●長編 #0003の修正
★タイトルと名前
親文書
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「ああ、レイラさん。あんたが、その、アッキさんと賭け試合をやったわけ?」 「ええ、その通りです。あなたもその賭け試合をしに来てくださったのでしょう?」 うん、まあ、と少し煮え切らない答えをしたが、レイラは極上の笑みで答える。 「賭けるものは、あなたにとって最も大切なものと決まっています。何を賭けてくだ さるのでしょう?」 「大切なもの、ねえ」 ジークはむう、と考える。 「ないね、特に」 「困りますね」 「ま、強いていえば、おれ自身が無くなったらちょっとまずいわな」 「では、賭けるのはあなたご自身ということで」 うむ、とジークは頷くと、とりあえず杯をあおった。 「それはそれとして、もし、おれが勝ったらなにくれるの?」 「何がお望みでしょうか」 レイラの問いに、ジークは答える。 「あんたさ、レイラさん。あんたがアッキさんの奥さんの魂をとりこんでるの?」 「ええ、その通りです。賭けに負けた人が賭けたものはここにあります」 レイラは、とん、と床を蹴る。ふうっ、と床が透明になり、その遥か向こうに、ご うっ、と暗い穴が開く。その天空の彼方のように暗い穴は、闇が渦巻いていた。その 濁流のように蠢く闇の中には、様々なものが垣間見える。 それは、人の姿のようでもあり、獣の姿のようでもあり、何か不定形の得体の知れ ぬもののようでもあった。ジークは薄ら寒いものを感じ、レイラを見る。 「あそこに、アッキさんの奥さんの魂があると」 「ええ」 レイラは涼やかに答える。 「この世界は、あの闇の中に人々の持つ情念を蓄え、その力を引き出すことによって 成立しています。もう、何百年も前からこの世界はそうやって、ひとびとの情念を食 らってきました。あそこから、ひとつの魂を開放することは可能ですわ、もし」 すう、と床が元に戻る。黒い瞳がまっすぐにジークを見つめていた。 「あなたが賭けに勝てば」 耳元でムーンシャインが囁きかける。 「やめとけば。負けたら闇に落ちるのよ」 ふむう、とジークはうなる。 「で、あんたが戦うのね、おれと」 「ええ、そうですわ」 すっ、とレイラは立ちあがる。重さを持たぬような軽やかな動作。ジークはその姿 を追って、部屋を出てゆく。 そこは天井の高い、真っ白な部屋だった。異様にその場所は広い。外から建物を見 たときには、そんな広い部屋があるとは思えなかった。 その部屋のほぼ中央に、黒い棺が置かれている。レイラはその棺に手を置いた。 「よくないものだわ、あれ」 ジークの耳元で、ムーンシャインが囁く。レイラは笑みをジークに向けたまま、が たん、と棺の蓋をずらした。 「では、私の武器をあなたにお見せします」 ジークは、無意識のうちに構えをとった。闇色の左手を前に出し、下にたらした独 特の構え。 さあっ、と夜の闇がジークの前に広がった。反射的にジークは後方に向かって跳躍 する。空中で回転するジークの首筋を、一瞬冷たい冬の光が掠めてゆく。 とん、と着地したジークは漆黒のマントに身を覆った水晶の人形を見た。しかし、 それはほんの一瞬のことである。その夜の闇を纏った人形は、漆黒の風と化してジー クに襲いかかる。 再び、冬の光を宿した刃がジークの首筋へと疾った。ジークはサイドステップで身 をかわしながら、その刃を黒砂蟲に覆われた左手で受ける。 がしっ、と左手に刃が食い込んだ。 その透明な刃は、もし鉄で受けていたならそれを切断していただろう。ただ、ジー クの左手を覆っているのは、生きた流体金属である。液体のように刃に絡みつき、そ の粘性を高め刃を止めたのだ。 透明な刃にはワイアーがついていた。そのワイアーは、水晶の人形の左手へつなが っている。透明な刃は、それも水晶できているようだ。 ジークは、ぐいっ、とそのワイアーを引くと、水晶の人形へ向かう。その無数の細 かな色彩の断片が氾濫している水晶の人形の顔は、驚くほど端正で美しかった。神の 愛した可憐な少女を思わせるその人形の顔めがけて、ジークは右の拳を放つ。 再び闇がジークの前に出現する。ざっ、とその闇は後ろへ退き、ジークの拳は宙を 切った。 水晶の人形は、とん、と距離をとってジークに対峙する。そのカレイドスコープの ように光が渦巻く顔は、夢見る少女のように可憐であった。ジークは自分の足元に、 人形の左手が落ちているのに苦笑する。 左手を捨て、逃げたようだ。 「どうかしら、私の人形は?」 レイラは、妖艶な笑みを浮かべジークを見つめている。 「手強いねえ、でも」 ジークは笑みを返す。 「勝てないこたあ、ないね」 「どうかしら」 レイラの言葉が終わると同時に、人形が纏う闇色のマントから水晶の右手がつきだ された。その手にあるのは、先ほどと同じ水晶の刃。しかし、その色は太陽が沈みゆ く空の闇のように、紅を内に秘めた黒であった。 (やばいな) ジークはそれが何か知っていた。闇水晶。通常の水晶より高い硬度を持つがゆえに、 闇水晶の刃は通常の水晶の刃より薄く速いと聞く。 死を秘めた黒い光が、ジークめがけて疾る。ジークはかろうじて、左手でその刃を はじいた。その闇色の刃はすぐに身を翻し、ジークに襲いかかる。 ジークは刃をはじいてかわすのが精一杯だ。とてもさっきのように、受ける余裕は ない。 「一体どうやって」 操っているんだ、とジークは呟く。レイラは特に体を動かしている様子も無い。魔 のすることだから、なんらかの魔道が関係しているのかもしれないが、それにしても。 「歌だよ」 ジークの耳元でムーンシャインが呟いた。 「歌だって!」 ジークは闇色の刃をかわしながら、ムーンシャインに叫ぶ。 「歌なんて聞こえないぞ!」 「魔の歌う歌だもの。人間の歌より遥かに速いスピードで歌われているのよ」 ジークはなるほど、と思う。しかし、 「判ってるんだったら、なんとかしてよ」 「なんとかって?」 「いやだから、人形の操作を中断させるとか」 「できるわけないって」 鋭い角度で闇色の刃がジークに襲い掛かる。闇水晶の刃を、ジークはかわしきれな かった。ざっ、と血が飛び散る。 そう深い傷ではなかったが、胸元を切り裂かれた。滴る血と一緒に、ぽとりと鎖が 落ちる。その瞬間、人形の動きが一瞬止まった。 ジークは、鎖を拾う。それは、カイルが別れ際に渡したネックレスだ。そのネック レスには水晶の管のようなものがついている。 「それだわ!」 ムーンシャインの叫びと同時に、人形の攻撃が再開される。ジークは再び、闇色の 左手で刃を払いのけねばならない。 「それって、何よ」 「だから、それを貸しなさいって」 ジークはムーンシャインにネックレスを渡した。ムーンシャインはその水晶の管を 手に取る。 「そう、これよ。これは笛だわ。この笛なら魔と同じ速度で音を奏でることができる」 「どうでもいいけど、できることがあるなら早くしてくれぇ。もう、もたないよ」 人の耳には聞こえぬ歌を歌う魔。その顔は妖艶で美しい。そして、その魔の操る水 晶の人形は、夜の闇を纏った冬の日差し。兆速で舞いながら、死の刃を繰り出す。 魔の瞳が曇る。それは、恐怖かもしれない。 刃は再びジークの肉体を切り裂いた。肩甲骨のあたりを切りつけられたジークの体 から、錆びた鉄の色をした血が迸る。 ムーンシャインは、ジークの肩に座ったまま、水晶の笛を口元にあてた。聞こえぬ 音が放たれる。 「ああ」 魔の口から声が洩れる。それは、苦鳴だろうか。 水晶の人形の動きが止まった。ジークは風のように走る。ジークの視界の片隅に、 レイラの顔が映った。その表情は、まるで哀しみに満ちているように見えた。 愛するものを、失うときの顔。 ジークは一瞬、奇妙な戸惑いを感じる。しかし、右の拳は確実に水晶の人形の頭部 に向かっていた。 ジークは自分の勝利を知る。可憐な顔を持つその人形は、粉砕されるだろう。 そのとき。 突然襲い掛かった闇が、ジークの意識を消した。 「ジークさん、ジークさん」 「ふえっ?」 間抜けな声をあげてジークは目覚める。そこは、アッキの家の客用寝室だった。ジ ークは自分がベッドの中にいるのを知る。 「なんだ、もうちょっとだったのに」 「え?」 ジークの言葉にアッキは、少し慌てる。 「いや、随分ひどい悲鳴をあげておられたので」 「悲鳴を?おれが?」 「ええ」 ジークは反射的に自分の体を確かめる。傷は残っていない。しかし、体の奥底に痛 みはある。 夢は夢だったようだ。しかし、 「魔を倒し損ねた」 「いや、もういいのです」 ジークは怪訝な顔で、アッキを見る。 「ああ、金貨はお支払しますよ。でも、もういいのです」 「いいって?」 「先程、あなたが魔の世界にいった後、私も少しまどろみました。そして夢をみまし た。その夢で、妻に会ったのです」 「へぇ?」 「妻はもういいと。もう終わったのだと。そう私にいいました。そう、終わっていた のでしょうね。きっと。随分昔に」 ジークはベッドから出て立ち上がる。 「まあ、いいけどね。魔は倒せていないけど」 「魔などいないのですよ。多分。その短刀はただの短刀です」 「でも、ちょっともったいなかったなあ」 え、とアッキがジークの顔をみる。 「いや、せっかくだからさ、もっと飲んどきゃよかったなあ」 ジークはうん、と伸びをしてあくびをする。 「うまかったんだよ、魔の飲ませてくれた酒」
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