AWC 対決の場 12(訂正版)   永山


        
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★タイトル (AZA     )  01/01/23  23:08  (200)
対決の場 12(訂正版)   永山
★内容
 向こうがきっかけを作る手筈になっている。無理に探すことはない。一般客
らしく、ゆっくりした足取りで回り始めた。早く行こうと思えば、飛ばせるス
ペースもあるが、ここは順路に従い、端から見ていく。
 絵の一枚目は、明るさと暗さが同居したような、微妙なバランスの上に成り
立つ風景画だった。河口に大きな橋が架かっており、朝日だか夕日だか分から
ないが、太陽が水平線とせめぎ合う構図。その手前には明るい色、奥は暗い色
が重点的に使われている。
(きれいな絵とは言えないと思うが)
 遠山自身はヂエに顔も正体も知られているのだから、いっぱしの絵画ファン
を気取る必要性はないのだが、自然に腕を組んでいた。眉間にもしわが寄る。
(考えさせるのが目的のような絵だな)
 こんなことをして時間を潰さなくてもと考え直し、二枚目以降は、やや急ぎ
気味に見て回る。ヂエからのメッセージがどこかにあるかもしれないため、注
意を怠りはしない。
 やがて中程まで来て、嶺澤を見つけた。普段と違い、Tシャツにチョッキと
いうラフな出で立ち。若作りに違和感を覚える者もいるかもしれないが、少な
くとも刑事には見えない。一枚の抽象画の前で、首を傾げたり、口元に笑みを
浮かべたりと、妙な振る舞いをする。少し奇態な画学生上がりといった風情か。
 若柴の姿が見当たらない点に引っかかったものの、遠山は時計を覗き、打ち
合せ通りに始める。互いに相手の存在に気付かぬふりをして、徐々に距離を詰
め、軽く接触。
「あっ」
 嶺澤の手の平から、何かがこぼれる。小銭と鍵が、床に落ちた。乾いた音の
あと、すぐさましゃがみ込む嶺澤。
「どこ見てんすか、全く。しょうがないな」
「ああ、すいません。ちょっと……見取れてしまって」
 遠山も膝を折り、拾うのを手伝う。第三者がやってきて、お節介をされても
困るので、なるべく素早く。
「若柴さんは?」
 ほとんど聞き取れないような小声で尋ねた。ほぼ同じ音量で答が返ってくる。
「不審者探しで外に」
 小銭と鍵を拾い集め、二人揃って立ち上がる。遠山は、再度謝る芝居をした。
「申し訳ない」
「気分が壊れちまったな。もう一回、最初から見直さなくてはいけない」
「そ、その前に、コーヒーの一杯でもおごらせてくれませんか」
「あ?」
「お詫びの印です。それに見たところ、あなたは絵に詳しそうだ」
「まあね」
 照れた風に後頭部をかきながらも、満更でない様子。嶺澤の芝居は、なかな
かよい。これで服装がもうちょっとそれらしければ、満点だろう。
「この面城という画家について、教えていただきたいこともあるんです。どう
ですか。ここには食堂もあるようですし」
「OK。悪い話じゃない」
 気難しげに唇を曲げつつ、嶺澤は快活に答えた。
「再入場するための金も出してくれるのなら、あんたに付き合いましょう」
 早速、場所を食堂に移した。宿泊者でなくとも利用できる仕組みで、清潔感
のある店構えだが、客の少なさを表す静けさに満ちている。
 自己紹介のあと、絵や面城に関する話に移行する――表面上は。メモ用紙を
間に置いて、互いに書き込み、筆談形式でやり取りをスタートした。
『若柴さんはいつ戻る?』
『三時までには。宿に』
『無茶はよしてもらわないと。麻宮さんに害が及ぶ』
『そちらは? 近野氏は?』
 このような具合に、情報を交換していく。遠山は、姿晶に出会ったことや麻
宮に届いた手紙、それに入っていたパズルを解くため、近野は別行動を取った
こと等を伝えた。
『パズルの実物は?』
『持ってる。あとで見せる』
 遠山と嶺澤は、意気投合をした芝居を続け、夜に部屋を訪ねるとの約束を声
高に交わした。これで、互いの部屋を行き来しても、不自然ではなくなる。
 このあと遠山は嶺澤と一旦別れ、麻宮の家に足を向けた。近野にパズル解読
の首尾を尋ねねばならない。
「近野! 近野は?」
 上がり込み、姿を見せた麻宮に問う。彼女は黙って、片腕を開いた。
「静かな部屋が欲しいというから、奥の間へ。遠山君も静かにしてあげないと」
「そうか。すまない、ありがとう」
「本当に事件なんて起こっているの?」
 不意の質問に、歩を進めかけた遠山も立ち止まる。
「気味の悪い手紙が一通来たくらいで、ほとんど実感がない。犯人がここを選
んだ理由も、いまいちぴんと来ない」
「新聞に載ってなかったかい?」
「あっ、泊まりになるお客様用に置いているのよ。私達が目を通すのは、しば
らく経ったあと」
「じゃあ、ちょっと行って読んでくればいいよ。絶対に載っているから。それ
か、ラジオを聴けば報道されていると思うが」
「ニュースの時間まで待つのも何だから、見てこようかしら。――ついでに、
宿泊予約の名簿のコピー、取ってきてあげましょうか」
「ぜひ頼みたいな。ただし、本当の目的は絶対に隠してほしい。特に、我々警
察が介入していることは、他の人達に知られたくない。パニックの元だ」
「それぐらい心得ているわ」
 麻宮は素気なく答えると、ぷいとそっぽを向き、そのまま行ってしまった。
言わずもがなの指示だったらしい。プライドを傷つけられたとでも感じたか。
 遠山は彼女の後ろ姿を見送ったあと、近野のいる部屋に向かう。
「邪魔するぞ」
 返事を待たず、襖を開ける。座卓にかぶりつくようにして、近野が紙とにら
めっこをしていた。正座が苦手なのか、足を真っ直ぐ伸ばしている。
「どうだ? 解けそうか」
「解けそうな手応えはあるが……時間が掛かる。これはどうやら論理的に解く
のではなく、試行錯誤を要する代物のようだからな。機知や美しさが、大して
感じられない」
「機知や美しさなんて、関係ないじゃないか」
 近野のいる場所とは直角をなす辺に座る遠山。近野は片側の眉を吊り上げた。
「これまでのヂエのパズルに比べると、つまらない。重要じゃないかね?」
「もしや、ヂエを騙った偽者だと? しかし、その可能性はないぞ」
 捜査上の重要なポイントは、全て伏せている。悪意の第三者が介入できる余
地はないはずだ。
 だが、近野は抜け穴を指摘した。
「ヂエ本人が、自らと自らの犯罪を吹聴すれば、話は別だ」
「なるほど。でも、どうやって? マスコミに対して手紙を送り付けるような
真似を、ヂエはやっていない」
「たとえば、インターネットの掲示板さ。ヂエの書き込みを読んで、本気にし
た奴が――否、悪乗りした奴が一人でもいれば、ことは展開していくんだぜ」
「ふむ」
 可能性だけを突き詰めれば、認めざるを得ない。遠山は、見方を切り替えた。
「仮にこのパズルの出題者が、ヂエじゃないとしよう。我々がこの島に上陸し
てから何時間か経つ。それなのに、ヂエが何にも仕掛けてきていないことにな
るよな。不自然だと思わないか」
 今度は近野が唸る番だった。
「理屈だな。今、ふと思い付いたのは、俺達を、いや、おまえを島に閉じ込め
て、新たな犯罪を遠くで引き起こす狙いかもしれないってことなんだが……ヂ
エはおまえに対して執念を燃やしているんだから、これもないだろうな」
「……今はこの島において、全力を尽くすしかない。第三者がどうこうなんて
いう寄り道は、よした方がいいと思うんだ。近野はパズルを頼む」
「おまえは、麻宮を守る、だな」
「彼女が狙われると予告があった訳じゃない」
「そんな顔をするなよ。言ってみただけだ。ヂエが、島にいる限られた人数の
中から被害者を選ぼうっていうのは、ほぼ確実だ。警察のメンツにかけて、防
いでみせろよ」
 近野から言われて、遠山は撫然とした表情を解いた。代わって、気持ちを一
段と引き締める。
「捜査会議でも話し合われたんだが、ヂエが犯行に動くとしたら、出港間際か、
出港した直後だと思う。でなければ、夜の闇だ」
「ああ、そう予想するのが妥当だろうねえ」
「当たり前だが、我々は犯行を未然に防ぎたい。残念ながら、一人で来いとい
うヂエの指示もあって、島にいる全員に見張りを着ける人員は配せなかった。
現在、若柴と嶺澤両刑事で見回るのやっとだ。自分ものんびりしていられん。
パズルは、おまえに任せていいか?」
「持って回った言い方をする奴だな。俺は、このために着いてきたと思ってい
るんだ。信頼しろよ。まあ、残り二人の刑事さんから煙たがられるのは仕方が
ないにしても、おまえまで信じてくれないのは、ちと困りものだぜ」
「いや、全面的に信頼している。これまでのおまえの解きっぷりは、見事だっ
たしな。正直言って、俺達警察は、パズルに向いていない気がするんだ。地道
な捜査の方が得意でね」
「いいから、早く行ったらどうだね、遠山警部」
 癖のあるアクセントで言い、近野はにやりと笑みをなした。
「解けたら、必ず知らせるから、大船に乗った気でいろ!」

 遠山は、近野に言われたせいもあって、麻宮レミの安全を確認しようと、ま
ずは彼女の元へ向かった。
 家屋敷から出たところ、ちょうど引き返してくる麻宮と会ったので、早速、
名簿のことを尋ねる。
「これ」
 先ほどの件をまだ引きずっているのか、四つ折りの紙を差し出すや、そのま
ま行ってしまおうとする。遠山は数歩後戻りし、呼び止めた。
「どうやって聞き出したのか、教えてもらいたいんだけど……」
 気後れが口調に現れる。麻宮は、口元にほんのかすかな笑みを作った。だが、
何も答えない。
「ああ、いや、その、念のため、情報の確度を知っておきたいんだ。後々、必
要になってくるだろうからね」
「私の知り合いが来ているかもしれないと人伝に聞いたから、宿泊予定者の名
簿で確かめたいの、と言ったのよ。そうしたら、何も疑わずに、頼まない内か
らコピーしてくれたわ。当たり前ですけれど」
「なるほど、分かった。すいまない、ありがとう。あ、それと、こちらで働い
ている人達は、全員、信用できるんだろうね?」
「長く雇っているけれど、不満を口にされたことは数えるほどしかなくてよ。
こんな離れ小島で働くからには、満足しているんじゃなくて? 身元は確かだ
し、私の側からすれば信頼を置いていると言えるわね」
「旧くから働いている人はいいとして、バイトの学生、榎と言ったかな、その
人はどうだい?」
「彼にしたって、一年も前からいるのだから、遠山君の言う事件とは関係ない
でしょう?」
「しかし、今度の事件の犯人は、常識では測れない感じでね。もし、先週、島
を出ていた者がいれば、教えてほしい」
「いないわよ。働き手に出られては困りますからね。ついでに言っておきます
けど、面城君も絵を描くために、ずっといたわ」
「そうか」
 遠山がうなずき、礼を言おうとする。その前に、麻宮は歩き出した。
「どこへ? 居場所を知っておきたいんだ」
「面城君のところよ。屋敷の地下が、アトリエになっていてね。そこを提供し
ているの」
 立ち止まってそう答えると、麻宮は素早くきびすを返し、行ってしまった。
「地下なら、まあ、安全か」
 つぶやき、自分を納得させてから、遠山は動き始めた。手始めに、建物の周
辺を見回るとしよう。

 異変があったのは、午後三時をわずかに過ぎた頃だった。
 遠山は人の動きをそれとなく観察しつつ、早く宿泊者の顔を確認したい、時
間よ進め、と考えていた。
 と、そこへ、血相を変えて嶺澤がやって来たのである。名前こそ呼びはしな
いが、顔色を悪くし、慌てふためいているのがよく分かる。知り合ったばかり
という設定なのだから、遠山の方からあまり親しげに話し掛けるのもためらわ
れ、相手が正面に来るまで待つ。
「どうしました?」
「つ、連れが、見当たらないんですよ」
「あなたのお連れさんというと、若柴さんと仰いましたっけ。携帯はお持ちで
ないんで?」
 電波のカバーがなされていない地域だと承知の上で、敢えて尋ねる。対する
嶺澤は、絶望的な様子で顔を左右に振った。
「全然、連絡が取れません。別行動を取ったあと、部屋で待っていましたが、
約束の時間に現れず、不安になってきまして」
「探してみましたか?」
「ええ。探すと言っても、小さな島ですし、人の行ける場所なんて限られてい
ます。あとは裏手の林の中ぐらいですかね。あそこはぐるっと回ると、ほとん
どジャングルのようになっていて、おいそれとは入り込めません」
「……誰かを追って、入ってしまったのかもしれない」
「……まさかホシを? しかし、それなら、メモ書きの一つでも落ちていてい
いと思うのですが」
「そんな余裕すらなかったとも考えられる」

――続く




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