AWC けせん(2)   道路掃除人



#3059/5495 長編
★タイトル (QWG     )  95/ 5/ 2  17:16  (154)
けせん(2)   道路掃除人
★内容
 次の祥月命日に少女は三本のりんどうを手に一人でやってくる。
 秀二の家の前で彼とすれ違うとき彼女は「こんにちは!」とほがらかに会釈して
過ぎる。こんにちは、と、つい返事した秀二は、すぐにおや?と不審に思う。観光
シーズンでもないのに見知らぬ若い女が通るのは珍しい……それも、見たところ中
学か高校生ぐらいじゃないか、あの娘。
 少女は一月前と同じ場所に立って川にりんどうを一本ずつ投げそのたびにていね
いに掌を合わせる。(%〜こなェだの娘っこだ。やっぱり見だよぅな面だか゚……え
え!思い浮がばねじゃ!)じれったくってもがく。そのとき鳥の羽音が聞こえ(%
〜あぶねァ!)とっさに水にもぐる。あ!と娘が小さく叫ぶ。川面に投げたりんど
うを、鴎が舞い降りてきてくわえ去ったのだ。(%〜あぶねァどごだった……)よ
うすをうかがっていた鼈がようやく水面から首を出す。鴎は空をひと巡りして海の
方へ飛んでいくところだ。(%〜てっきり吾ァ狙ったもんだど思ったば……。ありゃ?
なんだべァ、花なぞくわえで)。「圭ちゃん……?」鴎を見送りながら娘がつぶや
く。(%〜んだ! あの娘っこァ、座敷のわらスに似でんだ!)
 少女はもと来た道を戻りはじめるが、どうもようすがおかしい。額に汗をにじま
せ苦しげに顔を歪めて這うように歩くが、とうとう腹を押さえて道端にしゃがみこ
んでしまう。少女の素性が気になって後をつけていた鼈にはその姿が土堤に隠れて
見えなくなる。垣根の手入れをしていた秀二が駆け寄っていく。しばらくして秀二
が少女を抱きかかえるようにして家に入っていくのが見える(%〜娘っこァ秀二の
マギ(一族)だぇんが……?)
 少女が横になってから三十分ほどして秀二の妻のアサノがようすを見にくる。
「どうだえン」
「すみません……」
少女が小声で謝る。
「なァもなァも。気にさねたていい」
秀二も入って来る。
「なじょだ、なんぼが具合ァ良ェが?」
「あ、はい、薬のみましたから」
「薬いっつも持って歩いでるのっか?」
アサノが訊く。
「クセなんです、お腹痛くなるの。……病気をクセっていうのもおかしいけど。自
律神経失調症というんだそうです」
「じっちゃ、知ってっか?」
「づぃりづぃすぃんけぇ、すぃっつぃおすんだべァ」
「まぁだあ、覚ェだっぷりこぃで、は、知さねんだべ?」
秀二はそっぽを向いて頭を掻く。
「たいしたことないんです」かすかにほほえんで少女が言う。
アサノは、
「がまんなどァさねんだよ。病気の辛ぇのァ本人スかわがらねンだがら」いたわる
ようにそう言う。
「はい……」
 顔色はだいぶよくなっている。秀二が声をかけたときにはまるで血の気がなかっ
たが、どうやら痛みをこらえていたためらしい。その顔色をみて秀二が言う。
「親御さ電話さねでもいぃったっけァども、家ァどごだ」
「大船渡です」
「大船渡……んだば、具合ァ良ぐなったら送ってってやるがらよ」
「あ、いえ、いいです。だいじょうぶですから」
「遠慮スィねの。黙って帰スたらかえってこっつィか゚気にかがるがら、なェ」孫を
やさしくさとすようなアサノの口調である。
「ンだンだ。暗ぐなるど親御ァ心配ァすっぺがら、もォは行ぐが?」秀二が言う。
「はい。すみません」
「腹病みァもォは良ェのが?」
「はい」
「んでァ、車回スてくっから、表出で待ってろ」
 秀二が玄関前に車を回してくる。(%〜どごさが行ぐよァだな……よスィ)庭に
ひそんでいた鼈が軽トラックの荷台にもぐり込む。
「どうもありがとうございました」
少女が表まで送りに出たアサノに深々と頭を下げる。
「なンも、なンも……」アサノは突然、ぱちん、と手を打って、「あンや!何とスた、
名前もきいでねがったじゃ」
「やだ、わたしったら……ごめんなさい、わたし金野花菜といいます」
「スたら、元気でな、はなちゃん。まだこっつィさ来たら寄らぇんや」
「ありがとうございます。ほんとにお世話になりました」
 軽トラックが川で死んだ子によってつながれた三者を乗せて谷間のすでに翳って
いる道を走りだす。
 山並の川にすそをひく斜面のもみじは墨絵の趣を兆しはじめているものの稜線を
見上げればそこは光と色のたわむれがいっそう目にまぶしい。
「紅葉がきれいですね」花菜が話しかけるともなくつぶやくともなくそう言う。荷
台の鼈が山稜をちらりと見やってかおをしかめる(%〜吾ァもみぢ好がねな、あん
まりべがべがづくて)
「ほンになあ……出稼き゚やめで何十年ぶりで紅葉の山ァ見だどぎァ、ほンにほンに、
目に染むよァだった。そんどぎァ『美すィものァ皆、生まれ育った気仙さある』ど
思たったな」(%〜べがべがづもんだら鮎がいぢばんだな)
 道は川をはなれ坂を登りはじめる。登りきったところで鼈は空気にかすかな潮の
においを嗅ぎつける(%〜もう高田の町が。速ェな……馬車こさ比べば揺れねァスィ。
金気臭ぇのァ厭んたども)鉄のにおいはヤスや鎌のにおい、すなわち彼の一族の身
にしみついている人間との敵対の記憶なのだ。
 少女の姓と住所それに今日があの子どもの祥月命日ということで秀二に思いあた
ることがあった。
「先だっておら家の前の川で亡ぐなったわらスも金野だったっけか゚、もスか、おめァ
姉こ゚が?」
花菜ははっとして秀二に顔を向ける、
「いえ、違います……おなじ金野ですけど」
運転している秀二はその表情が見えない、
「ンだが。金野ったら気仙にァ珍スィぐもね名字だぉンな」
だったらなんで平日に住田くんだりまで……そう踏み込んで訊くべきだろうかと決
めあぐねていると花菜が口を開く、
「あの子は、あの……おじさんと一緒だったんです」
「俺ど一緒どはや?」
「今日みたいにお腹が痛くて苦しんでるとこへ『どうしたの? おねえちゃん』て、
全然知らないわたしに声かけてくれて、お母さんを呼んできてくれたんです。それ
で圭ちゃんの家で休ませてくれて」
「いいわらスだっだんだなあ……」その命がたすからなかったことが心のしこりに
なって残っている秀二は金野圭というその子を川から上げたのが自分だと告げるの
をためらう。「ほで、今日拝みさ来たのが?」
「はい。ほんとにいい子だったんです。道で会う人には誰にでも『こんにちは!』
って元気に挨拶してました」
「そたないい子がなぁ……あの川で、なぁ……。花菜ちゃん、気仙川はな、俺にい
ろんなごど教ェでけだんだよ。うまぐ言ぇねけどな、俺、こォやってこの年まで生
ぎで来れだのは、あの川のお陰もあるど思ってる。おおいにあるど思ってる。昔、
俺ァ弟みだぐ思ってだやづがやっぱりあの川さ流さェで亡ぐなったのしゃ。その兄
貴ァ俺の親友だったども、漁師でな、海で時化に遭って、これも亡ぐなったんだ。
ンだども、俺ァやっぱりその川も海も好ぎだ。……いや、むスろ、そゆごどがあった
がらこそ、あの川も海もほんっに好ぎなんだど思う。ンだって、やづらど川や海ど、
一緒になって俺ほァ生ぎる力になってけでるんだもな」
花菜はうつむいで黙っている。
「わがらねえンが……わがらねがも知ェねなぁ」
 車は三陸の港港を結んで南北にのびる国道に乗り入れる。(%〜なじょスたて、
空ど海どべがべが光るがら真昼の陽ィ当だってるよァだもな。……べがべがづのだ
ば鮭ァ一番だ)磯の香で鼻腔がひりひりする(%〜……ああ、この前昆布食ったのァ
いづだっけ)
 この道が広田半島のつけ根を横ぎるとそこから大船渡市大船渡町だ。
 峠越えの曲がりくねった道を抜けて湾が見え、まもなく軽トラックは海と逆のほ
うへ国道を逸れていく。神社のわきを過ぎ細い坂道を少し登って花菜の家に着く。
(%〜やっとご着ィだがヤレヤレ…あ?この家だら見覚えあっつォ、こっつィ脇の古ェ
普請)藁葺屋根の古い家に木造・一部煉瓦造りの棟を建て増しした、かなり大きな
家だ。
 家の敷地の境あたりにとめた軽トラックの中で、すぐ引き返すという秀二と家に
上がってもらいお茶の一杯でもさしあげて家の者に礼をさせようという花菜のあい
だでしばし押し問答があり、花菜が秀二の腕を引っぱるようにして二人は新しい棟
の玄関へ入っていく。
 荷台から降り(%〜まんつ水さ入ってひと息つぐべ)池のにおいをたどってのそ
のそ庭へ入っていくと、軒下から這い出てくる壁虎の姿が目にはいる(%〜おお!
汝、座敷のわらスでねが、久方ぶりだなむスィ。吾だ、淵のわらスだ)。壁虎はは
しっこく身をくねらせて梁をわたり柱を逆さまに下りてきて中ほどでとまると両方
の大目玉をきろりと寄せて鼈を見る(#〜わがってだでば。汝のにおぃでば一里先
からでもわがるもな。ンだがらこォやって挨拶に出はってきたんだ。……まんづ、は、
久スィのォ)(%〜ほんに久スィなェ。……こご、汝か゚家だったのが。どぉりでな)
(#〜? なに「どぉりで」だてや)(%〜汝の家のおなこ゚わらス)(#〜女童っ
たら花菜が?)(%〜あぁ、花菜ったけァな。どうンも誰さが似でるど思たけァ、
汝さ似でるもな)(#〜なンに語ってら。吾でねぇべァ、カヤだべァ。カヤさ似でる
ちゃ花菜は)(%〜カヤったら、あの跳ねっこンまのカヤが?)(#〜ンだ。もォは、
すっかり年寄ったどもな。花菜のひこばばでァんでな)(%〜あぃや、ンだたのが。
……ンでも、スたら、やっぱり汝さも似でらべ。カヤの童時分(こんめどぎ)は汝ど
そっくりだったもな)
 金野家の旧家屋の板縁の戸を開けて人影が現れる。小柄な老女が、
「あンやぁ−−これァまだ、おンめずらすィごどォ。ほンに、お久スイぶりでァんスた」
鼈のほうを向いて、少ししわがれた声でそう言って、深々とおじぎをする。
「ばァちゃン、まだ誰が来たのが?」
秀二と同じ年ごろの男が老女の後ろにきて言う。耳の遠い彼女にそれは聞こえない。
男は彼女の肩越しに手をのべ戸を少し広げて外を見やり、
「あの車で来た人だば、もォは上がってもらったじゃ。……さ、寒ィがら戸ァ閉め
んべァ」
そう言って、ガラス戸を閉め、老女の手を引いて去る。(%〜よぉ、あれァ……)
(#〜んだ。カヤど長男(かどぐ)の樺太郎(かんたろう)だ)(%〜あや〜、、、
息子があンただばカヤもシワシワばばになるわげだじゃな)(#〜汝の言うごどァ
よぐわがんね。それよりそったどごでうろうろってっど人さ見られっつォ)(%〜
ンだな。スたどもカヤさは、めっかったんでねが)(#〜はでなぁ……ァえづァ、
すっかりボゲでスまったづがら)(%〜「ボゲ」たら何だ。茄子が?)(#〜わが
らねなあ、汝の言うごどァ。まづさ、ヒトも年寄れば色ァ失うて来んだ。過ぎだも
みぢどが病葉みでァに)(%〜それがボゲが。生ぎ物どスての相転移だな)(#〜
ソウテンイったら何のごった? あ!ほれァ、家のもん出できた! 早ぐ隠れろ。
帰るんでば車さ)(%〜車は厭んた。からだ乾ぐし金気臭ァし。具合ェ悪ぐなって
しまたじゃ。しばらぐそごの池さ棲むごどにす)



#3060/5495 長編    *** コメント #3059 ***
★タイトル (QWG     )  95/ 5/ 2  17:21  (197)
けせん(3)   道路掃除人
★内容
 彼らは山にはいって太く強い木を伐り出してきて陽にあててけずってみがいて柱
と梁と床板と根太にした。種籾をまき苗を育て田に植え丹精して稲に仕上げその藁
をあまた集めて屋根を葺き土とまぜて壁を塗った。
 金野家の旧家屋はそうしてつくられた。
 部屋は全部で六つ。居間を中心にして西に台所、北に主人(樺太郎・加寿子夫婦)
の部屋と物置(本来は産屋だったが、いまでは捨てるに忍びないものの置き場所で
ある)、東に控え部屋と隠居(カヤと亡夫)の部屋。南から北に折れて縁側がある。
東北角の部屋はふだん使われることはなく神楽や法事・祝事のおりにのみ南の二つ
の部屋とつなげてつかわれる。そこが昔から『わらし様の間』と呼ばれてきた座敷
童の住処だ。
 新家屋は孫たちが息子夫婦とはなれて寝起きする必要がでて増築された。外観は
代々引き継いだ住まいと和むようくすんだ色に仕上げているが、なかは外洋にあこ
がれる湊気質を映してラワン材を多く用いマレーの絨毯などしいて明るくしつらえ
られている。長女恵美は北海道の大学へ行っており、父泰元は仕事のつごうで盛岡
で暮らし週末に帰ってくるので、ふだんここで寝起きしているのは母美津子と次女
花菜の二人だけだ。
 秀二に送られてきたあくる日、花菜は夏休みのあと初めて学校へいく気になる。
制服に着替えて髪をとかしはじめ、しかし、それきり鏡の前から立てなくなってし
まう。やだ、、、また、二つもにきびふえてる。にきびにクレアラシルを塗る。夏
休みから理髪店に行っていないので長くなった髪のかたちがいまいち決まらない。
ヘアブラシでせわしく髪をとかしながらちらりちらりと時計を見やる−−ああもう
行かなくちゃ。お腹がしくしく痛くなってくる。でも、今日こそ学校に行くんだ。
でも、花菜は立ちあがることができない。ああ……おなかがいたい。
 昼まで浅い眠りを眠って目がさめるといまから学校へいってもしようがないとい
う気になる。すると腹痛も消える。原因をなくすことができないならあきらめ気分
になることはたしかに自律神経失調症の対症療法になるようだ。この病気をクセっ
て言うとしたらその療法もやはりクセになる。花菜は気づいていないが。
 台所へ牛乳を飲みにいくと母がいて、昼ごはんの後かたづけをしている。
「あら」その朝制服に着替えた姿を見ていても「学校へいったんじゃなかったの?」
などとは言わない。花菜のほうからも「おなかいたくなってきて、いくのやめたの」
なんて言わない。
「おなかすいたんじゃない?」美津子はふつうにふるまう。
「すいてない。お昼いらない」
「お弁当は?」
「あ。忘れてた、持ってくる」(ごめんね、せっかくつくってくれたのに)という
思いは屈折して口に出てこない。母はそんなことはまったく気にしていない、ただ、
午前中の(今日一日学校でうまくいけばいい。そして学校へ続けていく気になって
くれればいい)という思いがしゃぼん玉のように消えたわびしさがあるだけ。そう
いうことにも美津子はだんだんなれてきている。花菜はなれることができない。心
が、なれてはいけないと抵抗するのだ。
 弁当を持って戻ってくるとカヤがいた。いつもの皺ひとつ動かない顔で花菜に言
う、
「恵美。帰ェってきたが」
また姉とまちがえてる。
「お姉ちゃんは北海道!」どんと弁当をテーブルにおいて冷蔵庫をあける。
「恵美ァ帰ェらねのが?」
「もうすぐ、ふゆやすみにはかえるわよ、おばあちゃん」夫の祖母に聞きとれるよ
う声を大きくしてゆっくりと言う。もっとも聞いているかどうか確信はない。話し
かけてもまったく反応しないこともあれば家族のおしゃべりにきちんとつじつまの
合うことを話してくることもある。だから聞こえてはいるのだと家族は思っている。
「あれ、牛乳ない」冷蔵庫の中にむかって不平を言う。
「きのう買い物にいって忘れてたの。お金やるから買ってきてくれない?」
「……いい。お水ちょうだい」
 カヤがテーブルをまわりこんできて包んだままの弁当に手をのばしかける。花菜
は気づかない。コップに水をくんでふり向いた美津子が気づく「あ、おばあちゃん」
 カヤが包みをつかむ前に、とっさにふり返った花菜がさらってしまう。
「おばあちゃんお昼食べなかったの?」
「食べたわよ。……忘れちゃったのかな……でもそんなこといままでなかったし」
美津子は花菜にコップを手渡してからカヤのそばに行って、
「おばあちゃん、おなかすいたの?」ゆっくり大きな声できいてみる。
「あ?」カヤは美津子から花菜の手の弁当へとまなざしを向ける。「昼さ浜さ行ぐ
んでねのが?」
「おひるはさっきたべましたよ。おぼえてないの?」
カヤが思いがけずすばやい動作でぱんと手をうち、「浜で昼食べんべァ」と言って
美津子を見る。常になく目に生気が差し口元がほどけている。
 花菜はあっけにとられてグラスと弁当を持ったまま、母にささやく、
「やっぱり忘れてるんじゃないの?」
美津子はむしろ−−直観的に−−おばあちゃんが痴呆症からある程度回復したので
はないかと思った。
「はまはもう、かぜがつめたいからね、はるになって、あったかくなったらいこうね」
「そだが。ウんだら、みんなスて行ぐべァ、花菜も、な」しっかりと花菜を見て言う。
「うん、あったかくなったらね」返事は知らずと母と同じ口調になっている。
 カヤは二、三度うなづくと、ややおぼつかない足どりで居間へ戻っていく、「恵
美も帰ェってくればいいなァ……」とつぶやきながら。
 『ブーメラン池』とは泰元の弟晴久が子供のときつけたあだ名である。
 神社の鎮守の森と連なる裏山に湧きでる水が東の露地を流れている、それを溜め
て池がつくられた。水は鈎形の西端から流れでて斜面をくだり神社の庭にある池に
そそぐ。土地の民俗学研究家は神話的な構図で見れば本来こちらに神社が築かれた
はずであり後になにかの事情で下に遷されたのではないかという。だからどちらの
池がより古いかはわからない。(%〜こごだげは変わらねよァだ)底に沈んだ落葉
の寝床から首だけだしてあたりを見まわす。池の魚はとるなよ、と座敷わらしは言
うが鼈がとるのは弱った魚だけである。下の池はもっと大きくて鯉や鮒や雑魚がう
ようよいるし小川には沢蟹もいる、食べ物にはこまらない。
 水面に人影がうつり鼈は首をすくめる。
「淵の。面出せ」と声が落ちてくる。
(%〜あの声?)甲羅から目だけだしてうかがう。
「淵の。カヤ見ェだら心配ァねァがら、面出せ」池をのぞきこんで言っているのは
そのカヤだ。鼈は水面に顔を出す(%〜汝、カヤさ憑ィだのが?)
「んだ。やもりだど鳥だの猫だのに狙われっから、寝でるカヤさのりうづってきた」
(%〜だいじょぶだが?そったごどスて)
「年寄りに憑ぐのァゆるぐねんだがいまのカヤだらわらスよりたやすぃ。いっつも
半分眠ってるよァなもんだがらな」にやりと笑ったつもりである。が、顔じゅうの
皺という皺が吊りあがり、頬の皺が一本の深い切れ込みになって唇のはしとつなが
って口が耳まで裂けたかのように見え、目は皺に埋もれて見分けがつかない、もの
凄い顔になる。鼈はかぱっと口をあけたきり固まってしまう(%〜……汝、笑ァね
ほァ良エンぞ。慣れねがら面ァまっておがすィォん。人間はおっかねか゚るべァ)
 夜更けに、樺太郎は厠に行きたくなって目が覚めた。しかし寒いので布団から出
たくない、尿意をこらえてまた眠りに落ちるのを待っている。と、電子音が隣の居
間から聞こえてくる。目をあけると襖の隙間をとおして光が漏れている。花菜がフ
ァミコンをしている……しようのないやつだ……腹が痛いといって昼まで寝ていな
がら夜中にファミコンなど……市教育振興会長としての俺の世間体や面子などはど
うでもいいが……困ったもんだ。樺太郎は起き上がって襖をあける、「花菜、いま
何時だど……」
孫娘ではなかった。
「ば、ばァちゃン!」
母だが母ではなかった。ゲームのおもしろさについ笑い顔になっていた座敷わらし
がそのまま声のほうをふり向く。樺太郎は気を失い背中から倒れる。加寿子が物音
に目を覚まし部屋の明かりをつける。
「とォさん!」夫が白目むいて小便たれ流しているのを見て「とォさん、あだって
スィまた! 救急車呼ばねァ!」
てっきり脳卒中だと思いあわてて電話に走ろうとするところを姑がおしとどめる、
「待でァ、かァさん。あだったのでァね!」
「ばァちゃン!?」
「どでンスて気ィ失ったのだ。水、持ってこ!」
「え?」加寿子は気が動転してどうしたらいいのかわからない、姑の異変にも気づ
かない。
「そごの水でいい、とって寄ごせ!」
言われて枕元の水差しを渡す。カヤはその水を樺太郎の顔にそそぎかける。二、三
度まばたきして黒目が戻ってきた。まだ焦点の合わない目でカヤを見上げて、
「ば、化げ物!」樺太郎は叫ぶ。
カヤはぺしっと平手で樺太郎の頭をはたき、「親さ向がって『化げ物』どァ、なに
こ゚どだ!」
 座敷わらしはこみあげる笑いを必死でこらえている(#〜こごで笑ったりスたら、
こんどァ加寿子まで小便もらスて気絶だ)そう思うとなおさらおかしい、二人に背
を向けて、「着替ェで早ぐ寝れ」やっとのことでそう言うと部屋を出てぴしゃりと
襖をしめてしまう。
「とォさあん……」加寿子が涙声で夫の首にかじりつく。
「あ、あれ? かァさん、、、ばァちゃん?」
「えがった、えがった、てっきりあだったがと思たった」
「ちょ、ちょと待で、あ、あれ、ばァちゃン……」妻にのしかかられたまま起きあ
がろうとすっぽんのように首だけ伸ばす。
加寿子ははたと気づいてからだを起こし、「あれ!? ばァちゃン、ボゲ治ったん
でねが?」出ていったカヤを追うように振り向く。
「なに? あ、ンだ、そォ言ェば!」
「とォさン、あど追って確かめでこ」
「おう!」と立ち上がる。
「あ、パジャマ! 着替ェでがら……」
「お。んだな」
加寿子はパジャマを出してきて夫にわたすと、畳に広がった小便を汚れたパジャマ
で拭く。拭きながら、「あら……せェば、ばァちゃン何してらたんだべァ」
あのとき姑が言ったことをほとんど憶えていない。夫がどうして『気ィ失ったのだ』
と言ったのだっけ、「ねァ、とォさん、何……」
ふり仰ぐと夫は紙のように白い顔でふるえている。
「ば、ば、ばば、ばばばば……」
樺太郎はいきなり戦争ごっこをはじめた、のではない、さっきの恐怖がよみがえり
しゃべろうしても言葉にならないのだ。加寿子の胸は不安にしめつけられる、ほん
とに卒中ではないのかしら、立ち上がって夫の肩をつかむ。
「何スたの!?とォさん!」
「ば、ばァちゃンば、、、」ファミコンをしていた、そして、、、、、とても説明
できない。『ばがくせごどァ!』と言われてしまうに違いない。
「水、水けろ」
 樺太郎の顔にかけた水差しの水がいくらか残っていた。それを飲むと少し気持ち
が落ち着き、「まづ、ばァちゃンの様子コ見さ行ぐべ」
「ンだね……」
「おめもこ」
「俺も? ンでも、畳、雑巾で拭がねば……」
「あどでいいがら、こ!」と、引き手にかけた手がためらって止まる。息を吸いこ
んで、
「えェが、あげるぞ」振り返って妻に声をかける。
「ウん(?)」
 樺太郎は思いきって襖を大きく引きあけ居間をくまなく見まわすと足早にひかえ
の間へ向かう。後に続く加寿子がテレビ画面に気づいて、
「あれ、ファミコンつけっぱなスィにスて」
また大きく襖を開いて樺太郎が事務的に言う、
「ばァちゃンやってだんだ」
「ばがくせごどァ……花菜、消すのァ忘れだんだべァ」
 たぶん花菜ではない。母でもないかもしれない。それを確かめるために……。樺
太郎は控の間の明かりをつける。時同じく、居間の古い柱時計が2つ鳴る。怖じ気
が樺太郎のからだを固めてしまう。
「あ、明日にスィねが? 寝でるがも知ェねスィ……」声がふるえている。
「なぁに、おっかねか゚ってらの。様子こばりでも見だほァいい。いづれ、ふつう
でァねがったもの。ボゲ治ったんだら越スたごどァねェ。ンだども、ひょっとスた
ら……っつごどもあるが知ェねえん?」
カヤはまもなく九十になろうとする歳だ。医者も痴呆症の進行を抑えることはでき
るが治すのは非常に難しいと言っていた。それが突然あのしっかりした話し方や態
度、その急な変化はむしろ……。
「ひょっとスたら、、、んだな」そう思うといやがうえにも母の身が案じられてく
る、ここはやはり……と、そのときだ、
「樺太郎、加寿子、なにぐだぐだしゃべってら。なにが用だが?」
襖をへだてたカヤの寝間からの声。二人は感電したようにからだをこわばらせる。
「ば、ばァちゃンの声、だな」低声で、樺太郎。
「ま、まだこの人ァ、、、母親の声聞ぎわげられねってすか!?」
そんなこと言ってもおまえ、俺は……。だけどあれは間違いなく母の声だ、話し方
だ、「ばァちゃン、入ァるぞ!」
カヤは暗い中に横たわったままでこちらを見ている。
「灯りつけでえぇが?」
しばし待ったが返事がないので、樺太郎は蛍光灯をつける。
「何の用だえ?」じっと動かないが話しはしっかりしており目には生気がある。
「ばァちゃン、さっきは、その」
「何? もぺァっこはっきりしゃべれ」(#〜耳遠いふりさねば)
「さっき、なに、スてらったのや?」
「さっきたら、おめひっくりげったどぎが?」
「う。いや、その、ばァちゃン、治ったのが?」
(#〜話そらしたな)おもしろがっている。「あん? ゆっくりしゃべンねば聞け
ねでば」
「なおったのすか?」
「なおった、たらや?」



#3061/5495 長編    *** コメント #3060 ***
★タイトル (QWG     )  95/ 5/ 2  17:26  (189)
けせん(4)   道路掃除人
★内容
「ボゲ、、、いや、その、ものわすれひどがったの、なおったのすか?」
「年とっての物忘れァ治るものでァね。なしてそたごど訊ぐ?」
「なしてって……」
加寿子が割ってはいる、「ちょこっと心配ァスたのす。ばァちゃン、よなが一人で
歩ぐごどァねがったもな。あ、あのどぎァ、それァたすかったども……」
「歩ってだんでァねェ。ふぁみこんスてだんだ」
「ばァちゃン、ファミコンでぎるのすか!?」加寿子より少し前に夫がそれを見て
いたがそれまでは世界中でだれも知らなかったことだ。
「ああ、ひっこ(ひ孫)ァしょっちゅうやんの見でれば覚ェる。どったげおもしェ
もんだがやってみだくて、ちょこっとやってみだ」
加寿子にたいしては(ほれみろ)と思うものの、樺太郎はしかしなにか納得がいか
ない「スィかスィなにも、よながに……ひとさわか゚せな」
「おどがスたのァ悪ィがった。人に見らるっど、ンまぐね(#〜おっと)、、、お
しょすぃがら、こそろにやってだんだか゚」
「まぁ、とにかぐばァちゃン無事でえがった、なァ」理由はわからないが、姑は突
然ボケが治ったらしい。「遅ェがら、もう寝んべァ、な、とォさン」
「……んだな」
「さ、でんきァけすよ、ええな、ばァちゃン」
「ああ、おやすみ」
 部屋を出ようとする樺太郎の暗い背にカヤの声がかかる。
「樺太郎、しっこもらスたごどァ内緒にスとぐがらな」
「あ、ああ、頼むじゃ」うろたえて、襖を閉めるとき指をはさんでしまう「いでっ!」
 座敷童はカヤのからだから抜け出して思いきり笑う。
 カヤのボケが治った、結局そういうことになってしまった……。鼈は池の中でひ
っくり返って笑っている。
「笑いごどでねァ。ばァちゃンのボゲなおった、つて、連中、喜んでスィまって…
吾ァすィばらぐカヤになってねァねじゃ」座敷婆がぼそぼそ言う。
(%〜ほんとァおもしェか゚ってらくせスて)
「まぁな。カヤでいればふぁみこんでぎるスィ」
(%〜ふぁみこんづのそったおもしェば吾もやってみでな)
「そのうぢ汝さもさせっからよ」
(%〜きっとだぞ!)
 白く粉をふいた暗紫色の山ぶどうを盛った竹籠がテーブルにある。それを買い物
から帰った美津子が目にとめる、「あら、山ぶどう? どうしたの、これ」
 冷蔵庫に頭をつっこんだまま花菜がこたえる。
「ひいばあちゃん。ファミコン貸してもらうお返しだって。ねえ、牛乳ないよ」
「あら、また忘れちゃった。お金やるから買ってきてくれない?」
「え〜」買い物に出て下校時刻の同級生に会ったらいやだな。
「あ、トマトジュース買ってきたんだ。飲む?」
「ンもう……じゃあそれでいい」
 袋の中身をテーブルの上に取り出しながら美津子が、「おばあちゃんが、どうし
て山ぶどうなんか?」
「友だちにもらったんだって」
「友だちって?」
「『やまおどご』だって」
「やまおどご!?」
「うん。『それだれ?』ってきいたら『山さすんでる山男だ』って」
 菊の手入れをしていた樺太郎が入ってくる。
「お、山ぶどうが、なつかスィな」
「あ、おとうさん」
「どごがら出スた」
「おばあちゃんが……」
「山男にもらったんだって」
「山男? ははは……まだなつかスィな」
「なつかしいって、おとうさん……」
「昔、ばァちゃン山さ行って山ぶどうだのうえっこ(しめじ)だの、うんっと採っ
てきてな、どごで採ったが教ェろたって、『山男がらもらった』て教えねんだ。
『うそだ。山男なんかいねァ』ても『うそでねァ』。ンでァど、『スたら、山男さ
その場所きいでけろ』づど『教えでけるってが。山の宝の在り処は親兄弟さも教え
るもんでねぇど。それァそだべァ、われで見つけだもんでねどァ大事にさねもんだ
おな』、そったふだった」
 加寿子も顔をだす、
「ばァちゃンの山男出だって?」
「ヘンなの。『ばァちゃンの山男出だ』だって」
「ははは、たスかにおがスィ言い方だった。ンでも、なつかスィごどやぁ、山ぶど
う。泰元や晴久生まれだどぎにァ、ばァちゃン、山のよァにとってきてけだったっ
けか゚」
「山ぶどうって妊婦にはとってもいいんだってね、おかあさん」
「ンだンだ。酸っぺもん欲しぐなるどぎだスィな。産後にもいんだ」
「ビタミンや鉄分が豊富だから……貧血にもいいのよ、花菜」
「ふうん」
「それでだえっか、おばあちゃん花菜にくれたの。花菜、低血圧でときどき貧血お
こすの知ってて」
「がも知ェねな。ンでも、誰がらもらったんだべァ……」
「ばァちゃン訪ねで来ったら、日頃市の長作さが越喜来の新右衛門さが……」
「世田米の杢造さだばよぐ山菜だのなんだの持ってきてけだったか゚……」
「杢造さ、死んだべァ。去年三回忌やったっけじゃ」
「ンだえん? スたら誰だべァ」
「ばァちゃンさ訊いでみンべァ」
「わたし訊いたけど、『山男だでば。今朝早ェぐ山おりできたんだ』ってゆずらな
いのよ。『山尾・ドゴ』って名前かしらん」
樺太郎たち、三人とも吹き出してしまう。
「そった名前の人ァいねァ。……スかスィ、花菜、ばァちゃンの口真似うめェな」
「そう?」
「そっくりよ」
「『花菜、ファミコン貸スてけろ』」
「はっはっは、似でる、似でる。真似ッコ、練習したのが?」
「べつにぃ」
「花菜ァばァちゃン似だもな、そのせいだがねァ?」
「うそッ!」
「いや、ほんとだ。小せェどぎのばァちゃン知らねども、だんだん似でくるよァだ」
「やだ〜、よろこべないなぁ、わるいけど……」
「そったごどァね、ばァちゃン、若ェどぎァ町の男衆のあごか゚れの的だったづよ」
「ほんとにィ〜?」ちょっと驚きだがまんざらでもない。
「ああ。ばァちゃン自分で言ったんだどもな」
「なぁんだ」
「ンでも、美スィ人だったじゃな、とォさン」
「ああ、せか゚れどスてはちょっと自慢だったな」
「へっへっへ、すまんね、かあさん」あごを突きだし、人差し指を立てて鼻の頭を
はじく。
「なに言ってんの。まだわかんないわよ、これからとうさんに似てくるかもね」
美津子はおとなになるにつれて顔だちが父親に似てきた。
「いやだ〜そんなのぉ〜」と言いながら声ははしゃいでいる。
「いづれにスても、花菜ァこれがらだ、すべでに於いで、な」
樺太郎が真顔で花菜に向いて言う。言葉にこめられた励ましが花菜にはすっぱく感
じられる。
  数日あたたかな日が続いたと思うと急に冷えこんで霜が降りる。(%〜吾のごど
忘れでるんでねが)いらついて、池に落ちた枯れ枝をがちがち噛む。
 勝手口から出てきたカヤをみとめて(%〜や。やっとお出まスだじゃ。やいやい、
わらスどの……)。カヤは鼈に近寄りながら草木染めの前掛けの前で揉み手して(#
〜いやいや、すまね、すまね)(%〜ふぁみこんさすっつゥ約束忘れでんでァねべ
な)(#〜いやいや、忘れでもいねばほったらがスてだんでもありァせん。こごず
っと樺太郎ァ日か゚な菊の手入れスていだもんで、つなき゚つける機会ながったのァ
だ。あ!)「あ!」思わず声になる。(%〜?なぞした)(#〜いぎなり菊のにお
い鼻さついで……カヤ起ぎだ)
 池のまわりには“鬱蒼”と言いたくなるほど小菊が茂っていて、今が盛りの花が
とりどりに色を競っている。カヤは花がとても好きで、椿で垣根をつくり、季節季
節にたくさん花を庭で育てた。これらの小菊もカヤが植え丹精していたものだ。家
督の樺太郎は母の花好きをも継いだらしく、今では鉢植えや盆栽のほかに庭の花も
手入れしている。その小菊の香に刺激され眠っていたカヤの意識の一部が目覚めた
らしい。(%〜めんどうになりそうだが?)(#〜いや、におい感ズィでるだげだ。
あらか゚う気ァねよァだ)むしろいい気持ちがしている。このかぐわしさを淵のわ
らしとも分けあいたくなって小菊を一輪摘み取り池に投げる。鼈はそれをちょっと
噛んでみて(%〜ふん……藻に添えで食ェばながながよさそうだな)(#〜ほ。ンだ
が?)あったかい心地になる。
 (#〜さで、なじょスて汝ァ家さ入れンべァ)(%〜なにめんどうァある。屋根の
下のくらか゚りさいればえがべ)(#〜今ァ電気づもンつィで、むがスィのよァでね
んだ)(%〜屋根裏の物置ァや?)(#〜樺太郎の仕事場になってら。奥座敷はあ
るども……ンだ、汝、花になれ)(%〜花菜さ憑げてが? そェづァぺァっこ、むづ
がスィ)(#〜違ァ、違ァ、菊の花になれづのよ。花瓶さ水入れで、な、汝ァひそ
むのよ。それさ菊活げで奥座敷さ置げば、誰も疑わねべァ?)(%〜忍法花か゚ぐれ
が)(#〜ンだンだ。さっそぐ花瓶持って来がら、待ってろ)。なんだかおもしろく
なってきた、鼈はからだを隠しておくために水底の朽葉を掘りながら思う。葉です
っかりからだを覆ったころ、座敷のわらしが戻ってきて池の中に呼びかける(#〜
淵の−−)(%〜おう)からだを抜け出して浮かび上がる。(#〜いま水汲むがら
こン中さ入れ)(%〜こら。そェづァ花瓶だってが? 土鍋だべィや)(#〜寒ィが
らすっぽん鍋で温まンべァ)(%〜吾で吾食て吾温めるのが? ふざげでねンで、早
ぐ花瓶持ってこ)(#〜ははは、もぺァっこ待ってろ)
 ひとかかえほどの菊の束が『わらし様の間』に活けられた。
 花菜はこのところ台所で勉強している。いつか国語でわからない問題があって母
に尋ねにきてそのままそこで勉強したのがきっかけだった。それが気にいってCD
ラジカセを持ち込んでCDやFM放送を聞きながら勉強する。母や祖母が家事をし
ていたり祖父が水を飲みにきたりするが、うるさいどころか、部屋でひとり机に向
かっているよりも集中できた。今日は母も祖父母も出かけてひとりで台所のテーブ
ルに向かっている。なにかいつもとちがう。教材のページに薄紙をかさねているか
のように文字が読みづらい。そんなはずはないのだが、文章の意味をつかむのにと
ても苦労する。ようするに集中できないのだ。CDの曲が尽きて、その理由に気づ
く。物音がしない。人気がなくてしずかすぎる。FMにきり替えてみるがすでに勉
強する気は失せてしまっている。気分なおしにかこつけてファミコンしようと思っ
たところへカヤがあらわれる。
「おばあちゃん、ファミコンしようか」
「いぃよ。その前に奥座敷の花の水取っ替ェでけねが? 俺、今日ァなんだが腰痛
くてさ」
「いいよ」
「水道の水ァわがねぞ。露地の流れで汲んでこ」
「わかった」
 ふだん使われていない奥座敷に足を踏み入れたことが何度あったろうか。姉とい
っしょに何度か。それに友だちといっしょに何度か。それも幼いころのことで、遊
んでいるのを曾祖母に見つかるときつく叱られたものだった。だから、『わらし様
の間』という呼び方は曾祖父母の世代以降次第にすたれていって花菜などは一度も
聞いたことがなくても、そこが<聖域>なのだという感覚は自然に育っていた。久
しぶりに踏み入る<聖域>……そこはかとなく暗い畏怖が立ちあがってくるのを感
じながら縁側から奥座敷へ入ると、そこにはカヤが選りわけて摘んできた菊の花の
冴えた香気が満ちていた。部屋がゆらいでいる(いつものめまいだ)障子の桟につ
かまって目をつむる。ゆっくりと目をあける(おさまった)薄暗い部屋の中で床の
間だけが妙に明るい。花瓶と菊の塊が光を発してゆれている(風のせいだ、戸を開
けたから)。縁側から斜めに差しこむ光にたくさんの花の色が映えて(なんてきれ
いなんだろう)しばらく見とれてしまう。陶製の重たい花瓶をかかえて持ち上げる
とすがすがしい薫りが顔を包みこむ。花に歓迎されているようだ「いま水かえてあ
げるからね」思わず話しかけてしまう花菜。
 縁側から露地へおりて流れのほとりに立つ。地面に花瓶をおろし花束を抜き取っ
て庭石の上にそっとおく。水辺に植えられた満天星の根元に古い水をあけ、流れか
ら新しい水を水撒き用の柄杓で花瓶にすくい入れる。一度すすいで水をあけまた流
れに柄杓を入れる。柄をにぎる手に伝わる水の流れ、波に踊る陽ざしのまばゆさ。
流れから花瓶へ。流れから花瓶へ。静かにその動作をくりかえすうち不思議に充実
感がみちてくる。菊の花をていねいに持ちあげて花瓶に戻す。一歩はなれて眺めて
みて色と形の均衡を整え(こんなもんかな)おもむろに抱えあげる。すがすがしい
ってこういう気分だろう。花瓶の重さも苦にならなくなっている。それが油断にな
った−−花束にさえぎられて前がよく見えないのに足元への注意を欠いて何かに蹴
つまずく「あ!」花瓶から手が離れ(ああ、縁側にぶつかる)にわかに意気阻喪す
るのを感じながら倒れていく。
「あぶね!」
とうとつに甲高い声がする。花菜は打ちつけた膝の痛みを覚えるより早く声の方を
向いて唖然とする。頭上に花瓶をささげて、見たことのない子どもが立っている。
花瓶を縁側にゆっくりとおろし、
「ぶっかさねンでけろや」
おかしな声、京劇俳優のような、鼓膜を突き抜けて脳にじかに響くような。
「そそっかスィどごまでカヤさ似ねだっていぃのに」
「え?」(なに、この子?)まじまじと見る。



#3062/5495 長編    *** コメント #3061 ***
★タイトル (QWG     )  95/ 5/ 2  17:30  (189)
けせん(5)   道路掃除人
★内容
 間がひどく離れていてしかも異常にとび出ている円い両目。顔の輪郭からはみ出
るほど長い眉。唇の薄い大きい口。額が広く髪は頭頂近くから生えて首の付け根ま
で。頭蓋に貼りつけたような耳。菊の花をかたどって染めたくすんだ緑の短い貫頭
衣。関節が目だたないすとんと伸びた両腕両脚。そして裸足だ。(……なに、この
子)。おかしな男の子は低い鼻をひくつかせ、「けか゚ねぇべァ。いづまでおっけッ
てら」血の匂いがしないので外傷のないことがわかる。
花菜は子どもの生意気な口調にむっとしながら立ち上がると、「あんた、どこの子
なの?」
「このあだりのもんだ」
「このあたりって、」
「お、座敷の、、、でね、カヤだ」
縁側に出てきたカヤが、「何スてんの、ふたりスて。早ぐあか゚ってこ。ファミコ
ンすっぺス」
「おばあちゃん、この子知ってるの?」
「俺の昔なズィみだ」
「昔なじみって……」(90歳のおばあちゃんと、10歳くらいのこの子と、なん
で昔なじみなの?)
「ほれ、奥の座敷のわらス様よ」
「は?」
(%〜なに?)
花菜と淵のわらし、怪訝なおももち。
「ああ、今のわらしゃどァ、座敷わらスったて知さねんだもな」
「うそ! 座敷わらし!? この子が!?」
(%〜座敷わらスだど? 吾か゚?)(#〜いぃがら。そのふりスてろ)(%〜汝ァ
カヤのふりスて、吾ァ汝のふりスってが? ややこスィな……)(#〜いぃがら、
吾さ任せでおげでば)(%〜わがった)
「あれ、覚ェでだが、花菜。うそでねァ。な、わらス様」
「んだ、ウソでねァ。カッパでもねぞ」
(#〜余計なごど言うな!)
(%〜わがった)「吾ごそァ奥の座敷のわらス様なるぞ!」
(#〜威張るごどァねぇ)(%〜ンだが……)
「ひとづ、よろスィぐおだの申スィあんす」
(#〜へづらうんでね! 揉み手ァやめろ!)
「とゆうごどで、花菜ちゃん、あっそびっましょ?」
(#〜……。ま、いっか)「花菜……ん? なぞした、花菜」
花菜は血の気のひいた顔でたたずんでいる。
「わたし寝る」誰にともなく言う。
淵のわらし、跳びあがって、(%〜信ズねんだ! 人間達ァみんなそォだ! 疑ェ
深くて、ほんとだどわがるど、こんどァ邪魔にスて追っ払う……)声がかすれるよ
うに消えていき、それにともなって姿も薄れて消えていく。
(#〜待で、淵の! 違う、花菜ァ混乱スてるだげだ!)
 座敷童の叫びもむなしく、わらしは消えてしまう。花菜を見ると、驚きのあまり
呆然と立ちつくしている。その顔色はほとんど紙のようだ。膝が小きざみに震えて
いる。
「聞けだが、花菜?」
「み、見た」
「うん。語ったごどァ聞けだが?」
「うん……」
「そっか……さ、家さ入りなんせ」
 縁側に上がった花菜の膝の汚れをはたき落としながら、(#〜わらスのごどァ気
にさねたていぃよ、あれァ、カヤの三倍も長ぐ生ぎでるだげ肝ァ太ぇんだがら。そ
れに、水みでァな気質で、当だるもの当だるものさ絡むども、すく゚どさっぱりなる
んだ。……ンだがら、気にさねで寝ろ)
「うん……あ、これ水替えたからまた戻しとくね」
「ああ、頼みてども、奥座敷おっかなぐねが?」
「あ」
「いぃいぃ、わらスささすがら」
 考えないようにしよう、いつもならそれで眠れた。学校のこと、高校生だという
こと、考えても考えなくてもそれは事実として存在する。事実は考えたからといっ
てどうなるものでもない。でも座敷わらしは……(わたしはもう高校生だ、子ども
じゃない、座敷わらしに遭ったなんてひとに話したら常識を、ううん、正気を疑わ
れる。いるはずがない、座敷わらしがいるんだったら、昔話はみんなほんとうで、
龍だって雪女だっている(いた)ことになる。ひょっとするとムーミンとかトトロ
だって……。そういえば『となりのトトロ』をみたあと、母屋の天井あたりからマ
ックロクロスケが出てくるような気がしたっけ。……いるのかな。魔女のキキがホ
ーキで飛んできて友だちになれたらいいな。……なに考えてるの。座敷わらしなん
て、そうあの子は人間の子で、おばあちゃんの知り合いの家の子で、消えたんじゃ
なくてぱっと隠れたんで……そう、わたしをからかったんだ、きっと……眠れやし
ないじゃない、もう!)布団をはねのけて起きる(おばあちゃんに白状させてやる!)
 (#〜こりゃ、淵の。逆だ、逆、汝、逆さ走ってらでば)(%〜ぎゃははは、見
ろ。こうすっと、びんがびんが跳ねっちゃ……りゃ? とまってスィまた)(#〜
でだらめすっがらすく゚点なぐなんだ。みろ、まだ『レース妨害▼出走停止』だ。あ
のなあ、わがってるのが、淵の。これァ点とる遊びだぞ。罰点とる遊びでァねんだ。
まったぐ……)(%〜そったのおもしゃぐね。じゃまスたり、出スィ抜いだりスィね
ば点かせか゚れねんだおん。好ぎなやり方で遊んだほうァおもしぇべァ)
 二人が居間で騒いでいるのを花菜が廊下で障子ごしに聞いている(むかつく!
人をおどかしといて二人でファミコンで盛り上がって)
「なにが座敷わらしよ! その子、」
頭にきて踏みこんだところにあの菊の花瓶があった。あっ!と思ったときはもう遅
い、爪先をしたたかにぶつけて、花菜はたまらず足をつかんで畳にころがる、「い
っったぁーい!」(なんで!?こんなとこに置いてあんのよ)
蹴られて花瓶もころがり、挿してあった花は飛び散っ、、、てない。水はこぼれ、、
ていない。それはひょっこりと起き上がり、けたけたけた……と甲高い声で笑う、
「なんとそそっかスィじゃ」手と足と頭が生えた花瓶が言う。
「なに!?うそ!!」(花瓶があの子に化けた!?)
【あの子】が花瓶に化けた可能性もあったわけだし、事実は淵のわらしが花瓶を身
につけていたのだが、今の花菜にはそんなことどうだっていい。問題は目に見えて
いることが信じられないということ。
「やめろでば、淵のわらス。人おどがスておもスィか゚るのァ汝の悪ィくせだぞ。
……大丈夫だ、花菜、ばァちゃンの友だづィだがら、心配ねがら」
 カヤはそばに寄って花菜を抱きしめてやる。「よっこせ、ど」わらしはスカート
でも脱ぐみたいに花瓶を床に落とし「おもスィか゚ってだわげでァね。こったごどで
も見せでやンねばぁ、信ズィねべァ」
「んだなぁ……なぞだ、花菜、信ズィるが?」
カヤは花菜を胸から押しやってその目をのぞきこむ。のこっていた脅えの色がおば
あちゃんの慈しみ深い瞳にすいこまれるようにきえる。
「信じる。座敷わらしってほんとにいたんだね」
「いるよ、確かにな。だども……」
「ああ、もうめんどくせごどァ語ンな、な、カ・ヤ・ばァちゃン。みんなでファミコ
ンすべ」カヤの袖をひっぱる。
「あ、ああ、そすンべァ。さ、花菜」花菜にコントローラーをわたし「このわらスさ
ちゃんと教ェでやってけろ。俺なんぼ言ってもコース反対に走るんだでば。おめの
手コ根ッこ見せでやれば、ちゃんとスたやり方のほァおもしェどわがるべがら」
「え。なに見せてやれって?」
「手こ根ッこ」
「テコ、ネッコ……」!「テクニック!、でしょ?」はっはっはっは……、淵のわ
らしが仰天したほどの大笑いがしばらく続く。
「ごほ、ごほっ……」
笑いにむせて咳きこむ花菜の背をカヤがさする。
「ありがとう、もうだいじょうぶよ」カヤに言う「ようし、見せてやるかテコネッ
コ、じゃなくてテクニックね」
「おお、元気な花菜ァ戻ってきたな」
 花菜がコントローラーを握る。タイヤをきしませ猛ダッシュをかけるが花菜のカ
ートは三番手……左、右、とやや強引なドリフトでコーナリングし、次のストレー
トで早やトップに躍りでる。苦手なダート・エリアを慎重に抜け、トレジャー・ス
ポットで金貨を拾っているうちに一台に抜かれてしまうが花菜は平静だ。そのまま
二番手でいて三つめのコーナーで先に出る。グッズを拾うためだ。その威力はすぐ
次のコーナーで示される。ジャンピング・ドリフト! 減速しないでコーナリング
し後続をいっきにひき離す。花菜はそのまま余裕たっぷりにチェッカー・フラッグ
を受ける。☆☆優 勝☆☆派手な電飾とともに文字が踊る。32,000点。カヤの最高
得点の約六倍だ。
「ま、こんなもんかな」小鼻をふくらませてギャラリーを振りかえる。
 わらしの膚が緑がかった色に変わっている。
「ど、どうしたの、わらし!?」
「なんでもね、どでんスて青ぐなっただげだ」とカヤ。
 わらしは脅威を感じると淵の色に似せて色を変える。保護色だ。
「見だべァ。これがテコ、、、テクニックつもんだ」自分がやったみたいに小鼻を
ふくらませて言う。
「な、なぁに、吾で車こ駆ったほうァ、なんぼ面白ぇが知ぇねじゃ。吾ァこの中さ
入ェって運転する」
興奮して膚に朱がさし、緑とのまだらをなす。それに寄り目になっている。落ちつ
きのない妖怪だ。でも見てるとなんだかおかしい、と花菜は思う。
「むちゃすな、てれびの中さ入ェれる気だが?」
「ヒトさ入ェれでこのモノさ入ェれねっつのァ、科学的に合理的でねァど」わけの
わからないことを言ってわらしはテレビ受像機にもぐりこむ(%〜あんや、ぜんぶ
細っけぐわがれでるもんだな……それに入り組んでるごどォ。どごさ入ェればいい
のがわがらねじゃ。花菜、ちょっと動がスてみろ)。
「花菜、動がスてみろど」
事態がよく飲みこめないまま、花菜はゲームソフトをスタートさせる。
『わがった! こごで音だスてだんだじゃ』スピーカーからうれしそうなわらしの
声『ンでも、ふぁみこんさ入ェるにァなぞせばええんだべ……いっぺん切ってがらま
だつけでみでけろ』
花菜はファミコンのスイッチを切ってふたたび起ち上げる。『ひゃ〜、びっくりし
た、ぜんぶスィびれるなや。ンでもどうやら入ェれだぞ』。わらしが言うので花菜と
カヤがよく見るとゲーム画面に河童のキャラクターが増えている。
「わらス。汝、動がス方覚えだってが?」
『ありゃ、わがらねァ』親指ほどの河童がきょろきょろ首をまわす。
「じゃあ、わたしが運転してあげる」
『よし、始めべ!』
 電磁波の煉瓦でできたコースで花菜の運転する河童カートはスタートと同時に他
のカートをひき離す。が、
「あ!」
クランクでボタン操作をあやまって車は暗渠に落ちてしまう。『うわぁ……』
「ぁぁぁぁ……」
悲鳴とともにわらしはディスプレイから転げ出る。すっかり淵色になって薄い髪が
総毛立っている。カヤと花菜は腹をかかえて笑っている。
「いンやいンや、メにあったじゃ……いぎなり目の前まっくらぐなって……、ありゃ、
ざスィ、、、っと、カヤ、汝の笑ぇ顔」
座敷のわらしははっとして顔を両手でかくしとっさに花菜に背を向ける。
「いや、汝、笑ァのァ、ンまぐなたな」
「ん、んだが?」開いた指の間から淵のわらしを見る。
「うん。ふつうだ」
「なあに? ふつうだとか、うまくなったとか、なんの話? おばあちゃん、なん
で顔かくすの?」花菜はけげんな面もちでカヤの顔をのぞきこむ。
「い、いや、あ、あ、あこ゚。んだ、笑いすき゚で顎ァはずれかげでさ」あわてて両
手をあてた顎を左右に動かす。
「ンだ。カヤァ笑うの下手でよ、前に顎はずスたごどあるんだ。おがスねなあ」
はっはっは……とわらしはさも愉快そうに笑う。花菜もつられるように笑いだす。
カヤも笑いだす。
「お、おばあちゃん、そんなに笑ったら顎、、、」笑いは止まらない。
ふたりのわらしは花菜が信じているのでますますおかしい。三人とも腹の底から笑
っている。花菜にとっては久しぶりのことだ。
 淵のわらしと友だちになった晩。
「ねえ、おばあちゃん」ご飯じたくをしている美津子と加寿子に聞こえないよう、
カヤにすりよって、小声で花菜が言う、
「あの、ね、山男が友だちだってのもほんと?」
「んだよ。会いてが?」
「会いたい!」
つい高い声をだしてしまう。そこで加寿子が台所から顔をだし心配そうに、
「花菜、腹病むのが?」
「え? ううん。なんで?」
「今、『痛い』ったべァ」
「痛い? あ。ううん、違うの。ちょっとね……こたつに足ぶつけちゃって」
「そそっかスィなぁ、ほンに……」と言いながら加寿子が引っこむ。
花菜とカヤは顔を見合わせてしのび笑う。
「ンでァ、明日呼ばってみンべァ」小声でカヤ。
「どこに呼びにいくの?」
「裏山だ。おめも行ぐが?」
「行く!」



#3063/5495 長編    *** コメント #3062 ***
★タイトル (QWG     )  95/ 5/ 2  17:33  (171)
けせん(6)   道路掃除人
★内容
 淵のわらしが露地から少し上った小川のそばで待っている。その流れに沿って裏
山にのぼるのだ。
「あ、こんにちは。わらしも行くの?」花菜が声をかける。
「スかだなぐ、さ」わらしは仏頂面でぶつぶつ言う「吾ァ山のぼるのなんか厭んた
のに、、、まったぐ」
「ねえねえ、わらし、おばあちゃん、どう?」
「どうって、」
臙脂のスリム・パンツ、オフ・ホワイトのとっくりセーター、モス・グリーンのブ
ルゾンを身につけたカヤをまじまじと見る
「……どうがスたのが?」
「にぶいなぁ、服よ。カッコいいでしょ。わたしの貸してあげたんだけど、意外と
似合うと思わない?」
 カヤはうれしそうにほほえんでいる。
「ンだなあ……なにニヤつィでら。まるってカヤみでだな……」
「あはは、どーゆー意味よ。。。わらしって、ホントおかしい」
「若ぇころの俺みでだっつごったえン? な、わらス」ほほえんだままわらしに目
まぜする。
「ン、ンだ……」座敷のやつ、いつのまにこんな器用にヒトの真似ができるように
なったのかと淵のわらしは思う。
「まンづ、ぐずぐずってどァ、日ィ暮れでスまァぞ。行ぐべァ」
「ンだぁ、行ぐべ、行ぐべ」カヤの口真似で花菜が言う。
「このわらスこァ、人真似スて!」こぶしを振りあげてたたくまねをすると、花菜
は、きゃあ、あはは、と声をあげて渓のほとりを駆けのぼっていき、カヤがそれを
追う。
「やンれ、ほに……」あきれたように首をふってわらしが二人を追う。
 先頭にカヤ、後尾にわらしの一列になってのぼっていく。曲がりくねった渓を足
場を選んで右左とまたぎ越しながらいく。カヤにとってここは我が家の庭である。
ごろた石に印でもついているかのように確実に踏んでいく。花菜はこれまで家のわ
きを流れている小川の上流がどうなっているか見たことがない。小さな滝、小さな
淵、流れを裂く大岩、枝流、涸れ沢、薄暗い杉林の中を走る流れはどこまでつづく
のか先は木立ちにはばまれて見えない。立ち止まった花菜が木立ちの奥を見上げて
ほうっと息をはく。からだが少し汗ばんでいる。林のなかの空気は冷たくて重い。
わらしが追い越しざま「花菜、こえが?」と声をかける。「ぜんっぜん! 気分い
いよ、すっごく」。カヤは、と見れば、まるで夢中のように先を登っている。身軽
なわらしは飛ぶようにカヤに追いつく。
「ざし、、、カヤ、もぺァっこゆっくりど行げ」
カヤはやっと足を止める。「ああ、花菜にァホネだが?」
「汝のごどだ。カヤの年考ェろ。汝はきづぐねたって、老いの身にァこでァでらは
ずだじゃ」
そう言われて動悸が啄木鳥のドラミングのように鳴っているのに気づく。息は不規
則で荒々しい。
「ああ、ほンに、ぺァっこ休ませでやんねば……。ンだども、からだァうきうきって
登りたか゚ってるようなんだ……」
 花菜が追いついてくる。
「疲れた? おばあちゃん」
「うん。ぺァっこ休むべ」
 ふたたび歩きはじめると座敷わらしはからだを重く感じる。ペースを落としてい
るのだがときどき膝が抜けたように力が入らなくなり地面や岩に手をついてしまう。
杉林と雑木林の境目にきてついに立ち尽くしてしまう。もう一歩進むのもしんどい。
これから雑木林の急な傾斜を登らねばならないが手を引いてもらったとしてもとて
もできそうにない。淵のわらしが前に出て言う。
「カヤ、吾さおぶされ」
「すまねな、わらス」
「いいがら、ほれ」
わらしがカヤをしっかりと背負い、葉を落とした木立ちをぬって登っていく。花菜
がその後ろからカヤの尻を押す。
「ありがとう、花菜」
「ありがとうな、花菜」
カヤとわらしが異口同音に言う。
 花菜の驚いたことに子どものなりをしたわらしは意外に力が強く、人ひとり背負
って楽々と傾斜をいくので、花菜は力いっぱい押さなくともよい。「俺のけっつ(尻)
ばり見でで、けっつまずぐなよ」
「んだ。ちゃんとわれの足元見でろ」
「うん」
「カヤはちゃんと前見でろよ。枝で顔かっちゃがれねよァに、な」
息の合った足どりで登る彼らは一体になったかのようだ。
「ありゃ」
河童が声を上げる。ふいに木立ちが切れて車のわだちが刻まれた道路に出る。
「あーっ! 道路があるんじゃない。知らなかったの、おばあちゃん?」
「知さねがった。。。この前裏山さ登ったのァ、樺太郎の姉ァ生まれる前だもの」
70年以上前だ。道路を来れば楽だったと花菜は思うが、渓に沿って登るほど楽し
くはなかったろうとも思う。
「てっぺんさ道つづいでっか見でく」と言ってカヤを下ろしわらしは道を登ってい
く。
 道路に立ち、登ってきたほうをふり向くと、大船渡湾が一望のもとにある。意外
に高くまで登っていたのに気づく。
「すごぉい! 尾崎岬を越えて水平線が見える!」感嘆の声をあげる花菜。
 貨物船がはるか遠くをいく。漁船が海面に帯をひいて防波堤の開口部から出てい
く。海を耕して畑にした海扇養殖筏。接岸港をもつ大きなセメント・プラント。花
菜の肩に片手でつかまってカヤもまたそれらを驚嘆しながら見ている。
「確かにたいスたもんだ、人間の力っつものァ」低声でつぶやく。
 わらしが戻る。
「道ァ上さは行ってねな。そのかわり階こさェであっつォ」
 山の斜面を削ってその土をプラスチック箱に詰めて埋め戻し杭で補強してこしら
えた、人ひとり通れる幅の階段だ。そこをまた三人いっしょに登っていく。ほどな
く傾斜がゆるくなり階段はいらなくなる。雑木の隙間の広いところをぬっていくと
高圧電線の鉄塔の下にでる。あの道路からもかなり登ってきたはずだ。
「すごいなぁ、、、人間って。こんなとこにまで塔たてて電線引いてる……」
平地で見慣れた鉄塔もこんな山の中にあるのを目にすると人の意志のすごさを思わ
ずにはいられない。人が踏んだ跡はさらに上まで続いている。
「ひぇ〜、まだこの上に行ってんだぁ!」
「いってァどごまで行ぐんだ……。先さ何ァあるんだ……」さすが淵のわらしも少
し畏怖を覚えている。
「頂上よ。そこに頂上があるから人は登るの。ヒラリーって人が言ったんだけどね」
「ひらりぃったら、テレビさ出でだ、相撲好きな」テレビ好きの座敷わらしである。
「それはヒラリーじゃなくて『ひらり』」
「相撲好ぎなのが、ひらりってやづ? 吾どとらねえンが?」相撲好きの淵のわらし
である。
「ひらりってのはテレビの(ってもわかんないか)……女の子なの」
「おなこ゚があ。んでァ、わがねな」声が沈む。
「さぁてど、、、わらスよ、吾どァ人でァねぇか゚、ひとまず頂上めざすべァ」カヤ
が言ってわらしの肩をたたく。
「こらカヤ、汝ァ人だど」
「う、、、ンだども、登るのァおめさんだえン? 俺ァおぶさってるだげだおん」
淵のわらしは喉の奥で笑って、「……まぁ、そォだどもな」
 また三人一体で登っていく。傾斜がゆるいのですぐ先が頂上のように見えるのだ
が、そこまで行くとまだゆるい登りが先に続いているとわかる。そうやって何度も
期待が裏切られるうちにそれは壊れて徒労感と焦りになっていく。
「ねえ……まだなの、頂上」
花菜はしばらく前から足元を見たまま目を上げなくなっている。
「もぺァっこだがら、がんばれ」
そう言われてから五分。長い五分だったが、ようやく登りつめる。さ、着いたぞ、
と言われてカヤの尻から手をはなし、あたりを眺めまわすと、なるほど、前方は背
にした傾斜よりも急な下りとなり尾根をなしてまた一つの頂へとつながっている。
わらしの前へ出ると頂上を示すらしい頭をペンキで赤く染めたコンクリートの杭が
ある。ほっとする花菜の後ろでカヤが嘆息をもらす。
「はあ〜、、、こえ、こえ……」
それをまねて花菜が、おなじ思いを口にする。
「はあ〜、、、こえ、こえ……」
あっはっは、と笑ってわらしが言う。
「花菜、カヤの真似うめな」
 尾根でつながる向こう山は、こころなしか下界で見るよりまぶしく見える空を背
景に斜めの日差しを浴びて、ゆるぎなく座している。はるかむかし奥州藤原文化を
支えた金鉱のあったヒタカミ山である。
「あの山がヒタガミ山だ」カヤが言う。
「ヒタカミ? 氷上山じゃないの?」
「もどもどァヒタガミだ。そのころァケセンの神様まづってだんだ。そのあどヤマ
トの神様さまづろうごどどなって、日高見っつゥ、日の本の国見下すような名でァ、
あんべァ悪っつごどで、ヒカミど呼び替えだんだ」遠くをあこがれるような眼差し
を山に向けてカヤは話す。
「じゃあさ、北上川もほんとはヒタカミ川だったの?」
「んだ。勘いぃな、花菜。こったごどァ学校の歴史でァ教ェでねべ?」
「教えないね」
「んでも、これも日本国の歴史なんだよ」
「へえ〜、そうなんだあ……」
「ヒタガミ山の右手向ごうさ、まだ山あるべ?」
「うん」
「そのさらに奥の遠ぐさ、まだ山あるべ?」
「うん」
「それさ向がって『おおい、やまおどご』って叫んでみろ」
花菜は大きく息を吸って、「お〜い、やまおとこぉ〜」叫ぶ。
▲おうぃあわおぅおう▲こだまが返る。
「だぁれ、標準語で叫んでもわがね、ケセン語でねば」
「似たようなもんじゃない」
「発音か゚大事なんだ。さ、も一回」
「おおい、やまおどごぉ〜」
▲おおい、やまおどごぉ〜▲
「ほれ」
「あれ、山男? 山彦じゃない」
「こだまだ。こんどァ『やまおどご、ぺァっこ面出スてけろや』」
「やまおどごぉ〜、ぺァっこ、つさ出スてけろや〜」
▲やまおどごぉ〜、ぺァっこつさだスてけろや〜▲
「『いづ来てけるや』」
「いづ来てけるやぁ〜」(ばかみたい、こだまが聞こえるだけじゃない)
 少し長く間があって、
▲あすなさでいぃが〜▲
と声が返ってくる。
「明日朝くるど」
え? なに、いまの!?
「ほれ、返事。『あすなさ頼むぞ』」
花菜は呆然としている。
「ほれ! 『あすなさ頼むぞぉ〜』て」
「あ、あすなさ頼むぞぉ〜」
声がうわずっている。
▲おお、あすなさいぐ〜▲
「な、なに?なに?なにがどうしたの?」
パニクる花菜をよそにカヤは得たりとほほえみ、
「これで良ス。なぁに、あわくってら、花菜。座敷わらスァいで、山男ァいで、こ
だまもいる。なぁンもおがスィごどァながんべ? 明日朝、山男迎えさでるぞ。ほン
だら、下りンべァ」
 こだまの仲立ちで山男と話がついた。



#3064/5495 長編    *** コメント #3063 ***
★タイトル (QWG     )  95/ 5/ 2  17:37  (187)
けせん(7)   道路掃除人
★内容
 夜、花菜は早く床につくが、今日の山彦のことと明日の山男のことを考えてなか
なか眠りに入れない。しかし体をよく動かした疲れがやがて熟睡をもたらし、翌朝、
低血圧はどこへやら、カヤに一回起こされただけで床をぬけだす。
 朝霧が深く立ちこめる中、淵のわらしはすでにブーメラン池のほとりで待ってい
る。太陽は半時ほど前に水平線をはなれ、霧はゆっくりと昇天しはじめている。夜
具を盛り上げているような屋敷のシルエットを背に人影がやってくる。(%〜座敷
の。山男ァづィぎ……)言葉を呑みこんだのはその影が座敷童ではなく花菜だと気
づいたからだ。霧に包まれてあらわれたとき、母のおさがりの半胴(綿入れ半纏)
を着た花菜は、雰囲気が座敷わらしそっくりだったのだ。
「おはよう、わらし」花菜があいさつする。
「お、あ、ん。は、花菜」
へどもどするわらしに花菜は吹き出してしまう。
「どしたの? いま起きたとこ?」
まだ目が覚めてないのかと思ったのだ。
「あ、ん。ざスィ、、、カヤはや?」
「いまくる。おばあちゃん、寝間着で外出ようとするんだもん。なにか上にはおっ
てくるように言ったの。……山男は?」
「もうそのあだりさ来てらべァ。霧動ぎだスたがらな。裏山のほう見でろ」
「うん」振り向いたとき家から出てくる人影を見る「あ、おばあ……」
「ほう、山男ぉ!」わらしが手を振る。
カヤが振り向く。霧に浮かび上がる巨大な人影、その膝より下に家の屋根がある。
「わ。ちょこべー」その影を見上げて花菜がつぶやく。
「ちょこべーったらや?」半胴の袖を引っぱってわらしが訊く。
花菜は呆然として答えない。
「よう……」わらしは答をうながす。
花菜はなかば呆然としたまま、袖をはなしたわらしの手をとらえて握りしめ、
「……晴久おじさんに教わったの、ピーカンの日に地面の影しばらくじっと見つめ
てから空見上げると影法師が立ち上がってどんどん大きくなっていくように見える
の。それがちょこべー……。あんな、感じの……」
 霧が動いて山男のからだがゆれる。花菜はかすかな山鳴りを聞く「……なに、あ
の音?」
(#〜山男ァ吾達ど違ァくて言葉でァ話さねんだ。ンだども心澄ませでれば語ってる
ごど聞けでくるぞ。花菜だれば聞けるはずだ)
 はじめは霧の流れる音よりもひそやかな声だった。そしてしだいに聞こえてくる、
せせらぎにのせた山男のうた。

 日はのぼったか゚ 同胞(ハラガラ)よ 遅ぇ日の出だ
 吾か゚からだ 涌ぐも流るも 今ンぢに
 スィばれで 霜にまだ氷(スカ゚)に
 大地(ツヅィ)ど添い寝の 冬ァ来(ク)っつォ
 吾か゚背中で木枯らスィァ雪こォゆぎ来ど呼ばってら
 晩に吹ぶげば朝方にァ山ァ雪こにおおわれで
 杉の枝葉ァ凍みついで
 鹿(スィスィ)だの猪(スィスィ)だの羚羊(スィスィ)だの猿(マスィラ)
 窪だの根方 岩陰に 寒さスィのいで
 雪払ェのげで餌さか゚スィ
 同胞よ 辛ェがんべか゚
 大地もまだ寝ねァねんだ
 新スィ命の庭どなるために 今は
 雪こかぶって夢たぐワえで
 吾もまだ霜どなり氷どなり
 大地ど添い寝す 冬ど添い寝す
 せば あンばぇ
 雪山さ 光ァ跳ねる
 狸に兎に狐に狢
 氷柱(タロスィ)おぺしょって穴がら出る仔
 その氷柱ごそ吾ぞ 日に光る
 日ィあるかき゚り春ァ来る
 水流れ 木草(キクサ)芽ふいで
 大地ともに目覚める春にまだ行ぎ会ンべァ
 そら なこ゚り月ァ山さ沈むよ
 なこ゚り惜スィさば海さ沈めで いっとぎの暇乞い
 ヒタガミの膝こぞ枕に夏の踊りの夢でも見ンべが
 せば あンばぇ まだ会ンべァ

さようなら、ごきげんよう、山男。
 霧がすっかり上がると、太陽はすでに湾に突きでた長崎山の上空にかかっていて、
西の方、山男の頭があったあたりに晒したような月が浮かんでいる。その月に向か
って手をふりながら、「さようなら、山男!」、花菜がさけぶ。
(%〜吾も淵さ帰ンねばな、霜だのスカ゚だのはらねうぢに)
「え、帰っちゃうの、河童」
(%〜ああ。もっと寒ぐなっと、動ぐの大儀に……なに!? 花菜、吾のごど河童
だって覚ェでだのが?)
「やっぱり、淵のわらしって河童だったの。じゃあ、座敷わらしって……」
「そん方でば、こっツィだ。さ、お出ンスてけろ、わらス様」
そう言ってカヤは胸の前に両手をくむ。
(%〜このカヤァ、ほンに座敷のわらスだが……もスィが……いやスィかスィ……)
 花菜は何事がおきるのかと動かないカヤを見まもっている。カヤのからだが左右
にゆれる。いや上下左右に。いや輪郭ぜんたいがゆらいでおぼろになっているのだ。
月が地球の食から離れていくように、ゆっくりと、座敷わらしが人の肉体を抜け出
ていく。ふたりをつないでいた緒が左手の指先から離れてついに身ふたつとなり、
カヤはよろめいて倒れそうになる。座敷わらしと花菜がとっさに馳せよって両わき
からカヤを支える。
「だいじょぶが、カヤ」
「だいじょうぶ、おばあちゃん」
同時に言ったふたりが顔を見あわせる。
「え?、え、な、ええっっっ!?」
花菜が言葉にならない叫びをあげる。自分が、目の前に!
「こ、こ、、、え?え? わ、わた、わたし? これ、わたし!? なに?なに?
どうしちゃったのぉ!?」パニクりまくる。
「ええ、やがまスィじゃ、この! 落ぢつィでよぐ見ろ。おめか゚わらスィで、吾が゚
わだスィだ」
わだスィ(私)だと言う相手を見る。臙脂のスリム・パンツ、オフ・ホワイトのと
っくりセーター、モス・グリーンのブルゾンを身につけている。みんな花菜の服だ。
自分を見る。母のおさがりの半胴を着ている。淵のわらしが目をぱちくりしばたい
ている。同類の彼でさえ取りちがえそうになるのだ、花菜が自分を座敷わらしと思
いこみかけてもむりはない。カヤが半胴の下に手を差し入れて花菜の乳首をつねる。
「いたっ!」
「おめさんか゚花菜だ。わらスィ様だば乳ァながンべァ」
花菜は痛む乳首を服の上からさすりながら、「……そうなの?」
「あだりめェさ、乳やって子育でんのでァねんだぉん」
「……そうか。じゃ、爬虫類?鳥類?」二人のわらしを見て、「ちがうよね」
「さぁで……何でござりあすべなェ、わらス様」
(#〜んだなぁ、そうスた分げ方でァれば、、、なんだべァ、淵の)
(%〜人おどがすがら、)
(#〜『ぎょ!類』)
(%〜『ぎょ!類』)いっしょに言って笑いあう。ひょうきん族なコンビだ。
(%〜まあ、両生類だべな)
「ええっ!? 蛙とかの仲間なのぉ!?」
(%〜んでね。両生類は両生類でも、自然界ど)
(#〜超自然界どの)
(%〜両方で生ぎでるのだ)
(#〜両方で生ぎでるのだ)
「そんな両性類って……どうしたの、おばあちゃん!?」
カヤが大きく身ぶるいして前かがみになる。
「憑ぎもの落ぢだけァ、急に慄ェきて……」
「だいじょうぶ?」
(#〜悪がったな、カヤ……)
「家入ろう?」
「いや、わらス様、お頼みスィあんす、もいっぺん俺さ憑ィでくれなんスィ」
(#〜なに!? なスィてまだ…)
「むがァし、亭主生ぎでらったどぎ、昼よぐ自転車こいで浜さいって弁当食たった
のす。もいっぺんやってみでぇなあど思ってなんす。もォはとってもひとりでァ自
転車さ乗れねども、わらス様いっしょでばでぎァんすべ。んだがら」
(#〜ふーん……)カヤの垂れさがったまぶたの奥の瞳をのぞきこむ。(#〜わが
った。ンでァ)カヤの手をとりそのからだの中に入っていく。

「とんでもねえ!」樺太郎と加寿子が同時に言う。
「自転車なんど、ばァちゃん何十年乗ってねってや。やめでけろ。歩ぐたってヨロ
ヨロってでがら」
老母を気づかう樺太郎の気持ちをわからないカヤではない。が……
「俺の最後の頼みだど思ってけろ、な、樺太郎。乗れるが乗れねが、下の公園でや
って見せっからす」
 最後の頼みと言われてはむげに断れない。公園でテストしてみるくらいはよかろ
う、まさか乗れはしまい。樺太郎が承知して、自転車が公園に持ちこまれる。
(わらス様、良がんすか)(#〜任せどげ、カヤ)心身の統一がととのったカヤは
身のこなしも軽くサドルにまたがってすいすい自転車を乗りこなす。
「すごい! おばあちゃん」花菜が拍手する。
居ならぶ樺太郎と加寿子と美津子、あっけにとられて見ている。
「……乗れるのァわがった。ンだども、道路さば車ひっきりなスィに通るんだがらな」
どうしても心配な樺太郎が言う。
「だいじょうぶよ、おじいちゃん。わたし、おばあちゃんのこと気をつけてるから」
花菜が言いはる。
「おめにどったな責任とれる!」
孫を叱りつける樺太郎に、
「樺太郎、いづまで花菜ァ子どもあつけェすっ気だ! ほんに孫思うんだれば責任
もだすごどだ。自由にさすごどだ。それでぎねンで何が大人だ!」
カヤが厳しい口調で一喝してどうにか家族を説き伏せる。
 美津子に弁当をこしらえてもらい、昼すぎに出発する。花菜は自分の自転車、カ
ヤは恵美の自転車、年寄りの足に合わせてペダルを踏み20分ほどで浜につく。
 この日の空ときたら、海と色をきそって空が「勝ったな」と言ったほど、すごい
青だ。勝ち誇る空にそ知らぬふうに白波をそよがせる海はおだやかだ。季節のうち
でもっとも気候の安定する時季であり、波風の立とうはずもない。自転車をおりる
と耳に残る風の音がやさしい潮騒と海猫の鳴き声に消されていく。ふたりは乾いた
丸い浜石のうえにじかに腰をおろす。
 花菜がからだいっぱいで伸びをする、「ああ〜、いい気持ち。……淵のわらしも
くればよかったのにねえ」
「ほンにさ。『昨日ァ山登り今日ァ浜だど? かんべんスてけろや』て淵さ帰って
スィまェあんスたおな。昨日ァぜんぶお世話かげあんスたがら、いづれお礼さ出が
げンべスィ。……それにスても、まンず、は、気持づィこええごど」
「ほンに、気持づィこええやぁ〜」言って、ちょろっと舌を出す花菜。
「まンだ人の真似こスて」カヤは拳をふりあげて叩く真似をするが、にこにこ笑って
いる。二人はほんとうによく似ている。
「おかっぱ頭にスたらば、まって、わらス様ど見分げつかねべな」
「わたし? うん、びっくりした。でも、わたしおばあちゃんの若いころとそっく
りなんだって? てことは、そのころはおばあちゃん、じゃないな、カヤお嬢さん
がわらしそっくりだったのかな……そのころわらしと会ったことあるの?」
「……忘れだ、は。んでも、、、ああ、せンば、俺ァ女学校までおかっぱ頭だったっ
た。花菜の年こ゚ろさなっつど皆んな髷にするもんだったども、俺ァ厭んたくてな、
雑誌の写真のモガ真似で、こう、後ろァ耳たンぶの上あだりで揃えで。仲良がったト
ミってのど俺ど、二人だげァ……」息をのんで話をやめてしまう。顔から血の気が
ひいていく。
「どうしたの?」とたずねても、まなざしを宙にさまよわせてみじろぎもしない。
「疲れたの?」ときかれてようやく、
「いや。そンでァね。さ、弁当食べンべ」と言って包みをほどきはじめる。
「あ、うん」
 春からほとんど登校していない花菜に久々の弁当は格別の味がする。カニクリー
ムコロッケ。ひじきの煮つけ。アスパラガスにハムにプチトマト。花菜のすきなも
の。いつでも花菜に持たせてやれるよう美津子がふだんに用意しているのがこうし
て思いがけないところで役だつ。ピーマンの炒めもの。花菜のきらいなものを一つ
入れてよこすのもいつもと同じだ。花菜は涙がでそうになって弁当を膝におろす。
「何スた。疲れだが?」
「ちがうの」
「お茶のむが」
「うん」
カヤがついでよこした熱い茶でくちびるをやけどしそうになる。「あちっ!」。気
つけろよ、ってももうおせェな、ふふふとカヤが笑う。



#3065/5495 長編    *** コメント #3064 ***
★タイトル (QWG     )  95/ 5/ 2  17:42  (177)
けせん(8)   道路掃除人
★内容
 香りたつ熱いほうじ茶をのんで食欲がでる。ご飯はピクニックらしく俵形のむす
びにしてある。それにカヤのすきなもの、たらこの煮つけ。ふたりはしばらく黙々
と食べる。
「ひいじいちゃんとこうして」もぐもぐ「よく来たって?」もぐもぐもぐ。
「ンだ」もぐもぐ「樺太郎ど」もぐもぐ「姉っちゃ荷台さ乗っけで来たり」もぐも
ぐもぐ。
姉っちゃとはカヤの長女のことだ。
「ふーん」もぐもぐ「樺太郎って、ちょっと変わった名前だよね」もぐもぐもぐ
「ひいじいちゃんがつけたの?」もぐもぐ。
「いや」箸をとめて茶をすする。「俺がそうスてェったのす。親ァ目え剥いだった
ども、づィっちゃァ俺さ味方スてけだった。人さあらがァねェひとだったども、あ
んどぎァたのもスィがったな。それがらこれ」箸でたらこをつまみあげる。
「たらこ?」もぐもぐもぐ。
「たらごだげァ何ぢょでも厭んたって、ほンで俺も食ァねよァになってのェ。まだ食
よァになったのァ加寿子嫁さ来てがらだな」と言って口に入れる。「ンめェ」もぐも
ぐもぐ。
 食べあげて花菜は茶を一口のみ、ふうっと息をつく。
「ごちそうさま。ひいじいちゃん、とうさんが生まれる前になくなったんでしょ?」
「ああ、戦争終わった年だった」カヤは半分も食べずに弁当をたたむ。
「戦争には行ったの?」
「いや。婿どァいえ地主の跡取りだったがらな。歳も四十いってだったスィ。ンだど
もやっぱりあれァ戦死だ。芯がらおどなスィい人で旦那らスィぐねど言われもスた
ったどもな。小作、漁師のせか゚れどァ出征の挨拶さ来るたんび、こう、がっと手ぇ
とって、、、凝っと、、、まなぐさ涙ためで何も言えねがったっけか゚。次々に戦死
の知させ入って……。心の中で戦争スてらったんだ。ほンでとうとう敗げでスィあん
て、病気さなって。俺のほがァだれも知さねども、あれァ戦死だった」
淡々と話したあとしばらく黙りこむ。
「おどなスィ人だったぁ……。俺か゚立上か゚らせでやんねばねがったんだべがな」
50年心の奥でだけ繰りかえしていた口ぐせ。それをはじめて人に話してすいと立
ちあがる。花菜もつられて立ちあがる。曾祖母のまなざしの向かうところを見よう
とするのだが、それはかすんだ水平線の彼方にあるようである。大型の貨物船がゆ
っくりと湾内にはいってくる。
「花菜、あれァ外国船が?」
「そうみたい」
「ロシアの船でァねが?」
「遠すぎてわかんないなあ」
「んだが……」
「ロシアの船ならなんかあるの?」
「いや……。みんな心配させねよァに、そろそろ帰っか」
「……そうだね」
 浜から戻った家の玄関でカヤは嘔吐しそのまま寝ついてしまう。
 その夜。
(#〜はな、はな……)座敷童が花菜をゆり起こす。
「う…ん、、、あ、わらし。なに……?」
(#〜カヤァ話コあるど)
「おばあちゃんが話? ……」まるで目がさめていない。
(#〜早ぐ部屋さ来)と言ってわらしが消えてしまうと花菜はそのままからだを倒
して寝にはいろうとする。閉まったドアの面に首だけだしてわらしが(#〜早ぐ来
てば!)叫ぶのでさすがにびっくりして目がさめる。(#〜早ぐ来よ)もう一度言
って首が消える。時計を見ると0時半、さっき床についたばかりだ。
「もう、、、なんで起きてるうちに言わないのよ……」ぶつぶつ言いながらスリッ
パをつっかけ半胴を身にまとう。
 みんな寝静まった母屋は不気味で苦手だ。びくつきながら薄暗い廊下をわたって
いくとカヤの寝間の前を障子越しの白光が照らしている。
 ほっとして部屋に入るとカヤの枕元にわらしがあぐらをかいている。(#〜きた、
きた)ふり向いて言う。カヤは苦しげにからだを起こそうとする。
(#〜むりに起ぎンべどスィなくたてええ)言いながらカヤの背に腕をまわす。カヤ
の顔色は蛍光灯の光に溶けてしまいそうなほど白い。
「むりしないで、おばあちゃん。寝てて。かあさん呼ぼうか」動悸がしてくる。
「心配スィねンでええ。こッツさ来」手招きする。わらしが枕のうえのほうに移り、
そこに花菜がすわる。
「さで。樺太郎ど名づげだ訳、話すべが、なぞすべァど迷ったども……」二、三度
まばたきしてから話しだす。「づィっちゃど添う前に、駆げ落づィスたごどあるのす」
「駆け落ち!? で、その相手の名前が樺太郎……」
わらしが花菜の袖をひっぱる(#〜あわでるな、この! 単細胞!)
「あーっ! 両生類のあんたに言われたくないね!」
(#〜両生類でなに悪ぅ!? マザコンの、代用品好ぎの、自己中心の、頭でっか
づィの人類だら、なんぼのもんだってや!?)
「う、売りことばに買いことばじゃない、そこまで言わなくたって……」思わぬわ
らしの剣幕に鼻白む花菜。
 はぁはぁはぁ、とカヤが息をもらす。はっとふたりが見やるとその目は笑ってい
る。笑い声だったらしい。
「あんだだづィ見でっと、まって昔のトミど俺見るよァだ。……中田トミ、女学校
入ってすぐ仲良ぐなって、トミァ家、学校の近くだったがらいっつも帰りに寄って
話こスたり遊んだもんだった。
 トミにァ仙台の大学だがどごさ行ってる兄様おって、その、確かァ一関の人だっ
けか゚、同ズ学校の友達どトミ、まぁ、いづのひまにが恋仲どなってスィまッたのす。
それはまず良がった。とごろか゚、女学校の最後の年、その男ァいぎなりロシアさ
行ぐっつんだ。……俺さも何も語ンねがったか゚、トミ、スィばら〜ぐ悩んでらったふ
だ。……まず、一関さ嫁ぐつんだれァ親も許スたがも知ェねども、ロシアさ政治亡
命だっつんでは、なじょにもかじょにも、だれ許すべァ。別れるが駆げ落づィすっか、
後のほァ選んで、ロシア行ぎの船ァ出る仙台の港で落づィ合ンべどスた……いや、
大船渡の港で落づィ合って船で仙台さ行ぐづごったった。
 もは二度ど生ぎでァトミど出会われねが知ェねがら、見送りさ行ぐべどスたった
れば、家出るどごと捕まってトミ出らェなぐなった。それで俺、男さ知させンべど港
さ走った……
 ……ふたりのごど憧れでらったども、男のごど好きだづ訳でァねがった。卒業ス
たらすく゚と婿取り決まってで、そェづァ厭んたくて厭んたくて。モガみだぐ自由に
生ぎでるおなごもいるづに、俺ァ十八がそごらで髷頭スて、モガだなぐ嬶ど呼ばる
よァになる。厭んたがったぁ……ほンでトミ妬まスィぐも思ったった……。
 話こ聞いでしょんぼりする男見でだけァ、きゅうにこう、乳の下あだりぎゅーっ
となって。なんだがわがんねよ。スたども、自分か゚トミだど思えできて、この人ど
逃げンべァ!『俺ど逃げんべァ!』て言ってらった……。男ァどでんスたったか゚、
むりっくり後さつぃでって、とうとうロシア行ぎの船さ乗り込んだった……。
 まず樺太、いまのサハリンだ、そごがらウラジオストックさ下って、どごどがどど
ごどが経由して、最後にモスクワさ行ぐ。ど、男がら教ェらェだったか゚、樺太のほ
がァ初めで聞ぐ名だった……
 気仙がら出だごどもねェ娘っこだったおん。心細くてなぁ……。たった一人頼む男ァ
先のごどで頭いっぺェだふだった。そったに泣いでばりいだら樺太さ着ぐ前におめ
の涙で船沈んでスィまうって、あぎれられだり、怒られだりスて……。戻りたくたっ
て、泳いでも帰れねべスィ、樺太さ着ぐまで泣ぎどおスだった……
 樺太さ着ィで、さあ、帰るごどスか頭さねがった。男も足手まどいど思ってらっ
たんだべ、帰ったほァ良ェっていうものの、おなこ゚独り船さ乗さェねがらスィばら
ぐ待でって……俺ァそれでも帰りてがったどもな……
 男ァ同志達どなんだが忙スィぐ飛び回って、俺ァ地元の高等小学校の先生夫婦の
家さあずげらェでらった。その人達ァまって善ェ人達でなぁ。俺のごど本土がら来
た親戚だづごどにスて友達さ紹介スてけだり、運動会さも連れでってけだり、ほンに
やさスィぐスてもらたったぁ。その御夫婦がら諭されで親さ侘びの手紙書いで迎え
さ来てもらうごどどなった。迎えさ来るづ返事届いでがらでも、こっちさ着ぐまで
一月以上はかがるんだ。ンでも、その間ァ楽スィがったよぉ。先生の近所の人の子
どもさ勉強教ェだり、土地のいろんなごど教ェでもらったり。よぉぐ仲良ぐスても
らったぁ……。
 まぁ、親がら叱られンのァ仕方ねァなぁ、船ン中で縁談こわれだ、ほどぼりさめ
るまでおどなスィぐスてろどきづぐ言われだ。そのごどァ当だり前だど思うより良
がったど思たった。女学校さ頼みこンで放校どァなんねよァにスたど聞いだどぎァ、
ありか゚でェど思ったったか゚、ついに行がねがった。同級生ど顔合わせられながっ
たスィ、トミさばなおさらだえん……。
 家さ帰ってなんぼもスィねぇうづィだ、婿さ来るはずだった人ァ仲人とおスて、な
ぞスたってこの縁あぎらめらェねがら、なんとが話戻スてけらぇんど言ってきた。
親どァ感激スて、願ってもねェど言ったか゚、俺ァもォいっぺんそん人のほんとの気
持づィ確かめでけるよァに言った。スたっけば、そん人ァ俺ど夫婦さなれるンだら
ほがにァ何も望まねェづごったった。……んだ、づィっちゃだ。
 婿さ来っどぎ自転車もってきたのァびっくりスたスィ嬉スィがった。口数の少ねェ
人だったか゚、ずうっと後さなって語ったった、俺自転車さ乗ってるどご見で愛け゚ェ
なあど思ってらったんだど。ンで、俺どの縁談来たどぎァ神さんさ手ェ合せで喜んだ
ったど。
 初めのやや子でぎだどぎ、訳話スて、男わらスだったら樺太郎どつけてェど頼んだ。
あの人ァ黙って承知スてけだった。……訳? 樺太で受けだ親切ねンば、こうスて子ォ
成すごどァねがったど思ったったがらす。樺太ァ俺の第二の生まれ故郷だ。その子ァ
おなこ゚わらスだったども、次の子ァ男だったがら樺太郎ど名づげだ。
 ……いままで誰さも語らねがった話だ。……どんどはれァ、てが」はぁはぁはぁ、
とカヤは笑う。
「花菜、水っこ持ってきてけねが。喉乾いでスィまった……」
「うん」
(#〜カヤ)花菜が出ていったあと座敷童が言う(#〜悪がったな。汝の命縮めで
スィァんたよァだ)
(静が〜に死んでぐべァどスたったどもな)目が笑う。(跳ねっこ馬らスィぐ死ね
で良がったよ。ありか゚どな、わらス様、ほんとに、だんだん)わらしの手を握る。
 花菜が持ってきた水を受けとる力がもうカヤにはない。おばあちゃんと呼ぶ声に
目をうすく開けてかすかに唇を動かす。
「なんて言ってるの、ねえわらし、なんて言ってるのよ?」曾祖母から目を話さず
わらしを問いつめる。
(#〜花菜だれば聞けるはずだ)
(負げんなえ、花菜、負げんなえ)その最後のことばを花菜は確かに聞く。おばあ
ちゃん、おばあちゃん、花菜は静かに繰りかえし呼んでようやくカヤの死を知ると、
その手を両手で握り自分も身を横たえ胎児のように体を丸め嗚咽をおさえてずいぶ
ん長いこと泣いている。泣きやむともう一度、おばあちゃん、呼んで手をはなす。
 そうしてひいばあちゃんとの別れが済むと母のもとへ行って告げる。
「おばあちゃんね、いま」ふたたびこみあげてくる嗚咽をこらえる(もう泣かない
んだ)
「おばあちゃんが、どうしたの?」
美津子の問いのあいだになんとか嗚咽をおさめ、
「なくなった」言ってしまうと心がとても静かで透明になる。
 十五の娘のおどろくほど大人びた厳粛なようすに母はそのことばの意味をさとる。

 小春日和の昼さがりのことである。わらスィい、淵のわらスィい、と呼ぶ声がす
るので鼈が淵から浮かび出ると、臙脂のスリム・パンツ、オフ・ホワイトのとっ
くりセーター、モス・グリーンのブルゾンを身につけたおかっぱ頭の少女が手を振
っている。
(%〜!!座敷のわらスでねが。珍スィな、汝がら出がげで来ンのァ)
「今日はカヤァみまがったごどォ知させさ来たんだ」
(%〜覚ェだ。カヤだば、だェぶ前だども、^^まだあんただづのマギになりァんす、
まんづは、よろスィぐなす^^てご丁寧に挨拶に来たった)
「へえ! ンなのが。ンで、今はなぞスてらんだ?」
(%〜いっさいじゃくめつ、吾にわがるはずァねべァ。空になったが色になったが
……そら、人によっていろいろだがらな。ンでもあの跳ねっこ馬だがらなぁ、前世
の気仙すぱっと忘ェで、海の向ごうさでも跳ねでったんでねが?)
 あははは、、、と少女はからだを折ってひとしきり笑い「ンだがも知ェねな。う
ん、吾もそった気する」
 んでァ、まだな。にっ、と笑って少女は立ち去る。
(%〜なんだが妙だな、あェづ……そう言ェばカヤさ憑ィでがら人間臭ぐなったみ
でェだ)鼈は首をかしげながら淵の底へもどっていく。その途中で鮭をとった、雄
鮭だ。おそらくはそれが冬ごもりのための最後の食糧となるだろう。
 おかっぱ頭の少女は淵に背を向けるとちょろっと舌を出す。腹を押さえて声をた
てないように笑いながら国道を歩く。道をそれて秀二の家の庭にはいり、玄関に立
つと「こんにちは!」とほがらかに呼びかける。
                                     (了)



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