●長編 #0018の修正
★タイトルと名前
親文書
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
葵は、正式に入部の手続きを済ませたわけではないのだが、西原の言葉に甘え てちょくちょく部活に顔を出していた。人の話を聞くのが好きだという性格も関 係しているのかもしれない。とにかく、文芸部は活動がどうのこうという以前に、 入部している人たちのキャラクターの面白さもあるのだ。西原は、あの通りのつ かみ所のない人柄だし、柳沼の一見常識人っぽい部分の中に秘めた妙な感じとか、 それ以外の人たちも個性派揃いで飽きることはなかった。 部活といっても作業をしている(小説や脚本に集中している)以外の人たちは、 ほぼお茶をしながらの雑談といってよい。 西原の説明によれば、雑談も創作活動のうちで、いわゆるネタ漁りのためのも のだという。たしかに、話題は真面目な問題からおちゃらけたネタまで様々な事 が語られている。それを自分なりに昇華して創作の糧にするそうだ。 「葵っちは、今日も文芸部に顔出すの?」 放課後、隣の席の佐藤恵美香が葵に声をかける。彼女は、葵が中学に入って初 めて出来た友達だ。 「うん。サトちゃんはまだ決めてないんだっけ?」 佐藤恵美香の事を葵は「サトちゃん」という愛称で呼んでいる。それというの も、彼女は大のサトちゃん(某薬剤メーカーの象のマスコット)好きであり、い つも鞄にキーホルダーを下げているのだ。ちなみに「佐藤」というありふれた苗 字のためか、彼女自ら「サトちゃんと呼んでねん」と言っていたのだ。 「うーん。テニスやってみたいけど、なんかミーハーやん。どうせならもっとマ イナーな事やってみたいし」 彼女は少し変わっている。いわゆる今時の子とはかけ離れた雰囲気を持つ。流 行よりも懐古趣味に染まるタイプだ。 「文芸部来ない? けっこう面白いかもよ」 「話聞いとる分にはおもろいかもしれんけど、ちょーな」 話し言葉にややインチキ関西弁が入っているのは、博多生まれで奈良育ちの祖 母の影響によるものらしい。 「やっぱり身体動かしてる方が好きなんだ」 「そういう性分やからね。もうちょいいろんなトコ見学してみるわ」 「ごめんね。見学付き合えなくて」 「ええって、葵は葵の好きにしたらええ。そのための放課後なんやから」 恵美香はけっこうさばけた性格である。そういう所が葵はけっこう気に入って たりする。 彼女にさよならを言うと、葵はさっそく視聴覚室へと向かう。今日はどんな話 を聞けるのだろうかと、最近わくわくするようになってきた。 それでもまだ、自分で何かを創作しようという気にはならない。先輩達も葵に 無理強いはしなかった。 「こんにちは。また来ました」 視聴覚室の扉を静かに開けて、挨拶をする。部屋の中にはコーヒーのいい香り が漂っていた。 「よっ! 来たね。見学者」 いかにも体育会系といった感じの自称詩人の立脇が、一番で葵に声をかける。 彼は、西原や柳沼の次に顔を覚えた人物だ。彼の詩を読んだ事があるのだが、見 た目とのギャップがかなり激しい。いかにも優男でロマンチストが書いたような、 一歩間違えば恥ずかしくて読めないというような詩ではあるものの、何か惹かれ るものを持った作品でもあった。 彼本人、もちろんロマンチストというのはそのままだが、普段の口調などは本 当に体育会系なのである。 「はい。お邪魔します」 「今日はうちのブレンド持ってきたんだ。御陵さんは、コーヒー飲める人だよね」 「ええ、ミルク入れてもらえますか?」 葵はそう答える。コーヒーよりは紅茶の方が好きなのだが、ミルクと砂糖をた っぷりのカフェオレはそこそこ好きであった。 いつもの場所に座ると、立脇は葵のカップにコーヒーを注いでくれる。インス タントではなくサイフォン式のものであった。話には聞いたことがあるが、実際 に見るのは初めてであった。が、アルコールランプにはなぜか見覚えがある。 「それって、もしかして……」 葵がアルコールランプに注目していると、立脇は苦笑いしながら「ああ、理科 室のをちょっと拝借してきた」と言った。 カップに口をつけて一口すすると葵はいつもと違う雰囲気に違和感を覚え、あ らためて周りを見渡す。 「今日は、西原先輩と柳沼先輩は?」 部の要ともいえる二人がいないので、部屋の中が全体的に静かめな感じである。 立脇がいなければもっと静かになるのだろうか。 「柳沼は金策、西原は人買い」 「……」 葵が返答できずに苦笑いしていると、部屋のスピーカーから柳沼の声が聞こえ てくる。 『誰が金策だって、私は中小企業の社長か?』 「え? 先輩どこにいるんですか?」 葵は不思議そうに部屋を見回した。 「準備室だよ」 立脇が笑いをかみ殺しながら彼女に答える。 「え?」 葵は立ち上がると、部屋の奥にある準備室に通じるドアの前まで行き、ノック してからそっと開けた。 準備室の中のミキサー卓の前に柳沼は座って何か作業をしているようだ。 ちょうどミキサー卓の前に小窓があり、視聴覚室の様子が窺えるようになって いる。 「何してるんですか?」 柳沼の横には14インチ程のモニターがあり、何かパソコンのOSが立ち上が っているようだ。 「DV編集だよ。言ったでしょ、これでも映像方面を目指してるんだって」 モニターの中のウインドウ枠には、見覚えのある景色の映像が流れている。 「この近くですか?」 「そうだよ。あんまり遠くへは行けないからね」 話しているうちに映像が切り替わる。今度は、教会らしい建物だ。 「この辺にこんな教会ありましたっけ?」 「知らない? 4丁目の教会なんだけど」 「4丁目ですか。……わたし、この町は来たばかりなんで、まだ寮のまわりと駅 前商店街ぐらいしか行ったことないんです」 「そうか、御陵さんって寮生だったんだね。うちの部だと、橋本さんもだよ」 橋本と言われてピンとこなかった葵ではあるが、すぐに演劇方面の彼女の顔を 思い出す。彼女はたしか『女優』ではなく生粋の『役者』になりたいと言ってい た人だ。顔立ちはかなり整った、いわゆる美少女であった為、意外に感じていた。 「あ、そうだ。御陵さん、今暇?」 「え? あ、はい。ただのクラブ見学に来ただけですから」 「西原呼んで来てくれない。演出の打ち合わせやりたいから」 演出と聞いて、葵は柳沼の編集している映像に目をやる。 「あ、御陵さんはまだ知らなかったんだね。実は私、短いけど映画を作ってるの。 もちろん、内輪でだけどね。役者は、全員部員で、西原には脚本を書いてもらっ た。それで、ちょっとした打ち合わせを時々やってるわけ。あなたも正式に部員 となったら、映画に出演してもらうかも」 柳沼はいたずらっぽく笑う。 「そ、そんなわたし、映画なんて」 「半分冗談だよ。撮りはほとんど終わってるしね。教会の部分の映像をもう少し いじりたいかなって思ってるだけだから」 葵はほっと胸をなで下ろす。例え素人が作るものとはいえ自分には役者の経験 などなく、ましてやカメラの前であれこれするなど、恥ずかしくてできるわけが ないと思っていたからだ。 「ところで、あの、西原先輩を呼んで来るにも、わたし居場所知らないんですけ ど」 「ああ、そうだね。えっとね、さっき『ネタが思いつきそうだから』って出てい ったから、多分校庭だよ」 「校庭ですか?」 ちょっとだけそれは意外に感じられた。そういう場合は普通、屋上などの景色 のよい場所に行くのでは、と葵は思う。でも、あの西原先輩だけに普通が通用し ないかもしれないと、改めて彼女は考える。 「たぶん朝礼台の上に座っていると思うよ」 西原を見つけるのは簡単であった。 柳沼に教えられたとおり、校庭にある朝礼台の上に座禅を組んで校庭を見渡し ている。 「せんぱーい!」 葵は、ちょっと恥ずかしがりながらも大声で彼を呼んだ。 「ああ、御陵くんか」 彼女の方をちらりとも見ず、前を向いたまま西原は返事をする。 葵は不思議に思って彼の視線の先を眺める。 そこには校庭で部活動を行っている様々な生徒達の姿以外、特に珍しいものは 何もなかった。 「何をしているんですか?」 葵は「何を見ているんですか?」とはあえて聞かなかった。 「観察」 いつもの飄々とした声が返ってくる。 「観察?」 「洒落た言い方をすると『人間ウォッチング』とも言う」 「誰をですか?」 「今日は陸上部かな」 西原のその対応に、葵はなぜかおかしくなってきた。くすくすと笑いがこみあ げてくる。 「陸上部の人から見て、悪い言い方をすると『ストーカー』になりません?」 笑いをこらえながら彼女はそう問いかけた。 「なるほど、そういう考え方もあるな」 手のひらをぽんと叩いて、西原は立ち上がり「それで? 僕に何か用があるん じゃないか?」と聞いてくる。 ようやく西原は葵の方を向いた。相変わらず考えの読めない表情。無表情とは 違う、つかみ所のない感じである。 「あ、はい。柳沼先輩が呼んでました。打ち合わせがやりたいからって」 「ああ、例の映画か。よし行くとするか」 西原は朝礼台の上から、ぽんと飛び降りる。 「先輩って脚本も書けるんですね。なんかすごいなぁ」 「『脚本も』と言うからには、『小説』と『脚本』の違いってのをきちんとわか っているんだね。えらいえらい、さすが僕が見込んだだけのことはあるな」 葵は西原と話していると、調子が狂う。どうも普通には会話がなりたたないよ うだが、それでも彼との話はいろいろと発見があって面白いのだ。 「わたし、違いなんてはっきり知りませんよ。ただ、『小説』はそれ自体で完成 しているのに、『脚本』は違いますよね。映像とか役者さんの声を想像しながら、 練り上げていくわけじゃないですか、だから、手法としてはかなり違うんじゃな いかなぁっていうわたしの勝手な想像なんですけどね」 「それだけわかってれば十分だよ。昔ね、『小説』より『脚本』の方が書くのが 簡単だ、って豪語してた奴がいてね。1週間で部を追い出されたよ」 「先輩が追い出したんですか?」 「まさか。そんなことをするのは柳沼ぐらいしかいないよ」 「……ははは。なんとなく想像がつきます」 葵は苦笑いする。その時の台詞まで想像できそうだ。 視聴覚室へ戻るまでの間、葵はこの妙な感じの会話を楽しんだ。 階段の所で一人の女子生徒とすれ違う。 葵はその生徒に見覚えがあった。 それはクラスメイトの西原美凪である。葵は彼女の名前まで思い出して、ある ことに気づき一瞬思考が停止する。 「あ、美凪」 案の定隣りを歩いていた西原が立ち止まり、彼女へと声をかける。 「……」 彼女は返事もせずに、彼の方を睨んでいた。 「今日、トクゼンの特売日だからトイレットペーパー買ってこいよ。お一人様一 点限りだから、一人一点ノルマだ」 「……」 「シングルじゃないぞ、ダブルだからな」 西原の声のトーンはいつもと変わらない。美凪の方は一方的に怒っているよう にも思える。ケンカでもしているのだろうか? 彼女はぷいと顔をそらすとそのまま歩いていく。西原も何事もなかったかのよ うに歩き出した。 葵はその話題に触れるべきかどうか悩んでいると、逆に西原の方から説明して くれた。 「さっきのあの子、僕の妹なんだけどね。兄妹仲はあんまりよくないんだ」 さすがにそこで西原の表情にも変化があらわれる。少しだけ苦笑いしたかのよ うな、微妙な感じになる。いつもは飄々としている彼のそんな姿を見るのは、ち ょっとだけ辛かった。 それと同時に葵の心もずきりと痛みだす。ずっと忘れていた古傷が痛み出すか のような感じ。 一瞬、沈黙が訪れて葵はそれに耐えきれず何か話しかけようとして、ついその 事に再び触れてしまう。 「兄妹はお二人だけですか?」 「そうだよ。とは言っても、妹とは半分しか血は繋がってない」 そこまで言って、西原は再び黙り込む。 複雑な事情があるのだろう。葵はそれ以上聞くことはできなかった。 その日、葵はもどかしい気分のまま寮に帰宅した。 こういう日は、夏江叔母さんに電話をして気分を変えた方がいいだろう。そう 思い葵は部屋に鞄を置くとロビーにあるピンクの電話の所へ行く。この電話は1 0円玉のみ受け付ける代物であったのだが、寮母の計らいによりお金を入れなく て使用できるようになっている。電話代は寮の管理費から差し引かれていた。も っとも、携帯電話の全盛の現在この電話を使用する人はごく僅かしかいないので、 彼女は心おきなく通話できるのである。 「はい、御陵です」 受話器の向こうから叔母の若々しい声が聞こえてくる。叔母の御陵夏江は、3 0代ではあるもののまだ独身でもあった。 「あ、もしもし葵です」 「どうしたの? 昨日かけてきたばかりだってのに」 葵の声を聞いた夏江が少し心配そうに言う。 「うん。なんでもないよ。たまたま話がしたくなっただけ」 彼女は叔母であり保護者でもある夏江に悟られないようにと明るい声で答えた。 中学に入学するまで、葵は夏江の家にいた。 7年前、3つ上の姉と喧嘩をして家を出てからずっと、夏江は彼女の成長を見 守ってくれていたのだ。 本来なら、単なる姉妹の喧嘩である家出で、叔母である夏江が引き取らなけれ ばならない理由はない。 しかし、7年前のちょっとした事件は、葵たち姉妹の運命を揺るがすほどの事 態へと発展したのだ。 * * 「ほら、言ったでしょ。間違いは素直に認めなさい」 頭一つほど背の高い姉の香苗に見下ろされるようにそう言われて、葵はめちゃ くちゃ腹が立った。 「そんなふうに言わなくたっていいじゃない!」 初めは些細な言い争いでしかなかった。だが、幼い葵が姉の香苗に勝てないの はいつものことである。 「素直に謝りなさいって言ってるの」 「わたし、悪くないもん」 葵自身、少し意地になっているのはわかっていた。ただ、姉のその言葉に彼女 はどうしても納得できない。 「葵! お父さんとお母さんに言いつけるよ」 「悪くないもん」 「お父さーん! 葵がまた駄々こねてるよ」 葵から視線を逸らし、奥のダイニングの方へ向けて香苗はそう告げる。 両親まで味方につけられたのでは葵の立場はない。 「もう、お姉ちゃんなんか知らない!」 だから、いつもの喧嘩の時のように、葵は頭が冷えるまで家を離れようと思っ ただけのことだった。そう、いつものように。 家から走って5分ほどの近くのマンションにつくと、葵は階段を7階まで駆け 上がる。彼女の身長ではエレベータに乗ってもボタンが押せないのでいつもは誰 かが一緒に乗ってくるのを待っている。だが、今日のような泣き顔は恥ずかしく て知らない人には見せられない。 息を切らせながら7階につくと、階段のすぐ隣にある部屋のドアをノックした。 「はぁーい。どちら様?」 若い女性の返事が聞こえて、葵はその声に安堵する。 「夏江さん開けてぇ」 扉が静かに開かれると、目鼻立ちのはっきりしたちょっとキツそうだけど優し げな雰囲気をも同時に感じさせる御陵夏江が現れる。彼女は葵の父親の6つ下の 妹であった。葵にとっては叔母にあたる。 「またお姉ちゃんと喧嘩したんか?」 しかたがないといった顔でため息をつきながら、夏江は葵を部屋へと招き入れ た。 「だって、ずるいんだよ。お姉ちゃんすぐにお父さん呼ぶんだもん」 「ま、香苗は兄貴に似て堅実に育ってるからね。聞き分けのない葵を相手にする のも疲れたのかも」 「そんなぁ、夏江さぁん」 「ま、不良妹のわたしとしては葵の味方だから安心しな。今日泊まっていくでし ょ?」 「うん」 叔母の夏江は葵の一番の理解者でもあった。夏江の方も懐いてくる葵に悪い気 はしていなかったようだ。 夏江は大学を出たばかりだが、学生時代からライターの仕事をやっていた関係 上、就職することもなくフリーでずっとやっている。1年間のほぼ7割は家にい るといってよい。だから葵も、いつでも気軽に遊びに来られるのだ。最近は、夏 江に代わって家事をこなしたりなんかしている。いつも暇なわけではない彼女に 悪いと思って始めたことらしい。 そんなこんなで、夏江の家にはいつのまにか葵専用のお茶碗や湯飲み、歯ブラ シや布団まで揃っていた。 「いっそのことわたしんちの子になるか?」と冗談で夏江が言うと、葵は嬉しそ うに半分本気で「うん!」と答えることもあった。 その日、夏江は徹夜で仕上げなければならない原稿があるということで、葵だ け先に眠ることになる。疲れていた彼女はすぐにすーすーと寝息をたてていた。 真夜中、なんだかサイレンがうるさいなぁと思いながらも夏江は仕事を終え、 原稿をファクシミリで依頼先へと送ったところで大きなあくびをする。そして葵 も眠る自分の寝室へと戻ろうとした時、ふいに電話のベルがなった。 時間の感覚がマヒしていたためか、彼女は電話より先に時計の方へと目がいっ た。 テーブルの上のデジタル時計は午前3時ちょうどを示している。 「誰よぉー、こんな時間に」 頭をかきむしりながら夏江は受話器を取る。 「………っ……」 電話の向こうからは、わずかにかすれた泣き声だけが聞こえてくる。いたずら 電話にしては何か聞き覚えのある声であった。何か喋ろうとして夏江はっとする。 彼女の勘が間違ってなければ、それは自分の姪、つまり葵の姉『香苗』の久しく 聞いていなかった泣き声であった。
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