AWC 対決の場 6   永山


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★タイトル (AZA     )  00/12/31  23:11  (200)
対決の場 6   永山
★内容                                         22/09/29 10:45 修正 第2版
 自分も昔いたところだ。勝俣栄美子と同年齢であることを考え合わせると、
小中高のいずれかの学年で、同じクラスになったのかもしれない。そんな推測
を立てた。
 遠山は、自分の知り合いを狙うと予告されていたことを、細田に打ち明けた。
細田は「それでしたら」と、手帳を広げて、勝俣栄美子の通った高校、中学、
そして小学校の名前を読み上げた。
 小学校が重なった。照会せねばならないが、恐らく、間違いないだろう。遠
山と勝俣栄美子は同じクラスだったのだ。
「六年間で一度でもクラスが一緒になっていたら、知り合いというんですかね」
「ヂエの理屈では、そうなるんでしょう」
 遠山は吐き捨てた。その横で、比較的冷静な嶺澤が、一つの指摘をする。
「ヂエが、遠山さんの小学校時代を、どうやって知ったんでしょう? 私が思
うに、言いにくいのですが、遠山さんのその頃からの知り合いの中に、犯人が
いると見なすのが妥当ではないかと」
「……確かに、そうだな」
 認めざるを得ない。
「だが、ヂエはどうやら、私に私怨を抱いているらしい。何らかの理由で私を
苦しめるために、私のことを徹底的に調べ上げたという線も考えられる。その
過程で、小学校のときの名簿を入手したヂエが、三重県上野市の赤坂町という、
東京の地名と混同しやすい土地に住む勝俣栄美子に偶然、目を止め、殺害した
のかもしれない」
「いずれにせよ、ヂエが遠山さんに深い恨みを持っているのだけは、間違いな
いですね」
 嫌な気分だった。

 捜査本部は、上野署に設けられていた。殺人現場から、直線距離にして二キ
ロほどしか離れていない。
 現在までに判明したことを見せてもらった。発生からまだ二十四時間と経っ
ていないためか、解決に結び付きそうな材料には乏しく、被害者の経歴や事件
当日の行動が中心だった。
 部下に茶を用意させた細田は、遠山達に勧めてから、自身も一気に煽った。
「昨日は、夕方六時に友人三名と会う約束になっていたとまでは明らかになっ
たんですが、昼間の行動がよく分かってなくて、いかんともし難いんです」
「周りの者に、昼一時に誰それと会う約束があるんだとか、漏らしてなかった
んですかね」
「そのような話は、一向に……。日記か予定表にスケジュールをきっちり書く
習慣でもあったなら、ありがたいんですが」
「被害者は普段、休みの日をどう過ごしていたのでしょう?」
 同級生だったという実感がないせいもあり、被害者を名で呼ぶことはしない。
「特定の男と付き合っていた気配はなし。女友達は大勢いるんですが、ほとん
どが普通のOLで、なかなか時間が合わなかったらしい。勢い、単独行動にな
りがちで、我々としても不明の点が多いんですよねえ。近所の者の話では、出
かけること自体は好きだったようです」
 勝俣栄美子は、犬のトリマーとして、ペット美容室に勤めていた。勤務先が
月曜休なのである。
「東京との接点は?」
「昔埼玉にいた程度で、東京そのものにはないんじゃないでしょうか。そりゃ
あまあ、当時の友人を訪ねるぐらいは、したかもしれませんが」
「父親との行き来はどうです? そもそも、父親は今、どこに?」
「離婚したあとも仕事で転勤を続けて、現在、山口だとか。親子で手紙のやり
取りはあったが、顔を合わせたのは、三年ほど前が最後だったと、父親は言っ
てますね」
「ついでに、母親は……」
「奈良です。元々奈良の生まれで、そこで夫と知り合って結婚、程なくして新
潟に移り住み、栄美子を産んだんですな。離婚後は奈良に戻って、父母――栄
美子から見れば祖父母ですが――と一緒に暮らしてます。仕事は、菓子屋の経
理会計をしているとか。栄美子も月に一度の割合で、顔を見せています。私は
会ってませんが、相当ショックを受けたようです」
 話を聞いて、遠山は口を真一文字に噛みしめた。ヂエの不条理な犯行の犠牲
になったとは言え、勝俣栄美子の死の責任の一端は自分にあるような気がして
しまうのだ。
「最初に、被害者の自宅を見てみたいんですが、よろしいですか」
「かまいませんが、もうほとんどひっくり返して、関連ありそうな物は我々が
持ち出してしまってますよ。交友関係を把握するための品が、大部分ですが」
「ああ、そうでしょうね」
 それでも行きたいのだとは、言い出しにくかった。言えば、見落としがある
んじゃないかと地元警察の能力を疑うことに他ならない。
 話が途切れると、細田がしばしの逡巡のあと、お辞儀をするような動作とと
もに、遠山へ尋ねてきた。
「二、三、失礼なことを伺ってもいいですかね」
「何でしょう?」
「遠山さんは、勝俣栄美子とはあらゆる意味で、付き合いはないんですよね」
「ありません。小学校のとき顔を合わせていたこと自体、覚えてない」
 小学校の女友達で鮮明に覚えているのは、麻宮レミくらいである。正直な気
持ち、彼女以外の女児童なんて、「その他大勢」に過ぎなかった。
「遠山さんは、恨まれる覚えはありますか」
 細田の質問が続く。短い時間、遠山は考え、自嘲気味に言った。
「……解決した事件が山ほどあれば、犯人やその血縁他から恨みを買うことも、
間々あるでしょうが、私の場合、ご覧の通り、まだまだですからね」
 ここ数日で、遠山のエリート意識は吹き飛んでいた。
 これまでも、経験のなさから来る不安は常にあったが、それを面に出すこと
は決してなかった。しかし、ヂエの事件のおかげで、弱気を隠しきれなくなり
つつある。
「それでも、事件解決の経験がない訳じゃないでしょう。逆恨みをするような
犯人・容疑者に、心当たりはないですか?」
 これに遠山が答えにくそうにすると、嶺澤が見やってきた。アイコンタクト
の後、嶺澤が喋る。
「私が知る限り、いません。しかし、半年ほど前でしたか、ある連続強盗傷害
事件で、最後に被害に遭った家族が、警察がさっさと捕まえないからだと怒鳴
り込んできました。話をして分かってもらったつもりだったんですが、そこの
大学生になる長男だけが、いつまでもねちねちと非難してきた。結婚を目前に
した姉が強盗に顔を傷付けられ、痕が残ったんです。破談にはならなかったん
ですが、姉思いの弟は、納得できなかったんでしょう。彼一人だけ、その年の
春から名古屋の大学に通うため、家族と離れて暮らしていたことも大きいのか
もしれない。自分がいれば姉を守れたのに……という」
「その大学生が、ヂエであるというようなことはないですか?」
 細田は嶺澤から遠山へ、視線を戻した。
「可能性は低いと思います。細田さんがご存知ないのも無理ありませんが、今
度の連続殺人は、最初から私を名指ししていたんじゃない。たまたま私が捜査
に当たったのを、ヂエの奴が勝手にライバル視した。それだけのことです」
「いや、あなたが捜査に関わることを期待して、無差別殺人を起こすという場
合も考えられる。偶然にも、一発目の殺人であなたと巡り会った……」
「そんな偶然まで考慮するとなると、どうしようもなくなります」
 そう答えたにも関わらず、遠山は細田の見方に興味を覚えた。ヂエの吐いた、
あるフレーズを思い出したからだ。
 携帯電話によるやり取りの中、遠山が名乗った直後、ヂエは「人生は愉快だ
ねえ」と確かに言った。これは、遠山が捜査に携わると知ったヂエが、喜びを
表したとは言えないだろうか。
 己の推理を語り、嶺澤と細田の顔色を窺う。
「注目すべき推測だと思いますね」
 細田が感想を述べた。細田自身の考えを裏打ちする話でもあるだけに、確信
を深めているようだ。
「そのことと、例の大学生が犯人であるかどうかは、無関係ですよ」
 嶺澤は認めつつも、疑義を呈した。理にかなっている。
 ここで議論は壁にぶち当たった。
 まず、確認すべき事柄を一つ一つ、埋めていこうとなった。

 照会の結果、勝俣栄美子(旧姓外尾)は、小学五、六年生時に、遠山と同じ
クラスだったと知れた。それでもなお、遠山の記憶のスクリーンに、当時の外
尾栄美子の姿が躍り出ることはなかったが。
 嶺澤が口にした、“姉思いの大学生”伊盛善亮(いもりよしすけ)に関して
は、身辺調査が開始された。必然か偶然か、昨日五日の月曜、伊盛は夕刻から
の講義に出たのみで、あとは朝から欠席していた。また土日の足取りもはっき
りしていない。何でも、元々大人しい性格だったのが、家族が強盗事件に巻き
込まれて以来、より一層殻に閉じこもるようになり、現在親しい付き合いをし
ている者は皆無だという。
「動機があって、事件の日にアリバイがないのは事実ですが、このまま伊盛を
引っ張るには、ちょっと決め手に欠けますね」
 言ってから、嶺澤は夕飯の丼物をかき込んだ。
 食欲が落ちてきている遠山は、天ざるのシソの葉を、らくだみたいにもしゃ
もしゃと噛み、飲み込んだ。水を口に含み、油っこさを押し流す。
「分かってるよ。でもねえ、伊盛から直接話を聞くしか、打開策はない。見張
ってても仕方がない」
 まだ伊盛本人からは、事情聴取していない。本日午後三時より、見張りを付
けているのみ。
 遠山の考えとしては、ヂエの新たな予告がないので、伊盛を見張る意味が半
減しているように思う。何か起こってからでは遅いが、何も起きないなら伊盛
を捕らえられない。ならば、一刻も早く当人の話を聞くべきではないか。
「この土日、伊盛が東京に行っていたという証言でも取れれば、一気に進展す
るんでしょうけどねえ」
「だから、伊盛自身の口から、聞けばいいじゃないか。それに沿って、本当か
嘘か、調べれば早い」
「まあまあ、興奮しないでください。まだ合同捜査になってないんですから」
 現時点で、勝俣栄美子殺しは、あくまで三重県警の扱う事件。遠山と嶺澤は、
東京での三殺人とのつながりを確かめるため、やって来た。遠山達に捜査方針
に関する決定権はない。
「焦れったい。さっさと広域指定して、合同捜査をすべきだ」
 慌ただしい食事を済ませ、店の外に出ると、雨が落ちてきていた。あらかじ
め借りた折り畳み傘を開き、駐車場まで向かう。車もこちらの警察の物だ。
 乗り込もうとする矢先、無線連絡が入る。
「こちら遠山」
「ああ、遠山さん。よかった。細田です。東京の大場警視から、至急伝えても
らいたいと一報がありましてな」
「何でしょう?」
「行きますよ。“本日午後四時過ぎ、ヂエを名乗る人物から遠山警部宛てに電
話あり。内容は次の通り。『PUZZLE 次を読み解け。――井上氏がア行のアで
あるのを参考に、<辺見徳江>と<武藤裕>に共通するモノの二つ上へ、遠山
竜虎警部一人で頭に気を付けて、明日七日、時計の時針と分針が最後に出逢う
までに参られよ。解けぬときは、何が起こるか分からない――』、以上。遠山
警部は勝手な判断で動くことなく、本部の指示があるまで、そちらで待機せよ。
帰京できる準備を整えておくこと”……これだけです」
 メモを取り、確認のために繰り返し言ってもらった。
「――どうも。向こうへは、折り返し、私の方から連絡を入れておきます。他
に何かありますか。捜査に新しい進展は?」
「成果は徐々に上がっとりますが、報告できる形になっていません」
 ここに来て秘密主義めかすのは、遠山がすぐにでも東京に戻る可能性が出て
来たのが大きな理由のだろう。
 やり取りを終えて、遠山は話の内容を嶺澤にかいつまんで伝えたあと、電話
を探した。携帯電話を持たねばならないなと思いつつ、ボックスを見つけた。
大場警視に取り次いでもらい、伝言を聞いた旨を告げる。
「指示を待てとのことですが」
「ヂエのパズルにある通りに、君に行動してもらうのは間違いない。問題は、
一人で行かせるかどうか、だ」
 一人で行かせないなら、それは「ヂエのパズルにある通り」でなくなるでは
ないか。遠山は異を唱えたかったが、結局声には出さなかった。
「電話はどこに掛かってきたんでしょう?」
「一一〇番だ。当然、逆探知し、JR東京駅構内の公衆電話と判明したが、駆
けつけたときは、もぬけの殻だった。指紋も恐らく、残してないだろうな」
「声は、男でしたか、女でしたか」
「分からない。ヘリウムガスを吸ったような声だった。またボイスチェンジャ
ーかもしれない」
「捜査本部では、パズルは解けたのでしょうか」
「――まだだ。被害者の二人、辺見徳江と武藤裕に共通する物を当たっている。
時刻の方は、そっちでも分かるだろうな?」
「あ、はい。ざっと計算したら、二十二時五十四分三十秒ぐらいになるかと」
「そうだ。細かく言えば、三十二秒だな。とにかく、場所がどこなのか、そっ
ちでも考えるんだ」
「無論です」
 返事した遠山は、近野創真のことを脳裏に浮かべていた。あいつなら、再び
明瞭に解いてみせるのではないか。
「電話で思い出したが」
 大野の口ぶりが若干改まった。何かを読み上げるような調子だ。
「残念な知らせだ。練馬及び辺見の携帯電話の発信記録だが、彼らの死後、発
信はされていなかった。つまり、ヂエは被害者の携帯電話でどこかに電話を掛
けるようなことはしなかったんだな。よって、奴の居場所も全く絞れない」
「その辺の準備は、ぬかりない奴のようです、ヂエは」
 遠山の、ヂエを誉め讃えるかのような台詞が気にくわなかったのか、しばら
く沈黙があった。と、唐突に大野の声が聞こえた。

――続く





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