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★タイトル (AZA ) 01/03/11 00:15 (200)
リレー>そして一つになる・11 担当:永山
★内容
郷野が、左右の手の平を噛み合わせるように打った。
「思い出した。私もそのことを松倉さんに尋ねようと思って、失念していた。
出て行った車に乗っていたのは誰なのか、あなたならご存知だろうと」
「何時頃のことでございましょう?」
松倉の質問返しに、郷野の目が蒜野に向けられる。すると蒜野は茄原と顔を
見合わせた。まるで、視線のバトンリレーだ。
「あれは、ここへ来る直前だったから……」
「雪道の走行故、逆算しにくいが、四時五分から十分の間といったところじゃ
ないかねえ。着いたのは、四時十五分かそこらだったよ」
茄原は時刻の証言に続き、雪とスピードのせいで車の型式や色はほとんど認
視できなかったこと、すれ違った直後、雪崩があって、問題の車が巻き込まれ
た危険性のあることも告げた。すると松倉は唇を噛み、困惑顔で応じる。
「その頃合には、私は皆様方に屋敷内で起こったことの事情をお伝えし、落ち
着いていただくために尽力しておりました。申し訳ありませんが、車の出入り
に関知する余裕は全くなかったのです」
「しかし、午後四時前後までここにいた人間が、少なくとも一人、今は姿を消
したことになる。どなたかいなくなった人がいるんでは?」
「いらっしゃいません」
郷野が問うと、松倉は思案げにしかめ面を作るでもなく、即答した。
「私がご案内申し上げたお客様方は皆、とどまっておいでです」
「この屋敷の人も含めて、ですね?」
「さようで」
「だが、松倉さんの関知しない人物が、屋敷のどこかに、あるいはこの周辺に
身を潜めていたとしたら、分かりませんね?」
「それは……そうでございます」
素直に認める執事。結局、車で飛び出した人物が何者なのかは掴めないが、
それが殺人犯である可能性は依然として残った。これに、佐藤が吐き捨てた。
「今さら外を見回っても、雪で覆い尽くされているだろうな。ま、そいつが雪
崩に巻き込まれたのなら、ざまあみろ!だがね。殺人犯に天罰が下ったまで」
「本当に犯人かしら」
蒜野がつぶやくように疑問を呈す。間を置かずに反発する佐藤。
「おいおい、記者さんよ。殺しのあと、現場から逃げてる奴がいるんだ、そい
つが犯人だと疑って、どこが悪い」
「いいえ、悪いとは言いませんけれど……車で逃げた人が犯人まら、瀬戸山や
竜崎の死亡を確認しないまま、逃走したことになるわ。おかしくありません?」
「別にかまわないだろ。仕掛けた毒に、よほど自信を持っていたんだ」
「おかしいことは、まだあります」
淡々と述べる蒜野。だが、その顔つきには熱っぽさがこもっていた。
「千葉良香が殺されたのは、どんなに遅く見積もっても三時三十分ですよね。
執事さんが見つける前なんだから。一方、問題の車が私達の乗ったタクシーと
四時過ぎにすれ違うには、ここを三時五十五分くらいに出たことになります。
二十五分もの間、犯人は屋敷で何をしていたのでしょう?」
「う……」
「逃げるつもりであれば、ぐずぐずせずに、犯行直後に逃げればいいのに」
蒜野の文句めいた台詞を機に、謎の車に対する追及・検討はひとまず終了。
「どうにも、素人の我々だけじゃあ、捜査は遅々として進まん」
茄原が呑気な調子で言い、伸びをすると、腰に手をあてがった。場の重苦し
い空気を救うために、わざとそんな風に振る舞ったのかもしれない。
「シャンデリアと車以外の疑問点も、ついでに見直しますかな。ええっと」
言いながら、右親指を折った茄原。
「執事の松倉さんが高校生達から受けた頼みごと。これについてはまあ、大し
たことは引き出せそうにないから、後回しにしてもいいでしょうな。最重要な
のは毒の問題だが、種類を特定できない内は実りのない議論に終始するのは、
目に見えておるから……郷野さんの楽譜が、瀬戸山という生徒さんの部屋にあ
ったことを取り上げましょう。いかがかな」
茄原は言葉を区切ると、郷野を見据え、さらに佐藤へも視線を動かした。
「お二人に聞くのが一番だと思うので……先に郷野さん。良香お嬢さんから、
指導を頼まれていたのは事実ですかな?」
「それが、私はここへ招かれただけで、具体的にどうするかについては、一切
聞かされていなかった。指導を頼まれた憶えはないし、もし仮に頼まれていた
としても――引き受けるものか。絶対に」
「……ま、そりゃそうでしょうな」
郷野が低く、暗い調子で言い切ると、茄原は嘆息した。今度は佐藤に尋ねる。
「佐藤さんは、良香お嬢さんが郷野さんに指導を仰いでることを、学校で知っ
たんでしたかな、確か」
「ああ。譜面を貸し出してくれと頼まれたときにな。考えてみりゃあ、良香が
一人で言ってただけで、何の証拠もないんだな」
「お嬢さんは指導してもらえると確信を得た様子なのに、郷野さんは否定され
る。お嬢さんの勘違いか、郷野さんの嘘が存在してるんでしょうかね」
「私は本当のことを述べています」
凛として応じる郷野。殺意を明かしてしまったのは、やや暴走のきらいがあ
ったが、今は冷静さを取り戻した。
そこへ、佐藤が絡んできた。
「分かるものか。良香を殺すために、指導要請をこれ幸いと引き受けて……」
「馬鹿々々しい想像ですね。万一、そんな計画を立てたなら、私は彼女を口止
めしたでしょう。私が君を指導することは秘密にしておいてくれ、でないとこ
の話はなかったことにする、とね」
「なあるほど」
手を打って応じたのは、佐藤ではなく、茄原。
「お嬢さんを殺すつもりなら、指導の件を他人には伏せておきたいはずだ」
「ふん。裏をかいたのかもしれん」
佐藤は反発するものの、もはや食い下がるつもりはないらしい。吐き捨てる
だけで、あとは黙り込んだ。
郷野はだめ押しのつもりで、言い添えることにした。本当なら、茄原か誰か
に気付いてもらいたいところだが、気配が見られないので、仕方がない。
「それに私が犯人なら、譜面を瀬戸山の部屋の屑篭に捨てないんじゃないでし
ょうか。手元に置く必要もない。良香の部屋に放置しておくのが自然だ」
「……瀬戸山に罪を着せたかった、というのはどうです?」
思わぬ方向から、反対意見が出た。発言者は蒜野だ。彼女は、「可能性の検
討のために、失礼を許してください」と、今さらながらに殊勝に前置きすると、
それでもう許しを得たとばかりに語り始めた。
「郷野さんは元々、千葉良香、瀬戸山、竜崎の三人に殺意を持っていた。まず
良香に、指導の前準備とか何とか言って接近し、絞め殺した」
「可能性だけで物を言うのは仕方ないとして、せめて手つきはやめなさい」
茄原が注意したように、蒜野の両手は何かを絞める仕種を形作っていた。彼
女としては全くの無意識の動作だったらしく、慌てた風に手を背中に回した。
郷野は苦々しく表情を歪める一方、内心では千葉良香の死に様を想像し、少
なからず快哉を叫んでいた。
「そのあと、譜面を奪った」
蒜野が続ける。少々裏返り気味の声だった。
「次に狙ったのが瀬戸山か竜崎かは分かりませんが、ここでは瀬戸山としてお
きます。良香に絡めた話題を持ち出せば、ドアを開けてくれるでしょう」
「私は、瀬戸山や竜崎、それに良香の部屋がどこにあるか知らなかったんだが」
「え? そうだったんですか」
きょとんとし、目を見開いた蒜野は、そのまま身体ごと執事へと向き直る。
「松倉さん。本当に?」
「はい、郷野様の仰る通りです。事件が起きる前までは、郷野様にはどなたの
部屋についても、聞かれませんでした。知る術もなかったでしょう」
素早い返事に、蒜野の顔が困惑の度を増す。佐藤が助け船を出した。
「良香から聞き出したら済む話だ」
「え、あ、そうですね。良香は彼女の方から郷野さんに近付いてくる理由があ
るんだから、その機会をとらえて、部屋に行き、そこでしばらく会話をして、
瀬戸山と竜崎の部屋の場所を聞き出す」
郷野は「参ったな」と呆れ気味につぶやきつつ、佐藤を横目でにらんだ。彼
はどうしても自分を犯人に仕立てたいらしい――。
「それから……瀬戸山の部屋に首尾よく招き入れられた郷野さんは、彼女の飲
み物に毒を投じ、殺害する」
これに対し郷野が毒の入手法を尋ねると、蒜野は怯まずに切り返す。
「茄原さんとの話で思い付いたんですが、郷野さんは海外での暮らしが長く、
知り合いも大勢いますよね。その人脈から、毒の入手は可能だと私は考えます」
「君の論では、外国人とつながりのある者は皆、毒を用意に入手できる訳だね」
「そう受け取ってもらって結構です。色眼鏡なのは承知の上、飽くまで推測で
すから。……瀬戸山を毒殺した郷野さんは、彼女が良香と竜崎を殺し、自殺し
たと見せかけるために、譜面をくしゃくしゃに丸めて、屑篭に放り込む。そし
て最後に竜崎の部屋に行き、同じ口実でドアを開けさせ、これまた毒殺」
「反論したい点が多すぎて困るほどだが、とりあえず、瀬戸山を自殺に見せか
けた痕跡があったかどうか、考えてほしい」
「それは……なかったわ」
「だろう? それにね、瀬戸山を犯人に見せかけるという筋書き自体、無茶だ
と思う。彼女が譜面を奪った理由、奪っておきながら丸めて捨てた理由、毒物
の入手方法、そして何より、自殺する理由。これらに対し、皆を納得させるだ
けの説明を用意しておかなければならない」
「もう一つ、ありますぞ」
茄原が口を挟む。どことなく、面白がっている様子が垣間見えた。
「竜崎を毒殺した理由。これも不可解な状況だろうて。竜崎は瀬戸山の共犯者
で、一緒に自殺したか無理心中させられたか、そういった筋書きならまだしも、
瀬戸山の単独犯なら、しっくり来ない。まあ――」
「もういいです」
蒜野はむくれたように言い捨てると、手近の椅子にどっかと腰を落とした。
疲れ切った態度を隠そうとせず、郷野に謝る。
「郷野さん、すみません。私の妄想でした」
「かまわない。私だって、色んな人に容疑の目を向けているからね。ただ、口
にはなかなか出さないだけで」
郷野は表面だけ軽い調子で言って、頭を少し振り、改めて全員に話し掛ける。
「先の、誰の部屋か知らなかったという考え方から、思い付いたのだが、相手
を間違えたことはあり得ないだろうか。犯人は瀬戸山や竜崎を殺す気はなかっ
たのに、誤って彼らのコップに毒を投入してしまった、という見方です」
「あのお二人へは、お嬢様が直接、お飲物を手渡されたはずです」
松倉がすかさず証言した。郷野は執事の胸中を汲んで、首を横に振った。
「良香が入れたか否かは論じていません。蒜野さんの数多い推理の中に、そん
なものもあったけれど、私は、瀬戸山達が自室にコップを放置し、良香の部屋
にでも集まったなら、犯人が誤って彼らのコップに毒を入れることも、起こり
得たのではないかと言いたいのです」
「部屋を離れるとき、鍵を掛けなかったのかしら」
挽回を期してか、身を乗り出す蒜野。予期していた問いに、郷野は即応した。
「ここは立派だが、ホテルじゃない。高校生が友達の家に泊まりに来て、いち
いち鍵を掛けるだろうか。無論、初対面の大人が大勢いるから、その辺をどう
捉えるかだけど……私は五分五分と見込んだよ」
「じゃ、それを認めるとして、間違い殺人だったなら、犯人にとって、部屋を
錯誤する理由があったはずですね。えっと、松倉さんに聞けばいいのかしら」
松倉はわずかばかり礼をして、話の続きを促した。
「部屋割りは、発表されていないみたいですが、どうなんです?」
「その通りです。必要が生じたときは、私にお聞きくだされば済みますから」
「じゃ、今日、松倉さんに他人の部屋の位置を聞きに来た人って、いました?」
「もちろんです。多くの方が聞かれていきましたね」
そこへ郷野が「ちょっと失礼」と断り、割って入る。
「部屋割りの変更はなかったんだね」
「さようです。ついでに申し上げますが、私の記憶違い、言い間違いもござい
ませんでした。これは断言できます」
ここで再び、質問者のバトンが蒜野に渡される。
「瀬戸山・竜崎の部屋と勘違いしそうな部屋って、ありますか」
「そう言われましても……」
さすがに言い淀み、困惑顔になった執事。そんな彼に、茄原が言葉をかける。
「二人の部屋は四階でしたな? 他の階で同じ位置にある部屋が、怪しい」
「それでしたら――一階は良香お嬢様と貴恵奥様のお部屋です。二階はお泊ま
りになる予定だった方が、雪のためご欠席との連絡をされてきまして、二つと
も空いています。三階は木幡和奈様、湯上谷恭子(ゆがみだにやすこ)様のお
二方に割り当てさせていただきました」
「木幡君もか」
郷野のつぶやきは、他のみんなにキャッチされた。いかなる知り合いなのか
を尋ねられ、簡単に答えておく。それが終わってから、郷野は松倉に聞いた。
「――それで、もう一人の湯上谷さんという方は、どんなつながりでここへ?」
「こういうことは、私の口から申すよりも、直接ご本人にお聞きになられた方
がよいかと」
松倉の言い分ももっともだ。執事が来客のプライベートなことまで、第三者
にぺらぺらと喋っていいはずがない。ここは、木幡と湯上谷の二人を呼んでか
ら、改めて話を聞くとの方針でまとまった。
早速、松倉が呼びに動く。その間を利して、郷野は残る疑問点について、切
り出してみた。
「瀬戸山と竜崎の着物が濡れていたことも、気になって仕方がありません。原
因として考えられるのは、二人が水のある場所を歩いたか、雪の中を長時間さ
まよったかだと思うんですが、皆さんのご意見は?」
この呼び掛けに対して、真っ先に応じるのは茄原。ただし、歯切れは悪い。
「うーむ。何とも言えんのう……。この屋敷内と周辺について、水のある場所
を確かめるのが先決じゃなかろうか」
「それはそうですが、今、松倉執事がいないのだから、後回しにしましょう。
茄原さん、あなたの考え方を聞かせてください」
郷野の求めに、茄原は顎に手をあてがい、再び唸った。
――続く