#356/598 ●長編
★タイトル (AZA ) 10/04/29 23:54 (454)
士の嗜み 1 永山
★内容
オープニングの収録が行われるいつものスタジオに、前回より一名少ない顔
ぶれが集まっていた。
第三関門を迎える『プロジェクトQ.E.D./TOKIOディテクティブ
バトル』。椅子に腰掛けて待つ十一人の参加者達は、番組にだいぶ慣れてきた
のか、リラックスしていた。そんな場の空気は、司会を務める井筒隆康が登場
しても、大きな変化は見せなかった。
「ミステリは魔物。解けるか、嵌まるか。名探偵誕生の瞬間を追う、『プロジ
ェクトQ.E.D./TOKIOディテクティブバトル』。これより第三関門
を……と、その前に」
恒例になりつつあるフレーズを途切れさせる井筒。参加者の間に、緊張感が
少し戻ってきた。井筒は自分の言動が場に与えた効果に満足した風に、にやり
と笑った。表情を引き締め直すと、話を続ける。
「前回は途中で姿をくらましてしまって、大変失礼をした。お詫びに、君達を
接待させてもらいたい」
誰彼となしに、「接待?」という声が上がった。
「平たく言えば、食事に招待しよう。ちょうど昼時だし、異存はないと思うが、
いかがかな」
撮影が始まると、食事の大半はテレビ局の用意した弁当で済ませることがほ
とんどだ。それなりに豪勢なときもあるが、やはり弁当には弁当の限界がある。
皆、司会者の誘いに喜んで応じた。
「では集まってもらったばかりではあるが、すぐに移動だ。局の食堂じゃああ
りません。近くのレストランに予約を入れてある」
一段高い舞台から弾んだ足取りで降りると、先頭を切って出入り口に向かう
井筒。同じく司会を務める新滝愛が彼に続き、さらにそのあとを十一名がぞろ
ぞろと。
「私達全員をレストランにご招待だなんて、井筒さんのポケットマネーかしら。
太っ腹」
「稼いでいるって噂ですからねー、井筒さん」
ヘアスタイリストの郷野美千留と、タレントの若島リオによるお喋りが小さ
くなり、程なくしてテレビカメラの捉える場面が転換する。
レンガ造りの店舗――レストランの入口からの絵が数秒映され、続いて中の
映像に切り替わる。広い店内のほぼ中央、大きな円卓の席に“名探偵候補”十
一人と、番組の司会進行役二人が着いていた。収録されるが、本当に臨時の事
態だったためか、貸し切りとはいかなかったらしく、周りのテーブルのいくつ
かは、一般客らしき面々で占められていた。幸い、このレストランの利用者は、
有名人を目撃したり、テレビの収録に遭遇したりしても、騒ぎ立てないだけの
マナーを弁えた人達のようだ。
「個人的には、もっと変わった趣向でもてなしてみたかった。たとえば、場所
を挙げるなら監獄や海中、はたまた気球のゴンドラの中。料理にしても、物語
世界を堪能できる物を用意できればよかったんだが、如何せん、私のポケット
マネーでは限界が」
つまらないジョークながら、場が一層なごむ。そうする内に、料理が運ばれ
始めた。
「名探偵たる者、中流より上のマナーも身に着けていなければならない、なん
てことは言いません。これはテストではないので、ご自由に召し上がってくだ
さい」
「匂いだけでうまさが分かる、非常に結構な料理だが」
元刑事の沢津英彦が、料理に口を付ける前に喋り出した。
「第三関門のテーマを早く知りたいものだ。おあずけを食らっているようで、
落ち着かん」
「それは申し訳ありません。が、おいおい話すつもりですので、しばらくの間
はご辛抱を」
「じゃあ、別の質問をいいですかね」
野呂勝平が口を拭いながら言った。ルポライターとして名をなす男だが、今
はわざと粗野に振る舞っている節があった。
「前回の出題ミス、というよりも設定ミスは本当にミスだったのか、それとも
わざとなのか、知りたいなあ」
「ご想像にお任せするとしか言えません」
笑みをたたえて応じる井筒。彼の様子を見て、専業主婦の小野塚がにこにこ
しながら、
「名探偵にふさわしいとの自負があるのなら、得意の推理力を発揮してみれば
いいだけの話……ということのようですね」
と静かに告げた。井筒は裏に隠した毒気を抜かれたみたいに、「まあ、そう
なります」と素直に認めた。
「名探偵候補には、芸能人を含めて多士済々な職業の方が揃っていますが、デ
ィナーショーのようなものをなさったことのある方、おられます?」
新滝が話題を振る。即座に反応したのは若島。口の中の物を急いで飲み込む
様が窺えた。
「あたし、ディナーはないけれど、ケーキバイキング付きのショーならありま
すよー。今よりもっと若い頃でした」
「ケーキバイキングって、あなたのファン、大部分が男の子じゃないの?」
円卓のちょうど反対側に座る八重谷さくらが、意外そうに声を上げた。口に
食べ物を持って行く途中で一時停止し、目を丸くしている。常にテレビカメラ
を意識している節のある彼女にしては、素の表情を見せたのは珍しい。
「そうなんですよ。だから、ケーキバイキングは失敗といえば失敗なんですけ
ど、主催者的にはOKでもあるんです。だって、ケーキ代を抑えられるじゃな
いですか。――あ、ここ、カットお願いしまーす」
ナイフとフォークを置いて、両手にチョキを作る若島。
「ディナーショーとなれば、マジックもよくあるんじゃないですかな」
堀田礼治が言った。七十を超える年齢の割に、よく食べている。
尋ねられた形のマジシャン、天海誠は皆の視線を意識した風に、食事の手を
止めた。
「仰る通り。私も幾度か経験しています。会場の前に舞台があって、大掛かり
なマジックを行うスタイルと、各テーブルを周り、クロースアップマジックを
披露するスタイルがありますが、個人的にやりがいをより感じるのは後者です
ね。たいてい複数名のマジシャンで行いますから、自然と比べられてしまう」
「中には嫌な客もいるんじゃないですか? 種を呟くとか、カードを取れと言
われて変なところを選ぶとか」
美月安佐奈が好奇心を隠さずに聞く。保険調査員の彼女にとって、嫌な客は
多いのかもしれない。
天海が答える。
「嫌な客というのはいないと思っています、ショーそのものを妨害する人がい
たとしたら、もちろん嫌ですが、それは最早お客様ではありません。美月さん
が挙例されたタイプの人もまた当然います。ですが、その程度のことには臨機
応変に対処してこそ、プロのマジシャンと言えるんじゃないでしょうか」
「なるほどね」
納得した体の美月。堀田も黙って頷いている。
代わって、村園輝が天海に尋ねる。麗人の占い師は、心を見通そうとするか
のような視線をマジシャンに向けた。
「私、何かで読むか聞くかしたことがあります。お客の、マジシャンを困らせ
てやろうという行為は、結局は自分に跳ね返ってくるものだと。マジシャンは
困った客に臨機応変に対処するが、それは用意していたベストのマジックを放
棄し、次善三善のマジックに変更した結果かもしれないお客の立場からすると、
驚きのレベルが一段下がったものを見せられることになる、とか」
「確かにそのような側面はありますね。お客の責任と言ってしまえば身もふた
もありませんが、マジシャンは最高のものをお見せしたいので、なるべく素直
に従っていただきたいのが、本音ではあるかな」
「とすると、自分は最悪な観客の部類に入ることになる」
前髪をかき上げながら言ったのは、更衣京四郎。他人からの視線を充分に意
識した身振りに、美形と呼んで差し支えない容姿。現時点で、お茶の間人気を
郷野と二分している。ただし、更衣の場合は、嫌われキャラとしても上位争い
を演じているが。
こんな調子で食事は和やかに進み、デザートもおおよそ片付く頃合いに、井
筒が不意に手を一つ叩き、皆の注意を集めた。そして言った、どことなくいや
らしい笑みを浮かべて。
「みんな、聞いてくれ。勝負再開のときが来たぞ。第三関門のテーマを発表す
る。それは、基本的技術だ。食事が終わったばかりで申し訳ないが、早速その
一つ、尾行に取り掛かってもらおう」
ざわめきが波紋のように広がるが、すぐに収まった。回を重ねて第三ステー
ジ。各参加者は徐々に、しかし確実に慣れてきている。
「基本技術ったって、尾行だけじゃないでしょ。他にどんなことをやるのか、
教えてくれないのかしら」
八重谷が質問しつつ、口元に紙ナプキンを何度か押し当てた。
井筒はというと、返事することなく、すっくと立ち上がると、参加者達にも
スタンダップ!と命じる。
「さあ、早く出たり出たり。会計はこちらで済ましておくからね」
「ちょいと、井筒さん。これはいくら何でも、説明が足りないんじゃありませ
んかな」
年齢のせいか、一番大儀そうに立ち上がった堀田が、非難気味に言う。背も
たれに片手をつき、もう片方の手では拳を作って、わざとらしく腰を叩いてい
る。
「礼を失するような形になった点については、お詫びしますよ。ただ、どのよ
うな場合でも探偵たる者、注意を怠ってはならないことを改めて示したかった
もので」
「んん?」
司会者の発言を聞き咎めたは、堀田だけではない。全員が間違いなく注意を
惹かれた。だが、そこで一瞬でも足を止めたかどうかで、差が付くことになる。
数名は止まることなくそのまま外に向かい、数名は止めた足をまた始動し、残
り数名が振り返った。
店のすぐ外には、もう一人の司会者・新滝がすでに出ており、両手でフリッ
プを掲げ持っている。黄色地に黒い文字で、<尾行するターゲットは 店に入
る場合から見て 右手奥のテーブルに座っていた客>と記してあった。
「記憶力テストめいたことをさせられるとは、予想だにしておらんかったわ」
最も後れを取った堀田老は、焦りをごまかすように顔いっぱいに苦笑いを浮
かべ、しゃきしゃきした足取りで外に出た。
ここで番組上は、事後に収録されたインタビューの内、数名分が挿入される。
堀田礼治
「まったく、本日のあれには慌てさせられた。油断が招いたのだから自業自得
と言われれば、返す言葉はないが……武道の達人じゃあないのだし、常在戦場
は勘弁してもらいたいものだね」
天海誠
「あのテーブルについていた名探偵候補の中で、私が一番喋っていたと思う。
そのためか、席を立ったときに、水で喉を潤しておこうと、コップに手を伸ば
してしまった。それが出遅れにつながりましたね。距離にすればわずかではあ
っても、実際の差は意外と大きかった」
若島リオ
「別に探偵として常に注意を払おうってつもりはなくて、ただ何となく、周り
にいる一般のお客さんが、あたし達みたいな有名人が揃ってるのに、全然注目
してくれないなー、さびしいなーって、ちょっぴりご立腹気分だったのよね。
それであたし、見えやすいから、ちょうど尾行相手の人をちらちらと観察して
いたわ。超ラッキー!」
沢津英彦
「職業柄――正確を期せば元職業だが――、周囲には常に目を配っている。電
車で隣り合わせになった男が、指名手配の奴だなんてことは、起こり得るのだ
から。退職しても、その意識は変わらない。今日の昼食の際でも、同じだった。
それだけのことさ。うむ」
郷野美千留
「正直に白状するとね、最初の尾行ってテーマ、完全に油断してた。食事は楽
しまなければ損という考えの持ち主だから、私。そんな隙だらけだったのに、
わずかながら運があったと思うのは、お皿の中を綺麗に平らげたあと、コンパ
クトを取り出して、自分を見たとき。鏡にちらっと映ったのよ。後ろの席にい
た一般のお客さんが、誰かとアイコンタクトする風な様子が。その視線の先を
そっと覗くと、スタッフがいた。ぴんと来たわ。やだこれ、絶対に何か仕込ん
でる!って」
尾行に関しては、比較的あっさり終わる。
無論、課題には違いないので、ルールが定められており、順位も付けられた。
ルールは単純明快。レストランにいた一人の客が同日午後三時の段階でどこ
にいるかを、名探偵候補者達は各自で突き止め、司会者の井筒に携帯メールで
報告する。正しい答を報告した順が早い者から一位、二位……となり、上位か
ら十一点、十点……と点数が与えられる。ただし、制限時間(午後三時十分)
を過ぎても正解できない者は得点なしとする。
正当な形で尾行に成功したのは、沢津と郷野、若島の三人。彼らにほんの少
し遅れる形でレストランを飛び出した私立探偵の更衣は、抜け目なく沢津のあ
とをつけ、程なくしてターゲットを目で捉えることに成功した。
街中をあちらこちらへと歩き回らされた挙げ句、午後三時を迎えた。その瞬
間、ターゲット一番近くにいたのは沢津で、元刑事の面目躍如と言える。が、
落とし穴があった。彼の年代ではよくあることかもしれないが、携帯電話でメ
ールを打つのが苦手だったのだ。文書作りに手間取る間に、若島が早打ちで一
位を獲得。僅差の二位に、尾行中におおよその文章を作っておいた郷野が滑り
込む。沢津は更衣にも抜かれ、四位に甘んじた。
以下、更衣に食い付くことでどうにか尾行に加われたフリーライターの野呂
が五位。彼とほぼ同時に店を出た村園は、男装の麗人だからという訳でもある
まいが、体力面での弱点が出て、じきに息切れ。しかし、先行の者達が集まる
気配を察し、遅れながらも正解を報告した。同じ女性陣でも作家の八重谷及び
主婦の小野塚はよく食らいついたが、両名とも長く歩くのには向いていない靴
のせいもあり、途中で見失った。彼女らよりもあとから来た美月は、保険調査
員の経験を活かせたのか、一般の通行人らに聞き込みをすることで失地回復し、
七位に入った。
一方、完全に出遅れたグループは、多少の粘りは見せたものの、結果から言
えば悪あがきに終わった。堀田、天海の二人は、そもそもターゲットの人相風
体服装など一切のデータを持たない。それどころか、性別すら知らぬままであ
った。こうなるとできることは、他の参加者の影を追うぐらいしかなく、虚し
くタイムアップを迎えた。
尾行の課題を終えた時点で、この第三ステージにおける名探偵候補者達の順
位と点数は、次のようになった。
若島11 郷野10 更衣9 沢津8 野呂7 村園6 美月5
八重谷、小野塚、堀田、天海0点
ルール説明が前後する形になったが、今回のステージでは、こうした小さな
課題を三回行い、その都度加点。全ての課題を終えたときの得点で、メインの
課題の有利不利が決まる仕組みになっている。脱落者を決定するメインの課題
では、それまでの得点はリセットされる。
さて、次なる課題は――。
「強い日差しの中、街中を引っ張り回され、きっと疲れていることだろう。だ
が、どんなときにも事件は起こり得るし、依頼人が来るかもしれない」
井筒の口上を聞く参加者達を、もし分けるとしたら、三つに分けられよう。
スタートダッシュを果たし、気力充実している者。実際に疲労の色が濃く、集
中力が落ちかけている者。徒労に終わった尾行の結果を受け、挽回を期す者。
「先ほどは尾行のテクニックの他、瞬間的な記憶力や聞き込みの手腕も活用す
る余地があったと思う。しかし、少なくとも一点、現実の尾行とは異なってい
た。それは、尾行相手に気付かれるリスクがなかったこと」
「やはり、そうだったのか」
沢津が大きな吐息とともに言った。脱力感が滲み出ている。
「さっきの尾行で、こちらは気付かれまいと注意を払っていたのに、相手の方
はたとえこちらを振り向いたって、何のリアクションもなかった。不自然だと
は思っていたが、気付いても気付かぬようにする手筈になっていたんだな」
「さよう。純粋に、持続的な追跡能力だけを計測したかったので。話を戻すと、
ではターゲットに気付かれそうになった場合、どうやり過ごすか。二人一組で
いたなら、相棒に交替して自身は尾行から外れるという手法が一般的だが、こ
こでは単独で尾行するケースに限定する。第三者の通行人に咄嗟の協力を求め
るのも、この際、なしとしよう。となると、残るは――変装だ」
「変装?」
おうむ返しのつぶやきがいくつか上がる。予想していない方向に話が進んで
いる証だった。
「尾行相手にばれたあと、素早く変装できれば、尾行の継続が可能になってく
る。あるいは、逆襲に転じられた状況を想定してもいい。敵に追われ、逃げ切
るのに、変装は武器になる」
「要するに、変装をテーマにしたいってことでしょ? だったら、無理に関連
づけずに、さっさと切り出せばいいじゃない」
づけづけとした物言いは八重谷。出足で躓いたため、内心、いや、表情から
していらいらしている。
「かないませんな。その通り、変装もテーマではあるが、付随して隠れるテク
ニックも見てみたい。という訳で、これから皆さんには午後四時までに変装し
て、逃げてもらいます」
体力重視の勝負が続くことに、名探偵候補の大半がげんなりした声を漏らし
た。
「その次は逮捕術、とかじゃないでしょーね?」
若島リオが投げやりに叫ぶと、司会の片割れ、新滝が「それはありません」
と律儀に答えた。
番組の進行はルール説明に移る。
午後四時から六時までの二時間、各人にはゼッケンが配布され、それを身に
着けて行動する。追跡者に見付かり、ゼッケンに記された八桁の数を携帯電話
で司会の井筒に報告されると失格、退場。逃げ切った者全員に11点。時間内
に見付かれば、早い順に0点、1点……となる。言うまでもないが、ゼッケン
を身に着けなかったり、番号を隠したり改竄したり、あるいは逆さにするなど
読み取りづらくしたりといった行為は禁止。
変装するしないは自由。変装には、ホテル内にある物を自由に使ってよいが、
外部から何らかの道具などを調達する行為は認められない。
場所は、参加者達が宿泊するホテル全体。貸し切り状態にして行われる。追
跡者として、井筒の放つ男一人、新滝の放つ女一人の計二名を送り込む。これ
に加え……。
「名探偵候補者諸君も追跡者となる権利を有する」
「え、どういうこと?」
「退場前なら、いつでも参加者が他の参加者のゼッケン番号を私に報告してく
れてかまわない。そのことによる得点はないが、ライバルを早く退場に追い込
むことは、このステージで有利に立つことに通じる。尤も、全体の利益を考え
るなら、お互いに報告し合わず、最後まで全員が隠れ通すことを目指す方がい
いだろう。我々サイドから言えば、11×11点を払わねばならなくなるのだ
から」
「ナンセンス。得点をあとで大金にでも換えられるならともかく、全員に11
点が入っても、順位に変動はない。そちらの懐が痛む訳でもなし」
更衣が切って捨てる。
「まあ、どんな作戦を取るかは、各人の自由だ」
「あの、よろしいかしら。それよりも根本的な疑問が」
「どうぞ、小野塚さん」
指名された小野塚は、挙げていた手を下ろすと咳払いを小さくした。
「ゼッケンを身に着けるのであれば、変装をしても、すぐにこの番組の参加者
だとばれてしまうのではありませんか」
「おっと、その点の心配は無用。何故なら、ホテルの従業員及び番組のスタッ
フ全員が、同じようなゼッケンを着用するのだから」
井筒は両手を大きく広げた。その先にいるスタッフ達が、もぞもぞとゼッケ
ンを付け始める。
「ゼッケンを付けないのは、私と新滝君、それに二人の追跡者のみだ。なお、
我々が差し向ける追跡者二人は、君達の顔は把握しているが、従業員やスタッ
フの顔までは知らない。
もう一点、注意しておくと、仮に見付かってしまったとき、身動きできない
ような見苦しい格好で隠れていたとなると、後々の判定に悪い印象を与える場
合があると心得ておいてくれたまえ。無論、このゲーム内では暴力行為はだめ
だが、実際問題、見付かったら即座に応戦できる姿勢でいるべきだと私は考え
る。
他に質問は? なければ始めるとしよう。変装を施す者は、午後四時までに
済ませる。ゼッケンはこれから配るが、今この場で袋を開けないように。スタ
ート時点で着用していればいい」
若島リオ
「変装たって、化粧か眼鏡ぐらいしかないし、それならいっそ、顔はいじらな
いで、服装を変えようと思った。ありふれてるけれど、いいアイディアでしょ
でしょ? ちょっと考えて、厨房にお邪魔することにしたわ」
郷野美千留
「朝からたっぷり時間を掛けてきれいになったのに、尾行でくたくたのよれよ
れ。短時間でやっと直せたと思ったら、今度は変装だなんて。冗談じゃない。
そりゃあね、メイクやヘアスタイルを変えることで化けられる。でも、一人で
それをやっちゃ、浮いちゃうじゃない? 私ですよって頭のてっぺんでライト
を点滅させているようなもの。残るは服。好みじゃないんだけれど、女性従業
員の中に紛れ込むつもり」
更衣京四郎
「特に策はないな。今回のテーマは、どれも探偵の仕事ではあるだろうが、名
探偵の仕事ではない。一通りこなせればいいのであって、優劣を付けるほどの
ものではないと個人的に思う。まあ、これが名探偵になるためのハードルなら、
飛び越えねばならない。今回は落ちなければよしとしたい」
八重谷さくら
「困ったわ。隠れるのなんて、私が一番苦手な競技じゃないの。否応なしに目
立ってしまうのよね。ほほほ、冗談よ。冗談はここまで。自分の作品が原作の
ドラマに、ゲスト出演したとき、私だと気付かれないように、大げさなメイク
をしたことがあるわ。あれはでも、道具と腕があってこそ、だものねえ。まだ
得点していないから、がんばらないといけないんだけど。まさか、トイレにず
っと籠もる訳にも行かないし」
小野塚慶子
「時間があれば、服を新しくこしらえて、変装してみせたのに。特技が活かせ
ず、残念。勝ち残っている人達の中で、私が一番特色がない、つまり平凡で普
通だと思います。これって、目立たないことにつながる気がしません?」
堀田礼治
「尾行に続いて、何だか不利な課題が続くのう。化けようにも、年寄りが若く
なるのはなかなか難しかろう。ホテルの中で一番偉い人は何歳なのか、気にな
るわい。もし年齢が近ければ、課題の間だけ入れ替わってもらおうか。椅子に
ふんぞり返っていれば、みんな恐れ入ってこうべを垂れるんじゃないかね。あ
っはっは」
天海誠
「変装に使えそうなマジックグッズ? ええ、勿論ありますよ。ええ、ええ、
持って来ています。使っていいのなら、使いたい。ルール上は問題ありません
よね? ホテル内にある物なら何でも使っていいのですから。そう思う反面、
こういうのってずるくないのかと。私だけが飛び道具を使うようで、心苦しい
部分もあるのは確かです……」
各人、それぞれの想いを秘めてスタートした第二課題。このゲーム、平たく
言えば、かくれんぼにほぼ等しい。だから、童心を残している者や年齢の若い
者ほど有利……とはならなかった。
開始から十五分が経つか経たないかの内に、初の退場者が出た。意外にも、
一番若い若島リオだった。事前インタビューで語ったまま、制服を借りて厨房
に潜り込んだまではよかった。が、追跡者(男)も同じように考えたのか、そ
れとも単に一階から調べていく段取りだったのかは分からないが、早々と厨房
に姿を現す。
それでも若島は化粧を一切落としていて、普段、お茶の間の視聴者が見慣れ
た彼女ととはだいぶ違う――有り体に言えばテレビではNGになりそうな――
容貌になっていた。ある意味、捨て身の戦法は効果を発揮した。追跡者は若島
の前を素通りしたのだ。
だが、彼女は――タレントの割に――芝居ができない質だった。何がどうと
いう理由はないのに、吹き出してしまったのだ。
若島リオ
「だって、おかしくって、笑いがこみ上げてきちゃったんだもーん。あの追跡
役の男の人、和製ターミネーターって雰囲気で、もうほんと、おかしくってお
かしくって……。あ、顔にぼかし入れてほしいな。だめ?」
二番目に見付かったのは、これまた意外、沢津だった。元刑事として追い詰
める側の経験は豊富な彼だが、追われて逃げ隠れするのは苦手だったらしい。
変装は特にせず、身を潜めることに徹したが、参加者の中では最も巨体の持ち
主がこそこそと隠れるのには、無理があったようだ。じきに限界が来て、スタ
ートから三十分。エレベーターを下りたところで捕まった。
沢津英彦
「いい経験になったな。逃亡犯の心理が、多少は理解できた気がする。もしも
現役復帰したなら、これを活かしたいもんだ」
三番目の退場者は、堀田礼治。体力的に走って逃げ回るのはつらい彼だが、
早々の退場となったのはそのせいではない。八重谷さくらに報告されたのだ。
八重谷さくら
「裏切り? そんな誹りを受ける筋合いはないわよ。共同戦線を張ろうなんて
約束、これっぽちもしていない」
堀田礼治
「おお、女流作家さんはそう言っておったか。うむ、彼女が正しい。しかし、
一つだけ抗議させてもらおうかの。実は、便所を出たところで、彼女と出くわ
した。そのすれ違い様、『報告しないでくれます?』と言ってきたので、わし
はああとだけ答えた。その数分後だよ、わしが捕まったのは」
続いて退場させられたのは、野呂勝平。肩書きはルポライターだが、そこか
ら想像できる以上に、危ない仕事も受けてきた彼は、逃げ足には自信があった。
また、決定的瞬間を収めるべく、盗撮めいた行為の経験も豊富故、身を隠す方
も自信があった。にも拘わらず、四番目の失格となったのは、やはり八重谷が
一枚噛んでいる。
八重谷さくら
「堀田さんを落としてから、はたと気付いた。さっき高得点だった人を見付け
て、さっさと報告すればいいんじゃないの、とね。野呂さんを目撃したのは、
回廊のちょうど反対側にいたとき。彼、隠れ場所をあちこち移動しながら、素
早く立ち回っていたわ。大げさに言えば、目撃してもゼッケンを読み取れない
ほど。ただ、立ち止まったところがよくなかった。すぐ後ろに姿見があって、
そこにゼッケンがね」
野呂勝平
「俺、何で失格になったんだ? 追跡者は振り切っていたはずだぜ。さっぱり
分からねえ」
その後も女流推理作家の暗躍は終わらない。方針を決めると、開き直りも早
かった。他の参加者へ計画的に接近し、共闘を持ち掛けた後、隙を見て報告す
る。小野塚と美月が相次いで脱落の憂き目にあった。
小野塚慶子
「背後から味方に撃たれるとは、このようなことを言いますのね。信用してい
ましたのに……。このことに関しては、もう喋りたくありません」
美月安佐奈
「(このゲーム用に支給された)携帯電話に私の失格を知らせるメールが入っ
て、すぐにぴんと来た。やられました、完敗。でも、ただでは転ばなかったつ
もり。確か、ルールでは禁止されていなかったと思ったから。失格になった人
が、携帯電話を使うこと」
美月を退場させてからしばらくして、今度は八重谷が同じ目に遭う。
八重谷さくら
「もっと上位の人間を落とさなきゃと、郷野さんか更衣さんを探していたのよ。
すると突然、この私、八重谷さくらが失格ですって。どうなってるのよ。気持
ちよく飛んでいたら、いきなり墜落した感じ。頭が混乱したわ」
村園輝
「はい、自分が八重谷さんの数を、井筒さんに報告しました。ええ、仰る通り、
彼女に近付いてもいなければ、遠くから目撃してもいません。美月さんから電
話で教えてもらったんです。『私は八重谷さんにやられたみたい。彼女の数を
教えるから敵討ちをお願い』って。失格者が井筒さんに報告してもノーカウン
トですが、失格者がまだ失格していない者に情報を教えるのはセーフだという
ことですね。いや、美月さんからのメールが来るまで、考え付きませんでした」
美月安佐奈
「実を言うと、最初の課題の時点で、村園さんとは組むことで合意していた。
第一ステージでは偶々とは言え、大きく助けられたから、そのお礼に、今日の
尾行では、ターゲットの居場所を確認したあと、村園さんに情報を渡して、先
に“上がって”もらったの。みんな、気付いてなかった?」
ジョーカー的存在が消えたことで、ゲームの状況はしばし停滞する。正規の
追跡者二名は、そもそも探偵の資質が特にある訳ではなく、単に探し回るだけ
の存在故、さほど成果は上がらない。加えて、ホテルは広く、そこにいる従業
員らは多い。誰も見付からぬ時間が五十分近く続き、タイムアップまで残り三
十分ともなると、このまま残る四名――郷野、更衣、村園、天海――が隠れき
るのではという空気が色濃くなってきた。
その矢先、唐突に一人が脱落した。
――続く
#357/598 ●長編 *** コメント #356 ***
★タイトル (AZA ) 10/04/29 23:59 (427)
士の嗜み 2 永山
★内容 10/04/30 11:13 修正 第2版
郷野美千留
「もー、限界よ、限界!」
郷野が自ら追跡者(女)の前に姿を現した。その理由を聞いてみる。
郷野美千留
「いつものお化粧や服をやめて、男に――それこそ昔の私みたいに男らしい男
になりすまして、男の集団に紛れ込む作戦だったの。そう、ホテルのショーに
出るミニサーカスの一団が、うってつけだった。思惑通りに運んでいたわ。だ
けどね、ほんと久しぶりも久しぶりに、男の集団の中にいたら、汗と男臭さと
フェロモンとに当てられて、酔ってしまって。ううん、誤解ないよう言ってお
くと、男が嫌いってことじゃあ決してないの。あまりにも強烈だったから、ず
っとここにいると、めろめろになって頭の回転が鈍る。ひょっとしたら、この
あと戦えなくなるかも!?って恐怖心が湧いてきて、だから“自首”したのよ。
戦略的撤退と言えるかしら」
ラストの三十分間は、目立った動きは見られなかった。テレビ番組的にはあ
まりよろしくないが、やらせを排除しているため、仕方がない。
とはいえ、番組製作サイドが一つぐらい罠を仕掛けることは、許されよう。
残り十分を切ったところで、火災発生と避難を知らせる館内放送を流したのだ。
ミステリマニアでなくても初歩的な「火事だ!」トリックだが、ホテル側の
協力もあり、可能な限り本物らしく行われたと言える。煙に似せたドライアイ
スを炊いたし、サイレンを鳴らしもした。手の空いている従業員は実際に外に
出て、いかにも騒然とした雰囲気を作った。
しかし、この大掛かりな嘘に引っ掛かった名探偵候補者はゼロ。製作サイド
からすれば、骨折り損に終わった。
午後六時になり、三名の携帯電話に、この課題の勝ち残りを認めるメールが
届く。それでもすぐには姿を見せなかったのは、最前の偽火事騒動のおかげで、
必要以上に警戒心を強くしていたために違いない。
やがて現れた三人は、それぞれ個性的な化け方をしていた。
村園輝は大方の予想通り、女性従業員に扮していた。郷野美千留とは逆のパ
ターンである。黒いロングヘアのウィッグを被り、軽く白粉をはたいて、借り
物の制服を纏った姿は、どこから見ても女らしい女だった(元から女性ではあ
るが)。
見る者を一番驚かせたのは、天海誠だろう。事前に漏らしていたように、自
身の特技を存分に活用し、まるで別人になっていた。
天海誠
「逡巡はありましたが、最初の課題で無得点でしたからね。なりふり構ってい
られなかった、ということにしておきます」
一流マジシャンは、その全ての種を割ることは拒んだが、ほんの少しだけ明
かしてくれた。
天海誠
「背の高さを変えるのは、作り物の頭部を用意することで可能になります。髪
の毛や服の早変わりは、温度によって色の変化する繊維でできたウィッグや衣
服を使います。風船を服の下に入れて、太ったように見せ掛けられますし。あ、
私の説明を鵜呑みにしないでください。マジシャンの仕事は基本的に人を騙す
ことですから……」
11点を獲得し、合計20点でトップに立った更衣京四郎は、別の意味で皆
をあっと言わせた。肌の露出した部分や服が、薄汚れていたのだ。二枚目で外
見を気にする質の彼にしては、これもまた思い切った変装と言える。
更衣京四郎
「わざとじゃない。人のいない場所いない場所を求め、隠れていたら、自然と
こうなったまでさ。汚れた格好に化けるなら、よりうまくやる自信がある。ま
あ、井筒さんのルール説明を聞いていて、あの注意っていうのが頭の片隅に引
っ掛かったんだ。もし見付かった場合に即反撃できる態勢でいるのが望ましい
とかどうとか。あれはルールではなかったから、守る必要はないと思った。見
付からなければ、反撃の必要もない」
二番目の課題を終えて、各人の得点と順位は次のようになった。※名前の直
後の数字はこの課題での得点、括弧内は合計点
更衣11(20) 村園11(17) 郷野7(17)
天海11(11) 若島0(11) 野呂3(10)
美月5(10) 沢津1(9) 八重谷6(6)
小野塚4(4) 堀田2(2)
午後六時から七時までは夕食に当てられた。しかしスケジュールが詰まって
おり、全員が食べ終わる頃には、第三の課題の説明が始められた。
井筒がマントを羽織った大仰な格好で現れ、にこにこと嬉しげに演説をぶつ。
「くつろぎたいところにおじゃまをして、いささか心苦しいが、この長丁場自
体も試練と捉え、チャレンジ精神を維持してもらいたい。最後になる課題は、
依頼者との付き合い方だ」
「依頼者との付き合い方? これはまた漠然としたテーマだ」
更衣が呟く。トップに立って、機嫌のよさが窺える。
「まあ、依頼人との接し方、扱い方や対処その他諸々を見たい。このテーマ、
単純に競争して機械的に採点するのは、かなり難しいと考えられるため、審査
員による判定を導入する」
「いよいよ審査員のお出ましか」
相変わらずご機嫌な更衣。揉み手をしている。他の十名が静聴する姿とは、
好対照をなす。
「先に審査員を紹介するとしよう。いや、紹介そのものは第一ステージを始め
る前にしていたのだから、今からするのはご対面ということになるな。では、
入って来てもらうとしよう。――どうぞ!」
音楽が流れ出すと共に、名探偵候補者達の席から見て右手にスポットライト
が当てられ、そこから審査員が順次現れる。
まずはパズル作家の剣杏樹。ショートカットの髪に赤系統の縁をした眼鏡、
背は平均よりは高い方だが、小さな頭と細身のおかげで存在感は薄い。公に顔
姿を出すことが少ないため、一般の知名度は高くないが、業界内ではよく知ら
れた存在だ。若いが巧妙なプロボーサーであり、高名なソルバーでもある。
「初めまして。よろしくお願いします」
短く挨拶をして、席に着いた。十一人の参加者と向き合う形だ。
次に登場したのは土井垣龍彦。ベテラン推理作家にしてミステリ評論家で、
元々はマニアにしか知られていなかったが、近年は二時間ドラマの原作者とし
て有名になった。第二ステージでは出題に携わり、番組にも登場済みだ。
「よろしく。最初に釘を刺しておくと、お世辞を言っても審査には影響しない
ので、そのつもりで。だが、悪口は審査に影響を与えるだろうな」
冗談交じりに言い、剣の隣に腰を下ろす。
最後に、神宮寺利亜が颯爽と歩み出る。長い黒髪、目鼻立ちのはっきりした
整った顔立ちは、西洋人の血が混じっているのではないかと思わせる。背は人
並みだが今はヒールの高いブーツを履いており、ファッションモデル並みに見
える。彼女の父、神宮寺実は名探偵として大いに活躍した。その死から数年が
経ち、彼を惜しみ彼のような存在を求める声が、この番組の企画「プロジェク
トQ.E.D.」の端緒となった。利亜自身は現在大学生で、探偵業に就くか
どうかはまだ決めていないという。
「皆さん、初めまして。父の後継者としてだけでなく、新しい名探偵の誕生を
楽しみにしています」
如才ない笑顔を振りまき、用意された椅子に座る利亜。優雅な動きに不自然
さは微塵も見当たらない。名探偵候補者達も笑顔になったのは、相手が神宮司
実の娘という理由だけではあるまい。
井筒と新滝は、審査員三名と順番に握手をしていき、改めて向き直った。
「それでは、ルールを説明する」
井筒が声を響かせた。
「君達を名探偵と見込んで、今夜九時から十二時間の内に、何らかの形で依頼
が行く。無論、本物の依頼ではなく、あくまでゲーム上の話だ。だが、真剣に
対応してもらうことも、また言うまでもあるまい。実際にこのような依頼を受
けたとしたら、自分はどう応じるか。番組のことを念頭から追い払って、行動
することだ。依頼は配布した携帯電話への電話やメールで始まることもあれば、
いきなり依頼者が訪問してくることもある。また、一度とは限らない。十二時
間の内に二度三度と依頼が入るかもしれないことを、心に留め置くように。
審査は明日の朝午前九時から十時の間に行い、結果を発表するが、必要があ
れば君達に質問する場を設けることもあり得る。それでも遅くとも、十一時ま
でには発表できよう。一位から十一位まで、順に十一点、十点……と一点刻み
で点数を与える。
何か聞いておきたいことは?」
「依頼の中身は、全員同じなのかの?」
堀田が積極的に挙手した。低迷が焦りにつながりそうなものだが、そこは年
の功、落ち着いた雰囲気を纏っている。声ものんびりとした調子だ。
「つまり、依頼の内容だけでなく、依頼が行われる時間帯やその他の条件も同
じなのかどうか、ということであるが……」
「答はノー。各自ばらばらの依頼が、ばらばらの時間に行われる。付言すると、
誰にどんな依頼がいつ行くかは、抽選で決まる」
「不公平は生じないんでしょうねえ」
野呂が聞いた。
「抽選なら、俺には三つも四つも依頼が来たのに、リオちゃんには一件も来な
かった、なんて場合も起こり得るんでは?」
「そうはならないように調整する。依頼数と依頼内容の双方を考慮し、バラン
スを取る。時間帯だけは、何とも言えないがね」
「オーケー。信じるとしますよ」
「審査基準について、今明かせるものはございます?」
代わって質問したのは、小野塚。編み物道具がなくて、手持ちぶさたの様子
だ。
「――どうでしょうか?」
井筒が審査員達を振り返った。ちなみに、井筒や新滝も審査員を務めるのだ
が、主役はやはり新たに登場した三人なのだ。
最初に土井垣が口を開いた。
「うーん。要不要の判断、重要かそうでないかの判断、優先順位の判断を見て
いきたいと思っている」
次に神宮寺利亜。柳眉を寄せて、悩ましげに答える。
「私は、悲嘆に暮れる依頼者への接し方に、特に注目します。そのような場面・
状況があればの話ですが」
残る剣は、「三番目は答える項目が残っていないかもと思ったけど」と苦笑
をまじえて前置きをした。
「パズル作家の立場から、依頼に嘘があれば見抜けるかどうか、なんてところ
が気になりますね」
「――こんな感じでよろしいかな?」
井筒の確認に、小野塚ははっきり頷いた。そのすぐあと、今度は郷野が口を
開く。
「他の人達と協力してもいいのかしら?」
「基本的に一人で対処してもらいたい。でも、必要性を感じたなら、たとえば
自分一人では手に負えない依頼と判断したなら、他者に協力を要請するのもあ
りだろう」
「うん、分かった。ありがと」
「他に質問は? ないな。よろしい。では、午後九時からの半日を楽しみたま
え。それまでは自由行動だ」
そうして他の審査員らを送り出した井筒だったが、はたと思い出したように、
名探偵候補者十一名に顔を向けた。
「おっと、九時以降も基本的には自由だよ。依頼に対して、どんな行動を取る
かは、君達次第だ」
十一人の候補者の中で、最初に依頼が飛び込んだのは若島リオだった。尤も、
彼女自身はそんな順番なんて分かりっこなかったが。
午後九時半ちょうどに、若島が寝泊まりするホテルの部屋のドアがノックさ
れた。若島は「はいはーい」とまだ見ぬ相手に返事しながら、戸口まで急ぐ。
「待ってましたーって言いたいところだけど、まだ依頼者なのか分からないの
よね」
独りごちながら扉を開ける。普段なら覗き窓から確認するところだが、退屈
していたせいもあって、その辺は省略してしまった。
「ご依頼ですか? ――」
来訪者を見て、思わずドアを閉めそうになった。が、思い止まる。
いわゆるオタク系の男性が立っていた。それも、絵に描いたような。やや肥
満気味で、髭剃りあとが青っぽく、髪はぼさぼさ。背にはナップサック、左手
の紙袋からは、ポスターかカレンダーと思しき丸まった紙筒が覗く。シャツに
は若島リオの上半身が大きくプリントされていた。
「何でしょう?」
内心では、「これ、絶対に抽選してないよ! あたしにこのタイプをぶつけ
るのって、ありがちすぎ!」等とぶつくさ文句を言っていたが、表面上は最高
のスマイルを取り繕った若島。なあに、本業でも慣れている。
「リオちゃんのファンです」
「……ご依頼では?」
タレントか名探偵候補か、どちらの顔を使うべきか迷う。
「依頼したことがなくはないのですが……どうしようかなあと」
割と早口なのに、いらいらさせられる喋りだ。
「たとえばの話、料金の問題とかありまして」
「えっと、依頼内容にもよりますが、一日につき八千円で、プラス必要経費。
あとは成功報酬を」
適当に思い付いた料金設定を答える。ひょっとすると、彼女が出演した探偵
物のドラマに、似たような料金設定があったかもしれないが。
「それなら、一日だけだから大丈夫か。あのう、とりあえず入れてほしいです」
「――」
判断を迫られていると受け取った。この手の人が依頼に来ることだって、そ
りゃああるに決まってる。だけど、こんな出で立ちや持ち物満載で来るものか
しら。紙袋に入っている紙筒は、持って来なくていいんじゃない? よく見る
と値札着いたまま。つまり買ったばかり。少なくとも、深刻な依頼ではない。
「冷やかしでしたら、お帰りくださいね。もしも中に入ったあと、取って付け
たような依頼を述べられたなら、不法侵入扱いにして、警察に連絡します。そ
れでもよろしければ、どうぞお入りください」
「――あれ、財布、どこに行ったかな。どうやら忘れてきたみたいなので、出
直してきます。さいならっ」
男は見た目からは想像しがたいスピードで走り去った。
若島はドアを閉め、ロックした。
若島リオ
「いきなりああいうので、面食らっちゃった。タレントとしてなら、絶対にむ
げに扱えないけれど、探偵としてならね、追い返したのは正解だと思う……ん
だけれど、もしかすると、追い返し方がまずかったかな。減点されるかも。ま
あ、この課題の感じは掴めた気がするよっ」
若島が面食らっていた間に、他の候補者の部屋にも、依頼者が訪れたり、電
話やメールをしてきたりと、にぎやかになりつつあった。
八重谷さくらの部屋を訪れたのは、八重谷自身を投影したかのような性格の
中年婦人。依頼人と言っても、無名俳優が演じている訳だが、演技の実力はな
かなかのものである。非常に希少価値の高い飼い猫が逃げたので捜し出しても
らいたいという依頼を、嫌味をまぶした自慢話を交えながら、それでも時折、
八重谷の自尊心をくすぐるような言葉を入れて、話していく。たまに飛び出し
たお世辞に気をよくしたのか、もしくは早く依頼を受けるだけ受けて追い返そ
うと考えたか、女流推理作家の注意力はかなり鈍化していた。依頼人は、逃げ
た猫を描写して曰く、「雄の三毛猫で、同じく私の飼っているレイちゃんとの
間に、子猫ができた」と述べていた。
雄の三毛猫というだけでも珍しいが、生殖能力を有しているとなると、これ
は大きなニュースになるレベル。その点を深くつっこむどころか、触れもしな
いで漫然と依頼を受けた八重谷の態度は、大きなマイナスとなろう。
占い師の村園の携帯電話には、依頼と呼んでいいのかどうか、変わったメー
ルが着信した。まともに読める箇所は冒頭の数行のみで、「次の暗号を解読し
てください。お礼はします」という依頼に、志茂田ケイなる名前、そして住所
が付してあった。そのあとには、アルファベットや記号が並んだ、いかにも暗
号っぽいデータが十行ほど。
村園は当初、書く物を用意し、暗号に取り組もうとした。が、すぐさま手を
止めた。
「これは、依頼者と会うべき……いや、少なくとも、身元を確認してからでも
遅くないでしょう」
独りごちると、部屋を出て、ホテル内のインターネット設備の整ったフロア
を目指した。メールに記された住所を手掛かりに、だめもとで電話番号を探る。
すると、あっさり判明した。固定電話を引いており、かつ、電話帳に番号を載
せている家庭らしい。
夜十時前と若干遅めだが、掴んだばかりの番号に電話してみる。
村園輝
「まさか、住所はでたらめで、この番組とは全然無関係な人の家につながるん
じゃないか……そんな不安も頭の片隅にはありました。でも、杞憂に終わって
ほっとしましたよ」
電話はつながった。穏やかな女性の声で「志茂田ですが」という応答があっ
た。この時点で字面は不明だったが、メールの依頼分にあった名前と同じ読み
の姓だ。村園は確信を高め、まずは名前と職業を伝えると、これこれこういう
メールが届いたが、そちらにケイさんはおられませんかと尋ねた。
「ケイではありませんが、景子なら娘におります。お友達からはケイと呼ばれ
ているみたいで」
「電話口に出していただけませんでしょうか。差し支えがあれば、時間を改め
ますが」
「いいえ、かまいませんが、あの、ご迷惑をお掛けしているようですし、私の
方から叱っておいても……」
「それは待ってください。とりあえず、メールの内容について確認をしたいの
です」
村園の要望は受け入れられた。しばらく待っていると、やけに子供っぽい声
が受話口から流れてきた。
「えへへ、もう突き止められちゃった? 凄い」
「景子さん? 初めまして、私、あなた名義のメールを受け取った村園輝とい
う者ですけれど、心当たりは――あるみたいね。歳はいくつ?」
男装の麗人としてならす村園だが、相手が子供と知って、声に女らしさを若
干加味する。
「十二だよ。あ、何かお母さんが恐い顔し出したから、先に謝っちゃうね。あ
の暗号はでたらめで、解読しても何の意味もない。はい、いたずらです。ごめ
んなさい」
「ちょ、ちょっと待って」
切られそうな空気を察し、急いで呼び止める。
「いたずらなのは分かった。怒るのも後回しにする。どういういきさつで私を
知って、どういう理由でこんなメールを送ったのかだけ、教えて」
「村園さんの名前は雑誌の占いコーナーで知ったんだ。かなりよく当たるって、
クラスでも評判。あと、名探偵の素質もある、みたいなことも聞いた。それで、
こんな凄い占い師の人だったら、でたらめの暗号をメールで送ったら、どのぐ
らいで気付くだろうって試してみたくなって。ほんと、ごめんなさい。謝りま
す」
「……分かった。いたずらで依頼を出すなんて真似、二度としないように。今
は、他に何もなかったから大丈夫だったけれど、もしも私が何か大きな仕事を
抱えていて、そこへいたずらメールが来たら、大変なことになっちゃうから。
いい?」
「うん、分かった。あのね、お母さんが代わりたがってるんだけど、どうしよ
う?」
村園は少しだけ迷って、代わってもらった。そして、好奇心を持つのは決し
て悪いことではないし、娘さんをあまり叱らないようにとお願いした。
村園輝
「疲れましたね。こういう課題なのかって。色々なスキルが求められる上に、
考え方も問われている気がして。電話を終えて、大きく息をつきましたよ」
依頼が重なるというパターンは、美月安佐奈の身に降り懸かった。
テレビ局から電話で、番組の一コーナーに出演してくれないかと持ち掛けら
れ、保険調査員の経験を活かして専門的な話をしてもらうだの、ギャラはこれ
だけ出すだのという話を、相手の捲し立てる口ぶりに圧倒されつつ聞いている
と、ドアをノックする音が。
電話を切れずに、覗き窓から廊下側を見通すと、うなだれ、打ちのめされた
様子の女性の姿が捉えられた。顔はよく見えないが、格好から判断すれば、歳
の頃は二十代半ばぐらいか。
美月安佐奈
「手一杯で、気分的には大わらわだったけれど、少し冷静になったら、判断は
至極簡単だった。かえって、こんな簡単な答でいいのか、罠じゃないのかって
疑問に思ってしまったわ」
美月は、来客があったので折り返し電話するとの意を伝えたが、先方は「今、
イエスかノーの決断をしてくれないと困る。時間がないので、この電話を切れ
ば、もう次の人にお願いする」等と言い出した。しかし、深刻そうな女性がド
ア一枚を挟んで立っている。自分の応答を待っているのだと思うと、テレビ出
演の話など、取るに足りない。――これが課題でないとしても、探偵ならそう
すべきだろう。美月はそれでかまわないとして、電話を切った。
依頼人の女性は、部屋に入ると、ドアが締まりきるのも待たずに、「自分を
捨てた男を殺してしまった」というとんでもない告白をした。知り合いに弁護
士がいないので、代わりに自首に付き添ってほしいという。
(自首は確か、有力な容疑者として特定されない内に、できれば弁護士などに
付き添ってもらって出頭することが必要だったはず)
美月は咄嗟にそんなことを思い返したという。現実に、弁護士の知り合いも
いる。だが、その知り合いに連絡を取る前に、彼女は依頼人に詳しく話を聞い
た。水を飲ませて落ち着かせ、相手の名前や年齢、住所などを聞き出していく。
頃合いを見計らうと、ストレートに尋ねた。
「それで、どんな経緯で、元の彼氏を死なせてしまったの? 分からないと、
こちらとしても手を打てないから」
「どんなって、それは、これです」
依頼者は、持っていたハンドバッグから、人形を取り出した。古風とさえ言
える藁人形を。この中に相手男性の髪の毛を入れ、伝統というか迷信というか、
とにかく言い伝えの通りのやり方に則って、相手の男を呪い殺したのだと訴え
た。
「相手の人は、死んだの?」
「さっきから言ってるでしょっ」
「藁人形に釘を打ち込んで呪ったら、相手も胸を押さえて苦しんだ?」
「そうじゃないけれど……呪った三日後に、駅の階段を踏み外して、頭を打っ
て……」
これはまったくの不能犯だ。そうと分かれば一安心……のはずだったが、こ
のあと美月は依頼者を納得させるのに、思いの外時間を取られる羽目になった。
所用中に依頼されたのは、堀田老人だった。日中、あちこち動き回らされた
せいで、肉体的に疲れていた。汗はさほどかかないが、身体の節々が痛い。こ
の分だと、明日は一歩歩くだけで、筋肉痛に悩まされそうだ。そんな予感を抱
く反面、依頼に備えて入浴は先延ばしにしていたが、日付が代わるともう我慢
できなくなった。そこを狙ったかのように――実際、番組は各人の動きをチェ
ックしており、明らかに狙ってやったのだが――、携帯電話が鳴った。耳が遠
いわけではないが、浴室にいると、すぐ外に置いた携帯電話の呼び出しも、聞
き取りづらくなる。気付くのに少々遅れてしまった。さらに手先や上半身をバ
スタオルでざっと拭い、湯冷め対策をしつつ、機械の操作を試みたのだが、年
配の者にとってこれは意外ときつい。さらに手間取った挙げ句、電話に出たが、
ちょうど切れてしまった。
堀田礼治
「嫌がらせかと思ったよ。いたずら電話という意味ではなく、番組からわしに
対する嫌がらせ。何も年寄りに、こんな“過酷な”依頼を宛がうこともあるま
いに。発作でも起こして倒れたら、どう責任を取るつもりなんだと」
事後にコメントする堀田の顔は、にやりと笑っている。番組への参加が決ま
る前に、健康診断を受け、年齢相応に健康であることを保証されているのだ。
リダイヤルすべきかどうかを思案していると、程なくして、同じ番号から電
話が掛かってきた。堀田は愛想よく応じた。
「先ほどは電話に出られず、どうも申し訳ない。ちょうど、一つの仕事が片付
いて、たった今、依頼者の方をお送りしたところでしての」
堀田礼治
「嘘も方便と言うじゃろ。相手はわしを信頼して、依頼しようと考えた。それ
を損なってはいかん」
電話の主は女性、依頼内容はありふれたもので、夫の浮気を疑っているので
調査をお願いしたいというもの。堀田が、直接会って詳しい話を聞きたいと申
し出ると、土日は夫の目があるから難しい、五日後の午前中でどうかと提案さ
れ、受けることにした。
野呂勝平はイレギュラーな依頼を回された。しかも、盗撮や盗聴といったボ
ーダーライン上の行為でなく、あからさまな犯罪、盗みである。
依頼人は三十過ぎの男で、臆面もなく計画を披露した。金に困っており、実
家から壺やら刀やらの骨董品を持ち出して、売り払いたい。人手が足りないの
で力になってくれ。依頼料は、骨董品を処分した代金の四十パーセント分を出
す。
野呂は表情を変えないように努めながら、相手を問い質した。
「仲間にするのに、どうして俺を選んだ?」
「そりゃあ、あんたが何でも引き受けるって噂に聞いたからさ。事実、週刊誌
ネタのスクープをものにしたこともあるんだろう、隠し撮りで?」
「隠し撮りは犯罪じゃない」
「盗撮と似たようなもんだろ。それよりも、な、悪い話じゃないはずだ」
「いざというときに、俺を盗人に仕立てて、自分は逃げるつもりじゃないのか」
「そんなこと、全然考えていない。疑うのなら、前金をいくらか払ってもいい。
あんまり出せないが」
「いつやるつもりだ?」
「明後日の深夜」
「……困ったなあ」
野呂勝平
「本当に困っていたんだぜ。課題じゃなけりゃ、依頼を受けたふりをして警察
に通報し、現場を押さえるという算段も選択肢に入れたんだが。そもそも、法
律が変わってなけりゃ、親族相盗例の規定で、親族間の盗みは罪に問われない
のが原則だ。まともに請け合うと、俺だけが貧乏くじを引く。こいつは端っか
ら俺を騙すつもりの悪党だ」
野呂は腕っ節に自信がない訳ではないが、目の前の男の体格は野呂を上回っ
ており、仮にやり合ったとして制する見込みは五分五分か。連絡先を聞き出そ
うとしても、男はこちらから電話するの一本槍。
こいつをここに足止めしたまま、怪しまれずに通報する手段はないかと頭を
捻る。じきに閃いた。
「もっとじっくり話をしたい。ルームサービスでコーヒー、いや酒でも頼むか」
野呂勝平
「ルームサービスにメモを渡し、通報してもらい、警察を呼ぶ。ちょっと手間
取ったが、まあ、結果オーライじゃないかね? 俺が将来、探偵事務所を構え
たら、応接室とは別に、一旦引っ込めるスペースを絶対に作ることに決めたよ。
沢津さんに連絡するのは考えたかって? ああ、そうか。すっかり忘れていた。
考えてみりゃ、警察との付き合い方、情報の引き出し方なら、俺や沢津さんが
有利になるのにな」
その沢津は、ほぼ同時刻に、暴力団を抜けてきた(という設定の)鈴木なる
男の訪問を受けていた。鈴木が言うには、自分のやっているバーで、違法品取
り引きの話を小耳に挟んだ。教えたいが、警察に直接出向くのはぞっとしない、
元刑事の沢津なら信用できるという。
「信用してくれるのはありがたいが、そういう話には関わらない主義だ。俺は
捜査一課だったんで、縄張りも違う。鈴木さんとやら、前科があるのかどうか
知らんがあんたも足を洗ったのなら、正面切って出向きゃいい」
そう促すと、鈴木は難色を示す。沢津が説得、鈴木が拒むの繰り返しが続い
たあと、相手は情けない表情になって打ち明けた。
――続く
#358/598 ●長編 *** コメント #357 ***
★タイトル (AZA ) 10/04/30 00:20 (434)
士の嗜み 3 永山
★内容 10/04/30 11:14 修正 第2版
「自分が情報を漏らしたってばれるのが恐いんでさあ。所属してた組とは無関
係の組織ですがね、それでも、あちらの世界の連中から狙いを付けられるのは
まっぴら御免」
「そういうことは早く言え」
沢津はこのとき察しを付けられない自分が悪いのかと内心考えもした、そう
後述した。
「じゃあ、つなぎは取ってやる。情報は直接、刑事に伝えるんだ。俺にはちら
とも話すんじゃない」
「……分かった。手柄を立てたくないのかい、沢津さんは?」
「言うまでもない、手柄は立てたいさ。だが、警察にもできることを、元刑事
の俺が手掛けたらおかしいだろ。警察で始末できることは警察に任せる。そこ
からこぼれ落ちたのを拾い上げるのが、探偵ってものだ」
マジシャンの天海は些か、否、かなり辟易していた。二つの依頼があったが、
どれも取るに足りないものだった。
一つめは、マジシャン探偵の噂を聞き付けて訪れたとの触れ込みで、依頼者
はテレビでやっていた大掛かりなイリュージョンマジックの種を解き明かして
欲しいと言ってきた。天海は丁重にお断りした。
二つ目は、メールによる暗号解読依頼。そう、天海自身は知らないが、村園
輝に来たものと同じ趣向だ。天海が真面目に解読に取り組んだのは、マジシャ
ンとしてのさがみたいなもので、じきに思い出した。探偵としてどう行動する
のかを問われているのだと。最終的に天海が下した処理も、村園のそれと似た
り寄ったりだった。
そして三つ目の依頼が、午前一時を大きく回った今、届いた。来訪でもなく
メールでもなく、電話でもない。ホテル従業員からのお届け物という形で。
「こんな時間に?」
チェーンをした上でドアを薄く開け、男性従業員をじっと見る天海。
「はい。フロントへ直接持って来られて、頼まれました。ご依頼を受ける際に、
このお時間ですと先様に迷惑になると思いますので、明朝七時でいかがでしょ
うかと持ち掛けたのですが、差出人様はぜひ午前一時二十三分に頼むと強く主
張されまして、はい。甚だご迷惑と存じますが、お受け取りにサインを」
「サインはする。しかし、いくつか尋ねたいことがあるので、しばらくいてく
ださい。差し出し人の名前はありますか」
天海はチェーンを外した。従業員の持つ贈り物が、白い立方体の箱型だと分
かる。一辺二十五センチ程度だろうか。リボンは掛かっていないが、テープ状
のシールが箱の上面に張り付けてある。ユニオンジャックを象っているようだ。
「お待ちを。――ナワシゴロウとありますね。漢字だとこのように」
宅配便の宛名票めいた用紙に、名和史吾朗と書き込まれている。手書きだ。
「これを持ち込んだ人物の人相や特徴を聞かれたら、あなたは証言できますか」
「昔のアメリカ映画に出て来るような、ギャングか刑事を意識したみたいにコ
ートを着て、帽子を目深に被っていました。人相そのものは、その、よく見え
ませんでしたね。眼鏡をしていたのは分かりましたが。背は私と同じか、もし
かしたら低いかもしれません。帽子の分を差し引けばの話です」
「手袋はしていた?」
「――いいえ。きれいに手入れされた指が印象に残っています」
「その様子だと、身元の確認はしていないようですね」
「はあ、申し訳ありません」
「中身について、持ち込んだ人物は何か言っていたかな」
「開けてみれば分かる、と仰っていました。ああ、危ない物ではないから安心
していいとも」
「……」
天海は耳をすませた。箱から、機械的な音は一切聞こえない。さらに従業員
から箱を受け取ってみた。重さも大したことはない。むしろ、箱のサイズに比
べると非常に軽く感じる。希望的観測を込め、爆発物ではないだろうと判断す
る。
「これがおもちゃの爆弾で、爆発したからあなたは減点、と言われたらたまら
ないな」
天海の独り言に、従業員は「え、何でしょう?」とだけ言った。
天海は従業員の名前を確かめ、記憶すると、彼を下がらせた。
天海誠
「おもちゃないしはフェイクの爆弾だとしたって、何らかのヒントがあるに違
いないと考えました。しかし、爆弾を想起させるヒントはどこにもない。差出
人からのメッセージは数。一時二十三分に届けさせ、ナワシゴロウと名乗る。
箱にシールで描かれたユニオンジャック、これは英語を示唆するものではない
か。ナワシゴロウの姓と名を入れ換えると、シゴロウナワ。45678に通じ
る。指定時刻と合わせると、12345678。そこまでは分かったが、意味
が分からない。あと一つ、安全だろうと推測したのには理由があって、それは、
持ち込んだ人物の手がきれいに手入れされていたという従業員の証言です。も
しかすると、マジシャン仲間の仕掛けたいたずらなのではないかと想像したん
です。手をきれいにしておくのは、マジシャンの嗜みですからね。とは言え、
何の確証にもならない。結局は開けてみるしかなかった」
慎重の上にも慎重を期し、箱を開けると、小さなおもちゃめいた物体が出て
来た。
天海誠
「しまった、本当におもちゃの爆弾だったか?と焦りました」
その物体はやはり直方体で、色は黒、一辺五センチ程度。窓が二つしかない
スロットマシンといった風情だ。スロットを回すバーの代わりに、ボタンが一
つ付いている。また、数字は使う物が選択できるらしく、赤い歯車がそれぞれ
の窓の下に覗いている。
入っていたのはもう一点、紙切れが一枚。肉筆の説明書だ。「依頼者からの
挑戦状」と換言できよう。
それによると、歯車を回して数を決め、ボタンを押すと、当たりか否かが分
かる。当たりだと箱が開き、外れだとベートーベンの「運命」が短く聞こえる。
チャンスは一度だけ。正解すれば、箱の中の子供の居場所を示す地図が手に入
る。
説明書の最後は、「00〜99のどれが正解なのか、苦渋の果てに、最後の
一人として決断せよ」と結んであった。
天海誠
「急に大事件になったと思いました。どうして自分が巻き込まれたのか知らな
いが、誘拐だとしたら、暢気に構えていられない。早速考え始めましたが、案
外簡単に思い当たりました。苦渋の果てというフレーズ。これを先ほどと同様、
語呂合わせで数に置き換えると、9と10です。これの果てだから、答は11
だ。そう思ったのですが、簡単に決断していいものか、警察に届けるという選
択をすべきではないのか。説明書には制限時間は記されていない。しかし、一
民間人で探偵としても無名に近い私が、いきなりこんな物を警察に持ち込んで
説明しても信じてもらえるかどうか。時間を浪費する恐れがありました。私は
二時半まで考えることを決め、そして気付いたんです。『最後の一人として決
断せよ』のフレーズは何を意味するのか。そういえば、現時点で残っている名
探偵候補者は十一名。その最後の一人という意味だとすれば、とりもなおさず
それは11」
天海誠は11を設定し、ボタンを押した。正解だった。
小野塚、更衣、郷野の三人は待たされていた。他の八人と違い、ちっとも依
頼がない。小野塚は枕元に携帯電話を置き、午前0時を境に床に就いたが、男
二人は起きておく道を選んだ。更衣はたまに部屋を出て、身体を動かしていた
が、郷野は部屋に閉じ籠もって、肌と髪の手入れに多くの時間を割いた。
やがて三時間が経過し、郷野に限界が訪れる。
郷野美千留
「今日というか昨日というか、とにかく散々だわ。こんなに夜更かししたら、
肌にいい訳ないじゃないの。それにね、ここで寝不足になって体調をおかしく
しちゃったら、今後のステージクリアにも差し支えが出るに決まってる。依頼
者に合わせる顔だって、お手入れが大変なんだから」
郷野も就寝し、一つの依頼もされることなく、徹夜したのは更衣一人だった。
そうこうする内に朝が訪れる。雲がちらほらと出てこそいるが、窓ガラスか
らの陽光が眩しい。寝不足の者にはさぞきつかろう。
午前七時過ぎ。各人が自室に運ばれた朝食を摂っている最中、依頼ゼロの三
人に依頼が相次いだ。
充分な睡眠を取った小野塚は、不意のノックにも浮き足立たず、箸を丁寧に
置いてから応対に出た。
小柄でやせ気味の女性からの依頼は、「夜の一人歩きは注意しろ云々という
脅迫電話を何度も受け、恐い。ボディガードをお願いしたい」というもの。小
野塚はとりあえず、身元を確認した。学生手帳を見せられ、関東域内ではある
が割と遠くから来たのだと知る。
「私に? ボディガードならたくましい男性にこそ、相応しいでしょうに」
編み棒を手に、特に何かするでもなく、言葉を交わす小野塚。相手の目を覗
き込み、頭の中で疑問点を列挙して行く。
「私は男性がだめなんです、基本的に。家族や好きになった人ならかまわない
けれど、普通以下の関係の人はだめ」
「それにしても、女性ボディガードに雇うんだったら、もっと若くて何か武道
の心得のある人がよくなくて?」
「引き受けてくれないんですか? お金ならあります。ボディガードを頼むた
めに、節約して貯めていたんです」
「お金があるのはいいことね。使い方を間違えさえしなければ。それじゃあね、
他のことを聞くから、教えて。ここへは一人で?」
黙ったまま首を縦に振る女子大生。
「そう、一人なの。ここまでどうやって来たのか、詳しく話してちょうだい」
「それは……」
口ごもる依頼人。
「こんなに朝早くに来たのは、それだけ困っている気持ちの表れかもしれない。
でも、夜道の一人歩きを恐がっている人が、どうやって? 節約しているなら、
タクシーではない。鉄道とバスを乗り継いだはず。それだと、朝暗い内から出
発しなくちゃいけないと思うのだけれど」
「こ、このホテルに昨日、明るい内からチェックインして……」
「――昨日は番組のために宿泊客はいなかったはずよ。でも、それを抜きとし
ても、そんなに早くチェックインしたのなら、すぐさま私のところに来ればよ
かったのに。どうして今頃?」
「……」
追い詰められた女子大生は、虚偽の依頼であることを白状した。大学に入っ
てからたいして友達もできず、注目されたくて脅迫電話の狂言を実行した。が、
周りの者は半信半疑の様子だったので、真実味を出すために探偵への依頼を思
い立った。小野塚を選んだのは、もしも嘘がばれてもさほど怒られずに済みそ
うだと思ったから。泣きながらそんなことを語る依頼者を前に、小野塚は小さ
くため息をついた。
小野塚慶子
「外見から、私は優しいおばさんに見えるらしいですね。でも、実際はそんな
に優しくないし、こういう甘ったれた人、特に同姓は大嫌い。審査のことが頭
にあったので、適当に慰めたけれど、本心を言えば格好だけ。理解はしていま
せん」
郷野美千留は、依頼に身を入れて取り組むべく、化粧ののりを気にせぬよう
に努めねばならなかった。
「分かりました、大塚さん」
そしてさらに、怒りを堪える努力も必要となった。何しろ、依頼者の大塚な
る宝石商は郷野に会うなり、じろじろと見て、「何だよ、評判の探偵って聞い
てたから心強く思っていたのに、おかまかよ」と吐き捨てたのだ。
郷野美千留
「いくらそういう役作りだとしたって、あれには頭来たわよっ。こう、ハンカ
チを噛んで、きぃ〜ってしたくなるぐらい。許されるなら、カメラがないとこ
ろでどたまかち割ってやろうかしらって」
これが番組であるせいかどうかは分からないが、郷野はよく堪え忍んだ。時
折、表情を凍り付かせたが、極力笑顔を作ろうとしているのは画面を通じても
よく分かった(なお、製作サイドでは、本エピソードの放送に当たり、郷野と
大塚がやり取りする場面に、『※あくまで演出上の依頼者で、架空の人物です』
とのテロップを付けた)。
依頼そのものは、郷野からすれば馬鹿らしい事件だった。大塚の浮気相手が
彼の家庭に来た際、いたずら心を起こして、大塚が妻からプレゼントされた宝
石入りのネクタイピンを、家のどこかに隠してしまった。その隠し場所を教え
ようとしない。妻をごまかすのも限界に近いので、一刻も早く見付け出したい、
という……。
大塚家に行かずして、ネクタイピンを見つけ出すのは難しいと郷野は判断し、
とりあえず後日の訪問を約束した。今はこのホテルにいながらにしてできるア
ドバイスをしようと思い、家の間取りを描かせた。さらに、どこを探したのか
を聞いていく。
郷野美千留
「それで、ふっと違和感を覚えたのよねえ。水回りを全然探してないなって。
大塚は宝石商だというのも、頭にあった。それでも念のため確かめてみたわ。
『ネクタイピンに付いている石は、トルコ石?』って。ビンゴ!だったわよ」
トルコ石は水に弱い。染みて下手をすると取れなくなる。
さらに、浮気相手はジュエリーショップの店員であるとの情報を得る。浮気
相手は大塚を困らせたいだけらしいので、トルコ石付きネクタイピンを水の中
に隠すはずがない――と思い込んでいたのだ、大塚は。
「ネクタイピンをビニール袋か何かで幾重にもくるんで密封し、トイレのタン
クにでも隠しているかもしれないわね」
郷野は地声でアドバイスを送った。
最後の一人、更衣京四郎は、徹夜明けで若干痛い頭をさらに痛めていた。依
頼人は二人――といっても、二つの依頼が同時に飛び込んで来たのではなく、
親子連れ。小学三年生男子が依頼主で、父親はその付き添いだ。
「朝早くからすみません。遠藤昭吉と申します。実は昨日到着したのですが、
この子が疲れて、眠ってしまって」
「あ、いや、問題ありません。ただ、食事は続けさせていただく。脳の活動に
充分な栄養を摂らねばならない」
「かまいません。どうぞ」
「それで、ご用件は?」
ハムエッグの卵を半分に切り、口に放り込む更衣。子供の視線を感じるが、
気にしない。
「この子――仁からの依頼なんですが、どうしましょう、私が話しましょうか。
それともこの子の口から?」
「……依頼者自身に。確認のために、あなたにも話を伺うかもしれませんが」
更衣は食事の手を休め、遠藤仁に目をやった。
はっきり言って、更衣は子供が苦手である。相手をしてやる気がない訳では
ないが、いつもの話し言葉を変え、子供に合わせるのがまず嫌なのだ。この場
でも、彼は軽く顎を振り、話すように促した。そのつもりだった。
男の子は父親の方をちらっと見上げる。父が頷くと、少し姿勢を正して喋り
出した。
「えっとぉ、前の週の月曜日に、学校から帰ったら、じゃなくて帰る途中に、
公園で遊んでいたら、いつもは寄ってくる野良猫の内の一匹がいなくて、それ
で気になって、みんなで探したんだけど見付からなくて、その日はそれで帰っ
て、次の日も、その次の日も、ずっと猫がいないんだ」
「野良猫探しが依頼ですか」
更衣は興味を失ったことを隠そうとせず、遠藤昭吉の方に顔を向けた。
ところが更衣の推測に反して、遠藤は首を横に振った。
「私が話してもいいのでしたら、話します。それに、ちょっと血なまぐさくな
りますし」
「血なまぐさく、ですか。では、お父さんが話してください」
「では……。猫がいなくなって四日目だから、先週の木曜になりますか。いつ
もの公園で、猫が死体で見付かりました。それも事故や病気、老衰などではな
く、殺されたらしいのです。何せ、その、切り離された頭部がブランコに載せ
てあったので」
「ふむ。胴体は見付かっているのですか」
「残りは砂場に埋められていました。私は見ていませんが、交番の人が来て、
見付けたんだそうです」
「今、初めて聞いたな。ニュースにはならなかったんでしょうか」
「はあ、テレビや新聞には出ていないと思います。週刊誌か何かの記者らしき
人がいましたが、その手の雑誌は見ないので。それに、その記者の話を小耳に
挟んだところでは、猫殺しが一件起きたぐらいじゃまだ動きようがないし、ニ
ュースバリューもいまいちだとか」
「警察はちゃんと動いているのかな? ああ、独り言です。あなた方が警察の
動向をご存知のはずもない」
「当日、息子が話を聞かれただけです。第一発見者の一人でもあったので。あ
とは音沙汰なし」
「なるほど。ところで、依頼の具体的な内容をまだ聞いていなかったと記憶し
ているが、どうかな」
遠藤仁に改めて視線を送る。更衣の台詞の全てを理解できた訳ではなかった
ようで、また父親を見上げた。噛み砕いた言い回しに、一つ頷くと、更衣に向
けて返事した。
「猫を殺した犯人を見付けて欲しい。最初は、僕らで探そうとしたんだけど、
先生やお父さん達が危ないからだめだって、それで、探偵さんに頼もうと思い
付いたんだ」
「よろしい。よく分かった。簡単ではないが、引き受けるとしよう。しばらく
お父さんとだけお話がしたい。お子さんを……一人にするのはまずいから、ホ
テルで預かってもらいましょうか」
「はあ。分かりました」
内線電話を使い、事情を話して子供を預けることになった。通話を終えて程
なくして、女性従業員が部屋に現れ、仁を連れて行った。
「さて、遠藤さん。猫の死体が見付かって以降、警察から何か注意事項が回っ
てきませんでしか」
「似たような事件、つまり残虐な殺され方をした小動物の死体を見付けた場合、
すぐに通報するようにと。ええ、お察しの通りです。はっきりとは言いません
でしたが、犯人がエスカレートして小さな子を襲うようになる可能性を、警察
は仄めかしていました」
「公園周辺で騒音問題が持ち上がっていませんか」
「は?」
「そのままの意味ですよ。猫の死体が発見された公園の近隣住人から、子供の
はしゃぐ様がうるさい、というような苦情が出ていないかどうか」
「さあ、分かりません。少なくとも私は耳にしていません」
「ふむ。では、多少お聞きしにくいことですが、子供の中に、小動物をいじめ
る、あるいは昆虫を捕まえては羽をむしったり頭を引き抜いたりして殺すよう
な子はいませんか」
「そんなことはないと思いますが、断言はできかねます。いや、男の子だった
ら、蛙や虫ぐらいは、一度や二度、殺していても驚きはしませんが……。更衣
さん、あなたは子供達の内の一人の仕業だとお考えなのですか」
「まだ、可能性の検討をしているだけなので、ご安心を。しかし、白状すると、
現段階では判断しようがない。犯人の身近にいる人間が犯人からのサイン、兆
候を感じ取って、地元警察に知らせてくれるのが一番だが……恐らくは次の事
件が起こるのを待つことになる」
「それでは、私どもはどうすれば」
「不安を煽りたくはないが、最悪の事態を想定することだ。小さなお子さんや
お年寄りといったいわゆる弱者のいる家庭はそれぞれ自衛するのが一番。お子
さんが心配なら、子供だけで外に出さない。常識的だが、これぐらいしか言え
ません。ああ、仁君に念のため聞いてみるのもいいかもしれないな。友達の中
に、小動物や昆虫を何匹も殺す子はいないかとね」
「警察が今以上に本格的に捜査するようには、できないものですかねえ?」
「ふん……私には幾人か警察の知り合いがいますが、遠藤さんのお住まいがあ
る地域は残念ながら外れている……うん? いや、そういえば」
更衣は携帯電話を手にすると、最近登録したばかりの番号につないだ。
「――あ、沢津さん? 食事の邪魔をして申し訳ない。単刀直入に。現役のと
き、どちらの警察で活躍をされました? ああ、それはよかった。この更衣京
四郎から、折り入ってお願いがあるのです……」
更衣京四郎
「もしかすると番組スタッフは、私が他人に頭を下げられない、プライドの塊
みたく思っていたんじゃないか? 事件解決につながるなら、たいていのこと
は厭わないさ。まあ、もう一つの見込み――子供嫌いなのは当たっているがね。
優勝すれば顧客を引き継げるんだから、依頼者の扱い云々はあんまり関係ない
気がする、と事前には考えていたが、ま、よいシミュレーションができたと思
う。今はとりあえず、一眠りしたいな」
午前九時。第三の課題も終わりを迎えた。全てをノーカットでお伝えするこ
とはかなわなかったが、十一人の名探偵候補は、それぞれ一つ以上の依頼を打
診され、こなしていった。
これからの約一時間は、審査に当てられる。
井筒:さあて、これより初の審査に取り掛かる訳だが。皆さん、どうだった?
土井垣:概ね、無難にやれていたと感じた。創作物の中なら、たとえ人格破綻
気味でも事件さえ解決できれば名探偵だが、これは実世界での活躍が見
込める名探偵を捜す企画。その意味では、問答無用で失格に相当する者
はいなかった。
剣:同感です。ゲームと現実の狭間にいながら、よくやっていたと。むしろ、
感心させられたくらい。
利亜:私は、物足りなさが先に立ちました。父の仕事ぶりを何度となく目の当
たりにしていますし、父を美化しているのかもしれませんが。
土井垣:こりゃあ、厳しい点を付けそうだ。
利亜:わざと厳しくするつもりはありませんよ。
新滝:時間が有り余っている訳じゃないので、早速、順位を決めていきましょ
う。まず、よかった候補と悪かった候補を、それぞれ挙げてみて。あまり
大勢挙げてもあれなんで、多くても二人ずつ程度にしましょう。まず、よ
かった方から。もちろん、よい悪いはその他の候補者と比較して、ですよ。
土井垣:では私から。天海君がよかった。常に沈着冷静で、かつ、必要な瞬間
には大胆になれる。ゲームだと承知しているからという側面はあるだろ
うが、それを差し引いても、落ち着いていた。送り主が同業者かもしれ
ないとまで推理を巡らせていた点も買いたい。
彼には劣るが、郷野君もよかった。外見のキャラクターからは想像で
きない、自己を律した探偵ぶりだった。何と言っても、アドバイスの手
際がよかった。郷野君はきっと、男性の心理も女性の心理もある程度分か
るんだろうな。
剣:次は私でいいですね。えっと、天海さんは私もいいと思いました。課題が
パズル的だったというのもありますが、彼は問題を把握し、解決するために
決断する能力が高いように思います。もう一人選ぶなら、小野塚慶子さんを。
依頼の嘘を見破った人は大勢いましたが、彼女は特に冴えていた気がします。
感情を抑制しつつ、嘘をついた依頼人を適度なラインでやり込めていた。
利亜:ああ、小野塚さんは確かによかったです。推理力に加えて、厳しさと優しさとが
表れていました。
井筒:優しさ、出ていましたっけ?
利亜:言い換えるなら、厳しさの中に優しさが秘められているというか。
他によかった人を挙げるなら、野呂さんかな。違法な誘いを断るだけで
なく、後始末を付ける。もちろん、ああいった場合に無茶や無理は禁物で
すが、野呂さんはできる範囲で目一杯の対応をしたんじゃないかなと思い
ます。
井筒:私と新滝君も審査員ではあるが、今回の第三ステージは途中経過を見て
おり、全員の点数も知っている。それ故、あくまで参考意見を述べるに止
めるとしよう。これまでに名前が挙がった以外で、よかったと個人的に推
したいのは、村園君だ。同じような依頼メールの暗号を、天海君がいきな
り解読に着手したのに対し、村園君は思い止まった。この冷静さは評価し
なければいけない。
新滝:私が他に一人推すとしたら……リオちゃん。私も彼女と同じ立場だった
ことがあるので、何を感じたかとても分かる気がする。それでもちゃんと
探偵らしく応対して、がんばったんじゃないかしら。
井筒:では次に、悪かった方を。さっきとは逆回りで、利亜さんから意見をど
うぞ。
利亜:更衣さんです。徹夜して待機するのは、愚の骨頂です。今回はゲームだ
と分かっていた、つまり一晩で終わると分かっていたから、あんな真似を
しても通用したかもしれませんが、現実にはずっと起きたまま依頼を待つ
なんて、できっこない。それに、あの人は沢津さんに口添えを頼んだ段階
でよしとしてしまった。すぐさま現地に飛ぶぐらいの気構えを見せて欲し
かったと思います。これもまた、頭のどこかでこれはゲームだからと割り
切っているせいじゃないですか。
もう一人は、八重谷さん。名探偵でもミスをすることはあるものですが、
あまりにも凡ミス過ぎました。推理作家の方が知らないとは考えにくいの
で、油断があったのかな。
剣:私も八重谷さんにはマイナスの一票ですねえ。依頼の内容を吟味しないの
は、明らかにだめです。依頼人の言動に八重谷さん、だいぶ腹を立てられて
いたようで、かっかしていたのかもしれませんね。
あと一人は、迷うところですが、堀田さんかなあ。多分、半日以上動き回
られて、お疲れだったのでしょうけれど、覇気がなかった。頭脳労働ではき
っと、大変な才を発揮なさると思うのですが、名探偵の看板を背負うからに
は、体力がないよりはある方がいいでしょう。
井筒:最高齢の挑戦者に、手厳しすぎやしませんか?
剣:決して、そのようなつもりは。堀田さんがあと少し、気力だけでも見せて
くれたなら、もっと高い評価をしました。
井筒:なるほど、そういう理由で。じゃあ、土井垣さん。
土井垣:同業者に対してすまないが、八重谷さんの名を出さない訳にはいかな
い。理由はもういいでしょう。二人目は、そうだな、沢津さんだな。期
待が大きすぎたのかもしれないが、期待外れだった。時間が掛かりすぎ。
あれぐらいのことは、通常時から原則となる方針を決めておき、その上
でケースバイケース、臨機応変にやるべきだと思った。元刑事の気質が
なくなっているようで、実は抜けきっていない。
井筒:これまたきついお言葉で。さて、我々の参考意見も披露しておこう。今
度は新滝君、お先に意見を。
新滝:今挙がった四人以外となったら……実は私、野呂さんの評価が低いんで
すよ。昔、出演したドラマで、こんなストーリーがあったのを思い出して。
泥棒の片棒を担ぐよう持ち掛けられた男が、承諾したふりをして警察に届
けたら、警察は現場で現行犯逮捕したいから男にそのまま犯行グループに
加わっているよう、要請する。内通者がおまえだとばれないように逮捕は
するが、形だけだからと言われて、男も納得して協力したのが不運の始ま
り。警察の目論み通りに現行犯逮捕はできたが、内通した男は釈放されず
に犯罪者扱いを受ける。
現実にこうなるとは限らないものの、野呂さん、危ない橋を渡ってるな
という印象を受けました。
土井垣:あんな依頼を受けたら、あのライターさんがやったぐらいの対処が精
一杯だと思うけどね。警察の手先になって、おとり捜査に荷担するかど
うかは、またそのときに判断を求められることでもあるんだし。
利亜:私も同感です。あとで野呂さんを呼んで、この点を尋ねてみましょうか?
新滝:いえ、そこまでするほどでは……。単に、私はもっとうまいやり方が、
何かあるような気がしただけ。
井筒:繰り返しますが、今回、我々二人の意見は、あくまでも参考ですから。
で、私の意見だが、美月君にはちょっと首を傾げた。先ほどの土井垣さん
の見方と被るが、依頼人へのフォローが大事と言っても、彼女のそれは過
剰だったと思う。次から次に依頼が来ていたら、どうしていたのかと、ふ
と気になった。
剣:井筒さんの意見も、当人に尋ねて確認したくなりますね。あの電話の最中
に新たな依頼が来ていたら、どういう行動を取ったのかと。
井筒:確かに。しかし、この程度の質問なら、野呂君にしろ美月君にしろ、質
問した瞬間にその意図を察するでしょうな。そして我々審査員が求める、
模範解答を口にするに違いない。
土井垣:それも一理ある。大いにありそうだ。
結局、候補者らを呼んでの質疑応答は行わないと決まった。
このあとも検討を重ねた末に、第三課題の順位が決まった。上位者から順に
記すと、次のようになる。
小野塚11 天海10 郷野9 野呂8 村園7 美月6 若島5
堀田4 沢津3 更衣2 八重谷1
これに今までの持ち点を加算し、高い順に並べ直す。
郷野26 村園24 更衣22 天海21 野呂18 美月16
若島16 小野塚15 沢津12 八重谷7 堀田6
美月と若島は同点だが、三つの課題それぞれで両者を比べると、美月が若島
を上回ったのは二度、美月が若島を上回ったのは一度。よって美月を上位とし
た。
――続く
#359/598 ●長編 *** コメント #358 ***
★タイトル (AZA ) 10/04/30 00:21 (445)
士の嗜み 4 永山
★内容 11/04/11 23:35 修正 第2版
午前十一時に参加者達がスタジオに集められ、本結果が発表されると、下位
に甘んじた者や三つ目の課題での審査結果に不満を抱いた者の一部が、不平の
声を上げたが、そこは割愛。判定は覆らない。
スタジオ内を静かにさせた井筒は、こほんと咳払い。オーバーアクションで
マントを振り、見得を切る。
「さて、名探偵候補の諸君。冒頭で説明したように、これからが第三ステージ
の本番だ。一日掛けて決めた順位が、ラストの課題での有利不利を左右する。
――ところで、突然だが諸君らに問いたい。名探偵に欠かせないものと言った
ら、何を思い浮かべるだろうか」
「そりゃあ推理力?」
若島が真っ先に言った。コンマ数秒遅れて、同じことを口にした者多数。そ
こへ付け加える形で、冷静さや勇気、決断力、知識etc が挙がる。
井筒は大きく首を水平方向に振った。
「私の言い方が悪かった。名探偵に欠かせないもの、この『もの』とは物体の
『物』ではなく、候補者の『者』。つまり人間、つまり……ワトソン役だ」
「ああ、そういう意味ね」
納得する者半分、ぴんと来ずに首を捻る者半分といったところ。
「要は、助手兼記述者役です。名探偵を手助けすると同時に、名探偵の活躍を
記録する」
新滝が念のためにフォローを入れる。
「そのワトソン役を十名、番組で用意した。今からパートナーを決める」
「ワ、ワトソンが十人……」
井筒の話に、またまたざわめきの波紋が広がる。そこへさらに拍車を掛ける
司会者。
「ワトソン・ドラフト。これが第三ステージ最後の戦いだ」
ワトソン・ドラフト。このネーミングからおおよその想像は付くだろう。プ
ロ野球の指名選択会議と同じように、ドラフトによって探偵とワトソンの組み
合わせを決めるのだ。
番組が用意したワトソンは十名。名探偵候補者よりも一名少ない。ワトソン
を得られなかった者が、このステージで脱落する。
ワトソン・ドラフトでは、参加者がワトソンの経歴に目を通し、上位の者か
ら組みたい人物をワトソンとして指名する。その段階で、誰が誰を指名したか
は分からない。全員が指名し終わって、明らかにされる。
ここからが重要だ。重複せずに指名していれば、そのまま決定。探偵とワト
ソン役のペアができあがる。重複指名があった場合は、抽選で決める。ただし、
抽選に参加するには権利を必要とする。この権利は抽選券で象徴され、抽選券
一枚で一回、抽選に参加できる。課題での順位がトップの郷野には抽選券十枚
が渡される。以下、順位が一つ下がる毎に渡される抽選券も一枚減り、最下位
だった堀田は抽選券なしでドラフトに臨まねばならない。なお、抽選券の譲渡
は認めない。
注意が必要なのは、抽選券がなくても、ドラフト指名は最後まで行えるとい
うこと。抽選券を持たない者が、重複指名をしてしまっても、抽選に加われな
いだけで済む。さらに付言すると、抽選券をたとえば一枚だけ持つ状態で、抽
選の機会が巡ってきた場合、その抽選に参加するか否かは参加者本人の自由で
ある。四人も五人も重複指名した抽選をスルーして、より確率の高いチャンス
を待つのも作戦の一つという訳だ。尤も、そんな作戦を選べるのは序盤に限定
されるだろうが。
「――そして、各人が抽選券を使うか否かも、指名と同じく、全員が意思決定
後、一斉にオープンする。以上のような段取りが、全てのワトソンに相手が決
まるまで、繰り返される。あと、ワトソンの決まっていない候補者が、抽選券
を使いきった者ばかりになって以降、指名が重複すれば、自動的に抽選をする。
それ以前に抽選券を使い切った者同士の指名が重複すれば、その分は流れ、ノ
ーカウント扱いとする。何か質問は?」
特に質問は出ない。誰もがドラフトの仕組みを理解し、作戦を練るのに集中
している。万が一、ルールに抜け穴があるなら、ここで他人に知らせてやるよ
うな質問はせずに、胸の内に仕舞っておくのが得策かもしれない。
「よろしい。それではワトソン役十名のプロフィールを配る。断るまでもない
が、資料にある記載は全て事実だ。第四ステージ以降、ワトソンと協力して行
うゲームも予定しているので、よく吟味して指名相手を決めるように。ちなみ
に、記述者としての能力をある程度保証する意味で、選出したワトソン役の多
くは作家の卵である」
番組上では、個人情報を全て明らかにすることはできないため、各ワトソン
の特徴を表すナレーションとともに、写真で紹介された。
・有城光太郎(うしろこうたろう23)高卒。根っからの作家志望で、社会勉
強のため様々なアルバイトを経験
・鴻池秀子(こうのいけひでこ37)バツイチ子供なし。タウン誌のライター
をしながら作家を目指す
・獅子倉佐(ししくらたすく19)大学生文学部。ミステリ研の類には所属し
ていないがミステリマニア
・田林知文(たばやしともふみ56)元家電メーカー社員。妻との死別をきっ
かけに、早期依願退職し、作家を志す
・菱山貴一(ひしやまきいち41)元小児科医。ストレスで辞める
・松森安美(まつもりやすみ29)元ホステス。客として来た文芸評論家を見
返すために作家を目指す
・譲原圭吾(ゆずはらけいご24)大卒後ゲームソフト会社に就職するもすぐ
に辞める
・綿貫修次(わたぬきしゅうじ22)経営学系の大学院生だが形だけ。親が裕
福。次男だからということもあり自由を許されている
・安孫子藤人(あびこふじと20)大学生。ミステリ研所属
・律木春香(りつぎはるか54)心理学准教授
「おや。これはこれは懐かしい名前が」
堀田が言った。一番危機感を持っている彼は誰よりも早く読み進め、最後の
二名に目を留めたのだ。
「第一ステージと第二ステージで脱落したお二人が、何故ここに入っているの
ですかな」
「脱落したあと、番組の方から『ワトソン役をやってみる気はあるか』と打診
したのですよ。お二人とも快諾してくださった」
井筒は愉快そうに事情を話す。どこか底意地の悪い笑顔だ。
「落ちた人と組んだら、足を引っ張られそうな気がするな」
と、これは野呂。目を見ればジョーク混じりのようだが、この発言に同感を
覚える者は多数いた。
「今さらの質問を受け付けてもらえるか知りませんけど、名探偵候補者と組ん
で勝ち進むことで、ワトソン役にメリットはあるのかしら」
美月が井筒と新滝を公平に見やる。すると井筒が新滝に対して頷き、新滝が
返答した。
「特別にお答えします。ワトソン役はひとステージ勝ち抜く度に賞金がもらえ、
さらに優勝者と最終的に組んでいたワトソンは、プロ作家デビューが約束され
ています。優勝した名探偵とワトソンの希望が合致するなら、番組終了後も組
んでもらってかまわない」
「ありがとう。結構いい扱いだと思うけれど、律木さんや安孫子君にとって作
家デビューの副賞はありがたいのかしら? 宝の持ち腐れになるのでは」
「安孫子君はミステリ研だけあって、執筆経験がある。律木君にしても、当番
組に参加するほどであるし、本を一冊上梓するぐらいなら魅力を感じると言っ
ていた」
井筒はそう言い終わると、時刻を確かめる仕種をした。撮影のスケジュール
はスタッフの方で管理しているので、ほぼポーズでしかない。
「別室に十人のワトソンを待機させている。諸君にはワトソンへ質問する権利
があるが、質問は各人一回だけだ。一人ずつ別室に行き、十人全員あるいは誰
かを名指しにし、そのたった一つの質問をして返答をもらったら、ここに戻る。
全員が戻ってから、第一回の指名を始める。無論、質問のない者は行かなくて
もかまわんが、事前にワトソン役を直接見ておくために、別室に足を運ぶこと
をお薦めする。人物の顔や外見、雰囲気も重要な要素になるだろう」
若島リオ
「堀田さんが最初に読み終わったみたいだけど、ずっと考え込んでいて、他の
人も似たり寄ったりだったから、あたしがトップで質問しに。実は資料に添付
してあった写真で、気になってたことがあったんだあ。だからそれを確かめる
ために、有城君に質問したわ。一つしか尋ねられないから、いっぺんにね。こ
う、指を突き付けて、『あなた、昨日の夜に依頼してきたオタクの人に顔だけ
似てるけれど、変装の心得あるの?』って」
若島リオの観察眼並びに記憶力は確かだった。有城光太郎こそが昨晩、若島
の部屋を訪ねたアイドルオタク風男性。顔にはメイクを施し、シャツの下に色
色と詰め込むことで外見をかなり変えていた。何でも有城は、劇団の手伝いを
したことがあり、そのときに多少の技術を身に着けたという。
他の候補者の質問も、別室に出向いた順番通りに見て行くとしよう。
郷野美千留
「私は十回抽選できるんだから、ワトソンとペアになれない可能性は凄く低い
わよね。それでっていう訳でもないんだけれど、質問はあまり深くは考えなか
ったわ。でもね、直前の課題のことを思い出したら、急に決まったの。それで、
『おかま、というか私みたいな人間に抵抗のない人、手を挙げてちょうだい』
って聞いたら、全員手を挙げた。ん、もう、みんな大好き! 投げキッスをサ
ービスしちゃった」
更衣京四郎
「特に作戦はないね。突き詰めれば運任せだ。それでも、ワトソンとして組み
たい相手には、私にないものを持っていて欲しい。むしろ、そうでなければ認
められない。高いレベルを要求しても仕方がないから、こう聞いた。『小さな
子の扱いに自信がある人は挙手を』と。何名かいたので、あとは経歴を参考に
して指名順を決める」
野呂勝平
「ワトソン役ったって、基本的なことは全員こなせると思うんだ。それ以外に、
ワトソンに何を求めるかってなると、俺の場合、情報源の多さとフットワーク
の軽さ。どちらかを優先させるなら、情報源だろう。そこで『知り合い、また
は知り合いの知り合いぐらいの範囲で、こんな自慢できるコネがあるという人
は、俺に耳打ちしてくれ』と尋ねた。何人かいたが、綿貫って奴の親が、顔が
広いみたいだな」
天海誠
「少しマジックを披露しました。反応のよかった人から選びますよ。真面目な
話、私のワトソンになる人には、事件捜査のサポートだけでなく、マジックの
お手伝いも頼みたいなと考えていまして」
村園輝
「迷いました。能力と相性のどちらを重視するか。能力はプロフィールを見れ
ばおおよその期待値を算出できますが、相性を判断するのは難しいですからね。
たった一つ質問をしても、それは変わらない。だったら、相手に選ばせようと。
自己紹介をして『候補者の中で組みたいのは私、村園輝だけだという方がいれ
ば、名前を言ってください』と頼みました。選んでもらうための計算もあるの
でしょうが、半数にのぼりましたね。他の人からの指名を拒否するかどうか、
見ものです、と言ってはかわいそうかな」
美月安佐奈
「ワトソン・ドラフトのルールだと、村園さんとの協力態勢を解消しないと。
じっくり検討すれば、二人で共闘することで、何らかの確実な優位を得られる
かもしれないけれど、そんな時間はなかったので。私の方針は、今は勝ち残る
こと。ワトソンとの相性は二の次ね。だって、ワトソンのメリットに関する質
問への、新滝さんの返事を素直に受け取れば、これから決まる探偵とワトソン
の組み合わせって、きっと不動ではないわ。そうなると、他の探偵が選びそう
にない人に的を絞るべき。特に、私より抽選券をたくさん持っている人の指名
とは被りたくない。そこで思い付いたのが、『今までに来た候補者の誰か一人
からでも、私は注目された、選ばれる気がするという人は、手を挙げてくださ
い』って。各候補からの質問に、ワトソン役の人も某かのメッセージは感じ取
ったはずよ、多分」
八重谷さくら
「知識豊富な人が望ましい。でも、プロフィール以上のことを一つの質問で、
全員から聞き出すのは困難だと判断しました。仕方がないので、『講演のため
に二時間を与えられたとしたら、あなたは何をテーマにするか。そのテーマを
教えてもらいます』と、全員に尋ねたわ。面白い答えもあったけれども、その
人を選ぶかどうかは微妙ね。他の指名と被る可能性が大きいし」
沢津英彦
「あれこれ考えてみたんだが、今後勝ち抜くことを考えると、苦手な分野をカ
バーしてくれる人物がついていてくれるとありがたい。自分は身体が大きいか
ら狭いところに入れずに困るかもしれんし、細かい作業が得意でない。視力も
段々頼りなくなってきた。頭も固くなったと思う。身体のサイズは見た目で分
かるので、あとの項目に関して、じっくりと質問を考えた。『1.細かい作業
が得意である 2.視力はよい方だ 3.なぞなぞやひっかけ問題に強い こ
の三つの内、二つ以上に自信を持ってはいと答えられる者、名前を教えるよう
に』、これで何とかしたいものだ」
小野塚慶子
「意外と遅くなりました。絵を描くのに手間取ってしまって……。ええ、関係
ありますよ。ワトソン役全員にこの絵を見せ、言葉での描写をお願いしたので
す。いえね、このあとのステージで、ワトソンと組んでゲームに挑むとしたら、
どんな形があるかしらと、想像を巡らせてみましたの。浮かんだ一つが、私と
ワトソンが離ればなれに置かれ、片方がもう片方に音声で状況を伝える、とい
うものでした。事件を記録する意味でも、描写力は高い方がよいですしね」
堀田礼治
「わしが最後になったのは、皆さんが済むのを待っていたからでな。何せ、最
後でなければならなかった。こう質問したんだよ。『これまでここに来た名探
偵候補者から、名指しで質問されるか、複数への質問に対して一人だけ答えた
ような者がいれば、名乗り出てもらいたい』と。これで、他の候補者が誰に注
目しているか、おおよそ分かる。わしは残りから選ぼうと思う。重複指名を避
けるには、これが一番可能性が高いんじゃないかのう」
堀田がスタジオに戻って、三分と経たずに井筒と新滝が姿を現した。指名が
始まる。名探偵候補者達は仕切りのある長テーブルを前に、横一列に着席する。
と、指名用紙十枚と成績に応じた枚数の抽選券が、アシスタントによって配ら
れる。
「いよいよ、指名スタートだ。もう説明は不要だろうが、一応言っておこうか」
井筒は手順を確認するかのように喋り始めた。番組として編集作業がし易い
ようにという意味もある。
「諸君らは組みたい相手の名前を書き、回収のアシスタントが来たら渡す。そ
れをこちらで開票していく。他の指名と重ならず、自分一人が指名していれば、
コンビ決定。重複していれば、次に抽選券を行使するかどうかを問う。当該の
ワトソンに抽選券を使う者がもしも一人しかいなかった場合、その者とのコン
ビが決まる。二人以上いた場合は抽選を実施し、当たり引いた者とワトソンと
のコンビが決定。外れた者は抽選券を一枚失い、次巡の指名に臨む」
次いで、指名用紙への記入、その回収が手際よく行われ、新滝の手元にリス
トが回された。
「はい、では一巡目の指名結果を発表します。課題での得点上位者の指名から
読み上げます。
郷野さん、松森安美を指名。
村園さん、綿貫修次を指名。
更衣さん、律木春香を指名。
天海さん、獅子倉佐を指名。
野呂さん、綿貫修次を指名。重複しました。
美月さん、譲原圭吾を指名。
若島さん、有城光太郎を指名。
小野塚さん、鴻池秀子を指名。
沢津さん、松森安美を指名。重複しました。
八重谷さん、安孫子藤人を指名。
堀田さん、安孫子藤人を指名。重複しました。
以上の結果、更衣さん、天海さん、美月さん、若島さん、小野塚さんがそれ
ぞれワトソンを獲得しました」
名前が発表される度に、どよめいたりわっと湧いたりするのは、予定調和の
強い本家ドラフト以上の盛り上がりかもしれない。
更衣京四郎
「小さな子供の扱いに自信があると断言したのが、律木さんの他には、有城光
太郎しかいなかったのさ。有城は若いし、どんな人間かまだ分からない。律木
さんに関しては、それなりに知っているつもりだ。加えて、堀田さんが指名す
るのは律木さんか安孫子君だと予測していたので、あの人には悪いが、困らせ
てやろうと考え、律木さんを指名したのだよ」
天海誠
「先ほど答えた通り、私のマジックを観て、一番感心してくれた人を選びまし
た(笑)。指名が被らなくてよかった」
美月安佐奈
「譲原圭吾さんがどんな人柄なのかは、ほとんど分からないけれど、客観的に
考えて、私より得点上位の人がわざわざ選びそうにない経歴の持ち主だと思え
ました。ご本人の前では言えませんけど、こんなこと」
若島リオ
「もう、あの見事な変装というか変身ぶりに賭けてみた! それだけです。普
段の格好、悪くないしね」
小野塚慶子
「さすが記者さんだけあって、鴻池秀子さんの描写は正確でした。やや固くて
味気ない点を我慢すれば、圧倒的によかったですよ。これから会えるんでしょ
うが、もっと話をして、お互いをよく知らないといけませんね」
スタジオでは新滝の喋りが続いている。
「次に、重複指名のあったワトソンの抽選を行います。最初は……簡単に済み
そうな方から行きましょう。――安孫子藤人を指名した八重谷さん。この場合、
隠す必要がないと思うので、直接聞きますが、抽選券を使いますか?」
「もちろんよ」
きっぱりと即答した八重谷とは対照的に、堀田は重複が決まった瞬間、つま
りは八重谷の指名が安孫子だと明らかになった瞬間に、うなだれ、かぶりを振
っていた。抽選券を持たない彼には、どうしようもない。
堀田礼治
「多分、律木さんと安孫子君を指名する者はいまいと思っていた。心情的にな。
さらに、質問をした折、律木さんは誰かから指名されるのにある程度の自信を
持っていたようだったから、外した。残る安孫子君に賭けてみたんだが……」
八重谷さくら
「作戦がうまく嵌まって、気分がいいわ。本当は、記入の直前まで全く別の何
人かで迷っていた。でも、ぱっと閃いたのよ。堀田さんと私の二人だけが重複
指名する状況を作れたら、そのまま私の勝ち抜けじゃないの。それで脳細胞を
フル回転させて。重複を避けたいなら、安孫子君か律木さん、人付き合いが苦
手そうな譲原、菱山ぐらいだと当たりを付けて、医者の知識がある菱山を除外。
子供が苦手だとこぼしていた更衣さんが、もしかしたらワトソン役に子供の相
手をするのが得意な人を選ぶ可能性があると気付いて、じゃあゲームに詳しい
であろう譲原と、律木さんも児童心理学にも造詣がある程度あったはずだから、
除かなくちゃいけない。最後に残ったのが安孫子君だったって訳」
続いて、松森安美を巡る抽選。郷野と沢津に、抽選に参加するか否かの意思
確認がなされる。
今度のケースも隠す意味がないので、直接新滝が尋ねる。郷野は「私はもち
ろんやるわ。抽選券ならたくさんあるんだから」と余裕綽々の体で答えた。一
方の沢津は、しばらく黙考。二枚しかないのだから、慎重を期すのは当然であ
ろう。
沢津英彦
「最初は、二枚あるのだから一枚は使ってもいいだろうと考えていた。だが、
我々の抽選の前に、八重谷さんが堀田さんに不戦勝のような形で勝ったのを目
の当たりにして、ああいう勝ち方もありなんだなと認識を改めた。他の者が抽
選券ゼロになるのを待つ戦法。それなら、ここはパスすべきでないかと。だが、
もう一度冷静になってみた。すでに六人が抜け、あと二人が抜けることも確定
事項だ。結局、二巡目は、ワトソン役二人を三人で指名する状況になると気付
いた。三人の中に私と堀田さんと、あともう一人が誰になるにしろ、私より抽
選券が多い人になるのも確定済み。よほど運がよくない限り、堀田さんの脱落
する可能性が高まった。堀田さんとの一騎打ちになれば、抽選券一枚あれば充
分だ。言い方は悪いが、残り物のワトソンと組むよりは、今、自分の指名した
ワトソンと組みたい。その可能性に賭けることにした」
沢津が「自分も抽選券を使う」と答えると、その場にいた面々は短く、おっ、
と盛り上がった。
「承りました。それでは、二名による抽選を行いますので、中央に出て来てく
ださい」
記入のためのテーブルと、ステージとの間に、装飾の施されたワゴンによっ
て、抽選箱が運び込まれる。一抱えほどある立方体の上面には、腕が通るほど
の穴が空けてあり、さらにその縁にはひらひらした紙か何かが、中を覗けなく
するために付けてあった。
「箱の中には封筒が二通入っています。一つに『当確』と記された紙が入って
おり、もう一つは空っぽ、何も入っていません。引く順番は、原則的に手持ち
の抽選券が少ない方からどうぞ」
沢津が箱に手を入れ、封筒一つを選び出す。残る一通を郷野が取り出すと、
新滝が改めて「開けてください」と声を掛けた。
数秒後、沢津は渋い顔をし、郷野は嬌声を上げた。
郷野美千留
「やったわ! まだまだついてる、わ・た・し。松森さんは私でも見とれてし
まうくらい、お化粧が上手。そこに私のヘアメイク術で一層の磨きを――って、
番組の趣旨から外れた? いいじゃないのっ」
三つ目の重複指名に関する抽選に移る。村園の抽選券が九枚、野呂の抽選券
が六枚で、残りの抽選が、これを含めて多くても三回。両者の抽選参加は確定
なので、口頭による意思確認を経て、そのまま抽選を行う。そして野呂がガッ
ツポーズをした。
野呂勝平
「そりゃあ、満足している。大満足だ。俺の手足になって働いてもらおうなん
て、端から期待しちゃいない。綿貫修次のコネと資金力があれば、充分だ」
勝ち抜けた者もとどまるスタジオで、ワトソン・ドラフトは二巡目に突入す
る。一巡目と同じように、しかし人数は減った状態で、指名用紙に記入が行わ
れた。
村園輝
「この回、堀田さんが単独指名に成功すれば、私か沢津さんのどちらかが落ち
る。三人の指名が三つとも重なった場合は、抽選券の差で、最終的に私と沢津
さんの勝ち抜けで決まり。私と沢津さんのいずれかが堀田さんの指名と重なっ
た場合も、私と沢津さんの勝ち抜け。ということで、堀田さんが不利なのは間
違いないのですが、絶対確実な戦略はありませんからね。いえ、私と沢津さん
が打ち合わせをし、異なる相手に票を投じれば必勝なんですが、フェアではな
い。残っているのが沢津さんではなく美月さんだったなら、まだ連係プレーを
選択肢に含めたかもしれませんけど」
沢津英彦
「一巡目に抽選でも負けて、少し焦った。だが、依然として堀田さんより有利
なのは間違いない。小細工をすることも考えないではなかったが、やはり元刑
事としての誇りが、正々堂々とした戦いを選ばせた」
堀田礼治
「いよいよ、とうとう、追い詰められた心境かのう。しかし、運任せというの
では芸がない。目算があった訳ではないが、自ら動いてみることにした」
指名用紙への記入を前に、堀田がいきなり、声を張った。
「わしは田林を指名するつもりだ」
村園と沢津の手が止まり、肩がぴくりと動く。同じテーブルについているが、
仕切りのおかげで振り向いても堀田の表情は分からない。声だけが続く。
「資料を見ると、田林知文は齢五十六とある。村園さんはこんな年上の人物を
ワトソンにしては、やりづらかろう。四つ年上の沢津さんにしても、還暦前後
の男の頑固さに思い当たる節があるんじゃないかね? 意見がぶつかって、扱
いに困るんじゃあないかと心配さね」
「あの、堀田さん。なるべくお静かに記入を」
新滝が遠慮がちに注意を促す。並んで立つ井筒は、面白そうに事態を見守っ
ていた。
村園輝
「ええ、惑わされました。嫌でも耳に入るんですから。年上どうこうっていう
のは、私から見れば残るワトソンは二人とも年上なので、意味がないんですが。
堀田さんの言が真意そのままと仮定すると、私と沢津さんの少なくとも一人が
田林知文を指名すれば、堀田さんは脱落です。二人とも指名しないパターン以
外は勝てる、だったら田林を指名しておけば間違いない……と私と沢津さんが
判断するのを、堀田さんは期待しているのかな。このときだけ、あの人は菱山
貴一を指名することで、勝ち抜けるのだから。ではそれを防ぐには、私が菱山
を指名すれば……しかし、もしも沢津さんが同じ結論に達したとしたら……思
考の迷宮です」
沢津英彦
「堀田老が何を画策しているかは、ちょっと考えただけで分かった。だが、あ
の宣言で彼の勝つ確率が上がったかというと、別にそうじゃないだろう。運否
天賦なのは変わらないし、自分や村園さんが有利なのも変わらない。ただ、村
園さんは若いせいか、考え込んでいる空気が感じられた。占いで指名相手を決
めるかもしれん。個人的見解ってやつだが、自分は占いのようなあやふやなも
のに、運命を左右されたくない質なんで……卑怯すれすれの手に出ることにし
た」
「それならば、自分も田林の名前を書く」
沢津が大きな声で言い放つ。今度は堀田が唖然として沈黙する番だった。
「警察に身を置いていた者として、この言葉に嘘はない。絶対に田林を指名す
る」
堀田礼治
「やりおったと思った。これまでの沢津さんの言動から、かなり率直な性格だ
と分かっておるし、全国に放映される番組で警察の名前を出したことは、元刑
事にとっても重かろう。沢津さんは間違いなく田林を指名する。そのことを村
園さんも感じ取ったはずだ」
何か新たな策――抵抗――を講じようとするも、絶句するしかない堀田に、
新滝が「速やかに記入をお願いします」と重ねて要請した。
直後に行われた開票で、沢津は田林を単独指名して決定。村園と堀田は菱山
指名で重複したが、結果は明白。堀田の脱落で、第三ステージは幕を閉じた。
堀田礼治
「結果論になるが……三つの課題を終えて最下位、抽選券なしでドラフトに臨
んだのは、大きなハンデだった。ただの老兵ではないつもりだったが、正直、
きつかった。しかし、一巡目の時点では、勝ち抜くチャンスはまだ充分にあっ
た。それをあの女推理作家に……やられた。八重谷さんの指名が全てだったの
う。課題でも、彼女にやられたしな。
ところで、前回までに敗退した二人には、ワトソン役として再び番組に出る
機会を与えられたが、わしにはないのかね?」
* *
予告:次回の『プロジェクトQ.E.D./TOKIOディテクティブバト
ル』は……。
井筒「パートナーが決まり、名探偵への道を本格的に踏み出すことになった訳
だが、お互い、対面してみた感想はどうかね?」
「最初とイメージが違う」
「残り物だったって、本当なのでしょうか」
井筒「第四関門を始めるに辺り、まずはテーマを発表するところだが、今回は
後回しにする」
「あんた、何やってんの!」
お楽しみに。
――3rdステージ.終了