AWC ぎりぎりっ 〜 the upper limit 〜 4.はなし   永山


        
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★タイトル (AZA     )  01/01/23  23:15  (198)
ぎりぎりっ 〜 the upper limit 〜 4.はなし   永山
★内容
 合図と同時にカシアスは立ち上がった。グレアムもすぐに立つ。椅子の脚が、
床をこする。
「グレアン、本気で来いよ」
 カシアスは早口で告げた。冷静に受けるグレアン。
「グレアン、本気で来いよ」
 台詞も間違えずに言わなければならない。
 カシアスが「ちぇ。引っかからないね」とやたら子供っぽく言うのも、グレ
アンは正確に模倣した。
「にらめっこをしよう」
「にらめっこをしよう」
 グレアムがおうむ返しに言うのを確かめ、カシアスは両手を使って、自らの
顔をいじり始めた。無論、グレアンも真似る。
 途中、滑稽な表情ができあがり、周囲の者からは笑いが徐々に漏れ聞こえた。
だが、カシアスもグレアンも吹き出すようなことはない。
 開始から一分半、にらめっこを始めてからは一分近く経った頃、カシアスは、
「やめたやめた」とつぶやき、腕を下ろす。グレアンも同様にする。
「僕の言うこと、繰り返してよ」
 また子供っぽく話すカシアス。笑わせようという手だとしたら、効き目ない
ぜとグレアンは思った。そして口調まで真似て言う。
「僕の言うこと、繰り返してよ」
「赤」
「赤」
「グリーン」
「グリーン」
「青」
「青」
「黄色」
「黄色」
「黒」
「黒」
「最初に言った色は?」
「――最初に言った色は?」
 わずかに遅れたが、間違えずに繰り返したグレアン。単調な流れに、油断し
そうになった。冷や汗を感じたが、拭う訳にいかない。
「これもだめか」
「これもだめか」
「喋りすぎて、喉が渇いた」
 カシアスはいきなりコップを手に取った。
「喋りすぎて、喉が渇いた」
 グレアンも右手で持つ。水はこぼれていない。
「このあと、早口言葉で勝負をかけるから」
「このあと、早口言葉で勝負をかけるから」
 言い終わると、カシアスはコップに口を付け、頭を若干後ろに傾けた。液体
が口中に流れ込んでいく。喉も動いている。
 グレアンは遂に来たかと、同じように振る舞った。もちろん、水は飲み込ま
ずにキープする。
 コップの水が半分ほどになったところで、カシアスはその動作をやめた。次
いで、コップを机に置く。グレアンは正確に模倣した。
 カシアスの頬は膨らんでいない。一見、口の中は空っぽのようだ。だが、そ
れが手であることを、グレアンは知っている。
 カシアスが目元だけで笑った。グレアンは一応、それをも真似した。
 次の瞬間、カシアスは真下を向き、口を開けた。いや、正しくは、唇だけを
動かし、歯茎を剥き出しにしたのだ。上下の歯を開かないでいる。
(ん? いきなり水を吐き出すんじゃないのか?)
 グレアンは訝しみつつ、やはり下を向き、唇を開けようとした。
(――あ。やられた!)
 気付いたときは、すでに手遅れだった。グレアンの前歯は二本、抜けている。
その隙間から、水が景気よくこぼれ始めた。
「俺の勝ち、だね」
 カシアスは水を飲み込んでから、疲れたように言った。立会人が、カシアス
の勝利を宣言する。
「二分四十九秒。制限時間内だ。この勝負、カシアス=フレイムの勝利とする」
 グレアンは疲れ切って、椅子にどっかと腰を落とした。それから馬鹿笑いを
始めた。実際、愉快でたまらない。
「やられたぜー、カシアスー。てめえ、俺の歯抜けをしっかり見てやがったか」
 カシアスは自身の歯を覗かせ、指先で弾いた。
「ああ。俺、歯並びのよさには自信持ってるしな」
「へへ。じゃあ、俺がもし水を全部飲んでいたら、どうした? ない水は、隙
間があってもこぼれねえぞ」
「そんときは、俺が水を吐き出せば済むことだろ。絶対に負けられないんだ。
負けるつもりはなかった」
「……違いねえ」
 天を仰いだグレアン。立会人が淡々とした物腰で促した。
「負けの代償を早く払いなさい。私は忙しい」
 カシアス=フレイム、二十二枚。

「だらしねえな、グレアン」
「そこを退けよ」
 勝利を収めたカシアスの周囲を、新たな対戦希望者数人が取り囲んだ。
 グレアンは椅子から転げ落ちるように去ると、カシアスの側に就いた。その
刹那、「狙い目は“きっちり”のニールセン」と耳打ちしてきた。
 横目で振り返るカシアスに、「信じるかどうか、おまえの気持ち一つさね」
と小声で応じるグレアン。
 名乗りを上げた者達の中に、ニールセンは確かにいた。
「僕はチャック=ニールセン。とある企業でマーケティングをしていた。新商
品の情報をライバルに漏らしてうま味を得ていたら、十年目にしてばれてね。
レベル2、結構食らっちまったのが六日前のことだよ。そこから努力して、現
在二万五千枚ちょうどまで来た」
 物腰こそ崩れているが、まるで営業マンのようなスマイルと弁舌で、ニール
センは自己紹介をした。
「あなたの腕前を調査したい。受けてくれないかな」
「調査?」
「そこのグレアンと話をしたのなら、情報売買のことを聞いただろう。僕も情
報を集め、それを売ってコインを稼いでいる」
「……それなりに強くなければ、実際に闘って情報を集めるなんて芸当、でき
ないよな」
 カシアスはグレアンとニールセンを交互に見やった。
 グレアンは沈黙の薄ら笑いを浮かべ、ニールセンは大真面目にうなずいた。
「それなりに強いつもりだ。なに、単なる調査だから、あなたがコイン全部を
失う危険は取り除いてあげよう。僕が提案する勝負なら、手ひどく負けても、
最悪で十枚ほどを失うだけだろう。どうかね」
「十枚」
 二十二枚しか手持ちのないカシアスにとって、たとえ十枚でも大きい。
「どんなやり方で勝負するのか、聞いてからでいいか?」
「いいとも」
 今度は嬉しそうにうなずいたニールセン。彼は去ろうとしていた立会人を呼
び止め、トランプカード一組を用意してほしいと頼んだ。
「これでよいか」
 立会人は新品のカードを取り出した。まだ開封されていない。
「もちろん、結構ですとも。ついでに、勝負が成立したときのために、今しば
らくとどまっていてくれませんか」
「仕方あるまい」
「どうもすみませんね」
 カードのケースを手に、ニールセンは椅子に腰を下ろした。カシアスも座り
直す。
「よく見ていてくれたまえ。まあ、簡単なことなんだが」
 ニールセンは爪を使って、カードを包むセロハンを切り裂き、封を開けた。
新品であることを保証するシールも剥がし、箱の中からカードを取り出す。
「ジョーカーは使わない。使うのはこの五十二枚」
 ニールセンはジョーカーを取り除け、残りの五十二枚を束のまま、カシアス
に示す。カシアスは顎先だけでうなずいた。
「勝負は、数字の大小で決する。見本を示そう」
 と、ニールセンはカードを切らずに、上から一枚を取り、自分自身の前に置
いた。そして次の一枚を今度はカシアスの前に置く。ともに裏向きで、どんな
カードが配られたのか、分からない。
「カードを開かず、賭けるんだ。数の大きな方が勝ち。自分のカードの方が大
きな数だと思えば、賭ける。そうでなければ賭けなくていい。今、あなたが仮
に一枚賭けたとしよう。開いて」
 促しながら、自身のカードを表向きにするニールセン。クラブのキングが現
れた。カシアスの方はクラブのクイーン。13と12で、ニールセンの方が大
きい。
「ふむ。これは僕の勝ちということで、あなたの賭けた一枚は僕がもらう。も
し君が勝っていたら、逆に僕が一枚を払う。二枚かけていたのなら二枚、五枚
なら五枚、勝者が敗者から得るんだ。簡単なルールだろう」
 言い終えると、ニールセンはカシアスのカードを手に取り、カードの山に重
ね、それから自身のカードも同様に戻した。それから山を二つに分け、両手に
持ち、少しずつ弾いてカードを切り混ぜる――リフルシャッフルを始めた。
「簡単だが……単なる運任せじゃないか」
「運も実力の内だよ」
 カシアスの不審を軽くいなし、またリフルシャッフルをするニールセン。
「それとも、大事なコインを運任せにはできないと?」
「……なるべく、自分の力が介在できる方が、負けても納得がいく」
 ぱさささささ……リフルシャッフルの音が場に低く響く。カシアスは耳障り
な音が気になって、その回数を数えていた。現在、三回。
「甘いな。公式ギャンブルを考えてみなさい。ほとんどの場合、ポーカーだ。
ポーカーは運も大きな要素だよ」
「それはそうだが」
「僕はあなたとの対戦で、二枚ずつの組を十、用意する。ずらりと並べた各組
を見て、勝てそうだと感じたところだけに賭ければいい。まあ、考えてみれば、
勝率は五割だ。そうだね?」
 カシアスは首を縦に振った。リフルシャッフルは六回を数えていた。
「十組それぞれに一枚ずつ賭ければ、確率から言って、五勝五敗でとんとん。
損得なし。先ほど言ったように十枚を失うなんて、滅多にあることじゃない」
「勝てないと思ったら、その組には賭けなくてもいいんだな?」
「ああ、そうだ」
 リフルシャッフルを八度した時点で、ニールセンは手の動きを止めた。同時
に、声を高くする。
「さあ、カシアス。そろそろ決めてくれないか。待ちくたびれてしまう。勝負
を受けてもらえるのならば、周囲に誰も近寄らせない。情報が売りの僕にとっ
て、勝負の様子を見せる訳にはいかないからね」
 ニールセンは急かすかのように、カードを置き始めた。一番上のカードを自
分に、次をカシアスに。これを繰り返すこと十回。二十枚のカードが机上に並
べられた。
「準備万端整った。あとは、あなたの決断次第」
 指差されたカシアスは、考えあぐね、グレアンの方をちらっと見た。
「よく考えるこった。考えれば、勝てるさ」
 グレアンはあくび混じりに言うと、どうせ人払いされるんだったらとばかり、
ぶらぶらと去って行く。その背を見送っていたカシアスは、はっとなった。グ
レアンの台詞に引っかかるものを覚えた。
(考えれば勝てる? 受けるかどうかをよく考えろではなく、考えれば勝てる、
だと? こんな運に頼った勝負で、何を言ってるんだ?)
 額に右手を当て、前髪をかき上げたカシアス。カードをまじまじと見下ろし、
目つきを鋭くした。それからニールセンに視線を移し、また妙な点に気付いた。
(ニールセンはリフルシャッフルばかりで、他の切り方――ヒンズーシャッフ
ルなんかは全くしなかった。普通、トランプを切るといったら、ヒンズーシャ
ッフルもやるもんじゃないか? それに、俺には一度もカードに触れさせず、
さっさと勝負の準備を済ませた……)
 疑惑の拡大。ニールセンは、本当に調査するだけなのか。
(そうだ。あれも変だ。能力を調べるのに、何故、こんな運任せの勝負を設定
する? もう少し、判断力や思考力なんかを問うゲームがあるだろうに……)
 カシアスがうつむき、考え込むと、ニールセンは机の角を叩いた。
「早くしてくれ! アダムスキーを負かしたというあなたにはそれなりの敬意
を表するが、それでも新入りが古株を待たせるのは、失礼なことだ」
「あ、ああ……もう少し、確かめさせてくれ」
 指を立て、ゆっくりと尋ねるカシアス。
「どのカードにどんな風に賭けてもいいんだな? たとえば、俺がその気なら、
一枚に二十枚賭けるとか」
「おお! もちろんですとも」
 急に上機嫌に戻ったニールセン。カシアスはさらに聞いた。
「それから、第一組で俺が一枚勝って、手持ちが増えたら、その分を含めて、
第二組以降に賭けることは可能かい?」
「なるほど。そこまでは考えていませんでしたが、あなたが折角やる気になっ
ているんだから、認めましょう」
「最後に……ゲームの形式から言って、降りるのはなしだよな。俺もあんたも」
「そうなりますねえ。あなたがコインを賭けたら、僕は必ず応じますよ」
「よし、分かった。勝負を受ける」

――続く




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