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★タイトル (AZA ) 00/12/31 23:09 (201)
対決の場 5 永山
★内容
首をすくめた若柴に対し、遠山は舌打ちをこれ見よがしにした。
「ヂエの件と、無関係と言い切れるか?」
「西の奴が殺しをする訳ない。やったとしても金目当てで、無差別殺人なんて
実入りのないことは、しやしない。保証してもいいでさあ」
刑事が前科者を全面的に信用する行為は、遠山には理解し難かったが、若柴
の自信に溢れた態度に、すぐには返す言葉が見つからない。会話の間隙を縫っ
て、先に若柴が口を開く。
「心配無用。俺と彼奴が会っていたのは、えっとぉ、一時八分から十分くらい
だったか。これ、ほぼアリバイがあると言っていいんじゃないかね」
「ま……そう見なしてもいいだろう」
それでも念のため、報告書に記載しておくように命じた。
このあと、中央口から外に出て、界隈をつぶさに見て回ったが、やはり異状
を発見できないまま、時間が過ぎた。
嫌になるほどの晴天だった。
上野で殺人発生の報もなく、ヂエに肩透かしを食わされた格好の警察だった
が、捜査本部では昨日の三件の殺人事件を解明すべく、鋭意努力していた。
三人の被害者の死亡推定時刻も出揃い、さらに目撃証言などから、犯行時刻
が絞られていった。
「総合するとだ。練馬政弘は、一昨日の土曜、昼の三時から六時までに殺され
たと思われる。死因は、喉を大きく切り裂かれたことによる失血死。現場は被
害者宅であるマンションの一室と見て間違いない」
遠山に替わって指揮を執るのは、大場義人(おおばよしと)。遠山と同じく
キャリア組だが、階級が一つ上の警視だけあってか、大場には本当の意味での
キャリア――現場経験もそこそこ備わっていた。
眼鏡の位置を直しながら、大場が続ける。
「辺見徳江の死亡推定時刻は、遠山警部が被害者と電話で会話してくれたおか
げで、実に絞り込みやすかった」
大場の言が嫌味に聞こえるのは、遠山のひがみだけではないと思われる。
「日曜の午後一時四十五分から五十分の間だ。死因は練馬と同じく、喉を切り
裂かれた上に、高所より投げ落とされるという恐怖を味わったことが重なって
のショック死。地面に墜落時には、すでに死亡していた可能性が高い。
武藤裕の場合も、遠山警部と犯人とのやり取りから、大きく限定できた。死
亡推定時刻、午後五時頃。やはり喉元を鋭利な刃物で裂かれ、失血死している。
いずれの場合も、凶器は現場に残されていなかった。それどころか、目立っ
た手掛かりは皆無。遺留品は予告文の他、被害者自身から奪って使用した携帯
電話等があるが、個人を特定できる痕跡は、まだ発見できていない。
なお、練馬と辺見の携帯電話の発信記録に関しては、現在照会中だ。もしも
ヂエが一度でも発信していれば、その瞬間の発信エリアが分かる。つまり、奴
の居所を特定するための大きな手掛かりになる。
他には、動機の問題もある。どうして練馬の皮膚を剥がしたのか。怨恨?
だが、現在のところ、練馬政弘にそれほどまでに強烈な恨みを持つ者は、見つ
かっていない」
と、次の瞬間、大場の喋りを、急報が邪魔をした。
「ヂエの犯行と思われる他殺体が、見つかりました!」
「何? どこでだ? 予告通り、上野かっ」
にわかに色めき立つ室内。温度が上がったように感じる。遠山も、血がたぎ
るような感覚を意識した。
「それが、上野は上野でも、三重だそうです!」
「三重? 何だ、それは。――ああ、三重県には伊賀上野があったな。これの
ことか!」
大場の勢いのある口調に、報告にやってきた嶺澤刑事は、無言でうなずいた。
捜査員ほぼ全てが、一斉にざわめいた。
(三重の上野だと? ば、馬鹿にしやがって!)
遠山は、おちょくられた気がして、腹立ち紛れに机を叩いた。
「三重県警からの報告でして、県西部にある上野市で、ヂエのサインが入った
遺体が見つかったとのことです」
「三重県上野市の、どこだ? 被害者の身元は分かっているのか? 死因は?」
矢継ぎ早の質問に、嶺澤は追いまくられつつも、一つ一つ順序立てて、確か
めながら応じる。
「面白いもんですね」
嶺澤は地図を抱えるようにして見ながら、興味深げな調子で言った。
「三重の上野には、丸之内や恵比寿という地名もありますよ。ああ、神戸まで
ある。上神戸に下神戸ですけれど」
火曜日の早朝から遠山と嶺澤は捜査のため、新幹線、在来線と乗り継いで、
上野市を目指していた。
「私には面白くも何ともないよ」
本音が出る遠山。
ヂエの第四の犯行現場は、三重県上野市の赤坂町という土地だった。上野市
には赤坂もあるのだ。
ヂエのあの予告文にあった赤坂とは、遠山達の思考を東京山手線一帯に集中
させるミスディレクションであると同時に、犯行現場の詳細な情報をも示唆し
ていたのである。その点がまた遠山を、ヂエにからかわれているような、見下
されているような嫌な気分にする。
十時二十三分。東京から三時間半足らず、JR伊賀上野駅に降り立った遠山
と嶺澤は、打って変わった曇天に憂鬱になりながらも、気分を奮い立たせるべ
く、足に力を込めて改札口へと急いだ。
「迎えが来てるはずですが……」
きょろきょろする二人に、鼻髭を生やした五十がらみの男が近付いた。中肉
で、背はこの年齢層にしては高い。
「東京の遠山さんに嶺澤さんですね」
男は目尻を下げ、柔和な顔付きをしていた。口調も穏やかだ。細田一造(ほ
そたいちぞう)と名乗った彼の位は、警部補だった。
「わざわざどうも」
返礼する。「わざわざ」というのは、JR伊賀上野駅で近鉄に乗り換えて上
野市駅に向かう手間を、細田が省いてくれたことを差す。
「よろしくお願いします。早速ですが、捜査状況――」
「まあ、それは車の中で。ここじゃあ、誰に聞かれるか分かりませんから。は
っはっはっ」
細田は、自分達の職業を公の場で露にするのを、好まない質らしい。笑みを
絶やさず、遠山と嶺澤を先導した。車に乗り込んでからも、しばらく世間話が
続く。
「東京の方は晴れてましたよねえ。こちらは、ずっと雨で。これでも今朝、よ
うやく上がったんですよ」
「はあ」
「三重にお越しになったことはありますか?」
「いや。愛知までなら何度も来ましたが、三重は初めてです」
「そうですか。そうですよねえ。やっぱり、東海道本線から外れると、なかな
か足を運ぶ機会は……」
取り留めない会話のあと、細田は不意に本題に入った。
「何やら、大きな事件のようで、私も驚いてるんですよ。三重と東京を結ぶ連
続殺人なんて、どういうからくりになっているのやら」
「あ、そのことですが」
いい加減、焦れていた遠山は、最も気になる点を尋ねた。
「被害者の勝俣栄美子(かつまたえみこ)は、携帯電話を持っていましたか?」
「ええ。PHSってやつです。周りの知り合いの話だと、持っていたそうです
が、遺体で見つかったときには身に着けてなかったし、自宅のどこにもなかっ
たんですよ」
「掛けてみましたか?」
「電源を切ってあるのか、何度掛けてもつながらなかったそうです。まあ、私
はその方面には関わっておらんので、実際に立ち会った訳でなし、番号も聞い
てませんがね」
細田の返答に、遠山は考え込んだ。
被害者のPHSが消えたのなら、これまで通り、ヂエが持っていったのだろ
う。これまで通りでないのは、電話に出ないことだ。それは何故か?
とっくに第五の殺人の予告が示されたのではないかと、危惧していた遠山に
とって、拍子抜けも甚だしい。殺人発生を願うつもりは毛頭ないが、四件で打
ち止めだとしたら、尻切れとんぼの感が拭えない。
(ヂエの奴、微弱電波を探知されないように用心し、電源を切ったか? 殺人
犯が被害者の携帯電話を利用して我々警察との連絡手段に使うなんぞ、一昨日
の時点では思いも寄らぬ方法だったが、今なら対応できる。それをヂエの方で
も察知して、使わないようにしたのかもしれん)
納得しかけたが、まだ疑問は残る。
(使わないのなら、持ち去る必要自体、ないじゃないか。持っていったからに
は、目的があるはずだ)
そこから先へ、思考が進まない。本当は、もう一つ、大いに気になっている
点があるのだが。
「細田警部補」
静かになった遠山に代わって、嶺澤が口を開く。
細田は、「階級はいりませんよ」と、ルームミラーを通じて微笑をこぼした。
「では失礼をして、細田さん。昨日の事件が発覚する以前に、東京でのヂエの
連続殺人事件について、お聞き及びでしたか?」
「答は、えーっと、半分イエスというやつになりますか。喉を切り裂く連続殺
人が起こったのは知ってましたが、犯人がヂエと名乗り、悪ふざけめいた予告
文を出したとまでは知りませんでした。もちろん、上層部の人達は知っていて、
被害者の衣服に血文字で『ヂエ』と記してあったことから、東京の方へ連絡が
行ったんですね」
マスコミ報道では、殺人の事実のみが伝えられ、ヂエ云々については完全に
伏せられている。
「人々の話題になるようなことは、ありませんでしたか?」
「うーん、世間の関心は、まだ薄いんじゃないですか。ワイドショーでも、大
して取り上げてないそうですし」
そう語る細田に、嶺澤が奇異の目を向けた。ワイドショーを見る刑事という
のは、あまり聞かない。
「あ? ああ、うちのかみさんが言ってたんですよ。世の中の奥さんてのは、
みんながみんな、ワイドショーってのを好きなんですかねえ。うちのだけが特
別なんじゃないかと思えるほど、ようく見てます。
ところで、先に、現場に寄って行きましょうか」
「お任せします」
遠山が応じると、細田は黙って何度かうなずいた。
「伊賀上野からは、現場の赤坂町の方が近いもんで」
勝俣栄美子殺害現場は、公園脇の電話ボックスだった。人通りの乏しい一角
であるため、通行人によって発見されたのは午後四時前。死因はこれまで同様、
喉を切り裂かれたことによる。死亡推定時刻は、正午から午後二時までと出て
いるが、恐らくは午後一時五分二十七秒に行われたのであろう。
「いきなりドアを開けて、喉を切り裂いて殺す……。相当に手際よくやらない
と、騒がれたり、切り損なったりするでしょうね。遺体の状況は、どうだった
んですか? 何回も切りつけられたような形跡は」
電話ボックスの側面に手の平を当てて、尋ねる遠山。細田はため息混じりに
答えた。
「一発で仕留めた――被害者には不遜極まりない表現ですが、そう形容したく
なるほど、見事に喉を裂いていました」
「……被害者の勝俣栄美子についてですが、顔写真、今ありますか?」
昨日、報告を受けてから、まだ見る機会を得ていない。
「もちろん、持ってますよ。免許証から起こした物と、アルバムから借り受け
たスナップとがありますが」
「どちらでもかまいません、顔さえよく見えれば」
「では」
懐をごそごそやった細田は、そこに写る絵を確認してから、写真を二枚重ね
にして、遠山に手渡した。
「差し上げます。私はあとでまた手に入れますから。上の方が、実物に印象が
近いと思いますよ」
「どうも」
遠山は写真をしっかり固定し、凝視した。上に来ていたのは、スナップ写真
の方だった。
(覚えがないよなあ)
片手で頭を抱える。当然、二枚目の顔写真も見てみた。だが、いずれにして
も遠山の記憶にない顔だった。
「まさかとは思いますが、被害者に整形手術の痕跡は?」
「なかったと聞いてます。整形だけでなく、手術は一切受けてないだろうと」
再び考え込む遠山。
(名前も顔も、覚えがない。私の知り合いを犠牲者に選ぶと、ヂエは予告して
いたが、反古にしたのか? だとしたら、個人的にはありがたいが、今後、ヂ
エの予告をどう解釈すべきか、迷いが生じかねない……)
そんな遠山の思考を読んだかのごとく、嶺澤が口を開いた。
「被害者は既婚でしょうか?」
「未婚の独り暮らしです」
「それじゃあ、名字が変わったということもないか……」
遠山の呟きに対し、細田は急いで付け足した。
「ああ、名字なら、変わってますよ。高校のとき、両親が離婚して、母方に引
き取られた影響で、外尾(そとお)から勝俣になったとか」
「外尾、栄美子……」
遠山の記憶が、ほんの少し、蠢いたようだった。
「被害者の出身はどこか、調べは着いてますでしょうか?」
「えーっと、長岡となってます、新潟の。それが小学校入学前に、父親の仕事
の都合で埼玉に出て来て」
「埼玉ですか」
――続く