#7453/7701 連載
★タイトル (AZA ) 01/01/23 23:09 (200)
対決の場 15 永山
★内容
「すまない。人が……死んだ。姿さんだ」
「どういう風にして? 殺人なの?」
「恐らく、毒殺だ。他に症状の出た人はいないようだから、姿さん一人を狙っ
たものらしい」
「電話の破壊も殺人も、遠山君の言っていたヂエの仕業なのかしら」
遠山が、あ!と思ったときにはもう遅かった。秘密事項を平然と口にする麻
宮。悪気はないのだろう。それに、遠山の方も注意が足りなかった。
「ヂエのことは内密に頼むよ」
なだめるような表情をなし、小声で告げる遠山。他の四人の反応も気になる
が、判然としない。即座に「ヂエって何です?」という質問が来ることはなか
った。聞こえなかったのか、聞こえても意味が飲み込めずに戸惑っているだけ
なのか、あるいは最初から知っていて、たとえ聞こえても知らんぷりを決め込
んだ輩もいるかもしれない。
「麻宮さん、全員が集まれるような部屋を用意できないかな。ここでもいいん
だが、現場をこのまま保存しておきたいんだ。場所を移して、改めて話を聞こ
うと思う」
「分かったわ。それぐらいおやすいご用よ」
麻宮の案内で、ギャラリーに隣接する部屋に移った。主に商談に用いるそう
だが、使ったことはこれまで数えるほどだと言う。合わせて、身体検査を行う。
男の遠山が女性まで調べる訳に行かず、麻宮に任せる形になった。
「どうだった?」
「分かんないけれど、毒の入ったような袋は、見つからなかったわね。それ以
外も特に目を引くような物はなかった。だいたい、大切なお客様に何をさせる
のよ、全く。婦警くらい、連れて来て当然でしょうに」
遠山と同じく、空振りに終わったらしい。
慣れないことをさせられたせいか、疲れと不機嫌さをない交ぜにした顔つき
の麻宮。遠山は詫びと礼に言葉を尽くし、それからようやく捜査に入った。
遠山は個別に話を聞こうと考えた。そうすることで、八坂や角、伊盛らに、
より突っ込んだ問い掛けもできる。麻宮に二人だけで対面できる空間をリクエ
ストすると、ギャラリーの一画に仕切り板でスペースを作ればと提案された。
仕切り板なら展示用にいくらでもあるし、机も用意できる。この案を、遠山は
ありがたく受け入れた。
事件発生時食堂にいた四名に、出入りした者を加えた全員が、商談用の部屋
に集められた。
「最初は八坂さんからにしましょうか」
呼んで、戸口を抜け、急ごしらえの“取調室”に入る。残る面々の動向には、
嶺澤が目を光らせている。と言っても、嶺澤の正体を知らない者は、この男も
また事件関係者の一人として呼ばれたものと考えるに違いない。
「刑事さんよお、あの店長の事件、まだ片付いてねえんだ?」
からかうつもりなのか、八坂はそんな調子で始めた。
「全然冴えない、真面目腐った、まあ俺らとは世代が違うっていう感じのおっ
さんだけどさあ、早く犯人見つけてやんないと、成仏できねえんじゃない?
かわいそーってもんだぜ」
「鋭意捜査中だよ。そして、私はそのためにここに来ているんだ。さっき言っ
たこと、聞いていなかったのかな」
言い聞かせるつもりで言った遠山に対し、八坂はしばらくきょとんとして、
次に横を向いた。
「どうでもいいけど、早くすませてくれよ。死体なんてあんな気味悪い物をま
た見せられて、気分最悪なんだよね。さっさと部屋帰って、寝ちまいたい」
「八坂君。君はどうしてここに来た」
「どうしてって、あんたが呼んだからじゃん」
鼻で笑う八坂に、遠山はにらみを利かせた。
「わざと言っているのか? 何故、この島に来ているのかと聞いているんだ。
バイトはどうした。大学は?」
「……なーんか、偉そうで恐いよ、今日の刑事さん」
うつむき、上目遣いになって、薄ら笑いを浮かべる八坂。
「聞いたことに答えるんだ。これは正式な捜査なんだ」
「コンビニのバイトはあんなことあったからやめて、今は働いてねえ。大学は
休んでる」
「島に来たいきさつは」
肝心なことに答えようとしない八坂に、遠山の口調はいよいよ苛立ってきた。
若柴刑事なら、もっとうまく、なだめたりすかしたりして聞き出すのだろうな
と思いつつ、相手をいっそうにらみつける。
「来ちゃ悪いってんですか」
「理由を聞いたら、悪いかね。それとも何か問題でもあるのかい?」
「問題はないが……プライバシーの侵害ってやつ」
「違うな。捜査上、必要あっての質問だ。公にする訳じゃない。問題ないのな
ら、話してすっきりしようじゃないか」
調子の波に乗ってきたと自覚した遠山は、余裕の笑みを覗かせた。
「面城薫のファンだから来た。それだけだよ」
「悪いが、信じられない。武藤店長を殺害した犯人の指示で、私はここへ来た
んだ。そうしたら君がいた」
「……奇偶ってやつ」
「島にはもう一人、一連の殺人事件の関係者が来ているんだ。誰だかは教えら
れないがね。それでも偶然だと言い張るのかね」
「知らねえよ、そんなの。俺には関係ねえ」
目をそらしたまま主張する八坂に、遠山は息をついた。このままではらちが
明かない。話題を切り替えた。
「姿晶さんの殺害について、何か目撃しなかったか」
しかし、これは段取りを間違えたと言えよう。遠山のミスだ。聞くのなら、
先に姿晶毒殺の件を持ち出すべき。来島の理由を問い質され、頑なになった八
坂から、今さら毒殺事件について積極的証言が出て来るはずもなかった。
遠山も、八坂の様子を目の当たりにしてやっと気が付いたが、時すでに遅し。
他の材料もないため、有用な話を得られぬまま、八坂への尋問を打ち切るしか
なかった。
八坂を帰し、交代で、角治子を呼んだ。
遠山は、角に対しては、さほど悪印象を抱けずにいた。恋人の練馬をあれほ
ど残虐に殺せる人間には、どうしても見えない。無論、犯人は複数で、別の者
が練馬をやった想定もできるが、それでもなお、全身の皮を剥ぐなど……信じ
がたい。仮に、角の練馬への愛情が冷めていたとしてもだ。
「数日前に恋人を亡くされて、今またこんな事件に巻き込まれるとは、心労が
重なってさぞかしショックでしょうが、どうかお付き合いください」
「え、ええ。刑事さん。本当に、政弘……練馬さんが殺されたことと、今日の
あの女の人が殺されたこと、関係あるんですか」
先日会ったときよりは気丈に、しっかりした声で受け答えする角。それでも
ハンカチを手に握りしめ、ときどき口元や目尻に当てる。
「まず間違いなく、関係あります。と言うのも犯人の指示に、この島に来いと
あったからです。それに敢えて乗った訳ですが、犠牲者が出るのを食い止めら
れず、お詫びのしようもない。ところで角さんは何故、この島へ?」
「練馬さんをあんな形で亡くして、落ち込んでいた私を励まそうと思ったんで
しょう。親戚の者が、一切合切を手配してくれたのです。私は知らなかったん
ですが、個展をやっている面城という画家の絵は、癒しの効果が絶大だとか」
そうなのか?と心中で問い返す遠山。自らを絵の分かる人間だとは思ってい
ないが、癒しの効果があるようには見えなかった。どちらかと言えば、人を思
い悩ませる絵だ。
「それに、自然の豊かな土地だから、そこで一週間暮らせば、リフレッシュで
きるだろうとも言われましたね」
「リフレッシュ……できましたか」
「着いたその日に、こんな事件があったんじゃね」
あとは言葉を濁す角。
遠山は責任を感じる一方で、角への疑いを完全には捨てきれないと悟った。
「練馬さんの葬儀が終わったばかりで、出かける気になれるものですか?」
「魂の抜け殻みたいになってましたから、私……。周囲の人達から言われるま
まに、行動してるような感じでした。今は、やっと自分を取り戻せ出したかな
といったところかしら」
「お一人で来たんですよね。島に、知り合いの方はいますか」
「いいえ。逆に、刑事さんの顔を見て思い出したときは、びっくりしてしまっ
て」
「不安はありませんか、一人旅は?」
「旅って、そういうものだと思いますけど。不安と期待が混じってる」
「通常の意味の他に、殺人犯がこの島にいるということで、不安ではありませ
んか」
「練馬さんのところに行けるのなら、別に死んでも――」
遠山は机越しに相手の手首を掴んだ。驚いて身を引く格好になる角に、低い
口調で告げる。
「私の前で、そういう発言はやめていただきたいのですが」
「わ、分かりました」
その答を聞いて遠山が手から力を抜くと、角は自身の腕を急いで引っ込めた。
遠山は頭を掻き、柔和な笑みに努めた。
「すみません。こちらから質問しておきながら、つい」
「いえ……。あの、まだ続くのでしょうか?」
「あと少しですから、お付き合いください。姿晶さんが殺される前に、何か目
撃しませんでしたか。他の人の不審な動きや、姿さん自身の行動でもいい。気
付いたことを言ってください」
「そう言われても」
小首を傾げ、困った風に眉根を寄せる角。
「姿さんに近付いた人はいましたか」
「あ、それならいたわ。当然と言えば当然ですけれど、あの人、真ん中辺りに
座っていたから、すれ違う人はいくらでも」
「あなたが来たとき、姿さんはすでに食堂にいたんですね」
「はい。メニューを見て迷っていたのかしら、水だけ傍らに置いて」
「姿さんのほんの近くに座った人は、いませんでしたか。毒を投じられるよう
な距離に……」
「いなかったと思います。だけど、すれ違うだけでも、毒を入れるくらいなら
できるんじゃありません?」
遠山は目を見張った。角の見解の中身がどうこうではなく、まさか意見をも
らうとは思ってもみなかったのだ。
「仰る通り、可能だと私も思っています。毒の形状にもよりますが」
あまり喋るのもよくないであろうと考え、遠山は切り上げることにした。
「部屋に戻っても、厳重に戸締まりをして、注意してください」
「次は、私が狙われるとでも……?」
「いえいえ。用心するに越したことはない。それだけです」
三人目には伊盛を呼んだ。遠山にとって本命である。
「改めて、名前を聞いておこうか」
「伊盛善亮。学生、十九才」
勝手にぺらぺらと喋る伊盛の目は、遠山の肩から向こうに抜けて、中空を見
据えているようだ。
遠山は中断させて、来島の理由を問い質した。
対する伊盛は、背筋を伸ばした姿勢を崩すことなく、「来たいから来た」と
早口で答える。
「……いつ、この旅行を思い立ち、計画したんだね?」
「覚えていない」
「全く覚えていない? そんなことはないだろう」
「覚えていない。常にどこかに行きたいと考えているから」
「……伊盛君。君は、私のことを覚えているな?」
「覚えている」
初めて目が合った。伊盛のその視線に敵意のようなものはなく、薄気味悪い
笑みが乗っている。
「君のお姉さんのことは――」
「言い訳は聞きたくない。聞く必要もなかろう」
遠山にほとんど喋らせず、シャットアウトする伊盛。この瞬間だけ、人間ら
しさが覗いたような気がした。たとえそれが健全なものでなくても。
出鼻をくじかれた遠山だが、平静を装って、次の一手を考える。
「今時の大学は暇でいいねえ。気軽に、一週間も休めるんだから」
「どれだけ違いがあるって言うんだ。五つかそこらの年代差で偉そうな口を利
けるほど、世の中が変わったか? 変わっていない」
「私はよほどのことがない限り、休みはしなかったがね。君にはどんな“よほ
どのこと”があったのか、教えてくれないか。夏期休暇を待てなかったか?
あとひと月ちょっとじゃないか」
「最高なのは、見たいときに見に行く。一ヶ月以上も先延ばしするのは、愚か
しい行為だ」
「その割には、ギャラリーで姿を見かけたなかったがね」
かまを掛けてみる。
果たして伊盛は無口になった。顎に手を当て、さすりながら横を向く。
「今日はまだ見たい日じゃなかったか? そんなことないよな」
「……貴様がいるのを見つけて、出歩く気分じゃなくなった。だから、部屋に
閉じこもっていたんだ」
本当かどうか分からない。ただ、伊盛の目に恨みの影が差すのだけは、遠山
には見えたような気がした。
張りつめた空気を緩めるべく、遠山はのんびりした口調に転じた。
「私のせいで、見ることができなかった訳か。それは悪いね。私は一週間先ま
で、ずっと滞在するから、君は絵を見ずに帰る羽目になるな」
「貴様がギャラリーにいないときに、見に行く」
「それで大丈夫なら、そうしてもらおう。ところで君はホームページで、私や
警察の悪口を書き散らしているね」
「真実を悪口とは呼ばない」
鋭く言い返す伊盛。遠山は嘆息を挟んで、言い分を認めるポーズを取った。
――続く