●長編 #0017の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
ゴールデンウィークも終わり、暖かさもちょうど良くなって梅雨にもまだ入り きらない平日の放課後のひととき、御陵葵(みささぎ あおい)は、図書室で数 学の予習をしていた。 いや、予習というよりは趣味といった方がいいだろうか。中学1年であるはず の彼女が解こうとしてる問題は三年生で教わるはずの二次方程式である。彼女は 勉強が好きというより、数式というものに妙な魅力を感じてしまっているといっ た方が正しいだろう。 もともと算数は得意だったし、数字を見ているのは好きだった。数字というの は、文字の書体に比べて日常で見られる書体のバリエーションはかなり多い。葵 が興味を持ち始めたのはそういう部分からなのかもしれない。 よく、数学に機械的で冷たいという印象を覚える人がいるが、彼女はその逆で あった。数字にも人間らしさを感じるというのが、彼女の印象だったからだ。 特に数字以外の文字が入る方程式などは、詩的な魅力も感じてしまっていたの だ。 しかし、葵自身それほど天才かというとそうでもなく、問題集にある問いをす べてスラスラと解けるわけではない。それどころか、所々引っかかりながら、地 道に進めるのがオチである。 問題を解くことに苦痛を感じていなかったものの、何問目かでやはり答えに詰 まってしまう。 ノートの右側にある白紙の部分を使って、今葵の中で理解している範囲の解法 を思いつく限り書いていく。問題を解く過程もまた彼女の楽しみの一つであった。 「そこには【y】を代入するといい」 急に声をかけられて葵は驚きながらも声のする方を向く。 「キミ一年生だよね。すごいね、もうこんな問題解いてるなんて」 長身でフレームレスの眼鏡をかけた、ちょっと大人びた男の子がそこにいた。 足下をちらりと見て黄色のラインの上履きが見えた。その色からして、三年生な のだろうと葵は考える。 「ははは……趣味でやってるんです」 「趣味?」 「ご覧の通り、すらすら解ける訳でもありませんから」 葵は苦笑する。 「そうかい? 自力でそこまでできるのは関心するな。それに」 彼はそこまで言って葵から目線を逸らし、ノートの方を指さす。 「それに?」 「綺麗な『x(エックス)』を書くんだね」 そう誉められて、葵はかぁーっと赤くなる。こういう時はどう反応したらいい んだろう。 「……」 結局、何も答えられずに彼女はうつむいてしまう。 「数学は好きなの?」 「き、嫌いじゃないです」 葵のその返事に彼は「ふーん」と考える素振りを見せると、一息おいてこう言 った。 「ねぇ、キミさ。文芸部に入らない?」 そう言われて葵の頭は混乱する。 「は?」 ブンゲイブ? 彼はたしかに文芸部と言ったはず。それとも聞き間違いなのだろうか? 葵は 真剣に悩み込む。ブンゲイ部? ブンゲイ……。 何か数学に関係があることなのだろうか? 次の日、図書室で出会った先輩に誘われたとおり、一応部活動へと顔を出して みることにした。断るにしても、一度会わなければならないからだ。 それに、葵は不思議に思った。 「なぜ文芸部なんですか?」 彼女のその問いに先輩は笑って答えたのだ。 「来てみればわかるよ」 葵の好奇心はその部分へとそそられた。もちろん、彼女自身も文芸にまったく 興味がないわけではない。数式に詩的な魅力を感じるのと同じに、文章に対して も十分魅力を感じていた。 行けばわかるのかな? 葵はそんなちょっとした好奇心に胸を躍らせながら、部活動をやっているとい う視聴覚室へと足を運ばせた。 扉をノックして緊張しながら開ける。 「失礼します」 「賭けは勝ちだな」 入った途端、そんな声が聞こえてくる。声の方向を見ると、昨日のあの先輩が こちらを見て微笑んでいた。 「ちっ! まだまだ甘かったわ」 その横には、同じ三年生らしい女生徒がいて、不機嫌そうに舌打ちをしている。 葵がどうしたらいいのかわからないでいると、昨日の先輩はニコニコしながら 彼女の方へやってきた。 「ようこそ文芸部へ」 「あ、あの……」 「別にクスリ漬けにして売り飛ばそうっていうじゃないから」 「西原!」 不機嫌そうな女生徒の顔がさらに怒りへと傾く。 「ごめんごめん。とにかくそこに座って。今お茶いれてあげるから。紅茶嫌いじ ゃないよね。あそこのお姉さんがとってもおいしいダージリンを入れてくるから さ」 先輩はそう言って、お茶菓子ののった机を指す。そこには何人かの生徒たちが 座っている。坊主頭の男の子は夢中になってワープロを打っていて、その隣りで は清楚なお嬢様風の女の子が鉛筆で下書きしてある原稿をペンでなぞっている。 絵が書いてあるのでマンガの原稿なのだろうか。その向かいには、体格のよいい かにも体育会系といった男の子がノートにさらさらと文章を綴っている。部屋の 片隅では、五人くらいの男女のグループが柔軟体操をやっていた。 「はぁ」 葵はとにかく気分を落ち着ける為に、とりあえず座ることにした。 「ようこそ文芸部へ」 先輩にそう言われて、葵は再び周りいる生徒たちを見回す。 「文芸部なんですか?」 「そう。とりあえずみんな紹介しといた方がいいね。ボクはこの文芸部の主、つ まり部長の西原晃司だ」 改めて彼の顔を見る。性格はどうにも掴みようがないが、何も喋らなければ知 的な魅力が漂う落ち着いた先輩ではあるのだが。 「私は1−Bの御陵葵っていいます。『ブンゲイ』ってあの『文学』の『文芸』 ですよね」 葵の疑問は晴れない。彼女が思い描いていた文芸部とはかなりかけ離れていた からだ。 「そうだよ。最初に説明しておいた方がいいね。ここは誰がなんと言おうと文芸 部だ。ただ、ここのところの人数不足でね。人手が足らないんでいろんな同好会 を吸収しつつ、活動しているわけだ」 つまりここは純粋に文芸をするものだけが集まっているわけではないというこ となのだろう。 「はあ」 とりあえず葵は納得する。 「あそこでワープロ打ってるのが二年の若木くん、その隣りのペン入れしてるの が二年の高島くん、右端が自称詩人の立脇くん。彼はボクと同じ三年。奥の方に いる五人組、左から二年の飯島くん、橋谷くん、岡本くん、新庄くん、1年の乗 鞍くん、ともに演劇方面で、とりあえずみんな脚本も小説も書ける」 そこまで彼が説明した時、ちょうど先ほど不機嫌な顔をしていた女の子が戻っ てくる。でも、その顔には穏やかな笑みが浮かべられていた。 「そして私が柳沼智恵。小説も書くけど、もともとは映像方面。つまり映研かな。 これでも映画監督志望なの。はい、冷めないうちにどうぞ」 葵の前にティーカップが置かれた。紅茶のよい香りが漂う。 「ありがとうございます。で、そんなところに私がなぜ?」 彼女の最大の疑問である『数学の問題をやっていて、なぜ文芸部に誘われたの か?』の答えが未だに理解できない。 「西原ってね、素質を見抜く力があるの。たまにそういう面白い子を拾ってくる わけ。今日は来てないけど、他にもいるんだよ」 柳沼は、先ほどの不機嫌な顔は、もうどこかへやってしまったかのように穏や かな笑顔を葵へと向けていた。 「素質ですか?」 「そう。素質だよ」 少々芝居がかった西原の言葉に、葵は目をまんまるくして言葉を失う。この人 はどこまで本気なのだか、彼女には把握できないのだ。 そんな葵に気づき、柳沼が横から口を挟む。 「ただね。こいつはこういう性格だから、スカウトしても成功する確率が低いん だ。図書室でちょうどあなたを見かけて、私はあなたの雰囲気から彼の言葉には 絶対のらないんじゃないかって思ってた」 「それはやっぱり人を見る目がないんだよ柳沼クン」 「はいはい。まだまだ甘かったです」と、西原の方を見て目を細める柳沼はすぐ に葵の方を向き、言葉を続ける。 「あなたは彼の言葉にのってここへ来た。別に無視してたってよかったんだし、 それをせずに直接来たって時点で十分素質があるんだよ」 「ちょ、ちょっと待ってください。わたし小説なんて書けません。書いたことな んかありませんから。それに、わたし、たぶんどっちかというと理系の人間です よ」 「書いたことがないというのなら、すべての人間が同じ条件さ。どんな文豪であ ろうと、初めてはあるのだからね」 葵はとっさに反論できずに黙り込む。 「西原って強引だからね」 柳沼はふふっと笑う。 「わたし物語読むのは嫌いじゃないです。けど、自分で書いてみようなんて思っ たことありませんでした」 葵はとりあえず自分の気持ちを正直に言った。 「君はルイス・キャロルを知っているかい?」 その名前に彼女は覚えがあった。 「不思議の国のアリスの作者ですよね」 葵はそのお話が大好きだった。幼い頃母親に読んでもらった記憶がある。 「彼が数学者だったって話は有名じゃないか。他にも科学者だった人が小説を書 いていたという事実はいくらでもあるさ。ようは文系か理系かなんて問題じゃな いんだ。どれだけ未知のものに惹かれるかってのが重要なのさ。創作ってのは未 知の世界だからね」 「でも……」 「ま、彼の理屈は強引だけど、あなた部活は決めてないんでしょ? とりあえず 入ってみてほんとに自分には向いてないと思ったらやめればいいから。うちの部 は変な宗教団体じゃないから、やめるのは簡単だよ」 西原とは逆に柳沼の柔らかい口調に、少しだけ葵はほっとする。 「考えさせていただけますか?」 上目遣いに葵は西原にそう告げる。 「ああ、ゆっくり考えるといいよ。とりあえず部活の見学は自由だし、小説が書 きたくなったら書き方を教えてあげるから」 「はい。あの、よろしくお願いいたします」 思わず葵はそう答えてしまう。入部したわけでもないのに「お願いします」と 言うのも変だが、部の人たちは悪い人には見えなかったのだ。
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