●長編 #0094の修正
★タイトルと名前
親文書
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
再び目覚めがくる。目覚めはいつも唐突だが、眠りもまた、同様だ。私はいつ自分が 眠りにおちたのか全く記憶にない。 いつも気がつくと、ベッドに横たわっている。そして、あの悪夢の記憶。虫の羽音。 私は頭を押さえる。あたまの中ではまだ鳴り響いていた。あの、意味と無意味の境界 を押しつぶし、全てをノイズの中に埋めてしまうような羽音。 私は首をふる。 私は誰なのだろう。 鏡が無いので顔を見ることができないが、私が女性であることは間違い無い。年齢は 二十歳から三十歳の間だろう。痩せてはいないが、太ってもいない。背はそれほど高く ないように思う。四肢のバランスから考えて、ごく平均的な体格。 自分自身の記憶は無いが、それ以外に知っていることから考えると、普通程度あるい はそれ以上の教育を受けたことがあるように思う。 身につけているのは、入院患者が着るようなガウン。 私は、病気なのだろうか。 そう考えると辻褄が合うような気がする。精神的な病気。私の記憶の片隅に、精神病 を患った者の記録がある。ある日気がつくと、閉じ込められていて治癒していくに従っ て自分が病院にいると気づいていく者の話。 それは誰かから聞いた話のように思うのだが、実は自分の話なのかもしれない。 眠りがいつか判らないのは、投薬のせいなのだろうか。 私は、少なくともこの部屋に閉じ込められてから数十回以上朝晩が入れ替わるのを、 見ている。それにしては、私は食事をしたことがない。 もしかしたら、私が眠っている間に点滴がなされているかもしれない。腕に注射の跡 は見当たらないが、点滴は腕からするものとは限らないと思う。全身をくまなく探せ ば、 見つかるのだろうか。 そして、排泄した記憶も無い。口から食べ物を入れなければ、おそらく排泄する量も 少なくなるだろう。 点滴によって投薬され、奇妙な夢を見る。治療の記憶は失われ、治療後に私はこの部 屋に戻され眠りにつく。 一応、それで説明はつくような気がする。しかし、私は狂っているのだろうか。狂人 は自身が狂人であることを理解できないものなのかもしれないが、私の思考に特に曇り は無いように思える。 もしも、治療が行われているものなら医者と話をしてみたかった。しかし、その術は ない。この部屋の中で外界と繋がっているように思えるのは、パソコンだけだ。しか し、 それは一方的に情報を送りつけてくるだけのもの。 今日も、私の声により、数式と化学式が語られている。それは何か催眠効果があるの だろうか。無機的に語られてゆくその言葉に、何か意味があるようには思えない。私に とって耳の奥で聞こえる羽音と大差は無かった。 画面に映し出されているものは、今日はいつもと少し違う。単なる点の集合の無秩序 な運動には違いないのだが、今日のそれは白かった。 白い虫。しかも、いつもよりそれは大きい。まるでまるまると太った無数の蛆虫が、 うねうねと蠢いているようだ。 画面は白い塊が無意味に蠢く様を映し出している。しかし、私は見つめているうち に、 それがひとつの形をとろうとしているのに気がついた。 それが何か私は理解した。 脳だ。 人間の脳。 無数の蛆虫は、人間の脳そっくりの形をとろうとしている。 そして、私はずっと語られていた私の声が止まっているのに気がつく。 パソコンは初めて私の声で意味のあることを語った。 『記録。夢見虫の画像。記憶の転移にはじめて成功』 その時、ノイズが私を襲った。 ザザザ、 と。 ノイズが。 私に。 襲いかかる。 ザザ、 と。 耳から ぽとりと。 白いものが落ちた。 ザザザザザザザザザザザザザザザザザザ ザザザザザザザザザザザザザザ ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ ザザザザザザザザ ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ ザザザザザザザザザザザザザザザザ ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ 「夢見虫」 床の上で蠢く蛆虫のようなそれを見て私は呟いた。 ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ カツ カツ カツ 後ろから 音が迫る。 カツ カツ カツ カツ カツ カツ カツ カツ カツ 私は 廊下を 走る。 走る。 私は裸足だ。 服も身につけていない。 走ると乳房がゆれる。 廊下の角を、幾度も曲がった。 全力で走っている。 でも、背後に聞こえる足音は 少しも離れない。 カツ カツ カツ カツ カツ カツ 追いつかれてはいけない。 恐ろしい。 後ろからくるものが 何か知っている。 いけない。 考えては。 足が竦む。 羽音が。 私の中。 鳴る。 ジジジ、ジジジジジジジ ジジジジ、ジ、ジ、ジジジジ ジジ、ジジジジジジ、ジジ ジ、ジジジジジ、ジジジジ ジ、ジジ、ジジ、ジジ、ジジジ ジジ、ジジジ、ジジジジジ カツ カツ カツ カツ カツ カツ 行き止まり。 もう走れない。 怖い。 カツ。 足音が止まった。 後ろにいる。 彼女 いえ、 私が。白衣を着た私。 私は、 ゆっくり 振り向く。 白衣を着た私の手にしたものが火を吹く。 絡みつくワイアー。 迸る青白い火花。 電撃。そして。 ブラックアウト。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■ジ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 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ジジジジ ジジジジジジジジジジ 目が醒める。私の声が聞こえた。パソコンから聞こえてくる私の声。それはもう無意 味な数式の羅列を語ることをやめたようだ。 『記録、黒砂蟲と夢見虫の合成。成功例。夢見虫には私の記憶を転移。黒砂蟲には私の 遺伝子情報を注入。両者は適合した。はじめての成功例』 画面中央には白い脳の形をとった蛆虫の塊がある。その周りには黒いドットの集合が あった。無秩序に動く無数の点が、白く蠢く脳を囲んでいる。 黒いドットはしかし、ある秩序を形成しつつあった。それは骨格を形成しつつある。 黒い骨格。頭蓋骨が蠢く脳覆い、胸骨が持ちあがってきた。骨盤が形成されてゆき、細 長い手足の骨が浮かびあがってくる。 そして、その骨格に紅い染みが付着し始めた。肉だ。肉が骨についてゆく。それは調 度、腐敗し崩壊していく死体の映画を、フィルムを逆回しにして見ているようなもの だ。 紅い皮を剥がれ肉を剥き出しにされた死体。しかし、その紅い肉に白い染みがつく。 皮膚だ。皮膚が生まれはじめている。 次第に、それは人間の姿を形成しはじめた。それが誰の姿か私には判る。 私だ。 私の造られた様子を映しているのだ。 パソコンが語る。 『日記。7月29日。スポンサーは私に通告した。成果がでなければ、私の研究への資 金の供給は打ち切ると。心配は無い。実験はとうとう成功したのだから。アラブの富豪 であり、いくつかのテロ組織へ資金を供給しているスポンサーは私の学術論文を読ん で、 私に研究を依頼してきた。人造人間兵士をとくれと。黒砂蟲。南米の奥地で私が見つけ た奇妙な蟲。体長がナノメートル単位のその微細な蟲は、喰らった相手の遺伝子情報を 取込んで相手の姿を擬態する。人間を喰えば人間を擬態するのだ』 パソコンはいつものように、無機的な口調で語っている。いつもと違うのはその内 容。 意味のある言葉が続けられる。 『私はその黒砂蟲から人造人間兵士をつくろうとした。できたのは異形の者。できそこ ないばかり。兵士には頭脳がいる。私はそれも見つけ出した。夢見虫。チベットの奥地 に棲むその虫は、人間の記憶を蓄える。私はその虫を私の脳の中にいれた。そして、取 り出すと、黒砂蟲と一緒にしてみた。その虫たちは協力しあってひとつの形をつくりあ げた。私自身とそっくりの体。私は生み出されたもうひとりの私に戦闘の術を教え込ん でいった。虫で出来た私は、できそこないの異形の者たちとの闘いで、戦闘を憶えてい った。私は成功した。人造人間兵士をつくりあげたのだ』 ドアがあいた。 そこにいるのは、私。 もう一人の私。 白衣を着た私。 「判ったでしょう」 白衣の私は言った。 「あなたは戦うために造られたのよ。さあ、いきましょう」 白衣の私は手招く。 ジジ ジジジジジジ ジジジ ジジジジジジジジジ ジジジジ 虫が 鳴いている。 白衣の私が、 怪訝そうに私を見る。 刃が 煌く。 ごとりと。 首が 床に 落ちる。 床から私が私を見上げる。 空ろな目。 頬が裂け、顎が突き出す。 白衣の死体が膝をつく。 どろりと。 血が 刃と化した手から 滴り落ち 床を 紅く 染める。 ジジ ジジジジジジ ジジジ ジジジジジジジジジ ジジジジ 虫が 鳴く。 背中で。 羽音が、次第に 激しく。 激しく、 ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ ジジジジジジジジジジジ ジジジジ ジジジジジジジジジジ 体が浮く。 窓へ 光へ 飛ぶ。 ノイズが 絶叫。 ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ 夢から醒める。自分の部屋。マンションのベッド。窓から生暖かい空気が入る。いや な夢。私は窓を閉め、エアコンのスイッチをいれる。 寝汗がぐっしょりと寝巻きを濡らしているが、着替える気力がおこらない。ひどい夢 を見てもしかたない。私は私を殺したのだから。 虫から造った私。でも、失敗だった。私の命令には従順なはずだったその虫は、私に 襲いかかってきたのだ。虫をスタンガンで眠らせると、解体用の毒物を注入して殺し た。 私は私を殺した。 でも、 本当に死んだのは 誰? 記憶が混乱している。 私は、失敗作の、虫の死体を始末すると、車を運転して郊外の研究所から自宅へ戻っ たはず。 なのだが。 もうひとつの記憶。 紅く染まった床から私を見上げる生首。 死んだのは誰? 夜空への飛翔。 羽音が ノイズが 空を満たす。 ジジと。 ああ、 私が私なら、この耳の奥でなる羽音はなんなのだろう。 ジジジと。 鳴る羽音。 私は、 誰?
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