに、ヴァルラは凶悪な笑みを返す。 「王が帰還したことをまず知らしめねばならん。その後、旅立つぞ。人間どもの王国 へ。白き肌の人間どもに恐怖と殺戮を味あわせてやろう」
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「●長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE