AWC 十二等分の幸運 1   永山



#327/598 ●長編
★タイトル (AZA     )  08/07/31  23:59  (487)
十二等分の幸運 1   永山
★内容
「ミステリは魔物。解けるか、嵌まるか。名探偵誕生の瞬間を追う、『プロジ
ェクトQ.E.D./TOKIOディテクティブバトル』。名探偵の持ち合わ
せるべき運を問う第二関門、開幕!」
 井筒隆康の決まり文句で、番組が始まった。と同時に、第一関門をクリアし
た十二人の名探偵候補が登場し、三列に並べられた椅子に座って行く。落ち着
いたところで、司会の井筒が言った。
「第一関門突破、まずはおめでとう。簡単に感想を述べてもらおうかな。美月
さんから、どうだった?」
「今回のテーマは運ですって? だったら私、危ないかも。前回で運を使い果
たしたかもしれないから。トップ通過できたのは、この人のおかげ」
 保険調査員の美月安佐奈は自嘲気味に笑い、隣の席の村園輝を見やった。自
然な形で、次の発言者はこの占い師となる。
「それを言うのなら、自分も同じになりますね。前回、答に気付けたのは、多
分に運の要素が強かった」
「実質トップの人にそんな言い方されても、嫌味にしか聞こえないわ。こっち
はやっと残れて冷や冷やだった」
 律木春香が口を挟む。前回ブービーだった彼女は、危機感を特に強く持って
いるようだ。
 そこへ野呂勝平が遠慮の欠片もなしに割って入る。
「何番目だろうと、勝ち残ればいいのさ。今はな。負けたら終わりだ」
「負けたら終わりと言えば」
 天海誠がつぶやく。
「学生の安藤君が落ちたのは、少しばかり意外でした。不正解だったから当然
ですが、テレビ的には、彼のような有名でない人をもっと勝ち残らせたいでし
ょうからね」
「第二シーズンの開催を見越して、一般からの参加希望が増えるようにってこ
とかしら」
 八重谷さくらが反応した。天海がうなずくと、彼女もまた満足げにうなずく。
「まあ、実力がなくちゃお話にならないわ。緊張するのも自信のなさ故よ」
「八重谷さんは自信に溢れてますもんね!」
 若島リオがやたらと明るく話し掛ける。一歩間違えると太鼓持ちだが、彼女
の場合、そうは見えない。得なキャラをしている。
「この間はうまく抜けられたけれど、リオはそんなに自信持てないから、今回
は誰かにくっついていこうかな?」
「どんなことをするのか分からない内から、くっつくも何もなかろう。前回の
方がまだ相乗りできる余地があった。そういう意味では、気が楽だったな」
 元刑事の沢津英彦がたしなめつつも、前回の感想を述べる。実際のところ、
第一関門を突破して肩の荷が下りたのだろう、沢津が最もリラックスした表情
に見える。
「個人的には、最後まで立たされ、お説教を食らったのが屈辱的だった。早く
忘れて、次に進みたい」
 更衣京四郎が吐き捨てた。離れた席の八重谷が大いに同感とばかり、オーバ
ーにうなずいていた。
「わしはすでに忘れているかの。ちっとも思い出せやしませんわ」
 かかと笑ったのは、最年長の堀田礼治。今の台詞を鵜呑みにする者は、一人
もいまい。
「私は、環境が変わったことの方が大変だった。体調がいまいちで、肌の艶一
つとってもよくないでしょ。お化粧に時間を取られて損。早く慣れなくちゃ」
 これは郷野美千留の弁。実際の心境は、髯を含めたむだ毛処理に時間が掛か
るといったところか。
「あら、大変ですね。私は順応しやすい質らしくて、マイペースでやらせても
らっています。この調子で行けたら助かるわ」
 最後にのんびりと言ったのは、小野塚慶子。許可さえ出れば、ここにも編み
物を持ち込みそうな雰囲気である。
「これで、みんなが発言した訳だが、今のコメントの中にも駆け引きがあるよ
うなないような……とても興味深く拝聴したよ。それでは、ぼちぼち始めよう
か」
 本当に興味深そうに、顎をさすりながら聞いていた井筒は、一呼吸ついてか
らやや大きめの声で続けた。
「第二の関門は運試し。名探偵の持つ運がテーマだ」
「名探偵は推理力が卓越していれば、それで事件を解明できるのだから、運な
んていらないと思うけれど」
 郷野の意見に、井筒は首を縦に振り、とりあえずの同意を示す。だが、すぐ
に付け足した。
「確かに、特に幸運である必要はないかもしれない。だが、逆の場合を想像し
てみることだ。彼もしくは彼女が優れた推理能力を有していたとしても、特別
に不運であるために、事件を解明できないことは起こり得るのではないかな」
「それはもちろんよ。鑑定結果をもたらしてくれる電話が、肝心なときに不通
になるとか、誘拐犯との交渉中、たまたま第三者のとった行動が、犯人の目に
は背信行為と映り、被害者が殺されてしまうとか。そういうことを考え出した
ら、きりがない」
 両手のひらを上に向け、肩をすくめる郷野。他の面々も程度の差こそあれど、
概ね、同意見らしい。
「だからこそ、運をテーマにした関門があってしかるべきだろう。極端に運の
悪い人間に、名探偵の資格はない」
「かといって、たとえばくじ引きで三回連続、最下位になったから失格、なん
てことにされてもたまらない」
 美月が言った。井筒は再び、大きくうなずいた。
「無論だ。救済策は施そう。運が悪くてもなお、事件を解決できる名探偵がい
るかもしれない。むしろ、そのような名探偵こそ、我々が求め、欲す存在であ
るとも言える」
「はいはーい。そういったことを考慮して、第二関門のルールは次のようにな
っています」
 議論が白熱しかねないところへ、もう一人の司会者、新滝愛が現れ、はつら
つとした調子で告げた。番組上では画面に、以下の通りのテロップが出るとこ
ろだ。

・運の要素が大きなウェイトを占める十のゲームを行い、各候補者の持ち点を
決定する。点数の高い者ほど幸運の持ち主と見なす。
・犯人当ての問題が出されるが、名探偵候補者の得られる手がかりは、それぞ
れの持ち点によって異なる。幸運な者ほど多くの手がかりを得ることができる。
・ただし、犯人当ての最中に一度だけ、各人の運を見直すゲームを行う。
・犯人当て問題の犯人を論理的に指摘できた者が、早い順に勝ち抜け。
・正解が最も遅かった者が脱落。複数の不正解者が出た場合は、審査員の判定
による。なお、審査では、各人の持ち点が考慮される。
・制限時間は、ゲームを含めて、二十四時間。

「――それともう一つ。これはテーマを理解していれば自明だが、念のために
言っておこう。今回、他者との協力は一切認めない。犯人当ては独力で解くこ
と」
「特定の人を落としたいからって、他の全員に答を教えるのもなし?」
 若島リオが舌足らずな口ぶりで聞く。井筒の鋭い視線が飛ぶ。
「なしだ。このルールを破った者は、番組出演に際して提出してもらった誓約
書に反したと見なし、失格および賠償金の請求対象となる」
 若島は口を尖らせ、あきらめたようにかぶりを振った。
「他に質問は?」
「運の見直しというのが分からないんだが……口を割りそうにないな」
 沢津が挙手しつつ、質問しかける。が、井筒の顔を見て苦笑いを浮かべると、
途中でやめた。
「要するに、ずっと幸運が続くとは限らない、ってことにしときたいんでしょ」
 我慢していたものを吐き出すように、推理作家が分かった風な口をきく。
「そうしなきゃ、観ていて面白味がないものね」
「演出上、最低でも一人は逆転を食らう可能性が高そうだわ」
「テレビの舞台裏を暴くような発言は、謹んでくださいね」
 律木の台詞を新滝が諫めたところで、質問タイムは終わった。
「もうじき、スタート時刻の午後三時だ。ゲームルームに移動するとしよう」

 最初のゲームは、勝ち負けを決める最も簡単な方法の一つ――じゃんけんだ
った。
「あくまで運を見たいので、一切の戦略を取れないようにする。具体的には、
他の対決を見てはいけない。勝負の直前に『次はグーを出すぞ』等の宣言を行
ってはならない」
 組合せはランダムになされ、勝ち残りと負け残りのトーナメントが同時に進
行する。そうして、一位から十二位までが決定した。
 続いてのゲームは、じゃんけんと同程度に単純なコイントス。井筒の投げる
コインの表裏を皆が予想していき、外した者は順に除外され、最後まで残った
者が一位となる。
 次なる種目は“ハイ&ロー”。適当に選んだトランプのカードの数字が、七
より大きいか小さいかを当てる。これも外した者が落ちていき、最後まで当て
続けた一人が一位と認定される。
 四つ目は、トランプつながりと言うべきか、ポーカーである。これまでの三
つに比べると、腕前にも左右されるゲームだが、それは回数を重ねてこその話
だ。今回、番組が課したのは一度きりのポーカー勝負。ほぼ、運否天賦のもの
と言えよう。
 続いてブラックジャックが五番目に用意された。エースを一もしくは十一、
絵札を十、その他の札は数字の通りと見なして組合せ、二十一に近い数をこし
らえるゲームだ。これもポーカーと同じく、一度きりの勝負では実力云々とは
関係なく、勝敗に運の占める比率が高い。
 第六のゲームは、がらりと様相を変え、“ジャストタイム”――ストップウ
オッチを十秒ジャストで止めることを狙う。十秒に近いほど高ポイントが与え
られる。全ゲームの中では、最も運頼みでない競技と言えるが、練習なしの一
発勝負ではやはり運が大きい。
 第七ゲームは、十本の煙草に同時に着火し、灰の落ちる順番を当てる、“灰
リスク”。
 第八ゲームは競馬。無名馬ばかりが出走する海外の地方競馬の映像を見て、
着順を予想する。
 第九ゲーム、“宝箱”。十個の小箱から一つを選び、十の鍵から該当する物
を見付け出す。タイムトライアルだが、開けた箱の中に髑髏マークが刻印され
ていた場合は、タイムを倍にされてしまう。
 そして最後の第十ゲームは、運と実力が微妙に絡み合う、“多数決廃除”。
「――これは、最も警戒するライバルは誰か?というお題目で、名札を上げる
形の多数決を行い、最多得票した者を除外。次も同じ採決を行い、最多得票者
を除外。これを、二人になるまで繰り返す。最後の一人を決めるのは、それま
でに除外された十人による採決だ。なお、同票の場合は、九種のゲームを終え
た時点でのポイントの低い方を除外していく。ポイントも同じ場合は、司会者
である私が判定を下す」
 井筒の解説を、全員が飲み込んだところで、ゲーム開始だ。
 一回目の採決では、村園が八票で除外された。第一関門の実質一位通過者で
ある点に加え、これまでのゲームでもなかなかの強運ぶりを発揮していること
が、他の者に驚異と映ったようだ。
 第一関門の成績を根拠とする流れは続き、二回目は美月、三回目は天海が最
多得票者になった。
 四回目は、第二関門のポイント合計でこの時点のトップ、郷野が除外に。続
く五、六回目では、すでに敵を多く作ったであろう八重谷、更衣が相次いで除
外される。
 残り六名になった七回目の決で、最多得票が二人出た。堀田と沢津である。
今までのポイントにより、堀田が生き残ったが、彼も次で除外された。
 九回目の決では小野塚が落とされ、三人に。
「ここまで残ったことを、不名誉に思うべきかもしれないわね」
 情けないと律木春香がつぶやく。漫画に描くとしたら、負のオーラが出てい
るところだろう。若島リオは対照的に、明るくコメントする。
「見た目がばかそうでも実は名探偵っていうのは、私が最初から言ってるスタ
ンス。全然、ちっとも、問題なし!」
「まあ、何にせよ、次で除外されるのは俺だな」
 野呂が自嘲しながら言った。――そして実際、その通りになった。
 最後の決を前に、新滝が早口で説明をする。
「状況を整理しておくと、第九ゲームまでのポイントは、律木さんが三十七、
若島さんが五十三と、若島さんが上回っています。次の採決で五票ずつなら、
若島さんの勝利になります。この二人それぞれとポイントで競っている人は、
ようく考えて投票を。最終的な順位を左右するのは明白です」
 新滝の示唆が、十人の投票行動にいかなる影響を及ぼすのか。名探偵候補た
る者、この程度のことでは影響を受けはしないかもしれないが。
「心は決まっただろうか? ――それでは、十人の名探偵候補諸君、一斉に札
を上げて」
 律木、若島どちらかの名前の書かれた札が十本、さっと上がる。素早く数え
られた。
「律木春香、六票。若島リオ、四票。よって、律木さん、あなたが除外され、
最後の運試しは、若島君の勝ち残りとなった」
「わーい、って喜んでいいのかな? かな?」
 タレントは自分のキャラクターをよく把握しているようだ。演技なのか地な
のか、軽々しく判断を下せないものを感じさせる。
 律木は一瞬、落胆の表情を覗かせるも、一位と二位とで獲得できるポイント
差は、わずか一であることを思い出したか、じきにすっきりした顔つきに変化
した。
 番組上は、ここで何名かの短いインタビューが挿入される。

若島リオ
「最後のゲームで勝ち残ったときは、実際、手を叩いて喜びたい気分だったわ。
十二人の中で、私が最も警戒されていないんだもの。私からすれば、充分にチ
ャンスありってこと。運のよさは全体で六位っていうのは、不満だけどね」

律木春香
「正直言って、複雑な気持ち。何であろうと、こんなに低い評価を受けたのは、
人生で初めて。屈辱的よ。だけれども、克服して、勝ちにつなげないといけな
い。運のポイントも高くないけれども、黙って頭を使うことには自信がある」

村園輝
「最後のゲームで早々に脱落したこともあり、最終的な順位は四位。まあ、よ
いポジションだと思います。第一関門から引き続いて、有利なポジションをキ
ープして戦うのは、今の自分にふさわしくない」

郷野美千留
「際どかったわ。もう少しで二位になるところだった。一位と二位だと、気分
のよさが全然違うのよね、やっぱり。それ以上に、たくさんの手がかりが得ら
れるってことが、重要なんだけど。せっかく巡ってきたチャンスだし、犯人当
ても一番に正解して、ポイントを稼ぐとするわ」

沢津英彦
「遊びの類は苦手という自覚はあったが、こうもできないとは予想外だ。最下
位からの巻き返しは、厳しいものがありそうだが、最善を尽くすとしよう」

 十種のゲームの結果を受け、決定された運のよさは、上から順に、次の通り
である。

1.郷野美千留 2.天海誠 3.更衣京四郎 4.村園輝 5.堀田礼治 
6.若島リオ 7.美月安佐奈 8.小野塚慶子 9.律木春香 10.八重
谷さくら 11.野呂勝平 12.沢津英彦

「第二関門のスタートラインが、ようやく引けた。ここからが本番だ」
「やっと、ミステリらしいミステリに取り組める訳だね」
 井筒の言に、更衣が反応する。本領発揮を期する者は彼だけでない。全参加
者が、このときを待ち望んでいた。
「出題形式だが、今回はテキストを配布する。犯人当て推理小説と同じと考え
てくれていい。繰り返しになるが、他の参加者と相談するのは禁止とする。他
人のテキストの中身を見るのも禁止だ」
「与えられる証拠に差があるのなら、当然ですね」
 天海が確かめるように言った。さようさようと井筒が時代がかった物腰で応
じる。
「実は、テキスト配布は済んでいる。諸君のホテルの部屋それぞれに届いてい
るはずだ。各自、これから部屋に戻り、問題に取り組んでもらいたい。調べ物
は自由だが、外部への連絡は禁ずる。食事も今回は、各部屋で摂ることになる。
他の参加者と顔を合わさぬよう、なるべく部屋に籠もっていてもらいたいのだ
が、反面、番組として絵にならないのも困るので、場合によっては我々が部屋
を訪ねたり、調べ物に着いていったりすることになると思うが、そのときはよ
ろしく」
「質問が」
 村園が発言を求め、新滝が許可する。
「第二関門では、解答の回数に制限はないのでしょうか。言及がなかったもの
だから、気にはなっていたのですが」
「何度解答してくれてもかまわない」
 井筒があっさりと答える。
「ただし、何度も間違えるようだと、後々、審査員の判定になった際に、不利
に働くのは当然のことだがね。早さも大事だが、正確さも大事だ」
「誤って告発した相手から賠償金を請求されても平気、という探偵さんがいる
のなら、それでかまわないですけどね」
 新滝が奇妙なフォローを入れる。いや、ジョークだったのかもしれないが、
誰一人として笑わなかった。
「他に質問は? ないのなら、予定よりも少し早いが、第二段階に進むとしよ
う。諸君の幸運を祈る――文字通りのね」
 井筒の声がずしりと響いた。

「ではここで、審査員の一人であり、問題作成にも携わっておられる土井垣龍
彦先生に、お話を伺うことにします。――土井垣先生、よろしくお願いします。
早速ですが、第二関門の問題作りで工夫あるいはご苦労なさった点は、何でし
ょうか」
「念頭に置いたのは、レベルです。難しすぎても簡単すぎてもいけない。バラ
ンスのよい犯人当てというのは、結構大変なんですよ。しかも、今回は名探偵
候補達が相手でしょう? 普段の読者相手というのなら、まだおおよその感覚
が掴めているからいいんだが、我こそは現実の名探偵という人達を相手にする
のは初めての経験で、勝手が分からなかったなあ」
「その上、第二関門では運の度合いによって、レベルに差を付けなくてはいけ
ないという……」
「もちろん、それもありました。まあ、大失敗ということはないでしょう。今
回の結果を参考に、よりよい物を生み出していきたい」
「それでは、工夫された点は?」
「あんまり話すと、興を削ぐことになりかねないので……小説という形式なら
ではの趣向を凝らしたつもりとだけ」
「そうですか。視聴者の皆さんに、問題の一部をVTRにしてお見せするので
すが、小説ならではとなると、映像にするのは難しかったかもしれません。と
ころで、視聴者の皆さんに見せるのは、運の順位が何位の方のがいいんでし
ょう?」
「これはもう、決めています。六位でお願いしています。一般読者を想定して
犯人当てを書くときのレベルに合わせたつもりなので」
「第一関門と第二関門の途中までをご覧になった上で、優勝の有力候補だと思
える方は?」
「今、答えるの? 無理だよ。第一、審査員がそんな発言をしたら、あとで出
る結果によっては、色眼鏡で見ていると受け取られかねない。一つ言えるのは、
犯人当てタイプの推理小説を読み慣れた人なら簡単だろう、という予想ぐらい
かな。ああ、私自身の名誉のために付け加えておくと、第二関門なんだし、超
絶に難しくしてもしょうがないと考えたから、易しくしたのだよ(笑)」
「なるほど。ところで、土井垣先生の書かれるミステリには、幾人かのレギュ
ラー探偵がいますが、今度の犯人当てではその中の誰かが登場するのでしょう
か」
「無論。読者サービス、いや、視聴者サービスかな。とにかく、観ている人へ
のサービスの意味も込め、湯上谷龍(ゆがみだにりゅう)を登場させた」
「先生が最も大事にされているキャラクターですよね。龍の名は、ペンネーム
に合わせたとか」
「合わせたというよりも、暖簾分けのようなつもりだよ。今回の作品は、犯人
当てという性格上、湯上谷探偵をいつもより若干、鈍い人物として描くことに
なったかもしれない。結果的にだがね」
「大事なキャラクターをそんな風に扱うのは、さぞかし心苦しかったのでは」
「うむ、それはあった。が、未来の名探偵のためなら、我慢もするさ(苦笑)」
「ありがとうございました」

           *           *

   そして死の影が忍び寄る
                           原案:土井垣龍彦

「おいおい、まだ掛かっているのか」
 迎えにやって来た湯上谷龍は、背後から私の手元を覗き込むなり、批難調で
始めた。
「確か、締め切りが迫っているのは、短編が一本だけと言っていたように記憶
しているのだが」
「余裕と思ってたよ。そこへ新聞連載の依頼があって、喜んで引き受けた訳」
 私は振り返ることなく返事した。
 作家になって以来、初めて新聞社からの連載依頼だった。だから、というの
も変だが、新聞連載の仕組みをよく分かっていなかった。少しずつ書いて原稿
を渡せばいいと考えていたのが、全部まとめて出すように指示されて、大いに
焦っている。短期集中連載という理由もあろうが、それにしても……。
「で、目処は立っているのかね」
「原稿そのものの完成は、もう少し先でいいんだ。明日までに、全体のプロッ
トをきっちり仕上げて、示さねばならない。粗筋はもちろん、購読者から抗議
が来るようなテーマを含んでいないか、チェックしたいとかで」
「ふむ。雑誌の類よりも新聞の方が、面倒な印象はあるな。選挙絡みとか」
 分かったようなことを呟いてから、湯上谷は私の肩に右手を載せた。もう一
方の手首にある腕時計で、時刻を確認したようだ。
「で、仕上がりそうなのか。あと一時間で出発しないと、間に合わないぜ。ど
こかで昼食を摂る予定をすっ飛ばしたとしても、猶予は三時間ほどだろう」
 かつて湯上谷が依頼を受け、解決した一件について、ぜひとも礼がしたいと
某大企業の社長から誘われていた。いつもなら単なる記述者でしかない私・弁
田士郎(べんだしろう)も、何の因果か、この事件のときは活躍し、社長の令
息並びに令嬢の危機を救った。ために、私もぜひにと招かれている。あの社長
の押しの強さを思うと、今更断るのも言い出しづらい状況である。
「しょうがないな。過去の事件の小説化を許可する。無論、月日が経過し、な
おかつ関係者に迷惑の及ばない事件だけだ」
「ありがたい。実はその言葉を待っていた」
 時折、私が創作に行き詰まると、湯上谷は彼が引き受け、解決した依頼の中
から、適切な事件ファイルを選び、小説化することを許可してくれる。
「許可できる事件の数は、前回から増えていないが、覚えているかい?」
「ああ」
 たいていは私も同行してきたし、湯上谷の扱う刑事事件の八割ほどは、強烈
な印象を残すもので占められている。
「分量を目安にすると、候補は二つ三つあるが、新聞連載は毎回の盛り上がり
が肝心だろうからね。一つに絞り込める。君が幼馴染みに呼ばれて、巻き込ま
れたあの事件だ」
「ああ……あれか」
 湯上谷の声が途切れたので再度振り返ると、若干、感慨深げに遠い目をする
彼がいた。
「あれなら問題ない。各関係者から正式に許しを得ている。あとはいつものよ
うに、関係者全員の名前を仮名に変えてくれりゃいい」
「心得ている」
「それと、あの事件に君は居合わせなかったじゃないか。伝聞だけで大丈夫な
のか」
「見てきたような嘘を書く腕なら、それなりに自信がある」
 冗談交じりに返事するや、私は梗概をまとめに掛かった。と、その前に確認
しておきたいことがあった。
「君があのニックネームで呼ばれていたこと、書いていいんだよな」
 湯上谷は肩をすくめた。
「かまわん。別に気にすることでもあるまい」

           *           *

 黄色の軽自動車をロータリーに一時停め、助手席側の窓を下げた私・平木舞
子(ひらきまいこ)は、駅から吐き出された人混みに意識を集中した。
「あ、龍ちゃん! こっちこっち!」
 待ち人を簡単に見付け、私は顔がほころぶのを自覚した。当時憧れ、今も記
憶に刻み込まれた幼馴染みを、素直に成長させるとこうなるであろう想像図。
実際に目の当たりにした姿が、それとほぼ重なっていたのだ。
「君は……平木さん」
 近付きながら向こうが言う。低いがクールさを感じさせる声だ。車を降りた
私は、とりあえず挨拶をした。
「久しぶり。覚えていてくれたんだ?」
「当然だ」
 その返答に、少なからず期待してしまう。しかし、続いて出て来た台詞に落
胆させられた。
「小さい頃から言っていただろう。将来、探偵になるのが夢だと。記憶力がよ
くないと、探偵は務まらない」
「あ。そ、そうね」
 感情を面に出さぬように努めながら、私は前々から聞いてみたかったことを
口にした。
「ということは、今、探偵をやっているの?」
「そうとも。結構、活躍しているんだぜ」
 少し誇らしげになる。微笑ましく思いつつ、意地悪を言ってみたくなった。
「本当かなあ? 活躍してるのなら新聞やテレビに名前が出てもいいのに、全
然、聞かないわよ」
「本名を無闇に明かして活動してちゃあ、探偵を続けるのが難しくなるじゃな
いか」
「えー? そんなに危ない仕事を引き受けてるの?」
「ああ。……詳しい話を聞きたいのなら、先に車に乗せてくれないか。迎えに
来てくれたんだろう?」
 いけない、と思わず小さく呟き、私は運転席側に回った。助手席側のドアを
開ける。
「荷物は後ろに」
「分かった」
 二十秒後、私と龍ちゃんを乗せた黄色の軽は、やや騒がしく出発した。

 この大型連休を利して、小さい頃の仲よし六人組が集まり、ちょっとした同
窓会を開くことになったのは、仲間内でおめでたいことがあったからだ。
「――それにしても、川野の奴が園島さんと婚約とはね」
 実際に関わった事件について、手短に済ませると、龍ちゃんは話題を換えた。
「名探偵でも予想外だった?」
「ああ。予想をすることすらしていない。だが、園島の家が一財産築くのは、
確実とは言えないまでも、予想の範囲内だったろう」
 美幸ちゃんのおじいさんやお父さんは、資源やエネルギーこそ経済発展の命
脈という信念の元、昔から積極的かつ継続的に投資してきた。その入れ込みよ
うと来たら、企業の株を買うだけでは飽き足りず、鉱山そのものにまで手を出
すほどだった。浮き沈みは結構激しかったみたいだけれど、今や大きなお屋敷
を構えるまでになった。
「――なんて、小学生の頃の私には、全然、想像できなかったわ。というより
も、美幸ちゃんのお父さんが何の仕事をやっているのかが、分からなかった」
「ならば、中学生の頃には気付くべきだな」
「ちゅ、中三の頃には理解していたわよ。何となくだけれど」
「川野の奴は、何をしているんだろう? 高校を卒業したあとは、あまり交流
がなかったから知らないが、まさか家業を継いだとも思えない」
 川野君――他人の旦那様になる人をニックネームで呼ぶのはよそう――は、
豆腐屋の一人息子で、父親は当然、継がせたがっていたみたい。でも、大手ス
ーパー進出の煽りを食らった格好で経営不振に陥り、私達が進路を決める頃に
は、店を続けるかどうかの瀬戸際だったらしい。だから、というのもおかしい
が、川野君は親の同意を得て、大学に進めた。
「それで、今は食品メーカーの研究員。太ったんだよ。新製品を作る部署で、
試食の機会が多いせいね」
「そいつはまずい。結婚したら危ないな」
 龍ちゃんが真剣な物腰で言うものだから、私は一瞬だけ、前方から視線を外
した。「え?」とだけ聞き返し、また運転に集中する。
「ますます太るってことさ」
 気抜けするような返事。真顔で冗談を言う人だったと思い出した。
「で、園島は? 家事手伝いか」
「一応、大学では経済学部に入ったものの、家族の期待に合わせた選択だった
みたい。挫折して、デザインの専門学校に入り直して、現在はジュエリーショ
ップで修行中って聞いてる」
「結婚したらやめるんだろうか」
「そのつもりはないみたいだけど、どうなることかしら。――随分、根掘り葉
掘り聞きたがるわね。気になるの?」
 多少の嫉妬込みで、私は尋ねた。
「大した意味はない。ただ、名探偵の行くところに事件ありと言うだろ。ひょ
っとしたら、この集まりでも何か事件が起きるのではないかと思ってね。念の
ため、下調べというか、予備知識を頭に入れておきたい」
「考えすぎ。ていうか、それ、ドラマか何かの話でしょ。現実には……」
 また冗談だと決め付けた私に対し、龍ちゃんは相変わらずの真顔で応じる。
「他の探偵がどうかは知らないが、自分の場合は犯罪に巻き込まれる確率、か
なり高いと感じている」
 事実だとしたら、本当に名探偵だわ。依頼を受けるだけでなく、知らず知ら
ずに事件と関わるなんて。そう思ったが、口に出さずに私は会話を続けた。
「だったら、私や他の人達についても、近況を知っておかなくちゃいけないん
じゃない?」
「聞かせてくれるのなら」
 リクエストに応え、簡単に説明する。
「連君は大学を出たあと、しばらくぶらぶらしていたけれど、家業を継いで、
バイクショップの店長に収まってる」
「予想の範囲内だが、店長とは早いな。連城のところって、まさか親父さんに
何かあったのか」
「それがね、交通事故に遭って。幸い、命に別状はなかったのだけれど、どち
らかの手に麻痺の症状が出て、よくならないんだって。ちょうど二年になるか
な。手以外はしっかりしているけど、すっぱりと店長を息子に譲って、サポー
トに回ったそうよ」
「ふむ……」
 龍ちゃんの横顔は何か言いたそうに見えたが、切り出す気配は収まってしま
ったので、私の説明は次の人物に移った。
「猛は、龍ちゃんもある程度知っていると思うけど、地元の建設会社に入社し
て、ばりばり働いてる。けど、ばかもやってるから、出世は望めないわね。喧
嘩っ早いのに加えて、お酒を飲むようになったし」
「解雇されないってことは、警察沙汰にはなってない訳だ。沼の奴らしい」
 下の者に対しては面倒見がよく、上の者からは好かれるタイプといったとこ
ろか。企業の野球チームではクリーンナップとやらを務め、また、暇さえあれ
ば、近所の子供に野球を教えている。
「さて、最後になりましたが、この私は」
「念願叶って、地元に戻り、チェーン店を任される身分になったんだろ」
「さっすが、名探偵」
「ばかにするなって。車の横に、でかでかと店名が書いてあるじゃないか」
 国内に広くチェーン展開する、パンとケーキの店。黄色はイメージカラーな
のだ。
「食べ物屋の店長が、店を放ったらかしにして大丈夫なのかねえ」
「信頼できるスタッフに任せています。それにさあ、連休突入直前だから、迎
えに行けるのが私しかいなかったの」
 感謝してよねとばかり、さりげなく?アピール。
「主役の二人に迎え役はさせられないし、猛は早くても夕方まで仕事。連君の
とこは、遠出の前に具合を見てくれっていうライダーさんが多く来るんだって。
明日からは、お父さんや他の店員さんに任せるらしいけれど」
「それはそれは。僕さえ来なければ、平穏無事だったのに」
「ちょ。そんなこと言ってない」
 慌てて表情を窺うと、彼は皮肉っぽい笑みを浮かべていた。また冗談に引っ
掛けられた。
「到着は、もうそろそろかな」
 のんきな調子で、探偵の龍ちゃんはのたまった。

――続く




#328/598 ●長編    *** コメント #327 ***
★タイトル (AZA     )  08/08/01  00:00  (362)
十二等分の幸運 2   永山
★内容                                         08/12/06 17:33 修正 第2版
 元々の日本家屋に洋館を建て増した格好だから、外観は一部、ちぐはぐなと
ころもあるけれど、それを帳消しにして尚余るくらいの広大さは、最早威厳を
伴っていると言える。詳しくは教えてもらえないが、防犯設備も様々な物が取
り付けてあるらしい。話だけ聞くと、何と大げさなと思っても、実際にお屋敷
を目の当たりにすれば、大いにうなずける。
「これは……予想以上の大富豪って感じだな」
 さしもの名探偵も圧倒されたかのように、ウィンドウ越しに建物を見上げな
がら言った。私はインターフォンで来意を告げ、カメラに姿形を確認してもら
って、門が開かれるのを待つ。
「手土産が食い物に酒だけで、本当にいいのかね」
「らしくないわねー。名探偵なら、こういう屋敷に招かれるってことも、多々
あるんじゃないの?」
 ささやかな逆襲のつもりで私が言うと、龍ちゃんは首を横に振った。
「ここまで大きなところは初めてだ。一度、お上品な良家に出向いたときは、
調子が合わなくて苦労させられたしねえ」
「美幸ちゃん家は変わっていないから、身構えずに、安心していいわよ。それ
にこの連休中、ご家族は旅行に発たれて不在だそうだし」
「そんなことまで、気にしちゃいないさ。自分達が結婚の申し入れに来た訳じ
ゃないんだから」
「ということは、もし仮に美幸ちゃんと結婚することになって、ご両親に許し
を得に出向いたとしたら、緊張するんだ?」
「飛躍が過ぎるぞ。ほら、門扉が開いた」
 私はよそ見をやめ、車を敷地内に進み入れた。
 通い慣れたとまでは言えないにしても、幾度か来たことがあるので、あとは
勝手知ったるもの。来客用の駐車スペースの一角を借り、この屋敷には不釣り
合いな黄色の車を、我ながら遠慮がちに停めた。
「どの建物に向かえばいいんだ? いや、そもそもどこから出入りすればいい
のやら」
 土産の品を持った龍ちゃんは、広大さに呆れているようだった。私は、ほぼ
真ん中に建つ洋風建築を指差した。
「あそこが結婚後の住まいになるんだって。今の内から二人で暮らしてみて、
不都合の有無をチェックしてるとか何とか」
 そして、そちらへ向かって歩き始める。私のあとを来ながら、龍ちゃんが言
った。
「特に手を加えずとも、既に三世代住宅の完成って訳だ。こうなってくると、
執事や家政婦がいることを期待してしまうね」
「執事はいなかったと思うけれど、家政婦さんは何人かいたはず。ただ、美幸
ちゃん達は今の段階では、家政婦さんに頼らないつもりみたい」
「いつまでその決心が続くか、楽しみだな」
「今日はお祝いの席なんだから、そういう皮肉はほどほどにね」
 注意しつつ、昔を思い出し、私は密かに微苦笑を浮かべていた。後ろの彼に
は見られなかっただろうけど、そうでなかったなら何と言われたことか。
「今回、僕らをもてなすのは、川野達二人だけなのかい?」
「どうなのかしら。そこまで聞いてない。ていうか、龍ちゃんこそ、何をそこ
まで気にしてるの?」
「さっき答えたのと同じ理由さ。万一、事件が起きたとき、迅速に対処できる
よう、人物を把握しておきたい」
「あんまり不吉なこと言わないで。二人の前では、絶対に」
 半ば呆れながら、私は重ねて注意しておいた。
 それから数歩も進まない内に、玄関ドアが開いて、美幸ちゃん本人が顔を覗
かせるのが見えた。私達に気付くとすぐに全身を現し、こちらに駆けてくる。
「車が来たって聞いたから」
 正面に立ち、わずかに息を切らせ、彼女が笑顔を振りまく。こちらも笑みを
返した。
「主役がわざわざ出て来なくても」
「招待主だもの。お客様を歓迎するのは、当然のことよ」
 そうして美幸ちゃんは視線を移した。
「久しぶり、龍君。元気そうね」
「一目見て分かるとは、たいした名探偵だ」
「え?」
 戸惑う彼女に、私は説明した。彼は現在、探偵をやっているのだと。
「ふうん。探偵って儲からないイメージあるけれど、立派ななりをしているわ
ね。一張羅?」
 美幸ちゃんは裕福な家庭に育ったせいか、お金に関することを割とストレー
トに口にする。
「いやいや。人並み程度の収入はある。どうして儲からないイメージを持たれ
るんだろ?」
「洋画に出て来る探偵は、たいていは安いお酒しか飲めないし、普段は暇そう
にしているじゃない。警察を出し抜くような探偵にしたって、いつ、どれだけ
の依頼料を受け取ったのかがちっとも分からないし」

 〜 〜 〜

 若島リオは口元を手で覆うことなしに、欠伸を盛大にした。今、彼女はあて
がわれた部屋に一人きりなので、気にする必要はない。カメラやマイクの類は、
一切仕掛けられていない。
「かったるいな〜」
 取り組んでいた犯人当てのテキストを放り出し、若島はベッドに寝転がった。
ゲームで六番目の運のよさを獲得した彼女への問題は、視聴者にVTRで示さ
れるものとほぼ同等。他の参加者と違い、視聴者と直に比べられる立場だが、
その事実を彼女は知らされていない。余計なプレッシャーを与えては、不公平
になるためだ。
 問題を読むのを中断した若島であるが、表情に焦りはない。時間的にもまだ
余裕はあるし、直感ではあるがすでに当たりを付けてさえいる。
「これで決まりの気がするんだけど〜」
 他人の耳目はなくとも、呟く声は飽くまでアイドルらしく。
(わざとつまらなくして、読むスピードを落とさせようという罠かしら、これ)
 犯人当てが分からなくて投げ出したのではなく、内容に退屈して投げ出した
のであった。
 彼女は見た目によらず(?)読書家である。移動時間や待ち時間の多くを、
読書に当てている。ここ数年は、役柄のためもあって、推理小説を好んで読ん
できた。だから、犯人当てミステリの基本も押さえているつもりだ。
(湯上谷龍の名前がまともに出てきたの、最初しかないのよね。作中作になっ
てからは、“龍ちゃん探偵”とか“彼”とか、とにかくフルネームで書かれて
ない。それどころか、名字すら登場しない。これって、龍ちゃん探偵と湯上谷
龍は別人の可能性ありってことじゃない?)
 頭の中、文章としては疑問形で表したものの、真相を射抜いている手応えを
早々と感じていた。裏の裏を掻くことも考えられなくはない。だが、第二関門
の時点で、そこまで捻った出題をするだろうか。さらに――。
(テーマは運。犯人当てを解くことがメインじゃないんだし)
 気になるのはむしろ、相談禁止のルール。参加者同士の相談を禁じるなんて、
今度のテーマなら当然。各自に与えられる手掛かりに差があると分かっていて、
相談なんかしたら、出し抜かれる可能性が高い。それも第一ステージとは段違
いに高い。
(なのに、わざわざ明文化……気になる)
 相談禁止のルールがなければ、絶対に相談しないかというと、そうとも言い
切れないのは確かである。たとえば、驚異になりそうなライバルを早めに落と
すため、複数名が同盟を組むケースが考えられる。
(だけど、まだ一回しか戦ってないんだから、みんなの実力って言ってもほと
んど分かんない。ま、私が一番甘く見られているとは思うけど。気軽に組んで、
仲間意識を持って油断したら、裏切られる恐れもあるし)
 よって、現時点で組もうと考える参加者がいるとは考えられないのだ。
 若島は足をばたつかせ、上体を起こした。
(運の見直しがあると言っていたし、裏がある気がするのよね。犯人当てが解
けるかどうかより、そっちの方でいらいらするっ)
 第一関門のことを思うと、その疑念は尤もであった。
(他にもっと重要なことが、はっきりしていなかったのも気になる)
 髪をかきむしる格好――格好だけ――をした若島。もうしばらく気がかりを
検討しようか、それともテキストに戻ろうか。彼女の迷いを、ドアをノックす
る音が棚上げにした。
 誰何する。テレビ局のディレクターだった。コメントを収録しに来たという。
たとえタレントでも、録ったコメントを番組で使うかどうかは未定。面白けれ
ば採用される約束になっている。
「第一関門の途中でコメント出すときは、プロデューサーさんまで来てくれた
のに、これから段々、扱いが悪くなって行くのかなあ?」
 意地悪を言うと、相手は笑みを浮かべたまま平身低頭した。ちょっとだけ優
越感を味わい、すぐに許す。気晴らしみたいなものだ。
「じゃあ、現在の心境や犯人当ての手応えなんかを、話してちょうだい、リオ
ちゃん」
 盛り上げるような調子で言い、万歳のポーズをするディレクター。大げさな
動作のおかげで、眼鏡が若干ずれた。
 応じようとした若島だが、ふと気が変わった。
「あ、まだ回してないでしょ? これ、NGかもしれないから、先に言っとき
ますね。OKなら、あとでもう一回ってことで」
「え、何?」
 レンズの奥で、瞬きが激しくなったディレクター。戸惑いが露わな彼は放っ
ておいて、若島はさっさと喋り始める。
「今の内に正解出して、かまわないのかな?」
「え? っと、それは……」
 一緒に入ってきたカメラマンを振り返るディレクター。カメラマンと相談し
ても、結論の出る問題ではないだろうに。
「他の人から、同じ疑問、出てないですか? 私達参加者が解答する際、どう
すればいいのか全然指定されてないの、変だって。今更気付いたって遅いかも
しれないけど」
「いや、だから、それは早い者勝ちで……」
 今回のルールを思い起こしたか、ディレクターは眼鏡を直しながら答えた。
ただ、明らかに歯切れが悪い。
「じゃあ、運の見直しをする話は? 見直しの前に正解しちゃっても、いいの
かなっていうか、どうなるのかなっていうか」
 若島が畳み掛けると、ディレクターはいよいよ困った風に、眉間にしわを作
った。喋っていいものか、判断しかねているようだ。
「実は……」
 そう切り出したものの、まだ言い淀んでいる。どうやら、決定権を有しては
いるが、彼自身に話すのを渋る理由がある――若島はそんな推測をした。が、
思考とは裏腹に、首を傾げて、“リオ、何にも分かんな〜い”を体現する。も
ちろん、首を傾ける角度と表情は、計算し尽くされた完成形だ。
「実を言うと、運の見直しをするよりも前に解答し、正解にたどり着いた人は、
そのまま勝ち抜け。そういうのも運だから。でも、リオちゃんに早々と抜けら
れちゃあ、絵的にちょっと、ね」
「うまいこと言われたら、ぐらついちゃうな」
 得心しつつ、最上級の笑みを浮かべる若島。
「真相を見抜いてる自信なくはないんだけど、解答するの、今はやめようかし
らって」
「うん。ぜひ、そうして――」
「でも、早く正解した人ほど、評価が高くなるからなあ。だったら、やっぱり、
勝つこと優先しないと」
「こちらの気持ちを知っといて、それはないよ」
「でもでも、私がこのステージでもしも敗退したら? そっちの方が番組的に、
ダメージ大と思うんですけど」
「う。まあ、そりゃ、理屈はそうなるんだけど。毎回、ほどほどのところまで
映って、勝ち残ってくれるのがベストな訳で」
「やらせで、最後の四人ぐらいまでは無条件で残れるくらいのこと、してくれ
るんなら、考えなくもないかなあ」
 タレントの台詞を真に受けたか、ディレクターは考え込む様子を見せる。
 若島は急いで言い足した。
「本気にした? やだな、今の、冗談。私、キャラ作り関係なしに、ほんとに
ミステリとか推理小説とか好きなんですからね」
「なんだ。てっきり、問題発言かと思ったよ」
 ディレクターの顔が、気抜けした苦笑いをなす。
「他にいました? すでに正解を抱いて勝ち抜けちゃった人は」
「いや。それはない」
 きっぱりと断言すると、ディレクターは時間を気にし出した。
「とにかく、コメントを録らせてよ」
 促され、取り澄ます若島。カメラ用の笑顔を作り直した。

 午前三時。こんな時間帯にも拘わらず、ホテルのロビーはにわかに賑やかに
なった。参加者全員に招集が掛けられたのだ。
 叩き起こされた面々の中には、あからさまに不機嫌な者もいる。いや、眠り
に就いていなくとも、推理の組み立てを邪魔されたとすれば、気分を害すもの
だろう。
「これ、サプライズ? こういうのって番組上の演出で、出演者には予め、知
らされているんだと思っていたわ」
 律木春香が化粧気のない顔で言った。元々、薄化粧の彼女は、目の周りを除
けばどうにか見られる。尤も、その腫れぼったい瞼のせいで、台無しの感があ
った。
「名探偵を目指す人間が、深夜に起こされた第一声がそれじゃあ、だめだな。
まるでなってない」
 スーツ姿の更衣京四郎が、小馬鹿にしたように言う。いやに元気だ。声には
張りがあり、目が輝いている。身振り手振りも絶好調である。
「あん? 何のこと……ああ」
 律木は欠伸をかみ殺したような仕種をした。他人の目をさほど気にする様子
もなく、ふんふんと頷き、更衣に返す。
「『何か事件が起きたのですか?』とでも言えばいい訳ね」
「その通り。番組外で事件が起こる可能性はゼロじゃない」
「確かに解せぬところはある」
 堀田老人が口を挟んだ。言葉はしっかりしているが、動作がぎくしゃくして
いる。まだ油が回っていないようだ。
「スタッフは数人いるようだが、カメラやマイク、照明の類が見当たらぬのは、
番組なのか否か、判断に迷うの。ご婦人方に気を遣って、カメラを回していな
いだけかもしれぬ。一方、事実、事件が発生したが、わしらは飽くまでも名探
偵候補、頼りにされとらんだけかもしれん」
「司会者達もいないから、これは番組ではない……と推理すること自体、罠に
嵌まっているのかもしれませんね。疑い始めるときりがない」
 穿った見方を披露した村園輝。深夜のハプニング(?)には、占いでもまま
ならないようだ。
「皆さん、あちらのモニターに注目してください」
 前置きなしに、若い男のAD(アシスタントディレクター)が指示を出した。
彼の上司らは、今頃ベッドで高いびきか、酒盛りか。
 正面玄関を入ってすぐの位置に、大きな薄型テレビのような物が運び込まれ
ていた。オーロラビジョンらしい。今は電源は入っているものの、画面は青一
色で、無音である。
「一応、断っておきますと、これから流れる映像はVTRです。生ではありま
せん。この言葉に嘘はありません。ですので、現れた人物に話し掛けないでく
ださい」
 ADが言い終わるのに合わせて、別の男が機械を操作し、映像が流れ始めた。
 スタジオでの収録と思しき、一見豪華なセットを背景に立つのは、司会の井
筒隆康。最初、彼の上半身のアップだったのが、徐々に引いていくと、参加者
達のどよめきを呼んだ。装いがそれまでの背広姿でなく、探偵活劇に登場しそ
うな怪盗の格好をしていたためである。派手な装飾の襟元、はだけ気味の胸、
肩から足下へと垂れるマントは、表が光沢のある黒で、裏地は深紅。これでシ
ルクハットを被り、モノクルをし、どじょう髭を生やしでもしていたら見事に
はまるが、さすがにそこまで凝ってはいなかった。
 画面の中の井筒は、名優らしからぬ大げさな調子で始めた。
『名探偵候補の諸君、おやすみのところを失礼する。あるいは、頭を痛めてい
たかな?』
 司会進行時とは明白に違う井筒の声色に、参加者達は呆気に取られたり、唇
の端で笑ったり、困惑したように眉根を寄せたりと、様々な反応を示した。
『集まってもらったのは、他でもない。私、五十二面相から諸君へ、真夜中の
プレゼントを渡すためだ』
「五十二面相?」
 この単語には、吹き出す者が多くいた。名探偵を志すからには、敵役として
の怪人物に理解がない訳ではないだろうが、ネーミングセンスの古さについて
いけなかったのかもしれない。
 そういった雰囲気を知らぬまま、VTRの井筒は続ける。
『プレゼントと言っても、具体的な品物ではなく、喜ばれるものですらない。
君達を窮地に陥れるためのルール適用。そう、運の見直しを只今から行う』
 空気に緊張感が走った。表情を引き締める者、姿勢を正す者、自らの頬を叩
く者、「そうきたか」と呟く者等々、参加者達は目が完全に覚めたようだった。
『運の見直しとは、言ってしまえば、他人との運の交換だ。このあと諸君らは
簡単なゲームをし、その結果に問答無用で従わねばならない。ゲームの敗者に
は、犯人当て問題の交換や追加があり得る』
「ちょっと。私、もう解き明かして、あとは名推理を名文に起こすだけだった
のよ」
 八重谷が抗議口調で言った。しかし、彼女の態度はその物腰ほどには、焦っ
ていない。こうなることを半ば、予期していたかのように。
 女流推理作家の真意はさておき、“既に解いていた”という言い分に反応し
て、更衣や律木らが、「自分も解けていた」と即座に主張した。負けず嫌いの
一面が出ていた。
「お静かに願います。VTR、まだ続くんで……」
 ADの遠慮がちな声に、皆、意外なほど早く口を閉ざした。
『とうに名推理で解決したという方もいよう。恐らく複数名。が、それらは全
てチャラだ。解決したことを表明する機会について、具体的な説明がなかった
不自然さに気付き、スタッフにそのことを指摘するも、はぐらかされた方もま
たいたと思うが、どうかご容赦願いたい。運というテーマと探偵としての能力
を総合的に、しかも手っ取り早く評価するには、こうするより他にないと思う』
「まあ、そうね。ただ単に運で決めるんだったら、くじ引きで一人、落伍者を
選べば済む話なんだから」
 郷野美千留がひそひそとした仕種で、しかし聞こえよがしに呟いた。
『納得してもらったものとして、次に進める。もとより、抗議は受け付けない
がね』
 VTRの井筒が、なかなか勘のいい間を取りながら、話し続ける。
『前半で決めた幸運度の順位を覚えているだろうか? あの順位に従って、一
位と最下位、二位と十一位という具合に組み合わせを作り、一対一でゲームを
してもらう。幸運度の高い者が勝てば、そのまま運の入れ換えはなし。逆に負
ければ、運を入れ換える。当然、解くべき犯人当て問題も交換することになる。
 対戦の順番は、一位と最下位の組み合わせを最初とし、以下二位と十一位、
三位と十位という風に続く。対戦を終えた者から、犯人当ての解答権を得られ
る。同一対戦の中では、勝者が敗者に優先して解答できるものとする。大まか
なルール説明は、以上だ』
 VTRの井筒は最後に締めの言葉を口にしそうだったが、画面は唐突に青一
色に切り替わった。スタッフの男が停止ボタンを押したようだ。いそいそと片
付け始めるところを見ると、早く休みたいのかもしれない。番組構成上は、あ
とで井筒の締めの言葉をくっつけて流せばいい訳だから、大きな問題ではない
のだろう。
 モニターなどが片付けられる様子を眺めつつ、次いで行われるであろうゲー
ムの説明を待つ参加者各人。と、その中で、マジシャンの天海が若島リオを小
声で呼んだ。
「リオさん、お願いがあるんですが」
「ん? ゲームで手心を加えてほしいというのは……って、天海さんは私の対
戦相手じゃないじゃないですか」
 若島の早とちりに、天海はくすりとした。
「実は、あることに気が付きましてね。自分でスタッフの皆さんに言ってもい
いんですが、番組の段取りをぶち壊しかねないことだけに、迷っているんです。
参加者の総意ということにして、どなたかに代弁してもらおうと考え、リオさ
んが適役と判断しました」
「どういうこと? 意味が分かんない〜」
「あなたなら、テレビ局の人達と元々親しいでしょうし、かわいらしさ故に角
が立たないんじゃないか、とね」
「……急いだ方がよさそうですね。引き受けます」
 そして天海の話を聞いた若島は、大きく頷くと、素早くし、しかしタイミン
グをちゃんと見計らって挙手した。
「代表して、質問があるんですけど」
 ADらスタッフ間に、若干の緊張と戸惑いが走る。想定外の質問に加え、ア
イドルにどう対処すべきか慣れていない……。この時間帯の撮影が、地位の高
くない者ばかりで行われている証と言えた。
「仰ってください」
 牽制し合いの末、ADの男が唇を尖らせ、仕方なさそうに応じた。
「思うんですけど、参加者の皆さんは名探偵候補で、優れた推理能力を持って
いる人ばかり。多分、犯人当ての問題は全員がとっくに解いてる。仮にそうだ
として、これからするゲームで運が上の人が悉く勝つよう、八百長すれば、私
達、とっても楽なんですよね」
「それは……確かにそのようです」
 ADが困惑を深めたように眉間にしわを作った。若島リオは様子を探りつつ
も、続けた。
「でしょ? ルールの穴はまだあると思うんです。解答の順番で、おかしなこ
とが起きちゃう。一位の人の次は十二位の人が解答できて、五位と六位の人が
最後に回るなんて、理不尽じゃないですか?」
「うーん……なるほど」
 唸るだけになってしまったAD。この場の他のスタッフに視線を移しても、
同じような具合だ。もしかして、セカンドステージは企画失敗?――そんな空
気が、参加者間に流れ始めた。
 と、そのとき。
「やれやれ。これは謝らないといけないな。皆さんを甘く見ていたようです」
 男の声がした。しかし、声の主が誰なのかを理解したのは、ほんの数人だっ
た。
「土井垣先生? いるの?」
 八重谷さくらが真っ先に反応した。推理作家の彼女は、土井垣龍彦の声を同
業故に知っていたのだ。
「いるよ。ここに」
 スタッフの中でも特に目立たない、隅にいた小太りの男が進み出る。スタッ
フジャンパーを羽織り、赤いキャップを目深に被っている。そのキャップを取
ると、本の著者近影で見覚えのある土井垣龍彦の顔が現れた。皺や白髪が、六
十四歳という年齢を感じさせるが、その両目はいたずらげに輝いているかのよ
うだ。
「どうして土井垣先生が、ここにいらっしゃるの? 変装までされて……」
 番組収録中は高慢さを隠そうともせずに来た八重谷が、今ばかりは先達に気
を遣っているようだ。
「出題者として、近くで見守りたかったというのもある」
 土井垣は八重谷だけでなく、全参加者に話し掛けた。
「それ以上に、こうなることを恐れ、待機していたというのが正直なところか
もしれん。このステージの問題自体に欠陥があると見抜かれるのをね」
「つまり」
 土井垣と面識のない名探偵候補者の中で、いち早く口を開いたのは、更衣だ
った。髪を手串でいじりながら、いささか気取った調子で言う。
「前回と同じように、問題そのものに仕掛けがあるパターンだったという訳で
すか」
「君の言う通りだ。だが、今回は仕掛けがあることを見破った者が即、合格と
はならない。諸君らが欠陥に気付かなかったら、あるいは気付いても誰も指摘
しないようであれば、それまでのこと。そのまま進めてもかまわない作りにし
てあるからねえ」
「でも、私達は気付き、指摘した」
 不機嫌な声で言ったのは天海。マジシャンとして、翻弄されることを極端に
嫌う節が垣間見られた。
「こうなった場合、一体どんな関門が別に用意されているのか、非常に関心が
ありますね」
「だろうね。そのことについては、僕の口から説明をする。秘密主義を徹底す
るため、井筒さんのVTRも用意されていないんだよ」
 土井垣は対照的に、愉快そうに口元で笑みをなす。
「ということで、これから正式な出題をする。真夜中の開演もミステリらしく
てよいだろう?」

――続く




#329/598 ●長編    *** コメント #328 ***
★タイトル (AZA     )  08/08/01  00:01  (472)
十二等分の幸運 3   永山
★内容                                         09/02/04 03:03 修正 第3版
「捻りも何もないが、サインゲームとでも名付けるとしよう」
 土井垣から発表された、本ステージの“正式な”関門は、以下のようなゲー
ムだった。
1.当ホテルの一室に、参加者全員の名前を一度ずつ記したノートを置く
2.参加者は順次その部屋に入り、十分以内に出る。その際、許される行為は
 以下の二点のみ
 A.一人分までの名前を消す
 B.二人分までの名前を書き足す。内一人分は、自身の名前も可。また、同
  じ名前を二つ書くのは不可
3.一巡後、ノートの内容が参加者に知らされる。
4.全員が一斉に、2の条件下で再度、名前の削除と付加を行う(実際に同時
 に書き込むことはできないので、用紙による申請となる)
5.ノートを確認し、名前がない者を失格とする。全員名前があれば、書かれ
 た数の最も多い者を失格とする。それぞれ複数名以上の該当者がいる場合、
 前もって決めた運のよい者を失格とする

 このルールは放映時にはテロップで示され、細かな点はナレーションによる
フォローが入る。たとえば、2のAについては、「一人分までの名前を消す、
つまり、誰か一人の名前を消すか、もしくは誰の名前も消さない」というよう
に。
 より重要な点に関しては、司会者が直接、参加者達に補足説明を行う。
「なお、4における名前の削除と付加は、2における順番に従う。ある時点で
名前のない者を削除する申請があっても、それは無視される。また、漢字の表
記は正確を期すこと。存在しない漢字は認めないものとするので、要注意」
 土井垣は説明を終えると、質問はないかとばかりに、十二名の名探偵候補を
見渡した。井筒に比べて、芝居がかったところがなく、実務的だ。
「順番は、どうやって決めるのかしら?」
 軽く挙手した八重谷さくらが、指名を待たずに問うた。同業者相手だからか、
いつも以上に遠慮がなく、声には馴れ馴れしい響きが含まれていた。
「おお、忘れていた。運のよい者から、好きな順番を選べる」
「ていうことは、私から」
 郷野が呟き、途端に計算を始める風に眉根を寄せた。
 その間に別の質問が出る。沢津からだ。
「不正を行わぬことの担保がないと思うのだが」
「つまり?」
「部屋に入るときは、一人なのであろう? ノートの名前を二人以上消したり、
三人以上書き足したりした場合、誰がチェックするのだろうか」
「抜かりありませんよ、沢津さん。私が立ち会います。テレビカメラも据えら
れる」
 胸に片手を当てた土井垣。無言でうなずく元刑事の横で、マジシャンの天海
が声に出して反応した。
「なるほど。番組として、そういった映像も欲しいでしょうしね。ああ、別の
質問があるのですが、よろしいですか」
「何なりとどうぞ」
「当初の問題では、運の見直しがあるとのことでしたが、あれはまだ有効です
か。要するに、このサインゲームにおいても、運の見直しはあるのか?という
ことです」
「ありません。部屋に入る順序を決め、同点の場合の判定材料とする運のよさ
は、昨日の昼の結果が全てとなる」
「了解しました」
「他に質問はありませんかね? なければ、順序を決める作業に……」
「あ、はいはーい。もう一つだけ」
 若島リオが、時間帯に似合わない甲高い声とともに手を挙げる。土井垣は眼
で指名した。
「犯人当ての答なんですけど、私のもらった問題では、龍ちゃん探偵が犯人で
合ってますか?」

 部屋に入る順を決定したあと、十二名の参加者達は改めて睡眠を取った。
 ゲーム再開は明けて午前十一時から。朝食から再開までの時間を利して、ど
んな意図を持って、自らの順番を決めたかを答えるインタビューが収録された
無論、各自の話した内容は、他の参加者に対しては伏せられた。

郷野美千留
「真っ先に選べるというのは、有利であるようでいて、そうでない部分もある
と思うの。他人の様子見ができないっていう。もちろん、有利さが上回ってい
ると思うけれどね。ただねえ、真夜中に叩き起こされて、頭がはっきりしない
内に説明が始まって、その上、途中で設問が変わるなんて波乱続きでしょ。い
つもより頭が冴えてなくて、じっくり考える余裕がなかったわ。結局、ラスト
を選んだのは、それまでにみんながどんな風に振る舞ったのかが分かる、ただ
それだけの理由よ」

天海誠
「郷野さんに続いて、自分もラストから二番目、つまり十一番目を選ぼうかと
思ったのですが……一巡したあと、ノートを見ることができるのですから、さ
ほどメリットはないと判断しました。ならば、前半の流れを把握し、後半の流
れを方向付けられる位置がよい。そう思い、七番目を選んだ訳です」

更衣京四郎
「犯人当てがなくなると知らされて、がっくり来た。『もう、手掛かりの方か
ら勝手に飛び込んでくる感じ。笑いが止まらないね』って感じで、ご機嫌だっ
たのに……。関門設定に関わった者全員に、厳重に抗議したいな。順番? 考
えるまでもなかろう。大局的に見て、後ろになるほど有利なんだから」

村園輝
「七番を選んだ理由に、複雑な意味はありません。天海さんの意図を、すぐそ
のあとで感じ取ってみたいと思っただけです。目下のところ、彼が強敵の一人
になることは確かでしょうから」

堀田礼治
「いくら年寄りが早起きだといっても、夜中に起こされるのはたまらんわい。
早いとこ眠りたかった。だから、残りの中で一番後ろを選んだまで。ま、あと
になるほど、考える時間にも余裕があるしねえ」

若島リオ
「トップバッターを選んだ理由? うーん、別に。一番が好きだから。ってい
うのは半分冗談で、考えても仕方がないじゃない? 時間、全然足りないし。
たっぷり検討できるのなら、違う番目を選んだかもしれないけれどぉ。それに
さ、たとえばの話、一番の私が滅茶苦茶な行動に出たら、二番目以降の人は困
惑すると思うんだ。あ、これも冗談だからねっ」

美月安佐奈
「いくつか作戦が浮かんで、その一つを実行するとしたら、何番目が最も可能
性が高くなるか。それを突き詰めれば、残っていた内で、一番遅い九番目を自
然と選ぶことに。作戦? それはノーコメントです。当然でしょう」

小野塚慶子
「えっと、理由を問われましても、困りましたね。こうして聞かれると分かっ
ていたら、ちゃんと考えていましたのに……。強いて言うと、末広がりかしら。
あら、冗談では。少なくとも、四番よりは、気持ちよくゲームに臨めます」

律木春香
「順番、ね。考えてる余裕、なかったから。挽回しようと気合いを入れていた
のに、犯人当てが帳消しになって、もう、頭の中、ぐちゃぐちゃ。一からやり
直さないと……って思ったら、そのことでいっぱいになってて、何番が有利か
なんて、考えてる余裕、ほんとなかったわ。でも、残っていた四つから、一番
あとを選んだのは、悪くない判断だと思う」

八重谷さくら
「何でこんな仕打ちを、私が受けなくちゃならないのよ。優秀な頭脳を無駄に
使わせて……。ああ、文句をぶちまけるんじゃなくて、どうして四番を選択し
たかの理由を答えるんだったわね。そんなもの、簡単よ。残っているのが二、
三、四番だったら、最後を選ぶのが有利に決まっているわ。当たり前のことを
聞かないで欲しいわね、まったく」

野呂勝平
「理由も何も、あと二つっきゃないんだから、さして考えることもなかったな。
それに、三番目ってのは、悪かないと思うぜ。手間に二人しかいないんだから、
そいつらがどんな風に手を打ったのかだけは、ほぼ分かると思うんだ。まあ、
そいつをそのまま二回目に当てはめていいのかってのは、別問題だけどよ」

沢津英彦
「他の連中には、理由を聞いたんだろうな。こちとら、選ぶ余地なしだ。てっ
きり、一番目だと覚悟していたのが二番になったのは、意外だった。あのタレ
ントのお嬢ちゃん、頭がいいのか悪いのか分からん。それだけに恐くもある」

 決定した順番を整理すると、次の通りになる。

1.若島リオ 2.沢津英彦 3.野呂勝平 4.八重谷さくら 5.律木春
香 6.天海誠 7.村園輝 8.小野塚慶子 9.美月安佐奈 10.堀田
礼治 11.更衣京四郎 12.郷野美千留


 こうして、一回目の記入及び削除が、およそ二時間を掛けて行われた。その
結果が、昼食前に公開される。
 ホテル内のレストランに集められた名探偵候補十二名の前に、土井垣が姿を
現したのは、午後一時前だった。
「どうも井筒さんは、合わせる顔がないとのことで、引き続き、僕が取り仕切
らせてもらうことになった」
 土井垣の真顔によるコメントは、恐らくジョークだった。深夜の問題変更の
経緯を番組に組み込むか否かで、構成が変わってくる。どちらのパターンにで
も対処可能にするには、土井垣が司会役を受け持つ方が編集し易い。
「さて、時間もあまりないことから、迅速に結果の公表に移ろう。僕の好みは、
試験の合格発表みたいに大きく張り出す方式なんだが、問題の性質上、そうも
行かない。コピーした物を十二部用意したので、各自、手に取って確かめて欲
しい」
 アシスタントを兼ねる新滝愛が、笑顔をふりまきながら、配布を始める。ノ
ートの体裁はなしておらず、見開き二ページ分を一枚にコピーした形だ。それ
が何枚かに渡っていた。
 雑多な記述になった物を、なるべく原型を活かしながらまとめると、以下の
ようになろう。

若島リオ 郷野美千留 沢津英彦 沢津英彦 野呂勝平 更衣京四郎 郷野美
千留 村園輝 郷野美千留 村園輝 律本春香 小野塚慶子 沢津英彦 美月
安佐奈 沢津英彦 堀田礼治 小野塚慶子 更衣京四郎 美月安佐奈 郷野美
千留 堀田礼治 沢津英彦 村園輝

 数の多い者をカウントしておくと、沢津英彦の名が五つで最も多く、次いで
郷野美千留の名が四つとなっている。
「さて、これから二巡目のための用紙を配る。回収は午後二時半に行い、結果
発表は午後三時だ。食事を摂りながらでも、じっくり考えて欲しい」
 土井垣が言い、例によって新滝が紙を配った。
「念押ししておくと、この第二関門での協力体制は認められない。飽くまで自
主的に考え、書くように願いますよ」
 忠告だけでは足りないと考えたか、食事中にも番組スタッフの監視が付く始
末。当然、食事は静かで味気ないものに終始した。
 一巡後の結果を受け、各自が用紙に思惑を込めた申請を書き込み、予定通り
に回収された。その直後、いかなる計算を働かせたのか、十二人のコメントが
収録された。
 番組放送時にはこれらVTRに、それぞれの“投票行動”を経て、名前の数
がどう変化したかを一覧にしたものを付す形になる。

若島リオ
「自分が消えちゃわないように、一票入れて、もう一人分は郷野さんに。一巡
目と一緒ね。あと、誰かをゼロにしておきたかったから、野呂さんをゼロに」

沢津英彦
「一致協力しない限り、誰か一人は確実に名前なしになると踏んだ。一番手の
お嬢ちゃんは、恐らく野呂の名を消すだろう。権利を無駄にしないために、お
嬢ちゃんの名を消した。増やすのは、一巡目で数の多かった郷野と村園にした」

野呂勝平
「名前が一つだけ残ってるのは、狙われ易いと思った。マイナスされたら、確
実にゼロになるんだからな。俺も当てはまる。だから自己防衛で俺自身の名前
を書いた。もう一人は、迷ったが、沢津の旦那に。マイナスの方は、美月さん
が集中攻撃される可能性ありと睨んだ」

八重谷さくら
「答えるまでもないと思うけれど、自分の名前がなくちゃ話にならない。もう
一人分は、男性陣から与し易そうな野呂さんを選んだわ。減らしたのは、更衣。
あの自信たっぷりな態度が、鼻について嫌なのよ」

律木春香
「私は前回よくなかったし、全員からノーマークだと思う。幸運の度合いを決
めるゲームの最終種目でも、私は目立たず、最後の二人まで残った。つまり、
いつでも落とせるって、甘く見てるのよ。ということは今回、私は一巡目終了
時点で名前があったことで、すでにほぼ安全圏にいる。だから、脱落して欲し
い人、脱落しそうな人の落ちる確率を高めることに集中できた。美月さんを減
らし、沢津さんと郷野さんを増やしたわ」

天海誠
「私の名前を書くのは当然として……私より前の人は、先に計算されるんです
よね。沢津さんを除き、皆さん、ご自身の名前を一つ増やすはず。そうなると、
確実に削除できるのは、八重谷さんになります。プラマイゼロという訳です。
あと一人分、増やす権利は、矛盾を角を立てずに伝えてもらった若島さんに使
いましたが、大勢に影響ないでしょう」

村園輝
「一巡目の際のインタビューで答えたように、実力者に残って欲しいというの
が基準ですので……特に脱落して欲しくない美月さん、天海さんの名前を書き
ました。その上で、私自身が落ちてはお話になりませんので、慎重を期して、
私の名前を一つ消すことにしました」

小野塚慶子
「果たして、私の仕掛けた作戦に、あの人が気付いたかどうか。それは分かり
ません。ここは、自らの生き残りに最善を尽くすとします。無駄になるかもし
れませんが、天海さんの名前を消すとしましょう。増やすのは、当然、沢津さ
んと郷野さんです」

美月安佐奈
「下手にトップを取るものじゃない。つくづくそう思う。私の名前を消そうっ
て人が多そう。だから私の名前を一つ増やしておく。今一人は、沢津さんに。
削除権は、一巡目の解きに見送った更衣さんに行使します」

堀田礼治
「わし自身はゼロになることはないと思うが、念には念を入れて、堀田礼治と
書いた。もう一人分は、一巡目で最も数の多かった沢津元刑事にした。それか
ら、減らしたのは天海君。彼は手強そうだ。できれば、ここで落ちてもらいた
い。この関門で落ちても、運がなかったまで。名誉に傷は付かないしの」

更衣京四郎
「まずは私の名前を書いた。足場を固めるという当たり前の理屈だ。もう一人
分の名前を書く権利は、天海誠、彼に使うとしよう。何故かって? 好敵手た
り得る彼を落とすチャンスなのだが、それ以上に、あの女流推理作家を蹴落と
したい。二人がともに名前なしでは、運で上回る天海が落ち、女が残ってしま
う。最早言うまでもないが、減らす権利は、八重谷さくらに使う」

郷野美千留
「一巡目の結果を眺めていて、ふっと、気になることを見付けたのよね。それ
が思った通りなら……ううん、危ない橋を渡るのは愚か者のすること。今の私
の立場では、名前なしの人が一人でも増えるように持って行く、これを第一に
考えなくちゃいけない。つまり……若島リオちゃん、彼女の名前を消したわ。
増やすのは、もちろん、沢津さんと村園さんね」


 午後三時。いよいよ発表の瞬間を迎えたスタジオは、その空気に緊張と不安、
そして少しばかりの興奮をはらんでいた。
 進行慣れしてきた土井垣龍彦の司会により、名探偵候補十二人は、大いに焦
らされることになる。
「最初に、最も名前の数が多かった者を発表する」
 その声に、若島が大げさに反応した。といっても声を上げたのではなく、郷
野と沢津の両名を振り返ったのだ。その考えは他の者も同じと見え、何名かは
横目で盗み見るような仕種をした。
「その者の名は――沢津英彦」
 今度は若島以外の参加者も、身体で反応を示した。名を呼ばれた沢津は身を
固くし、そんな彼を皆が見つめるという構図ができあがる。
「計十一の名前があったよ。ちなみに、二番目に多かったのは郷野美千留さん
で、八つあった」
 今度は郷野に視線が集まる。
 当人は、「ふ〜、ちょっと危なかったかも」と、手で顔を扇ぐ仕種をした。
尤も、内心ではほっとしているに違いない。これにより、郷野の第二関門突破
は確定したのだから。
「ノートから名前のなくなった者はいたのか否か? これが大事になってくる。
沢津さん、現在のお気持ちは?」
「特にない。一巡目の結果から、全員の名前がノートにあるとは考えにくい」
「……いい読みをしますな。さすが元刑事といったところか」
 土井垣が表情を緩める。つられたように沢津も破顔した。すぐさま口元を引
き締め、「つまり、私がここで落ちることはないんだな」と聞き返す。司会進
行の二人から確約をもらい、再度、笑みを覗かせた。単純な喜びというよりも、
むしろ面目を保てたことから来る安堵かもしれない。
「では、ノートから名前の消えた人を発表する。今度は口頭ではなく、あちら
を見ていただこう」
 土井垣の示した先には、無地の可動式ボードがあった。新滝愛が横手に着き、
ボードを押して百八十度回転させる。そこには、様々な筆跡で参加者達の名前
が記してあった。ノートの中身を拡大コピーしたものらしい。

若島リオ 郷野美千留 郷野美千留 郷野美千留 郷野美千留 郷野美千留 
沢津英彦 沢津英彦 沢津英彦 沢津英彦 野呂勝平 野呂勝平 律本春香 
郷野美千留 村園輝 郷野美千留 村園輝 小野塚慶子 沢津英彦 沢津英彦 
堀田礼治 堀田礼治 更衣京四郎 小野塚慶子 郷野美千留 沢津英彦 堀田
礼治 沢津英彦 沢津英彦 村園輝 沢津英彦 美月安佐奈 美月安佐奈 沢
津英彦 村園輝 天海誠

「ご自分の名があるかどうか、確かめるように」
 司会に言われなくとも、運命の定まっていない十名の参加者らは、身体を捻
ってボードの方へ向き、身を乗り出す風にした。程なくして、「あった」「よ
かった」といった声が上がり、うんうんとうなずく姿が見られる。総じて、大
人しい反応だ。この程度のことで騒いでは、名探偵らしくないと考えているの
かもしれない。
「ない、ないわっ」
 八重谷さくらが裏返った声で言った。顔色がよくない。表情は笑う形を取り
つつも、強張っている。髪の下のこめかみには、青筋が立っていそう。
「そのようですね、八重谷さん。他の全員の名前があれば、あなたがこの関門
での脱落者となります」
 どこか楽しそうに土井垣が告げた。彼を睨みつけた八重谷は、すぐさまボー
ドに視線を戻す。その呟きから、他の名前をチェックしているのだと分かる。
「いかがです?」
「……」
 返事なし。八重谷は唇を噛み締めていた。が、やがて皆の目に気付いたか、
「こ、こんな、実力と関係ないテーマで落とされても、全く痛くも痒くも」
 などと口走る。
 土井垣は場を静かにさせてから、新滝に目配せした。
「それでは、正式な確認のため、きちんと印を付けていきます」
 新滝はペンを持つと、まず若島リオの名を楕円で囲った。続いて郷野、沢津、
野呂と順調に印を付けていったが、その次の名前で止まった。
「五番目は律木さん……と思ったら、何だか変ですよ、これ」
 二文字目を指差す。全員の意識が向く。特に八重谷と律木は、何事かとボー
ドの近くまで寄って来た。
「『木』じゃなくて、『本』だわ!」
 真っ先に声に出したのは八重谷。律木が「え?」と目をぱちくりさせる。
 元々ノートにあった“律木春香”の文字、その二番目に小さく横棒が付け加
えられていた。
「偶然、誰かのペン先が触れたんでしょうかね」
「まさか。ドラマでそんな筋書きを書いたら怒られちまう。現実でも、ここま
でのアンラッキーはあり得ない!」
 第三者然とした囁きが聞かれる中、律木と八重谷は司会者二人に対し向き直
った。
「これはどうなるの?」
「僕から説明を」
 土井垣が応じたが、やけにおかしそうにしている。笑いを堪えているようだ。
「まず、この『本』の横棒だが、これは決して偶然ではない。誰がやったかを
明かすのは、この場ではできないが、立ち会い人として断言する」
「で、でも」
 不安が現実となるのを感じ取ったらしい律木が、一歩詰め寄り、早口で抗議
する。
「こんなの、名前を消したことには……」
「いや。誤字を含む名前に書き換えたのだから、無効に、つまり消したことに
なる」
「ルールはどうなります? 消していいのは一回につき一人ですわよね」
「その通り。そして僕は、誰もルールを破らなかったことを知っています」
「どういう意味ですか」
「あなたの名前を単純に消す代わりに、このように横棒をきゅっと引いた、そ
れだけの話です」
「――『そんなのありかよ! 聞いてないっ』」
 どちらかといえば大人しい外見の律木が、急に声を張り上げ、しかも乱暴な
台詞を吐いた。スタジオ内に緊張が走る。
 周りの人間の反応に満足したのか、律木はふーっと息をつき、声のトーンを
元に戻した。
「……とわめき散らしたい気分ですけど、やめておきますわ。仮にも名探偵候
補に選ばれたのだから、引き際も潔くありたいと思います」
 肩を落とす律木の横で、八重谷が小首を傾げた。状況を把握しきれないでい
るようだ。
「えっと。要するに、名前がなかったのは、私と彼女だけで、こういったケー
スでは、運のよい方が脱落するんだったわね。私は十番目で、律木さん、あな
たは……?」
「九番目よ。おめでとう」
 敗者は立場をよく理解していた。

 参考までに、一巡目終了時に収録された、各人のインタビュー内容を掲げて
おくとしよう。それぞれの行動によって、名前のリストがノート上でどのよう
に変化したかも、併記しておく(名前のあとの数字は、その時点で記入された
名前の数。数字がないものは、その名前が一つだけ書かれていることを示す)。
 最初の状態は、次のように表される。

若島リオ 沢津英彦 野呂勝平 八重谷さくら 律木春香 天海誠 村園輝 
小野塚慶子 美月安佐奈 堀田礼治 更衣京四郎 郷野美千留

 以下、十二名の行動とその結果を列挙していく。

若島リオ2 沢津英彦 野呂勝平 八重谷さくら0 律木春香 天海誠 村園
輝 小野塚慶子 美月安佐奈 堀田礼治 更衣京四郎 郷野美千留2
若島「仮に名前のなくなった人がいなくて、自分と郷野さんが同数でも、運の
いい人が負けになる。八重谷さんを消したのは、面と向かってだと文句言いに
くいから」

若島リオ2 沢津英彦2 野呂勝平 八重谷さくら0 律木春香 天海誠 村
園輝 小野塚慶子 美月安佐奈 堀田礼治 更衣京四郎0 郷野美千留3
沢津「お嬢ちゃんの意図を汲んだつもりだ。郷野さんを増やし、自分自身も念
のために増やしておいた。更衣の名を消したのは……そりが合いそうにないか
らだ」

若島リオ2 沢津英彦2 野呂勝平 八重谷さくら 律木春香 天海誠 村園
輝 小野塚慶子 美月安佐奈0 堀田礼治 更衣京四郎 郷野美千留3
野呂「運のよさナンバーワンの郷野さんを落とす可能性を高めたいなら、名前
なしの人を復活させねばならん。だから八重谷さんと更衣さんを書いた。美月
さんを消したのは、彼女が第一関門をトップ通過したからであり、他意はない」

若島リオ 沢津英彦2 野呂勝平 八重谷さくら 律木春香 天海誠 村園輝 
小野塚慶子 美月安佐奈0 堀田礼治 更衣京四郎 郷野美千留4
八重谷「私の名を消した人が前の三人にいる訳だから、報復で一番目の名を一
つ消したわ。それとみんな、郷野さんを落としたがってるみたいだから、彼に
一票。もう一名分、書き足せる権利は放棄。違反じゃないでしょ?」

若島リオ 沢津英彦2 野呂勝平 八重谷さくら 律木春香2 天海誠0 村
園輝 小野塚慶子 美月安佐奈0 堀田礼治 更衣京四郎 郷野美千留5
律木「これまでの流れを受けて、郷野さんの数を増やしつつ、名前のない人も
作りたいと思った。美月さんが既に消されていたので、一番の強敵である天海
さんを。あとは、自分がゼロにならないように」

若島リオ 沢津英彦2 野呂勝平 八重谷さくら 律木春香2 天海誠 村園
輝 小野塚慶子 美月安佐奈 堀田礼治 更衣京四郎 郷野美千留4
天海「思惑通り、前半の流れは掴めて嬉しかったですね。しかし、名前なしの
人を出さないようにして、郷野さんを落とす作戦はかなり厳しいと思いました
ので、引っ掻き回すことに決めた次第」

若島リオ 沢津英彦2 野呂勝平 八重谷さくら 律木春香 天海誠 村園輝
2 小野塚慶子 美月安佐奈 堀田礼治 更衣京四郎 郷野美千留4
村園「筆跡から、直前の天海さんの考え方は、朧気に分かった気がしました。
私自身は、実力のある人に残ってもらって、実力で競い合いたいと考えていま
す。十二名の中では律木さんが劣ると感じますので、彼女の名前を一つ消しま
した。書き足す権利を自分にしか行使しなかったのは、なるべく大勢が名前な
しになる可能性を作っておきたかったので」

若島リオ 沢津英彦2 野呂勝平 八重谷さくら 律木春香0 天海誠 村園
輝2 小野塚慶子2 美月安佐奈 堀田礼治 更衣京四郎 郷野美千留5
小野塚「空気を読んで、郷野さんの落ちる可能性も少し高めつつ、作戦を決行
したわ。成功する見込みは……三分七分かしらね」
※ここで小野塚は「律木春香」を「律本春香」とした

若島リオ 沢津英彦3 野呂勝平 八重谷さくら 律木春香0 天海誠0 村
園輝2 小野塚慶子2 美月安佐奈2 堀田礼治 更衣京四郎 郷野美千留5
美月「やはり自身の名前がなくなるのは恐いですから、増やそうと思っていた
んです。すると、郷野さんの名前が五つもあったので、安心して増やせた。も
う一人分は、プロの手腕が恐いので、沢津さんに上乗せを。削除権の方は、更
衣さんを減らしておきたかったんですけれど、彼にはこのあと回るので、無意
味だと思い、前回実質トップの天海さん、悪いんですが、名前を消しました」

若島リオ 沢津英彦4 野呂勝平 八重谷さくら 律木春香0 天海誠0 村
園輝2 小野塚慶子2 美月安佐奈2 堀田礼治2 更衣京四郎 郷野美千留4
堀田「己が枠の外に置かれているのは、気持ちがいいというか悪いというか、
複雑なもんですな。先行した人に倣い、まずはわし自身の名を増やしてと。そ
こから考えて、なるたけ接戦を演出すれば、その二名に集中が起きるのではな
いかと。で、郷野さんを減らし、元刑事さんを増やした」

若島リオ 沢津英彦4 野呂勝平 八重谷さくら0 律木春香0 天海誠0 
村園輝2 小野塚慶子2 美月安佐奈2 堀田礼治2 更衣京四郎2 郷野美
千留5
更衣「私に注目した者がほぼ皆無とは、何たる屈辱! ……というのはジョー
クだ。名前のない者を増やす意図で、女流作家に一歩下がってもらうとしよう。
それから私の名を書き、保険の意味で郷野さんも増やしてみた」

若島リオ 沢津英彦5 野呂勝平 八重谷さくら0 律木春香0 天海誠0 
村園輝3 小野塚慶子2 美月安佐奈2 堀田礼治2 更衣京四郎2 郷野美
千留4
郷野「名前ゼロの人を増やしたかったんだけれど、ノートを見てびっくり。私
の名前がやけに多いじゃないの。だから減らすことに決めたわ。二回、チャン
スがあるんだから、私の名前をここで一回、次にもう一回減らす行為に、意味
は充分あると思うの。次に、競ってる沢津さんを増やして、それから手強そう
な人の中から、村園さんを増やしてみたわ。彼女を選んだ意味は特になくって、
ほんとは更衣さんを増やしたかったんだけれど、そうしたら彼には誰が名前を
書いたか、丸分かりになっちゃう。今の時点でそれは避けたかったの」

           *           *

 予告:次回の『プロジェクトQ.E.D./TOKIOディテクティブバト
ル』は……。

井筒「前回は途中で姿をくらましてしまって、大変失礼をした。お詫びに、君
達を接待させてもらいたい」
井筒「第三関門のテーマを発表する。それは、基本的技術だ。食事が終わった
ばかりで申し訳ないが、早速その一つ、尾行に取り掛かってもらおう」

「優勝すれば顧客を引き継げるんだから、依頼者の扱い云々はあんまり関係な
い気がする」

「警察との付き合い方、情報の引き出し方なら、俺や沢津さんが有利になるの
にな」

「ワ、ワトソンが十人……」

 お楽しみに。

――2ndステージ.終了




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