●長編 #0042の修正
★タイトルと名前
親文書
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「みど………り」 無意識のうち、優一郎の左手に光の剣が出現する。しかし振り返った優一郎の 見たものは、あまりにもコミカルな光景だった。 真っ直ぐに美鳥の元へと飛んでいく鮟鱇。大きく、勢いのある生きた弾丸は、 容易く美鳥の細い身体を打ち貫くかに思えた。嫌悪感に表情を引きつらせた美鳥 は、朧の力を顕現させる間さえなかったようだ。一振り、ただ腕を振るだけ、そ れが咄嗟に出来た、頼りない抵抗だった。 ところが優一郎の予測に反し、美鳥の提灯鮟鱇に対する抵抗はこれで充分だった らしい。 「ぶきっ」 無様な悲鳴とともに提灯鮟鱇は地面へと叩きつけられ、大きくバウンドを二つ した。それから先ほどと同じように変則的な転がり方をし、優一郎の足元で停止 する。一応は身構えた優一郎だったが、すぐに警戒は無用と知った。足元の提灯 鮟鱇は、それ以上動く気配を見せなかったのだ。失神したのか、あるいは死んで しまったのかも知れない。仮に失神したふりを装っていたとしても、この鮟鱇は たいした脅威と成り得ない。美鳥と音風の姉妹も同意見らしい。すでに提灯鮟鱇 の存在を無視し、彼女らの妹と共に在る敵へと視線を向けていた。優一郎もそれ に倣う。 「とんだ邪魔が入ってしまったわね」 車のほうから声がした。女の声だ。どこかで聞き覚えのある声だった。 優一郎らと車との間は、まだ若干の距離を残していたが、声はそれを消滅させ る。穏やかな声ではあったが、それはまるで徒手空拳のまま猛獣の鼻先に立って しまったような錯覚を優一郎たちに与えた。 刀を握る手に――実際には質量を持たない刀であったが――力が入る。剣の輝 きが大きく増した。 寒い。と、優一郎は思った。 いつの間にか全身がぐっしょりと濡れている。これまでに経験のない冷汗が、 止めどなくなく流れ出ていたのだ。 音もなく車のドアが開く。そして優雅な身のこなしで女が姿を現した。 「あ………」 息を飲む優一郎。うめくような美鳥の声も聞こえた。 戸惑いと恐怖と混乱。いくつもの負の感情が渦を巻く。 女の腕の中には少女の姿があった。真月である。 胸で組まれた掌、閉じられた目蓋。身じろぎ一つしない。乏しい灯りの中、顔 色は悪く、死者そのものに見えた。 激しい怒りのままに、すぐにでも女へと剣で斬り掛かりたい。そんな衝動が沸 き起こる。一方、別の感情が足を止めさせる。 突然背後から強い風が吹いた。何かの力――朧の力――を包含した風。音風が 起こしたのだろう風が。 強い風に優一郎は足を取られそうになるのを辛うじて耐えた。しかし不思議な ことに、真月を抱く女は、髪一本、靡かさない。朧の風は、女のところまで届い ていないのだろうか。いや、そうではない。日輪の【日龍】の使い手である優一 郎には、風の姿をとる音風の力を目で見て取ることが出来た。風と化した朧の力 は、真っ直ぐ女へと吹いている。 だが、風は女を目前にして二つに割れる。それはあたかも聖書に記されたモー ゼの十戒、海を二つに分けたと言う聖者の姿を思わせた。 それほどまでに、女の力が音風の朧を上回っていたのだろうか。あるいは女の 容姿に音風が戸惑いを覚え、充分に力を発揮することが適わなかったのかも知れ ない。 先ほど感じた力は田邊と同じ種類の、それを遥かに凌駕した異形のものだった。 しかし優一郎にとって、車からは現れた女の姿を異形と結びつけることはとても 困難だった。 「おねぇ………」 戸惑いも顕わに、美鳥が己の知る女の呼称を口にする。 困惑しながらも攻撃を仕掛けた分、三人の中では音風が一番状況を把握してい たのだろう。いや、その逆であったのか。優一郎、そしておそらくは美鳥も未だ 女を敵として認識すべきか判断に迷っていた。その腕に動かぬ真月の姿さえなけ れば、その威圧感も忘れ両手を広げて駆け寄っていたことだろう。 「お姉………」 再び美鳥が口にする。 そう、女は彼女たちの姉、朧月の長女、麗花であった。 「お久しぶり、優一郎くん………だったわね」 清楚ながら凛とした響きの声。どこか憂いを秘めた微笑み。 それは優一郎の記憶に残る、麗花のものと完全に一致した。 だが―――何処かが、何かが違う。 『もう一人の………私かも知れない』 かつて麗花の口から出た言葉が優一郎の脳裏に蘇る。 あれはいつ、何処で聞いた言葉だったか。 血を吐き、コンクリートの床に蹲る麗花。そしてその前に仁王立つ女。その女 もまた麗花。 「あんたは、あの時の………」 優一郎は思い出した。浚われた真月を追って辿り着いた、田邊のマンション。 その向かいに建つ廃ビルの屋上で見た光景を。麗花の前で引き付け起こしたよう に両腕を広げ、長い髪を逆立たせたもう一人の麗花がいた。 それが―――麗花と対峙していたもう一人の麗花が―――いま目の前にいる女 なのだ。 女、もう一人の麗花が何者であるのか、優一郎は知らない。しかし麗花と対峙 していた者が味方であるはずもない。 敵、すなわち異形の者であると思われる者の手に真月が在る。状況は最悪であ った。 「そちらのお嬢さん方とは初めましてね。いえ、美鳥さんとは一度、お会いした ことがあるんだけど、覚えているかしら?」 わずかに動いた女の視線を、優一郎も追った。いつの間に移動したのだろうか。 美鳥と音風も優一郎の横に並んでいる。視線を再び、女へと戻す。 相変わらず田邊など比較にならない威圧感を放ちつつも、女は優しい笑みを浮 かべた。あるいは麗花と瓜二つの容姿がそう見せているのかも知れないが、とて も懐かしい気持ちになる。もし、その腕の中に真月の姿がなかったのなら、完全 に気を許してしまっていただろう。 「あなた、もしかして麗菜………さん?」 警戒感を保った声で、美鳥が言った。実戦経験の違いだろうか、気を許すべき 状況でないことを優一郎より、よく理解している。 麗菜。 美鳥の呼び掛けたその名が、麗花と同じ容姿を持つ女の名前なのか。言葉を返 さず、ただ微笑みを以って応える女の姿が、それを肯定していた。 麗菜―――名前まで麗花とよく似ている。 『そう言えば………』 美鳥以外の三人は、分家よりもらわれて来た養女なのだ。と、数時間前に美鳥 から告白されていたことを思い出す。 『この人は、麗花さんの本当の姉妹じゃないのか?』 そうであるとしたなら、麗花と同じ容姿を持つことも頷ける。あるいは一卵性 の双子なのかも知れない。 「麗菜さんのことは、お姉(ねえ)………麗花姉さんから聞いているわ。でも、 私は麗菜さんと会ったことはない」 冷静を装ってはいたが、美鳥の声は恫喝的な怒気を含んでいた。さらに、「そ れより」と付け加えた言葉に、優一郎は背筋の凍るような迫力を感じた。 「真月に………何をしたの」 一段と声を低くした美鳥だったが、それがかえって感情の激しさを表す。が、 それでも麗菜は怯む様子を微塵も見せない。強大な威圧感と、穏やかな笑みとい う、ミスマッチを維持し、ゆっくりこちらへ歩を進ませ始める。 「大丈夫よ、傷一つ、つけてなんかいない。眠っているだけ」 一瞬、ほんの一瞬だった。 気の弱い者であれば、それだけで死に至らしめるかと思われる、麗菜からの威 圧感が消えた。それに呼応するかのように、優一郎の意思とは無関係に手中の剣 も消滅してしまった。 剣(つるぎ)が消滅するのを予見していたかのように、あるいはそのことすら 麗菜の意思によって引き起こされていたのかも知れない。それほどまでに澱みの ない動きで真月の身体は、優一郎の手へと預けられていた。 小さいながらも、ずしりとした確かな重みと温もりを感じる。それは間違いな く命ある者の感触であった。よく見れば微かに胸を上下させている。呼吸をして いるのだ。 真月の無事を確認した優一郎の視線は、麗花と同じ容姿を持つ女を求めた。し かしその目に映ったのは、女の後ろ姿だった。 優一郎に真月を渡し、目的を果たしたというのだろうか。女は自分の車へと、 歩を向けていた。 あれだけの威圧感を放っていた女。 廃ビルで麗花と対峙していた女。 女はほぼ間違いなく、朧の敵たる異形であろう。だが優一郎は消滅してしまっ た剣を再び呼び起こしてまで、女を討つという考えを持つには至らない。 探していた真月がいまは無事、優一郎の腕の中で眠っている。背を向け、戦い の意思を示さない者を討つ理由はなかった。何より真月が手渡されたとき、ほん の一瞬だけ見せた麗花と同じ容姿で麗花と同じように、いや、あるいはそれ以上 に優しげな笑みが優一郎の緊張と戦意とを完全に解いてしまったのだ。 もはやこの女は脅威ではない。少なくともいまは。 「さあ、帰ろう」 そう声を掛けて優一郎も美鳥たちと共に、この場を立ち去るつもりだった。だ が、声を発する間は与えられない。振り向くと同時に、優一郎は確かに感じてい た腕の中の重みを見失ってしまったためである。 音風だ。 「真月! 真月! 真月! 真月! 真月!」 狂ったように妹の名を連呼するその腕に、真月の小さな身体は奪われていた。 「もう、うるさいよぉ………音風お姉ちゃん」 まるで朝寝坊を咎められたかのような少女の返事は、これまでの経緯を忘れさ せてしまう。朝日の射し込む寝室でとまったく変わらない調子で真月が応えた。 こぶしを握りしめた手で、目を擦りながら。 「よかった………本当に………無事だったのね」 「えっ? なに………ちょっと、おと……かぜお姉ちゃん………苦しいよぉ」 突然に起こされ、強く抱きしめられた真月は事情が分からない様子で目を白黒 させている。一方音風は苦しがる妹に、抱きしめる腕の力を緩めはしない。いや、 出来ないでいる。それまでの狼狽から開放されたことで、かえって自分をコント ロール出来なくなっているのだろう。 その様子は妹を気遣う姉と言うより、行方不明の幼子と数時間ぶりに対面を果 たした母の姿を思わせる。 いずれにしろ、警戒すべき事態は終わった。少なくとも優一郎にはそう見えて いた。 が、まだ緊張感を保ち続けている者がいたのだと、数秒の後に知ること となる。 音風と真月のやり取りを、優しい眼差しで見つめていた少女。彼女らの姉、美 鳥である。 真月の声を聞き、美鳥は小さく安堵の息をついていた。その仕草を見ていた優 一郎にしてみれば、次に美鳥の執った行動は予測出来るものではなかった。 突然美鳥の姿が消える。と、疾風を伴った何かが、優一郎の横を抜けて行く。 それが美鳥だったと理解したのは、背後から聞こえた声によってである。 「音風、サポートして!」 声の方へと頭を振るった優一郎の横を、今度は輝く風が過ぎて行った。 音風の能力だ。 こちらに背を向けたままの麗菜。その手はもう、車のドアへと掛けられていた。 後ろから猛烈な勢いで近づく美鳥の身体は、音風の力を受け黄金色に輝いている。 「うおぉぉぉぉっ!!」 鬼気迫るような雄叫び。 ただ唖然と見守る優一郎の手に、【日龍】の剣が再び生まれた。しかし、それ は優一郎自身の意思によるものではなかった。美鳥に呼応してなのか、あるいは 美鳥の気迫を異形として捉えてなのか。 後に続き、美鳥と共に女を討つべきか否か決断がつかないまま、優一郎は奇妙 でおぞましい光景を目撃することとなった。 「思い出したよ!」 獣が敵を威嚇する咆哮のようにも聞こえる美鳥の声。が、女は振り返ることを しない。 女とは別種の威圧感を放ちながら、美鳥は急接近を続ける。如何に女が大きな 力を秘めていようとも、背を向けたままではとても太刀打ち出来るとは思えない。 掌の中の枯葉を握り締めるがごとく、その力の前に粉砕されるしかない。 「アンタは、アンときの!!」 全身を包んでいた輝きが右手の拳へと集中する。音風の支援をも受け、さらに 一点へと集約された力は先刻、女が見せていたものさえ凌駕していた。女と美鳥 の距離は5メートル。朧の能力を以ってすれば、無にも等しい。
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