AWC 海鷲の宴(18)  Vol


        
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海鷲の宴(18)  Vol
★内容

 第三部第七章 去り行く者


 1943年3月13日 GF旗艦「伊勢」長官公室

 「私が愚かだったよ。全て私の責任だ……弁解の余地はない」
  山本五十六連合艦隊司令長官は、心労からげっそりと痩せこけた顔に、淋しげな
 表情を浮かべて自重気味に呟いた。ガダルカナル失陥の責任をとって辞表を海軍省
 に提出し、それが受理された日のことである。
 「長官にだけ責任があるわけではありません。もとはと言えば、軍令部が無理な死
 守命令を出したのがそもそもの始まりです。もっと早くにガダルカナルから手を引
 いていれば、このような事態には至らなかったのではありませんか」
  樋端航空参謀が、諌めるように声をかけたが、山本はかぶりを振った。
 「それ以前に、安易にニューギニアなどに手を出したのが失敗だったのだ。陸軍に
 引きずられることなく、しっかり体制を整えてから、ミッドウェイ、ハワイと押し
 出して行けばよかった。そうすれば、アメリカが戦備を整える前に、一気に勝負を
 付けることも夢ではなかったというのに……私の決断が、全てを台無しにしてしま
 った……」

  ガダルカナルへのネズミ輸送を続けていた第八艦隊が、第七次ソロモン海戦で壊
 滅した2月初旬、海軍は「ガダルカナル固守は不可能。海軍としては、今後の補給
 作戦への保証は全くできない」と強硬に主張し、遂に陸軍から戦線縮小の了解を取
 りつけた。
  だが、ガダルカナルへの道のりは、このとき既に、地獄の門以上に険しい航路と
 化していた。米軍が、フレッチャー級駆逐艦、クリーブランド級巡洋艦といった戦
 時量産型の艦艇を大量に揃え、SG対水上レーダーを装備してソロモン海域に常駐
 させるようになったため、兵員引き揚げのためにガダルカナルへ向かった駆逐艦は、
 島影も関係ないほど濃密に張り巡らされたレーダー警戒網に片っ端から引っ掛かり、
 出撃の度に恐ろしいまでの損耗率を示すようになったのだ。特に、2月15日深夜
 に発生した海戦では、輸送隊の駆逐艦4隻のうち「初春」「初霜」「夕暮」と3隻
 が撃沈され、無事にラバウルまで辿りついたのは「若葉」ただ一隻という惨澹たる
 結果に終わった。
  結局、ネズミ輸送開始からガダルカナル撤収作戦の終了までの間に、日本軍は、
 支援部隊のものまで含めると、重巡1隻、駆逐艦15隻、潜水艦9隻、輸送船7隻
 を沈められ、ほかの艦も大小の損傷を受けるという甚大な損害を被った。ソロモン
 海域の戦いの開始時まで遡ると、喪失艦艇は、戦艦・空母各1隻、重巡2隻、軽巡
 2隻、駆逐艦22隻、潜水艦17隻、輸送船23隻にも及ぶ。
  さらに、ガダルカナルに投入された延べ38000人以上の兵力のうち、生きて
 帰ってきたのは全体の1割にも満たない3300人余り。戦死者の過半数は、負傷
 の悪化や疾病・飢餓によるものだった。また、過酷な自然環境と飢えに耐え、引き
 揚げ輸送の艦艇に乗艦を果たしながら、帰路で潜水艦や水上艦艇の襲撃に遭い、船
 上で戦死したり、ソロモンの海底深く沈んでいった将兵も数多い。ガ島と呼称され
 た密林の島は、日本軍にとっては、文字通りの「餓島」であり、ソロモン戦域は、
 飽くことなく艦艇や将兵を呑み込み続ける魔の海だった。

 「まだ、諦めるには早すぎます」
  山本の後を継いでGF長官へ就任することが内定している、横須賀鎮守府長官の
 豊田副武大将が言った。
 「幸い、艦隊戦力の中核たる空母機動部隊は、開戦時と変わらぬ戦力を維持してい
 ます。さらに、開戦後に竣工した新造艦と、先日量産の始まった新型機を以ってす
 れば、いくら米軍が格段の増強を遂げていようとも、互角以上の戦いは十分可能で
 す」
 「根本の生産力が違い過ぎるよ。我が国の母艦戦力は、昭和の御代の初めから営々
 と国力増進に務め、建艦を続けてきた成果だ。だが、アメリカはその気になれば、
 それと同じ規模の艦隊をたった数年で完成させてしまう……」
  山本は、どうしても日本の先行きを楽観することができなかった。

  確かに、珊瑚海で「天城」「赤城」「蒼龍」「飛龍」の4隻を失い、ソロモン諸
 島を巡る戦いで「龍驤」を沈められたとはいえ、開戦以来の空母部隊は正規空母
 12隻、改装空母5隻が健在だ。さらに、60000トン近い排水量を誇る巨艦
 「天鶴」が一航戦に配備され、姉妹艦「雲鶴」も竣工間近だ。雲龍級中型正規空母
 も、「雲龍」「雷龍」「嵐龍」が既に就役しており、「海龍」が慣熟訓練中、「大
 龍」も最終艤装中と、陣容は格段に強化されている。
  しかしこの時期合衆国は、エセックス級大型正規空母12隻が全て竣工し、慣熟
 訓練に入っていたほか、インディペンデンス級軽空母は既に全艦が艦隊に配備され
 ている。さらに、進水直後の戦艦を改装したオハイオ級空母も、4隻全てが竣工を
 間近に控え、太平洋へと回航される日を待ち構えていた。そして東海岸の造船所で
 は、コーラルシー級と名付けられた超大型正規空母が、続々と建造されている。
  日米の戦力格差は、この時期完全に並びつつあった。


 1943年6月21日 横須賀沖

  この日の関東地方は、あいにくの曇天となっていた。
 「今にも降ってきそうな天気だな」
  第一航空戦隊旗艦「天鶴」の露天艦橋で、低い雲が垂れこめた空を見やって、艦
 長の小林允大佐が呟く。
 「気象予報は、夕方までは大丈夫と言ってたが……」
 「艦長、到着予定時刻は1100ですから、まだ若干時間がありますよ」
  副長の清藤一郎中佐の言葉には、どこか宥めるような響きがあった。
  しばらくすると、北の空からかすかなエンジン音が聞こえてきた。音源は、接近
 するにつれてその数を増していく。これまでの日本機とは一線を画した力強い音だ。
 やがて、雲間から一機の単発機が姿を現した。単座であることから、機種は戦闘機
 であろうと見当はつくが、それにしても異常なほど図体が大きい。従来の零戦より
 も、ふた回りは大型だ。先頭に続いて、ほかの機体も次々と姿を現す。合計40機
 近い戦闘機は、「天鶴」の飛行甲板に順に滑り込んできた。

 「さすがにでかいなぁ……艦戦とは思えんぞ」
  戦闘機隊長の着任報告を受けた二人は、飛行甲板に降りて新型機を間近で目にし
 ていた。既に整備員が機体の周りに群がり、一部の機体は格納庫に収められはじめ
 ている。
 「高速性能と格闘性能を両立した結果だそうですね。堀越技師も随分と苦労された
 ようで」
 「この図体で零戦より100キロも速いとは、ちょっと信じられんが」
 「それに関しては航本(航空本部)の御墨付きがついていますよ。この機体なら、
 新型グラマン何するものぞ、です」

  彼らの目の前にある機体こそ、零戦の後継機としてこの春に制式化されたばかり
 の、三式艦上戦闘機「烈風」だった。全長11.35メートル、全幅14メートル
 というサイズは、零戦よりもそれぞれ2メートルも大きい。武装は、20ミリ機関
 砲4門に250キロ爆弾を搭載可能。零戦よりも遥かに強化された機体の剛性が、
 この重武装を可能にした。また、零戦の防弾設備は、操縦席や燃料タンクのような
 致命的な部位ですらあってなきが如きものだったが、「烈風」では、主翼内燃料タ
 ンクと操縦席後方に、12.7ミリ弾に耐えられるだけの装甲が施されていた。
  そして何よりも「烈風」を強力無比たらしめているのが、この重量級の機体に搭
 載された発動機だ。中島飛行機発動機部門が全力を挙げて開発した、日本初の
 2000馬力級エンジン「誉」。従来型の発動機とは比較にならない高出力が、こ
 の巨体を最高時速622キロで飛ばす。この速度を凌駕する機体は、太平洋では
 米陸軍の双発戦闘機、P38ライトニングだけだ。「烈風」の高性能と、開戦以来
 の練度を維持している母艦航空隊の技量が合わされば、かつて零戦がそうであった
 ように、F6Fに対して優位を獲得できるものと期待されていた。

 「今にして思えば、南方に艦載機を送らなかったのは正解だな」
  小林が言っているのは、半年に渡って航空消耗戦が繰り広げられた挙げ句、根拠
 地ラバウルを失陥する羽目に陥った、ソロモン・ニューギニア戦線のことだ。
 昭和17年6月から翌年3月までの間に、ラバウルに投入された航空機は、戦闘機
 と陸攻を合わせて、延べ2000機を上回る。そのうち800機以上が、撃墜され
 たり地上撃破されて失われるに至った。ただでさえ供給・育成基盤の脆弱だった日
 本軍の搭乗員は、この戦いで深刻な打撃を被っていたのだ。特に、大陸戦線以来活
 躍を続けてきた歴戦のベテランを多数失ったのは、大きな痛手と言える。
  しかし、母艦航空隊は、前線からの再三に渡る艦載機の派遣要求を、航空本部長
 の小沢治三郎中将がはねつけた結果、一人の搭乗員も南方に送ることはなかったの
 だ。また、その間母艦航空隊のベテランを教官として各地の練習航空隊に派遣して
 いたのが功を奏し、補充要員となる良質の新人搭乗員が、続々と養成されつつあっ
 た。
  現在太平洋正面は、ソロモンから手を引いた日本が体制の立て直しをはかってい
 る最中で、対するアメリカも反攻の準備が整っていないこともあって、双方が積極
 的な動きを控えているというにらみ合いのような状態だ。しかし、この状態がいつ
 までも続くわけもなく、ひとたびどちらかが動きを見せれば、熟しきった戦機が一
 気に爆発するのは目に見えていた。
 「あとは、上層部が決戦の機会を見誤らないことを祈るばかりだ」

  海兵隊一個師団を伴う米戦艦部隊が、マーシャル諸島の表玄関とも言えるギルバ
 ート諸島に襲来し、激しい上陸戦の後に守備隊が玉砕するのは、この一週間後の
 6月29日のことだった。


 7月12日 ワシントン州シアトル ボーイング本社工場

  工場に併設された広大な滑走路のエプロンで、銀色に輝く巨大な四発機が翼を休
 めていた。初夏の陽光を照り返して、機体上面が眩しいほどに光を放っている。機
 体の各所に描かれた黒いマーキングや、胴体や主翼から突き出したセンサー類は、
 この機体が試作機であることを物語っていた。
 「----目下、本機の生産ラインの構築に、我が社の全力を挙げて取り組んでいます。
 早ければ、9月下旬には量産一号機の引き渡しができますよ」
 「早ければ早いほどいい。とにかく急いでくれ。ただでさえ、スケジュールは遅れ
 気味なのだから」
  ボーイング社の担当者の説明に眉一つ動かさず、傍らの陸軍大佐が言った。アメ
 リカンフットボールのクォーターバックでも務まりそうな、堂々たる体格の大男だ
 が、その表情には、ぞっとするほど冷たい、鋭利な刃物のような知性が宿っていた。
 「来年の春には、実戦部隊の編成が完了していなければ困るのだ」
 「まぁ、何分B−17の生産を遅滞させるわけにも行きませんので……」
  いささか鼻白んだ様子で、ボーイングの担当者が答える。
 「この機体が完成すれば、B−17のような中途半端な機体は不要となるだろう。
 私に無理強いの権限はないが、そちらでも可能な限りの努力をお願いする」
 (そう、この機体こそ、これまでの非効率的な戦争のやり方を根底から覆し、枢軸
 国を打倒するための決定打となるのだ。制式化の暁にはB−29と呼ばれるだろう
 この機体が……)
  大佐は、自らの理論にもとづく大胆な構想を胸に、心の中で付け加えた。


  彼の名は、カーチス・ルメイ。のちに陸軍戦略爆撃航空団を率いて、日本全土を
 焼夷弾の雨で蹂躪する男である。



                       (第四部『劫火の征途』に続く)




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