AWC ART【6】 /えびす


        
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★タイトル (SEF     )  00/ 6/25   1:22  ( 82)
ART【6】 /えびす
★内容


 主宅に帰った赤坂は、激怒していた。とんでもないクソ仕事をつかまされ
た。あるいはハメられたのかもしれない。生理中なので余計にむかついた。
 どうにかむかつきを抑えて、ワンルームアパートのドアを静かに閉めた。
部屋の明かりをつけた直後、目にはいった足元の黒い丸テーブルを思い切り
蹴飛ばしてやりたくなったが、それも我慢した。静かに、静かに、いつも通
りに、冷静に。こうなってしまった以上、既にこの部屋は盗聴されていると
仮定して行動する。確かに自分は二流のアーティストかもしれない。だが、
三流以下ではない。まだ生きていることがその証拠だ。そう信じ込むことに
する。
 じっさい、現状でここに盗聴器が仕掛けられている可能性はどのぐらいあ
るだろう、と考え、まず百パーセントに近いはずだ、と赤坂は判断した。今
日の昼までは、そんなはずではなかった。今では状況が違う。下手をすると
小型カメラもセットされているかもしれない。エアコンの送風口を調べたい
という欲求を押さえつける。テレビと小型オーディオのスピーカーもチェッ
クしたくなったが、かなりの精神力で我慢した。
 あのプロデューサーは、わたしを使い捨ての三流だと思って、この仕事を
振った。それならこのまま三流のふりをしていてやる。赤坂はそう決めた。
選択の余地はない。自分の総合的な実力では、プロデューサークラスの人間
を消すことはできない。こうなった以上、タイミングを見て完全に消えるし
かない。それでも成功率は低い。
 部屋着に着替え、テレビを見ているふりをしながら、赤坂は考えた。
 この職業は、性にあっているように思っていた。きっちり計画をたてて、
対象を殺す。計画を立てるのも殺すのも、楽しくもない代わりに特に苦にも
感じなかった。証券会社でOLをやっていたときのほうがよほど苦痛が多か
った。
 殺すだけではなく、殺すか殺されるかもいちど経験した。その経験で自分
の戦闘力が意外に高いことを発見した。仕事に自信が持てるようになったの
はそれからだ。あっさりと相手の肘の動脈をカットできたあの瞬間、少なく
とも自分がアーティストとして並の戦闘力を持っていることを確信できた。
そのおかげで実行前のセッティングの幅が増えた。
 動かせる金は、まだ一八〇〇万弱しかない。四年かけて今の仕事で貯めた
金だ。一億貯めたら引退するつもりだった。その日がきたときに、うまく消
えるための手順も、だいたい考えてあった。それなのに、と思うと、また腹
が立ってきた。
 今日の昼、プロデューサーの喜八郎が公園のベンチでこう言った。
「今回は、ギャラ、かなりいいよ」
「いくらですか」
「一五〇〇万。ただし経費込み。いつもと同じく、資料見たらキャンセルで
きないからそのつもりで」
 そう言って喜八郎は茶色いA5サイズの封筒を赤坂に差し出した。
 一五〇〇万は大金だ。指定暴力団のトップを暗殺して、そのぐらいだろう、
という話を赤坂は以前聞いたことがあった。
「喜八郎さんは、今回のこれ、わたしにできる仕事だと思いますか」
 赤坂は、まだ喜八郎の手にある封筒を目で指し示した。
「もちろん。そう思ったから君に振る」
 喜八郎のプロデュースを赤坂は今までに四回受けていた。どの仕事も、嘘
がなく、喜八郎に対して赤坂は実直な印象を持っていた。見た目、部長クラ
スの普通のサラリーマンと変わらない人の良さそうなおじさんだ。
「受けます。資料を」
「今、ざっと見た方がいい」
 そう言われたので赤坂は封を切って中身を見た。喜八郎は、赤坂が資料を
目にする現場を自分の目で確認した。そこが分岐点だった。今思えばあまり
にもうかつだった。そこが分岐点だったのだ。
 赤坂は資料を途中まで読んだ。相手は大物のかなり有名な政治家だった。
テレビでもよく目にする。そのことに対して、そのときはまだなんとも思わ
なかった。そういう仕事も回ってくるだろう、という程度の感想だった。そ
れよりも、実行可能かどうかだけ反射的に考えてみて、まず大丈夫だろう、
という感覚を得た。しかし何か違和感があった。赤坂は違和感について考え
をめぐらせた。
 そこで、クソをつかまされたということを赤坂は電撃的に理解した。
 それが分かった瞬間の動揺は、表にあらわれただろうか、と赤坂はちらり
と思った。いや、大丈夫だ。それなら、このまま三流のふりをするべきだ、
と赤坂は気づいた。既に資料を目にしてしまっている。今取れる行動は、こ
れしかない。阿呆のふりをする。
 確かに、喜八郎は嘘をついてはいない。赤坂なら、この人物の暗殺は充分
に実行可能だ。
 ただし、事後に間違いなく、赤坂も消される。
 二次暗殺だ。対象があまりにもメジャーすぎる。
 実行後、まったく事情を知らない別のアーティストが、赤坂を消す。その
二次暗殺者は、赤坂が何故消されるのか、一切の事情を知らない。そういう
基本的なセッティングだ。それで痕跡は消える。
「面白そうですね」
 声が震えないように気をつけながら赤坂が言った。
「うん。そろそろこういう仕事もいいか、と思ってね」
 喜八郎は微笑んだ。
 このクソオヤジ、いつか殺してやる、と赤坂は決めた。


                             【つづく】





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